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両陛下は女性天皇誕生など望まれていません 後編~改めて「両陛下の仕打ち」を振り返る

前編からの続き)

◆天皇皇后に会えない愛子さま

外務省事情通がいう。
「雅子さまも外務省入省後、オックスフォード大へ在外研修に行っているが、そのときは奥氏は外務省本省にいて接点はない。90年6月に雅子さまは帰国し、北米局北米二課に配属され、半導体の市場開放問題に取り組んで仕事に熱中していた。いっぽう、奥氏は90年8月には再び海外へ飛び、在イラン日本大使館や在アメリカ日本大使館を回っている。まるで接点はないとはいわないが、奥氏は早稲田出身のラガーマン、雅子さまはハーバード大→東大のキャリアで、まるで流れが違う」
むしろ、雅子さまにとっては一昨年11月に急死された高円宮憲仁さまがよき相談相手となっており、皇太子さまを含め、家族づきあいともいえる“交流”があった。雅子さまには大変ショッキングな死だったのだ。

さて、昨年12月の話に戻そう。実はかなり前から、例年12月の第1週目の月曜日には上野の学士院会館で、国際生物学賞授賞式があり、その後美智子皇后1人でもさまざまな用事が入っているとの情報があった。したがって、愛子さまの皇居への参内(誕生日の挨拶)はないとされていた。しかし、11月28日に、突然宮内庁から雅子さまが愛子さまを連れて皇居へ行かれるとの情報があったのだ。
現場のマスコミ人がこういう。
その日(12月1日)は台風並みの雨風で横なぐりの状態にもかかわらず、雅子さまは午前10時25分ごろ笑顔で半蔵門から皇居へ入った。わざわざ濡れるのもいとわず、ニコニコしていた。そして23分後の10時48分、再び半蔵門から出て行かれ、車の中から手を振っていた。ところが、われわれマスコミの間に、『愛子さまは天皇皇后に会っていないのではないか』という憶測が流れた」
その憶測が当たった。
天皇皇后両陛下は10時30分には日本学士院会館に到着。休憩後、11時から第19回国際生物学賞授賞式に出られた。ということは、雅子さまと愛子さまは、天皇皇后両陛下の代わりに、侍従に挨拶をしたということになるのだ。
天皇陛下はその後、13時15分、皇居に戻った。一方、皇后陛下は上野に残り、東京国立博物館・平成館の国際シンポジウム「国際アンデルセン賞の軌跡」に臨席、その後、国際子ども図書館でレセプションにまで臨席。18時すぎに帰途についている。

雅子さまを知る人物がいう。
「秋篠宮のお子様の誕生日には行くというのに、愛子さまには初めから会おうとされない。雅子さまにしてみれば体調が悪いなか、雨にもかかわらず、両陛下がやっと時間をやりくりされて会ってくれると思ったのに、皇居へ出掛けてみれば侍従しかいなかった。ご自分の事ならこの10年間ずっと耐えてきたが、苦労の末産んだわが娘を拒否、無視されたことで、大変なショックを受けたのです。翌12月2日、帯状疱疹と発表されたが、格好がつかなくなった宮内庁は12月4日から8日まで雅子さまを入院させてしまった。おまけに退院の日に雅子さまが首に巻いているストールを『皇后さまのお見舞い』とリークさせたが、実はそのストールはもともと雅子さまが結婚前から持っていたイタリア製のルチアーノ・ソプラーニでした」
そして12月11日、湯浅長官の会見であの信じられない言葉が出た。
「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」

湯浅長官は元自治省事務次官で、本来突飛なことをいう人物ではない。官僚として手堅くやってきた。ある皇室関係者は「湯浅長官がはっきりああいった以上、それは天皇皇后両陛下のお言葉と取って間違いありません」と断言する。別の宮内庁関係者も「宮内庁のトップとしては天皇のことを一番に考え、皇位の継承について対策を考えることは当然のこと。その意味するところは、あくまで男系の男子ということであり、女性天皇ではないということです」と語る。つまり、天皇皇后両陛下はいまの時点で、「女帝」を望まれてはいないということなのである。

◆「異変」を無視した宮内記者へ

12月1日の件について、ある宮内庁職員はこういっている。
「目下の者(雅子妃と愛子さま)の挨拶は、家来(侍従)が受けても構いません」
宮内庁職員とはこんな感覚の人間ばかりなのだ。とても、一般の人たちでは理解できない世界がそこにある。

先の雅子さまを知る人物がいう。
「昨年12月16日の天皇家の写真撮影では、本来やさしい祖父母やいとこ達に囲まれ温かいはずのファミリーが冷たく見えました。愛子さまは積み木を両手に持って肩に力を入れ、笑顔がない。かわいそうなくらい緊張していた。雅子さまもけだるそうにやっとそこにいるという感じだったのです」
このときのことを、小誌04年2月号で触れたところ、宮内庁はいきり立って抗議をしてきたのだ。
小誌は「挨拶が終わると、雅子妃だけが1人で東宮御所に戻られた」と書いた。事実は「雅子妃と愛子さまの2人で…」だった。その後、天皇皇后両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご一家、紀宮さまで食事会が催されたのである。
林田英樹東宮大夫は、「雅子妃1人だけを東宮御所に帰させた事実はない」といって「両陛下に多大のご迷惑をおかけするものだ」といってきた。このころから問題点がすでに上がっていたはずなのに、皇太子さまを守るはずの東宮職はこんな体たらくだったのだ。皇太子さま・雅子さまが東宮職を信用するはずがない。
また、これを何の疑問とも思わなかった、少なくとも予兆も報じてこなかった宮内記者会も悪い。日本を代表するはずの通信社・共同通信のある女性記者は宮内庁から事前に抗議文を見せてもらい、小誌に対して「明らかに間違っているんだから訂正すべきでしょ」とまくし立てて来た。ことの本質がまるでわかっていないのである。

5月10日の皇太子さまの記者会見を受けて『ニューズウィーク』(5月26日号)はこう書いている。
「皇太子の発言で明るみに出た、雅子妃と宮内庁の確執。記者クラブに名を連ねる大手メディアはなぜ、これほどの『異変』を無視し続けたのか。雅子妃の『心の問題』を報じないマスコミが議論を闇に閉じ込めている」

皇太子さまが先の文書を出したからといって、お世継ぎ問題を含む皇室の根本的な問題は何も解決されていない。
皇室関係者がいう。
「皇太子さまと雅子さまは完全に2人の世界に入ってしまって東宮職をまるで信じられなくなっているということ。林田英樹東宮大夫は文部官僚で文化庁長官経験者、小林秀明東宮侍従長は外務省出身で元儀典長で、いずれも現役を引退して天下りポストにいるような人たちばかりだ。曽我剛侍従長は30年以上も皇太子さまのお側にいましたが、01年に亡くなっています。御用掛として雅子さまが信頼していた堤治東大教授も昨年、研究費の不正流用事件で失脚、いまは相談できる医療関係の人間もいません。その堤巨樹は『雅子さまは妊娠中もタバコを辞めなかったんだ』などと、周囲に漏らしていたというのですから、皇太子夫妻が不信感を抱くのも当然でしょう」
この関係者によれば、東宮職の職員からは雅子さまの寝室に関する詳細な話や身体に関するプライベートな情報まで漏れていたという。これでは雅子さまは侍従も女官も信用できない。

◆「平成の小泉信三」が必要だ!

いっぽうで、皇太子さま・雅子さま夫妻がさまざまな意見を取り入れる姿勢を見せることも必要だ。湯浅長官は皇太子さまに4人の参与と会うことを勧めている。その4人とは藤森昭一元宮内庁長官、平岩外四元経団連会長、中森敏次郎元最高裁判事、大西勝也元最高裁判事という面々だ。しかし、いまさらこういった人たちと初対面から関係を築くのは無理がある。
また、天皇皇后両陛下は、皇太子さまがヨーロッパに行っている際、藤森氏、鎌倉節氏、湯浅氏の長官経験者を呼んで「(皇太子夫妻の)力になってほしい」といったとされるが、彼らに皇太子夫妻のホンネを引き出す能力はないだろう。皇太子さまが伝統を守りながらも「新しい時代にふさわしい皇室をつくりたい」と考えている以上、もっと幅広い人選で「平成の小泉信三」を探し出すことが必要だ。
皇太子さまに近い皇室関係者がいう。
「皇太子が『いいブレーンがほしい』と洩らしたことがある。英国留学などで自由奔放に活動されていた時期があった反面、いまの彼の人脈はあまりに狭い。新しい皇室像を求めるならば、もっと積極的に外に出てさまざまな人たちと会う必要がある。失礼ながら雅子妃および小和田家に引っ張られ過ぎている部分も大きい。雅子妃を守るといって頑固一徹なところはいいが、一方でいろいろな考え方を吸収するような大きな力を備えてほしい」

天皇皇后両陛下が平成流の天皇像を打ち出そうと努力されているのは当然だ。皇室の伝統を重視すれば「女性天皇」もすぐには容認されないだろう。しかし、そこをすべて吞み込んだうえで、皇太子さま流の在り方を模索する必要がある。そうすれば、国民は必ず受け入れるだろう。
(記事終わり)



一読して、「これは秋篠宮家シンパたちよりも、むしろ皇族無謬論者(皇族は全員“善”であり間違いを絶対に冒さない方々だと信じ切ってしまっている人)たちに読んでもらいたい記事かもしれない」と感じました。
上記テーミスの記事は、秋篠宮様とご家族のことについて述べる当ブログには直接関係のない内容であったかもしれません。
しかし、雅子様に対する人格否定の動きの正体、そして当時から両陛下と宮内庁は「一心同体」であった事実について触れられており、これは外すことのできない記事だと考えたのです。

まず最初にテーミスが触れている「皇太子殿下の文書」についてですが、この文書の不自然さについて詳細を知ったのはこれが初めてでした。一読して、「もしかしたらこの文書は皇太子殿下がご自分で書かれたものではなく、両陛下の命令を受けた誰か(宮内庁職員?)によって書かれたものではないのか?」という疑念が頭に浮かびました。
皇太子殿下はご自分のお誕生日会見文章やスピーチ文章も、毎回ご自分できちんと書かれています。ですから文書の書き方の体裁や書式などについてもよくご存じのはずであり、皇太子殿下が実際にご自分で書かれたのであれば、テーミスが指摘するような不自然な書式になるとは思えないのです。
外国メディアは「これは始末書みたいなものだ」と指摘したようですが、それでも皇太子殿下が身内に向けて書かれたという感じもせず、一応皇太子殿下のご了承を得つつも、事態を早急におさめたい両陛下のご意向を受けた「誰か」によって「当たり障りのない適当な文書が作成させられ、事態の収拾と幕引きが図られようとした」という感じに見えて仕方ありません。
これなら、今上陛下が文書についてはスルーされたのに「関係者には苦労をかけた」というお言葉をかけられたというのも合点がいきます。「事態の幕引きを図るためにこういう文書まで(宮内庁に)作らせてしまい、苦労をかけた」という意味であるなら通るように感じるのです。
皇太子殿下は、本当はもっと雅子様の悲しい境遇について国民に訴えたかったのではないかと思います。しかしこの件は両陛下が関わっているので、皇太子殿下も両陛下のお立場のためにご自分がお気持ちを抑えるしかなかったのではないかと感じました。ですから多少の不本意があっても、「人格否定発言の真意とは」という文書を世に出すことを承知するしかなかったのでしょう。

