女性宮家は両陛下と秋篠宮家の“悲願”3~「秋篠宮家に深く食い込んでいる」NHK橋口記者

今回は、前回の「眞子様婚約リークは皇室側からのものか」という記事を担保するような、より詳細な記事をご紹介したいと思います。
週刊ポスト2017年6月2日号です。

眞子さま婚約スクープしたNHK記者は「陛下の体温を知る男」

安倍政権を激震させた天皇の「生前退位のご意向」スクープから今回の眞子内親王婚約まで、いまや皇室報道は1人のNHK記者の独擅場といっていい。抜いたのは記者仲間から「陛下の体温を知る男」と呼ばれる社会部の橋口和人・宮内庁キャップである。

婚約の第一報を報じた5月16日のNHK『ニュース7』に登場し、「私は今月になって2度、小室さんと会ったんですが、非常にしっかりとした受け答えをする人で知的で温厚な好青年という印象を持ちました」と、婚約者の小室圭氏の人物像を解説していた。
他局や各紙の皇室記者がNHKニュースを見て「小室の家を探せ!」と慌てていた段階で、すでに2回も本人から話を聞いていたことからも、橋口氏がはるかに先行していたことがわかる。

昨年7月13日の生前退位スクープの際も、宮内庁幹部が否定する中、『ニュースウオッチ9』に出演して「天皇陛下が記者会見に近い形で、国内外にお気持ちを表明されることも検討されています」と“平成の玉音放送”を自信満々で予言し、その通りになった。どんな人物なのか。

「1991年入局で宮内庁担当のベテラン。とにかくキーパーソンを見つけ出すのが上手く、皇宮警察や皇族の主治医などに人脈が太い。愛子さまが誕生するときには、『内親王』と女の子であることを一番に報じた。紀子さまの悠仁親王ご懐妊も彼のスクープでした」(NHK社会部記者)

とくに秋篠宮家に深く食い込んでおり、宮内庁職員より信頼が厚いともいわれる。そのため、抜かれっぱなしの他社の記者からは「橋口さんが小室さんにいち早く接触できたのは、秋篠宮家の意向を受けて人物評価を兼ねて会っていたんじゃないか」との見方までなされている。

内々に“皇室側”として婚約相手の“身体検査”の役目を担っていたといいたいわけである。次はどんな“スクープ”を放つのか。
(記事ここまで)


NHKの橋口記者は、眞子様婚約の一件だけでなく、陛下の生前退位や、なんと紀子妃の第三子懐妊の一件にまで深く関わっていることが書かれています。
それだけでなく、敬宮愛子様が「内親王」であることを一番最初に報じたのも橋口記者だった、という点にも驚きました。

この頃から秋篠宮家と橋口記者がつながっていて、東宮ご夫妻の間にお生まれになったお子様(敬宮様)の性別について秋篠宮家サイドが橋口記者に情報を漏らしたという見方もできれば、この当時は橋口記者はたまたま敬宮様の性別について情報を得てしまい最初に報じただけのところ、宮内庁に咎められて出入り禁止になりそうになったところを秋篠宮家に「拾われて」今も懇意な関係が続いている…という見方もできます。
元々秋篠宮家は朝日の岩井克己記者と懇意にしていました(雅子様の最初のお子様ご懐妊スクープは岩井記者が行った)が、岩井記者以外にもマスコミとのパイプを作っておきたいと考えたのかもしれません。そこで目を付けられたのが、取材対象の懐に入るのがうまいNHKの橋口記者だったということでしょうか。

秋篠宮ご夫妻は、政府や国民を自分たちの思い通りに動かしたい時に、NHKの橋口記者を利用して情報を流し速報を出させていた、ということを過去に何度も繰り返していたわけですよ。


〇紀子妃の第三子懐妊→典範改正審議を阻止して女帝・女系天皇への道を塞ぐ意図があった(事実そうなってしまった)
〇陛下の退位ご希望→陛下がご存命のうちに秋篠宮様が皇太子(皇嗣)待遇になれるような法制度を促した(事実そうなってしまった)
〇眞子様が婚約した→生前退位法案と一緒に女性宮家審議を促す意図があった(これは不発に終わる)

上記以外にも、
〇紀子妃は前置胎盤になり9月6日に帝王切開になると報じた→男子がこの日に生まれるので国民皆で待機しておけという意図があった?
〇佳子様の学習院大中退とICU受験予定→佳子様を不合格にできなくする(ICU入学を確定的なものとする)
〇閣議決定もされていないまだ先の秋篠宮家の海外公務予定→早めの発表で海外行きを確定的なものとする(相手国が秋篠宮家ご訪問を拒否できないようにする)


などということもありました。

ここまで「NHK橋口記者は秋篠宮家に深く食い込んでいる」と言われているのに、秋篠宮家サイドはいつも「NHKに勝手に報じられてしまった」と、被害者面をしてきました。
もし仮に秋篠宮家が本当に橋口記者のスクープに困り果てているなら、この記者を遠ざければ済むはずです。
しかし秋篠宮家も宮内庁も、橋口記者の出入りを禁じたなどの措置を一向にとる気配がありません。
これはおかしいと思います。

もし今後も秋篠宮家が「NHKの一方的なスクープに困っている」という態度を見せてきたら、上記ポストの記事を是非思い出していただきたいと思います。

女性宮家は両陛下と秋篠宮家の“悲願”2~眞子様婚約ニュースは皇室側からのリークか

今回は、眞子様と小室さんの婚約をNHKが最初に報じた件につき、核心をついた記事をご紹介したいと思います。
比較的新しい記事ですが、ビジネスジャーナル2017年5月18日の記事です。

眞子さまご婚約スクープ、皇室の事実上リークか…安倍首相への警告、宮内庁職員も関与か


16日、NHKのスクープが世間を驚かせた――。

同日19時から放送のテレビ番組『NHKニュース7』は、秋篠宮眞子さまが国際基督教大学(ICU)在学時代の同級生、小室圭さんと婚約されると報じた。皇室に詳しいマスコミ関係者は語る。

宮内庁の山本信一郎長官が眞子さま婚約の報告を受けたのは16日当日の昼頃だとみられ、この日の夜にNHKが報じるということは、宮内庁にとってもまさに寝耳に水。報道直後から翌日17日にかけ、庁内はかなり混乱している様子でした。山本長官は報道直後の16日夜8時30分から急遽記者会見を開きましたが、『現時点では未定』『知らない』『申し上げる段階ではない』という発言に終始し、事実上のノーコメントであったことが、その混乱ぶりを物語っています。
宮内庁は通常こうした重要な情報については、記者クラブ以外でも日頃良好な関係を築いているジャーナリストや記者から問い合わせを受けた際には、きちんと対応するのですが、今回はシャットアウト状態で、かなり慌てている様子が伝わってきます。実は宮内庁記者クラブ内では、16日に『何か大きな報道が出るかもしれない』という情報は流れていたのですが、どのマスコミもまさか眞子さまの婚約だとは思ってもいなかったようです」

今週19日に政府は天皇陛下の退位を認める特例法案を閣議決定する予定だが、なぜそのような“微妙なタイミング”で眞子さま婚約が公表されたのであろうか。

「現在皇族は14人で、そのうち30歳以下は7人ですが、近い将来結婚して皇室を離れる可能性もあります。これが皇族数、とくに女性皇族数減少により十分な皇室活動を維持できなくなるという懸念につながり、女性宮家【編注:女性皇族が独立して営む宮家。結婚した女性皇族が皇室にとどまり、皇室活動を続けることができるとされる】創設の議論につながっているわけです。19日に閣議決定される特例法案でも、付帯決議に女性宮家創設が入れられるかどうかが焦点となっていますが、安倍政権は創設に否定的なため、微妙な状況です。
一方、皇室内部には皇族数減少に危機感を抱き女性宮家創設に前向きな方々もおられます。そうした方々が、閣議決定直前というタイミングを見計らい、政府に対して『女性宮家を認めないと大変なことになりますよ』と警告なされる意味で、近しい宮内庁職員を通じてNHKにリークさせたという見方が強いです。つまり、実質的に皇室によるリークともいえます」(同)

◆今後の皇室への影響

皇室に詳しい別のマスコミ関係者も、同様の見方を示す。

「今の状況で女性皇族が結婚されれば、女性宮家の議論が盛り上がるのは必至ですが、女性宮家に否定的な安倍政権は、天皇陛下退位が終わってからゆっくり議論していこうというスタンスです。そんな現政権のイエスマンで上層部が固められた宮内庁ゆえに、眞子さま婚約の報告を受けたとしても、政権の意向をうかがっているうちにズルズルと正式発表のタイミングが後ろにずれ込むのは目に見えています。一方、皇室内で女性宮家創設を進めたい方々は、そんな宮内庁の動きを待ってはいられない。そこで近しい宮内庁の職員をお使いになられて、NHKに報じさせたとみられています

では、眞子さまご成婚は、今後の皇室にどのような影響を与えるのであろうか。

「眞子さまは現在、東京大学総合研究博物館で研究員として勤務されながら、日本テニス協会名誉総裁や日本工芸会総裁などを務められ、さらに海外訪問も含めて公務は多忙を極めておられます。皇族数が減少するなかで皇族の方々のご負担は現状でもかなり重いですが、眞子さまが皇室を離れれば、さらにその傾向は強まります。なかでも、秋篠宮家の次女で22歳の佳子さまは現在学生であり、学業優先のため公務はほとんど免れていますが、ご卒業と同時に一気に公務の負担がのしかかってくることが予想されます。秋篠宮家の長男で皇位継承順位3位の悠仁さまはまだ10歳ということもあり、皇室全体はかなり厳しい事態を迎えつつあるといえるでしょう」(前出と別のマスコミ関係者)

