眞子様の母方親族について考える 6~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 後編

2回に分けて、週刊文春2006年3月2日号の記事である
『紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」』

をご紹介させていただきました。
この記事を巡って当時の宮内庁および皇室医務主管が「ある対応」をしたのですが、それがまた国民の怒りと疑問を増幅させるような酷いものでした。

以下、宮内庁・皇室医務主管からの「メッセージ」をご紹介します。

「文仁親王(秋篠宮)妃殿下ご懐妊について」

文仁親王(秋篠宮)妃紀子殿下には,ご懐妊のご模様につき拝診したところ,妊娠3ヶ月目との診断であり,これまでのご経過は順調であります。関係の方々のお喜びはいかばかりかと拝察いたします。
さる2月7日,このご慶事が一報道機関のスクープという思いがけない形で明らかになり, 宮内庁としても急遽発表せざるを得なくなったことについては,先に宮内庁長官が談話で遺憾の意を表わしたところです。
天皇皇后両陛下,文仁親王殿下すらが,テレビのテロップを見た人々からの通報でご懐妊をご承知になるという結果になりました。
この日の検査は,ご流産の可能性の方がやや高い中での,ご検査であり、1週間前の診断でそのことを知らされていらした妃殿下は,多大なご不安を持ってこれに臨まれました。しかもご検査終了後,しかるべき方々へのご報告がなされる時間的余裕もないまま,報道がなされたということに,妃殿下が如何に驚かれ動揺を覚えられたかは想像に難くありません。
さらにそれ以来今日まで,懐妊された一女性に向けられたものとは到底思えぬ,こころない報道が毎日のようになされる状態が続いています。
こうした事態によって,妃殿下に無用な精神的ご負担をお与えしていることは,誠に遺憾であります。
妃殿下の,これまでの2回のご懐妊・ご出産は極めて順調でした。従って,今回の3回目のご懐妊も順調であることを願っております。
けれども,今回のご懐妊は,30代後半でのご出産という初めてのご経験ですから,それに向けた様々なお心構えが必要になりますし,ご不安も多いことと拝察いたします。
ですから,順調なご出産をお迎え頂くためには,身体的にも精神的にも安寧で健やかな日々をお送り頂くことがもっとも大切なことであります。
そのような観点から,報道関係者の良識と配慮を期待します。
(平成18年2月24日)


上記宮内庁からのメッセージは、直接、紀子妃の従兄弟の建築詐欺事件に触れているわけではありませんし、もしかしたら当時これ以外の報道についても言いたいことがあったのかもしれません。
しかし、建築詐欺事件を掲載した文春は3月2号であり(実際に店頭に並んだのは2月23~24日頃だと思われます)、宮内庁が上記「メッセージ」を出したのがそれとほぼ同時か直後の2月24日だという点から、宮内庁が釘を刺している報道はまさに建築詐欺に関する文春記事のことなのでしょう。

宮内庁がこの「メッセージ」を出して以来、紀子妃の従兄弟に関する後追い記事は全く出なくなりました。川嶋氏等を相手に民事裁判を起こした原田(仮名)さん一家がその後どうなったのか、勝訴なり和解なり金銭的な解決がきちんとなされたのか、その後川嶋氏たち詐欺を働いた者たちがどういう人生を歩むことになったのか、詳細は国民に伝わらなくなりました。

文春記事の内容に関しては私が特に解説を加えるまでもなく、ただただ酷すぎで「皇族の親族としてありえない、こんなことは一般家庭でもまず考えられない」の一言です。本当に、なぜこのような詐欺気質の親族がいるような女性が皇室に嫁いできたのか、国民の一人としてあまりにも嘆かわしい。残念ながら公訴時効の点で刑事事件にはできなかったようですが、仮に時効に間に合って原田さん(仮名)が川嶋氏などを刑事で訴えても、何らかの「忖度」が働いて不逮捕もしくは不起訴という結果になっていたかもしれませんね。
せめて民事訴訟の方では原告が勝っていてほしいですが、本当にこの裁判の行方はどうなったのか、気になります。

さて、宮内庁は宮内庁で、あまりにも紀子妃を異様に守っている感じがします。確かに3人目を高齢出産となれば妊婦に対する配慮はあってしかるべきですが、事実上の言論統制に等しいです。同じようにお子様を高齢でご懐妊・ご出産された雅子妃殿下に対して、宮内庁はここまで配慮してくれていたでしょうか?(当時ネット上で乱立していた大量の「雅子様流産祈願スレッド」についても宮内庁は何も対策を講じてはくれませんでした。)しかも雅子様はご病気で療養中の身でもありましたが、宮内庁からここまで「守って」もらえたことなど一度もないように感じます。現に今でも雅子様へのバッシング問題は放置されています。
雅子様は最初のお子様を、朝日新聞の岩井克己記者の早々のリークによって流産されています。その時のマスコミ報道の問題を踏まえて紀子妃に対する配慮になった一面もあるかもしれませんが、何かモヤモヤしたものが晴れないのです。

また宮内庁は「紀子妃の三人目妊娠はマスコミの勝手なスクープにより明らかにされてしまった」と言い訳していますが、このスクープは紀子妃が診察を終えた直後に行われており、三人目妊娠が判明した時紀子妃のそばにマスコミ関係者が待機していなければ不可能なリーク(スクープ)でした。
そのあまりにも早い妊娠リークに、当時少なくない国民が「紀子妃が自ら診察台を降りてすぐにマスコミに話したのではないか?」などの疑問を抱くことになったようです。そう考えたくなるほど、実に素早い「連携プレー」が行われていたということでしょう。あまりにも手際が良すぎたのです。
おそらく、上記宮内庁の「メッセージ」は、そういう国民の声(妊娠リークが早すぎ、紀子妃が自ら懇意のマスコミに洩らしたのではないか?という疑問や、雅子妃殿下に対する同情と秋篠宮ご夫妻の一連の行動への批判など)に対しても「お前ら心無いこと言うなよ?」と釘を刺したかったようにも読めます。

この三人目のお子様が「男子(悠仁様)」だったため、紀子妃や秋篠宮様についてはもちろん、建築詐欺の従兄弟に関しても後追い報道はタブー扱いになってしまいました。
悠仁様ご誕生前後に関する皇室記事については、当時の東宮ご一家の苦悩と悲しみを思い出してしまうので重いテーマですが、当ブログでも避けて通れない案件になると思います。

さて、秋篠宮ご夫妻がチリへご出発されたというニュースがありましたが、秋篠宮ご夫妻(ご一家)と海外行きについてもいくつか興味深い記事が出ております。次回から秋篠宮家の海外公務(旅行)についてもテーマに入れたいと思います。
紀子妃の親族シリーズやブラック宮家シリーズもまだ終わりというわけではなく、折を見て適宜ブログに追加していきたいと考えております。

