日本全体を覆う不気味な「忖度」現象~雅子様に対する人格否定問題と同様の事件が…

皇太子妃殿下である雅子様に対する人格否定の動きがあったという問題についてブログ記事を挙げてきましたが、この人格否定問題とかなり重なる部分の多い事件が起きました。
それは横綱・日馬富士による、貴ノ岩への傷害事件です。

この事件は暴力のいきさつや内容、診断書の中身、貴ノ岩の親方である貴乃花と相撲協会の対立など様々な情報が入り乱れており、確定的なことはまだ言えません。
しかし唯一明確に言えることは、「後輩の手本となり品格を伴わなければならない横綱ともあろう力士が、後輩力士に対して殴るなどの暴力をふるった」という事実です。これは日馬富士本人が「殴ったことは間違いない」と認めているためです。日馬富士の暴行は貴ノ岩だけでなく、白鵬や照ノ富士にまで及んでいたという証言もあるようです。

日馬富士の行為は刑事罰に問われる可能性もあることなので、本来なら相撲協会や理事会、マスコミ、識者などが、日馬富士の行いをもっと厳しく問わなければいけないはずです。
ところが相撲協会や理事会は及び腰でとても毅然とした態度をとっているとは言えず、マスコミに至っては日馬富士よりも被害者側の貴ノ岩や貴乃花に非がある、矛盾があると言わんばかりの偏向報道を行う始末。
仮に貴ノ岩の言動に日馬富士を怒らせた原因があったとしても、日馬富士の暴力を容認する理由にはなりません。

私はこの一連の暴力事件の報道を見て、気持ち悪さや不気味さを感じると同時に、「こんなこと前にもあったような気がする」というデジャブに陥りました。
そう、日馬富士の事件は、当ブログで取り上げた「雅子様に対する人格否定問題」と同じ構図なのです。

雅子様に対する人格否定問題で一番問題視しなければいけなかったのは、「雅子様は一体誰からどういう形で人格やキャリアを否定されてきたのか」「雅子様のお心を病ませた元凶は何か」ということであったと今でも思います。しかしこの問題はその点を深く追及されることなく「両陛下に相談もなしにあのようなことを会見でお話した皇太子殿下に非がある」だの、「公務に出られない・海外に行きたがる雅子様が悪い」だの、「秋篠宮様の会見は異例だったがああいうことを言いたくなるお気持ちも理解できる」だの、「公務は受け身・公務は減らせない」だの、問題点が逸らされてばかりで肝心なことは闇に葬られてしまいました。

日馬富士の暴力事件も同じで、一番問題視すべきことは「品格を伴い模範となるべき横綱が、力士に暴力をふるった」という一点に絞られると思います。しかしこの事件も、「殴られるような態度をとった貴ノ岩にも非がある」だの「親方の貴乃花の行動が不可解、なぜ理事会に相談しなかったのか」だの「殴った道具はビール瓶じゃなく素手だ、いやリモコンだ、マイクだ」だの、「診断書の内容にも疑問がある、貴ノ岩は本当は軽いケガなのではないか」だの、「貴ノ岩も(応戦のために)アイスピックを持っていた」だの、一番重視されるべき本質から矛先を逸らしているようにしか見えないのです。
そしてとうとう、「貴ノ岩は仮病じゃないのか?」という暴言まで飛び出たことを知り、ますます雅子様が責められた一件と重なることが多くなりました(雅子様も「仮病」「サボリ」と酷い言葉をぶつけられてきたからです)。

そしてこの両者の問題でほかに共通している点は、
「被害者側は言葉少なく沈黙を守っているのに、加害者側や第三者たちが饒舌に語っている」という所です。

雅子様に対する人格否定問題では、皇太子殿下は2004年の会見以来多くを語ることはなさらず、一番の被害者である雅子様はついに今に至るまで言い訳を全くなさっていません。しかし秋篠宮ご夫妻や両陛下、宮内庁、マスコミ、皇室評論家などの“加害者”と目された方々や部外者などは「両陛下も秋篠宮ご夫妻も悪くない、皇太子ご夫妻に落ち度がある」という感じで言い訳に終始していました。
日馬富士の事件でも、被害者の貴ノ岩は多くを語らず、親方の貴乃花も「警察にお任せした(被害届を出した)」「第三者の判断を仰ぐ」ということ以外は多くを語っていません(ほとんどはマスコミがああだこうだと言っているにすぎません)。
しかし日馬富士は一応貴ノ岩サイドに謝罪はしたものの「ビール瓶は使っていない」「馬乗りはしていない」「引退は避けたい」など言い訳に終始し、同じ宴席にいた白鵬や識者などの第三者がやたらと饒舌に、日馬富士をかばうような言動を繰り返しています。

雅子様や貴ノ岩など、圧倒的な被害者の方が悪し様に言われ、雅子様や貴ノ岩を追い込んだ側の人々がかばわれる構図は、非常に似通っていると思いませんか。

この両者が抱える根本的な問題は、「特定権威(権力)に対する忖度」であると言えるでしょう。
雅子様に対する人格否定問題で守りたかったのは、「皇室=両陛下の名誉と宮内庁の立場」。
日馬富士問題で守りたいものは、「横綱の名誉と相撲協会の立場」。

一番守りたいものが「権威・権力」であるから、その旧態依然とした組織に一石を投じようとした皇太子ご夫妻や貴乃花は、“敵”に見えるのだと思われます。

「とにかく言うことを聞いておとなしくしろ」
「そっちが我慢しろ、耐えろ」
「波風立てるようなことはするな」


こういう忖度が蔓延っている世界では「被害者側に落ち度がある」としなければ、すべての前提が崩壊する恐怖があるのでしょう。そしてこういう忖度が蔓延る組織は、たいていは「必死に隠したいと思う重大な問題を何か抱えている」のが常であるとも思うわけです。

「忖度」という言葉が今年の流行語大賞の候補に挙がったそうですが、今の日本全体を覆っている「権威・権力に対する行き過ぎた忖度」には気味の悪さしか感じず、流行語になることは笑えることではありません。
今年「忖度」という言葉が有名になったのは「モリカケ問題」がきっかけでしたが、実はそれよりももっと深刻な忖度があったのは、今上陛下の生前退位(譲位)問題だと思うのです。
今年は元日早々に「秋篠宮様を皇太子待遇に」という胸糞悪い報道があり、今上陛下の生前退位だけを議論するはずが、いつの間にかどさくさ紛れに秋篠宮様を次代の皇嗣扱いにし、支給される予算も今の3倍にするという「国民置き去り」の法案が成立してしまいました。
実はあれこそが「敬宮愛子様でなく秋篠宮様に皇位を継がせたいと願う今上陛下に対する酷い忖度」であったのだと思います。
今上陛下はご自分の生前退位を利用して、ご自分の目が黒いうちにお気に入りの秋篠宮様に皇統を移したかったというのが本当の所だと私は思うのです。