女性宮家創設の問題も含め、安倍政権の対応が問われる。
(記事ここまで)



上記記事はNHK速報の中心人物となったNHK橋口和人記者の実名は挙げていませんが、この人物が「秋篠宮家と親しいNHK記者」ということは複数の媒体で報じられていたので、ほぼ間違いはないと思われます(当ブログでも後ほどご紹介します)。

それにしても、眞子様婚約速報は宮内庁内部でも「寝耳に水」状態であり、あまりに急なことで右往左往していた、そして宮内庁長官が急遽会見を開かざるをえなくなった、という状況、デジャブを感じませんか?
そうです、この状況、まさに紀子妃の第三子懐妊スクープの状況とそっくりすぎるのです。
こういう激似の状況からも、まさに眞子様婚約スクープは、秋篠宮家の人物(高貴な方々も含めて)が行ったことだということが分かってしまうのです。


そしてまた、両陛下や紀子妃が眞子様・佳子様のための女性宮家を要求し、野田元総理などにも掛け合っているということもかなり有名な話です(当ブログでも関連記事をご紹介していきます)。
両陛下や紀子様が、秋篠宮家のメンバーが全員皇室に残れるように女性宮家を望んでいるからこそ眞子様の婚約をスクープさせ、「このままだと眞子が皇室からいなくなりますよ?皇族が減ってしまいますよ?それでもいいんですか?」と現政権にやんわりと圧力をかけさせた意義があったのではないか、というビジネスジャーナルの見方は、間違っていないと考えます。タイミング的にもそのいきさつが一番しっくりくる気がします。上記記事が、リークした人物について「方々」「おられます」「警告なされる」「職員をお使いになられて」と敬語を使っていることからも、秋篠宮家や両陛下を匂わせていることが分かります。

それなのに皇室の現状に疎い人々の間には、なぜかこの婚約リークが「官邸・政権サイドからなされたものだ!」という誤解が広まっているようです。「政権が色々な問題を抱えて窮地に立たされてしまったので、その事実から国民の目を逸らさせるために皇族の婚約を政治利用した!」という思い違いです。
確かにこの当時、共謀罪法案の案件やモリカケ問題などで現政権が窮地に立たされていたことは事実かもしれません。この時は大規模なデモなども起き、政権に対する信頼が大きく揺らいでいた時期でもありました。私自身も、現政権には不安や不満が多くあります。しかし、だからと言って現政権が眞子様の婚約を政治利用したという意見には、賛同できません。

また、秋篠宮家と親しい皇室ウォッチャー(?)の高清水有子氏などが「NHKが一方的にスクープしたせいで眞子様がお困りになった」と憤慨していたらしいですが、秋篠宮家としては「自分たちは勝手にスクープされてしまった被害者」を装わなければいけないのは当然でしょう。皇族が公共放送を利用して自分たちに関するニュースを速報で流させていることなど、断固として事実だと認めるわけにはいかないからです。
しかし秋篠宮家がNHKと太いパイプを持っていることは否定できないと思います。過去、秋篠宮家に関する速報レベルのニュースが何度もNHKから出された事実は動かしようがありません。「〇〇国への海外公務が決まりました」系のニュースなども、大体NHKが最初に報じていますよ。しかもまだかなり先の海外訪問で閣議決定もされていない段階なのに、まるでもう決定したかのような報じられ方ですから。

両陛下や秋篠宮家は、この眞子様婚約スクープで、国民の間から「このままじゃ眞子様は結婚して民間人になってしまう、皇族減ってしまったら大変だよ!だから急いで眞子様のための女性宮家創設を考えるべきだよ!」という意見がたくさん出てくると期待していたのかもしれませんね。
しかし、どうも物事はそう思い通りには運ばないことが多いようです。
結局、両陛下や秋篠宮家が期待した通りの国民からのムーブメントは全くと言っていいほど起きなかったということでしょう。
眞子様はこのニュース以降、あくまでも降嫁前提という原則に従って扱われることとなりました。
納采の儀や披露宴を異様に先延ばし、先延ばしにしてチラチラと様子をうかがってはみたものの、現政権はもちろん、国民からも「女性宮家創設を早く!」という積極的な動きがなかったということなんでしょうね。

しかし、私の心の中には、「今まで何でもかんでも強引に事を推し進めて色々と有利なことを勝ち取って(?)きたあの秋篠宮家が、このままおとなしく引き下がることはないのではなかろうか…」という漠然とした不安がいつも渦巻いていました。
女性宮家を認めない現政権と、女性宮家を推し進めようとする両陛下と秋篠宮家、それに加担する元総理の「駆け引き」が、2011年から現在にわたって延々と繰り広げられていたためです。
時系列が多少前後してしまい申し訳ありませんが、その「女性宮家の駆け引き・攻防」とも言える記事を、日を改めていくつかご紹介したいと思います。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~「帝王切開日=第三子誕生日」を一番最初に報じたのもNHK、そして秋篠宮のポロリ発言

今日は久しぶりに、秋篠宮ご夫妻の第三子を巡る茶番劇記事に戻りたいと思います。しばらくは第三子茶番劇関連記事と、眞子様の女性宮家創設狙い(?)関連情報を交互にご紹介する形にしたいと考えております。

今日ご紹介する週刊文春2006年9月7日は、また秋篠宮家とNHKとの“怪しい関係”を匂わせる記事を書いています。そして秋篠宮様の「うっかりポロリ発言」にも言及しています。

走力取材 紀子さま「ご出産」カウントダウン
秋篠宮が友人に洩らした「第三子は男の子」 殿下のご真意はどこに
早期入院は美智子さまの勧め 「9月6日説」はホント?

いまから三カ月ほど前のことだ。
秋篠宮のごく親しい友人がユーモアを交えて秋篠宮にこう聞いた。
「眞子さま、佳子さまと二人女の子が続きましたから、次は男の子でしょうか」
そのとき、二人きりで周囲に人はいなかった。すると、秋篠宮は微笑みを浮かべながら、はっきりとこう答えられたという。
「ええ、そのようです」


男の子か、女の子か。いつお生まれになるのか―。
8月16日に紀子さまが東京都港区の愛育病院に入院されて以降、多くの国民が固唾を呑んでその日を待っている。
紀子さまは帝王切開によるご出産が予定されているが、その手術予定日については、事前に宮内庁が宮内記者会に伝えることになっている。各社が「9月6日頃」と報じているため誤解されているが、現時点ではこの日程を宮内庁が認めているわけではない。
「“9月6日説”はNHKが8月8日の昼のニュースで、『経過に今後大きな変化がなければ、お子様が十分に成長したと判断される妊娠37週に入った後の来月6日頃に帝王切開による手術で出産される方針が固まりました』と報じたのが最初です」(宮内庁担当記者)
この報道には裏があった。その頃、宮内庁内部では早めに(※綴じ目で一文確認できず)発表することが検討されていたのだ。報道陣が関係者に根掘り葉掘り取材するようでは紀子さまの安静が保たれない。そのために先手を打って発表しよう、ということだったようだ。
「ただ、出産まで紀子さまがどのような経過を辿られるかは未知数ですから、『順調なら来月6日』ということを一カ月も前に発表するのは適当でない、ということで取り止めになった。でも、その情報は洩れてしまったのです」(同前)
たしかに、「37週」というのは医学的に見ても、教科書通りの線だ。前置胎盤の場合、母体は妊娠週数が進むほど出血の危険が高まる。一方、胎児は37週を過ぎれば未成熟のリスクは低くなる。そのため37週が一つに目安となるのだ。日赤医療センター産科部長の杉本充弘氏は話す。
「一般的な帝王切開では、経過が順調ならば37週に入ってから手術日を決める相談をしますが、前置胎盤の場合は大事をとって一(※綴じ目で一文確認できず)とが多い、報道の通り、紀子さまが現時点まで順調に来ているならば、当初の予定通り、6日の線で手術日がそろそろ決まる頃ではないでしょうか」
一方、9月6日以降の候補日についても様々な憶測が飛び交っている。
「気になるのは、両陛下が9月5日から9日まで北海道に行幸啓されること。6日は両陛下がご不在なのです。常に公務を最優先してこられた両陛下が北海道行きを取り止めることはないはずで、宮内庁がそんな日に手術の予定を組むはずがない」(テレビ局関係者)
そこで出てきたのが、9月3日もしくは9日の“大安出産説”。ただし3日には皇太子の地方行啓がある。
別の記者はこう話す。
「天皇ご一家のご予定や大安などの日取りがそこまで勘案されるのでしょうか。日程は宮内庁ではなく医師たちが出産の安全性を最優先して、主導的に決めるはずです。私は両陛下の行幸啓も日取りも今回は無関係だと思います。それに宮内庁が正式に認めていないにしろ、“9月6日説”はこれだけ公然となっている。それを外せば国民も心配します。少なくとも後ろにずれることはないと思います。
こういった様々な憶測をシャットアウトするかのように、病院内外の警備は厳重だ。秋篠宮、眞子さま、佳子さまもそれぞれお見舞いをされているが、その時間は特に警備が厳重になるため、院内でも空気でわかるという。