眞子様の母方親族について考える 5~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 中編

今回は、前回ご紹介した週刊文春2006年3月2日号の続きを引用させていただきます。

紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」


(記事続き)
◆父親は「反省しております」

いずれも既に時効を過ぎているが、その後の代理人弁護士の調査でさらに驚くべき事実が明らかになったのだ。弁護士が再び語る。
「A氏の『設計監理業務』に従い、実際に原田邸の建築を手がけたB氏も実は無許可の建築業者だった。無許可業者が鉄筋コンクリート造り、1500万円以上という『原田邸』レベルの建築工事を請け負うという行為も建設業法で禁止されている犯罪行為。つまり彼らは二重、三重の犯罪を重ねていたのです」
B氏を直撃すると「当時はそう(無許可)でしたが、(違法だという)認識がなく、ある程度までは、無許可でもできると勘違いしていた」とあっさり認めた。

欠陥住宅や、それが原因と見られる子供の入退院に苦しんだ挙げ句、これらA氏、B氏の犯罪行為を知った原田さんは昨年8月、ついに提訴に踏み切った。
NPO「建築Gメンの会」の常任理事で一級建築士の田岡照良氏はこう語る。
「何も分からない無許可業者が工事をやり、それを無許可の建築士が監理しているから指摘もできないという最悪のケース。無許可で契約した建築士も、無許可の業者も、そもそも契約してはいけない人たちなのですから、詐欺ですよ。
それと確認申請を手伝った一級建築士も建築士法違反に問われるべきでしょう。先日の東横イン事件でも、名義貸しをしていた一級建築士が処分されることが決まっていますから」

A氏に自宅で聞いた。
―貴方が手がけた住宅に欠陥が指摘されています。
「人が住めないような建物だとは思っていない」
―無免許なのになぜ契約を結んだのですか。
「当初から無免許であることは説明し、友人の一級建築士に協力してもらう話もしていた」
―貴方の行為は建築士法違反ではないですか。
「あの時点ではそういう判断をしてしまった」
―しかも行政への提出書類で、原田さんの承諾もなく、サインをし、三文判を押している。有印私文書偽造、同行使ではないですか。
「原田さんには、『全てお任せします』と言われていたので……」
―さらに貴方が原田さんに紹介したB氏は建設業者の認可を受けていなかった。
「当初は知らなかった。確認申請の際に分かったが、『いま許可を取る準備をしている』といわれ、そうしてしまった」
―施主のためを思えば、その時点で貴方が業者を替えるべきだったのでは。
「そうかもしれない。悪意があったわけではないが、結果的に浅はかだった」
―無許可の貴方が無許可業者を使って家を建て、問題がいくつも起きています。
「僕の考え方が甘かったのかもしれない」
―原告は貴方が「紀子さまの従兄弟だ」というから、信用したと言っています。
「質問されて『そうです』と答えたことはあったかもしれないが、私からはそのような話はしていない」
小誌とA氏との数時間に及ぶやり取りを見守っていたA氏の父親、つまり紀子さまの叔父は苦渋の表情を浮かべ、こう語ったのだ。
「これほどの問題になっているとは知りませんでした。親の監督不行き届きとしかいいようがありません。申し訳ありません。非常に反省しております…」

原田さんがA氏らを相手取った民事訴訟は現在、第一回口頭弁論を経て、建築調停中だという。A氏が今回の一件で、きちんと自らの非を認め、二度とこのような違法行為を繰り返さないことを切に願う。

(記事ここまで)

★記事写真のキャプションには

「結露でカビだらけ」
「今は取り壊された原田邸」
「パイプも防水処理なし」
「『川嶋』のサインが」

とあり。

この記事を巡る「後日談」もあるのですが、それもあまりにも酷い内容で唖然とします。
その後日談は「後編」でお伝えしたいと思います。
(後編へ続く)

眞子様の母方親族について考える 4~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 前編

今回は前編・(中編)・後編に分けて、紀子妃の従兄弟が建築詐欺を働き民事訴訟を起こされた問題について触れたいと思います。
紀子妃が悠仁様を懐妊した頃に、この事件は週刊誌で報じられました。しかしおそらく、テレビや新聞では一切報道されなかった案件ではないかと思われます。

この建築詐欺問題を掲載したのは、週刊文春2006年3月2日号でした。
今まで、国会図書館でも完全版の入手が難しかった紀子妃親族関連の記事ですが、この記事は奇跡的に完全版を入手することができました。

紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」


小誌とて、国を挙げての慶事に水を差すつもりは毛頭ない。ただし、紀子さまの「従兄弟」氏がやったことは、明らかな違法行為。被害者の怒りももっともなのである。「従兄弟」氏が二度とこうした過ちを繰り返さぬためにも、あえて川嶋家を悩ます不祥事を明らかにする。

「ご懐妊の兆し」で日本中から祝福を受けた秋篠宮妃紀子さま(39)。天皇ご一家だけでなく、ご実家の川嶋家でも第三子のご出産を心待ちにしているという。その川嶋家を悩ます問題が浮上している。
紀子さまの従兄弟にあたる「建築士」が“違法建築”で訴えられたというのだ。
損害賠償請求を起こされたのは、川嶋A氏(37)。
A氏の実父は、紀子さまの父親で学習院大学教授、川嶋辰彦氏の実弟で、紀子さまとA氏は二つ違いの従兄弟にあたる。「年が近いこともあって、小さいことはよく遊んでいた」(川嶋家関係者)という。
地元の小、中学校を経て、都立高校を卒業後、建築家を目指していたA氏は、関東の国立大学工学部に進学。
「彼は建築デザインを学びたがったようですが、紆余曲折があって、建設工学科に進んだと聞きました。在学中に秋篠宮と紀子さまのご成婚があり、彼と紀子さまが親戚だっていう噂が広まった。ただ自分からその関係をひけらかすことは決してせず、聞かれれば、『そうだよ』って答える程度。急に上品ぶることもなく、大学ではスキー部に所属していて、バイクが似合う男くさい奴でした」(大学時代の同級生)
大学卒業後、A氏は著名建築家の事務所の門を叩き、弟子入り。そこで建築デザインなどを学んだという。
「非常に真面目で、地道に仕事に取り組んでいました。特にデザインの実力は事務所内でも高く評価されていました。紀子さまの親戚であることは知っていましたが、自分から言うことはありませんでした。ただ私が『(秋篠宮ご夫妻の住む)赤坂御用地には行ったことあるの?』と聞くと、『家族で招待されて入ったことはあります。あの玉砂利が敷き詰められた庭を見ると、バイクで走りたくなるんですよね』って話してました」(建築事務所の元同僚)

そのA氏がなぜ、被告席に座る事態に陥ったのか。
A氏を訴えたのは杉並区在住の主婦、原田涼子さん(37歳・仮名)。原田さんがA氏との裁判に至るまでの経緯を語ってくれた。
「7年前のことです。マンション住まいだった私たち夫婦は子供ができたことを機に、家を建てようと思ったんです。幸い近くにいい土地も見つかったんで、せっかくだから、建築士さんに自宅をデザインしてもらおうと思って、友人夫婦に『いい建築士がいたら教えて』と頼んだところ、紹介されたのがAさんでした」
99年5月、その友人夫婦の紹介で、原田さんは初めてA氏と会ったという。
友人夫婦のご主人と、Aさんが高校時代の同級生で、気心が知れた仲らしく、ご主人はAさんのことを、こう紹介してくれました。
『腕のいい建築士で、賞も取っている。それに秋篠宮妃紀子さまの親戚で、信用できる』と。けど、まさか皇族の親戚がこんな身近にいるとは思いもよらなかったので、Aさんに直接聞いてみたんです。そしたらAさんは『そうです。従兄弟なんです』と答えたんです。友人夫婦は『腕のいい建築士』だっていうし、そんなお立場の方が悪いことするわけないって信じ込んでしまったんです
原田さんがA氏に対し、
「土台がしっかりしていて、段差がなく、明るく、温かい建物」という希望を出したところ、A氏はコの字型のユニークな建物のデザインを出してきたという。