次にテーミスは「綸言汗の如し」という格言を取り上げ、「宮内庁の意思は両陛下のご意思である」ということに言及しています。
皇太子殿下の人格否定発言の後、世間から「雅子様はお可哀相」「皇太子殿下は思い切ったことを言われた、よくぞ言った」という同情と応援の声が上がったのは確実だと思います。私もその「世間」の一人でした。しかし、世間が皇太子ご夫妻寄りになっていく様子を黙って見られなかった方々がいらしたのでしょう。宮内庁を使い、事態の収拾と「本当は皇太子ご夫妻が悪いんですよ!」という風潮を作るためにマスコミ(宮内記者)を動かした…というのが真実なのだと思われます。

今ではすっかり闇に葬られてしまっていますが、上記テーミス記事は「雅子様が病まれてしまった理由」についても言及しようとしています。
私たちが予想した通り、

○男子(お世継ぎ)出産プレッシャーをずっとかけられてきたこと(上記テーミスには詳細は書かれていないが、かなり非人道的なことを言われてきたというお話も…)
○ようやくご誕生された敬宮愛子様を邪険に扱われたこと、あろうことかその中心人物が今の両陛下であったこと(おそらくこの一件が最大の原因では)
○最初はお世継ぎのために海外行きを意図的に制限されていたのに、その次は打って変わって国内公務を山のように詰められて心身ともに疲労困憊させられたこと
○両陛下のご意向を受けた宮内庁職員が東宮家を全く守ろうとしなかったこと
○東宮ご夫妻の良き相談相手だった高円宮殿下の薨去
○過去の流産の悲しみからくる心身の不調


など、実にたくさんの原因が複雑に絡んで雅子様を追い詰めていった…ということがよく分かります。
今のマスコミは雅子様が病まれた理由を極力「矮小化」しようと必死ですが、これも両陛下=宮内庁の意向を受けた宮内記者会の「忖度」なんでしょうね。
というか当時のマスコミにも、奥大使の死を雅子様の悲しみの原因に無理やり持っていこうとする動きがあったと知り驚きました。この頃から「雅子様のご病気の原因は両陛下や宮内庁ではないのだ!」という方向に世論を持っていきたかった企みがあったのですね(その企みは失敗に終わっていることが多いですが)。
テーミスは敬宮様の公園デビューに関しても触れていますが、雅子様はきっと静かな環境でひっそりと敬宮様を公園で遊ばせたかったのだろうと思います。しかし「誰か」からの意図的なリークによりマスコミが集結し、敬宮様の公園遊びの継続を失敗させたかったという不気味な動きを感じます。
そして「敬宮様に関する酷い噂を流したのは“関係者”である」という一文もサラッと入れていますが、これは由々しき問題ではないでしょうか。“関係者”という言い方から「宮内庁や皇室と浅からぬ関係の者である」ということを匂わせているからです。身近にこういう人物がいたという事実も雅子様を追い詰めていったと言えるでしょう。

そして上記テーミス記事の一番の肝はやはり「両陛下が雅子様と敬宮様に意地悪をし、女帝誕生など望んでいないからこそ秋篠宮ご夫妻に「第三子」をお願いした」という部分でしょう。
雅子様と敬宮様が皇居に参内されたのは、紛れもなく両陛下の方から「挨拶にいらっしゃい」という伝達があったからにほかなりません。格下の皇族が、格上の皇族(両陛下)の予定を無視して勝手に参内することなどできるはずがないのです。雅子様も両陛下からの許可が下りたからこそ敬宮様をお連れして参内されたのに、両陛下はご不在だった…ということなのです。
約束を反故にしたのは両陛下の方です。この事実からは目を背けるわけにはいきません。
しかも美智子皇后は陛下を先に帰宅させて、お一人で上野にずっととどまっていらしたという始末。これは雅子様と敬宮様の参内を知っていながら、公務を理由に「意図的に」上野に居続けたということですね。この件も初めて知りびっくりしました。「皇后お一人公務」などそんなによくあることなのでしょうか?

これは単純に「宮内庁の伝達ミス」とか「公務スケジュールの采配ミス」では片づけられない問題でしょう。明らかに両陛下が意図的に約束を反故にしていることが分かるからです。もし仮に宮内庁の失態だったとしたら、あの後両陛下が雅子様と敬宮様に「行き違いがあったようで本当に申し訳なかった」と謝ってもいいはずです。しかし記事を読む限りそういう動きは全くなく、雅子様が帯状疱疹で倒れられたことを不都合に感じた宮内庁=両陛下が慌てて雅子様を入院させ、「このストールは美智子皇后からのお見舞いです!」という真っ赤な嘘まで書かせたという酷い有様。おまけに「格上の方は侍従に代わりに挨拶を受けさせてもいいんだよ!」と開き直ったりとか…開いた口がふさがりません。
そして問題の「秋篠宮ご夫妻に第三子を」発言。雅子様が倒れられてすぐにあのようなことを長官に発言させる両陛下は、本当に「怖い方々」としか思えなくなりました。
ご自分たちが皇太子ご一家を追い詰め苦しめている元凶という事実をごまかし続け、いざ国民から宮内庁らに対する批判が挙がったら「東宮ご夫妻に非がある」と言わんばかりにマスコミを使って皇太子ご一家を苦しめてきましたから。
その一方で「私たちは東宮家を心配しています」というポーズだけは忘れず、ご自分たちの息がかかった側近らを東宮ご夫妻に近づけさせようという動きも怖いなと感じました。一見、東宮ご夫妻を心配して相談相手を派遣させようとしているように見えても、皇太子ご夫妻にとってはスパイを派遣されたような心地しかしないでしょう。両陛下が側近らを呼んで「力になってほしい」とおっしゃったという件も、テーミスのように「皇太子ご夫妻の力に…」ではなく、「自分たち(=両陛下)の力に…」という解釈も可能なわけです。「皇太子夫妻の」という文言はあくまでもテーミス側が補足しているだけですから。

宮内庁もマスコミも両陛下の「ご意向」を受けてしか動かないため、これでは公正・公平な皇室報道など到底無理ですね。
ここ10年以上にわたる偏った皇室報道に毒されてしまい、両陛下(と秋篠宮一家)はひたすら絶賛、東宮ご一家はバッシングばかり…ということを一緒に行ってきた国民は、いい加減その報道の異様さに気付くべきだと思います。
そして「皇族に悪い人なんかいない!いつも正しいことしかしない!」という考えに凝り固まっている「皇室無謬派」の人々にこそ、「東宮ご一家いじめ」の背景にあるものに目を向けて、冷静に皇室を見てほしいと思うのです。
そして、「両陛下は女帝・女系天皇を望まれている“はず”だ!」と言い放つ人々も、それは完全に「真逆の想像」でしかないことを肝に銘じて、真実を見て下さいと言いたいです。

両陛下こそが東宮ご一家いじめの先頭にいらした。
両陛下は敬宮様を可愛く思っていらっしゃらない。
両陛下は女帝など認めていらっしゃらない。
秋篠宮ご夫妻も両陛下に加担して東宮ご一家を追い詰め、自分たちがのし上がれる隙を狙っている。


これが真実だと私は思います。

あと最後に細かいことですが、「新嘗祭には女性皇族は参加しない」という当たり前のことをテーミスが書いていた部分は良かったと思います。東宮ご一家アンチが盛んに「雅子様が祭祀に出ない云々」と無知を晒してバッシングしていましたからこういう細かい部分も正していくことも重要だと思います。

次回以降は、「秋篠宮ご夫妻第三子の性別に関する茶番劇」ともいえる記事と、「男子=悠仁様が誕生されても皇室の危機は解消されていない」という記事をいくつかご紹介させていただきたいと思います。

両陛下は女性天皇誕生など望まれていません 前編~宮内庁は両陛下のご意向でしか動かない

皇太子殿下の「人格否定ご発言」とそこから導き出される平成皇室の問題点に引き続き、新たに取り上げてみたいテーマは「2006年=悠仁様ご誕生を巡る問題点」です。

秋篠宮ご夫妻の間にできた「第三子=悠仁様」のご誕生前後の時代は、雑誌がこぞってそれにまつわる記事を大量に出していた時でもありました。
どうせ「秋篠宮ご夫妻・紀子様おめでとう!」とか「秋篠宮ご一家と川嶋家の素晴らしさ」とか「男子が生まれて皇室は安泰!」とか「それに比べて東宮家は…」のような類の記事ばかりが量産されていたのだろう、という悪いイメージが私の中にはありました。
しかし、一部には「男子誕生」という事実を、冷静に見つめている記事もいくつか見つけることができました。

当ブログでは、前者の「秋篠宮ご一家バンザイ・皇室はこれで安泰、良かった良かった」的な記事は扱いません。後者の「男子誕生を冷静に見つめるべき」という内容の記事を中心に挙げていきたいと思います。

まず、今回取り上げる「テーミス2004年7月号」は、悠仁様ご誕生よりも前の記事ですが、雅子様が病まれてしまった原因や敬宮愛子様が(両陛下から)大切に思われていないという事実に言及され、そもそも悠仁様ご誕生以前から平成皇室には既に「闇」が存在していたということに触れている内容であり、まず最初にこの記事を取り上げる必要性があると考えました。
長いので前編・後編の2回に分けて書かせていただきたいと思います。

新聞が伝えない「雅子妃騒動」の深層
天皇・皇后は「女帝」を望まれていない
湯浅長官の「秋篠宮に3人目を」発言は天皇陛下の言葉と思っていいというが


◆皇太子さま文書のおかしな点

「まさに宮内庁の思惑通り。これで一件落着ということでしょう。しかし、問題はこれでいっそう深刻化した。お世継ぎ問題にしろ、外国訪問にしろ、根本的な問題はまるで解決されていないからです。これ以上、事なかれ主義、先送りを続けていけば、やがて皇室は消滅する、それほどの危機です
ある皇族関係者はこう警告する。
6月8日、皇太子さまは欧州訪問前の記者会見で「(雅子さまの)キャリアや人格を否定するような動きがあった」と、発言したことに対し、その真意を説明する文書を公表した。しかし、その文書は「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」と、具体的な言及を避けた。
この日、宮内庁の湯浅利夫長官は、東宮御所を訪ね、文書を受け取り、皇太子さまと約40分間話し合ったという。湯浅長官によれば、その後、御所に寄り、天皇皇后両陛下に文書を見せると、天皇陛下は文書については何もいわず、「関係者には苦労をかけた」という言葉があったという。しかし、原因の多くが宮内庁にあるというのに、陛下が宮内庁職員のことを労わったというのはあまりにも都合がよくないか。この文書には、ほかにも疑問点が多い、
皇室ジャーナリストが語る。
「文書はA4判1枚で、湯浅長官の記者会見で配られたが、これが現物だとするとおかしな点がある。まず、文書は『私の、ヨーロッパ3か国への訪問前の記者会見での発言に関して、少し説明したいと思います』でいきなり始まり、タイトルがない。また、最後に日付もなければ、皇太子さまの署名もなかった。文書という限り、一定の様式があるが、誰に対していっているのか、必ずしも明確でない」
外国のメディア関係者はこれを「始末書を書かされた」といった。これはいいすぎだとしても何らかの落とし所を考えた文書だったことはたしかだろう。なぜ、この文書を天皇皇后にところへ持っていってみせる必要があったのか。また、文書にはこうあった。
「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます」
ふつう「…をはじめ」といえば、多くのなかで代表となるものを表し、その後に「…にも」となる。つまり、「社長をはじめ、社員一同…」などといういい方になるはずだ。「天皇皇后両陛下はじめ」の後に来るのは果たして「国民」なのか、「宮内庁職員」なのか、いずれにしても何かが抜けている。
また、文書は「雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています」とあった。しかし、問題の多くは宮内庁に対する“異議申し立て”に始まっており、こんなことで簡単に解決するなら、あえてのあの波紋を広げる会見をやる必要はなかった。
5月10日の皇太子さまの記者会見。それは宮内庁職員にとっては、心臓が止まるほどのショックだった。
宮内庁関係者が証言する。
「皇太子さまの記者会見は午後3時から始まる予定だったが、約30分も遅れた。直前まで皇太子さまと雅子さまのお2人で、記者会見用の原稿を推敲していたのだ。『キャリアや人格を否定する』という強いいい方は、皇太子さまの言葉ではない。皇太子さまが雅子さまを全力で守ろうという強い意思はわかるが、あまりにも雅子さまのペースで事を進めた感は否めない」