私が当ブログを始めたのも、秋篠宮様優遇法案の内容に納得いかなかったことが理由でした。

日本の不気味な「忖度現象」は、モリカケ問題に限らず(そもそもこの問題も美智子様の親族や秋篠宮様が関わっていることがバレています。詳細は当ブログの記事「番外編:加計学園問題と皇室の闇」をご参照ください)、雅子様に対する人格否定問題の根源を闇に葬ることから始まり、今上陛下の「本当の意図を隠した」生前退位、秋篠宮様の皇嗣待遇へと続いていることが一番の元凶だと言えるのではないでしょうか。

国民の手本とならなければいけない皇室=両陛下が、ご自分たちに不都合なことを次々に隠そうとし、物事の本質から目を逸らさせ、国民が賛成もしていない秋篠宮様の優遇を勝手に決めてしまうなど、「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者に伴う社会的責任と義務)」の精神からかけ離れたことを行われていることが、今の日本を「息が詰まるような不気味な国」にしていると個人的には思うのです。
「両陛下だってあそこまでやっていらっしゃるのだから、我々下々も同じようなことをやってもいいんだ」と考える国民(権威・権力側にいる者たち)が出てくるのも予想できることです。
今の両陛下はまさに平成日本の象徴であられるのです。もちろん良くない意味で。

芸能事務所と芸能人の扱いなど、ほかにも「忖度」現象が見られる問題は多いです。分野は違えど、今になって同じような問題が一気に噴出したのは、膿を出し切る過渡期でもあるのかもしれません。
現皇太子ご夫妻が次代の天皇皇后両陛下になられる頃には、悪い膿がすべて出た後の、風通しが良く明るい日本になっていてほしいと心から願います。

今でもまだ通用する2004年当時の「敬宮様女帝」記事

数回にわたり2004年当時の皇族方の会見と雑誌記事を振り返ってきましたが、そこで最初にご紹介した雑誌である2004年12月18日号の週刊現代に、秋篠宮様の会見記事と同時に「愛子様天皇即位の可能性」について触れていた記事も掲載されていました。
もう13年も前の記事ではあるものの、今でもまだ十分に通用し、多くの国民が切望する内容が含まれていると思われます。今回はその記事を「番外編」としてご紹介させていただきたいと思います。

政府が「女帝」の検討を開始
愛子内親王は天皇になれるか


12月1日の毎日新聞のスクープ、「『女性天皇』政府内で検討」報道が波紋を呼んでいる。
現行の皇室制度について定めた『皇室典範』は、皇位継承者を「男系の男子」として女帝を認めていないが、憲法では男女の別は定めていない。そこで、憲法を改正せずとも、典範の改正案が国会で過半数の賛成を得られれば女帝は可能との立場で、政府は数年後をめどに国会に改正案を提出する方針だというのだ。
こうした動きの背景には、秋篠宮誕生以降約40年間、皇族の男子が生まれておらず、天皇家の存続が困難になるという危機感がある。女子しかいない宮家も同様で、結婚して民間人になれば、そう遠くない将来、宮家もすべて廃絶となるのである。

それを踏まえた上での改正案のポイントは2点。まず第一は、「男系の男子」のみの継承を定めた皇室典範1条を改正して女性皇族の皇位継承を認めること。第二は、女性皇族が民間の男性と結婚した場合は皇籍を離れて民間人になるという12条を改正し、結婚しても皇室に残り宮家を設立できるようにすることだ。
細田官房長官は、「目下のところそういう方針はない」とこの報道を否定している。
しかし、ある自民党代議士は、「皇太子ご夫妻が男子を、という期待から受ける重圧は想像以上のものがあるでしょう」
と、皇太子夫妻のためにも改正の必要があると語る。

改正の動きは実際に起こっていると話すのは、宮内庁職員だ。
「自民党内では愛子様が皇位を継承できるような法改正案が煮詰められていて、小泉政権のうちに行うつもりだと聞いています」

そこで問題となりうるのが、改正にまつわる諸問題だ。
女帝を認めると、まず愛子内親王の天皇即位が可能になるが、仮に愛子内親王の子が皇位を継承した場合、その子が男子であれ女子であれ「男系男子の継承」という天皇家の伝統が途切れる。「男系男子の継承」とは、皇位継承者の父の父、ないしは父の父の父が天皇と、あくまで「父の血筋」でつながっていることを意味する。しかし、愛子内親王の子が天皇になればそれは、母が天皇である、「女系」皇族が初めて皇位を継承することになる。
旧宮家の一人はこう話す。
「男女同権とか、女性差別とかいった議論とまるで次元が違う。『女系天皇』の誕生は天皇家の『血の取り決め』を破壊することになるんです」
湯浅利夫宮内庁長官の「秋篠宮に第3子を」という発言からもわかるように、宮内庁では、男性天皇を望む声が依然として強い。改正のタイミング次第では黒田慶樹氏と婚約した紀宮にも皇籍に留まることが可能になり、男児が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性も出てくる。そのため、紀宮の結婚前に法改正を、という声も宮内庁や旧宮家の間で出始めている。

ただ一方でこんな意見も聞かれる。『フォーブス』のアジア太平洋支局長、ベンジャミン・フルフォード氏は、「まったくの時代遅れな発想だ」とこう語った。
「現行の皇室典範にこだわるのは、世界の流れに逆行して、国際常識からかけ離れたことだと思う。これでは国民の心はどんどん皇室から離れていきますよ。海外のメディアは、雅子様は伝統やしきたりにしばられているのではないか、気の毒だ、という目で見ている。ある程度、自分の好きなことができるような環境をつくることは新しい皇室、皇族のスタイルとして必要だと思いますよ」
これからの本格的な議論が求められている。

(記事終わり)
「改正されれば雅子妃の負担も減るのか」というキャプションあり)

上記記事の通り、小泉政権では、きちんと敬宮愛子様が皇位を継げ、そして女性皇族方も宮家を創設して皇室に残れるようにするという典範改正案が議論されてきました。しかし、秋篠宮ご夫妻に「第三子=悠仁様」ができたことを受けてこの議論は凍結されてしまいました(正しく言えば当時の安倍官房長官に改正案を握りつぶされました)。

現在でも「女性宮家案」が議論に出てくることはありますが、「内親王限定」であり女王方は視野に入っていない点、そしてまったく皇位継承に関わることのない、単なる「公務要員」としてしか考えられていないという点で、2004年当時の考え方とは大幅に異なってしまっています。
一番ひどいのは、今では「敬宮愛子様を女性天皇に」という声がほとんどかき消されてしまい議論の俎上にすら上げられる機会が奪われてしまった点でしょう。
小泉政権時代に典範改正案が無事に成立していれば、敬宮様が天皇になられ、ほかの女性皇族たちも問題なく皇室に残ることができたのです。それなのに愚かな人物たちがこの案を叩き潰し、今頃になって「悠仁様お一人になってしまったら皇室が成り立たなくなる、どうしよう」と大騒ぎしているのです。あまりにもアホ過ぎて笑いも起きません。
そこで「内親王限定の女性宮家を!」という声が出てきたのですが、これがまた見事に「秋篠宮家しか有利にならない案」であることが露骨であり、どなたがこの「虫が良すぎる案」を支持しているのかが丸わかりです。