◆「書いた覚えのないサインが」

「Aさんが『コの字型の方が、太陽の光が奥まで入って、明るく暖かい家になる』と説明してくれたため、私もすっかりそのデザインが気に入り、後は細かい打ち合わせに入っていったんです。私が特に要望したのは、光熱費がかからない、省エネタイプの明るい建物にしてもらいたいということでした。だから断熱材はしっかり入れて欲しい、結露を防ぐペアガラスのサッシにして欲しい…など具体的な希望を出していたんです
そして2000年5月、原田さんは自宅の設計監理業務を、250万円でA氏に委託するという、「設計監理業務委託契約」をA氏との間で取り交わした。
「契約書の受託者欄に書いた彼の肩書きは『川嶋A建築設計室 川嶋A』というもので、彼が作成した仕様書や設計図にもそう記されていたので、当然、彼の事務所が設計してくれたものだと思っていたんです」
そしてその翌月、A氏は施工業者として世田谷区内の建築業者のB氏を連れてきたという。
Aさんが、『この人だったら、建てられます』というので、Bさんに約3800万円で発注し、工事が始まりました。当時、私は育児に手をとられていたこともあって、あまり現場に顔を出すことができなかったんですが、Aさんがこちらの要望を取り入れて、工事を監理してくれるものと信じていたんです」

同年末、A氏らの手による新築住宅はほぼ完成し、原田さんに引き渡されたのだが、これがとんでもない欠陥住宅だったというのだ。
原田さんが続ける。
「暖房が全く効かず、あまりの寒さに凍えそうでした。しかも家のいたるところで結露がひどく、 窓ガラスや壁は水が流れているような状態で、そのうち家中でカビが発生するようになった。このためすぐにAさんやBさんに『なんとかして欲しい』と連絡したところ、『断熱材は工事料金に含まれていないから、別料金で断熱材を入れることになるし、サッシを交換するのも別料金を払ってもらう』といわれたんです。
私は耳を疑いました。あれだけ断熱材はしっかり入れて欲しい、サッシは結露を防ぐペアガラスのサッシにして欲しいと、具体的な要望を出していたにもかかわらず、Aさんは全く聞いていなかったんです。

しかし住み始めた以上、生活のできる家にすることが先決と考え、Aさんの言うことを聞いて、Bさんに550万円の追加料金を払って補修工事をしてもらったんです」

翌01年の夏には逆に冷房が全く効かないばかりか、カビが大繁殖。子供が急性気管支炎にかかったという。
「その後も補修工事をしたにもかかわらず、冷暖房は効かないし、結露もカビも収まらない。子供たちも気管支炎や肺炎で入退院を繰り返すようになって、私たち夫婦も堪忍袋の緒が切れました。もうAやBに任せておけないと、別の業者に調査をお願いしたんです」


その調査の結果、「原田邸」の床下には断熱材が全く施工されていなかったばかりか、結露を防ぐペアガラスがほとんど使用されていなかったことが判明。その他にも建築確認図書に記載されている工法が実施されていない箇所や不良施工がいたるところで発見され、ガス管に釘が打ち付けられ、ガス漏れしている箇所まで見つかったというのだ。
そしてこの間、驚愕の事実が明らかになった。

「あまりに欠陥が見つかるので、私はAさんに『建築確認書類を見せてくれ』と要求したんです。ところがAさんが出してきた『確認済証』の添付書類の中に私が見たことのない『委任状』が含まれていた。それには、私が知らない『C』という一級建築士の名前が書いてあり、その下には、私が決してした覚えのない私の名前のサインが書かれ、三文判が押してあったんです。そこでAさんを問い詰めたところ、初めてAさんが一級どころか、二級や木造の建築士免許すら持ってないことが分かったのです」

つまりA氏は無資格者であるにもかかわらず、原田さんと「設計監理業務委託契約」を結んでいたというのだ。原田さんの代理人弁護士はこう語る。
「無資格者であるA氏が、『設計監理業務』を行うという行為は、建築士法に違反する犯罪。さらに原田さんの了承もなく、勝手に彼女の名前を『委任状』に書き、三文判を押すといった行為は明らかに有印私文書偽造、行使罪に該当します


(中編・後編へ続く)

当主不在の“ブラック宮家” その12~アナウンサーまで左遷させた激怒宮妃

今回は、しばらくお休みしていた「秋篠宮家=パワハラ宮家」シリーズをちょっと復活させたいと思います。
もちろん、紀子妃の親族記事についてもまだ当ブログで書きたいことがありますし、最近めっきり影が薄くなってしまった当主様に関する記事も復活させないといけません(当ブログはあくまでも秋篠宮様を主役にしたいと考えておりますが、奥様があまりにも強烈でそちらの雑誌記事の方が筆が進むというジレンマに陥っています(笑))。秋篠宮ご夫妻が今年9月下旬からまた海外(チリ)に行かれることを契機に、ご夫妻の過去の海外公務のアレコレについても色々取り上げてみたいです。
「記録」することは多いですががんばりたいと思います。

今回ご紹介する記事は、週刊ポスト 2008年10月31日号です。
小室さんとの婚約が決まった眞子様も関係する記事になっています。

紀子妃が激怒!「眞子さまとジャニーズ」TBS舌禍大騒動
「コンサートに行かれた」「誰のファンかわかっている」
宮内庁が異例の抗議。情報番組の“暴走”でプロデューサーと局アナが厳重注意で降板―


平成の天皇家は“開かれた皇室”を体現すべく、日々公務に励まれる。たとえば、秋篠宮家はこの4カ月の間に岩手・宮城内陸地地震の被災地お見舞いをはじめ、1府8件(※文脈から「8県」の誤りでは?)を訪問、国民とのふれあいの時をもっている。その「国民とともにありたい」と願う思いに水を差すような出来事がこの秋、立て続けに起きた。「平成の皇室」を震撼させた事件簿を追った―。

