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大嘗祭、国民の55%が「前回と同様で問題ない」と回答!そして女性天皇賛成派が84%!!

ご挨拶が遅れて恐縮ですが、いよいよ徳仁天皇陛下と雅子皇后陛下をお迎えすることができる本年も、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
さて、今年も色々書きたい記事がたくさんある中で、最初の記事は何にしようと考えていたのですが、今年1月3日に出た東京新聞アンケートの結果についてまず触れておこうと思いました。

新天皇に期待 「国際親善」最多 皇室世論調査 2019年1月3日 朝刊

今年五月に皇太子さまが新天皇に即位した際に期待する活動(二つまで回答)として「国際親善」を挙げた人が46%と最も多く、「被災地のお見舞い」(42%)を上回ることが、本社加盟の日本世論調査会が昨年十二月八、九の両日に実施した全国面接世論調査で分かった。 

一方、現在の天皇陛下のこれまでの活動で評価するものを二つまで答えてもらったところ「被災地見舞い」(70%)が最多で、「国際親善」(37%)、「戦没者慰霊」(29%)などが続いた。

新天皇への期待の三位以下は「社会的弱者への励まし」(28%)、「現在の陛下とは別の新しい活動」(22%)の順。

独自性への期待もみられるが、皇太子さまが環境や防災などを含めた「水問題」をライフワークと位置付け活動していることを「あまり知らない」「全く知らない」とした人が計74%に上った。

国際親善に期待した人を世代別で見ると、皇太子ご夫妻と同世代の五十代(54%)を中心に中高年層の割合が高く、雅子さまが外交官だったことをよく知る世代が支持しているとみられる。

皇位継承儀式の在り方については「費用を前回並みに抑えるよう儀式を簡素化するべきだ」が37%、「費用を最小限に抑えて、できるだけ簡素な儀式にするべきだ」が34%だった。

神道形式の大嘗祭(だいじょうさい)に国費が充てられることなど憲法の政教分離原則との関係では「前回と同様でも問題はない」が55%と半数を超え、「前回より宗教色を強めても問題はない」も6%いた。

皇室への関心は「大いに」と「ある程度」を合わせて71%が「ある」と回答。天皇に対しての感じは「親しみを感じる」が50%、「すてきだ」が19%だった。
(以上)


雅子様が元外交官だったという事実を知っている国民は、次代両陛下に期待することは当然「国際親善」になりますよね。しかし平成皇室は雅子様をご病気にさせ、幽閉し、国際親善の場をほとんど与えてきませんでした。平成は「失われた●年」とよく言われますが、外交の元プロで有能・語学堪能だった方のご活躍の場を奪ってきたことも、まさに日本の国益が失われたと思います。
そして少し残念に感じたのは、国民のほとんどが皇太子殿下の水に関する研究について知らないと回答したこと。マスコミがあまりきちんと報じないことも問題ですが、国民が皇族の研究活動について関心を持たないことも影響しているでしょう。新時代を迎えるにあたり、もっと多くの国民が皇太子殿下のご活動について関心を向けてくれると嬉しいですね。

そして上記世論調査で注目していただきたいのは、大嘗祭の部分です。
国民の55%が「前回と同様でも問題はない」と回答し、更には6%の人が「前回より宗教色を強めても問題ない」と回答しているのです!
これは遠回しに、「大嘗祭に公金使うな、身の丈にあった小規模なものにしろ」と言い放った秋篠宮様に対して国民が「異議を唱えた」ことの表れではないでしょうか?実に61%もの国民が、「秋篠宮様は何を言ってるんだ?」という答えを突き付けたのです。これは非常に興味深いと思いましたね。

なお皇位継承儀式のあり方については、37%が「費用を前回並みに抑える」と回答していますが、これはイコール「平成の時と同じくらいの予算でいいのでは」ということでは?と思いました。「前回並みに“費用を抑える”」という回答の選択肢のあり方が良くないように感じました。ちなみに34%が「費用を最小限に。簡素化すべき」と回答したのは、「新天皇皇后陛下の負担を少なくするため」というマスコミ報道につられた人も多かったのではないかと感じます。
しかし「マスコミ報道につられた国民が少なくない」中、大嘗祭に関しては秋篠宮様の戯言が全く相手にされなかったことは大きいと思うのです。

ところで、東京新聞のサイトでは上記世論調査の結果しか掲載していませんでした。
しかし、紙面の方では、実はもっと重要な質問と回答が掲載されていたようなのです!
画像をお借りしましたので、ご覧ください。

東京新聞 1月3日号24面より
東京新聞世論調査

おそらく同じ時期に行われた世論調査だと思いますが、女性天皇賛成(容認)派が、実に84%にもなったのです!
これは過去の世論調査と比べてもけっこう高い数値だと思われます。
国民は当然、敬宮愛子様を念頭に「女性天皇でいいじゃない」と思ったことでしょう。
色々な組織や媒体が同様のアンケートをこれまで何回か行ってきましたが、悠仁様が誕生した後でも、「女性天皇賛成派」が半数以下になったことは一度もなかったように記憶しています。これは凄いことではないでしょうか。
しかしなぜか東京新聞は上記質問と回答をネットには挙げていないのです。


宮内庁や政府はコソコソと秋篠宮様を皇嗣とやらにする算段だと思いますが、何度も言いますが、彼は正式な皇太子でも何でもありません。非常に不安定・不確定な立場のままであることに変わりありません。それは立皇嗣礼とやらを行っても同様です。

上記のようなアンケート結果が出ても、政府も宮内庁も敬宮様が即位される道をどうしても潰したいのですか?
それで皇室の存在が危うくなっても構わないと言いたいのですか?
これ以上問題を先送りにせずにさっさと典範改正議論を始めて女性天皇を認めるようにしてくださいよ!


「東宮」は、「春宮」とも表せます。これで「とうぐう」と読みます。
「春」の真逆の季節は「秋」です。秋篠宮様にはこの「秋」の文字が入り込んでいます。「秋」は「春」から一番遠い季節です。

「秋」は永遠に「春」にはなれません。

秋篠宮様の政治介入が決定的となった「大嘗祭一部プレハブ化(予算削減)」

今月17日、多くの国民を悲しませた一つのニュースが報じられました。

大嘗祭の一部建物 プレハブに、宮内庁 経費削減のため 12/17(月) 16:17配信 TBS

新天皇が即位後に行う重要儀式「大嘗祭」の経費を削減するため、宮内庁が、儀式を行う大嘗宮の一部をプレハブ化する方針であることが分かりました。

平成の大嘗祭では、中心儀式を行う大嘗宮の建設など、経費があわせて22億円を超え、公費で賄われました。来年11月の大嘗祭の経費も公費で賄われますが、人件費の高騰などにより前回を大幅に上回ることが課題となっています。

そこで宮内庁が、経費を削減するため「大嘗宮」の一部をプレハブ化する方針であることが、関係者への取材で分かりました。プレハブになるのは、神前に供える食事を盛り付ける「膳屋」と呼ばれる建物で、従来は木造でした。

大嘗祭を巡っては、秋篠宮さまが先月、宗教色の強い大嘗祭に公費を支出することについて異論を唱え、天皇家の私的な会計で行うべきだとの見解を示されていました。(ニュースここまで)


幸い、一部の天皇制反対の勢力を除いては、大半の国民が悲しみと嘆きの声を上げているようですね。
「新天皇陛下の儀式くらい盛大にやってほしい」
「こういうことは予算削減の対象とすべきではない」
「上に立つ方の儀式にこのような節約を行うと下々にまで悪影響が出てしまう」
「日本古来の文化や伝統の継承はどうなるのか」

という声です。私も同じ思いでおります。

上記ニュースでも、最後に秋篠宮様の顔を大きく映した上で、例の大嘗祭苦言発言を引用しています。
あの秋篠宮様の不遜な発言の後にこの措置ですから、宮様の言動が何らかの影響を与えたと考えるのが普通ですよね。

国民の声の中にはもちろん秋篠宮様を批判するまっとうな意見も多くありますが、やはり「宮内庁はなぜこのような判断をしたのか」というような、宮内庁批判止まりに終わっている意見も少なくありませんでした。

これは実に忌々しきことになったというのが個人的な思いです。
秋篠宮様も宮内庁も双方が厳しい批判を免れない案件になってしまったと心から思います。

宮内庁があのまま「聞く耳持たない」状態で終わり、大嘗祭の規模や予算には手を付けない(縮小・削減はしない)方向でいくことが本来の正しい在り方でした。しかし結局宮内庁は「聞く耳を持ってしまった」ということになります。非常に情けないことです。

そして宮内庁が下手に「聞く耳を持ってしまった」ために、秋篠宮様の政治介入がこれで決定的になりました。もはや言い逃れは無理でしょう。
秋篠宮様は政治案件に口出しし、実際にその予算を削減させることに“成功”したという、皇族・皇位継承者としてあり得ない汚点を作ってしまいました。政治的権能を有しないはずの皇族が、選挙権を有する国民以上に政治に力を持ち、実際に動かしてしまったのです。
むしろ宮内庁が「聞く耳持たない」状態のままでいてくれた方が、秋篠宮様は救われたでしょうね。しかし宮内庁が「聞く耳持った」ため、秋篠宮様は立派な「政治介入皇族」の称号を手に入れました。もうどうしようもないですね。


これはあくまでも私の想像ですが、おそらくあの誕生日会見の後も、秋篠宮様は事あるごとにずっと宮内庁(長官)に対してブツブツ文句を言っていたのではないでしょうか。
「オレ、何かおかしなこと言った?言ってないよね?国民の多くもオレの意見に賛同してるよ?」
「ね~いつになったらオレの言うこと聞いてくれるの?国民は予算削減に賛成してるのに無視するの?」
「ほら~ここにもオレのことを褒める記事が出てるじゃん。これでも聞いてくれないの?」
「大嘗祭に反対する裁判も起きてるよ。やっぱり公金出すの問題あるでしょ?」
と、ネチネチネチネチ文句を言っている姿が想像できてしまうのです。

こんな秋篠宮様のしつこさと粘着性に根負けして、「じゃあ一部をプレハブ化して予算削減ということで…」と、宮内庁が折れてしまったという可能性もなくはないです。推測の域を出ませんが。

秋篠宮様は、次代天皇陛下に向かって「身の丈に合った儀式にしろよ」と言い放ちました。
今回、一部をプレハブ化するという結果になり、「兄貴にはプレハブが身の丈に合ってるよw」と嘲笑っているかもしれませんね。
それを想像して皆様は耐えられますか?これでも秋篠宮様を放置することができますか?

ところで、大嘗祭の予算削減について、まだ「これは皇太子殿下もご承知のことだ!」と言い張っているアホバカがいるようですが、「これは秋篠宮様一人の考えではない、皇太子殿下も納得されている」という“設定”にしなければ、心の安定を保てないのか?と思いたくなります。
今月15日、下記のようなニュースも報じられました。

即位後、国内移動で飛行機などの貸し切りやめる 皇太子さまが検討 2018年12月15日 12時25分 ライブドアニュース

天皇皇后両陛下は移動の際に、飛行機や新幹線を貸し切りにしている
皇太子さまは新天皇に即位後、貸し切りをやめることも検討されているという
皇太子さまは費用がかかることを気遣われているそう

上記ニュースは既に詳細な記事が削除されてしまったため概要しかお伝えできませんが、このように「皇太子殿下ご自身が考えられている予算削減」については、きちんと主語が「皇太子殿下」として報じられていることが分かります。
最終的には次代両陛下も、現両陛下と同様に貸し切りのままでいくことに落ち着きましたが、このニュースに関しては「次代天皇陛下の安全第一に考えて従来通り貸し切りのままでいってください」という国民の声が非常に多く、皇太子殿下は大切に思われているのだなという事実を目の当たりにして嬉しくなりました。

もし仮に大嘗祭や即位の礼に関しても皇太子殿下が予算削減をお考えなら、そのような報道が出ると思います。
ところが大嘗祭に関しては秋篠宮様がギャーギャー言ってるだけだし、即位の礼に関してはなぜか“今上陛下”が予算削減を口にされているという報道しか出ていません。それなのにいつまでも憶測だけで「皇太子殿下も予算削減に納得されている!」と決め付けるのはどういう心理なのでしょうか。秋篠宮様一人の暴走に皇太子殿下を巻き込むのは止めてほしいです!