●皇位はあくまでも男系男子である悠仁様へ
●内親王である眞子様と佳子様には女性宮家を!
●女王方は無関係なので降嫁してください
●敬宮様も内親王なので女性宮家を認めるけど、皇位継承はできません(公務だけ負担してください)
●仮に内親王方が皇室に残っても、悠仁様が天皇になったら、従姉妹にあたる敬宮様よりも、実姉である眞子様佳子様の方が身分が上になってしまう可能性がある(敬宮様の地位を秋篠宮家より下げることが狙い)


という案で一番得をするご家庭はどこでしょうか?なんて、問うまでもないでしょう。
眞子様は小室圭さんと結婚して民間に下ることを決意したかのように見えますが、正直言うと「油断は禁物」ですね。結婚時期までまだかなり間がありますし、今でも女性宮家創設を狙って皇室に残れる道を必死に探っているかもしれませんので。

現在「女性宮家を支持します」「女性宮家賛成」と言う人々が、一体どういう姿勢で「支持・賛成」と言っているのかは厳しく吟味する必要があると思います。「女帝」「女性天皇」「女性皇太子」という文言は消えかかっているのに、やたらと「女性宮家」という文言だけが独り歩きしている現状は憂うべきものです。事の本質を分かっていない人たちも多いと思われます。

ところで、上記週刊現代記事の中で、引っかかる箇所がありました。それは、

>愛子内親王の子が天皇になればそれは、母が天皇である、「女系」皇族が初めて皇位を継承することになる。
>旧宮家の一人はこう話す。
>「男女同権とか、女性差別とかいった議論とまるで次元が違う。『女系天皇』の誕生は天皇家の『血の取り決め』を破壊することになるんです

>改正のタイミング次第では黒田慶樹氏と婚約した紀宮にも皇籍に留まることが可能になり、男児が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性も出てくる。そのため、紀宮の結婚前に法改正を、という声も宮内庁や旧宮家の間で出始めている。

という部分です。

「旧宮家の一人」はおそらく「明治天皇の玄孫連呼の皇室芸人・竹田恒泰氏」である可能性が高いですが、要するに「女系天皇」の是非についても週刊現代は踏み込んでいます。
竹田恒泰と思われる人物の「女系絶対反対=敬宮様のお子様が天皇になることには反対」というネガティブな意見を掲載している一方で、
「黒田氏と清子さんの間に男子が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性がある」と(旧宮家の者が)述べていることは、明らかにおかしいと思いませんか?

敬宮様がお生みになるお子は「女系」となり、それは男子であっても女子であっても変わりません(女系男子・女系女子になる)。
このことは清子さんも同じな筈で、清子さんに男子が生まれようが女子が生まれようが、その子も「女系」になるので、この子が皇位継承者になると考えるのはおかしなことではないでしょうか。黒田慶樹さんは旧皇族という身分ではないので、生まれた子が男系になるわけでもありません。
「敬宮様のお子は女系になるのでこの子に皇位を継がせるのはちょっと…」のようなニュアンスを出しておきながら、「清子さんが皇室にとどまって男子を生めばその子が皇位継承する可能性が出てくる」という話になるのはおかしいと思います。
この記事を書いた人がその点の違和感に気付かなかったのだとしたら深刻ですし、もしかしたら「女系」「男系」の意味を本当に理解していない可能性もあります。

今でも「眞子様に女性宮家を作って男子を生んでもらえば…」のような話をする人をチラホラ見かけますが、眞子様の生んだ子も当然「女系」の血筋になるので、そういう話になること自体がおかしいのです。
なぜ、敬宮様の生んだお子は「女系になるからダメ!」とばかり言われるのに、清子さんや眞子様の生んだ子は「男子ならOK」という方向に話が行くのでしょうか?
上記週刊現代の記事でどうしてもこの箇所が納得できませんでした。

しかし、それ以外は現在でも通用する内容になっていると感じます。
悠仁様がお生まれになったからといって、敬宮様の皇位継承の可能性が完全になくなったと断言することはできません。
なぜなら、典範改正して女子でも皇位を継げるようになれば、東宮家の内親王殿下である敬宮様の地位の方が勝るのですから。
悠仁様も継承の可能性を失うわけではありませんが、順位は確実に下がります。
そのことをどうしても受け入れられない「ご一家」がいらっしゃるんでしょうね。

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 3(完結)

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●雅子様の人格を否定し、雅子様をご病気にさせたものへの考察

秋篠宮様の会見は、東宮ご夫妻に理解も配慮もない最低な内容だったと改めて思います。2年も前の雅子様の会見のご発言をわざわざ引っ張り出してきて、雅子様が病まれた原因をさも「海外公務を多くさせてもらえなかったことへのストレス」に集約させたい意図が見え見えで「雅子様は海外に行けないストレスでワガママを言っているだけ」という印象を与えようとしており、心底腹立たしいです。マスコミもその方向で記事を書こうとしています。
雅子様がご病気になったのは明らかに別の所に大きな理由があるのは確実だと思います。
公務がどうの、海外行きの回数がこうの、という単純な問題でないのは明白でしょう。


やはり一番の原因は、「雅子様に男子(親王)を作ることを強要した」「結婚から数年たってようやくお生まれになった敬宮愛子様の存在を否定された」ことに尽きるのではないでしょうか。同時に、「皇室に嫁いだからには、元外交官とかハーバード卒とかそういうキャリアよりも、まず男子をあげることの方が重要なんだ!」くらいのことを言われていても不思議はありません。
そもそも海外公務を制限されたのも「男子をあげるまでは許しません!」という、“制約”があったからだと言われています。
(※この点も時を改めて記事を検証する必要があると思います)
雅子様は皇太子妃殿下である前に、お一人の女性でもあります。女性に「とにかく男子をあげろ!女子(敬宮様)なんて駄目だ!」という言葉をぶつけるのは何と残酷なことだろうかと思うのです。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」発言からもわかるように、宮内庁・皇室自体が「セクハラ・パワハラ」の温床になってしまっていることがうかがえます。もちろん、長官一人でこのような発言を勝手にできるはずがないですから、両陛下のご意向が入っていると考えるのは間違いではないでしょう。
まさに「雅子様のキャリアや人格を否定するような動き」に合致すると思いませんか。こういう根深い問題から目をそらして、やれ公務だの海外行きの回数だのということに原因を矮小化しようとするのは卑怯だとしか言えません。

秋篠宮ご夫妻だってこういう本当の問題点を知らないはずがないと思うのです。それなのにさも知らないフリをして「東宮家の苦労?皇太子妃殿下のご病気?それが何なのかわからない」とシレッと言うことに怖さを覚えました。

●紀子妃への賛美は的外れではないか?