◆小馬鹿にしたような言い回しで進行

昨年4月に学習院女子高等科に進学した眞子さま(16)は、多忙な毎日を過ごす紀子妃にとって、すっかり頼もしい存在になったようだ。
今年からは単独での公務を始め、4月20日には上野動物園で行われた「子ども動物園開園60周年・野間馬贈呈式」に出席。皇族としての自覚を、その成長とともに両親である秋篠宮夫妻から学ぶ日々であろう。
その眞子さまを巡る情報番組の報道に、紀子妃が激怒したという。
問題となったのは、『2時っチャオ!』(TBS系)の9月11日放送分。この日、42回目の誕生日を迎えた紀子妃の「子育て術」を紹介するコーナーが、同番組のなかで大々的に組まれた。巨大なボードを作成し、秋篠宮との馴れ初めからこれまでの歩み、秘話などを、小林豊アナウンサー(43)が軽妙なトークを交え、紹介していくという趣向だ。
例えば、こんな具合。
「(秋篠宮家では)朝起きるとお母様と一緒に『お父様、おはようございます』。まあ、これは普通ですよね。ここから先、続いて『ナマズさん、おはようございます』。もう大変です、動物が多いですから。『カメさん、おはようございます』
「(紀子妃の実家)川嶋家の家訓は“Always Smile”。いいですよね。“Always Smile”。はい、英語です
小林アナの子馬鹿にしたような言い回しに、出演者からは笑いが起きる。
大騒動を巻き起こす発言があったのはコーナーの後半。眞子さま、佳子さま、そして悠仁さまの成長ぶりへと話が向かった時だった。
<眞子さま(16) ジャニーズのファン コンサートにも…>
と書かれたフリップが出され、小林アナがこういったのだ。
「チャオ調べで、(眞子さまは)ジャニーズのファンです。コンサートにも実はいらっしゃったことがあると。これ実際、皇室ジャーナリストの方が行ったよと(話している)」
出演者一同が「へぇ~」と驚くと、さらにこう続けたのだ。
「誰のファンかということもわかっているんですけど、あえていわないほうがいいでしょう、ねっ」

だが、この『チャオ調べ』というのが、実は大きな問題となった。
番組放送から2週間後の9月26日、宮内庁はHPに「TBSテレビ番組『2時っチャオ!』(平成20年9月11日)の放送について」と題して、次のようなコメントを掲載し、広く知れわたることになった。
<眞子内親王殿下がジャニーズのコンサートに行かれた旨の放送がありましたが、このような事実はありませんので、その旨、TBSテレビにお伝えしました。
また、これと同旨の報道が、一昨年の秋にも『週刊新潮』においてなされ、(中略)事実の確認と客観的事実に基づいた記事を掲載されるよう要請しています>
これまで宮内庁がHPの抗議内容を掲載したのは雑誌と書籍に対してのみだった。放送局の番組内容に踏み込むのは今回が初めて。まさに、異例の抗議だった。

◆「野球でいうなら3アウトでチェンジ」

なぜ番組は、こんな騒動を招いたのか。政策サイドの問題点を、ある番組関係者はこう指摘する。
「あのコーナーは少数の若手スタッフが雑誌の過去記事などを漁って作っているものがほとんどで、裏付けを十分に取っているとはいいがたい状況だった。宮内庁から事実誤認の指摘を受け、経緯を確認した番組の上層部は、ショックを受けたそうです。
あの日の放送は偶然、紀子さまご自身がご覧になっていたとか。TBSの宮内庁担当記者に寄せられた宮内庁の怒りは相当なものだったと聞いています
宮内庁関係者によれば、紀子妃が著しく気分を害した理由は次に挙げる2つのことではないかという。ひとつはいうまでもなく、事実関係について。
「たとえばどんなコンサートに行くとしても、必ず警護の者がつく。しかし、高校生というお立場を考えると、あえてそこまでして行くことは考えられない。ましてや、周囲には内緒で友人とこっそり出かけるなどということはまずありえないこと。なぜそういうことを検証もせずに放送するのか、ということです」

そしてもうひとつは、どうやら美智子皇后、雅子妃、紀子妃の思わせぶりな比較の仕方ではないかという。
番組は紀子妃と美智子皇后がそれぞれ23歳、24歳で結婚したのに対し、雅子妃は29歳でしかも就職経験後の結婚だったとわざわざボードを掲げて指摘。
小林アナはこう続けた。
「雅子さまは外務省に就職されていますよね。つまりご就職なく、そのまま皇室に入られたという事情が似てらした部分で、(紀子妃と美智子皇后は)お話が合う部分があったのかも」
結婚については、こういう言い方もしている。
「明治以来、天皇家で、弟が兄より先に結婚するっていうのは初めてのことなんです。皇族には他にもいらっしゃるんですが、天皇家では初めて。明治以来ね」
前出の宮内庁関係者はこう苦言を呈する。
「小林アナの発言には、雅子さまと美智子さまの間に微妙な距離感があるとの含みが感じられた。紀子さまにしてみれば、そうした表現に、心を痛められたのでは。今は皇位継承や雅子さまのご病状などをめぐって、非常にデリケートな時期。そんな時期にいささか配慮に欠けるといわざるを得ないことで、異例の抗議となったのではないか」

この“舌禍騒動”に、TBSは揺れた。それは、人事面からも窺える。宮内庁の抗議から4日後、小林アナと担当プロデューサーが、そろって番組から姿を消したのだ。前出の番組関係者が打ち明ける。
「上層部が番組の責任者を呼んだところ、現場の“暴走”が原因で起こったミスだと判明。そもそもこのコーナーは人の名前や年齢を取り違えるなど間違いが多いことがわかり、厳重注意がなされた。その上で、小林アナとコーナーを担当していた社会部出身のプロデューサーを番組から外すことになったと聞いています。紀子妃の一件の後も、この番組は(存命中の)王監督の母を『享年98』と報じ、57歳で亡くなった妻の恭子さんのことも享年98としてしまった人ですからね」
この一件についてTBSに聞くと、
「10月の改編にともなう番組強化の一環」(広報部)
と、“降板”そのものを否定した。
だが、小林アナは自身のブログに、<2時っチャオ降板(中退)>と明記している。
本人を直撃すると、こう説明した。
「降板は会社の方針ですよ。宮内庁との一件がすべてではありません。決定打ではない。野球でいうならスリーアウトチェンジというか…まぁ、細かいミスが重なってしまった。取材が荒かったんだと思います。
(ブログに)降板とか中退と書いたのは、最後まで番組をアシストできなかったから。残念ですね」
一方、皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう指摘する。
「眞子さまが皇族として独り立ちされようとしている大切な時期だからこそ、心を痛めるようなことがあってはならないと、抗議の意を示されたのでは。この騒動からは、紀子さまの皇族としての強い矜持と愛娘を思いやる親心を感じます」
成長した眞子さまの、今後の公務が注目される。

(記事終わり)

紀子妃のパワハラ体質は、宮内庁職員という「身内」だけにとどまらず、外部の民間のアナウンサーや番組スタッフにまで及んでいたのですね。
結局、「2時っチャオ!」はこの「事件」の翌年2009年3月26日に終了し、小林豊アナは現在はラジオやナレーションで細々と仕事をしているようですが、あまり目立った活躍はできていないように見えます。
確かに、TBSの番組作りにも色々と落ち度があったことは否めないと思います。しかし、だからと言って「皇族」という守られた強い立場の方が民間テレビ局の放送内容に激怒し、果ては番組に関わっていたアナウンサーやスタッフを左遷させる結果を招くのは、絶対におかしいと思うのです。
こんなやり方がまかり通ったら、メディアに携わる人間はみな紀子妃の態度に恐怖を感じ自由な言論の委縮を招くことにならないでしょうか?