なお、今上陛下が次代天皇陛下の即位礼の予算削減を言い出しているニュースは下記の通りです。

「即位の礼」経費削減案…陛下、国民負担に配慮 2017年11月27日 読売新聞

天皇陛下の退位に伴い、新天皇が臨む即位の礼と大嘗祭だいじょうさいについて、それぞれ皇居の宮殿と東御苑ひがしぎょえんで行う方向で政府が検討していることがわかった。

平成の例を踏襲する形だが、国民の負担に配慮される陛下のお気持ちを踏まえ、招待客や祝宴を減らして経費を削減する案も浮上している。

政府関係者によると、新天皇の即位は2019年5月1日が有力。大嘗祭は同11月に行われる見通し。外国元首らも招く即位の礼の主要な儀式は、平成は11月に行われたが、時期を早める案もある。新天皇が内外に即位を宣明する「即位礼正殿そくいれいせいでんの儀」や祝宴「饗宴きょうえんの儀」など即位の礼の儀式は宮殿で、「大嘗祭」は皇居の付属庭園・東御苑で行う方向で検討している。(ニュースここまで)


今ではなぜか表立って報じられることがなくなりましたが、昨年の時点では
「即位儀式の予算削減を言い出しているのは(当事者の皇太子殿下ではなく)今上陛下」
と報じられていたのです。生前退位するはずの陛下が次代天皇陛下の儀式の予算に口出しされること自体、二重権威になりうるのにこのことに疑問を抱いた人は多くなかったという印象です。

改めてまとめると、

●即位の礼の予算削減を最初に言い出したのは退位するはずの今上陛下(二重権威の問題になりうる)
●大嘗祭に公金支出するなと言ったのは秋篠宮様
●皇太子殿下が予算削減を提案したのは警備(飛行機や新幹線の貸し切り)の件についてのみ

ということです。こうして見ると、皇太子殿下の即位を華々しいものにしたくないと最も考えているのは誰なのか?ということが一目瞭然ですね。
当ブログ等でも検証してきた「皇太子殿下排除キャンペーン」が形を変えて継続しているという見方もできますよね。
完全に排除することは無理でも、新天皇陛下の即位そのものにケチを付けたいという今上陛下と秋篠宮様の執念が恐ろしいです。


皇族の政治的介入、政治的権能という観点から見れば、今上陛下は生前退位法案を作らせ、秋篠宮様は大嘗祭の予算削減を実現化させたため、完全にアウトだと思います。このようなお二人に上下から挟み撃ちされていた皇太子殿下は本当においたわしいとしか言いようがありません。そして国民は今後もこのような政治介入皇族を抱え、国民主権や民主主義の原則が破られる恐ろしさと戦わなければならなくなりました。
皇族(秋篠宮様)は国民を振り回しても、一切責任を負わないのですよ。それどころか皇位継承権を持っているのです。恐怖です。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 9~会見のそのほかの箇所について

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

今回は今年の秋篠宮様の誕生日会見シリーズの最終回として、大嘗祭批判以外の箇所について簡単に検証していきたいと思います。

まず、国事行為の臨時代行についての秋篠宮様の発言についてです。

>公務そのものについては,これは,例えば,天皇が海外,外国訪問中とかには臨時代行ということをするわけですね。私は今までそれをしたことがありません。今の皇太子殿下は,昭和時代に一度その経験があるわけです。私はしたことがありませんけれども。

秋篠宮様は皇太子殿下の代行に関して、意図的なのか何なのか、「昭和時代の一回だけ」についてしか触れていません。なぜ平成時代の20回以上にわたる代行を無視しているのでしょうか。
なお、皇太子殿下の国事行為臨時代行の例は、下記PDFの15ページ目に掲載されています。

天皇陛下の御活動の状況及び摂政等の過去の事例 国事行為の臨時代行の事例一覧(官邸資料PDF)

上記一覧を見ると、いかに皇太子殿下が平成に国事行為代行を頻繁に行われているかがお分かりになるでしょう。
そして次代「皇嗣」とやらになる秋篠宮様は、「私はその経験が一度もない」と述べています。帝王学を受けた経験がない、ましてや国事行為の代行すらしたことがない、こんな方をなぜ皇嗣待遇などにするのでしょうか。臨時代行が「ぶっつけ本番」で出来るわけがありません。秋篠宮様を皇嗣待遇にしろと推した人々は、そういうリスクを全く考慮していなかったとしか思えません。冷静に考えて実に恐ろしいことです。

次に、次代に向けた「公務の分担」についても意見を述べています。

>昨年のこの場でもお話をしましたが,私も自分で行っていることがあります。総裁とか名誉総裁をしているものもあります。それらをそっくり誰かに今度は譲る,引き渡すということ,これも,それを受ける先はありません。そのようなことから,今,宮内庁として考えていることは,一旦全て皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って,それを整理をして,それで次に私がどのものをその後行っていくか,というのを検討しているところです。おそらくそれはそう遠くないうちに,発表されるのではないかと思っています。

「皇太子殿下の公務を宮内庁でいったん“引き取る”“整理する”」とは、何とも不遜な言い方ですね。それならまず「整理」すべきは秋篠宮様の謝礼付のどうでもいい公務の方ではありませんか?「皇太子殿下の公務はどうでも整理がつくけど、オレの方は整理できないんだよね~」とはどういう意味なのでしょうね。これまでの報道では、秋篠宮様はたった一つしか皇太子殿下の公務を引き受けていませんが、今後これに変化が生じることがあるのでしょうか。何も変わらなかったらあまりにも酷すぎです。

また秋篠宮様は、平成を振り返って以下のように述べています。

>バブルが崩壊して,経済の低迷といいますか,失われた10年とか,その後も含めて20年とか言われますけれども,ちょうどそのバブルの頃,それからその後でもって,人々の生活のパターンというのが変わったなというのは,私なりに何となく感じております。

それが「何となく」でも分かっているなら、国民の負担を考えて、自分にかかる血税を色々辞退すべきではないのですか?私の目には秋篠宮様にはその“経済変化”を全く理解してくれず、未だにバブル時代の感覚で止まっているようにしか見えませんよ!

そして秋篠宮様は、現両陛下に触れた上で、敬意と感謝を表しています。

>お二方に深く敬意を表するところです。
>常に笑いのある,そういう温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。


まあ、秋篠宮様にとっては「何でもやらせてくれて、何でも許してくれて、甘やかしてくれた」良いご両親だったのでしょうね。
同じような敬意や感謝を、果たして次期両陛下にも表明してくれるのでしょうか。今の秋篠宮様の不遜な態度を見ていると、とてもそれは望めそうもないような気がしますが。

次に、ここもやはり色々と物議を醸しましたが、小室圭氏について下記のように述べています。

>私は,今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば,やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。
それ相応の対応というのは大事です
私は,最近はそれほど,娘と話す機会がないので,よく分かりません
>小室さんから,報道について,その報道についてうんぬんという,それ自体について,私は聞いておりません。もちろん,ただその中に,今までにあった中で,これは事実とは違うことだ,ということについて説明があったということはあります。ただそれについて,じゃあ何か行動を今するのかどうか,その様子については,連絡からうかがうことは,知ることは私はできておりません。
やはりそれ相応の対応というのはこちらの対応ではなく相手側の対応ですね。その後にお話ししましたように,やはりきちんと,どういうことなんだということを説明をして,そして多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る,それが「相応の対応」の意味です。


私は小室氏が出現する前から秋篠宮家の言動に疑問を感じていたので、小室氏のことは「秋篠宮家の酷さを裏付ける要素の一つ」くらいにしか捉えておらず、個人的には小室氏のことにはそこまで関心がないというのが正直な所です。「陛下の裁可も受けているのだし、好き同士ならさっさと結婚してしまいなさいよ」というのが私の意見なのであまり深く追及する気も起きないと言いますか…。
しかしこのお誕生日会見は、一般人の小室氏を一方的に悪者に仕立て上げたい秋篠宮ご夫妻の企みが透けて見え、何とも怖い方々だと思いました。「それ相応の対応」という言葉は、小室氏に「お前が責任持って経緯を説明しろよ?」という脅しのようにも見えてしまいます。マスコミや色んな組織から異様に守られて好き勝手言える秋篠宮家と違い、小室氏はそういう後ろ盾は基本的にありません。それなのにただの一般人(秋篠宮家サイドの言い分によれば「娘の婚約者」ですらない男になる)に対し、「お前が国民に説明しろ。お前が国民を納得させろ」と凄むのは、あまりにも酷い「権威によるパワハラ」ではありませんか。「ロイヤルパワハラ」ですよこれでは。

秋篠宮ご夫妻は国民に対し、「長女の婚約のせいで国民の皆さんにご迷惑・ご心配をおかけして申し訳ない」ということを一言も発していません。彼らは「自分たちにも非がある」とは微塵も思っていないことの証拠です。全て母親の金銭問題を話さなかった小室氏が悪い、あいつに全て説明させて国民に納得してもらわなければ!と本気でそれしか考えていないのですね。

ちなみに紀子妃は眞子様についてこう述べています。

長女の体調が優れないことが多くなりました。
>しかしこのような中でも,長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。
>私は,長女の眞子がいとおしく,かけがえのない存在として感じられ,これからも,長女への思いは変わることなく,大切に見守りたいと思っております。

別に、婚約に悩む長女に寄り添う姿勢は構わないと思いますよ。しかし私が言いたいのは、「眞子様が本当に体調不良になっているなら、それは両親であるあなたたちにも責任があるんじゃないの?」ということです。まるで自分たちは関係ないみたいな態度ですが、眞子様を体調不良になるまで追い詰めているのは、両親であるあなたたちでしょ??と突っ込みたいのです。
「いとおしい」とか「見守りたい」とか言ってごまかしていますが、その前に眞子様の意見をもっと聞いてあげれば?と冷めた眼で見てしまいます。雑誌に「秋篠宮家の不仲・亀裂」のような内容のことを書かれたので、「そんなことはありません!」という言い訳がしたかったようにしか見えません。こんな場面でもこの両親は「娘よりも自分たちの保身」を考えているのですよ。
秋篠宮様も父親として「最近娘とは話す機会がない」と述べていますが、ああこの方は親として逃げているのだな、としか思いませんでした。国民への説明も小室氏一人にやらせようとしているし、父親としても駄目駄目ですね。


なお、秋篠宮ご夫妻の会見と小室氏の件について、これまで小室氏叩き一辺倒だった雑誌が、いよいよ秋篠宮ご夫妻批判へ転じる気配を見せました。

眞子さまの婚約延期、小室家だけを責めるのは筋違いか 女性セブン2018年12月20日号 12/8(土) 7:00配信

11月30日に53才の誕生日を迎えられた秋篠宮さまは同22日、紀子さま(52才)とともに誕生日会見を開かれた。そこで、長女・眞子さま(27才)と婚約内定者の小室圭さん(27才)の結婚延期問題について、こう発言された。

《今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います》
《やはり多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません》

報じられている小室さんの母・佳代さんの金銭トラブルについて、小室家側からの説明責任を指摘し、小室家に「ボール」を投げた形となった今回の会見だが、小室家ばかりに責任を負わせすぎではないかという声も聞こえる。

「そもそも、秋篠宮さまが小室さんについて、そうした事情まで把握した上で、結婚をお認めになるべきでした。“プライベートなこと”と少々、安易にお考えになっていた部分があったのではないか。
身辺調査が不充分のまま、天皇陛下から裁可まで頂いてしまい、陛下まで当事者として巻き込んでしまった責任は、秋篠宮ご夫妻にもあるはずです。非常に注目度の高い会見の場で、小室家だけを責めるのは筋違いではないでしょうか。美智子さまも、その点についてご心配されているようです」
(皇室関係者)

会見では、紀子さまからこのようなご発言もあった。

《家族として非常に難しい状況の中にありますが、私は、長女の眞子がいとおしく、かけがえのない存在として感じられ、これからも、長女への思いは変わることなく、大切に見守りたいと思っております》