紀子妃が当時の会見の際におっしゃったことは「(東宮ご夫妻は色々お困りのようだけど)私はきちんとうまくやってきました」ということが言いたかったのだろうと解釈されて、相当多くの国民の怒りを買ったとも言われています。確かにそういう解釈の仕方もできるかと思います。
そして当時の現代記事は、紀子妃の「これも言わないと」「あちらとは規模が…」の発言について、なぜか「東宮家に配慮するように、紀子妃が秋篠宮様をフォローした」という解釈をしていますが、とてもそうは思えません。「私たちの家と東宮家とは規模が違う、あちらは職員も多くて恵まれているのに私たちのところは少ないのよ?それでも私はちゃんとやってきたのだから、ということをちゃんと言ってください」ということを秋篠宮様に促しているように捉えてしまいました。
週刊現代が書いていた「両陛下の前で10分だけ草むしり」の事例からも伺えますが、紀子妃には「あざとい」「したたか」「要領がいい」という印象をどうしても抱いてしまうのです。しかし、世の中にはこういう表面だけ良い顔をする女性に対してコロッと騙される人(特に男性や高齢者)が少なくないんだなと、気が滅入りました。
週間朝日で渡辺みどり氏が「秋篠宮ご夫妻の方が先に結婚して“先輩”なのだから、皇太子ご夫妻に先輩として助言するのは当然」のようなコメントを出していましたが、こんなことは論外で取り上げる価値もありません。たとえ先に結婚しようが男児が生まれようが何だろうが、秋篠宮ご夫妻が東宮ご一家よりも身分が下であることは変わらないのです。身分が下の者が格上の方々に対して“助言”とは、一体どういうことなのか。この点を全く考慮しない意見があまりにも多く理解に苦しみます。皇室の序列というものを分かっていない人たちがしたり顔で皇室について語ることが主流になってしまっていることが、非常に嘆かわしいです。

●「新しい公務」よりも「従来の公務を減らさないこと」が重要なのか?「受け身の公務」の大嘘

公務に関してはまた時を改めてきちんと考察する場を設けたいと思いますが、秋篠宮様が「受け身の公務に徹している」というのは嘘だということが言いたいですね。秋篠宮様ほど、ご自分の趣味や好きなことを「公務」「仕事」にしてもらっている皇族もいないと思います。
秋篠宮様が公務について偉そうに語るのは誠に滑稽ですが、問題は天皇陛下の会見のご発言だと思います。
陛下はこの頃から、「今ある公務は減らせない、変えられない、もしそういうことをするならきちんと相手方に納得してもらわないといけない」とおっしゃり、現在皇室が抱えている公務が何らかの理由で利権と雁字搦めになってしまい、そういう“しがらみ”から今更削減などできないということを匂わせてしまっているのです。
そして皇太子殿下のおっしゃった「公務の見直し・時代に即した新しい公務」についても、内心ではそういうものに反対していることが陛下の会見からは伝わってきます。しきりに「皇太子(殿下)の考える新しい公務とやらが何なのか知らない・聞いていない」と言い張り、最初から歓迎していない印象を受けてしまうのです。
「(削減を含めて)公務を見直し、時代に即した公務の形にしていく」という皇太子殿下のご発言だけが難色を示され、「公務は受け身でしょ」という秋篠宮様の発言や、「公務は減らせない」という陛下のご発言の方が好意的に受け止められる…というのは、明らかにおかしいし不自然に思われます。
「公務の削減・縮小は難しい」という姿勢は、今でも両陛下は崩していません。しかしその一方で、おことばを述べる機会を減らしたり、同じおことばを使い回したり…という点で、さりげなく公務を軽減している場合もあるのです。一体、基準は何なのか?と考えると、やはり、利権やしがらみがあるか否か…という点に行き着いてしまうのです。

●マスコミが本当にやるべきこととは―雅子様への理解の不足、秋篠宮様への批判の少なさ

当時の雑誌記事を振り返って、宮内庁やマスコミ、そして両陛下や秋篠宮ご夫妻が、雅子様のご病気に対する理解があまりにも無いことに愕然とします。今でこそメンタルの病気というものがクローズアップされてきてはいますが、それでもまだ理解が十分とは言えない状況です。今は亡き皇室医務官の金沢医師でさえ、雅子様のご病気に対する理解が全くなく、雅子様を批判するようなことを自ら率先して言っていたくらいです。
特に美智子様は、色々なご病気や流産を乗り越えてきた点では雅子様と似ている過去をお持ちなのです。それなのに美智子様はあまり雅子様に寄り添っているように見えません。口では雅子様にお優しい言葉をかけてはいても、宮内庁をかばってみたり、秋篠宮ご夫妻のあの会見を阻止しなかったりと、どことなく冷たい印象を受けてしまいます。
せめて当時のマスコミが、雅子様の置かれているお立場にもっと理解を示し、秋篠宮ご夫妻の会見にもっと苦言を呈する動きを見せていたら…と思うと、無念でなりません。

2004年の一連の出来事は、実は今でも皇室に影を落としていると私は思います。どんなに雅子様に対する「人格否定の動き」を「無かったこと」として闇に葬ろうとしても、雅子様が苦悩されているお姿を覚えている国民からすれば、あの一件を「無かったこと」にすることなど到底無理なのです。
マスコミは今からでも遅くはありません。雅子様が当時どのような形で「人格やキャリアを否定されてきたのか」を、もう一度きちんと検証してほしいと願います。
そしてその主体は誰だったのか、それが今でも東宮ご一家を苦しめているのではないか、ということを追求することも、ジャーナリストたちの重要な仕事ではないのでしょうか?と強く思うのです。
(終わり)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 2

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●そもそも「人格否定」の主体は誰なのか?

これまで「(両)陛下への事前相談の上での会見の是非」について述べてきましたが、実はこれら一連の問題の本質はそこではないと思うのです。このようなことよりももっと本質的な問題に目を向ける必要があります。

平成16年のご会見の際、皇太子殿下は、ご自分が発する言葉の重さと、雅子様の身に起きていることを国民に知らせて雅子様をお守りしたいというお気持ちとのバランスを取って、敢えて主語をぼかした形で「雅子(様)の人格・キャリアを否定する“動きがあった”」という表現をされたのだと思います。
一部の雑誌も触れていましたが、この後に「雅子様の人格を否定した奴は一体誰なのか?」という形で“犯人捜し”が行なわれたことは、皇太子殿下が主体を特定されなかった以上、想定の範囲内のことでしょう。当時皇室にあまり深入りする余裕がなかった私は漠然と「やはり宮内庁かなあ?あるいはマスコミかな?」と単純に感じていました。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」という公開セクハラ発言を見ても、宮内庁にはそういう素地があると思わざるを得ません。
そしてその後の秋篠宮ご夫妻の会見で、皇太子殿下への批判(苦言)を含んだ内容が宮内庁職員からウケが良かった(?)ことも週刊現代が触れていましたが、宮内庁自身にも疚しいことがあったからこそ「秋篠宮様よ、よくぞ言ってくれた!」のような恥ずべき言動につながったのではないかと思います。自分たちのやってきたことを棚に上げて秋篠宮様の肩を持つとは何ともお粗末で愚かしい。秋篠宮様の会見に拍手喝采を送る前にやるべきことは、皇太子ご夫妻をここまで追い詰めた環境が作られたことへの反省ではないのか?と強く思うわけです。