◆晴れやかなご表情の美智子さま

「病院のいたるところに私服警官がいますね。駐車場に一人、エントランスに一人、受付に二人、一階エレベーター前に一人、紀子さまのいらっしゃる『特室A』のある四階のエレベーター前に一人。それから駐車場には交代要員の警察官が乗っているバンが待機しています。たとえ入院中の妊婦の家族でも、面会の時間以外に病院内に入ろうとすると呼び止められますよ」
そんな厳重態勢のもと、静かに保たれた環境で、紀子さまは読書やDVD鑑賞をされたりして、ゆったりと過ごされているが、専門医がたえず超音波で状態を診ているという。
8月26日には天皇皇后両陛下が紀子さまをお見舞いされ、美智子さまはバラなどの花束が入ったかごをお持ちになった。そのとき、先にお見舞いに訪れていた秋篠宮と眞子さまが、病院内で両陛下を迎えられたという。
皇室関係者は話す。
お見舞いの際の皇后さまは、本当に晴れやかなご表情をされていました。12年ぶりのご出産となる紀子さまが静かな環境で安静にされていることに、ホッと一安心されたのでしょう。実は、大事をとって早期に入院されることをお勧めしたのは両陛下だったのです。特に皇后さまはご自身も流産のご経験がおありですから、紀子さまが『前置胎盤』と診断されてからずっと心配されていました。眞子さまがご帰国された当日に紀子さまがご入院なさったのも、両陛下のお気持ちを秋篠宮ご夫妻がご存じだったからです。皇后さまも『これで安心よ』と周囲に話されていたそうです」
たしかに紀子さまが入院された16日は秋篠宮ご一家にとって大忙しの一日だった。まず朝8時前、眞子さまが成田空港着のルフトハンザ機でホームステイ先のウィーンより帰国された。
「眞子さまは宮邸に戻られてご家族にお会いになった(※綴じ目で一文見えず)れ、午前10時過ぎには賢所仮殿を参拝されました。そして11時頃には御所で両陛下にご挨拶され、その後に合流された秋篠宮殿下と四人でご昼餐をされました。お帰りになったのは午後2時くらいだったそうです」(前出・宮内庁担当記者)
そして午後5時過ぎに紀子さまが入院されたのだ。眞子さまと佳子さまは宮邸で紀子さまを見送られた。
「眞子さまも長旅でお疲れだったでしょうが、そんなご様子を一切見せられなかったそうです。賢所参拝や両陛下へのご挨拶がお済みにならないと、紀子さまも安心して入院できないから、眞子さまはお母様のために頑張られたのでしょう。秋篠宮家ではそういう物の順序やけじめをしっかり教えていらっしゃるのです」(前出・皇室関係者)
お見舞いの翌々日、美智子さまは群馬県草津市を訪れ、「草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル」のコンサートを鑑賞された。モーツァルトの曲などが披露されたのですが、紀子さまへのご心配が和らいだせいか、皇后さまは終始笑顔でした」(皇室ジャーナリスト)
そして、これはあまり知られていないが、同日夜には、お一人で御所に残られていた天皇陛下を、秋篠宮、眞子さま、佳子さまの三人が訪問され、ご夕餐を共にされている。楽しい夏休みのひとときを過ごされたようだ。その日、御所には黒田清子さんもいた。そこでどんな会話がやりとりされたのかはわからないが、前出の皇室ジャーナリストがこんなことを話す。
天皇ご一家の優雅なご様子を見ていると、新宮さまの性別を皆さん実際はご存じなのではないかと、つい考えてしまうのです。自民党幹部や医療関係者、報道陣などの間でも、“男児説”はいまや決まり切ったことのように話されています。秋篠宮と紀子さまは赤ちゃんの性別を医師からお聞きにならない方針だと言われていましたが、実は秋篠宮は第三子は男の子である、と洩らされたという話もあるのです
それが冒頭のエピソードなのだ。小誌はその友人に直接話を聞くことができた。詳細は伏すが、その友人は秋篠宮と話をした日時や場所、状況などをこと細かに覚えていた。
その友人はこう話す。
殿下は笑顔でお話くださいましたが、どういうご真意がおありだったのかは、私にもわかりません。ただ、性別診断ができてもおかしくない時期でしたし、そんな重要なことを適当に仰る方ではありません。どちらにせよ、私は元気なお子様が生まれれば、それが一番だと思っています」
男子誕生を望む周囲からの期待を裏切らないように、あえて秋篠宮はそう受け流されたのかもしれない。いずれにせよ、あと数日ですべてがわかる。新宮さまが無事誕生されるのを祈るばかりだ。
(記事終わり)



まあ、今回も、茶番劇全開といった感じの内容ですね。国民に対してはしつこく言い訳のように「性別は知りたくありません!知らないんです!知らないようにしているんです!」とアピールしてみせても、実はとっくに関係者は全員、第三子の性別を知っていたということです。秋篠宮ご一家、両陛下を始め、皇室・宮内庁・議員・官僚全体で国民を馬鹿にした茶番劇をずっと繰り広げていたわけですよ。
当事者の秋篠宮様自らが友人に対し「第三子の性別は男子」ということを知らせてしまっていることが事実であれば、あれだけ「性別は知りませ~ん」アピールしていたのは一体何だったのかと。やはり秋篠宮様はあまり頭がよろしくないというか、調子に乗って浮かれてしまったのかもしれませんね。聡明とは真逆の方だとつくづく思います。

そして上記記事で重要なのが、「第三子(悠仁様)が帝王切開でお生まれになるのは“9月6日”説を最初に流したのが、例によってNHKであった」という事実。懐妊直後の速報と同様に、今回もまたNHKがどこよりも先んじて帝王切開日を報じたのです。
宮内庁担当記者が「9月6日という情報が“漏れて”しまった」と呑気に答えていますが、こういう大事な情報が容易に「漏れる」状況を怪しく思わないのが何ともはや、です。おそらく、「情報をNHKに流したのはまた“あの方”だろう」ということで、ほかのメディアも関係者も、敢えて深く突っ込まなかったのかもしれませんね。
それだけ秋篠宮家とNHKとの間には、既に太いパイプが出来上がっているのだという“暗黙の了解”があったのだと推察されます。
帝王切開の日=第三子誕生の日、を、前もって国民に知らせておくことにどういうメリットがあるのか?と思わなくはないですが、秋篠宮ご夫妻はなるべく早く「9月6日」が“その日”だということを国民に知らせておき、「国民よ、この日が待ちに待った“皇位継承権を持つ男子”が生まれる日だぞ、有難く心待ちにして祝え」ということが言いたかったのか?と思ってしまいます(これは憶測ですが)。

しかし、両陛下も秋篠宮ご一家も、そしてなぜか黒田清子さんまでもが、秋篠宮ご夫妻の間に生まれる第三子は“男子”であるから明るい晴れやかな表情でいらした―という内容に、私は心底怖いものを感じました。この高貴な方たちは笑顔で「敬宮愛子様が女帝になられる道を全力で阻止した」に等しいのです。「これで敬宮が天皇になれる可能性はなくなった!男系男子継承万歳!」と笑顔で語り合っていたと考えると、ゾッとしませんか。

そして上記記事で「は?」となったのが、

>秋篠宮家ではそういう物の順序やけじめをしっかり教えていらっしゃるのです

の箇所。一体どこが?という感じです。

当ブログでも検証したように、秋篠宮ご夫妻はいつも東宮ご一家への敬意というものを忘れています。本当に物事の順序やけじめがついている方々なら、両陛下だけでなく、格上の東宮ご一家にも様々な配慮をしてしかるべきでしょう。ところが秋篠宮ご夫妻は、東宮ご一家に対しては本当に「頭が高い」としか言いようがありませんし、増長しすぎています。

このように、秋篠宮家はNHKとの太いパイプを持ち、この頃からパイプを思う存分に活用して自分たちに都合の良い情報を流していたことになります。
この一件は、眞子様と小室さんの婚約リークの件や、今上陛下の生前退位希望の一件にも深く関わってくるのです。

女性宮家は両陛下と秋篠宮家の“悲願” 1~宮内庁と野田総理による唐突な「女性宮家提案」

眞子様と小室さんの結婚延期ニュースが予想以上に尾を引き、当ブログも記事アップの予定の見直しを行うことになりました。
この結婚延期の一件には、どうしても女性宮家創設のことが関連しているように思えてならないためです。
一方で、秋篠宮ご夫妻第三子を巡る茶番劇の記事はまだまだたくさんあり、そちらも並行してご紹介したい気持ちも強いです。

結局、第三子の件も結婚延期の件も女性宮家も、秋篠宮家の我の強さや異様な執念の現れ、そして皇室の未来を悪い方向に左右するという点で根本的に同じ問題と病巣を抱えていると言えるでしょう。すべてを切り離して考える必要はなく、むしろ互いに関連付けて平成皇室の問題に向き合うことが重要だと考えます。

今回はまず、2011年に報じられた女性宮家ニュースについて取り上げたいと思います。

「女性宮家」創設検討を…宮内庁、首相に要請
読売新聞 2011年11月25日03時01分


宮内庁が、皇族女子による「女性宮家」創設の検討を「火急の案件」として野田首相に要請したことがわかった。
併せて安定的な皇位継承制度の実現も求めている。皇室典範は、女性皇族について、一般の人との結婚などにより皇族の身分を離れるとしており、女性宮家創設にあたっては、宮家の当主となる女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つよう、典範の一部を改正することになる。
現在の皇室の構成は、天皇陛下と皇族方22人。男性皇族方7人のうち4人は60歳を超えている。また、未婚の皇族女子は、天皇陛下の孫では皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さま(20)、次女の佳子さま(16)の3人、昭和天皇の弟の三笠宮さまの孫にあたる彬子(あきこ)さま(29)ら5人、合わせて8人で、うち6人が成人されている。
宮内庁側は、今後、結婚により女性皇族が皇籍を離れるなどして皇族方が少数になると皇室全体の活動に支障が出ると危惧しており、羽毛田信吾長官が先月5日に首相官邸で野田首相に直接、女性宮家創設により皇族方の減少をくい止めることが喫緊の課題と伝えたほか、政府高官にも同庁側から説明が行われた。
(引用終わり)