皇室ジャーナリストは首をかしげる。
「ご自身の娘ですから、いとおしく感じられるのは当然のことでしょう。なぜ、あえて会見で話される必要があったのでしょうか。
そもそも紀子さまが、眞子さまの交際相手が抱える問題を把握することができなかったのは、悠仁さまがご誕生されて以来、将来の天皇である悠仁さまの子育てや教育に熱心になる一方で、眞子さまと佳子さま姉妹へのかかわりが希薄になったことにも一因があるのではないかといわれています。
そうした指摘もお耳に入っているため、あえて“いとおしい”と強調されたのかもわかりませんが、違和感を持って受け止めた関係者は少なくないようです


会見では佳子さまのご結婚について質問が出ており、紀子さまは次のように回答された。

《もし次女がそのような話がありましたら、次女の考えやその先の将来のことについての考えを聞いて、私も必要なところ、大事だと思うことがあれば、お互いの話合いの中で、気持ちや考えを伝えていきたいと思います》

眞子さまの結婚問題への後悔が感じられる。眞子さまには、キャンパスの恋を成就させる道を認められたが、佳子さまの結婚に対しては、“口を挟みます宣言”をされたようなものだろう。(記事ここまで)


秋篠宮ご夫妻が小室家に責任を押し付けすぎな所、身辺調査をしなかったことの無責任さ、陛下の顔に泥を塗ったこと、そして悠仁様にかまうあまりに二人の姉(眞子・佳子様)への親としての関与が希薄になった問題など、辛辣な意見が述べられています。ようやくこういうまともな記事が出るようになったかと思いました。

しかし、私はいっそのこと、小室氏が「分かりました。じゃあ僕からお話しましょう」と言って会見の場を設け、秋篠宮家の弱みについても暴露してしまえばいいと考えています。5年もお付き合いしているのですから、小室氏は眞子様や秋篠宮家の不都合なことを色々知っている可能性があります。秋篠宮様が言う「相応の対応=国民への説明」を逆手にとって、色々とぶっちゃけてしまえばいいのではないですか?むしろ国民は一般人親子の金銭問題より、秋篠宮家の醜聞の方に興味があると思いますから、大歓迎です。会見も海外でセッティングしてもらえばいいでしょう。わざわざ日本に帰ってくることもないですよ。

9回にわたって今年の秋篠宮様の会見の問題を検証してきましたが、これは本当に後世まで問題視していいと思います。決して「なかったこと」として葬ってはいけません。秋篠宮様のお人柄に難ありという一つの証拠として記録・記憶しておくべきです。
最終的には「秋篠宮様は皇嗣どころか一人の皇族としても、いや一人の父親としても人間としても失格だ」ということに、一人でも多くの国民が気付くことが重要です。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 8~秋篠宮様会見への国民の賛否-ネットの抗議こそ秋篠宮家に届いてほしい!

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

今回は、国民があの大嘗祭批判発言をどう受け止めたのか?という観点から記事を書きたいと思います。

まず、秋篠宮様のお誕生日当日である11月30日に、さっそく下記のようなニュースが出ていました。

秋篠宮さま発言、市民に驚き ネットで賛否、物議醸す 2018年11月30日 19時47分 共同通信

天皇代替わりの重要祭祀「大嘗祭」への国費支出に異論を唱えた秋篠宮さまの発言は、市民に驚きを持って受け止められた。インターネット上でも賛否が分かれ、物議を醸している。30日夜には天皇、皇后両陛下が東京・元赤坂の秋篠宮邸を訪れて誕生日を祝う夕食会に臨んだ。発言についても意見を交わす機会になったとみられる。

インターネット上では「自分ではなく、お兄さんの儀式なのになぜ口を出したのか分からない」「どんな意見だろうと政府に介入はよくない」といった批判が目立った。

宮内庁幹部は「政府の決定に従って淡々と仕事をこなすのみだが、やりづらさを感じる」と漏らした。(ニュースここまで)


そして今日、秋篠宮様の発言を巡って下記のような雑誌記事が出ています。

秋篠宮「大嘗祭」発言 慎重さ欠く、一石投じたなど賛否両論 週刊ポスト2018年12月21日号 12/10(月) 7:00配信

国の次年度予算案は例年「天皇誕生日」(12月23日)前後に決定される。来年に迫った今上天皇の退位と、新天皇の即位に伴う重要な予算編成作業が大詰めを迎えた平成最後の年の瀬、その中心の役割を担うべき宮内庁の存在意義が問われる事態が出来(しゅったい)した。

発端は、秋篠宮の誕生日会見での発言だ。

「言ってみれば(宮内庁長官が)話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています」

秋篠宮は2019年11月14日に執り行なわれる「大嘗祭(だいじょうさい)」の費用について、「宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、皇室の私的な費用である「内廷会計で行なうべきだと思っています」と踏み込んだ発言をした。その考えに対する宮内庁側の反応を、先の言葉で表現したのだ。

「御代がわり」の後、皇太子待遇の「皇嗣」となる皇族が、宮内庁長官を名指しで批判するのは異例中の異例と言っていい。
山本信一郎・宮内庁長官は直後の会見で「そのようにお受け止めになったのであれば、申し訳ない」と謝罪したが、たちまち賛否両論が巻き起こった。

「秋篠宮殿下のご発言は少々慎重さを欠いていたのではないか」

そう指摘するのは神道学者で皇室の歴史に詳しい高森明勅氏だ。

「大嘗祭は天皇一代に一度きりの重要な祭祀であり、皇位継承に関わる公的・国家的行事の性格が強い。したがって、その費用をどうするかは国政が判断すること。皇族が国政に口を挟んでいるように受け止められるのは決していいことではない」

一方、秋篠宮が「あえて一石を投じた」という見方もある。皇室ジャーナリスト・神田秀一氏が語る。

「今上陛下は宮中祭祀をとても重視されてきました。同時に、皇室行事は質素にという思いが強い。しかし、“当事者”である立場上、大嘗祭について発言するわけにはいかない。皇太子殿下も同様です。宮内庁がしっかりと舵取りをしてくれない状況で、陛下のお考えをよく理解されている秋篠宮殿下があえて物申されたのではないか」

大嘗祭は新天皇が「即位の礼」の後、最初に行なう新嘗祭(収穫祭)のことを指し、皇室の最も重要な祭祀のひとつとされる。
皇居・東御苑には黒木造で草葺き屋根の大嘗宮が造営され、そこに全国の五穀や絹布などさまざまな収穫物を納め、祭祀が終わればただちに取り壊される。
30年前の平成の大嘗祭は皇室の公的行事に使われる「宮廷費」から約22億5000万円が支出された。政府は来年の大嘗祭でも前例を「踏襲する」と閣議で口頭了解(今年4月3日)している。秋篠宮が苦言を呈したのは、その点だった。(記事ここまで)

さて、前者のニュース記事では、「ネットでは批判の方が目立った」とはっきり書かれています。
私も全部確認できたわけではありませんが、一般人がコメントできるSNSをザッと見た限りでは、

ヤフコメ:圧倒的に批判が多い
ガールズちゃんねる:批判が多いという印象
5ちゃんねる:未確認。スレッドによるかもしれない。
Twitter:賛否が半々という印象。意外と著名人が賛同しているケースが多くその安直な感覚が気になった。
Youtubeのコメント欄:コメント数は多くないが、批判が圧倒的に多い

という感じでした。秋篠宮様に異様に気を遣っているのはもはやテレビと新聞と一部の雑誌だけのような気がします。ただ、その「テレビ・新聞・雑誌」という昔からのメディアさえ抑えておけばある程度の国民は騙せるという算段なのでしょう。今でもこの手法を続けているということは、この方法が一定の効果を上げているからではないかと思います。悲しいことですが。
なお、私はヤフコメのアカウントも持っていませんし、ガルちゃんも以前は時々覗いていたものの、今ではすっかり近づかなくなりました。5chに至ってはあまりにも偏りの多い掲示板に成り下がったという印象が強くかなり足が遠のきました。
特にヤフコメは以前の東宮家批判ばかりの時代を覚えているので、アカウントを作る気にもなりません。こういう東宮応援派の人々は多いのではないかと思われます。ですから、「ヤフコメは東宮シンパ工作員に乗っ取られた!」という批判は的外れです。

ポストの記事は以前にご紹介した高森明勅氏のコメントを短く紹介していますが、問題は神田氏のコメントです。
神田氏は何の根拠もなく「秋篠宮様の意見は両陛下(や皇太子殿下)を代弁したもの」と勝手に推測していますが、そこまで言わないと秋篠宮様を庇えないのか?どうしてここまでして秋篠宮様を庇う必要があるのか?と心底疑問です。
もし仮に神田氏の言う通り、秋篠宮様が陛下のご意向を汲んであのように仰ったのなら、今度は陛下が憲法違反に問われることになりますよ?ただでさえ生前退位希望で違憲と騒がれた方が、これ以上違憲の過ちを積み重ねてどうすればいいのでしょうか。
「もう退位するからいいじゃん」で済まされる問題ではありませんよ。次代天皇陛下の儀式に口出しをするなんて、それこそ二重権威の問題です!なぜそこをはっきり指摘しないのですか!!


そして、冒頭に上げたニュース記事の方で、宮内庁幹部が「やりづらさを感じる」と呟いたことは、非常に深刻なことなのです。
皇族である秋篠宮様が余計な口出しをしてしまったせいで、政府も宮内庁も実際「やりづらくなった」と多かれ少なかれ感じてしまうのは当然のことでしょう。いくら皇族に政治的権能はないと言え、あの我儘で自分の立場をわきまえない秋篠宮様の意見ですから、どう対処していいか悩むことになるでしょう。
そして秋篠宮様の意見を聞かずに前例通り同じ規模で粛々と儀式を進めれば「秋篠宮同調派」から批判を受け、規模や予算を縮小しようものなら今度は「皇族の政治介入」が実現されたとみなされ新天皇陛下の権威に傷が付き、政府の立場もなくなるのです。
皇太子殿下に妬み・僻み・嫉みの感情をずっと抱いてきた秋篠宮様は、どちらにせよ「次代の大嘗祭を“いわくつき”のものにできた」という点で、「大成功」だったと言えるわけです。秋篠宮様はとにかく兄宮様の儀式にケチを付けて、貶めたかった。だから彼の企みはどっちに転んでも「成功」だったのですよ。こんな酷い話がありますか!!

こんな方を、議論も同意も経ないまま国民が皇嗣として迎えなければならない時が、刻一刻と迫ってしまっています。
秋篠宮様は次代天皇陛下の儀式を貶めてご満悦な中、自分はシンパに守られて、以下の待遇を受けることになるのです。何度でも書きます。

●皇族費(お手元金)は従来の3倍に大幅増加。これは皇太子殿下が受け取っている内廷費を軽く上回る金額。
●3年くらいかけて33億円以上も費やす宮邸をゲット。
●謝礼金の出る公務モドキはほとんど手放さない。
●皇太子殿下の公務もほとんど引き継がない。
●それなのに皇太子並みの待遇の職員(皇嗣職)も大幅に増える。
●政治的な意見を言っても軽く流してもらえる。批判されるどころかむしろ同調される。
●立皇嗣礼という伝統にない新設儀式は「国事行為」として公金を使って行われてしまう。


というおぞましい未来が我々国民を襲うことになるのです。

なお、最後の「立皇嗣礼」に関連して、秋篠宮様は下記のように述べています。

>行事,そういう代替わりに伴う行事で,いわゆる国事行為で行われる行事,それから皇室の行事として行われるものがあります。国事行為で行われるものについて,私が何かを言うことができるかというと,なかなかそういうものではないと思います。そういうものではないんですね。

立皇嗣礼は「国事行為」の「儀式」として公金で行われることが勝手に決められてしまっています。
そして秋篠宮様は、「国事行為には私は何も言えない」と述べています。
つまり秋篠宮様は、国事行為である立皇嗣礼には、どれだけ公金を費やしても、派手に行われても、私は文句を言いません、それは私が口出しすることではありませんというスタンスなのですよ。これだけでこの方がどれだけ狡くて卑怯な人間かお分かりになるでしょう。

そしておそらく秋篠宮様の言い分は、「大嘗祭なんてすぐに建造物が取り壊されるけど、オレの宮邸は今後数十年も住むんだから、33億円かけても無駄じゃないもんねー」という感覚なのかもしれません。だから秋篠宮邸の33億円には「正当な理由がある」と。しかしそのことを国民に向かって言ってごらんなさい。非難轟轟でしょうね。

さて、大嘗祭関連はこの辺りにしておき、次回はシリーズ最終回として、そのほかの会見部分について少し触れておきたいと思います。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 7~皇太子殿下に対する不敬は当然、では今上陛下の御心は?