そして肝心の放送内容ですが、紀子妃が「激怒」した理由を少し分析してみました。

仮に眞子様がジャニーズファンであること、コンサートに行ったことが「事実でなかった」とすると、「嘘を放送するな」と怒る紀子妃の気持ちも理解する余地はあるでしょう。しかし、宮内庁を通じて反論し、果てはアナウンサーたちを左遷させるほど怒るようなことか?という疑問が拭えません。
「ウチの娘がジャニーズのファンなんて、そんな失礼なウソ言うんじゃないよ!ウチの娘はそんな下世話な子じゃありません!」ということが怒りポイントなら、これはジャニーズタレントやジャニーズファンの人々にも失礼なことになるような気がするのです。
私個人は、「眞子様がジャニーズファンであり、コンサートにお忍びで行ったことは事実だった」という気がしています。しかしそれが世間に暴露されると「皇族の特権を利用してコンサートに行けた」という批判を浴びる可能性が高いので「事実無根」で押し通すことにしたかったように見えるのです。
ポストは触れていませんが、現に小林豊アナに「眞子様はジャニーズファンだ」ということを教えた「皇室ジャーナリスト」がいたようですしね。このジャーナリストの存在をスルーしているのが不思議なくらいです。
あまり詳しくないのですが、ジャニーズのコンサートのチケットは入手が難しく、また転売屋が横行して高額チケットになることもしばしばとか。そのような中で仮に眞子様がチケットを入手することができたのなら「一体どうやって入手したのか?皇族だから特別扱い?」と、ファンの気持ちを逆なでするようなことになると思いました。
番組でジャニーズタレントと絡んだ女性芸能人が一部の過激なジャニーズファンから叩かれるという事態も起きているようです。ここで眞子様の件について否定しておかなければ、どんな攻撃を受けるか分からないという思いもあったかもしれません。

しかしそもそも、眞子様がジャニーズのファンであることの何が問題なのでしょうか?上記ポスト記事の冒頭でも「開かれた皇室」について言及されているのです。眞子様はジャニーズのファンなんですよ、と国民が聞いたところで「ふーん、眞子様も女の子だしジャニーズ好きでも不思議ではないよね、普通の女の子と何ら変わりないね」で済んでしまう話です。

それに、もしかしたら母親の紀子妃が、実はジャニーズ(嵐)のファンである可能性が出てきたのです。
2011年3月に東日本大震災が起きた後、紀子妃は気仙沼に慰問に訪れ、そこでジャニーズの「嵐」の楽曲である「果てない空」の歌詞の一部を抜き出したものを気仙沼市役所に渡し、それが壁に貼られているということが一時期ネットで話題になったことがありました。
これがその画像です。↓
紀子書 果てない空

少し暗くて分かりづらいかもしれませんが、最後に「紀子書」と書かれています。
なぜ紀子妃が「嵐」の楽曲を知っているのか?なぜその歌詞を被災者に贈ろうと思ったのか?というナゾが生まれました。紀子妃自身がこの曲がお好きで、「嵐」に興味がなければ、まずこの歌詞を選んで贈るという選択肢は生まれないと思うのです。
それにこれが一般庶民のどこかの「紀子さん」という女性が贈ったものであれば、苗字まで書くと思うのです。
しかし「紀子書」としか書かれていませんでした。
この頃の紀子妃は、「秋篠宮は苗字ではない」という基本をきちんと理解していたようで面白いと感じます。

ところがこの「紀子書」がネットで有名になってしまった後、「みやぎジョネット(みやぎ女性復興支援ネットワーク)」が、
「 ※本ブログ読者の方から、上の写真は秋篠宮妃殿下紀子様のものではないとのご連絡を頂きました。ありがとうございました。
気仙沼市役所に問い合わせましたら、のりこさんとおっしゃる方から被災後に頂いたのだそうです。
誤解を招く表記でしたことをお詫び致します。 2014年1月24日」
という一文を出して、「これは紀子妃が書いたものではなく“のりこさん”という女性が書いたものだ」と、否定してしまったのです。

下記ブログにその件が掲載されています。
ttp://miyagi-jonet.blogspot.jp/2013/08/blog-post_5043.html

これも「眞子様ジャニーズファン激怒否定」の一件と同じく、謎の否定タレコミがあって「紀子妃が書いたものではない!」という結果になってしまいました。
苗字を省いて「紀子」だけで通用してしまうナゾの女性「のりこさん」、気仙沼ではそんなに有名な女性なのでしょうか?
そんなに母娘でジャニーズファンということを知られるのが嫌なのでしょうか?
ここまで来ると滑稽としか言えませんね。

そして上記ポスト記事は、「雅子様は外務省で勤務経験があってから皇室に入られたが、美智子様と紀子妃は勤務経験がないまま皇室に入られた」という事実の指摘が、なぜか紀子妃の気に障ったということも書かれています。
いくら紀子妃が激怒しても、「社会人(勤務)経験がない」という事実は変えられませんが。
それだけでなく、皇室に入ってから税金でダラダラと大学院に籍を置き続けてきたような方ですよ。
もちろん、お兄様である皇太子殿下よりも先に結婚という異例のことをやってしまったのも消せない「真実」です。
自分の履歴に誇りが持てないのでしょうか?何がそんなに気に入らないのか分かりません。

上記ポスト記事はまるで紀子妃が雅子様のことを慮ってTBSのやり方に激怒したと擁護気味に書いていますが、あの方にそこまでの配慮や思いやりはないでしょう。
雅子様を思いやることのできる人が、民間のアナウンサーらを左遷させて人生を台無しにするようなことをするはずがありませんから。
紀子妃は、宮内庁職員やアナウンサーなど国民(庶民)の人生など何とも思っていないし、雅子様のお気持ちもまったく配慮していないのが実情だと感じます。

単純に「私が社会人経験ないという事実を蒸し返されるのが気にくわない、同じような立場だった皇后陛下と組んで雅子妃をいじめていると思われたらどうするのよ!」ということでお怒りになっただけでしょう。
「人は真実を指摘されるとかえって怒る」ということがよく言われますが、紀子妃はまさに「真実を言われて逆ギレした人」にしか見えないのです。

いずれにしろ、民間人の人生まで左右するような皇族の存在はもっと問題視されていいと思います。これは由々しき問題です。

眞子様の母方親族について考える 3~悠仁様出産で蒸し返された紀子妃のルーツ

今回は、テーミス2010年6月号の記事をご紹介したいと思います。
上記記事も完全版を入手することができず、ダイジェストとなってしまい大変申し訳ありません。国会図書館で検索をかけても該当記事がヒットせず残念なことになりました。
悠仁様出産を契機に紀子妃の実家や親族が再び大きく取り上げられ注目された時期があったようですが、その中でも上記テーミス記事は微妙な点にまで踏み込んでおり少し驚きました。

このままでは皇室崩壊だ 雅子さま紀子さま「皇位継承」戦争が始まる

◆紀子さまのルーツに飛ぶ憶測

'89年のご婚約の頃、杉本家に関して『“ロイヤルマッサージ”の正体』という怪文書が飛び交ったことがあった。

そこには、杉本家のルーツに関する心ない噂話なども書かれていたが、悠仁さまの皇位継承問題に絡んで再び蒸し返される可能性もある」(皇室関係者)

川嶋教授と杉本家の長女、和代さんが結婚し、紀子さまは長女として産声を上げた。'90年6月29日、秋篠宮さま(当時は礼宮さま)との結婚時、紀子さまのご実家は東京都豊島区目白にあった家賃3万3千円の学習院職員寮だった。