◆「綸言汗の如し」の真の意味は

宮内庁関係者は、皇太子さまのあの会見を「綸言汗の如し」と囁き合っている。「綸言」とは天子・天皇の言葉のことで、流れ出た汗が再び体内に戻らないように、一度君主の口から出た言葉は二度と取り消せないということだ。つまり、皇太子さまの記者会見の発言を取り消すことはできないから、発言の真意を文書にして説明しようということだった。
「改めて皇太子殿下から具体的な説明がないと国民も心配してるだろう」
天皇陛下は羽毛田信吾宮内庁次長にこういったとされるが、この言葉こそ宮内庁職員にとっては真の意味での「綸言」だったのである。


皇室に詳しい元新聞記者が説明する。
ワイドショーを見たり、女性週刊誌を読んでいる人たちは『雅子さまがかわいそう』だとか『皇太子は思い切ったことをいった』などと感想を述べているが、あくまで天皇皇后両陛下が中心だということが前提としてある。宮内庁は皇室と国民の橋渡し役であることはたしかだが、まず天皇皇后両陛下のご意向が最優先される。したがって、外国訪問をされる前に、早くお世継ぎを…というのは、宮内庁の方針ではあるが、背後に両陛下のご意向があるのは、ある意味で当然のことなのだ
今回、湯浅宮内庁長官は記者会見で「嫁姑問題などの報道が相次いだことについて、殿下とは」という質問に、「話の端々に出て参りました。事実に基づかない、きちんと取材をしないで報道されたことについて、どう対応したらいいか、私たちは正直、苦慮しています」と答えている。しかし、一連の動きを追っていけば、天皇皇后両陛下と皇太子さま・雅子さまの間に浅からぬ“対立関係”があるのは、明らかだ。それが下世話な嫁姑問題にとどまらず、伝統的な皇室のあり方にまで、影響を与えていることを直視すべきだろう。

そもそも雅子さまがここまで深刻な事態に追い込まれた背景には、どんなことがあったのか。
雅子さまを知る関係者が語る。
「雅子さまは昨年夏ごろから精神的ストレスが高まり、公務を休ませてほしいということを東宮職に申し入れていた。01年12月に愛子さまが誕生されてから雅子さまはできるだけ自分の手で育てようと努力してきた。昨年の5月には“公園デビュー”も果たし、なるべく一般の子どもと同じように遊ばせたいと考えた。それが警備上の理由やマスコミに騒がれるということで取りやめになり、一方で宮内庁は『もっと公務をスケジュールに入れてください』と要望する。その板挟みで、雅子さまは疲労困憊してしまった」

◆「奥大使の死」にショック説!?

雅子さまが倒れる1か月前の11月の公務のスケジュールはびっしりだ。
11月1日、バレーボールワールドカップ。体育館はジャニーズ事務所のタレント目当ての黄色い声援でいっぱい。なぜ皇太子夫妻が観戦しなければいけなかったかと思うくらいで、雅子さまの顔色は生気がなかった。
11月4日、文化勲章受章者茶会。
11月5日、第30回「日本賞」教育番組国際コンクール(NHKホール)。
11月7日~9日、静岡県ご訪問(第3回全国障害者スポーツ大会および地方事情視察)。8日は朝8時に浜松市のホテルを出て袋井市、掛川市など4か所を回り、障害者のソフトボール、フットベースボール、バスケットボール、車椅子バスケットボールなどを観戦。戻ったのは6時ごろで、10時間以上も移動→観戦を続けている。翌9日は浜北市総合体育館で盲人卓球。昼食は町役場にて。このときの雅子さまは笑顔はなく、相当疲れた様子だった。
11月19日、児童養護施設・東京都石神井学園視察。
11月21日、故高円宮憲仁親王喪儀。
両殿下で高円宮邸から豊島岡墓地まで行かれているが、この時も大変疲れた表情を見せていた。
11月22日、第5回「朝日のびのび教育賞」祝賀会(朝日新聞東京本社)。この時、雅子さまが一瞬、貧血を起こし、倒れそうになった。
このあと、11月23日に皇室にとって最も重要な祭儀である新嘗祭神嘉殿の儀があった。女性である雅子さまは当然これには参加されないが、体調を崩された雅子さまを東宮御所に置いて、出ていく皇太子さまはそれこそ後ろ髪を引かれる思いだったのではないか。
翌11月24日第7回アジア・オセアニア国際老年学会議開会式(東京フォーラム)、26日ラトヴィア国立交響楽団演奏会(Bunkamuraオーチャードホール)、27日離任駐日ロシア大使夫妻ご接見、28日離任駐日ノルウェー大使夫妻ご接見、30日学習院OB演奏家など、雅子さまはすべて欠席している。
先の皇族関係者が証言する。
昨年11月には関係者の間から『このままでは雅子さまが潰されてしまう』という話が出ていた。愛子さまについても『笑わない赤ちゃん』(サイレントベビー)といういい方からもっとひどい話までさまざまな噂を流していた関係者がいた。11月29日には、イラクのティクリートで外務省の奥克彦大使が銃撃され殺されたが、この時、雅子さまがちょうど体調を崩し、表に出てこなかった。それで外務省時代につき合いがあったから、彼女はショックで立ち直れないでいる、などという根も葉もない噂も流れていた
奥大使の死については、たしかに皇太子さまも今年2月、オックスフォード大で同時期に学んだことを記者会見で言及していたものだ。天皇皇后両陛下も昨年12月の葬儀の際には予定されていた葉山御用邸でのご静養を取りやめにした経緯もあった。


(後編に続きます)

日本全体を覆う不気味な「忖度」現象~雅子様に対する人格否定問題と同様の事件が…

皇太子妃殿下である雅子様に対する人格否定の動きがあったという問題についてブログ記事を挙げてきましたが、この人格否定問題とかなり重なる部分の多い事件が起きました。
それは横綱・日馬富士による、貴ノ岩への傷害事件です。

この事件は暴力のいきさつや内容、診断書の中身、貴ノ岩の親方である貴乃花と相撲協会の対立など様々な情報が入り乱れており、確定的なことはまだ言えません。
しかし唯一明確に言えることは、「後輩の手本となり品格を伴わなければならない横綱ともあろう力士が、後輩力士に対して殴るなどの暴力をふるった」という事実です。これは日馬富士本人が「殴ったことは間違いない」と認めているためです。日馬富士の暴行は貴ノ岩だけでなく、白鵬や照ノ富士にまで及んでいたという証言もあるようです。

日馬富士の行為は刑事罰に問われる可能性もあることなので、本来なら相撲協会や理事会、マスコミ、識者などが、日馬富士の行いをもっと厳しく問わなければいけないはずです。
ところが相撲協会や理事会は及び腰でとても毅然とした態度をとっているとは言えず、マスコミに至っては日馬富士よりも被害者側の貴ノ岩や貴乃花に非がある、矛盾があると言わんばかりの偏向報道を行う始末。
仮に貴ノ岩の言動に日馬富士を怒らせた原因があったとしても、日馬富士の暴力を容認する理由にはなりません。

私はこの一連の暴力事件の報道を見て、気持ち悪さや不気味さを感じると同時に、「こんなこと前にもあったような気がする」というデジャブに陥りました。
そう、日馬富士の事件は、当ブログで取り上げた「雅子様に対する人格否定問題」と同じ構図なのです。

雅子様に対する人格否定問題で一番問題視しなければいけなかったのは、「雅子様は一体誰からどういう形で人格やキャリアを否定されてきたのか」「雅子様のお心を病ませた元凶は何か」ということであったと今でも思います。しかしこの問題はその点を深く追及されることなく「両陛下に相談もなしにあのようなことを会見でお話した皇太子殿下に非がある」だの、「公務に出られない・海外に行きたがる雅子様が悪い」だの、「秋篠宮様の会見は異例だったがああいうことを言いたくなるお気持ちも理解できる」だの、「公務は受け身・公務は減らせない」だの、問題点が逸らされてばかりで肝心なことは闇に葬られてしまいました。

日馬富士の暴力事件も同じで、一番問題視すべきことは「品格を伴い模範となるべき横綱が、力士に暴力をふるった」という一点に絞られると思います。しかしこの事件も、「殴られるような態度をとった貴ノ岩にも非がある」だの「親方の貴乃花の行動が不可解、なぜ理事会に相談しなかったのか」だの「殴った道具はビール瓶じゃなく素手だ、いやリモコンだ、マイクだ」だの、「診断書の内容にも疑問がある、貴ノ岩は本当は軽いケガなのではないか」だの、「貴ノ岩も(応戦のために)アイスピックを持っていた」だの、一番重視されるべき本質から矛先を逸らしているようにしか見えないのです。
そしてとうとう、「貴ノ岩は仮病じゃないのか?」という暴言まで飛び出たことを知り、ますます雅子様が責められた一件と重なることが多くなりました(雅子様も「仮病」「サボリ」と酷い言葉をぶつけられてきたからです)。

そしてこの両者の問題でほかに共通している点は、
「被害者側は言葉少なく沈黙を守っているのに、加害者側や第三者たちが饒舌に語っている」という所です。

雅子様に対する人格否定問題では、皇太子殿下は2004年の会見以来多くを語ることはなさらず、一番の被害者である雅子様はついに今に至るまで言い訳を全くなさっていません。しかし秋篠宮ご夫妻や両陛下、宮内庁、マスコミ、皇室評論家などの“加害者”と目された方々や部外者などは「両陛下も秋篠宮ご夫妻も悪くない、皇太子ご夫妻に落ち度がある」という感じで言い訳に終始していました。
日馬富士の事件でも、被害者の貴ノ岩は多くを語らず、親方の貴乃花も「警察にお任せした(被害届を出した)」「第三者の判断を仰ぐ」ということ以外は多くを語っていません(ほとんどはマスコミがああだこうだと言っているにすぎません)。
しかし日馬富士は一応貴ノ岩サイドに謝罪はしたものの「ビール瓶は使っていない」「馬乗りはしていない」「引退は避けたい」など言い訳に終始し、同じ宴席にいた白鵬や識者などの第三者がやたらと饒舌に、日馬富士をかばうような言動を繰り返しています。

雅子様や貴ノ岩など、圧倒的な被害者の方が悪し様に言われ、雅子様や貴ノ岩を追い込んだ側の人々がかばわれる構図は、非常に似通っていると思いませんか。

この両者が抱える根本的な問題は、「特定権威(権力)に対する忖度」であると言えるでしょう。
雅子様に対する人格否定問題で守りたかったのは、「皇室=両陛下の名誉と宮内庁の立場」。
日馬富士問題で守りたいものは、「横綱の名誉と相撲協会の立場」。