上記宮内庁の要請を受けて、当時の野田総理の回答が以下のニュース記事です。

女性宮家「緊急性高い」=国民的議論必要―野田首相
時事通信 12月1日(木)20時36分配信


野田佳彦首相は1日の記者会見で、安定した皇位の継承に向けた「女性宮家」の創設について、「皇室活動の安定性という意味から、緊急性の高い課題と認識している」と表明した。
羽毛田信吾宮内庁長官が10月5日に行った首相への説明を受け、政府は創設を視野に入れた検討を始めており、世論や与野党の動向も踏まえながら慎重に進める考えだ。
(引用終わり)


おそらく「女性宮家」というワードが一気に有名になったのは、この2011年の報道がきっかけだったでしょう。
実は、「女性宮家」という概念自体は、小泉政権下で行われようとしていた皇室典範改正案の中でも触れられていました。
しかし重要なのは、小泉総理の元で考えられていた「女性宮家」と、野田総理の元で考えられていた「女性宮家」は、内容が大きく異なっているということです。

まず小泉総理が想定していた女性宮家は、簡単に説明すると下記のような内容でした。
●男系男子のみでなく直系長子である女子にも皇位継承権を認めることが大前提であった。
●女性天皇のみならず女系天皇も認めるものであった。
●現在、男性皇族にしか認められない宮家創設を女性皇族にも認め、配偶者も皇族として扱うという内容だった。
●内親王だけでなく女王にも宮家創設を認めるものであった。
●あくまでも「安定的な皇位継承の確保」という、皇室維持のための最重要の目的があった。

詳細は下記HPに掲載されています。

皇室典範に関する有識者会議 報告書 平成17年11月24日

一方、野田総理と宮内庁が考えている女性宮家は、下記のような内容です。

●女性宮家は内親王限定で創設。
●女王は降嫁が前提。
●宮家を創設しても女性皇族は皇位継承の対象外である。
●皇族の人数が減ることへの懸念から宮家を創設して人数を維持する。
●「安定した皇位継承の確保」にも一応触れているが「皇室活動(公務)の安定性確保」が主目的。
●悠仁様が皇位を継承するという前提は崩していない。


このように「女性宮家」と言っても、小泉案と野田案では、内容が全然異なります。
小泉総理が「安定した皇位継承・天皇制維持・皇室の繁栄」という、広く長期的視野で典範改正と女性皇族の意義を考えていたのに対し、野田総理は「女性皇族は単なる公務要員であり皇位継承には関与しない、皇室の人数が減ってしまったら公務を割り振れなくなるし悠仁様を支える必要もあるでしょ?」という、非常に狭量な視野に基づいた内容であるという大きな違いがあるのです。野田総理のこの考え方は、陛下の生前退位が取り沙汰された2017年頃に顕著に表れることになります。

野田総理は、当時の羽毛田宮内庁長官の要請に基づいた上で、「女性宮家創設は緊急の案件」と回答しています。
ということは、「皇位継承に関与しない、単なる公務分担要員としての女性宮家」案は、すなわち両陛下の要望であるとも言えるわけです。両陛下は男系男子継承を保持すべきというお考えの元で、敬宮様を事実上排除して秋篠宮ご夫妻の第三子=男子に継承権を託し、姉である眞子様と佳子様に悠仁様を支えてもらいたいというお考えをお持ちだからです。
拙ブログでも何度が検証いたしましたが、「宮内庁(長官)の意志・要請=両陛下のご意志・ご要望」であるということが公然の事実となっています。宮内庁(長官)が両陛下の意志を無視して勝手な発言ができるはずないからです。
そして野田総理も、「これは両陛下の意志である」ということを分かった上で、国民に向けて「女性宮家は緊急の必要性がある」と言ったのでしょう。

しかし、なぜこの時期に宮内庁=両陛下が野田総理に女性宮家の要望を出したのか?
それは前回掲載した「女性宮家を巡る時系列」を見ると、見えてくると思います。

眞子様と女性宮家関連報道の時系列

まず眞子様は、小室さんと出会う前に、同じICUの同級生であったY氏という男性との噂が上がっていました。彼との2ショットの画像もネット上に大量に流出し、ネット民も一時期眞子様とY氏の関係を巡って多少お下品な内容も含めて“祭り”状態となりました。まだほんの数年前の出来事ですし、今でも多くの方が覚えているかと思います。
Y氏は完全な一般人なので彼の実名や顔写真などはここには掲載しません。しかし、当時のY氏は、眞子様との関係を揶揄されて同級生から「Y天皇」と呼ばれたり、「働きたくないでござる」という名言(?)を残したりしていました。
この画像流出が原因かどうかは不明ですが、その後眞子様はY氏と別れ、小室さんとの新たな出会いを果したと思われます。
画像流出の原因についてですが、眞子様が2011年10月の成年会見で「同年3月に起きた東日本大震災の時の状況」を質問されたところ、「その日は家におりました」と答えたことが、同級生らの怒りを買った?という説があります。実は眞子様は震災当時スキー合宿に出ており、東京の秋篠宮邸にはいなかったらしいのです。しかし眞子様は会見で堂々と嘘をついた。だから同級生が「眞子様は嘘つきだ」という怒りを感じ、スキー合宿時の画像をネットにばらまいた…という説です。しかし、この説についての確実なソースは手元にないので、断言はできません。

このように、眞子様は成人前から同級生の男性と噂になっており、秋篠宮ご夫妻も宮内庁も両陛下もそのことを知っていた可能性が高いです。眞子様が恋愛し結婚することは決して遠い未来ではない、なので眞子様が結婚しても皇室に残れるようにしてほしいという、秋篠宮ご夫妻(特に紀子妃)や両陛下の独善的な願望が、宮内庁と野田総理を走らせたのではないか…という見方もできると思います。
眞子様とY氏との出来事や眞子様の成人の前後に突如宮内庁と野田総理が動いたという事実が色々物語っているように感じませんか?

なお、このニュースに関しては野田総理だけが批判されることが多いですが、野田総理の裏には宮内庁=両陛下が潜んでいるということを決して忘れてはならないと思います。

眞子様の結婚延期は「女性宮家創設待ち」 のためか?これまでの経緯を振り返る

昨日は紀子妃の第三子懐妊をめぐる一連の記事の続きを挙げるつもりでおりましたが、突然の「眞子様と小室さん結婚延期」の速報が。ブログ更新をいったん保留にせざるをえなくなりました。

そして今日、ほかの重要なニュースを差し置いて、一日中眞子様小室さん関連のニュースばかりという感じになったようですね。すべてのニュースや雑誌記事を追いかけることができず、どこから手を付けたらよいやらと正直な所、困惑中です。

眞子様と小室さんの出会い・婚約・結婚延期までの流れを整理したり、過去の雑誌記事を探したりと地道な作業を続けてはいますが、結局のところ「やはり眞子様のための女性宮家創設を狙っての行動だったのか…」という結論に至ってしまい、暗澹たる気持ちになりました。

この眞子様の婚約に関する一連の騒動も「あまりにも白々しいシリーズ」として拙ブログでも記録に残した方がいいような気がしていますが、どこまで掘り下げることができるかは未知数です。

ひとまず、眞子様と小室さんの出会いから結婚延期、そしてそれに関連する出来事などを時系列にまとめてみました。

2010年(平成22年)、眞子様小室さん、ICUに入学

(眞子様、一時期同級生のY守氏と交際していた?ようだが別れた?彼と一緒にいる写真が多数流出済み。)

2011年12月1日、野田総理(当時)、「女性宮家創設は緊急性の高い案件」と突然言い出す

2012年春~夏頃?眞子様小室さん、ICUの「意見交換会」で出会い、その一カ月後からデートし交際開始か?
※小室さんも「交換留学前からお付き合いを始めた」と会見で述べている

2012年9月、眞子様はイギリスへ、小室さんはアメリカへ留学

2012年10月、民進党の野田総理が内親王限定の女性宮家などに関する論点を公表する

2012年12月、総選挙で民進党敗北、自民党勝利、26日安倍政権誕生となり女性宮家案は白紙に戻される

2013年12月、婚約会見によればこの時に小室さんからプロポーズ、眞子さまも了承(ただし具体的な結婚時期は未定)

2014年6月7日、ポストセブンで「美智子様、首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮」という記事が出る

週刊新潮2014年6月12日号で、紀子妃が女性宮家創設の進捗状況を気にしているという記事が出る
※拙ブログでも記事をご紹介しています。詳細はこちら

2016年7月、陛下の生前退位ご希望が報じられ、同年8月8日、象徴としてのおつとめについて陛下の会見が行われる

2016年10月、眞子様と小室さんの電車内での2ショット画像が女性誌に掲載される

2016~2017年にかけて生前退位法案の検討開始(秋篠宮様を「皇嗣」待遇などというおかしな事項も勝手に話し合われる)

2017年5月頃より、野田元総理、「女性宮家を急げ」と度々主張する

2017年、安倍政権、加計問題や共謀罪法案の件で色々窮地に立たされる

2017年5月16日、眞子様小室さん婚約発表(NHK速報)

ビジネスジャーナル2017年5月18日号で、婚約速報は皇室側からのリークか?という記事が出る

ポストセブン2017年5月22日号でも秋篠宮家に深く入り込んでいるNHKの橋口和人記者に関する記事が掲載される

2017年5月29日、陛下の生前退位法案の付帯決議事項で「女性宮家に関しては法施行後速やかに検討」という方向になる
※「法施行後」とは今上陛下退位、新陛下即位後の2019年5月1日以降になるということ。
(眞子様宮家の可能性は本来ならここで事実上なくなったはずだったが…)