“3LDKのプリンセス”の誕生に国民は注目し、テレビがない川嶋家の浮世離れしたライフスタイルと、紀子さまのおっとりした喋り方の相関関係を好意的に受け止めたが、こんな証言もある。

「当時、紀子さまは人気アイドルやテレビ番組をほとんど知らなかったようです。 世間ずれしてない紀子さまにとって、“有名人”といえば皇族方だった」 (学習院大学関係者)

紀子さまは、学生時代から手話やハンセン病患者のための募金活動などに熱心に取り組まれた。

「秋篠宮さまは清楚な紀子さまにすっかり魅了されて、“自然文化研究会”にお誘いになったと思うし、川嶋教授も入会の後押しをしたといわれている。

川嶋教授は数年前、ゼミの学生を連れて被差別部落で現地学習したり、あまり評判のよくない人物が“皇室とのパイプ役”を期待して近づいてきたり、誤解を与える言動もある。 

紀子さまは運命の大転換で将来皇后になり、天皇の生母になられる方、影響がなければいいと気を揉んでいる」 (学習院関係者)

(記事ここまで)

重要な部分は抜粋されていると思いますが、やはり完全な記事を目にしたいと思わせる内容ですね。
基本的に、職業や出自で偏見を持つことは良くないというのが私個人の考えです。しかしその一方で、皇室という特別な場所に嫁いでくる女性は、その場にふさわしい家柄や身分があると考えるのが自然ではないかという気持ちもあります。皇室というものが一種の「権威」であるし、国民からの敬愛を受けるという意味ではやはり皇室は良い意味で特殊な世界であってほしいと願います。皇室という場所を「成り上がり・のし上がり」を実現するために利用してほしくはないですし、ゴシップとは無縁で世俗的なこととは一線を画する場所であってほしいと思うのです。そういう世界にふさわしくない人でも簡単に嫁げるようなことになれば、もはや皇室の意義はなくなるでしょう。
「人間は皆平等だ」という考えを究極的に突き詰めれば、最終目的はやはり「皇室の解体・天皇制の廃止」に行きつくことになるのだろうと思います。しかし今の日本国民で、そこまで厳密的に平等というものを考える人はどれくらいいるでしょうか。世論調査の結果を見ても、天皇制廃止や皇室解体を望んでいる人はごく少数派にとどまっています。

紀子妃も、自分の家柄や立場をわきまえて普通に民間の男性と恋愛し、結婚し、家庭を築いていたら、誰にも文句を言われることはなかったでしょう。しかし「皇室に嫁いでくる」という観点で見ると「やはり川嶋家はちょっと違うのではないか、ふさわしくないのではないか」と眉をひそめる国民が出てくるのは致し方ないことではないでしょうか。

紀子妃の母方の祖父である杉本嘉助氏が上記テーミス記事が触れているように「ロイヤルマッサージ」と揶揄されていた件は、何となく耳にしたことがありますが今となっては詳細は分かりません。
マッサージという職業は目の不自由な人が生活していくための重要な仕事でもありますから、マッサージ師という資格自体を軽んじる意図は全くありません。指圧・按摩・整体・カイロプラクティックなど、手技療法と言われるものは色々種類があり、実際にその療法で体が楽になった人も少なくないと思います。

また川嶋辰彦氏が学習院大教授として学生と一緒に部落研究を行っていたという件も、「経済学者である川嶋教授がどういう意図で部落研究を始めたのか」という素朴な疑問があります。川嶋教授はほかにも海外の民俗研究をしていたという情報もあり、何かつながりや目的があってのことかもしれませんが…

「出自や職業で人を差別してはいけない」という考えと、「皇室に嫁いでくる以上、それなりの家系の人を望むのは当然だ」という考えは、私個人は両立しうるものと思っています。紀子妃の実家の噂が今でも尾を引いているのはまさに川嶋家や杉本家の家系が皇室にふさわしくないと考える国民が少なくないからでしょう。しかし一方で「紀子妃のような庶民的な女性が皇室に嫁いだお陰で、皇室が身近なものに感じられるようになった」という意見もあるでしょう。人それぞれ感じ方は異なって当然です。

この「家柄・出自」の問題は一筋縄では解決しない、根の深い問題をはらんでいると常に感じています。

ただ川嶋家の場合、問題視されたのは出自や職業という点だけでなく、朝日などのマスコミと長い間懇意にしていることなど別の要素も大きかったですね。「ただの一般の庶民の家庭とは何か違うものを感じる」というこの違和感はマスコミとの関係性も大きいでしょう。また上記テーミス記事も触れているように「あまり評判のよくない人物が“皇室とのパイプ役”を期待して近づいて」くるなど、マスコミに限らず交友関係そのものに色々問題が多すぎるのです(池口恵観などもその一例でしょう)。
こういう怪しい人間関係を続けている親族を持つ女性は、やはり皇室にはふさわしくないという結論に行きつくしかないように思います。

眞子様の母方親族について考える 2~マルキスト疑惑の池上惇教授

今回は「眞子様の母方親族シリーズ」として、紀子妃の実父である川嶋辰彦氏の従兄弟である池上惇氏について取り上げたいと思います。
週刊新潮1989年12月28日号から引用させていただくものですが、残念ながら今回も完全版を国会図書館でも入手することができず、ダイジェスト版の掲載となってしまいました。大変申し訳ございません。
省略部分が多く読みにくくなっておりますが、何卒ご容赦くださいますよう宜しくお願い申し上げます。

宮内庁が二の足を踏んだ「川嶋家」親族の「この人」

礼宮殿下と紀子さんの婚約が発表された当初には、どの新聞にも、池上教授の名は載らなかった。三代も四代もさかのぼる川嶋家の系図が掲載されたにもかかわらず、辰彦氏の母方の池上家については、ごく簡単にしか紹介されていなかったのだ。
それを初めて載せたのは、九月十二日の朝日新聞。川島家系図のなかに母方の池上惇教授の名前も書き込み、いかに華麗な学者ファミリーかをより明らかにしてくれた。
どうやら、このあたりから、巷間では「皇室とマルキスト」なんて変な組合せの話題が次第に広がり始めたのである。
(中略)
一応、宮内庁に問い合わせてみると、
「そんな話は初耳です。私はまったく知りませんでした。紀子さんの父親の従兄弟なら、結構近い親戚です。宮内庁の上のほうの幹部は知っていたのかもしれませんが、そういう微妙な問題にはお答えできませんよ」(菅原武成報道専門官)
「その件については何も知りませんし、何も言うことはありません」(前田健治総務課長)
何も知らない、という姿勢を堅持する構えでいるのだが、宮内庁のさるOB氏は言う。
「それが本当だとしたら、こんな驚くことはありませんよ。戦前だったら絶対にあり得ない事だし、戦後になってからでも、今上陛下の皇太子時代に、お妃探しをした頃は問題になりましたからね。ある有力候補と言われたお嬢さんが、小学生のとき、小林多喜二の「蟹工船」を読んで感想文を書いたことがあったと分って、候補からはずされているんです。思想問題も決しておろそかにはしていません」
そのOB氏の話の続き。
「紀子さんとのご婚約でも、宮内庁は慎重な役所ですから、十分親戚の方についても調査したはず。普通なら二の足を踏みますよ。疑いがあるだけでも、避けたいところでしょう。ただ、礼宮様の場合は事情が事情で、どうしようもなかったのだろうという気がする。候補を探して、調査して選んだわけじゃなく、先に礼宮様が選んでしまい、彼女じゃなきゃ嫌だ、と宮様がおっしゃった。初めに婚約ありきで、後から調査したんです。それで多分、目をつぶるしかなかったのでしょう。気にはなっても、いっさい考えないことにした、ということかな……