一番守りたいものが「権威・権力」であるから、その旧態依然とした組織に一石を投じようとした皇太子ご夫妻や貴乃花は、“敵”に見えるのだと思われます。

「とにかく言うことを聞いておとなしくしろ」
「そっちが我慢しろ、耐えろ」
「波風立てるようなことはするな」


こういう忖度が蔓延っている世界では「被害者側に落ち度がある」としなければ、すべての前提が崩壊する恐怖があるのでしょう。そしてこういう忖度が蔓延る組織は、たいていは「必死に隠したいと思う重大な問題を何か抱えている」のが常であるとも思うわけです。

「忖度」という言葉が今年の流行語大賞の候補に挙がったそうですが、今の日本全体を覆っている「権威・権力に対する行き過ぎた忖度」には気味の悪さしか感じず、流行語になることは笑えることではありません。
今年「忖度」という言葉が有名になったのは「モリカケ問題」がきっかけでしたが、実はそれよりももっと深刻な忖度があったのは、今上陛下の生前退位(譲位)問題だと思うのです。
今年は元日早々に「秋篠宮様を皇太子待遇に」という胸糞悪い報道があり、今上陛下の生前退位だけを議論するはずが、いつの間にかどさくさ紛れに秋篠宮様を次代の皇嗣扱いにし、支給される予算も今の3倍にするという「国民置き去り」の法案が成立してしまいました。
実はあれこそが「敬宮愛子様でなく秋篠宮様に皇位を継がせたいと願う今上陛下に対する酷い忖度」であったのだと思います。
今上陛下はご自分の生前退位を利用して、ご自分の目が黒いうちにお気に入りの秋篠宮様に皇統を移したかったというのが本当の所だと私は思うのです。

私が当ブログを始めたのも、秋篠宮様優遇法案の内容に納得いかなかったことが理由でした。

日本の不気味な「忖度現象」は、モリカケ問題に限らず(そもそもこの問題も美智子様の親族や秋篠宮様が関わっていることがバレています。詳細は当ブログの記事「番外編:加計学園問題と皇室の闇」をご参照ください)、雅子様に対する人格否定問題の根源を闇に葬ることから始まり、今上陛下の「本当の意図を隠した」生前退位、秋篠宮様の皇嗣待遇へと続いていることが一番の元凶だと言えるのではないでしょうか。

国民の手本とならなければいけない皇室=両陛下が、ご自分たちに不都合なことを次々に隠そうとし、物事の本質から目を逸らさせ、国民が賛成もしていない秋篠宮様の優遇を勝手に決めてしまうなど、「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者に伴う社会的責任と義務)」の精神からかけ離れたことを行われていることが、今の日本を「息が詰まるような不気味な国」にしていると個人的には思うのです。
「両陛下だってあそこまでやっていらっしゃるのだから、我々下々も同じようなことをやってもいいんだ」と考える国民(権威・権力側にいる者たち)が出てくるのも予想できることです。
今の両陛下はまさに平成日本の象徴であられるのです。もちろん良くない意味で。

芸能事務所と芸能人の扱いなど、ほかにも「忖度」現象が見られる問題は多いです。分野は違えど、今になって同じような問題が一気に噴出したのは、膿を出し切る過渡期でもあるのかもしれません。
現皇太子ご夫妻が次代の天皇皇后両陛下になられる頃には、悪い膿がすべて出た後の、風通しが良く明るい日本になっていてほしいと心から願います。

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 3(完結)

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●雅子様の人格を否定し、雅子様をご病気にさせたものへの考察

秋篠宮様の会見は、東宮ご夫妻に理解も配慮もない最低な内容だったと改めて思います。2年も前の雅子様の会見のご発言をわざわざ引っ張り出してきて、雅子様が病まれた原因をさも「海外公務を多くさせてもらえなかったことへのストレス」に集約させたい意図が見え見えで「雅子様は海外に行けないストレスでワガママを言っているだけ」という印象を与えようとしており、心底腹立たしいです。マスコミもその方向で記事を書こうとしています。
雅子様がご病気になったのは明らかに別の所に大きな理由があるのは確実だと思います。
公務がどうの、海外行きの回数がこうの、という単純な問題でないのは明白でしょう。


やはり一番の原因は、「雅子様に男子(親王)を作ることを強要した」「結婚から数年たってようやくお生まれになった敬宮愛子様の存在を否定された」ことに尽きるのではないでしょうか。同時に、「皇室に嫁いだからには、元外交官とかハーバード卒とかそういうキャリアよりも、まず男子をあげることの方が重要なんだ!」くらいのことを言われていても不思議はありません。
そもそも海外公務を制限されたのも「男子をあげるまでは許しません!」という、“制約”があったからだと言われています。
(※この点も時を改めて記事を検証する必要があると思います)
雅子様は皇太子妃殿下である前に、お一人の女性でもあります。女性に「とにかく男子をあげろ!女子(敬宮様)なんて駄目だ!」という言葉をぶつけるのは何と残酷なことだろうかと思うのです。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」発言からもわかるように、宮内庁・皇室自体が「セクハラ・パワハラ」の温床になってしまっていることがうかがえます。もちろん、長官一人でこのような発言を勝手にできるはずがないですから、両陛下のご意向が入っていると考えるのは間違いではないでしょう。
まさに「雅子様のキャリアや人格を否定するような動き」に合致すると思いませんか。こういう根深い問題から目をそらして、やれ公務だの海外行きの回数だのということに原因を矮小化しようとするのは卑怯だとしか言えません。

秋篠宮ご夫妻だってこういう本当の問題点を知らないはずがないと思うのです。それなのにさも知らないフリをして「東宮家の苦労?皇太子妃殿下のご病気?それが何なのかわからない」とシレッと言うことに怖さを覚えました。

●紀子妃への賛美は的外れではないか?

紀子妃が当時の会見の際におっしゃったことは「(東宮ご夫妻は色々お困りのようだけど)私はきちんとうまくやってきました」ということが言いたかったのだろうと解釈されて、相当多くの国民の怒りを買ったとも言われています。確かにそういう解釈の仕方もできるかと思います。
そして当時の現代記事は、紀子妃の「これも言わないと」「あちらとは規模が…」の発言について、なぜか「東宮家に配慮するように、紀子妃が秋篠宮様をフォローした」という解釈をしていますが、とてもそうは思えません。「私たちの家と東宮家とは規模が違う、あちらは職員も多くて恵まれているのに私たちのところは少ないのよ?それでも私はちゃんとやってきたのだから、ということをちゃんと言ってください」ということを秋篠宮様に促しているように捉えてしまいました。
週刊現代が書いていた「両陛下の前で10分だけ草むしり」の事例からも伺えますが、紀子妃には「あざとい」「したたか」「要領がいい」という印象をどうしても抱いてしまうのです。しかし、世の中にはこういう表面だけ良い顔をする女性に対してコロッと騙される人(特に男性や高齢者)が少なくないんだなと、気が滅入りました。
週間朝日で渡辺みどり氏が「秋篠宮ご夫妻の方が先に結婚して“先輩”なのだから、皇太子ご夫妻に先輩として助言するのは当然」のようなコメントを出していましたが、こんなことは論外で取り上げる価値もありません。たとえ先に結婚しようが男児が生まれようが何だろうが、秋篠宮ご夫妻が東宮ご一家よりも身分が下であることは変わらないのです。身分が下の者が格上の方々に対して“助言”とは、一体どういうことなのか。この点を全く考慮しない意見があまりにも多く理解に苦しみます。皇室の序列というものを分かっていない人たちがしたり顔で皇室について語ることが主流になってしまっていることが、非常に嘆かわしいです。

●「新しい公務」よりも「従来の公務を減らさないこと」が重要なのか?「受け身の公務」の大嘘

公務に関してはまた時を改めてきちんと考察する場を設けたいと思いますが、秋篠宮様が「受け身の公務に徹している」というのは嘘だということが言いたいですね。秋篠宮様ほど、ご自分の趣味や好きなことを「公務」「仕事」にしてもらっている皇族もいないと思います。
秋篠宮様が公務について偉そうに語るのは誠に滑稽ですが、問題は天皇陛下の会見のご発言だと思います。
陛下はこの頃から、「今ある公務は減らせない、変えられない、もしそういうことをするならきちんと相手方に納得してもらわないといけない」とおっしゃり、現在皇室が抱えている公務が何らかの理由で利権と雁字搦めになってしまい、そういう“しがらみ”から今更削減などできないということを匂わせてしまっているのです。
そして皇太子殿下のおっしゃった「公務の見直し・時代に即した新しい公務」についても、内心ではそういうものに反対していることが陛下の会見からは伝わってきます。しきりに「皇太子(殿下)の考える新しい公務とやらが何なのか知らない・聞いていない」と言い張り、最初から歓迎していない印象を受けてしまうのです。
「(削減を含めて)公務を見直し、時代に即した公務の形にしていく」という皇太子殿下のご発言だけが難色を示され、「公務は受け身でしょ」という秋篠宮様の発言や、「公務は減らせない」という陛下のご発言の方が好意的に受け止められる…というのは、明らかにおかしいし不自然に思われます。
「公務の削減・縮小は難しい」という姿勢は、今でも両陛下は崩していません。しかしその一方で、おことばを述べる機会を減らしたり、同じおことばを使い回したり…という点で、さりげなく公務を軽減している場合もあるのです。一体、基準は何なのか?と考えると、やはり、利権やしがらみがあるか否か…という点に行き着いてしまうのです。

●マスコミが本当にやるべきこととは―雅子様への理解の不足、秋篠宮様への批判の少なさ

当時の雑誌記事を振り返って、宮内庁やマスコミ、そして両陛下や秋篠宮ご夫妻が、雅子様のご病気に対する理解があまりにも無いことに愕然とします。今でこそメンタルの病気というものがクローズアップされてきてはいますが、それでもまだ理解が十分とは言えない状況です。今は亡き皇室医務官の金沢医師でさえ、雅子様のご病気に対する理解が全くなく、雅子様を批判するようなことを自ら率先して言っていたくらいです。
特に美智子様は、色々なご病気や流産を乗り越えてきた点では雅子様と似ている過去をお持ちなのです。それなのに美智子様はあまり雅子様に寄り添っているように見えません。口では雅子様にお優しい言葉をかけてはいても、宮内庁をかばってみたり、秋篠宮ご夫妻のあの会見を阻止しなかったりと、どことなく冷たい印象を受けてしまいます。
せめて当時のマスコミが、雅子様の置かれているお立場にもっと理解を示し、秋篠宮ご夫妻の会見にもっと苦言を呈する動きを見せていたら…と思うと、無念でなりません。

2004年の一連の出来事は、実は今でも皇室に影を落としていると私は思います。どんなに雅子様に対する「人格否定の動き」を「無かったこと」として闇に葬ろうとしても、雅子様が苦悩されているお姿を覚えている国民からすれば、あの一件を「無かったこと」にすることなど到底無理なのです。
マスコミは今からでも遅くはありません。雅子様が当時どのような形で「人格やキャリアを否定されてきたのか」を、もう一度きちんと検証してほしいと願います。
そしてその主体は誰だったのか、それが今でも東宮ご一家を苦しめているのではないか、ということを追求することも、ジャーナリストたちの重要な仕事ではないのでしょうか?と強く思うのです。
(終わり)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 2

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●そもそも「人格否定」の主体は誰なのか?