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

今回は、秋篠宮様の大嘗祭批判の発言が、皇太子殿下に対する不敬は当然のこととして、今上陛下はどういうお考えなのか?という観点から検証したいと思います。

秋篠宮様は、大嘗祭への公金支出を問題視した上で、

>身の丈にあった儀式にすれば。

と言い放っています。既に多くの人々がこの発言を取り上げ、「一体どういう意味で言っているのか。“身の丈”とはどういう了見か。皇太子殿下は大規模で荘厳な大嘗祭がふさわしい身の丈ではない、と言いたいのか!」と怒りの声を上げています。

「身の丈」とは、「分相応」、すなわち「その人の身分や能力にふさわしい程度」という意味です。秋篠宮様は、次代天皇陛下に向かって「あんたは22億円もかけて大規模な大嘗祭を行うような身分や能力じゃないんだよ、そんなもの分不相応なんだよ」と言い放ったようなものですね。その辺りにいる国民以上に次代陛下に対する不敬発言を行っているわけです。「弟だからこそ言えること」ではありません。むしろ、「弟・身内」だからこそ、言ってはいけない言葉だったとも言えます。一歩進めば、弟による兄に対する謀反やクーデターとなりかねない恐ろしい状況に陥ります。
それなのにマスコミはほとんどその不敬について指摘せず、ひたすら「国民を思っての発言」「政教分離は改めて論点とすべき」「大嘗祭は祭祀だから私的行事でしょう」と、論点逸らしとも言うべき姿勢を全面に出しています。どうして誰も正面から秋篠宮様の無礼・非礼を批判できないのでしょうか。


ところで、秋篠宮様は、大嘗祭について以下のようにも述べています。

>宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか,これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけです

秋篠宮様曰く、「自分は平成の(現陛下が行った)大嘗祭についても実は批判的であった」とのことです。
「身の丈」発言は、皇太子殿下だけでなく、現陛下にも向けられた暴言でもあったと言えるわけです。
「オヤジ、あんたの時は22億円かけて大嘗祭やったけどさ、それ果たしてあんたの“身の丈”に合ってたの?」と言うことです。
ところがマスコミはこの件についても疑問を示しませんでした。

しかし、秋篠宮様の問題発言に関して、皇太子殿下はもちろんのこと、現陛下がどう受け止めたのかという点については今の所漏れ聞こえていないようです。宮内庁長官がかろうじて

>一方、天皇陛下からは即位関係の諸儀式などは皇太子さまとよく相談して進めるよう伝えられているといい、「ご理解を頂いて進めている」としている。

と答えたのみです。長官のコメントを見る限り、現陛下は「“皇太子さま”とよく相談して進めなさい」と仰っているようであり秋篠宮様の名前は出していないようです。

陛下が現時点で沈黙を保っていることが何を表しているかは定かでありませんが、これまで長年、皇太子殿下よりも秋篠宮様の肩を持ち贔屓してきた陛下が、秋篠宮様の問題発言に本当に関わりがないと言い切ってよいものか。
というのも、秋篠宮様は「皇太子殿下の“人格否定発言”」について、過去の誕生日会見で次のような発言をし、物議を醸したからです。

>私の感想としましては,先ほどお話しましたようなことがあるのでしたら,少なくとも記者会見という場所において発言する前に,せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは私としては残念に思います。

参考:平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編(当ブログ過去記事)

この発言は当時も今も、「公の場による皇太子殿下に対する公然批判ではないか」と言われてきました。
そして、秋篠宮様が「陛下に相談もなしに勝手に発言するのはよくなかった」と考えているのであれば、秋篠宮様の大嘗祭批判も、事前に陛下と相談の上行ったと言えましょう。
もし仮に秋篠宮様が陛下に相談もなしにあの大嘗祭発言をしたのなら皇太子殿下を批判できる資格など全くないし、陛下に相談した上であの発言を行ったというのであれば、「大嘗祭に公金を使うべきではなかった」という秋篠宮様の考えは陛下も共有していたということになります。
前者が事実なら秋篠宮様は兄宮を批判しておきながら自らご自分の仰ったことを反故にする方だということになり、後者が事実なら秋篠宮様はまた陛下と結託して皇太子殿下を貶めたということになりますね。どちらに転んでも、秋篠宮様の最低な人間性があぶり出されます。


ちなみに秋篠宮様の発言に同調している人々は、「あの発言は陛下と皇太子殿下のご意向を汲んでのものだ」と勝手な憶測を立てていますが、根拠はありません。秋篠宮様の独りよがりな考えを担保するために陛下と皇太子殿下を持ち出すことは本当に卑怯だと思います。陛下はグレーの部分があるにせよ、皇太子殿下が国の予算に口出しされることはありえないと言い切れます。

皇太子殿下はそれはもう日頃からお言葉には非常に気を遣われている方です。過去の様々な会見を拝見してもそれがよく分かります。よく「人格否定発言」のみが注目されて皇太子殿下が批判されることがありますが、あの発言は政治的要素はありませんし、雅子様が置かれている厳しい環境を精一杯国民に訴えたいという切実な行動でした。それに皇太子殿下は「人格否定」を行っているのが「誰」であるのか、主語を一切明かしていません。
あの「秋篠宮が天皇になる日」を書いた保阪氏は、「皇太子殿下のお言葉は無機質で優等生的で面白くない、具体性がない」と批判していましたが、保阪氏が何も分かっていないだけの話です。保阪氏は秋篠宮様の大嘗祭発言を、果たしてどう見ているのでしょうか。「人間味溢れる良い言葉!具体性もある!」とか絶賛してそうですね。

参考:「秋篠宮が天皇になる日」というくだらない「次男坊物語」(当ブログ過去記事)

以上の点で、私は陛下が実際の所どういう御心なのかが知りたいですね。
上記保阪記事にもこう書かれています。

>ある宮内庁関係者は指摘する。「いま秋篠宮は両陛下と最も近く意見を交わす存在。天皇は、秋篠宮に誕生日会見で参内問題について、皇太子に対し踏み込んだ発言をして欲しい、と求めたといいます。

(秋篠宮様の平成20年会見発言)
>「羽毛田長官が今年(2008年)のはじめに発言したことは、参内の回数ということも言っていましたけれども、自分の発言したことを大切にしてほしいということ、それが一番の趣旨だったと私は理解しております。そのことから言うと、私も小さいことも含めて、あまりこれは言いたくないのですけれども、いろいろと頼まれて…」


このように過去に陛下は、秋篠宮様に対し、ご自分の気持ちを代弁してほしいと依頼した過去があります。「秋篠宮様は陛下のスピーカーになったことがある」という点からも、大嘗祭発言についても陛下の関与を疑う余地が少なからずあると考えてしまうのです。

●秋篠宮様自身が過去に「陛下に相談してから会見で話すべきだった」と皇太子殿下を批判している事実
●陛下ご自身が過去に「皇太子殿下へ踏み込んだ発言をしてくれ」と秋篠宮様に依頼したという事実

この両者を併せて考えると…色々疑ってしまうのです。

ちなみに美智子様は、平成16年お誕生日会見で、このようなことを仰ったことがあります。

>宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。

これは皇太子殿下の人格否定発言の後に出されたコメントですが、美智子様は宮内庁を庇ったことがあるのです。
秋篠宮様の大嘗祭発言を受けて、「秋篠宮様の意向を無視するのか!」と宮内庁を批判する的外れな意見が少なくないですが、今こそ美智子様は「宮内庁は謗られるべき組織ではありません!」と庇わなくてはいけないでしょう(笑)。

しかし陛下も美智子様も不自然なほど沈黙を貫かれています。

私も含め、多くの皇室ウォッチャーで東宮ご一家を応援している人たちが、なぜ秋篠宮様のあの発言を称賛する人々に対して怒りを感じるのか。それは、秋篠宮様の発言を称賛する人々が、過去のこうした皇室の動きをほとんど知らない・知ろうとしないのに、表面だけ見て「秋篠宮様も立派なこと言うなあ!」と呑気に褒めたたえる姿勢に怒りや嫌悪感を感じるからです。
両陛下や秋篠宮家に批判的な私たちは、それこそ数年~十数年レベルで平成皇室の動きをつぶさに見守ってきました。中には平成が始まってから30年クラスの人も、昭和時代を含めたら数十年レベルの人もいると思います。私もまだまだ知識不足な面が多いひよっこレベルであり、豊富な知識を有し機知に富んだ皇室ウォッチャーの先輩方の見方・考え方は非常に参考になると感じております。

そういう長期にわたる皇室ウォッチャーの皆さんを差し置いて、表面や一過性の出来事だけを見て「秋篠宮様は問題ない!」「立派な考えだ!」「国民のためを思っている!」と褒めたたえる人たちが、どうにも受け付けられないのです。

もちろん、長年にわたり皇室を見てきたわけではなくても、常識的な判断によって秋篠宮家に批判的な人々も増えています。ネットでは秋篠宮家批判がかなり優勢になってきているようです。
次回は秋篠宮様の会見のほかの部分(主に小室圭氏に関する箇所)を取り上げつつ、右や左といった思想に限らず、まっとうな感想を抱いた人々同士の共感に触れ、このシリーズに一段落付けたいと思います。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 6~イキイキとするが自己矛盾に気付いていない左派、困惑する右派

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

今回は、秋篠宮様の問題発言につき、右派と左派がそれぞれどのような反応を示したのかについて検証したいと思います。

まず、右派である八木秀次氏は以下のように述べています。

大嘗祭「国費で賄うことが適当かどうか」秋篠宮さま 2018年11月30日 NHK政治マガジン

>秋篠宮さまの発言について、憲法学者で麗澤大学の八木秀次教授は「大嘗祭は宗教的性格を有するが、憲法に定められた皇位継承を行ううえでの重要な儀式であり、皇室の私的行事とはならない。国費から支出することに問題はなく、議論も尽くされていて、何を懸念されているのか真意をくみ取れない」と述べました。そのうえで、「予算の使い方について公の場で言及されたものであり、皇族による政治的な発言とも言え、決して無視できるものではない」と話しています。(以上抜粋)

八木氏はゴリゴリの男系男子維持派であり、私とは考え方が相容れない部分が多い人物ではあります。しかし、八木氏は陛下の生前退位ご希望についても厳しい意見を述べており(違憲の可能性にまで踏み込んでいた)、「天皇や皇族の政治的発言」には相当厳格に向き合っている立場です。国民主権・民主主義の見地から、この一点においては私は八木氏に同調せざるをえません。

また、高森明勅氏も秋篠宮様の発言には疑問を述べています。

大嘗祭、公費支出に疑義「秋篠宮さまは少し勘違いされている」 『高森明勅』 2018/12/05 iRONNA

去る11月30日は秋篠宮殿下の53歳のお誕生日だった。この日に公表された殿下と記者たちとのやりとりの一部が波紋を広げている。
反響を呼んだのは、来年11月に予定されている皇太子殿下の皇位継承に伴う大嘗祭(だいじょうさい)の在り方について、かなり踏み込んだご発言をされた部分だ。

「宗教色の強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか」「平成の時の大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だった」「私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています」「身の丈にあった儀式にすれば」「宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ、聞く耳を持たなかった」「私は非常に残念なことだったなと思っています」