しかし実は、秋篠宮様ご自身は会見の中で宮内庁が“犯人”だと決めつけているわけではありません。もちろん宮内庁にも非があることはもちろんなのですが、秋篠宮様はそこは明らかにはしていません。むしろ、雅子様の人格否定を行った主体に触れるよりも「雅子様や東宮家の苦労とは何なのか分からない」とすっとぼけてみせました。

実は「雅子様の人格を否定したのは宮内庁なのだ」という方向に国民を誘導しようとした方は、美智子様であったのです。
美智子様の当時のお誕生日会見は、一見すると雅子様に対して思いやりのお気持ちを見せているように拝見できますが…美智子様は同時に宮内庁のことも庇っているのです。
もう一度言いますが、皇太子殿下は5月の会見では「雅子様の人格を否定した人物」の主体を一切明らかにしていませんでした。「人格否定の“動きがある”」としかおっしゃっていません。これは皇太子殿下による「誰か特定の人の批判につながってはいけない」というお気遣いから来た、絶妙な言い回しだったと感じるのです。
それなのに美智子様はなぜか「誹られたのは宮内庁である」と決めつけているように見えてしまうのです。
皇太子殿下が「誰か特定の人への批判につながってはいけない」とお考えになってあのような言い回しをなさったのに、美智子様は「宮内庁は悪くないわよ」と言ってしまったということです。これは宮内庁を庇っているように見えて、実は「え?やっぱり悪いのは宮内庁なの?」という感じで国民をキョトンとさせてしまうのです。
本当は宮内庁のほかに、もっと悪い人物がいたのかもしれない。雅子様の人格を否定した本当の黒幕は宮内庁とは限らないのではないか…この疑惑から、何と美智子様が自ら目を逸らさせるようなことをなさいました。しかし同時に、それでかえって一層「悪いのは宮内庁だけではないのでは?もしかしたら…」という疑惑を国民に植え付けることにもなりました。
雑誌記事は、秋篠宮ご夫妻の会見の前に行われたこの美智子様の会見を取り上げていませんが、一番取り上げて検証しなければいけなかったのは美智子様のこのご発言だったと思えてなりません。宮内庁職員はこの美智子様の会見を聞いて「よく言ってくださった!」とは思わなかったのでしょうか?宮内庁の本音が聞きたいものです。

一方で、天皇陛下ご自身は意外な方向でお誕生日会見を行われました。
「皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた」
「私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべき」

驚いたことに、実は今上陛下は「皇太子(殿下)の会見は私と美智子(様)に向けられたもの」という余地を認めていらっしゃったのです。
「皇太子殿下の批判はあくまでも宮内庁に向けられたもの」とすり替えを行おうとした美智子様に比べると、陛下はまだ潔いように思われます。
(それでも皇太子ご夫妻に対する冷たさを感じさせる会見には違いないのですが。)

結論を言えば、「雅子様の人格やキャリアを否定した黒幕的存在」とは、私は両陛下ではないかと考えています。もちろん、秋篠宮ご夫妻や宮内庁も人格否定の主体であることは間違いないでしょうが、一番大きな主体はやはり両陛下であったと思わざるをえません。
美智子様はその点が国民にバレることをとにかく恐れ、陛下は半ば「そういう事実はあった」ということを認めつつあるが、それでも事態を大きくしたくないために弁明はなさらなかった…ということなのでしょうか。

●論点をすり替えようとしているマスコミ

雅子様の人格を否定していたのが宮内庁や秋篠宮ご夫妻“だけ”であり、両陛下はそのようなことには加担していないのであれば、雅子様があそこまで病むこともなかったであろうし、皇太子殿下もあのような重いことを(両陛下に相談なく)ご会見でお話しするようなこともなかったであろうと思うのです。

一連の流れを推測すると、

両陛下が雅子様の人格を否定する側にいらしたからこそ、皇太子殿下は両陛下に事前にご相談することなく(誰にも相談できるような環境になく)会見でお話された。
皇太子殿下のご会見は、両陛下からすれば当然「唐突にあのようなことを言うなんて。我々が“犯人”だと思われたらどうするのか、国民はこの状況をどう感じるだろうか」と慌てふためく理由になる。
国民からは「悪いのは宮内庁、マスコミ、いやもしかしたら両陛下や秋篠宮ご夫妻も?」という疑惑が当然持ち上がる。同時に、皇太子ご夫妻への同情や共感が国民の間に広がっていく。
両陛下や秋篠宮ご夫妻の意思を汲んだ宮内庁は、東宮ご夫妻に同情が広がっていること、そして両陛下らに批判が向いていることの“軌道修正”をしなければいけないと焦った。
美智子様は先手を打って「悪いのは宮内庁、でも私は宮内庁をかばうフリをして理解ある皇后になり切ります」というご会見。
秋篠宮ご夫妻も両陛下と同じように雅子様の人格を否定することに加担していたので「兄貴め、余計なことを言いやがって」とばかりに前代未聞の皇太子殿下批判(逆ギレ)会見をすることになった。そしてさりげなく、「皇太子妃殿下が海外に行けないとかなんとか言ってて…」「公務は受け身でないと~」「何に苦労しているのかさっぱり」と、まるで雅子様が悪いような印象操作を行う。
雅子様を否定する側に立っていた(つまり両陛下のイエスマンに成り下がっていた)宮内庁は、当然秋篠宮様の会見の肩を持つに決まっている。
マスコミも薄々「両陛下と秋篠宮ご夫妻が東宮ご夫妻を孤立させているのだろう」と気付きつつも、両陛下を批判する記事は絶対に書けないので「秋篠宮様の行動は異例すぎて前代未聞だが、言いたいこともわかる」というような論調に終始する。
そして最後に陛下が「私と美智子に批判が向けられたことも知っているが、弁明はしないことにした」と会見で仰り、この一件はフェードアウトとなった…。


当時の雑誌記事を見返せば見返すほど、こういう構造が透けて見えてくるのです。

平成16年前後に起きた問題で一番重視すべきだったのは

〇雅子様のご病気の最大の原因は何なのか・雅子様を精神的に追い詰めたのは一体何か
〇雅子様は具体的にどのような形で人格やキャリアを否定され続けてきたのか
〇皇太子ご夫妻を孤立化させようとしているものは何なのか


ということであろうと思うのに、その点に深く踏み込んだメディアは皆無なのではないでしょうか?
むしろメディアは、

〇両陛下に相談もなくあのような会見を行った皇太子殿下に問題がある
〇秋篠宮様の会見には驚いたが言いたいことも理解できる
〇公務に出られない(その理由を明らかにしない)雅子様が悪い
〇海外に行きたがっている雅子様が悪い
〇雅子様が早く回復して公務に出られるようになれば解決することだ

という論点に終始して、一番重要な問題から目を背けているようにしか見えません。

(続きます)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 1

※今回は雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

当ブログでは何回かに分けて、「2004年の出来事」を振り返ってきました。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