これまで「(両)陛下への事前相談の上での会見の是非」について述べてきましたが、実はこれら一連の問題の本質はそこではないと思うのです。このようなことよりももっと本質的な問題に目を向ける必要があります。

平成16年のご会見の際、皇太子殿下は、ご自分が発する言葉の重さと、雅子様の身に起きていることを国民に知らせて雅子様をお守りしたいというお気持ちとのバランスを取って、敢えて主語をぼかした形で「雅子(様)の人格・キャリアを否定する“動きがあった”」という表現をされたのだと思います。
一部の雑誌も触れていましたが、この後に「雅子様の人格を否定した奴は一体誰なのか?」という形で“犯人捜し”が行なわれたことは、皇太子殿下が主体を特定されなかった以上、想定の範囲内のことでしょう。当時皇室にあまり深入りする余裕がなかった私は漠然と「やはり宮内庁かなあ?あるいはマスコミかな?」と単純に感じていました。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」という公開セクハラ発言を見ても、宮内庁にはそういう素地があると思わざるを得ません。
そしてその後の秋篠宮ご夫妻の会見で、皇太子殿下への批判(苦言)を含んだ内容が宮内庁職員からウケが良かった(?)ことも週刊現代が触れていましたが、宮内庁自身にも疚しいことがあったからこそ「秋篠宮様よ、よくぞ言ってくれた!」のような恥ずべき言動につながったのではないかと思います。自分たちのやってきたことを棚に上げて秋篠宮様の肩を持つとは何ともお粗末で愚かしい。秋篠宮様の会見に拍手喝采を送る前にやるべきことは、皇太子ご夫妻をここまで追い詰めた環境が作られたことへの反省ではないのか?と強く思うわけです。

しかし実は、秋篠宮様ご自身は会見の中で宮内庁が“犯人”だと決めつけているわけではありません。もちろん宮内庁にも非があることはもちろんなのですが、秋篠宮様はそこは明らかにはしていません。むしろ、雅子様の人格否定を行った主体に触れるよりも「雅子様や東宮家の苦労とは何なのか分からない」とすっとぼけてみせました。

実は「雅子様の人格を否定したのは宮内庁なのだ」という方向に国民を誘導しようとした方は、美智子様であったのです。
美智子様の当時のお誕生日会見は、一見すると雅子様に対して思いやりのお気持ちを見せているように拝見できますが…美智子様は同時に宮内庁のことも庇っているのです。
もう一度言いますが、皇太子殿下は5月の会見では「雅子様の人格を否定した人物」の主体を一切明らかにしていませんでした。「人格否定の“動きがある”」としかおっしゃっていません。これは皇太子殿下による「誰か特定の人の批判につながってはいけない」というお気遣いから来た、絶妙な言い回しだったと感じるのです。
それなのに美智子様はなぜか「誹られたのは宮内庁である」と決めつけているように見えてしまうのです。
皇太子殿下が「誰か特定の人への批判につながってはいけない」とお考えになってあのような言い回しをなさったのに、美智子様は「宮内庁は悪くないわよ」と言ってしまったということです。これは宮内庁を庇っているように見えて、実は「え?やっぱり悪いのは宮内庁なの?」という感じで国民をキョトンとさせてしまうのです。
本当は宮内庁のほかに、もっと悪い人物がいたのかもしれない。雅子様の人格を否定した本当の黒幕は宮内庁とは限らないのではないか…この疑惑から、何と美智子様が自ら目を逸らさせるようなことをなさいました。しかし同時に、それでかえって一層「悪いのは宮内庁だけではないのでは?もしかしたら…」という疑惑を国民に植え付けることにもなりました。
雑誌記事は、秋篠宮ご夫妻の会見の前に行われたこの美智子様の会見を取り上げていませんが、一番取り上げて検証しなければいけなかったのは美智子様のこのご発言だったと思えてなりません。宮内庁職員はこの美智子様の会見を聞いて「よく言ってくださった!」とは思わなかったのでしょうか?宮内庁の本音が聞きたいものです。

一方で、天皇陛下ご自身は意外な方向でお誕生日会見を行われました。
「皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた」
「私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべき」

驚いたことに、実は今上陛下は「皇太子(殿下)の会見は私と美智子(様)に向けられたもの」という余地を認めていらっしゃったのです。
「皇太子殿下の批判はあくまでも宮内庁に向けられたもの」とすり替えを行おうとした美智子様に比べると、陛下はまだ潔いように思われます。
(それでも皇太子ご夫妻に対する冷たさを感じさせる会見には違いないのですが。)

結論を言えば、「雅子様の人格やキャリアを否定した黒幕的存在」とは、私は両陛下ではないかと考えています。もちろん、秋篠宮ご夫妻や宮内庁も人格否定の主体であることは間違いないでしょうが、一番大きな主体はやはり両陛下であったと思わざるをえません。
美智子様はその点が国民にバレることをとにかく恐れ、陛下は半ば「そういう事実はあった」ということを認めつつあるが、それでも事態を大きくしたくないために弁明はなさらなかった…ということなのでしょうか。

●論点をすり替えようとしているマスコミ

雅子様の人格を否定していたのが宮内庁や秋篠宮ご夫妻“だけ”であり、両陛下はそのようなことには加担していないのであれば、雅子様があそこまで病むこともなかったであろうし、皇太子殿下もあのような重いことを(両陛下に相談なく)ご会見でお話しするようなこともなかったであろうと思うのです。

一連の流れを推測すると、

両陛下が雅子様の人格を否定する側にいらしたからこそ、皇太子殿下は両陛下に事前にご相談することなく(誰にも相談できるような環境になく)会見でお話された。
皇太子殿下のご会見は、両陛下からすれば当然「唐突にあのようなことを言うなんて。我々が“犯人”だと思われたらどうするのか、国民はこの状況をどう感じるだろうか」と慌てふためく理由になる。
国民からは「悪いのは宮内庁、マスコミ、いやもしかしたら両陛下や秋篠宮ご夫妻も?」という疑惑が当然持ち上がる。同時に、皇太子ご夫妻への同情や共感が国民の間に広がっていく。
両陛下や秋篠宮ご夫妻の意思を汲んだ宮内庁は、東宮ご夫妻に同情が広がっていること、そして両陛下らに批判が向いていることの“軌道修正”をしなければいけないと焦った。
美智子様は先手を打って「悪いのは宮内庁、でも私は宮内庁をかばうフリをして理解ある皇后になり切ります」というご会見。
秋篠宮ご夫妻も両陛下と同じように雅子様の人格を否定することに加担していたので「兄貴め、余計なことを言いやがって」とばかりに前代未聞の皇太子殿下批判(逆ギレ)会見をすることになった。そしてさりげなく、「皇太子妃殿下が海外に行けないとかなんとか言ってて…」「公務は受け身でないと~」「何に苦労しているのかさっぱり」と、まるで雅子様が悪いような印象操作を行う。
雅子様を否定する側に立っていた(つまり両陛下のイエスマンに成り下がっていた)宮内庁は、当然秋篠宮様の会見の肩を持つに決まっている。
マスコミも薄々「両陛下と秋篠宮ご夫妻が東宮ご夫妻を孤立させているのだろう」と気付きつつも、両陛下を批判する記事は絶対に書けないので「秋篠宮様の行動は異例すぎて前代未聞だが、言いたいこともわかる」というような論調に終始する。
そして最後に陛下が「私と美智子に批判が向けられたことも知っているが、弁明はしないことにした」と会見で仰り、この一件はフェードアウトとなった…。


当時の雑誌記事を見返せば見返すほど、こういう構造が透けて見えてくるのです。

平成16年前後に起きた問題で一番重視すべきだったのは

〇雅子様のご病気の最大の原因は何なのか・雅子様を精神的に追い詰めたのは一体何か
〇雅子様は具体的にどのような形で人格やキャリアを否定され続けてきたのか
〇皇太子ご夫妻を孤立化させようとしているものは何なのか


ということであろうと思うのに、その点に深く踏み込んだメディアは皆無なのではないでしょうか?
むしろメディアは、

〇両陛下に相談もなくあのような会見を行った皇太子殿下に問題がある
〇秋篠宮様の会見には驚いたが言いたいことも理解できる
〇公務に出られない(その理由を明らかにしない)雅子様が悪い
〇海外に行きたがっている雅子様が悪い
〇雅子様が早く回復して公務に出られるようになれば解決することだ

という論点に終始して、一番重要な問題から目を背けているようにしか見えません。

(続きます)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 1

※今回は雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

当ブログでは何回かに分けて、「2004年の出来事」を振り返ってきました。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

●2004年当時の率直な感想

2004年当時、私は皇室にそこまで関心を抱く時間的・精神的余裕がなく、皇族方のご発言や行動についてあまり深入りすることはありませんでした。
しかしそのような私でも、皇太子殿下の「雅子の人格を否定する動きがあったのは事実です」というご発言を聞いて、雅子様が過酷な環境に置かれていること、そして皇太子殿下はその状況を見かねてここまで仰るに至ったのだろうと感じ、皇室の中で異変が起きていることが分かりました。もちろん、皇太子殿下の上記ご発言に批判的な気持ちになることはなく、ここまで仰るからにはよほどのことがあったのだろうと、皇太子ご夫妻に同情する気持ちになりました。
しかし先述のように私は当時あまり余裕がなく、「雅子様の人格を否定する動き」とは具体的には何だったのか?ということには深入りできずに時が流れました。

そしてその後の美智子様のお誕生日会見の内容もあまり知ることなく、その次の秋篠宮様のお誕生日会見を迎えることになったわけですが、「秋篠宮ご夫妻が何やら皇太子ご夫妻を批判するようなことを仰った」ということを知った時、皇室に深入りしていなかった私でもさすがに秋篠宮ご夫妻のご発言には呆れ、怒りを感じました。「秋篠宮ご夫妻はしょせん次男夫婦であり、皇太子ご夫妻のような重圧やプレッシャーが何もない。お気楽な立場で皇太子ご夫妻のお立場もよく知らないで、よくもまあこんな批判ができるものだ」と感じたことを強く覚えています。
私は当時週刊誌もワイドショーもほとんど見ませんでしたが、当時、私のように秋篠宮ご夫妻に批判的な気持ちになった国民の方が多かったのではないでしょうか。週刊朝日が記事の冒頭で秋篠宮ご夫妻に怒りを感じた35歳女性の声を取り上げていましたが、あの女性と同じような気持ちになった国民の方が圧倒的に多かったのではないかと感じるのです。

●秋篠宮様ご自身は、両陛下と皇太子殿下への「事前相談」をなさったのか?