(記事ここまで)

まず、冒頭で名前が挙がっている「池上(惇)教授」とは、上記新潮の記事から、「辰彦氏の母方の親族」「辰彦氏の従兄弟」であることが分かります。Wikipediaにも池上惇教授のページが設けられていますが、サラッと「池上四郎元大阪市長・文仁親王妃紀子の親戚。」と書いてあるだけで、後は略歴と著作くらいしか項目がありませんでした。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E6%83%87)
池上教授は過去の著作を見ると主に資本主義に関することを研究していることがわかりますが、上記記事で「マルキスト」と指摘されているように、池上教授はマルクス経済学の立場から財政学を教えていたという疑惑があったことがうかがえます。そして、マルキストは往々にして共産主義と親和性があるもの。こういう点から、池上教授が「共産主義者」だと疑われ、そういう人が親族にいる川嶋紀子さんを皇室に迎え入れるのはいかがなものか、と眉をひそめられたことがあったのは事実だったのではないでしょうか。共産主義は天皇制・皇室に反対していますし、拒絶反応が出るのも致し方ないと思います。
そもそも池上教授のみならず、川嶋辰彦氏自身が「人の身分に上下はない・人は皆平等だ」という考えを持っていた人のようですので、身分制度の典型である皇室に娘を嫁がせたこと自体が非常に異様で不自然だと感じます。
「人の身分に上下はない」という教えを親から受けて育った女性が、一体どういう目的をもって身分制度の残る皇室に嫁いできたのか?
この疑問は、紀子妃が序列を無視して東宮家と自分たちを同等・同格だと思い込んでいるような振舞いを現在も続けている以上、見過ごすことのできない問題だと考えます。


そして、上記記事でもやはり礼宮(秋篠宮)様と川嶋紀子さんの結婚の問題点について触れていますね。
普通は何人かお妃候補を先に挙げておいて親族の調査を丹念に行って婚約者を決めるというのに、秋篠宮様の場合は先に「川嶋紀子さん」という身近にいた女子大生を結婚相手と決めてしまい、身辺調査もおざなりにせざるをえなかったと。
川嶋紀子さんほど、身辺調査もそこそこに早々に皇族の婚約者と決められてしまった人もいないと思われます。
こうして見るとやはり、川嶋紀子さんを秋篠宮様の婚約者と早々に決めてしまった背景には一体何があったのか?なぜ身辺調査もろくにせずに焦って婚約を決めてしまわなければいけなかったのか?という疑問が何度も頭をもたげてくるのです。
このお二人の婚約当時ネットがあったら、親族についてネットで調べられて「こんな人がいるんだけど、紀子さんって大丈夫なの?」のように炎上していたのではないかと予想しますね。
川嶋紀子さんは小室圭さんのように民間人にとどまるのではなく、皇室に入ってきて「妃殿下」「紀子様」と呼ばれる立場になる女性なのですから、炎上は小室さんレベルのものではなかったはずです。

眞子様の母方親族について考える 1~北朝鮮シンパ&クーデター未遂の怪僧と接点を持った川嶋夫妻

眞子様と小室さんの婚約ですが、ネットでは小室さんの素性に対する罵詈雑言が酷いことになっていますね。また、一部の雑誌でも小室さんの家庭をネガティブに報じる記事も散見されました(当ブログはあくまでも秋篠宮様とその妻紀子妃の昔から現在に至る実態について記録することを主眼としているので、小室さんの件についてはここでは深入りしません)。
しかし、小室さんの結婚相手となる眞子様のお母様も、小室さんなど比較にならないほど怪しい素性をお持ちでいらっしゃいます。秋篠宮(礼宮)様と川嶋紀子さんが婚約した当時ネットがあったら、紀子さんこそ色々と言われてきたに違いないだろうと思うのです。小室さんはネット時代特有の“洗礼”を受けてしまいましたが、小室さん(の家庭)だけ色々叩かれるのはフェアではないので、当ブログではしばらく眞子様のお母様の親族についてスポットを当ててみたいと思います。

まず最初は、紀子妃の実父母である川嶋夫妻の10年くらい前の行動についてです。
週刊文春2008年11月13日号からご紹介させていただきたいと思います。

紀子さまの父 川嶋辰彦教授が「炎の行者 池口恵観法主」に救いを求めた!
 
京都で極秘裏に会った二人は三日間何を語り合ったのか?

池口氏は、清原や長淵剛と交流がある高野山真言宗の大僧正。
川嶋氏と池口氏を引き合わせたのは京都の山林王といわれる人と新潟のパチンコ会社社長。池口氏は、川嶋氏の体調がおもわしくなく、3日間加持祈祷をしたら食事ができるまでに回復したと自慢げだった」(信者談)

NPO日本トレッキング協会関係者も川嶋氏が体調不良のため会長を引退すると聞いていると言う。(協会側は否定)

池口氏は以前から川嶋氏との出会いを望んでいた。通常は10分の加持なのに川嶋氏には毎日一時間半から2時間、加持をしたとのことで気合が入っていると思った」(信者)

「弘法大師は嵯峨天皇はに認められ大きくなった。わたしも川嶋先生と仲良くして皇室に近づきたいと池口氏は熱く語った」(信者)

山林王は言う。「二人を引き合わせたことに意味はない。名刺交換しただけ。川嶋氏の具合が悪いという話ははじめて聞いた」

池口氏本人は「30分か1時間ほど、ホテル喫茶店で話した。先生は密教に興味をもち現場をみたいとおっしゃった。ああいう人を加持したいと弟子に話したのが尾ひれがついた。」
ところが文春取材ののち、池口氏が弟子に箝口令をしいた。

その件をただすと、「山林王にひきあわされたあと、またどうかと話があり川嶋氏にあった。30~40分話した。加持はしていない。皇室関係の方なので迷惑かけたらいけないと思った」

「皇室関係の知り合いがいないので川嶋氏とまた会いたい。皇室会議にも出られているんでしょう? 悠仁親王が天皇になられれば川嶋先生には大きな影響力がある。だからお近づきになりたい。今後二人でゆっくり話しができたらと思う 」

池口の思惑はともかく、川嶋教授の健康は心配される。
学生によれば、「先生は病気のため体調をくずされ、ときどき休講になる。たまにむせる感じ。文化祭も体調不良で休まれた」
自宅に電話すると女性の声で「お答えを差し控えさせていただきます」とのこと。

(記事ここまで)