●2004年当時の率直な感想

2004年当時、私は皇室にそこまで関心を抱く時間的・精神的余裕がなく、皇族方のご発言や行動についてあまり深入りすることはありませんでした。
しかしそのような私でも、皇太子殿下の「雅子の人格を否定する動きがあったのは事実です」というご発言を聞いて、雅子様が過酷な環境に置かれていること、そして皇太子殿下はその状況を見かねてここまで仰るに至ったのだろうと感じ、皇室の中で異変が起きていることが分かりました。もちろん、皇太子殿下の上記ご発言に批判的な気持ちになることはなく、ここまで仰るからにはよほどのことがあったのだろうと、皇太子ご夫妻に同情する気持ちになりました。
しかし先述のように私は当時あまり余裕がなく、「雅子様の人格を否定する動き」とは具体的には何だったのか?ということには深入りできずに時が流れました。

そしてその後の美智子様のお誕生日会見の内容もあまり知ることなく、その次の秋篠宮様のお誕生日会見を迎えることになったわけですが、「秋篠宮ご夫妻が何やら皇太子ご夫妻を批判するようなことを仰った」ということを知った時、皇室に深入りしていなかった私でもさすがに秋篠宮ご夫妻のご発言には呆れ、怒りを感じました。「秋篠宮ご夫妻はしょせん次男夫婦であり、皇太子ご夫妻のような重圧やプレッシャーが何もない。お気楽な立場で皇太子ご夫妻のお立場もよく知らないで、よくもまあこんな批判ができるものだ」と感じたことを強く覚えています。
私は当時週刊誌もワイドショーもほとんど見ませんでしたが、当時、私のように秋篠宮ご夫妻に批判的な気持ちになった国民の方が多かったのではないでしょうか。週刊朝日が記事の冒頭で秋篠宮ご夫妻に怒りを感じた35歳女性の声を取り上げていましたが、あの女性と同じような気持ちになった国民の方が圧倒的に多かったのではないかと感じるのです。

●秋篠宮様ご自身は、両陛下と皇太子殿下への「事前相談」をなさったのか?

しかし2017年の今になって当時の雑誌記事を詳細に振り返ってみると、確かに秋篠宮様の会見での発言に苦言を呈するような内容も含まれてはいるものの、「しかし秋篠宮様の仰っていることも理解できる」と結論付けられているパターンが多い点に驚き呆れました。

当時の雑誌は、皇太子殿下が天皇陛下(もしくは両陛下)のご意向を聞かないまま「人格否定発言」を行ってしまったことについて「なぜ(両)陛下に相談のないままあのようなことを仰ったのか?」ということを問題視していました。
しかし上記の件が問題視されるなら、秋篠宮様が皇太子殿下に何も相談なく皇太子殿下を公の会見の場で批判したことは良いのか?という疑問が湧くわけです。「両陛下には事前に相談しなければいけない。しかし、皇太子ご夫妻には相談せずに勝手に会見で話しても良い」という理屈は通らないと思うのです。理由は一つ、秋篠宮様にとっては両陛下だけでなく、皇太子ご夫妻も「目上の方々」であるからです。しかしどの雑誌も、なぜかその点についてはまったく問題視していませんでした。
秋篠宮様が「事前に相談すべき相手」とは両陛下のことだけであって、自分よりお立場が上の皇太子ご夫妻は含まれていないのか?という疑問に答えている雑誌はありませんでした。

また、秋篠宮様のあの会見こそ、そもそも両陛下に相談してから行ったものなのか?という疑問も当然湧いてきます。
もし仮に秋篠宮様が両陛下に事前に相談もなくあの皇太子殿下批判会見を行ったのであれば「自分のことは棚に上げて何言ってるんだ」という批判が成り立ちます。
また、もし秋篠宮様が両陛下に事前に相談した上であの会見を行った場合、両陛下が「いや、公の場で皇太子の批判はしてはいけない。私たちは反対する」と仰っていたのに秋篠宮様があの会見を強行したのなら、秋篠宮様も両陛下の賛同を得ないまま勝手にあの会見を行ったことになるでしょう(※週刊現代に「陛下はあの秋篠宮様の会見をご覧になり、苦笑された」という一文がありましたが、もしかしたら陛下はあの秋篠宮様の会見を事前に了承していなかった可能性も少しはあるように感じます)。
もし両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出したのであれば、秋篠宮様の皇太子殿下批判は、両陛下のお墨付きということになります。

複数の雑誌が「あの秋篠宮様のご発言は、両陛下の意図を汲んだもの(両陛下のお気持ちを代弁したもの)」という見方をしていましたが、マスコミは三番目の視点―両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出した―に立っているからにほかなりません。秋篠宮様ご自身が「両陛下に相談してから会見に臨むべきだった」と皇太子殿下を批判するくらいですから、秋篠宮様が事前に両陛下に相談した上であの誕生日会見を行ったと見るのが自然ですしね。

そうすると、秋篠宮様のみならず両陛下も「公の場で皇太子殿下(と雅子様)を批判することに賛同した」という結果になりますが、マスコミはなぜかこのような異例の恥ずかしいことを許した両陛下については全く批判的なことを書いていません。「両陛下はなぜあのようなことを許したのか」と苦言を呈する記事がもっと出てもよかったはずなのに、両陛下への批判はタブーなのか出てきませんでした。
「秋篠宮様の仰ることもよくわかる」だの「秋篠宮様は両陛下のお気持ちを代弁しただけ」だの、両陛下と秋篠宮様のお振舞いを擁護するような方向に話を持っていこうとしている印象を受けました。
皇太子殿下はあくまでも「人格否定」をした人物(主語)を明らかにしないで会見を行いましたが、秋篠宮様は明確に皇太子殿下に向けて批判を行っています。この点でも、秋篠宮様の方がよりいっそう批判を受けるべきだと思うのです。

●そもそも「両陛下への事前相談」とやらは本当にしなければいけないことなのか?

しかしそもそも、皇太子ご夫妻も秋篠宮ご夫妻も既に両陛下とは別にご家庭を設けている、自立した大人たちです。確かに皇太子ご一家は両陛下と同じ内廷皇族であり、同じ「天皇家」ではあります。しかし、いつまでも「何かなさる度にその都度両陛下にご相談するのが筋」ということが果たして当てはまるのかどうか。
(※この点は天皇陛下が「東宮家は独立した一つの職」とお誕生日会見で仰っていました。)
一方で秋篠宮ご一家は、内廷皇族とは生計を別にする、完全に独立した家庭という扱いです。そのような方々が「両陛下のご意見を聞くべき」「すべて両陛下に相談すべき」としゃしゃり出てくるのも、何か違うような気がしてなりません。「秋篠宮家」という完全に独立した宮家を有している「外廷皇族」である方々がズカズカと天皇家=内廷皇族の中に入り込んで、「兄貴はちゃんと天皇皇后の意見を聞くべき!事前に相談しなきゃだめだぞ!」のように言ってくるのは僭越すぎますし、余計なお世話としか言いようがありません。外廷皇族の次男夫婦が首を突っ込んでくる場面ではないのです。私はどうしても秋篠宮ご夫妻の言動には違和感を覚えずにはいられません。しかし、やはりどの雑誌もこの点については触れていませんでした。