2017年6月9日、生前退位法案成立、6月16日公布

2017年7月8日に行われる予定だった婚約会見を豪雨被害のため自粛・延期に

2017年9月3日、眞子様と小室さんの婚約が正式に内定、会見を行う
※納采の儀は2018年3月4日、披露宴は同年11月4日という発表もあり。この時点で「結婚の時期が遅すぎでは」という意見が相次ぐ

眞子様のために女性宮家を早く作れと言う声がある一方、国民の大半はまったく盛り上がらず降嫁前提で話が進んでいく
(眞子様皇族として最後の〇〇、のような報道の仕方をされる)

週刊新潮2017年12月14日号で、女性宮家案を潰した安倍政権に対し両陛下が「恨み骨髄」でいるという記事が出る

2017年年末~2018年にかけて複数の雑誌が小室家のカネ問題について相次いで報じる

2018年2月5日、希望の党の津村議員から女性宮家に関する答弁が出るも、安倍総理関心を示さず

翌日2月6日、眞子様小室さん「結婚延期」へ、なぜか時期は新陛下即位後の再来年2020年まで異様に引き延ばされる

現時点で出ている情報など
●「婚約は早すぎた」「準備できていない」と眞子さま小室さん謎の言い訳
●今になって「陛下の退位や新陛下の即位関連行事があるから~」ということを言い訳にしている
●まだ結婚の準備が整わないと言いながら、ブータンや南米など海外公務に出る余裕はあるという矛盾
●「NHKに婚約のことを勝手にリークされた」とNHKが一方的に悪いという批判が起きている模様
(このリークは秋篠宮家サイド自らが行ったという記事がいくつも出ているのに)
●小室さんは秋篠宮家に「母親の借金のことは知らなかった」と嘘をついていた?
(雑誌記事では小室さん本人も母親の借金の件を把握していたと書かれている)
●婚約内定会見までしたのに結婚の準備をしている様子がなかったという複数の証言あり?
●小室さん側の使者もまだ決まっていなかった?
●警察は小室家のスキャンダルについて以前から把握していたし雑誌に載ることも知っていた?
●宮内庁はあくまでも「結婚延期と小室家に関する雑誌報道は無関係」と主張
●秋篠宮ご夫妻、眞子様の件があったのに公務先で妙に晴れやかな笑顔でいらした
●眞子様お可哀相、という意見が目立ち女性宮家賛成派が勢いづいている模様


今後の予想:
●新天皇陛下即位後の女性宮家創設案に賭ける?
●相手は小室さんでも別の男性でも、新陛下即位後にとにかく眞子様が皇室に残っていればいいと考えている?
●今年9月に自民党総裁選があり、ポスト安倍と言われている岸田氏や石破氏が当選になるか?という声も聞こえている。石破氏は女性宮家賛成派であり、眞子様が結婚を異様なまでに先延ばしにしたのは、石破氏など女性宮家賛成派の議員が自民党総裁になる可能性があるのでそれを待っていたという見方もある。
●「眞子様と小室さんのトラブルは出来レース、何らかの理由で二人の結婚を可能な限り先延ばし先延ばしにして、カネの問題が片付いたら晴れて二人の結婚を認めて女性宮家を作ってもらおうという魂胆か?」という意見も…。
●眞子様と小室さんの関係が自然消滅することを狙っている?という見方も多い
●眞子様を「秋篠宮皇嗣殿下()」の長女という立場で箔付けして結婚させたい意向もあるか?


何もかも、両陛下と秋篠宮家の思惑通りに事が進んでいて気持ち悪いの一言に尽きます。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~紀子妃「帝王切開予定」報道から見る“第三子男子説”

本日は、
週刊現代2006年8月5日号 と
週刊ポスト2006年8月4日号 の2本を同時にご紹介したいと思います。
この2本の記事はほぼ内容が同じであり、まずは現代の方を全文引用し、続いてポストの方を重複している箇所を省略して引用させていただくことにします。
どちらも「紀子妃は第三子出産にあたり帝王切開を受けることに決めた」という内容です。

週刊現代2006年8月5日号

本誌吉兆スクープどおり
紀子妃 帝王切開出産「第3子は男の子」


◆帝王切開を発表した“理由”

「性別?そんな下劣なことは聞かないでほしい。私自身、知らないし、わからない。(医師団にも)『万一、わかっても僕には知らせるな』と言ってあるほどです。ご両親(秋篠宮夫妻)は『男でも女でもかまわない』とおっしゃっているんですよ。要するに、そういったことで心を乱されたくないというお気持ちなんです。これからが非常に大切な時期だということをしっかり認識して欲しい」
会見を終えて帰宅後、本誌の取材にこう語ったのは、皇室医務主管の金澤一郎東大名誉教授だ。
皇室医務主管とは、宮内庁で医療全般のアドバイスや医師の手配などを担当、今回の紀子妃の出産も統轄する。
7月18日午後2時半、宮内庁で金澤氏と紀子妃の主治医を務める中林正雄・愛育病院院長がそろって会見し、日本中に激震が走った。宮内庁病院で行われた超音波検査による4回目の定期検診(12日)の結果、妊娠8カ月を迎えた紀子妃(39歳)が「部分前置胎盤」と診断されたのだ。出産は帝王切開で行い、9月下旬の出産予定が早まる可能性が高いという。
そもそも本誌は6月17日号で、紀子妃の第3子が男児だという吉兆をスクープした。紀子妃が妊娠6カ月に入った5月末から宮内庁や皇室関係者、永田町で「第3子は男児」という情報が飛びかっていることを伝えたのだ。今回の発表で、あらためてその情報が正しいことが裏づけられたといえるだろう。

本題に入る前に、まずは部分前置胎盤について簡単に説明しておこう。通常、子宮の奥(上部)にある胎盤が胎児の出口となる子宮口を覆ってしなうことを前置胎盤という。子宮口全体ではなく、一部を覆っているのが部分前置胎盤だ。分娩に際して胎児が出にくく、胎盤が急に剥がれて大量出血をともなう恐れがあるため、通常、陣痛が始まる前に帝王切開を行う。
「部分前置胎盤の場合、胎盤が子宮口を覆っている大きさにもよりますが、自然分娩が可能なケースもあります。帝王切開を判断したということは、母子の安全を考慮してのことなのでしょう。また、妊娠5~6カ月で部分前置胎盤の兆候がみられた可能性もあります。ここまで様子を見てきた結果、変化が見られないので、予定より早い出産を選択したのかもしれません」(はらメディカルクリニック・原利夫院長)
実は18日の会見前から、紀子妃の異変に皇室と宮内庁は緊張に包まれていた。7月13日~18日に予定されていた天皇皇后の葉山静養が7日に突然キャンセルされたのだ。その理由は「葉山は混雑する時期で、車での移動がご負担になる」といった不可思議なものだった。
ご静養の中止が、紀子さまの体調変化によるものだったのは間違いありません。両陛下を中心に皇太子ご一家、秋篠宮ご一家、黒田夫妻の天皇家一家が、7月1日、皇居内で『ホタル狩り』を楽しまれました。このころにはすでに、紀子さまの異変は両陛下の耳に入っていたと思われます」(全国紙宮内庁担当記者)
実際、紀子妃の体調は6月末から思わしくなく、たびたび愛育病院を訪れる紀子妃の姿が目撃されている。そうした紀子妃の状態が天皇皇后の耳にも届き、大事をとって葉山静養が中止されたのだという。

◆雅子妃オランダ静養の真相

それにしても関係者が驚いたのが、今回見せた宮内庁の迅速すぎる対応である。ある宮内庁関係者は「宮内庁があえて帝王切開の発表をしたのには驚いた」と漏らす。
「部分前置胎盤の診断からわずか1週間後の発表は異例といえます。わざわざ発表することはないし、黙っていてもわからなかったことですからね」
なぜ迅速だったのか。担当記者たちは、そこに宮内庁と医師団の必死の姿勢が感じ取れるという。
「帝王切開を早々に発表するほど、秋篠宮第3子の誕生に万全を期しているということでしょう。男児誕生となれば、現在の皇室典範では皇位継承順位が3位となるわけですから。つまり、それほど重大な出産だということです。今回の異例の動きは、秋篠宮第3子が男児だということを告白しているようなものです。宮内庁関係者はみな、男児を確信して準備態勢に入ったといいます」(前出・担当記者)

紀子妃の診断結果は永田町にも早々と伝わり、影響を及ぼしはじめている。
「ある閣僚経験者は『皇室の動静は逐一、宮内庁から安倍(晋三)内閣官房長官に伝えられ、安倍は新宮が男児であることも、安全を期して帝王切開することもいち早く把握していた』と話しています」(全国紙政治部記者)
そのうえ、帝王切開にともない、出産が早まることが、9月20日投票の自民党総裁選をも大きく左右しそうだという。産婦人科医によれば、「出産は9月上旬か、8月下旬まで早まる可能性もある」と指摘するのだ。男児誕生の祝賀ムードが、女帝反対論者である安倍長官を総理の座に押し上げるというわけだ。
さらに、今回の発表で“なぜ雅子妃が8月にオランダで静養するのか”という謎も解ける。6月末の海外静養発表には、批判や戸惑いの声も多かったが、発表時にすでに紀子妃の異変が判明してたとすれば、“なるほど”と頷けるのだ。
「皇太子ご一家のオランダ静養は8月中旬から2週間の予定です。もし紀子妃の出産が8月下旬まで早まれば、オランダ静養中の雅子妃は、男児誕生の祝賀ムード一色になっている日本国内の喧噪から逃れられる、なんてことまで囁かれています。もともと2月に紀子妃の妊娠が発表されたときも、実は出産予定日はもう少し前倒しではないかとまで言われており、6月末のオランダ静養発表で、なるほどと思った関係者も多かった。つまり、第3子が男児だとわかっていたからこその雅子妃への配慮なのです」(皇室ジャーナリスト)
部分前置胎盤が超音波検査で診断されたと発表された以上、もはや胎児の性別が確認されていることは疑いの余地がない。あらためて出産に関わる関係者を直撃した。