しかし2017年の今になって当時の雑誌記事を詳細に振り返ってみると、確かに秋篠宮様の会見での発言に苦言を呈するような内容も含まれてはいるものの、「しかし秋篠宮様の仰っていることも理解できる」と結論付けられているパターンが多い点に驚き呆れました。

当時の雑誌は、皇太子殿下が天皇陛下(もしくは両陛下)のご意向を聞かないまま「人格否定発言」を行ってしまったことについて「なぜ(両)陛下に相談のないままあのようなことを仰ったのか?」ということを問題視していました。
しかし上記の件が問題視されるなら、秋篠宮様が皇太子殿下に何も相談なく皇太子殿下を公の会見の場で批判したことは良いのか?という疑問が湧くわけです。「両陛下には事前に相談しなければいけない。しかし、皇太子ご夫妻には相談せずに勝手に会見で話しても良い」という理屈は通らないと思うのです。理由は一つ、秋篠宮様にとっては両陛下だけでなく、皇太子ご夫妻も「目上の方々」であるからです。しかしどの雑誌も、なぜかその点についてはまったく問題視していませんでした。
秋篠宮様が「事前に相談すべき相手」とは両陛下のことだけであって、自分よりお立場が上の皇太子ご夫妻は含まれていないのか?という疑問に答えている雑誌はありませんでした。

また、秋篠宮様のあの会見こそ、そもそも両陛下に相談してから行ったものなのか?という疑問も当然湧いてきます。
もし仮に秋篠宮様が両陛下に事前に相談もなくあの皇太子殿下批判会見を行ったのであれば「自分のことは棚に上げて何言ってるんだ」という批判が成り立ちます。
また、もし秋篠宮様が両陛下に事前に相談した上であの会見を行った場合、両陛下が「いや、公の場で皇太子の批判はしてはいけない。私たちは反対する」と仰っていたのに秋篠宮様があの会見を強行したのなら、秋篠宮様も両陛下の賛同を得ないまま勝手にあの会見を行ったことになるでしょう(※週刊現代に「陛下はあの秋篠宮様の会見をご覧になり、苦笑された」という一文がありましたが、もしかしたら陛下はあの秋篠宮様の会見を事前に了承していなかった可能性も少しはあるように感じます)。
もし両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出したのであれば、秋篠宮様の皇太子殿下批判は、両陛下のお墨付きということになります。

複数の雑誌が「あの秋篠宮様のご発言は、両陛下の意図を汲んだもの(両陛下のお気持ちを代弁したもの)」という見方をしていましたが、マスコミは三番目の視点―両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出した―に立っているからにほかなりません。秋篠宮様ご自身が「両陛下に相談してから会見に臨むべきだった」と皇太子殿下を批判するくらいですから、秋篠宮様が事前に両陛下に相談した上であの誕生日会見を行ったと見るのが自然ですしね。

そうすると、秋篠宮様のみならず両陛下も「公の場で皇太子殿下(と雅子様)を批判することに賛同した」という結果になりますが、マスコミはなぜかこのような異例の恥ずかしいことを許した両陛下については全く批判的なことを書いていません。「両陛下はなぜあのようなことを許したのか」と苦言を呈する記事がもっと出てもよかったはずなのに、両陛下への批判はタブーなのか出てきませんでした。
「秋篠宮様の仰ることもよくわかる」だの「秋篠宮様は両陛下のお気持ちを代弁しただけ」だの、両陛下と秋篠宮様のお振舞いを擁護するような方向に話を持っていこうとしている印象を受けました。
皇太子殿下はあくまでも「人格否定」をした人物(主語)を明らかにしないで会見を行いましたが、秋篠宮様は明確に皇太子殿下に向けて批判を行っています。この点でも、秋篠宮様の方がよりいっそう批判を受けるべきだと思うのです。

●そもそも「両陛下への事前相談」とやらは本当にしなければいけないことなのか?

しかしそもそも、皇太子ご夫妻も秋篠宮ご夫妻も既に両陛下とは別にご家庭を設けている、自立した大人たちです。確かに皇太子ご一家は両陛下と同じ内廷皇族であり、同じ「天皇家」ではあります。しかし、いつまでも「何かなさる度にその都度両陛下にご相談するのが筋」ということが果たして当てはまるのかどうか。
(※この点は天皇陛下が「東宮家は独立した一つの職」とお誕生日会見で仰っていました。)
一方で秋篠宮ご一家は、内廷皇族とは生計を別にする、完全に独立した家庭という扱いです。そのような方々が「両陛下のご意見を聞くべき」「すべて両陛下に相談すべき」としゃしゃり出てくるのも、何か違うような気がしてなりません。「秋篠宮家」という完全に独立した宮家を有している「外廷皇族」である方々がズカズカと天皇家=内廷皇族の中に入り込んで、「兄貴はちゃんと天皇皇后の意見を聞くべき!事前に相談しなきゃだめだぞ!」のように言ってくるのは僭越すぎますし、余計なお世話としか言いようがありません。外廷皇族の次男夫婦が首を突っ込んでくる場面ではないのです。私はどうしても秋篠宮ご夫妻の言動には違和感を覚えずにはいられません。しかし、やはりどの雑誌もこの点については触れていませんでした。

秋篠宮家や川嶋家と懇意の江森氏が『秋篠宮さま』という本の中で秋篠宮様の肉声を掲載していましたが、その時から私は秋篠宮様が意外にも「ご両親にベッタリ」な言動が多いことに違和感を抱いていました。両陛下も秋篠宮様も、お互いに「子離れ・親離れ」ができていないという印象があるのです。その点、皇太子殿下はしっかりとご両親から自立して、ご自分の判断で雅子様を守っていこうという姿勢が見られました。
「ご両親にベッタリ」な秋篠宮様を「両陛下と仲睦まじい」と見て、一方でしっかりと自立した皇太子殿下を「ご両親とうまくいっていない」と見る国民もいるのかもしれません。しかし私自身は、秋篠宮様と両陛下の関係性が必ずしも健全なものには見えないのです。
(続きます)

平成16年の皇室のご会見を振り返る~両陛下のご会見編、そして雅子様の平成14年ご会見

前回記事から少し間が空いてしまい申し訳ございません。

これまで、平成16年の皇太子殿下と秋篠宮ご夫妻の会見内容を巡る雑誌記事を3誌ほどご紹介させていただきましたが、秋篠宮ご夫妻の会見の前に、実は美智子皇后陛下のお誕生日会見がありました。そして秋篠宮ご夫妻の会見の後には、天皇陛下のお誕生日会見がありました。
今回はその二つのご会見を改めて振り返るとともに、平成14年に行われた皇太子ご夫妻のご会見のうち、雅子様が話された箇所も併せて抜粋させていただきたいと思います。

皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。宮内庁の人々にも心労をかけました。庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,力となってくれることを望んでいます。宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。
(引用終わり)


天皇陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
一昨年のニュージーランド,オーストラリア訪問のころは,非常に元気で,喜ばしいことに思っていましたが,その後公務と育児の両立に苦しんでいるということで心配していました。疲れやすく,昨年の5月ごろからこちらへの訪問がほとんどなくなり,公務を少なくするようになった時も,何よりも体の回復が大切だと考えていました。
このような状態の中で,今年5月皇太子の発言がありました。私としても初めて聞く内容で大変驚き,「動き」という重い言葉を伴った発言であったため,国民への説明を求めましたが,その説明により,皇太子妃が公務と育児の両立だけではない,様々な問題を抱えていたことが明らかにされました。私も皇后も,相談を受ければいつでも力になりたいと思いつつ,東宮職という独立した一つの職を持っている皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが,これらの様々な問題に,気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念なことでした。
質問にある私の意思表示のもう1回は,皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた時でした。事実に基づかない様々な言論に接するのは苦しいことでしたが,家族内のことがほとんどであり,私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべきと判断し,その旨宮内庁に伝えました。
皇太子の発言の内容については,その後,何回か皇太子からも話を聞いたのですが,まだ私に十分に理解しきれぬところがあり,こうした段階での細かい言及は控えたいと思います。
2人の公務についても,5月の発言以来,様々に論じられてきました。秋篠宮の「公務は受け身のもの」という発言と皇太子の「時代に即した新しい公務」とは,必ずしも対極的なものとは思いません。新たな公務も,そこに個人の希望や関心がなくては本当の意義を持ち得ないし,また,同時に,与えられた公務を真摯に果たしていく中から,新たに生まれてくる公務もあることを,私どもは結婚後の長い年月の間に,経験してきたからです。
皇太子が希望する新しい公務がどのようなものであるか,まだわかりませんが,それを始めるに当たっては,皇太子妃の体調も十分に考慮した上で,その継続性や従来の公務との関係もよく勘案していくよう願っています。従来の公務を縮小する場合には,時期的な問題や要請した側への配慮を検討し,無責任でない形で行わなければなりません。「時代に即した公務」が具体的にどのようなものを指すかを示し,少なくともその方向性を指示して,周囲の協力を得ていくことが大切だと思います。2人が今持つ希望を率直に伝えてくれることによって,それが実現に向かい,2人の生活に安定と明るさがもたらされることを願っています。
(引用終わり)


ニュージーランド・オーストラリアご訪問に際し(平成14年)

(引用開始)
…今回公式の訪問としては8年ぶりということになりまして,ニュージーランドとオーストラリアを訪問させていただくことができることになり,大変うれしくまた楽しみにしております。中東の諸国を訪問いたしました折のことは今でもとても懐かしく本当にいい経験をさせていただいて,その時の思い出は今でも皇太子さまとよく話題にしたりしておりますけれども,その後8年間ということで,そのうち最近の2年間は私の妊娠そして出産,子育てということで最近の2年は過ぎておりますけれども,それ以前の6年間,正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます。今回,昨年子供の愛子が誕生いたしまして,今年,関係者の尽力によりまして,ニュージーランドとオーストラリアという2か国を訪問させていただくことができることになりましたことを本当に有り難いことと思っております。
(引用終わり)


この3つの会見についても、ここで私の個人的なコメントを付けることは控えたいと思います。

次回は、これら皇族方のご会見内容や雑誌記事の内容を踏まえた上で、私個人が考えたこと・感じたことを述べさせていただきたいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊朝日記事

今回は、秋篠宮様の問題会見を取り扱った3つ目の記事として、週刊朝日 2004年12月17日号をご紹介したいと思います。

秋篠宮さま発言 裏に「あの出来事」
39歳誕生日会見 兄・皇太子ご夫妻へ異例の“苦言”


「記者会見という場所において発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして…」
兄の皇太子さまが今年5月に放った「人格否定発言」に対し、“苦言”を呈した秋篠宮文仁さま。その「真意」をめぐり、兄弟間の“確執”さえ取りざたされている。いったいその背景に何があったのだろうか。

まずは、編集部に届いた読者(35歳、女性)からのメールを紹介したい。
「秋篠宮さまの記者会見にショックを受けました。なぜ今更あのような発言をされたのでしょうか?これまで皇太子ご夫妻は苦しみ悲しみの中を歩んでばかりです。ご病気のことは秋篠宮さまは何一つご存知ないのでしょうか」

11月30日に公表された秋篠宮文仁さま39歳の誕生日会見。兄の皇太子さまが5月に発した異例の「人格否定発言」に対し、「(略)」といった“苦言”ともとれるコメントを発したのだった。
冒頭の女性のように、
「なぜいま、あんなことを」
と感じた人は多いのではないだろうか。

が、天皇陛下のご学友で元共同通信記者の橋本明さんは、
「僕はごく自然な流れの中から発せられたものだと受け止めました」

本誌も、皇太子さまと天皇ご一家や側近とのあいだに距離があるのではないかと幾度か指摘してきた。それをもっとも懸念していたのは、天皇ご夫妻、秋篠宮さまといった親きょうだいだったというわけだ。ここで天皇家の人々の言動をおさらいし、その「流れ」を整理してみよう。
今年5月10日、欧州訪問を前にした記者会見で皇太子さまは、静養中の皇太子妃雅子さまをめぐり「人格を否定する動きがあったことも事実」と発言し、「真意」を明かさぬまま約2週間の旅へ。国内ではメディアを挙げての「犯人捜し」が始まる。
真っ先にやり玉に挙がったのが、「秋篠宮さまの第3子を強く希望する」と発言した湯浅利夫宮内庁長官だ。

この騒ぎを受け、天皇ご夫妻は宮内庁を通じ、「心配している国民のため、改めて具体的な説明を」と渡航中の皇太子さまにメッセージを。
しかし皇太子さまは帰国後も沈黙を続け、2週間たってようやく説明文書を出した。しかし「人格を否定する動き」については「今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」としたため、「嫁姑問題」などの憶測を交えた報道がますます過熱。

それに対し、天皇ご夫妻は、こんな意向を示す。
報道の多くが家族の中の問題に関する憶測ならば、一つ一つに釈明することが国のためになるとは思われない。宮内庁がその弁明のために労を費やすことは望まず、今は沈黙を守ってもらって構わない―。