こうした発言については、率直に申し上げて、いくつか勘違いされている部分があるのではなかろうか。

まず、大嘗祭は秋篠宮殿下のおっしゃる通り「皇室の行事」と位置づけられている。だが、その費用の出どころをどう判断するかは、もっぱら国政事項に属する。皇族がそこに踏み込み、政府方針への不満を直接述べられたのは、憲法が天皇に禁じた(国政)権能との関わりで疑問を持たれかねない。もちろん、天皇ではない皇族なら国政権能に関与してよい、というわけではない。
平成の大嘗祭でも既に公費(宮廷費)が充てられ、そのことは特に重大な憲法上の疑義を生じることもなく、大方の国民にも素直に受け入れられている。これにことさら異議を強く唱えられることは、「国民統合の象徴」たる天皇のご近親としても、必ずしもふさわしくないのではあるまいか。
前例の宮廷費支出を改めて「身の丈にあった儀式にすれば」という表現は、そのまま受け取ると、あたかも天皇陛下がご自身で執り行われた大嘗祭が「身の丈を越えた」ものであったかのような印象を与えてしまうのではなかろうか。
そもそも大嘗祭は天皇一代に一度限りの重大な祭儀である。天皇以外の方が、その在り方にあれこれ言及されるのは、僭越(せんえつ)な振る舞いともみられかねないだろう。

もちろん、大嘗祭は神道最大の祭儀とも言い得るものだ。したがって「宗教色」は否定できない。しかし、その一方で古代以来、皇位継承に伴う大切な伝統的儀式であり続けて来たという揺るぎない事実がある。
政府は大嘗祭の宗教的意義とは関係なく、憲法それ自体が皇位の世襲継承を要請している限り、その継承に伴うべき伝統儀式の執行には公的責任を負うという判断に立つ。その立場から前回も公費を支出したし、今回もそれを踏襲しているのである。
たとえば、奈良の法隆寺や東大寺の仏像などは当然、宗教的な礼拝対象だ。それでも、その修復に際しては、文化財保護という観点から公費が支出される。これと共通した考え方だ。よって、これを直ちに憲法の政教分離原則に抵触すると考えるのは、当たらない。

秋篠宮殿下は、大嘗祭を「内廷会計(内廷費)」で賄うべきだとおっしゃったが、内廷費は皇室経済法施行法で規定された定額が毎年、国庫から支出されており、その額はわずか3億2400万円に過ぎない。この金額から、皇室の恒例祭祀を支える20人余の掌典(しょうてん)職など内廷職員の人件費も支出されている。その使い道は、ほぼ決まっているのである。そのどこから大嘗祭の費用を工面できるとお考えなのであろうか。
殿下は「大嘗祭は絶対にすべきものだ」とおっしゃっている。大嘗祭は毎年恒例の新嘗祭(にいなめさい)とは明確に異なる。その区別を踏まえて皇位継承儀礼にふさわしい形で行おうとするならば、内廷費の全額を充てても到底足りない。
その点で、大嘗祭の「本来の姿」についても、いささか誤解されている節がある。大嘗祭の古儀の在り方については、貞観の「儀式」や「延喜式」に詳しい規定がある。それらを見れば、大嘗祭がいかに壮大な国家・国民を挙げての祭儀であったかが分かる(拙著『天皇と民の大嘗祭』(展転社)参照)。
なお、内廷費は「天皇のお手元金」という性格を持つ。そうであれば、いくらご近親であっても、その使途について内廷「外」の方が口を挟むのは、少し筋が違うのではないか。

宮内庁の山本信一郎長官に対して「聞く耳を持たなかった」と極めて強く非難されたのも、殿下の品位のためには、望ましいことではなかった。改めて言うまでもなく、宮内庁長官は大嘗祭費用の出どころを決定するような国政事項に関与すべき立場にはない。政府の一員として、その方針に従っているに過ぎないのである。

今回の秋篠宮殿下の大嘗祭に関するご発言は、記者の関連質問にできるだけ親切に答えようとされる中で出てきたものだ。殿下が「もう、それ(大嘗祭への宮廷費の支出)は決まっているわけです」とおっしゃられているように、特に政治的効果を意図されたものでないことは明らかだ。

そのお考えの基礎にあるのは「税金の使い方は厳格に」という国民への深い思いやりだろう。誠にありがたい。
ただし、ご発言の一部については、ご自身の重い立場に照らして十分に慎重なものだったとは断言しにくいのではあるまいか。

以上、私なりの感想をあえて忌憚(きたん)なく述べさせていただいた。妄言の数々、ご無礼の段は平にお詫び申し上げる。
(以上)


高森氏は八木氏とは逆に女帝・女系天皇に理解のある人物ですが、こうして男系男子派の八木氏と、女帝女系理解派の高森氏が秋篠宮様の言動についてそれぞれ疑問を呈していることは興味深いと思います。高森氏の意見を読むと、秋篠宮様が大嘗祭、祭祀、皇室の文化、内廷費などについて本当に理解がなく、皇族を53年も続けてきたことがあまりにも信じ難いです。あまりにも無知でこちらが恥ずかしくなるくらい。ただ高森氏は最後の最後で秋篠宮様の発言を庇うコメントを添えていますが、秋篠宮様が自分の皇族費大幅増額や33億円の宮邸、そして立皇嗣の礼に関しては辞退しない姿勢を見ると、秋篠宮様が「税金の使い方を厳格に考えている」とは言えません。

その一方で、いわゆる「左派」に該当すると思われる人々からは、秋篠宮様の発言を「歓迎」「称賛」する動きが目立ちました。
典型的な左派である共産党は以下のような見解のようです。

共産・小池氏、秋篠宮さま発言「問題があるとは考えない」 2018年12月4日05時00分 朝日新聞

>秋篠宮さまが天皇の代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」への国費支出に疑問を呈したことについて、共産党の小池晃書記局長は3日の定例会見で、「政治的発言だという指摘もあるが、天皇家の行事のあり方について、天皇家の一員である秋篠宮が発言することに、問題があるとは考えない」と述べた。(以下有料記事)

共産党はどちらかというと、天皇制そのものに反対している思想だと思われます。その共産党が、よりによって皇族である秋篠宮様の発言を「問題ない」と歓迎しているのですから驚きです。
もっとも、この裏の意図を考えると、共産党は皇族にどんどん政治的発言をしてもらい、皇族や皇室、天皇制の在り方そのものに国民が疑惑を持ってくれることを期待して、敢えて秋篠宮様に「言いたいことを言わせて自滅させよう」と目論んでいる可能性もあります。

共産党に限らずネットなどを通じても、左派的な考えを持った人たち、特に今の自民政権を嫌悪している人々は、秋篠宮様の意見を称賛・歓迎している傾向が見て取れます。しかしこういう意見の中には、現政権に対する憎悪が高じるあまり冷静さを失い、ただ「現政権は皇族(秋篠宮様)の言うことを聞け!政府は皇族よりも偉いのか!このまま聞く耳を持たずに前例に従うのか!」と、現政権を叩きたいためだけに秋篠宮様の発言をとことん利用しようという印象しか残りませんでした。
仮に政府が秋篠宮様の意見を聞き入れて大嘗祭の規模や予算を削ったりすれば、それこそ次代天皇陛下の儀式の軽視につながり、「皇室よりも政府が偉い(?)」という結果をもたらすというのに…政権憎しで秋篠宮様の意見を支持し政府を動かそうとしている連中は、その結果次代天皇陛下の権威が傷つけられることになる結果については頭からスッポリ抜け落ちているのでしょうか?それとも彼らの中で重要なのは「秋篠宮様の意見を聞くこと」であって、「次代陛下の権威」などどうでもいいということなのでしょうか?

もちろん、現政権のやり方には色々不満があっても、それとこれとは話は別だと分けて冷静に考えている人々も少なくないです。私もこの考え方に近いです。

共産党や現政権憎しな連中に限らず、秋篠宮様の発言について「政治的意図はない」「問題ない」と考えてしまっている人たちは、多かれ少なかれ自己矛盾のようなものを抱えてしまっていると感じます。

共産党は本当は天皇制反対なのに、皇族である秋篠宮様の発言を歓迎し、「拠り所」としてしまっている。
現政権憎しの冷静さを失った人々は、官邸(政府)が皇室よりも偉いのかとバッシングしながら、実際に大嘗祭が縮小されることによってもたらされる「官邸による次代陛下の権威軽視」を見逃している。
そして、「秋篠宮様の発言に政治的意図はない」と言い切っている人たちも、本当はそうやって「政治的意図はなかった」と言い張らなければ、秋篠宮様の政治介入を認めてしまうことになると薄々分かっているので、こう言うしかないという一面がある。
「秋篠宮様の発言に政治的意図はなく問題はない」と言っている人たちは、本気でそう信じている愚かな人と、「秋篠宮様を政治的局面から救うために“大人の対応”でそう言わざるをえない」人に分かれるので、その見極めはある程度必要かという気はします。


このように、秋篠宮様の発言に「問題なし!」と唱える人々は、多かれ少なかれ自己矛盾を抱えてしまうことになったわけです。当人たちがそれに気づいてるか否かは分かりませんが。

ところで、秋篠宮様の発言と時を同じくして、新天皇陛下の即位の礼や大嘗祭に対する「違憲」訴訟が、一部の宗教関係者などから提起されたというニュースも報じられました。訴訟自体は12月10日に提起とのことですが、この件が秋篠宮様のお誕生日と同じ「11月30日」に報じられた意図は一体何なのでしょうか。あまり指摘されていませんが、秋篠宮様の発言と違憲訴訟の動きが息を合わせるように連動しているのを目の当たりにすると、何か非常にきな臭いものを感じます。秋篠宮様と一部組織の裏での結託を疑わざるを得ません。
ニュースの詳細は下記をご覧ください。

大嘗祭「違憲」12月提訴へ 11/30(金) 19:07配信 共同通信

来年催される新天皇の「即位の礼」や皇位継承の重要儀式「大嘗祭」は、憲法が定める政教分離の原則に反するとして、市民団体「即位・大嘗祭違憲訴訟の会」は30日、国に1人当たり1万円の損害賠償と、儀式に公金を支出しないよう求める訴訟を、12月10日に東京地裁に起こすと明らかにした。
原告は、安倍晋三首相の靖国神社参拝違憲訴訟に関わってきた市民やキリスト教、仏教の宗教関係者ら約220人。即位の礼や大嘗祭は、神話に由来する神器が用いられたり、皇室神道形式で行われたりすることから、宗教性は明白だと主張。象徴天皇制にそぐわず、国民主権に反するとしている。(記事ここまで)

上記訴訟を見ても分かるように、秋篠宮様の発言は一部左派を喜々とさせてしまったように見えます。しかし、ついこの間までは、秋篠宮様は右派、特に「ネトウヨ」と呼ばれる勘違い極右から強烈な支持を受けていたはずです。それは「男系男子」たる悠仁様を誕生させたという一点だけで称賛されたようなものでした。勘違い極右からすれば、秋篠宮ご夫妻は皇位継承問題を「解決」してくれた皇室の救世主のように見えたようです。実際はかえって混乱を巻き起こしたにすぎないのに。

それが今では、秋篠宮様は左派の救世主のような存在になっています。私はこの現実を見て、改めて秋篠宮様の愚かさと怖さを同時に感じることになりました。
実は元々、秋篠宮様の妻である紀子妃は、水平思想を持つ川嶋家に生まれ育っており、父親の川島辰彦氏自身も経済学部教授らしからぬ活動が目に付く人であったようです(詳細は当ブログの下記記事をご覧ください)。

眞子様の母方親族について考える 3~悠仁様出産で蒸し返された紀子妃のルーツ
眞子様の母方親族について考える 2~マルキスト疑惑の池上惇教授

紀子妃自身も若い頃から沖縄に関心を寄せたりと、左派的な行動が目立っていました。そして秋篠宮様自身も、妻とその実家の思想にかなり影響を受けたのではないかと思われます。

ところが秋篠宮ご夫妻に男子である悠仁様が誕生してから、お二人はすっかり極右の「アイドル」に。そして、極右の人々が心酔している謎の前科持ち坊主と懇意になりました。また、極右が喜びそうな「明治150年記念」の鹿児島での関連行事にもノコノコ顔を出しています。詳細は当ブログの下記記事をご覧ください。