秋篠宮家や川嶋家と懇意の江森氏が『秋篠宮さま』という本の中で秋篠宮様の肉声を掲載していましたが、その時から私は秋篠宮様が意外にも「ご両親にベッタリ」な言動が多いことに違和感を抱いていました。両陛下も秋篠宮様も、お互いに「子離れ・親離れ」ができていないという印象があるのです。その点、皇太子殿下はしっかりとご両親から自立して、ご自分の判断で雅子様を守っていこうという姿勢が見られました。
「ご両親にベッタリ」な秋篠宮様を「両陛下と仲睦まじい」と見て、一方でしっかりと自立した皇太子殿下を「ご両親とうまくいっていない」と見る国民もいるのかもしれません。しかし私自身は、秋篠宮様と両陛下の関係性が必ずしも健全なものには見えないのです。
(続きます)

平成16年の皇室のご会見を振り返る~両陛下のご会見編、そして雅子様の平成14年ご会見

前回記事から少し間が空いてしまい申し訳ございません。

これまで、平成16年の皇太子殿下と秋篠宮ご夫妻の会見内容を巡る雑誌記事を3誌ほどご紹介させていただきましたが、秋篠宮ご夫妻の会見の前に、実は美智子皇后陛下のお誕生日会見がありました。そして秋篠宮ご夫妻の会見の後には、天皇陛下のお誕生日会見がありました。
今回はその二つのご会見を改めて振り返るとともに、平成14年に行われた皇太子ご夫妻のご会見のうち、雅子様が話された箇所も併せて抜粋させていただきたいと思います。

皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。宮内庁の人々にも心労をかけました。庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,力となってくれることを望んでいます。宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。
(引用終わり)


天皇陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
一昨年のニュージーランド,オーストラリア訪問のころは,非常に元気で,喜ばしいことに思っていましたが,その後公務と育児の両立に苦しんでいるということで心配していました。疲れやすく,昨年の5月ごろからこちらへの訪問がほとんどなくなり,公務を少なくするようになった時も,何よりも体の回復が大切だと考えていました。
このような状態の中で,今年5月皇太子の発言がありました。私としても初めて聞く内容で大変驚き,「動き」という重い言葉を伴った発言であったため,国民への説明を求めましたが,その説明により,皇太子妃が公務と育児の両立だけではない,様々な問題を抱えていたことが明らかにされました。私も皇后も,相談を受ければいつでも力になりたいと思いつつ,東宮職という独立した一つの職を持っている皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが,これらの様々な問題に,気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念なことでした。
質問にある私の意思表示のもう1回は,皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた時でした。事実に基づかない様々な言論に接するのは苦しいことでしたが,家族内のことがほとんどであり,私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべきと判断し,その旨宮内庁に伝えました。
皇太子の発言の内容については,その後,何回か皇太子からも話を聞いたのですが,まだ私に十分に理解しきれぬところがあり,こうした段階での細かい言及は控えたいと思います。
2人の公務についても,5月の発言以来,様々に論じられてきました。秋篠宮の「公務は受け身のもの」という発言と皇太子の「時代に即した新しい公務」とは,必ずしも対極的なものとは思いません。新たな公務も,そこに個人の希望や関心がなくては本当の意義を持ち得ないし,また,同時に,与えられた公務を真摯に果たしていく中から,新たに生まれてくる公務もあることを,私どもは結婚後の長い年月の間に,経験してきたからです。
皇太子が希望する新しい公務がどのようなものであるか,まだわかりませんが,それを始めるに当たっては,皇太子妃の体調も十分に考慮した上で,その継続性や従来の公務との関係もよく勘案していくよう願っています。従来の公務を縮小する場合には,時期的な問題や要請した側への配慮を検討し,無責任でない形で行わなければなりません。「時代に即した公務」が具体的にどのようなものを指すかを示し,少なくともその方向性を指示して,周囲の協力を得ていくことが大切だと思います。2人が今持つ希望を率直に伝えてくれることによって,それが実現に向かい,2人の生活に安定と明るさがもたらされることを願っています。
(引用終わり)


ニュージーランド・オーストラリアご訪問に際し(平成14年)

(引用開始)
…今回公式の訪問としては8年ぶりということになりまして,ニュージーランドとオーストラリアを訪問させていただくことができることになり,大変うれしくまた楽しみにしております。中東の諸国を訪問いたしました折のことは今でもとても懐かしく本当にいい経験をさせていただいて,その時の思い出は今でも皇太子さまとよく話題にしたりしておりますけれども,その後8年間ということで,そのうち最近の2年間は私の妊娠そして出産,子育てということで最近の2年は過ぎておりますけれども,それ以前の6年間,正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます。今回,昨年子供の愛子が誕生いたしまして,今年,関係者の尽力によりまして,ニュージーランドとオーストラリアという2か国を訪問させていただくことができることになりましたことを本当に有り難いことと思っております。
(引用終わり)


この3つの会見についても、ここで私の個人的なコメントを付けることは控えたいと思います。

次回は、これら皇族方のご会見内容や雑誌記事の内容を踏まえた上で、私個人が考えたこと・感じたことを述べさせていただきたいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊朝日記事

今回は、秋篠宮様の問題会見を取り扱った3つ目の記事として、週刊朝日 2004年12月17日号をご紹介したいと思います。

秋篠宮さま発言 裏に「あの出来事」
39歳誕生日会見 兄・皇太子ご夫妻へ異例の“苦言”


「記者会見という場所において発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして…」
兄の皇太子さまが今年5月に放った「人格否定発言」に対し、“苦言”を呈した秋篠宮文仁さま。その「真意」をめぐり、兄弟間の“確執”さえ取りざたされている。いったいその背景に何があったのだろうか。

まずは、編集部に届いた読者(35歳、女性)からのメールを紹介したい。
「秋篠宮さまの記者会見にショックを受けました。なぜ今更あのような発言をされたのでしょうか?これまで皇太子ご夫妻は苦しみ悲しみの中を歩んでばかりです。ご病気のことは秋篠宮さまは何一つご存知ないのでしょうか」

11月30日に公表された秋篠宮文仁さま39歳の誕生日会見。兄の皇太子さまが5月に発した異例の「人格否定発言」に対し、「(略)」といった“苦言”ともとれるコメントを発したのだった。
冒頭の女性のように、
「なぜいま、あんなことを」
と感じた人は多いのではないだろうか。

が、天皇陛下のご学友で元共同通信記者の橋本明さんは、
「僕はごく自然な流れの中から発せられたものだと受け止めました」

本誌も、皇太子さまと天皇ご一家や側近とのあいだに距離があるのではないかと幾度か指摘してきた。それをもっとも懸念していたのは、天皇ご夫妻、秋篠宮さまといった親きょうだいだったというわけだ。ここで天皇家の人々の言動をおさらいし、その「流れ」を整理してみよう。
今年5月10日、欧州訪問を前にした記者会見で皇太子さまは、静養中の皇太子妃雅子さまをめぐり「人格を否定する動きがあったことも事実」と発言し、「真意」を明かさぬまま約2週間の旅へ。国内ではメディアを挙げての「犯人捜し」が始まる。
真っ先にやり玉に挙がったのが、「秋篠宮さまの第3子を強く希望する」と発言した湯浅利夫宮内庁長官だ。