大変申し訳ありませんが、今回はダイジェストでしか記事をご紹介することができませんでした。記事の完全版を入手したかったのはやまやまですが、国会図書館の検索では、なぜか上記記事がヒットしませんでした。「炎の行者」「川嶋辰彦」「池口恵観」などあらゆる方法で検索を試みたものの、上記記事だけ検索結果に出てこなかったのです。国会図書館では上記記事の完全版のコピーが入手できないようにされているのでしょうか。国会図書館でまさかそのようなことがあるのか…と疑問に思うのですが、残念なことに今の段階ではダイジェスト版しか引用することができませんでした。何卒お許しください。

「池口恵観」という僧侶の名前はご存知の方が多いと思われます。朝鮮総連落札の件で一気に名前が広まった人物でした。
以下、Wikipediaより池口恵観の略歴について引用させていただきます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E5%8F%A3%E6%81%B5%E8%A6%B3

単立烏帽子山最福寺法主。
高野山真言宗・鹿児島高野山・最福寺住職。
高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨。

1961年(昭和36年)、三無事件※に関わり逮捕される。
1967年(昭和42年)、宗教法人「波切り不動最福寺」を設立。
北朝鮮の初代指導者である金日成主席を尊敬する意味から金日成主席観世音菩薩が鎮座している。

池口は北朝鮮をたびたび訪問し、朝鮮労働党や北朝鮮外務省の高官やよど号ハイジャック犯と会談をしているほか、2012年に開催された金日成生誕100年祭にも出席している。池口は数多くの北朝鮮への貢献により、同国から勲章も授与されている。
池口は頻繁な訪朝の理由に、「日本が歴史的に韓国と北朝鮮に対して大きな犠牲を抱かせ、韓半島の多くの国民が日本に恨みを持って亡くなったことに対し、素直に謝罪し慰霊したかった」ことを挙げ、「真の懺悔と謝罪があってこそ相互友好関係が生じる」との考えから、韓国と北朝鮮を毎年定期的に訪問して慰霊祭と平和祈願祭を開くことを思案している。また、まずは日本が北朝鮮に対して、いわゆる「過去の植民地統治に関する戦後補償」と謝罪をして、それから日朝国交正常化をするべきだと主張している。
朝鮮労働党中央委員会総書記・金正日が死去した際には、「朝鮮の大いなる指導者、金正日総書記閣下が地方指導に向かう途上で亡くなられたのは、とても痛ましく悲しい」「朝鮮半島の平和と繁栄、日朝国交正常化を金日成主席と共に見守ってほしい」と哀悼の意を示した。
また、2013年(平成25年)3月には最福寺が在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)中央本部(東京都千代田区)の土地・建物を45億1,900万円で落札したが、池口はこれが北朝鮮政府高官(最高人民会議幹部)からの要請に基づくものであり、落札後には同土地・建物を朝鮮総連に貸与する予定であることを明らかにしている。
同年5月9日、落札代金を融資してくれる企業と交渉が成立した発表したが、直前になり購入を断念した。
5月10日午後、最福寺別院の江の島大師で記者会見を開き一連の経緯を説明した。会見では「融資に関して何らかの圧力があった」と述べた。

関わりのある人物
〇安倍晋三
〇家田荘子、小池一夫、コンノケンイチ、金本知憲、新井貴浩
〇許永中
〇指定暴力団住吉会会長・福田晴瞭、指定暴力団山口組若頭・高山清司、同舎弟・英五郎ら
〇田母神俊雄
〇よど号ハイジャック犯 など

三無事件とは(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%84%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6)

1961年(昭和36年)12月12日に日本で発覚したクーデター未遂事件。
三無(さんゆう)とは無税・無失業・無戦争の三つの無の主張である。彼らは老子の「無は有に転じる」という格言から、「さんむ」ではなく「さんゆう」と読んでいた。
川南工業社長の川南豊作を首謀者として旧陸軍出身者らが日本政府の要人の暗殺を計画し、未遂に終わり警視庁により逮捕された。
1961年12月12日から1962年2月3日まで警視庁等が32箇所を捜索、川南豊作ら22人が逮捕され、12人が起訴された。捜査の過程で日本刀8振、ライフル銃2丁、防毒マスクなどが押収された。川南が支出した資金は1328万7297円が確認され、装備品の他、旅費や活動費に使われていた。
12人が起訴された裁判では破壊活動防止法違反(政治目的殺人陰謀罪)が初めて適用され、8人に有罪判決が下された。検察は予備罪も成立すると主張したが、二審は「実行行為着手前の行為が予備罪として処罰されるためには、当該基本的構成要件に属する犯罪類型の種類、規模等に照らし、当該構成要件実現(実行の着手もふくめて)のための客観的な危険性という観点からみて、実質的に重要な意義を持ち、客観的に相当の危険性の認められる程度の準備が整えられた場合たることを要する」と判示し、これを退けた。二審有罪上告中に川南が死亡して公訴棄却となったほかは、上告棄却により7人の有罪が確定した。

事件に関わった鮫島正純(事件後母方の姓に改姓)は池口恵観のことである。
事件への関与を認めた池口は検察側証人として出廷し、事件発覚の二ヶ月前の10月はじめに川南の紹介で衆議院議員・馬場元治の秘書になり、国会議事堂内の電源・通信機器の配置や警備員の数の調査を依頼されたこと、200人で国会を襲撃するに際しては議員秘書の池口が国会内部から突入のタイミングの合図を送る役割だった、と証言している。池口本人は関与の度合いが薄いとして不起訴、釈放されている。
(以上)


北朝鮮にシンパシーを感じているだけでなく、過去にはクーデター未遂にまで関与していたという点で非常に危うい人物だということがお分かりただけると思います。
このような北朝鮮べったりの危険思想の人物が、今では皇族の親族や総理大臣から支持される「怪僧」となっているのですからこの世は本当に理解しがたいことが多いと感じます。
眞子様と小室さんの婚約会見とまさに同じ日に北朝鮮で核実験が行われたことで、私はまずこの池口と川嶋夫妻の関わりについて思い出しました。

上記文春の記事は、池口恵観の方が積極的に川嶋夫妻とお近づきになりたいという強い思いを抱いていることが分かりますが、いくら体調に不安があったとは言え北朝鮮とコネクションがある僧侶と懇意になってしまうのは皇族の身内としていかがかと思うのです。しかも池口と川嶋夫妻の仲介役として、新潟のパチンコ(これは北朝鮮の娯楽です)会社社長や京都の山林王なども登場しています。
北朝鮮シンパの僧侶が一体どういう理由で「皇族とお近づきになりたい、特に“将来の天皇”候補である悠仁様の祖父母とお知り合いになりたい」と考えたのか。「孫が天皇になれば川嶋夫妻には大きな影響力が生まれる」と考えていたようですが、川嶋夫妻と知り合って池口は一体何をしようと企んでいたのでしょうか。北朝鮮と皇室、この2つを結び付ける意図は何か、そして仮にも大阿闍梨という高僧が「皇族の身内と親しくなりたい、川嶋夫妻の影響力を利用したい」という発想になるのは一体何なのか。
池口の企みが文春によって暴露されると、池口は周辺に箝口令をしいて「皇室の方に迷惑をかけたらいけないと思った」とトーンダウン。文春もこの続報を載せることはありませんでした。そして国会図書館でもヒットしない記事…

予想以上に、川嶋夫妻と池口との関わりが表に出たことがまずかったとしか思えない状況です。

ちなみに当時の文春の広告の画像は残されていました。
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