その間、雅子さまの病名は明らかにならず、病状についても憶測は募る。7月になって、「治療の一環」として皇太子さまとテニスをしたり、ご進講を受けたりといった回復も伝えられるようになり、ようやく「適応障害」という病名が発表された。
その後、雅子さまは9月4日に4カ月ぶりに東宮御所から外出、皇太子さまとともに御所の天皇ご夫妻と面会した。湯浅長官も、「今ままでよりも回復の兆候がはっきりしてきたと思う」。24日には愛子さまと楽しげに踊るビデオ映像も公開され、ご一家は静養のため那須の御用地へ。10月20日には皇后美智子さまの古希を祝う内輪の夕食会に出席。祖父母のお見舞いを兼ねて小和田家へ里帰りするなど、「治療の一環」としての私的なお出かけも交じるようになった。
「人格否定発言」が国民の記憶から薄れつつある中での秋篠宮発言だった。

静岡福祉大学教授で元共同通信記者の高橋紘さんは語る。
あれは直接、お兄さまに言えばいいことではなかったでしょうか。皇族は一丸となって陛下を支えていかなくてはならないのに、不協和音があるかのような印象を国民に与えたのは残念です。ただ、秋篠宮さまが言っていることは正論だと僕は思います」
こんな意見もある。首都圏に住む70歳の女性。
「秋篠宮さまはよくおっしゃったと私は思います。最近の皇太子ご夫妻には首を傾げることが多かったので」
彼女が言うには、
「古希を迎えた天皇ご夫妻が新潟地震の被災地を訪ね歩いているのに、同じころ、壮年の皇太子ご夫妻は御料牧場にご静養に行かれましたよね。雅子さまは母方のお祖母さまの弔問にも足を運ばれていましたが、悲しみを被災した人たちと分かち合うという姿勢があったらよかったのに」
11月に入ってからの天皇ご夫妻と皇太子ご夫妻の動きを追ってみると…。
両陛下は11月6日、長岡市と小千谷市と川口町の避難所を訪問。体育館では膝を折り一人ひとりの手を握って励ました。そのころ皇太子ご一家は栃木県の御料牧場で静養中。
そして東京に戻った雅子さまは悲しい出来事に遭遇する。19日未明、実家の小和田家と同じ敷地内に住み、縁の深かった祖母・江頭寿々子さんが亡くなったのだ。その夜のうちに雅子さまは一人で江頭邸を訪れ、寿々子さんと対面した。翌20日午前にはご一家で江頭家を弔問。21日の葬儀にはご夫妻で参列した。この間、皇太子さまの公務日程は空白になっている。付け加えれば、雅子さまは2000年7月に行われた香淳皇后の「斂葬の儀」や葬儀関連行事を「疲れ」を理由に欠席した。
雅子さまが静養に入って1年。体調が上向きになってきたのは喜ばしいことだが、プライベート優先という印象を持つ国民もいるかもしれない。
秋篠宮さまの会見が行われたのは、寿々子さんの葬儀の4日後にあたる25日。ひょっとすると、この“苦言”は天皇ご夫妻の意を汲み、国民へ向けて皇室全体の姿勢を示したものなのかもしれない。

もっとも橋本明さんによれば、秋篠宮さまの今回の発言は“苦言”といえるほどのものではないという。
「秋篠宮さまは皇太子さまを批判しているのではなく、ただ5月の発言に『驚いた』と素直に言っているだけです。また雅子さまについても『早い回復を祈る』としか言っていません」
ただ、「強いていえば」と橋本さんが付け加えたのが、秋篠宮紀子さまの言葉だ。
「雅子さまと紀子さまを比べてしまう国民もいるかもしれない」というのだ。
雅子さまが訴えたとされる皇室での生活に伴う「苦労」があったかとの質問に、秋篠宮さまは、東宮御所と秋篠宮家を比べるのは無理があるとしながらも「どうでしょうね」と、隣の紀子さまにふった。
それを受け、紀子さまは「不安や戸惑いなどもございましたが、その都度人々に支えられ、試行錯誤をしながら経験を積み、一つ一つを務めてまいりました」と語り、両陛下や秋篠宮さまへの感謝を述べたのだ。

◆“苦言”などと騒ぐことではない

文化女子大学教授の渡辺みどりさんも言う。
「弟が兄に“苦言”を呈したなどと騒ぐほどのことでしょうか。秋篠宮さまは結婚も父になったのも皇太子さまより先。先輩として助言するのは当然でしょう」
公務を「かなり受け身」としたくだりも、
「秋篠宮さまは全く選択権がないと言っているわけではないのです。オファーがあった中から自分で意義があると判断したものを受ければいい、としているのですから。『見直しを』などと公に訴えずに、だまって見直せばよいのです。天皇ご夫妻もそうしてきたのです」(高橋紘さん)
陛下は、皇太子時代から「皇室は伝統的に受動的なもの」と言う一方で「ロボットであってはいけない」と、時代に沿った皇室の在り方を美智子さまとともに模索。身障者スポーツ振興に積極的にかかわるなど、昭和天皇の時代にはなかった公務を見いだしてきた。
いまの若い女性皇族がたも、紀子さまが手話を、紀宮清子さまが盲導犬の訓練を学び…といったなかで、新しい公務を開拓している。
「皇室にあっても『受け身の自己実現』はできるのです」
と、渡辺みどりさん。
もとより思慮深い皇太子ご夫妻のことだ。弟宮の言葉をしっかりと受け止め、これからの皇太子、皇太子妃の在り方を考えていくことだろう。
(本誌・高橋淳子)

(記事終わり)

これまで、週刊現代、週刊新潮、週刊朝日の3つの記事のご紹介をしてきました。
次回以降は、秋篠宮様会見の前に行われた美智子皇后陛下のお誕生日会見文や、同年年末の天皇陛下のお誕生日会見、海外行きを制限されていた雅子様の苦悩が表れた会見文の抜粋、そしてこれら会見や雑誌記事を踏まえての私自身の考え方・感じ方などを順次書いていきたいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊新潮記事

2004年の秋篠宮ご夫妻の会見につき、当時の週刊新潮も記事にしていました。
今回はその記事をご紹介したいと思います。

☆参考までに
平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編
平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

週刊新潮 2004年12月9日号
特集「皇太子ご夫妻」を批判された「秋篠宮」発言の大波紋


「5月の発言について,私も少なからず驚いたわけですけれども,陛下も非常に驚かれたと聞いております。(中略)少なくとも記者会見という場所において発言する前に,せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは私としては残念に思います」

雅子妃殿下が静養されてから1年が経とうとしている。そんな中、遂に身内から皇太子ご夫妻に対する批判が飛び出した。「残念に思います」―。秋篠宮殿下の誕生日会見。物議を醸した皇太子殿下の「人格否定」会見について、秋篠宮殿下がこう話された時、その場にいた記者達は思わず顔を見合わせた。この発言が目下、大波紋を投げかけているのだ。

皇室にまたもや激震が走っている。11月30日の報道でご承知の通り、39歳の誕生日を迎えた秋篠宮殿下が記者会見に応じられた。そこで今年5月、皇太子殿下が「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と話されたことについて、前記のように発言。このご批判が関係者に与えた衝撃は凄まじかった。
ここまで言われるのか、と正直、驚いた。これまで秋篠宮さまの誕生日会見は2、3段の小さな扱いでしたが、今回は大きくせざるを得ませんでした。“人格否定”会見を行った皇太子殿下と今もなお静養を続けられる雅子妃殿下に対し、初めて皇室の中から、公式の場で、異を唱える声が出たのですから、当然です」(全国紙社会部デスク)
皇太子殿下への発言はこれだけではなかった。その発言の全容を紹介する前に、まずこの誕生日会見のシステムについて説明しておこう。30日のお誕生日に備え、今回、内々に記者会見が行われたのは11月25日。赤坂御用地内の秋篠宮邸に各メディアの宮内庁担当記者らが集まった。
今年は事前に5つの質問がペーパーにまとめられ、2週間ほど前に宮内庁を通じて秋篠宮殿下に渡されていた。これをもとに殿下が記者達に答えられる形になる。また、これとは別にその場で関連質問が3つ行われ、これには殿下がアドリブで答えられた。5つの質問の概要は次の通り。
① <来年ご結婚15年を迎えられます。振り返っての感想をお聞かせください>
② <皇太子妃殿下は長期静養中で、5月の皇太子殿下の発言をきっかけに、皇室を巡る様々な報道がなされました。一連のことをどのように受け止められたか。皇太子殿下は「東宮御所での生活の成り立ちに伴う苦労があったと思う」と述べられましたが、両殿下はそうした経験がおありでしょうか>
③ (略)
④ <お子様の眞子さま、佳子さまのご成長ぶりについて、お聞かせください>
⑤ <この1年を振り返り、ご公務など、印象に残ったことをお聞かせください>
実はこの会見でメディア側が一番聞きたかったのは、紀宮さまのご婚約内定についてである。なにしろ、お相手の黒田慶樹さん(39)は秋篠宮殿下の学習院初等科からのご学友。お2人の間をとりもつ愛のキューピッド役を果たしたのが殿下だったからだ。
そこで記者達は関連質問でこれを訪ね、紀宮さまと黒田さんがどういうお付き合いで親睦を深められたのか、答を引き出そうとした。が、その前に、予期せぬハプニングが起こったわけだ。
「居合わせた記者達は皆、内心、“アチャー、仰ってしまわれたよ”と当惑したんです。思わず顔を見合わせる者もいました」
と、語るのは取材にあたった宮内庁担当記者。
「補足すると、最初に天皇陛下とのコミュニケーションの大切さを話されたんです。昨年の会見でも、“陛下を支えるために、円滑な意思疎通が重要である”旨、お話になられています。で、これを受け、皇太子殿下の方も今年2月の誕生日会見で、“当然のことです”と賛意を示された。それを前提に、秋篠宮殿下は“ならば、陛下とまず話をするべきなのに、どうして記者会見でいきなりあんなことを言い出したのか”と、苦言を呈したのです」

◆「自分のための公務」を否定

秋篠宮殿下の発言は次のように続いた。
(中略)
皇太子殿下の真意を探るべく、直接、問いただされた事実を明かされたのである。しかも、その答を披露される際の口調は明らかに否定的なトーンだった。
秋篠宮殿下の皇太子殿下に対する苦言はこれだけにとどまらなかった。後の関連質問の中で、記者が、
「皇太子さまが今後、宮内庁と共に、次代と共に変わる公務の在り方について考えていきたいと仰っている。雅子妃殿下のご病状の回復のために、皇室全体としてどういうような方向性が望ましのか、お聞かせください」
と尋ねた。すると、殿下は熟考したうえで、次のように述べられたのだ。
(中略)
明らかに、「皇室外交に取り組みたかったのに、あまり海外に出してもらえなかった」とご不満を抱かれ、それも体調不良の原因の一つとされた雅子妃殿下を意識された内容なのである。
先の担当記者が言う。
「会見は50分ほどだったのですが、最後に雅子妃殿下へのあてこすりで、ダメを押した感じです。弟宮が兄宮夫妻をたしなめたわけで、正直言って“大変なことになったな”という思いで引き揚げてきました

今回の発言を皇室評論家の松崎敏弥氏はこう見る。
「11月6日、両陛下は“被災者と直に触れ合いたい”と言われ、新潟県中越地震の被災地を見舞われました。ところが、その前日に皇太子ご一家の方は栃木の御料牧場にご静養に出かけている。療養目的とはいえ、何もこの時期に行かなくても、と冷めた目で見る国民もいたかもしれない。“兄貴は何を考えているんだろう”という思いが秋篠宮殿下にはあったのでしょう」
この問題で、両陛下や他の皇族と皇太子ご一家の溝が深まるのではないかと危惧するのは、皇室ジャーナリストの河原敏明氏である。
このようなご発言は、皇室では近年にない異例のことです。基本的には、皇室において、肉親同士を批判することはエチケットとして、いけないことと受け止められているからです。今や皇室の中で雅子さまの味方は皇太子1人だけ。お気の毒ですが、これで皇太子と雅子さまはますます孤立した格好になりますね」

◆両陛下の思いを代弁!?