この騒ぎを受け、天皇ご夫妻は宮内庁を通じ、「心配している国民のため、改めて具体的な説明を」と渡航中の皇太子さまにメッセージを。
しかし皇太子さまは帰国後も沈黙を続け、2週間たってようやく説明文書を出した。しかし「人格を否定する動き」については「今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」としたため、「嫁姑問題」などの憶測を交えた報道がますます過熱。

それに対し、天皇ご夫妻は、こんな意向を示す。
報道の多くが家族の中の問題に関する憶測ならば、一つ一つに釈明することが国のためになるとは思われない。宮内庁がその弁明のために労を費やすことは望まず、今は沈黙を守ってもらって構わない―。

その間、雅子さまの病名は明らかにならず、病状についても憶測は募る。7月になって、「治療の一環」として皇太子さまとテニスをしたり、ご進講を受けたりといった回復も伝えられるようになり、ようやく「適応障害」という病名が発表された。
その後、雅子さまは9月4日に4カ月ぶりに東宮御所から外出、皇太子さまとともに御所の天皇ご夫妻と面会した。湯浅長官も、「今ままでよりも回復の兆候がはっきりしてきたと思う」。24日には愛子さまと楽しげに踊るビデオ映像も公開され、ご一家は静養のため那須の御用地へ。10月20日には皇后美智子さまの古希を祝う内輪の夕食会に出席。祖父母のお見舞いを兼ねて小和田家へ里帰りするなど、「治療の一環」としての私的なお出かけも交じるようになった。
「人格否定発言」が国民の記憶から薄れつつある中での秋篠宮発言だった。

静岡福祉大学教授で元共同通信記者の高橋紘さんは語る。
あれは直接、お兄さまに言えばいいことではなかったでしょうか。皇族は一丸となって陛下を支えていかなくてはならないのに、不協和音があるかのような印象を国民に与えたのは残念です。ただ、秋篠宮さまが言っていることは正論だと僕は思います」
こんな意見もある。首都圏に住む70歳の女性。
「秋篠宮さまはよくおっしゃったと私は思います。最近の皇太子ご夫妻には首を傾げることが多かったので」
彼女が言うには、
「古希を迎えた天皇ご夫妻が新潟地震の被災地を訪ね歩いているのに、同じころ、壮年の皇太子ご夫妻は御料牧場にご静養に行かれましたよね。雅子さまは母方のお祖母さまの弔問にも足を運ばれていましたが、悲しみを被災した人たちと分かち合うという姿勢があったらよかったのに」
11月に入ってからの天皇ご夫妻と皇太子ご夫妻の動きを追ってみると…。
両陛下は11月6日、長岡市と小千谷市と川口町の避難所を訪問。体育館では膝を折り一人ひとりの手を握って励ました。そのころ皇太子ご一家は栃木県の御料牧場で静養中。
そして東京に戻った雅子さまは悲しい出来事に遭遇する。19日未明、実家の小和田家と同じ敷地内に住み、縁の深かった祖母・江頭寿々子さんが亡くなったのだ。その夜のうちに雅子さまは一人で江頭邸を訪れ、寿々子さんと対面した。翌20日午前にはご一家で江頭家を弔問。21日の葬儀にはご夫妻で参列した。この間、皇太子さまの公務日程は空白になっている。付け加えれば、雅子さまは2000年7月に行われた香淳皇后の「斂葬の儀」や葬儀関連行事を「疲れ」を理由に欠席した。
雅子さまが静養に入って1年。体調が上向きになってきたのは喜ばしいことだが、プライベート優先という印象を持つ国民もいるかもしれない。
秋篠宮さまの会見が行われたのは、寿々子さんの葬儀の4日後にあたる25日。ひょっとすると、この“苦言”は天皇ご夫妻の意を汲み、国民へ向けて皇室全体の姿勢を示したものなのかもしれない。

もっとも橋本明さんによれば、秋篠宮さまの今回の発言は“苦言”といえるほどのものではないという。
「秋篠宮さまは皇太子さまを批判しているのではなく、ただ5月の発言に『驚いた』と素直に言っているだけです。また雅子さまについても『早い回復を祈る』としか言っていません」
ただ、「強いていえば」と橋本さんが付け加えたのが、秋篠宮紀子さまの言葉だ。
「雅子さまと紀子さまを比べてしまう国民もいるかもしれない」というのだ。
雅子さまが訴えたとされる皇室での生活に伴う「苦労」があったかとの質問に、秋篠宮さまは、東宮御所と秋篠宮家を比べるのは無理があるとしながらも「どうでしょうね」と、隣の紀子さまにふった。
それを受け、紀子さまは「不安や戸惑いなどもございましたが、その都度人々に支えられ、試行錯誤をしながら経験を積み、一つ一つを務めてまいりました」と語り、両陛下や秋篠宮さまへの感謝を述べたのだ。

◆“苦言”などと騒ぐことではない

文化女子大学教授の渡辺みどりさんも言う。
「弟が兄に“苦言”を呈したなどと騒ぐほどのことでしょうか。秋篠宮さまは結婚も父になったのも皇太子さまより先。先輩として助言するのは当然でしょう」
公務を「かなり受け身」としたくだりも、
「秋篠宮さまは全く選択権がないと言っているわけではないのです。オファーがあった中から自分で意義があると判断したものを受ければいい、としているのですから。『見直しを』などと公に訴えずに、だまって見直せばよいのです。天皇ご夫妻もそうしてきたのです」(高橋紘さん)
陛下は、皇太子時代から「皇室は伝統的に受動的なもの」と言う一方で「ロボットであってはいけない」と、時代に沿った皇室の在り方を美智子さまとともに模索。身障者スポーツ振興に積極的にかかわるなど、昭和天皇の時代にはなかった公務を見いだしてきた。
いまの若い女性皇族がたも、紀子さまが手話を、紀宮清子さまが盲導犬の訓練を学び…といったなかで、新しい公務を開拓している。
「皇室にあっても『受け身の自己実現』はできるのです」
と、渡辺みどりさん。
もとより思慮深い皇太子ご夫妻のことだ。弟宮の言葉をしっかりと受け止め、これからの皇太子、皇太子妃の在り方を考えていくことだろう。
(本誌・高橋淳子)

(記事終わり)

これまで、週刊現代、週刊新潮、週刊朝日の3つの記事のご紹介をしてきました。
次回以降は、秋篠宮様会見の前に行われた美智子皇后陛下のお誕生日会見文や、同年年末の天皇陛下のお誕生日会見、海外行きを制限されていた雅子様の苦悩が表れた会見文の抜粋、そしてこれら会見や雑誌記事を踏まえての私自身の考え方・感じ方などを順次書いていきたいと思います。
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