眞子様の母方親族について考える 1~北朝鮮シンパ&クーデター未遂の怪僧と接点を持った川嶋夫妻
「知事のつきまとい・政治利用」が許しがたいので「画像削除」?秋篠宮ご夫妻(宮内庁)の行き過ぎた態度をいかに考えるか

そしてまた、秋篠宮様の大嘗祭発言を契機に、秋篠宮ご夫妻は今度は左派のアイドルになり、右派は困惑…という結果となったのです。

私はこれまで、秋篠宮ご一家を「アゲアゲ」している組織めいた動きはどこが取り仕切っているのか、見極め切れていませんでした。それはこうやって秋篠宮ご夫妻が右にも左にも都合よく利用される「節操のなさ」が一因になっていることに気付きました。
秋篠宮様ご本人は、自分のことを称賛してくれる動きさえあればご満悦なのでしょうが、右からも左からも「持ち上げられる」ということは、一歩間違えれば「右からも左からも愛想を尽かされて捨てられる」ことにつながると思うのです。ついさっきまでは右派にセイヤセイヤ御輿を担がれ、今度は左派にワッショイワッショイ御輿を担がれて気分良くなっていたところ、そのうち御輿を落とされて自滅するのはほかでもない秋篠宮様自身だと思うのです。
御輿を放り投げられて大怪我するのは秋篠宮様ですが、それもこれも彼の「考え無しの無責任で無節操な言動」が引き起こした結果でしょう。言葉に重みがあるようで実はない。首尾一貫していない。そもそも人柄が信頼できない。

いずれにせよ、秋篠宮様は右とか左とか、誰が総理とかどこの政党が政権をとろうが関係なしに、「軽い御輿」に自らなってしまう危うさを孕んでいるのだと言えます。
他者の都合の良いように容易に利用されてしまう皇族が皇位継承権を持っていることの危険性を、多くの国民がもっと知るべきなのです。彼は政治家や官僚のように責任をとって皇族を辞めることがありませんから。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 5~秋篠宮様を異様に怖がる腰抜け宮内庁

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

次に検討したいのは、大嘗祭の在り方に異議を唱え政治的介入を行おうとしている秋篠宮様に対し、宮内庁が異様なまでに「及び腰」である件について取り上げたいと思います。

秋篠宮様は大嘗祭発言の際、宮内庁(長官)に対してこのように言い放っています。

>具体的にもし言うのであれば,例えば,即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。ただ,大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか,これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,その頃はうんと若かったですし,多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。ただ,私として,やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,一つの代で一度きりのものであり,大切な儀式ということから,もちろん国もそれについての関心があり,公的性格が強い,ゆえに国の国費で賄うということだと。平成のときの整理はそうだったわけですね。ただ,今回もそうなわけですけれども,宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに,それは,私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。ただ,それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ,そのできる範囲で,言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし,そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。(引用ここまで)

「聞く耳を持たなかった」。

何でしょうか、この言い草は。まるで幼い子どもが「え~んおいらの言うことを誰も聞いてくれないよ~」と駄々をこねているような印象を受けてしまいます。こういう「大人になり切れていない」面が目立つから、秋篠宮様のことをつい「53歳児」と呼びたくなってしまうのですよ。

そして宮内庁は、長官と次官がそれぞれコメントを出すはめになりました。

まずは山本信一郎長官。

秋篠宮さま、大嘗祭支出に疑義「宮内庁、聞く耳持たず」 2018年11月30日00時00分 朝日デジタル
 
>山本長官は直後の会見で「聞く耳を持たなかったと言われるとつらいが、そのようにお受け止めになったのであれば申し訳ない」と話した。一方、天皇陛下からは即位関係の諸儀式などは皇太子さまとよく相談して進めるよう伝えられているといい、「ご理解を頂いて進めている」としている。(引用ここまで)

宮内庁長官「政治的発言に当たらず」=大嘗祭予定通りに-秋篠宮さま記者会見 2018年11月30日00時57分 時事ドットコム

>大嘗祭に関する秋篠宮さまの発言について、宮内庁の山本信一郎長官は30日までに、大嘗祭の費用を宮廷費から支出することは決定済みだとして、「政治的な発言には当たらない」との認識を示した。
長官は「発言は持論をお述べになったものと理解している。宮廷費から支出することは決定済みで、宮内庁としてはこれからもその方針に従って準備を進めていく」と述べた。
自身が秋篠宮さまから大嘗祭に関する意見を聞いていたことを認めた上で、秋篠宮さまには大嘗祭が皇位継承に伴う重要な伝統的儀式であることや、前回の大嘗祭の際にさまざまな議論がされた結果として宮廷費から支出することになった経緯などを説明してきたと指摘。「聞く耳を持たなかった」と秋篠宮さまが述べられたことについては「そのようにお受け止めになったのであれば申し訳なかった」と話した。(引用ここまで)


次に西村泰彦宮内庁次官。

「宮内庁に対する叱責」 秋篠宮さま大嘗祭ご発言で同庁次長が見解 12/3(月) 15:41配信 産経新聞

>宮内庁の西村泰彦次長は3日、秋篠宮さまが誕生日に先立つ会見で、代替わりに伴う大(だい)嘗(じょう)祭(さい)を政府決定の国費ではなく天皇ご一家の私的活動費でまかなうべきとし、同庁の山本信一郎長官に対し「聞く耳を持たなかった」と発言されたことについて、「しっかりした返答をしなかったことへの宮内庁に対するご叱責と受け止めている」との見解を示した。
西村次長は同日行われた定例会見の中で、秋篠宮さまのご発言に対する見解を問われ「『大嘗祭は必ず行われるべきだ』という大前提のもとで、ご自身の考えを率直に発言された」としたうえで「今回の(陛下の)譲位が具体化する前から、宮内庁長官などに伝えられていたものと聞いている」と述べた。
さらに、宮内庁としての考えを十分理解いただけなかったことについては「大変申し訳なく感じている」と謝罪。ご発言は政府決定への反対ではなく「宮内庁に対する叱責」との認識を示した。今後は意見が違うことがあっても理解いただくことが必要とし「二度とこのようなことがないよう、しっかりと対応してまいりたい」と話した。
また、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまのご結婚延期をめぐり、秋篠宮さまが婚約内定相手の小室圭さん(27)側に「相応の対応をするべき」と発言されたことについて、西村次長は「重い課題を課されたと理解している」と述べた。(引用ここまで)

秋篠宮さま「大嘗祭」に意見 宮内庁次長「ご叱責と受け止め」 2018年12月3日 17時41分 NHK

>宮内庁の西村泰彦次長は、3日の定例の記者会見で、「政府の決定に反対をなさっているものではなく、宮内庁が、お考え、投げかけに、しっかりとした返答をしなかったことへのご叱責と受け止めております」と述べ、「意見の違いはあるとしても、宮内庁としての考えをご理解いただくことは必要で、二度とこのようなことがないよう、しっかりと対応して参りたい」と話しました。(引用ここまで)

こうして長官と次官のコメントを見ると、微妙にニュアンスが異なっていることが分かります。
長官は秋篠宮様から会見で批判されたことに困惑しつつも、「それでも予定通り進めていく」と無難な回答。
一方で次官は、ただただ平身低頭で「自分たちが悪うございました」とばかりで謝罪一辺倒という印象です。


世間ではどういうわけか宮内庁に対する批判が少なくないようで、「秋篠宮様の言うことを聞かない宮内庁は何事か!」と冷静さを失った論調が目立ちました。しかし何度も言いますが、大嘗祭は既に最高裁で決着も付いている、予算も組まれている政治的案件です。ですから長官の対応こそが正しいのだと私は思います。
おそらく長官は
「いくら宮様が口を出されても、宮様の言うことを聞いてハイそれでは大嘗祭の規模を縮小します、なんて言ったら、それこそ政府が皇族の一存で政治的判断を変えたと思われてしまう、そうなったら後々秋篠宮様の発言が問題視されるのだ」
という判断を働かせたのではないでしょうか。長官はある意味、秋篠宮様を政治的局面から“救った”のだと言えます。
ところがこういう判断を理解できない国民がまだまだ多いようで驚いています。
宮内庁を批判している人々は、政府が秋篠宮様の意向を汲んで大嘗祭の規模を縮小した場合のことを果して考えているのでしょうか?そうなったら秋篠宮様が勝手な一存で「政府を動かした」という既成事実が出来上がってしまうのですよ?そうなって一番窮地に立たされるのは、ほかでもない、「政治的介入をした秋篠宮様」ご自身ではありませんか!
もしかしたら宮内庁を批判している人たちは、秋篠宮様を称賛するフリをして、秋篠宮様を「政治介入皇族」として窮地に陥れたいのですか?真面目に聞きたいです。

さて、一方の次官コメントですが、こちらはまた別の角度で腹立たしいものを感じます。
この次官はどうしてここまで秋篠宮様に平身低頭なのでしょうか。あまりにも卑屈過ぎて「プライドはないのか!」と言いたくなります。何というかみっともないというか情けない気持ちになります。世間の批判が怖い?それとも、「秋篠宮様にはヘーコラしておけば後々怖い思いをしなくて済むし…」という感じで「ハイハイ我々が悪うございました~」という感じでやり過ごそうとしているのか?よく分かりません。
過去、当ブログでも『選択』という雑誌から「秋篠宮様には昔のようなお目付け役がいなくなってしまった」ことを嘆いた記事をご紹介させていただいたことがありますが、今もまさにその状況は変わっていないのですね。

物議かもす秋篠宮の「告白」―いなくなったお目付役―(月刊誌『選択』より)

ところで、これら宮内庁の対応には、我々東宮家応援派はどうしても納得いかず、怒りを禁じえないものがあります。
それは、歴代宮内庁(長官)が過去に東宮ご夫妻に対してどれだけ無礼・横柄な態度で接してきたか、その過去を覚えているためです。
東宮ご夫妻には偉そうな態度をとっていたくせに、秋篠宮様にはあのヘコヘコ体たらくかよ!と悪態を付きたくなるのです。

ここで、歴代長官であった鎌倉・湯浅・羽毛田・風岡長官たちの、「東宮ご夫妻に対する不敬発言」について取り上げたいと思います。

まず鎌倉長官。

"雅子妃の代弁者"といわれる皇室ジャーナリストが明かした「皇太子妃を辞める」発言と不妊治療の真実 2015年12月9日 08:30 リテラ

>雅子妃を追い詰めたのが、お世継ぎのプレッシャーだった。宮内庁はなかなか懐妊しない雅子妃をことあるごとに責め立てたという。
〈ご懐妊されない原因が雅子妃の『考え方』にあると見るようになったのである。雅子妃が世継ぎの重要性を自覚していないという歪んだ話は、宮内庁の中にも広がり始めていた。〉
97年2月には当時の宮内庁長官・鎌倉節が直接、雅子妃を説得にきたこともあったという。通常、長官といえど、皇太子夫妻から「お召し」がなければ勝手に会いに来ることなどできないのだが、鎌倉長官はその禁を破り、強引に乗り込んできた。そして部屋に入るなり、世継ぎの話を切り出したという。
「前置きもなく、いきなりお身体のことを話し始めたといいます。
雅子妃殿下は羞恥心と驚きで複雑なお気持ちになったそうです。ひとりの女性が夫婦間のことなどを他人に軽々しく言えるはずがありません。雅子妃はしばらく黙ったままだったそうですが、あまりに理解がないためプライバシーについて言われたところ、結局、聞き入れてもらえないまま話は平行線に終わったと言われていました」(元東宮職)(抜粋)