もっとも秋篠宮殿下のご意見は天皇皇后両陛下の意を汲んで、その思いを代弁したものと見る向きもある。なぜなら、秋篠宮殿下ご自身が会見で、「陛下とのコミュニケーションが大切」と主張されているからだ。当然、今回も事前に両陛下と相談したうえで話されたものと受け止めるのが普通である。それゆえ、巷では「陛下はもはや親として、ご自身で皇太子殿下をご指導することもできない状況なのか」といった心配や、「両陛下が公の場で直接、発言されると影響力が大きすぎる。だから、両陛下のうちでもとりわけ美智子皇后が現状を憂慮され、秋篠宮殿下に代弁させたのでは」という穿った見方まで飛び出し、波紋を呼んでいる状況なのである。
「質問を受け取って、時間がありましたから、秋篠宮さまは事前に両陛下に相談はされています。しかし、両陛下は実際に皇太子ご夫妻への批判発言を行うことには反対されている筈」
と、分析するのは宮内庁関係者。
「ようやく、皇太子殿下の“人格否定”発言が沈静化し、紀宮さまの慶事もニュースになった時ですから、問題をぶり返すようなことは言わずとも良いと考えるのは当然です。が、秋篠宮さまが公式にご発言できる機会は、年に一度のこの誕生日会見しかない。事後の影響を熟知され、覚悟の上で、国民に話されたのです。5月の皇太子殿下の会見以降、国民の世論は宮内庁ばかりか両陛下に対する批判も含まれるようになったから、秋篠宮さまとしては両陛下を擁護するお気持ちもあった。国民の中で沸き起こっている皇太子ご夫妻への過剰な同情論を軌道修正するために、本来の皇室のあるべき姿をお話になりたかったのだと思います」

それもこれも裏を返せば、宮内庁が全く機能を果たしていないせいだろう。天皇陛下のクラスメイトで、共同通信社社友の橋本明氏はこう語る。
「皇太子は結婚した途端、親との間が疎遠になり、関係が断絶してしまった。これを弟としても、苦々しく思われていたのでしょう」
開かれた皇室は、一般家庭と同じように、ついに親子の断絶や家庭崩壊の危機まで露呈してしまったということなのか。この秋篠宮殿下のご発言を機に、ご兄弟の間でも新たな確執が生じる危険性すらある。
ちなみに、“かくも長き不在”が続いている雅子妃殿下の公務復帰は未だにそのメドさえたっておらず、早くても来年春から夏にかけてと見られている。戦後、最大の危機を迎えている日本の皇室にとって、何よりの特効薬は、やはり一日も早く雅子妃殿下が公務復帰されることしかないようだ。

(記事終わり)

上記記事についても突っ込みたい部分はたくさんあるのですが…ひとまず、当時の記事を一通りご紹介してから色々なことに言及したいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊現代記事②

前回に引き続き、週刊現代の記事の後半をご紹介したいと思います。

(参考までに)
平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編
平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

週刊現代2004年12月18日号
内幕スクープ 秋篠宮「兄・皇太子への不満」
皇太子の発言を批判した衝撃会見のウラに天皇一家の危機


(記事続き)
◆紀子妃が好かれる理由

秋篠宮発言を、「皇太子に対する不満」の表れと解説するむきもある。
たとえば、英国のタイムズ紙は、秋篠宮発言を<日本の皇族の確執が噴出>と大きく報じた。
同紙は、「秋篠宮が兄の皇太子を公の場で批判するのは異例だ」と指摘し、観測筋の解釈として、「皇室の中枢で深刻な対立があることをうかがわせる」と伝えた。

また、今回の秋篠宮の発言で、皇太子と雅子妃が皇室のなかでいかに孤立しているかが明らかになったとの見方も紹介している。さらに、
「(秋篠宮には)待遇面での不満はあると思います。たとえば警備上の理由で、東宮殿下(皇太子)が一般道を移動するときは信号はすべて青になります(立場上、同行する人員が多く、公務が多いため)。
一方、秋篠宮さまが移動する場合は一般車と同じで信号が赤なら停まらないければならないことが多い。そのような些細なことでも、歴然とした待遇の違いが、不満の遠因となっている可能性はあるかもしれません」(宮内庁関係者)
ちなみに、皇太子を支える東宮の職員は約70人。一方、秋篠宮を担当する宮内庁職員は、わずか6~7人。立場の違いは、ここでも明らかだ。

皇室ジャーナリストの河原敏明氏もこう言う。
「皇太子さまの5月の発言が大きな話題になったので、秋篠宮さまも刺激されて、ちょっと自分も言っておいたほうがいいな、ぐらいの軽い気持ちで自分をアピールされたのかもしれません。秋篠宮さまは子どものころからヤンチャな方で、大学生になるとヒゲを生やしたり、ロングヘア―にしたりしました。誰に何を言われてもわれ関せずで、思ったこともすぐ口に出して言われるタイプですから」
秋篠宮の奔放ぶりは、よく知られている。
元宮内庁嘱託カメラマンの中山俊明氏はこう語る。
「秋篠宮さまのご結婚直前のことですが、那須の御用邸で(天皇)陛下の取材をしていたとき、秋篠宮さまが甚平姿で通り過ぎたことがありました。われわれと変わらない生活をしているのだな、と思ったことが印象的でした」
秋篠宮は、これまで「浩宮が天皇になるのはいいが、自分にその可能性がなくなったときには皇籍を離脱したい」という発言が報道されたり(宮内庁サイドでは全面否定)、「タイに親しい女性がいる」という記事が報じられたことがある(同前)。
これら報道の事実関係は別として、秋篠宮の奔放な言動は、これまで何度も世間を騒がせてきた。


マイペースの秋篠宮に対し、熟慮を重ねて発言する慎重な皇太子。兄弟の性格がまるで違うことに加え、妃殿下のキャラクターの違いも、両家のイメージの違いに影響しているという声もある。
「紀子さまは、両陛下に対する気配りが大変お上手なのです。天皇陛下がまだ皇太子だった時代から行われている東宮主催の『法曹テニス』と呼ばれるテニス大会があります。この大会は、法曹関係者をお呼びして、毎年行なわれているもので、東宮(皇太子)に加え、天皇皇后両陛下、秋篠宮さまも参加されます。
参加者の着替えは、東宮御所のなかで行なわれることが通例でした。しかし、今年は雅子さまがご病気のため、両陛下が気をお遣いになって秋篠宮邸で着替えをすることになったのです。
紀子さまは、両陛下がいらっしゃるということで、率先して準備を進め、自ら草むしりをしてお迎えしたのです。このようなお話は、自然と両陛下の耳にも伝わるでしょう。一方、雅子さまはこうした気遣いが非常に苦手な方なのです」(前出・宮内庁関係者)
余談ながら、紀子妃の草むしりは、大変暑い日だったため、わずか10分程度で止めて、後は他人に任せてしまったという。
秋篠宮の記者会見では、秋篠宮から発言を促された紀子妃が、発言せずにコソコソそっと秋篠に耳打ちするシーンがテレビで放映された。
「あのとき、紀子さまの発言は誰にも聞こえませんでしたが、『これを言わないと』という雰囲気で『規模が…』とおっしゃったようです。
それを聴いた秋篠宮さまは、(これまで皇太子に対する批判めいたことを言ったが)東宮御所と自分のところではまるで規模が違うし、自分たちにはわからないご苦労もあるのでしょうと皇太子ご夫妻をフォローしました。
これは紀子さまの見事な機転でした。ああいうシーンを見て、われわれは『紀子さまは、しっかりと秋篠宮さまを支えていらっしゃる』と感じるのです」(前出・宮内庁関係者)

一方の雅子妃。02年にオーストラリア、ニュージーランドの訪問直前の記者会見で、このような発言をした。
「(外国訪問が)私の生活の一部になっていましたことから(中略)正直申しまして私自身その状況(6年間外国訪問がなかった)に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます」
この唐突な発言を新聞報道で知った天皇皇后は、心底驚き、皇太子夫妻の心中を案じていたという。このとき、天皇の心中を察した側近たちが、慌てて記者会見全文を取り寄せたというエピソードも漏れ伝わってきている。

◆英国王室の二の舞になるのか

皇太子は、皇室で「孤立」を深めているのではないか、という指摘もある。
天皇の学習院時代の「ご学友」で、元共同通信記者・橋本明氏はこう語る。
「皇太子殿下は過去10年間、天皇陛下との間が疎遠になってしまったのです」
それは、なぜか。
「皇太子は天皇から面会を打診されても、なかなか御所には行かないんです。愛子さまと両陛下があまり会っていないということは、以前から指摘されてきたことですが、雅子妃も、積極的にコミュニケーションを図ろうとしていない模様です。一方、秋篠宮夫妻は、ことあるごとに御所に佳子さまや眞子さまを連れて行っています。佳子さま、眞子さまは紀宮ともすごく親しいんです。また、秋篠宮夫妻は皇后の養蚕用の桑を取りに行くなどの世話もしているし、天皇御手植えの稲などの収穫の手伝いにも行く。皇太子一家はそういうことに積極的ではないようです」(前出・全国紙宮内庁担当記者)
皇室評論家の稲生雅亮氏は、こう語る。
雅子妃のご病気が一進一退を繰り返されるなかでの、今回の秋篠宮さまの発言は、病気の回復にはまったく逆効果でしょう。ただ、秋篠宮さまがお感じになられたことは、われわれも感じていたことです。皇太子殿下は、なぜ事前に側近や陛下に相談しなかったのか。それが残念です」
雅子妃とは東大法学部時代の友人で、国際ジャーナリスト・拓殖大客員教授の工藤雪枝氏はこう語る。
「一連の皇室報道を見ていると、英国王室で起きた争いが思い起こされます。かつて、チャールズ皇太子とダイアナ妃は、マスメディアを利用して自分たちの主張をアピールしていました。彼らは、直接対話することなく、メディアを通じて間接的に論争していたのです。その結果、英国王室は国民からの信頼を低下させてしまいました。今後、日本の皇室が国民からの尊敬や信頼を失うことになるのではないかと心配しています」
12月23日、天皇は71回目の誕生日を迎える。そのとき天皇はどのような言葉を発するのか、注目していきたい。
(記事終わり)


正直な所、秋篠宮様の会見問題については、どこから突っ込んでいいやら…と頭を抱えてしまいたくなります。
この問題を目にする度に言葉にできない不愉快さやモヤモヤした感情が湧き起こってしまうのです。

2004年の秋篠宮様会見に触れた記事は週刊現代以外にも何誌か存在し、それらも今後順番にご紹介していく予定でおります。
2004年の件に関しては雑誌ごとにその都度個人的な感想を述べるよりも、雑誌や会見の内容を一通りすべてご紹介してから、まとめて批評を加えるという形式の方がいいように考えました。

秋篠宮ご夫妻、宮内庁、両陛下など、それぞれに対し言いたいこと・思うことがあり、少し自分の考えを整理する時間が必要になりそうです。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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