◆胎児の性別は確認済み

実際に超音波検査で第3子を検診しているとされる愛育病院産婦人科部長・安達知子氏はこう言う。
「私どもは何もお話しできないことになっておりますので、私から申し上げることはありません」
紀子妃が眞子、佳子内親王を出産した際の主治医で、今回は顧問的な役割の愛育病院センター所長を務める坂元正一氏に聞いた。
―紀子妃の体調はいかがですか。
「わかりません。何もお話しすることはありません」
―紀子妃の状態を把握していないのですか。
「何かあれば、相談に乗るからとは言ってあります」
―第3子は男児だといわれていますが。
「そういう問題は、昔からわかっていても誰にも知らせませんから。把握しているのは(紀子さまは)元気だということぐらいです」
帝王切開という緊急事態を控えて、「男児説」にますます頑なに口を閉ざす医師団。羽毛田信吾・宮内庁長官も、
「医師団に任せているので、何も申し上げることはありません」
の一点張りだった。
だが、紀子妃の体調についての異例の早期発表が、最重要事を抱えた皇室の緊張ぶりと慎重な姿勢をアピールしていることは間違いない。天皇の学友の橋本明氏もこう見通す。
「帝王切開の決定をしたからには、医師団は胎児の性別も確認しているはずです。検査の結果、手術の必要が出てきたというなら、その必要性を両陛下と秋篠宮に説明する際、医師団は性別についても報告しているのが自然ですからね。相当に慎重にすべき、それなりの理由があるのでしょう」
部分前置胎盤や帝王切開の処置に危険性は低いといわれているとはいえ、手術であることに変わりはない。いち早い吉報を待ちわびている国民のためにも、紀子妃には十分な静養を心がけていただきたいものだ。
(記事終わり)


2006年8月4日週刊ポスト

核心リポート
紀子妃帝王切開で囁かれる「8月男児誕生」
その時、オランダ静養中の雅子妃は…
「検査と発表の6日間のズレ」「次子出産のリスク増大」
注目するこれらの事実をつなぎ合わせていくと…


皇族として、初めての帝王切開を選択した紀子妃と秋篠宮、そして天皇家の“決断”は、次第に大きな波紋となって日本中に広がりつつある。全妊婦の15%以上が受ける“施術”とはいえ、出産時、皇族の体にメスを入れるという行為がタブーとされてきた前例を打ち破り、次子出産へのリスクをも伴うこの出産方法を選んだ意味は極めて大きい。この決断からは、「万難を排して“お世継ぎ”を出産する」という「覚悟」が伝わってくる―。

(中略―紀子妃が部分前置胎盤で帝王切開せざるを得ない状態になっている、帝王切開にすれば子宮を傷つけるので第4子は望めないことになるだろう、という内容の記事)

こんな経緯から、
<もし生まれてくる子が女の子だったら第4子も考えなくてはならないが、宮内庁と秋篠宮夫妻は、第4子を産む際のリスクを覚悟で、第3子を最も安全に出産する方法を選んだ。その理由はひとつしか考えられない>
という仮説が、ある程度の確信を持って囁かれているのだ。
宮内庁関係者が語る。
「秋篠宮ご夫妻は、男系を維持したいという皇室全体の意志を背負う形で、第3子懐妊を決意されたわけです。それを“帝王切開で”とはっきりさせたのは、すでに第3子は男子だと判明しているからではないでしょうか」
実際、「すでに性別は判明しているはず」と複数の医学関係者が指摘する。

(中略―東宮ご一家のオランダ静養の件、現代とほぼ同じ内容の憶測記事。引用ここまで)


さて、紀子妃が部分前置胎盤の状態になり、帝王切開で悠仁様を産んだことはご存じの方が多いと思われます。私はよく覚えていないのですが、部分前置胎盤になり帝王切開を受けるという診断を受けた際、紀子妃ご本人が「(このことを)国民に知らせてください」と伝えたという話を聞いたことがあります。しかし、その件はどこかで記事になったものなのか、それともテレビでそう報道されたのか、詳細は存じません。この件を知っている人たちからは「陛下でさえ“国民の皆さん”という言い方をされると思うのに、紀子妃はよりによって“国民”と言い放ったのか…随分偉そうだね」という感想が出ていたようです。

紀子妃が部分前置胎盤になったこと自体は大変だったんだなという気持ちしかありません。出産はいつでも命がけと言われますし、こういうリスクが伴う場合も少なくないでしょう。
しかしマスコミはこの前置胎盤→帝王切開という流れから、「やはり第三子は男子で決まりだ」ということを確信したようですね。第三子が男子であるからこそ、万全を期して帝王切開を選んだ。男子と分かっているのでもう第四子以降を考える必要もなくなった―ということであると。

ここまでくればもう第三子の性別も分かっているはずなのに、それでもまだ秋篠宮ご夫妻の周辺にいる宮内庁・医療関係者は「何も知りません」という白々しい態度をとり続けていたようですが。愛育病院センター所長の坂元正一氏に至っては動揺しすぎて、最初に「紀子妃の体調は知らない」と答えながら、その後すぐに「分かっているのは紀子妃がお元気だということ」と矛盾したことを言っています。なぜそこまで動揺する必要があったのでしょね。
それにしても、両陛下が紀子妃の件を受けてわざわざ静養を中止したこと、しかもまた別の理由で嘘をついてまで中止にしたことは、モヤモヤしますね。どこまでも紀子妃とお腹の子が大事だったのですね。その思いやりの少しでも、雅子様や敬宮様に注いでくださっていたら東宮ご一家も国民も救われたと思うのに…。
そして現在の安倍総理が「女帝反対派」の急先鋒であることもしっかり書かれています。しかし当時は安倍氏が一番「ポスト小泉総理」に近い立場にいるという論調で、国民は誰も異議を唱えませんでした。自分も含めて、国民は政治にもっと関心を示さなければならなかったと今になって思うのです。

ところで、現代もポストもほぼ同時期に出した上記記事の中で、唐突に東宮ご一家のオランダ静養の件について触れています。
この静養については今でも色々誤解している人がいるようですが、オランダ王室から正式に招待を受けたものであり、東宮ご夫妻が一方的に行きたいとわがままを言って実現したものではないのです。他国の王室から正式に「是非いらしてください」と招待を受けて断る方が失礼ですし、そういう招待をしてくれたのもオランダ王室が東宮ご一家の置かれている現状に深く同情したことも大きかったのだと考えます。あくまでも私的な静養旅行という扱いでしたが、静養中、オランダにほかの欧州王室メンバーも続々終結し、立派な王室同士の交流の場が出来上がったのです。まさに理想的な皇室外交となった旅行だったのでした。
この静養旅行は、直接には紀子妃の第三子懐妊や男子の可能性、帝王切開の決定などは関係ないと思われます。ただ、オランダやほかの王室は、懇意にしている東宮ご一家がどういう厳しい状況に置かれているか、それによって雅子様が病まれ、敬宮様が冷遇されているという事実を把握していたと思います。そのために静養に招いたという経緯もあるでしょう。そういう意味で、紀子妃の一件は間接的には静養に招いた理由になっていると言えます。

この東宮ご一家のオランダ静養に関して、陛下は次のようなおことばを残されています。

まず、平成18年(オランダ静養があった年)のお誕生日会見では、
>この度のオランダでの静養については,医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻も喜んでいたので,良かったと思っています。皇太子一家を丁重におもてなしいただいたベアトリックス女王陛下並びにウィレム・アレクサンダー皇太子,同妃両殿下に対し,深く感謝しています。
>最近の愛子の様子については,皇太子妃の誕生日の夕食後,愛子が皇后と秋篠宮妃と相撲の双六すごろくで遊びましたが,とても楽しそうで生き生きとしていたことが印象に残っています。ただ残念なことは,愛子は幼稚園生活を始めたばかりで,風邪を引くことも多く,私どもと会う機会が少ないことです。いずれは会う機会も増えて,うち解けて話をするようになることを楽しみにしています。
>皇太子妃の健康の速やかな回復を念じていますが,身近に接している皇太子の話から良い方向に向かっていると聞き,喜んでいます。健康を第一に考えて生活していくことを願っています。

と、比較的オランダ王室と東宮ご一家に配慮した内容となっています(それでも「敬宮様がよく風邪をひく」ということはわざわざ触れる必要はなかったと感じますが)。

ところが、翌年(平成19年)の欧州ご訪問の際の記者会見では、

>私どもの外国訪問を振り返ってみますと,国賓に対する名代としての答訪という立場から多くの国々を訪問する機会に恵まれたことは,国内の行事も同時に行い,特に皇后は三人の子どもの育児も行いながらのことで,大変なことであったと思いますが,私どもにとっては,多くの経験を得る機会となり,幸せなことであったと思います。それと同時に名代という立場が各国から受け入れられるように,自分自身を厳しく律してきたつもりで,このような理由から,私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません。
>現在,皇太子夫妻は名代の立場で外国を訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた国際交流に携わっていくことができると思います。選択肢が広いだけに,一層的確な判断が求められてくると思われますが,国際交流に関心と意欲を持っていることを聞いていますので,関係者の意見を徴し,二人でよく考えて進めていくことを願っています。