次に湯浅長官。

2004(平成16)年 「キャリアと人格の否定」発言 2010年1月7日 日経ウーマンオンライン

2003年6月に湯浅利夫・宮内庁長官(当時)が雅子妃に対し、(2001年12月1日に愛子内親王が誕生したものの、子どもは)「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」という発言が挙げられます。
また、12月11日の記者会見では「秋篠宮殿下御夫妻に第3子を期待したい」という発言があり、その翌日から雅子妃は長期静養に入ります。このような無神経ともいえる一連の発言に対しては、国民の間で辞任を求める声もあがりましたが、結局湯浅長官は2005年3月に退官するまで、この発言に対する責任を公に問われることはありませんでした。
湯浅長官は「外国に行きたかった」という雅子妃の発言やビデオ画面に映し出された外国滞在中の雅子妃の様子を眺めながら、「外国に行くのがそんなにうれしいのかねえ」などと発言しています。そこには異なる価値観や行動様式を求められる環境へ新たに入ってきた雅子妃のストレスや当惑に対する理解や共感がまるで感じられません。(抜粋)


次に羽毛田長官。

宮内庁長官が異例の「苦言」 皇室内部の亀裂浮き彫り? 2008/2/14 19:17 J-CASTニュース

宮内庁長官が、「愛子さまが天皇・皇后両陛下を訪問なさる回数が少ない」などと、記者会見で皇太子ご夫妻への「苦言」を口にした。宮内庁長官と言えば、報道などの周囲の「雑音」の火消しに回ることが多いだけに、長官自らが皇室メンバーの批判とも取れる発言を行うのは異例中の異例だ。海外メディアも、この発言を報じ始めており、さらに波紋が広がる可能性も出てきた。
発言が飛び出したのは、2008年2月13日に行われた定例会見。羽毛田信吾・宮内庁長官が、愛子さまの参内(皇居を訪れること)の頻度について指摘したのだ。(抜粋)


最後に風岡長官。

2013年4月11日 21:54 日テレNEWS

宮内庁長官、皇太子ご夫妻の未回答に苦言

宮内庁の風岡長官は11日、今月30日のオランダ国王の即位式に招待された皇太子ご夫妻が出欠をいまだにオランダ側に回答されていないことについて苦言を呈した。
宮内庁によると、先月初めに、オランダから30日に行われる新国王の即位式に皇太子ご夫妻を招待したいとの打診があったという。出欠の回答の締め切りは先月上旬とされていたが、式典まで残すところ20日を切った11日に至るまで、ご夫妻は出席するかどうか決められていないという。
病気療養中の雅子さまが出席できるかどうか体調を見極められていることなどが理由だが、風岡長官は11日の記者会見で、「オランダ側の準備を考えなくてはいけない。(国内手続きとしても)閣議了解の手続きも必要だ」などと述べ、一刻も早く決めるよう、異例の苦言を呈した。(ニュースここまで)

いかがでしょうか。歴代長官たちのあまりの態度の酷さには改めて絶句します。次代天皇皇后両陛下になられる方々に、なぜ歴代長官がここまで威張り、強気になれたのか。
やはり、長官たちのバックに「現両陛下」がいらしたから、としか言いようがありません。
長官たちが独断で勝手にこのような態度を取れるわけがないとすると、長官たちは「両陛下」のお墨付きを得て、このような強気な態度を堂々と取り続けられたのだと思います。

しかしこの当時は、どこからも「宮内庁は東宮ご夫妻に失礼だろう!」と諫める声がほとんど出ませんでした。むしろ「東宮ご夫妻に非があるから悪い」という論調の時もありました。
そりゃそうでしょう、バックに両陛下がいらしていることが分かっていたから、誰も長官らを叩けなかっただけです。

それが今ではどうでしょう。山本長官はともかく、西村次官はひたすら秋篠宮様に対して平身低頭。
歴代長官が「あの時は失礼なことを申し上げました、謝罪します」と、東宮ご夫妻に謝ったことなど、一度もありません。
その過去に対して怒りを禁じえない東宮家応援派は大勢います。


宮内庁長官や次官を委縮させた秋篠宮様の態度は論外としても、秋篠宮様を異様に怖がり、及び腰になり、厳しいことをガツンと言えない山本長官と西村次官にはまた別の意味でイライラやモヤモヤを抱えてしまうのです。

それにしても、秋篠宮家が宮内庁職員に対してパワハラしている事実が、これでまた裏付けられました。
「秋篠宮家=パワハラ・ブラック宮家」という構図ではいつも紀子妃の態度の酷さが取沙汰されていましたが、当主の秋篠宮様も宮妃に負けず劣らずパワハラを行っている一端が垣間見れたのではないでしょうか。

こんな横暴な宮家に、宮内庁職員はこれからも平身低頭で我慢し続ける気でしょうか。皇嗣職なるものが新設されるようですが、ボイコットしないのですか?

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 4~秋篠宮家と国際基督教大学(ICU)との関係性をもっと調べるべきでは?

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

秋篠宮様の大嘗祭批判発言で次に検討したいのは、国際基督教大学(ICU)と秋篠宮家との関係性です。

「大嘗祭への公金支出に異議を唱えた」と聞くと、我々皇室ウォッチャーや東宮応援派の人々が真っ先に思い浮かぶのは「ICUを始めとするキリスト系大学が、平成の時の大嘗祭について共同で非難声明を出した」という一件です。この件は当ブログでも以前に取り上げさせて頂きましたが、こちらに再度その資料を掲載させていただきます。

「大嘗祭に公金支出すべきではない」発言で改めて露呈された「秋篠宮様の危険性」~それはもはや謀反であり一種のクーデター表明ではないのか

「四学長声明」(1990)-人権教育のための記録ー 湯木洋一

上記メンバー:
弓削達・フェリス女学院大学学長
柘植一雄・関西学院大学長
渡辺保男・国際基督教大学長
福田歓一・ 明治学院大学長


こういう過去が事実として存在していたので、我々は「新時代の大嘗祭について、ICUはまた非難声明を出すのだろうか?秋篠宮家の二人の内親王が在籍しているのにそんなことができるのか?その時秋篠宮家はどんな顔をするのだろうか?」という感じで見守っていました。そして実際は予想の斜め上を行く、「ICUではなくて秋篠宮様ご本人が堂々と大嘗祭批判を行った」という、驚愕の結果となったわけです。

秋篠宮様の言動についてICUは今のところコメントを出していませんが、マスコミはまさにICUに直接取材に行くべきではないかと思います。

「ICUは秋篠宮様の発言を歓迎しているか?」
「ICUは平成の時と考えは変わっていないのか?」
「眞子様と佳子様が在籍していることは何か影響があるのか?」
「大嘗祭の一件で秋篠宮様と直接何か話をしたことはあるのか?」
「今回の秋篠宮様の発言をICUは事前に知っていたのか?」
「ICUが秋篠宮様にあの発言を依頼したということはないのか?」
「今後、ICUと秋篠宮様は新天皇陛下に対してどういう姿勢で臨むつもりか?」

など、色々聞くべきことがあると思うのです。ところが今の所、マスコミでICUに取材に向かった機関があるという話は聞きませんし、仮に取材に行ったメディアがあるとしてもその話が漏れ聞こえてくることもありません。
せっかく秋篠宮家の二人の内親王がICUに籍を置いているのに、こういう時に取材に行かなくてどうするというのか。
この国のジャーナリストは絶滅してしまったのか?という思いです。

あの美智子様でさえ、入内した当時は聖心女子大ご卒業ということ等で「キリスト教かぶれ」と批判されたことがあります。
それなのに秋篠宮様はキリスト教と関りを持っても一向に批判されません。

まあ、二人の娘たちをキリスト系の大学に進ませた時点で、秋篠宮家の方針がおかしなことになっている事実が露見していましたけどね。でもマスコミは眞子様・佳子様のICU進学についても、ほとんど批判しませんでしたね。むしろ「今はもう皇族が学習院を選択する必要はなくなった」「皇族の学習院離れ」と、一方的に学習院を「無用な大学」という感じでこき下ろしていたくらいです。

しかし、これでICUは平成の時のようにわざわざキリスト系大学の学長を集めて、大嘗祭への抗議声明を出す必要はなくなりましたね。
娘二人を在籍させている愚かな宮家当主が、自ら大嘗祭に異議を唱えてくださったわけですから。それどころか、神道の家に生まれ育ったくせにキリスト教の片棒を担いでくれたようなものです。
ICUはこれでもう平成の時のように銃弾・無言電話などのような「嫌がらせ」を受けなくてもよくなりましたね。
では、その「嫌がらせ」は、代わりに秋篠宮様が受け止めてくれるのでしょうか?
ものすごいブラックジョークですね。でも秋篠宮ご本人は、一部“保守”系組織からそういう目に遭っても不思議ではないことを発言したのですよ。皇族なのに。皇嗣とやらになるのに。皇位継承権1位に上がるのに。何の悪い冗談ですか?

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 3~皇族が政治的発言を行う弊害について掘り下げる

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

前回は大嘗祭について秋篠宮様が口出しした問題について述べましたが、大嘗祭に限らず、皇族が政治的案件に口出しすることの弊害について更に掘り下げたいと思います。

今回の発言で、少なくとも秋篠宮様は次代天皇陛下となられる兄宮様に対し良くない感情を抱き不遜な態度を取っていることが改めて浮き彫りになったわけですが、逆に、秋篠宮様が「お兄様大好き」な弟宮だったらどうでしょうか?
秋篠宮様がお兄様を好きなあまり「兄貴の大嘗祭はうんと豪華にやろうよ!税金じゃんじゃん使って盛大にやろうぜ!政教分離?そんなもの関係ないね」なんて発言したらどうでしょうか?大半の国民が眉を顰めるのではないでしょうか?
あるいは、「次代では不敬罪復活させようぜ!兄貴に対する不敬な発言は許せないから統制しようぜ!」とか言い出したら、どうでしょうか?これも大半の国民が猛反発すると思いますね。


このように、秋篠宮様が逆に皇太子殿下が好きなあまり「兄宮様のために国民が多少の犠牲を負えばいいんだよ」発言をしてしまうことも、政治的案件である「予算」や「法律」に口出ししているために許されないのです。
兄宮様のためを思って発言したことは許されないのに、兄宮様を軽んじるような発言は「よくぞ言った!」と称賛されるのは明らかにおかしいと思いませんか?どちらも予算や政治的決定に口出ししていることに変わりはありませんよ。

今回の秋篠宮様の発言を称賛している人たちは、そういうことにまできちんと想像力を働かせてもらいたいです。

実は秋篠宮様が政治的案件に口出しするのは、これが初めてではありません。

天皇の定年制。(平成23年)
皇族の数は減っていいと思うという発言。(平成21年)
しかしある程度(一定)皇族を残すことは必要。(平成23年)
ご自分の立場に対する不満。(平成26年)

など。マスコミは今年の大嘗祭関連発言をやたらと取り上げていますが、実は過去のこれらの発言も「皇族の政治介入」として、厳しい目で取り上げなければいけなかったはずなのです。しかしマスコミはほとんどスルーしました。

まず、「皇族の数は減っていいと思う」について、その部分を抜粋させていただきます。

>皇族の数が今後減るということについてですけれども,これは確かに今まで皇族が行ってきたいろいろな仕事,それから役割が,だんだんそれを担う人が少なくなるということはありますけれども,国費負担という点から見ますと,皇族の数が少ないというのは,私は決して悪いことではないというふうに思います。

これに関しては「私が答える立場にはありません」と言えば済んだのです。

次に「天皇の定年制」と「一定数の皇族は必要」と答えた部分を抜粋させていただきます。

>私は,今おっしゃった定年制というのは,やはり必要になってくると思います。というか,ある一定の年齢を過ぎれば,人間はだんだんいろんなことをすることが難しくなっていきますので,それは一つの考えだと思いますけれども,じゃ,どの年齢でそういうふうにするか。やはりある年齢以降になると,人によって老いていくスピードは変わるわけですね。だから,それをある年齢で区切るのか,どうするのか,そういうところも含めて議論しないといけないのではないかと思います。

>私は以前に皇族の数が少ないことは国費負担という意味において悪くはない,ということを申しましたが,この考えは今でも変わっておりません。一方,現在の皇室というものをそのまま維持していくためには,やはり一つの集団というか,ある一定の数というのは当然必要になってくるわけです。国費負担の面,一方で,今ご質問にもありました,活動の幅,継承,そういうことを合わせて,それにふさわしい数というのは多分あると思いますけれども,それは私には分かりません。
>今後の皇室の在り方を考えるときには,何らか,私若しくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあって良いと思っております。


