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2006年当時は骨があった(?)共産党系雑誌の辛辣な意見(悠仁様ご誕生について)

今回は、共産党の月刊誌である「前衛」の記事をご紹介させていただきます。
悠仁様誕生について大騒ぎする日本のメディアに対して辛辣な視線を投げかけており、前回ご紹介した乙武氏ブログ炎上の一件とも密接な関連性のある内容となっています。

前衛 2006年11月号

メディア時評 テレビ
「秋篠宮妃男児出産」報道への違和感


沢木 啓三(ジャーナリスト)

◆大々的報道へのひっかかり

さる9月6日、前々から予想はついていたとはいえ、テレビが朝から夜まで「秋篠宮妃男児出産」で一色に染められたのには、ちょっと驚きだった。帝王切開の手術が始まったのが午前8時ごろ、民放は朝のワイドショーを特別編成にして放送枠を拡大したり、特別番組を編成するなどして、早朝から宮内庁や愛育病院などの拠点に中継車を出して速報態勢を組んだ。なかには、夜のゴールデンタイムに改めて特別番組を放送した局もあった(視聴率は惨憺たるものだったようだが)。

子どもが生まれたことを祝福することに異議を唱えるつもりはない。現行の皇室典範が女性の皇族に皇位継承権を与えていない以上、男児が生まれるかどうかは天皇制そのものの存亡にかかわるというのもわかる。しかし、今回生まれたのが「男の子」で、そのことが特別に重要な意味をもつからと、各局が大々的な報道を展開したということに、少しひっかかるものがある。これはテレビばかりではなく、新聞が号外を街頭で配布したことも同様だ。
テレビ各局の大掛かりな準備からすると、生まれるのは男の子であることは、事前に確度の高い情報があったのかと勘ぐりたくなる。それ以前に、女性天皇・女系天皇を認める方向での皇室典範改正のために、小泉首相の肝いりで設置された有識者による懇談会で素早く結論まで出しながら、秋篠宮妃の妊娠の一報が飛び込んで以降は皇室典範改正議論が沙汰やみになってしまったという経緯にしても、何か隠されているのではないかと疑問に思ってしまうのは私だけではあるまい。この間、まるで政府や皇室関係者が“ぐるみ”で国民に隠しごとをしていたようで、何か釈然としないものを感じるのは筆者だけだろうか。新聞やテレビの対応は、読者や視聴者に不信感を抱かせる要因になってはいないだろうか。

◆「おめでとう一色」でいいのか

「41年ぶりに皇族に男児が誕生した=天皇家の後継ぎが生まれた」ということは、天皇制存続を切望する人々からすれば、喜ばしいことであろうことは理解できる。そのこと自体をここで批判しようとは思わない。しかし、マスメディアが「まことにめでたい」という意見しか取り上げないことは、別の問題をはらんでいる。
出産の日、テレビは各方面からの「お祝いコメント」や、ゆかりのある地域の人々などがお祝いの言葉を述べているようすをこれでもか、とばかりにどっと放送した。ここまでマスメディアがおおげさに「慶祝ムード」をあおる必要は、はたしてあるのだろうか。いま心配なのは、「この慶事をお祝いしないようなやつは“非国民”だ」という雰囲気をマスメディアが醸成してしまうことにある。

小泉首相の靖国神社参拝に批判的な意見を述べた自民党の加藤紘一衆院銀に対して、山形にある彼の実家を放火し、自分もそこで自決しようとした右翼団体所属の男がいた。幸い人的被害はなかったが、さらに、この事件について「いい気味だ」などとする書き込みが、インターネット上の巨大掲示板「2ちゃんねる」にいくつも見られたことが報じられている。このように、言論に対して暴力をもって報復すること、そうした行動を容認する意見が堂々と開陳されていることに、筆者は心の底で戦慄を覚える。批判的な意見が存在することを認め、それを尊重しながら議論するという民主主義社会のルールを守れない人は、社会人として失格だといわざるを得ない。
言論に対する実力行使が容認されるような社会になると、あらぬ被害を受けたくないことから自由な意見の表明が控えられるようになり、結果として少数意見は息をひそめ、結局、権力者の言いなりに社会が動いていくことになる。これが破滅に向かう道であることは、日本の歴史が示すとおりだろう。お祝いごとにケチをつける意図はないつもりだが、マスメディアが「おめでとう一色」になってしまうことが、破滅への道に足を踏み入れることになりかねないということについて、メディア自身がもっと自覚的になってほしいと、切実に思う。