と、一見すると東宮ご一家の私的なオランダ静養に対して嫌味を述べているようにも受け取れる感じにおっしゃっていました。その後、「東宮ご夫妻が名代として海外に行くことはない」と言い切っている点、また東宮ご夫妻にとって望ましい形での外国訪問についても触れているので、今上陛下の意図がよく見えない部分も大きいです。

そして同じ平成19年の陛下のお誕生日会見で、案の定上記おことばの意図について記者から質問を受けていました。それに対する今上陛下のお答えは以下のようでした。

>今年の欧州訪問前の記者会見で,私は皇太子時代の外国訪問に触れ,「名代という立場が各国から受け入れられるように自分自身を厳しく律してきたつもりです。このような理由から,私どもは私的に外国を訪問したことは一度もありません。現在,皇太子夫妻は名代の立場で訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた交流に携わっていくことができると思います。」という話をしましたが,一部に,これを皇太子一家のオランダでの静養に対して苦言を呈したものと解釈されました。これは,私の意図したところと全く違っています。
>国賓に対する昭和天皇の名代としての私どもの答訪は,私どもの二十代のときに始まり,昭和天皇,香淳皇后の欧州と米国ご訪問を除き,昭和の時代は続けられていました。名代としての答訪の場合,相手国は天皇が答訪するものと考えているところを私が訪問するわけですから,自分自身を厳しく律する必要がありました。しかしながら,平成になってからは,名代による答訪は行われなくなったので,皇太子夫妻は,様々な形で外国訪問を含む国際交流にかかわっていくことができるようになったわけです。私は,このようなことを,記者会見で述べたのであって,決して皇太子一家のオランダ静養に苦言を呈したのではありません。なお,私は去年の誕生日の記者会見で,オランダでの静養について質問を受け,医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻もそれを喜んでいたので,良かったと思っている旨答えています。
このように私の意図と全く違ったような解釈が行われるとなると,この度の質問にこれ以上お答えしても,また私の意図と違ったように解釈される心配を払拭(ふっしょく)することができません。したがってこの質問へのこれ以上の答えは控えたく思います。


確かに陛下は平成18年のお誕生日会見で、東宮ご一家のオランダ静養についてどちらかというと好意的な回答をされています。しかし翌年に上記のような意味深なご発言をなさったため、マスコミが「おや?」と感じた点もあったのでしょう。陛下が「自分の意図とは違う解釈をされてしまった」と感じるのも無理はないと思う一方で、「でも東宮ご夫妻には名代での海外行きはさせないという宣言もなさっている」という事実もあります。私はむしろこちらの方が問題視されるべきだったと思います。
昭和時代、当時の皇太子ご夫妻(今の両陛下)は昭和帝の名代として多くの諸外国に行かれていました。しかし平成に入った今、両陛下は今の皇太子ご夫妻には同じようなことはさせる意志がないと言い切っているのです。これは事実上、東宮ご夫妻の海外公務の機会を制限しているに等しくなります。こちらの方が疑問に思われるべきでしょう。

オランダをはじめ欧州王室は、東宮ご夫妻のこういう厳しい環境をよく知っており、だから心を寄せて静養に招待してくれたのです。
欧州王室は同じ頃「エンペラーの次男夫妻に第三子がもうすぐ産まれる、性別は男子だと騒がれている」という現状についてどう感じていたのでしょうか。あまり良い印象は抱いていなかったのは確実だと思われます。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~誕生儀式の準備からバレバレだった「第三子は男児」ということ

今回は、週刊現代2006年6月17日をご紹介したいと思います。
この記事は「皇室にお子様が誕生したときの儀式」という点に着目し、その準備の様子から「秋篠宮ご夫妻の第三子は男児である」ということを導く内容となっています。

インサイドレポート
天皇は知らないが、すでに担当医は確認済み
紀子妃第3子は「男の子」これだけの吉報

4月27日に安産を願う「内着帯式(ないちゃくたいしき)」を済ませた紀子妃。妊娠6カ月に入った今、「第3子の性別は男」、そんな情報が宮内庁や永田町で囁かれ始めた。中断している「皇室典範」改正の動きにも一石を投じ、次世代皇室の左右する第3子の性別は男か、女か―。

◆「100%性別は確認可能」

2月7日に懐妊が明らかになって以来、妊娠6カ月に入った紀子妃(39歳)は順調な経過をたどっている。3月~4月頃にはつわりの症状も出ていたというが、4カ月頃には公務に復帰。5月25日には全国赤十字大会に出席するなど、積極的に職務をこなしている。
そんな中、「秋篠宮家の第3子は男の子である」という情報が宮内庁や皇室関係者、そして永田町で囁かれ始めた。全国紙政治部記者が言う。
「『紀子妃の第3子が男児だ』という話は政界ではずいぶん広まっています。『男の子でよかったねえ』『これで皇室典範を改正しなくてすむ』という話が囁かれ、妙な安心感が漂っています。中には、安倍(晋三官房長官)さんも男の子だと言っている、と話す議員までいます」
さらに、宮内庁でも同じ空気が漂っている。担当デスクが言う。
宮内庁記者クラブでは、男児を確信して動いています。紀子妃はすでに妊娠6カ月。医師団が性別を確認していることは間違いありません。性別をはっきり確認できるこの時期になって、『新宮(新生児のこと)は男児』の声が高まってきていることからも信憑性は高いと思います」
紀子妃は現在、妊娠6カ月。はたして、検診で性別は判明するのだろうか。はらメディカルクリニック院長の原利夫氏はこう言う。
「100%、胎児の性別は確認できます。これは超音波画像を見れば、特に男子の場合にははっきりと性器の存在が確認できるからです。超音波を使って胎児の発育状態を検診する場合、頭の直径と大腿骨の長さを測ります。その大腿骨を測るときに、性器が確認できるのです。画像を写真にする際にも、それが写る可能性がありますね」
紀子妃が検診に訪れる宮内庁病院の分娩室には、雅子妃が愛子内親王を出産する際に設置された、胎児の立体写真が撮れる3Dエコーなど最新鋭の医療機器がそろっている。当時の雅子妃の担当医もこう話す。
「男女の性差がわかるのは、通常だと妊娠5カ月くらいの時期です。超音波を当てて性器の有無をみれば、すぐにわかります。宮内庁病院の施設は全国レベルで見ても、それは充実していますよ」
最新の機器のもとで検診を行う医師なら、すでに性別を確認していることだろう。ところが、秋篠宮夫妻をはじめ、天皇皇后は「性別を事前に知りたくない」と周囲に漏らしているため、医師からその性別が伝えられることはない。元東宮侍従・浜尾実氏はこう話す。
「今回も新宮さまの性別をすでに宮内庁の医師団は知っていると思います。皇太子さまがお生まれになるときもやはり、医師団は事前に性別を知っていましたが、美智子さまご本人や他の皇族には一切伝えませんでした」

そこで本誌は「第3子」の性別を知りうる立場にあり、宮内庁で医療全般のアドバイスや医師の手配などを担当、紀子妃の出産も総轄する皇室医務主管・金澤一郎東大名誉教授に直撃を試みた。「第3子の性別は男とわかったのか」と聞くと金澤氏はこう答えた。
「男の子とわかった、なんてカマをかけているの!?いずれにしろ(性別は)フィフティ・フィフティですよ。そんなに騒ぐことじゃないじゃない!今回は性別を知る人間(医師)を極めて限定しています。私まで報告を上げるな、と言っているくらいで実際知りません。(秋篠宮)ご夫妻は、眞子さま、佳子さまのときも、事前に知りたくないという方針でした。男だの女だの、いま騒ぐ必要はまったくないのです」

実際、天皇皇后が新生児の性別を知るのは出産直後とのこと。出産と性別を報告する特別な役目を負った職員から聞くという。宮内庁職員がこう解説する。
「皇族が出産する場合、宮内庁病院に『御産所参候(ごさんじょさんこう)』という係が待機します。出産の無事と性別を確認し、ただちに天皇皇后や出産を待つ殿下(皇太子や秋篠宮)に報告するのが役目です。
愛子さまがお生まれになった場合は、羽毛田信吾宮内庁次長と角田泰文管理部部長(いずれも当時)が宮内庁病院に待機して、参候者を務めました。参候者が御所に報告をして、そのとき初めて天皇皇后量は以下やその他の皇族の方々が赤ちゃんの性別を知ることになるのです」
首相や官邸も同様だ。宮内庁は組織的にいうと内閣府の外局だが、こと出産など皇族のプライベートに関しては、内閣官房にすらその情報を漏らすことはないという。内閣官房で副長官だった人物が、愛子内親王が誕生したときの様子をこう話す。
「当時、内閣として愛子さま誕生の準備をするというようなことはひとつもありませんでした。慣例に従った産着の用意や行事の段取りは、すべて宮内庁が取り仕切っており、官邸はノータッチです。組織としては内閣府の中に宮内庁があるわけですから、連帯責任のような空気はあります。しかし、昭和天皇のご崩御のような国事行為ではない、新生児や出産の情報などはまったく関りがありません。今回も紀子さまの新生児に関して、いつお生まれになるとか、性別が男かどうかとかそういうことは一切わかりません」