これも「天皇の定年制」などという政治的・法的案件に余計な口出しなどせず、「私は答える立場にない」と回答を控えれば済んだ話です。この秋篠宮様の発言が、現陛下の生前退位にも影響を与えてしまったとも言えるからです。
皇族の数についても、「減っていいと思う」と答えた後に「でも一定数は必要だ」と答えるブレブレぶり。それなら最初から回答を控えればよかっただけの話です。
そして、私を含め少なくない皇室ウォッチャーが、この「皇族は減ってもいいけど一定数は必要だよね?」という秋篠宮様の発言を、「三笠宮家や高円宮家はいらないけど、ウチには女性宮家を作って眞子と佳子も残せるようにしてよ」ということを遠回しに要求しているように感じていました。「今後の皇室のあり方を考える時は、私(あと皇太子殿下)の意見を聞いてよ」と答えている当たり、秋篠宮様は皇太子殿下よりもまず自分の意見を優先して聞いてよ、と言っている不敬ぶりをここでも発揮しているのです。

最後に、秋篠宮様がご自分の身位について不満を抱いている?と解釈された箇所を抜粋します。

>天皇の公式訪問であると,国賓という形がとられることが多いと考えますけれども,皇族の場合には,国賓としての訪問というのはまずないわけです。そうすると国際親善・親善訪問という形になろうかと思います,枠組みとしてはですね。ただこれは,なかなか受け入れる側としても,皇族,しかも天皇でもない皇太子でもない皇族をどう捉えていいかというのは難しいときがあるのかなという気がします。私たちも今まで何回くらいか分かりませんけれども,行った中で向こうの元首の方であったりとか大臣だったりとかとお話をしている中で,今回あなたたちが訪れた目的は観光旅行ですか,というふうに聞かれたことが2回くらいありますかね(妃殿下を振り向かれて)。こちらも観光旅行ではないけれども,かといって単なる親善だけですと主たる目的が見当たらなくて,なかなか答えるのが難しかったことがあります。皇族ですから,外交に携わってはいけないわけです。外交ではない親善,例えば王室がある国ですと,向こうの王室との親善というのはある程度分かりやすいかもしれませんけども,そうでない国もたくさんありますし,もし公式の訪問をするのであれば,例えば外交関係ができてから何十周年であるとか,日本と当該国との何か大きい文化行事があるとか,何か一つの核になるものがあるべきではないかと思います。そうではなくて単に親善ということを目的とした公式訪問というのは,目的が曖昧になりますし,そういうものは余りよろしくないな,というふうに考えております。

上記発言も、読み方によっては「自分にしかるべききちんとした身分(呼称)がないから自分も相手国も戸惑うんだよ」と、遠回しに“それなりの地位”を自分にもくれ、と要求しているように解釈できてしまいます。
なお、秋篠宮様ご自身が「相手国から観光ですか、と聞かれてしまう」と暴露してしまっていますが、この点で「秋篠宮ご夫妻は正式な招待を受けずに相手国に押しかけている」という一端が垣間見えてしまっています。本当に正式な招待を受けているなら「観光ですか?」なんて聞かれるはずがありませんから。

このように、秋篠宮様は過去の誕生日会見でも際どい発言を何度も繰り返していましたが、誰も諫めることをしませんでした。これらの過去発言の記憶があるので、私はどうしても秋篠宮様の言動を批判的に見てしまうのです。
秋篠宮様の発言を歓迎している人たちは、過去のこういう事実を知った上でそれでも肯定的に考えるのですか?

今回の件も含めて、「皇族の政治的発言」の件については、国民が憲法との関係で各自理解を深めなければならないと痛感しています。
憲法と言うと9条などいつも決まった条文だけが話題になることが多いですが、憲法は全ての条文が重要です。
前回ご紹介した憲法4条(国政に関する権能を有しない)など、頭の中にない国民がまだまだ多いということでしょうか。
これ以外にも、現陛下の生前退位や皇位継承に関して、天皇に関する憲法の条文は一通り抑えてから議論すべきだと個人的には思っています。
ここで改めて具体的に蒸し返すことはしませんが、陛下の生前退位ご希望とその特例法成立の一件も、実は憲法違反ではないかと取沙汰されていたのですよ。今はもう「決まったことだから」とスルーしている有識者ばかりですが、本当はあれも違憲の疑いが強かったのです。
それなのに「陛下や秋篠宮様の仰ることに耳を傾けろ!言う通りにしろ!」と叫ぶ国民の多さに愕然としました。

憲法4条の存在と趣旨、場合によっては「天皇の象徴性」すら知らない人がこんなに多かったのかとショックを受けました。

結局、秋篠宮様の無責任な言動が、政府や宮内庁、そして国民を振り回しているのです。秋篠宮様の発言は政治的案件ですから、あらゆる方面に「迷惑」をかけているのです。これだけでもう秋篠宮様の言動を許すことなどできるわけがありません。最終的に影響を受けるのは我々国民であり、秋篠宮様は永久に皇族のまま、政治的責任も負わずにヘラヘラしていれば済んでしまうのですから。政治家や官僚は場合によっては責任をとらされ更迭されたり辞職することもありうるし、国民も納税者という立場で影響を受けますが、現陛下や秋篠宮様はそういう社会的責任を一切負わずにずっと血税で何不自由ない生活をしていけるのです。
政治的責任を一切負うことがない天皇や皇族が無責任にそれらに口出しし、政府や官僚、国民を振り回し動かそうとする。これはもう民主主義・国民主権の“死”を意味します。

平成30年秋篠宮様の誕生日会見の深刻な波紋 2~最高裁で既に決着がついた大嘗祭問題を蒸し返すことの意味

次に問題視したいのは、秋篠宮の発言が国体、憲法、最高裁、政府判断などにも悪影響を及ぼしているという点についてです。

ここで改めて大嘗祭に関しての、秋篠宮様への質問と問題回答について抜粋させていただきます。

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) 会見年月日:平成30年11月22日 会見場所:秋篠宮邸

関連質問1
殿下にお尋ねいたします。お代替わりに関する日程や規模について,いろいろ宮内庁の方でも発表があり,決まりつつありますが,先ほど殿下には皇嗣となられる公務の在り方についてのお考えをお聞きしましたが,即位の行事や儀式についてもお考えがあればお聞かせいただきたく思います。

殿下
行事,そういう代替わりに伴う行事で,いわゆる国事行為で行われる行事,それから皇室の行事として行われるものがあります。国事行為で行われるものについて,私が何かを言うことができるかというと,なかなかそういうものではないと思います。そういうものではないんですね。一方,皇室の行事として行われるものについてはどうか。これは,幾つかのものがあるわけですけれども,それについては,ある程度,例えば私の考えというものもあっても良いのではないかなと思っています。

記者
具体的に。

殿下
具体的にもし言うのであれば,例えば,即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。ただ,大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか,これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,その頃はうんと若かったですし,多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。ただ,私として,やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,一つの代で一度きりのものであり,大切な儀式ということから,もちろん国もそれについての関心があり,公的性格が強い,ゆえに国の国費で賄うということだと。平成のときの整理はそうだったわけですね。ただ,今回もそうなわけですけれども,宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに,それは,私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。ただ,それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ,そのできる範囲で,言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし,そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。(引用ここまで)


改めて秋篠宮様の該当意見部分を読むと、秋篠宮様は、皇室の儀式というものを、「国事行為として行うもの」と「それ以外の皇室の(公的な)行事」と分けて考えていることが分かります。そして前者については自分も口は出せないが、後者に関してはある程度自分の意見を出してもいいのではないかと考えている節があることも分かります。そして大嘗祭自体はやるべきであるものの、規模を大きくして予算をかけることは馬鹿馬鹿しいと考えているとのことです。
これは裏を返せば、国事行為として行われることが決まってしまった「立皇嗣の礼」については自分は口出ししないよ、いくらお金かけても自分は何も言わないよ、ということでもあるのですが。その辺りが狡猾だと感じました。

さて、大嘗祭は平成の時も政教分離の観点から問題にはなっていました。最高裁まで争い、以下のような結論が出ています。

平成の御代替わりに伴う儀式に関する最高裁判決(PDF/398KB)

憲法学の専門的内容が含まれており理解するのはなかなか難しいものがありますが、最高裁は知事が大嘗祭に出席することついて、

「大嘗祭は皇位継承の際に通常行われてきた皇室の重要な伝統儀式」
「大嘗祭出席は社会的儀礼として日本国及び日本国民統合の象徴である天皇の即位に祝意を表すもの」
「その効果は特定の宗教に関する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるようなものではない」

と結論付けています。
最高裁判断ですからここで決着を見たということになります。

そして現政府も宮内庁もこの判断に従って粛々と準備を進めているにすぎないのです。

ところが、その最高裁判断や政府の決定に口出ししてしまったのが、秋篠宮様なのです。これは皇族としてあるまじき行為なのです。

憲法第四条第一項には、こう記されています。

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。


「国政に関する権能」とは、国事行為以外に該当するものなら広く捉えられると思います。
憲法は「天皇」としか規定していませんが、秋篠宮様は現在皇位継承権を有しています。確定的ではなくても将来天皇になる可能性がある方ですから、天皇に準じて、国政に関する権能は有していない、政治的発言はできないと考えることができます。普段から「秋篠宮様は継承順位1位になる、皇嗣になる」と主張しているのですから、こういう時だけ「いや秋篠宮様はただの一皇族だし、この憲法の規定は当てはまらないだろう」という考えは卑怯だし狡いのではないでしょうか?
若い頃から好き勝手口出ししているような皇族が、いざ天皇になった途端に政治的内容を含む自由な発言を控えます…なんて急にできるわけがありません。そういう方は皇族のままでも天皇になってもいつか必ずボロを出しますよ。
だから秋篠宮様も当然政治的発言を自重すべき立場にあると考えます。


大嘗祭という公的行事に関し、既に最高裁で決着が付いていることを踏まえた上で、前例通り粛々と準備を進めるという行いは、政治的案件です。予算なども組まれますので、そういう観点でもこれは政府案件なのです。
その政府判断について皇位継承権を持つ皇族が「規模がどうの予算がこうの」と口出しすることは、憲法違反のおそれもあるのです。

もし仮に、大嘗祭を宗教味を帯びる行事だと考えると、そもそも天皇制や皇室の存在そのものが宗教味を帯びていると言える余地があるのではないでしょうか。そこまで踏み込むことは、天皇制廃止の思想に結びつくことになりませんか?
神道である天皇家が存在すること自体、政教分離に反していると言える余地を作ってしまうことになりかねません。
まあ、そういうことを最終目標(狙い)にしている団体もあるとは思いますが。

そこまで踏み込まなくても、大嘗祭の否定は、天皇にとって重要な祭祀を軽んじるだけでなく、国体の安寧そのものの拒絶をも意味すると個人的には思います。五穀豊穣への感謝というものは、国が栄え、国民が健やかに生きていく上で非常に重要な意味を持ちますからね。
今日本ではやたらとハロウィン行事が推されており無秩序に大騒ぎする人たちが問題視されたばかりです。このハロウィンは元々西洋の収穫祭が元になっていますが、我が国の「収穫祭」に当たるのが新嘗祭であり、新天皇が即位後初めて行うものが大嘗祭なのです。
日本古来の真の収穫祭である大嘗祭を軽んじるような連中が、西洋由来の収穫祭であるハロウィンで大騒ぎしているなら、非常に愚かで滑稽だなあと思ってしまいます(元々こういう連中は大嘗祭の意義もハロウィンの由来も分かっていなさそうですが)。

だから皇族であり皇位継承権を持つ秋篠宮が大嘗祭を筆頭に祭祀を重要視していないことが改めて浮き彫りになったことはもっと深刻に捉えられるべきなのです。こんな方を果して天皇にしていいものでしょうか。天皇として祭祀を担う資格があるのでしょうか。皇嗣として皇位継承権を有していること自体が恥ずかしいレベルです。

ページを改めて、大嘗祭に限らず、皇族が政治的意見を述べること自体の危険性を更に掘り下げていきたいと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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