◆同じ観点からの議論だけでいいのか

メディアにおける皇室典範の改正議論についてもふれておきたい。「出産特番」のなかで、皇室典範改正の是非をめぐる議論を展開したものがいくつかあったが、そこでの議題設定は、先述したような「女性・女系天皇を認めるか否か」というものに終始していた。制作者の意図としては「女性天皇に賛成か反対かという両論を扱っているからバランスはとれている」というものだろうが、そこには少し違和感を覚える。
政府がおこなった皇室典範委関する有識者会議は、きわめて短期間の審議で報告書を提出したが、その会議でさえ、「世襲の象徴天皇制度というものが憲法の基本的原理からすると逸脱している、あるいは憲法原理とは矛盾している」という立場の憲法学者(これは憲法学会の通説だが)を登場させていた。これに対し、たとえば、女性天皇容認派のA大学教授と、認めないB大学教授をスタジオに招いて議論したワイドショー番組があったが、このA・B両教授は二人とも、首相の靖国神社公式参拝については強力な賛成・推進派として知られる論客だった。ということは、皇室典範をめぐる議題設定には、これ以外の観点からの意見も考慮に入れる必要があるのではないか。

このことは、自民党総裁となった安倍晋三氏が、政権構想の中で重点として掲げている「憲法改正」をめぐる議論についても言える。「改正」の焦点はもっぱら9条の戦争放棄条項を見直すかどうかにあるようだが、そこまで言うならこの際、あらゆる角度から現行憲法を点検する姿勢があってもおかしくない。そして、もし議論するなら、憲法における天皇制の存続そのものについても俎上に上げるべきだろう。少数意見を含めて天皇制をめぐるあらゆる意見を検討の場に出すことは、天皇家の存続が危ぶまれているこの機会にこそ、メディアが意識的にやらなければならないことだと思う。
現在の天皇制および天皇家の存在が多くの国民の支持を得ていることは各種の世論調査から明らかだが、だからこそ、「天皇制廃止」のような、ちょっと人前では言うことをはばかられるような意見でも、メディアはその存在を国民に知らしめるような工夫をすべきだ。その場合、そうした意見を述べることが本人の不利益にならないよう、メディアが最大限の配慮をすることも必要条件だろう。
皇室典範や天皇制そのものは明らかに男性優位の思想に基づいていて、憲法が定める男女平等の原則から言っても本質的な問題をはらんでいるようと思う。そういう意味で天皇制は、制度の一部を変更する程度ではすまないような、現代社会と相いれない要素を持っているとも言えよう。


◆敬語の使い方に行き過ぎはないか

もうひとつ、「出産特番」を視聴していて気になった点を挙げる。皇室関係の報道では毎回指摘されていることだが、皇室に対する敬語の使い方だ。スタジオの司会者や記者による中継リポートでは、報道ガイドラインに「コメントは過剰敬語や二重敬語にならないように注意する」を明記している局もあるのに、二重敬語(「紀子様ご出産」のような)を連発していた。スタジオでのやり取りを聞いていると、生まれたばかりの赤ちゃんを「お子様」を呼ばなければならない窮屈さもあいまって、いったいこれはいつの時代なのか、と頭がくらくらしてくるほどだ。
今から50年近く前、現天皇の結婚当時は、放送でも「皇太子さん、美智子さん」という呼称で通っていた。また、現皇太子の幼少時には愛称からとった「ナルちゃん憲法」という言葉もブームを呼んだ。とにかく「さま」や「陛下」「殿下」と呼ばなければならないという堅苦しい敬語で固めた現在の皇室報道は、この50年でマスメディアが表現の自由を自ら狭めてきたことの証左ではないだろうか。
もっとも、慣れない敬語を使いながら必死に中継レポートしているテレビ局の若い記者たちの姿を見ていたら、「もしこれで天皇制がなくなったら、日本の敬語文化はこれまで以上に衰退するだろうな」という、妙な感慨も覚えたしだいだ。
(記事終わり)


「前衛」はあくまでも共産党系の雑誌なので、上記のように天皇制に対して辛辣な意見が出るのも当然といえるかもしれません。この時代の共産党は骨があって(?)、独自のポリシーに基づく意見もきちんと言えたのだなあと改めて思います。

共産党系の雑誌という偏見を除いても、上記記事は割とまっとうなことも述べていると言えるのではないでしょうか。乙武氏ブログ炎上事件といい、メディアが横並びで「男子誕生」をことさらお祝いするだけの番組作りしかしないことといい、世論を同一の方向に向けさせ、それに反したり疑問を呈したりする意見を悉く潰してしまうことは恐ろしいですし、もはや民主主義の国がやることではないでしょう。
しかし、「男子誕生」に異様に盛り上がっていたのは実はマスコミと一部の男系男子支持者だけであり、国民の大半は白けていたというのが事実のような気もします。上記記事も「悠仁様誕生特番の視聴率は惨憺たるものだった」と正直に書いているくらいです(笑)。