◆男と女で異なる出産後の儀式

天皇皇后ですら出産まで知ることのない「第3子」の性別。しかし、出産前にその情報が外部に漏れる場合もある。
それは、出産後の儀式の準備においてだ。
皇室には独自の儀式や慣習がある。皇室研究家の高橋紘静岡福祉大学教授が出産に伴う儀式についてこう話す。
「皇族にお子さまが生まれる前に行う最初の儀式は妊娠5カ月目に行われる安産を祈願する『内着帯式』です。これは一般で言う帯祝いにあたります。続いて、9カ月目の戌の日に、『着帯の儀』を行います。帯は絹で3.6mもあり、金泥で松鶴が書かれている鳥の子紙に包まれて、蒔絵の箱に収められています」
その間、名前や「お印」(愛子内親王なら「ゴヨウツツジ」。食器などの什器類など持ち物に印としてつける)の候補が決められる。
前出の浜尾氏が言う。
「現段階では、お名前の候補とともに『お印』の候補も国学者や歴史学者によって決められているはずです。お印には男女の区別がありません。植物が選ばれることが多いですね」
これら出産前後の儀式の中でも性別を知る手がかりになるのが、出産後の贈り物の準備だ。
皇族に子どもが誕生すると、天皇から「短刀」が贈られる『御剣を賜うの儀』(賜剣しけんの儀)が行われる。これは、白鞘の守り刀を赤地錦の袋に入れ、新生児の枕元に置く儀式で、女子の場合は、短刀に加え、袴が添えられる。この儀式に備え、宮内庁が袴を用意していれば生まれてくるのは女の子、そうでなければ男の子ということになる。
宮内庁は袴を発注しているのか。眞子内親王(91年)、佳子内親王(94年)、そして愛子内親王(01年)が誕生した際に、袴を調達した老舗呉服屋「高田装束研究所」に真偽を確かめたが、「宮内庁の許可がないとわれわれからお話しすることは一切できないのです」と言う。しかし、呉服屋の関係者に話を聞くことができた。
「『賜剣の儀』で贈られた袴は皇子が数え年5歳になった吉日を選んで行われる『着袴の儀』で初めて身につけるものです。一般でいえば七五三に当たります。その下に着る着物は地色が朱色で『御地赤(おじあか)』といい、総刺繍の豪華なものです。一方、袴も『濃色(のうしょく)』と言う濃い赤色です。赤は女性にとって一番位の高い色であり身を守るという意味もあります。今回も制作するとなれば同じ業者でしょう。しかし、まだ発注があったというお話は聞いていませんが…
紀子妃の出産は9月ごろの予定だから、すでに発注していないと間に合わない。「第3子」には袴を贈らない、つまり男児ということか。
次に短刀はどうだろう。皇室御用達の鞘職人・高山一之氏に取材を申し込んだが、こちらも断られた。しかし関係者はこう証言する。
「愛子さまがお生まれになったとき以外にも、秋篠宮家のお二人のお嬢さま、雅子さまや紀子さまのご成婚の際にも高山氏が『守り刀』の鞘を作っています。
この秋にお生まれになるお子さまの場合は、ご懐妊の発表があってから間もなくして依頼があったそうです。鞘は男女による違いはなく、皇室の伝統にそったデザインで、お印は入りません。毎回、大体4人の職人が数本作り、その中から一番出来のいいものを宮中に納めますので、完成はいつも出産ギリギリです」
刀の発注はもう済んでいるようだ。女児用の袴が発注されていないとなると「第3子」は男児である可能性が高い。

◆頑なに口を閉ざす医師

そしてもう一つ、性別についての情報源となりうるのは担当医たちだ。
実は過去にも3度、眞子内親王、佳子内親王、愛子内親王の出産に際しても性別や出産秘話などが病院から漏洩したといわれる。
雅子さまが流産された際、懐妊をスクープしたのは、朝日新聞でしたが、このときの情報源は医者だと言われています。また、出産直後の眞子さまのスケッチなどがテレビや新聞で公開されたこともありました。分娩室や病院は、厳重警備態勢を敷いていますので、医者、もしくは警備を担当する皇宮警察以外から情報が漏れることはあり得ません」(前出・宮内庁職員)
そこで紀子妃出産を担当する医師たちを直撃した。まず、愛育病院産婦人科部長・安達知子氏に聞いてみた。安達氏は、実際に超音波装置で「第3子」を検診していると思われる担当医であり、性別はすでに把握していると言われている。
―紀子さまのお子さまの発育状態について…。
「何もお話しすることはございません」
―男の子だという噂がありますが?
「今、話せない状況なので」

さらに、眞子、佳子内親王を紀子妃が出産した際の主治医で、今回、陣頭指揮をとる愛育病院のセンター所長、及び日本産婦人科医会会長である坂元正一医師に聞いた。
「性別が男っていう話は…聞いたことがない。いや、嘘じゃなくて、本当に知らないんですよ。知っているけど言えないということじゃなくて。今回、そういう話は一切しないという取り決めがあるんです。通常、性別がわかるのは妊娠5カ月くらいですが、紀子さまは…妊娠5カ月?でも…性別はまだわかってないですよ
医者たちは頑なに口を閉ざしたが、「男児説」を聞いたときの彼らの過剰な反応をどう見るか。羽毛田宮内庁長官はこう話す。
「男子説?聞いたこともないし、知らないですよ。だいたい、そういう話は失礼じゃないですか!非礼ですよ!
ひとつ言えることは男子でも女子でも非常におめでたいということですよ」
出産まで4カ月も前から性別のついての話題が取り沙汰されるのは国民の期待のあらわれ。元気な「第3子」を期待したい。
(記事終わり)


上記現代記事も、紀子妃のお腹の子の性別に関する話に及ぶと、関係者たちが一様にナーバスでイライラ・ピリピリした空気になるリアルな様子について書いていますね。「どうせ第三子は男子なんでしょ?」という国民の白けたムードを何とかごまかしたいという焦りのようなものを周囲の人々からは感じてしまうのです。
特に金澤医師と羽毛田長官の過敏な受け答えは傍から見ると滑稽でしかありません。
「第三子の性別」には本当に触れて欲しくないからこその異様な反応としか言いようがありませんね。


さて、上記現代記事は、皇族のお子さまがお生まれになる際の儀式で用意するものによって男女の違いが分かるという点に着目し、今回の場合は女子に用意する袴がまだ発注されていないので、秋篠宮ご夫妻の第三子は男子であろうという推測をしています。
こういう状況からいくらでも性別を推測できるのに、それでも「お腹の子の性別は知りません、知らないんです、我々が知らないというんだからそれでいいだろう!」という反応を返してくる皇室関係者らの態度は本当に「茶番」の一言しかありません。性別を知らないフリを続けるのもさぞお辛かったでしょうね(棒)。

ところで、私が上記記事で気になった点が一つありました。
それは雅子様の最初のお子が流産という悲しい結果になってしまった一件で、「雅子様ご懐妊のスクープをしたのは朝日新聞だったが、その情報は医師からもたらされた」という箇所です。
確かに、実際に診察する医師が懐妊や性別などの情報を真っ先に知りうるのは当然のことでしょう。しかし、だからといって安易に「懐妊や性別の情報をマスコミにリークしたのは医師である」と断言してしまうのはいかがなものかと思います。
前にも触れましたが、医師には厳しい守秘義務が課せられています。今後の信用問題などに鑑みると、医師が自ら赤ちゃんに関する重要な情報を外部に漏らすとはとても思えません。
雅子様の場合、妊娠4週という紀子妃(妊娠6週)よりも極めて早い段階でご懐妊の情報がリークされてしまい、朝日に記事を抜かれる形となりました。そのために雅子様は精神的にもショックを受けられ、残念な結果になったと言えます。
雅子様の最初のお子さまを死なせた(もっときつく言えば〇した)のは朝日新聞だったと言っても過言ではありません。この時の朝日の行為の罪の重さは、今でも厳しく問われるべきだと思うのです。しかしなぜかこの一件はすぐに鎮静化してしまったような気がしませんか?
雅子様の最初のご懐妊をスクープした岩井克己記者は何の咎めも受ける事なく、長年のうのうと皇室記者をやり続けることができました。
もちろん、宮内庁の誰もこの一件について処分されたという話は聞きません。
雅子様のご懐妊を最初に知り得る医師が咎めを受けたという話ももちろん無し。
重大な問題であったにも関わらず、関係者の誰も責任を負わされて処分を受けた形跡がないのです。
おや?この状況、紀子妃の第三子懐妊リークの時と似通っていませんか?
雅子様のご懐妊を早々にマスコミに洩らして雅子様にショックを与えて誰が一番喜ぶのか?
紀子妃のご懐妊を早々にマスコミに洩らして典範改正議論を潰して誰が一番喜ぶのか?

一国の皇太子妃殿下が待望のお世継ぎをご懐妊された可能性が高い(それこそ男子であったかもしれない)にも関わらず、なぜかこのスクープと流産の結果については非常に大甘な扱いにされているというか、重大視されていないような感じがして不気味なのです。
「早くお世継ぎを産め!海外訪問など後回しだ!皇太子妃の一番大事な仕事は男子を生むことだ!」とさんざん雅子様を追い詰めていたにも拘わらず、いざ雅子様がご懐妊の兆候を見せて流産という結末になっても、誰一人雅子様のことを慮るような行動を見せなかった皇室や宮内庁。何か言葉にできないモヤモヤした気持ち悪さを感じてしまいます。

なお、朝日の岩井記者は後年、このスクープが原因で雅子様が流産されたことについて、「あの件は雅子様もお許しになってくださったと思う」みたいな発言をしていたように記憶していますが、手元に確実な証拠がないため断定はできません。仮にこの発言が真実だとしたら、平成皇室は本当に色々狂っているしおかしなことだらけです。

お話がそれましたが、雅子様(東宮ご夫妻)のお子様を巡る一連の動きに関しては、いつか当ブログでも番外編としてまとめ記事を作りたいような思いでいます。秋篠宮ご一家の過去を検証する当ブログにも決して無関係なことではないと思うためです。
事実を知れば知るほど、平成皇室の暗部を覗き見るような気分になり恐怖を覚えずにはいられません。
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