そして上記記事は天皇制全体を今一度見直すためにも、憲法改正についても様々な方向性から議論するべきだと述べていますが、この提言が12年後の現在でも有効であるということに驚かされます。現在、窮地に立たされている安倍政権は、憲法改正についていまだに強引さを見せているようですが、12年前から言われていたことが現在もまだ継続しているというということは考えさせられます。

ところで、今の共産党は、12年前と同じような骨太さを持っていると言えるでしょうか?
今上陛下の生前退位についても、天皇を男系男子に限定している点も、秋篠宮様の立皇嗣を強引に推し進めようとしていることについても、今の共産党は矜持を持ってきちんと独自の意見を見せてくれているでしょうか?私にはとてもそうは見えません。


先日、共産党の志位委員長が、下記のようなコメントを出したとニュースになりました。

天皇の即位儀式、共産「見直しを」 国民主権に沿わず
毎日新聞2018年3月23日

共産党の志位和夫委員長は22日の記者会見で、天皇陛下の退位に伴う新天皇即位の儀式について、憲法の国民主権と政教分離の原則に沿って見直すべきだと表明した。国会の全党派で議論する場を設けることも提案。同党は政府と衆参両院議長に文書で提出した。
政府は前回の儀式を基本的に踏襲する方針だ。志位氏は、皇室に伝わる剣などを引き継ぐ「剣璽(けんじ)等承継の儀」▽新天皇が三権の長らにおことばを述べる「即位後朝見の儀」▽内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」--が憲法で定めた国事行為にふさわしくないと指摘した。

志位委員長はあくまでも「即位の礼」だけの意見に留まり、今上陛下の退位希望や退位の礼の違憲性、秋篠宮様の皇嗣待遇や立皇嗣礼については何も意見を述べていません。新天皇陛下の即位の礼には触れるのに、今上陛下と秋篠宮様の一件には何も苦言を呈さないのもどうなのか?と疑問に感じます。
このように、今上陛下と秋篠宮家に対しては、どういうわけか左翼の共産党すら「何も言わない・言えない」という異常な状態が続いていると言えます。「予算を減らせ(簡素化しろ)」とか「違憲のものとして見直しを行え」と言われるのはいつも新天皇陛下の即位の礼ばかりというのは、納得いきません。「即位の礼」は平成の前例に倣うということができますが、「退位の礼」と「立皇嗣の礼」は前例のないものを国民の議論がないまま推し進めようとしている点で、即位の礼よりも許容できる余地がないと言えるからです。

悠仁様ご誕生に対する「言論弾圧」の恐怖~乙武氏・きっこ氏ブログの炎上

今回は、悠仁様ご誕生後に起きた“ある炎上事件”について触れたいと思います。
一歩間違えると、すべての物事において「言論統制」が起きかねないことに警鐘を鳴らす記事内容となっています。

週刊現代2006年9月30日号

あの乙武クンも標的にされブログ炎上
親王誕生で“言葉狩り”された人々


「非国民」「あんた何様だ?」「偽善者来たー!」「乙武洋匡は愛国心が無いんだな」

9月6日の秋篠宮家新王誕生後の慶祝ムードの陰で、あの乙武洋匡氏(30歳)のブログ「乙武洋匡オフィシャルサイト OtoZone」が“炎上”し、注目を集めている。標的とされたのは、「紀子さま出産」と題した翌7日付のこんな文章だ。
「世間は昨日から『めでたい、めでたい』と騒いでるけど…ひとつの命が誕生したことがめでたいのか?それとも誕生した命が『男児だったから』めでたいの?」(以下略)
この短文はすぐにネットの巨大掲示板「2ちゃんねる」に取り上げられ、ブログへ批判・中傷コメントが雪崩を打つように書き込まれた(こうしたブログ執筆者の発言に批判的コメントが集中する状態を“炎上”という)。同日のうちに乙武氏は「深くお詫びします」との題で謝罪文を掲載したが、これが火に油を注ぎ、明けた8日には900件近いコメントが押し寄せ、13日現在ではすでに総数は5000件以上にも及んでいる。
この現象を『大正天皇』の著書がある明治学院大学教授の原武史氏はこう見る。
「乙武さんのこの醒めた見方は特別なことではない。皇太子夫妻にまったくスポットが当たらず、秋篠宮家ばかりが注目を浴びる状況に、国民は政治的なにおいを感じとり、割り切れなさを感じている。その手放しで喜べない微妙な気持ちを乙武さんが代弁した、という見方もできます」

この件に関する本誌の取材に対して、当の乙武氏はかたくなに口を閉ざしたままだが、親王誕生にからんで、「言論封殺」や「言葉狩り」を彷彿とさせるネット騒動はまだあった。
耐震データ偽造事件の特ダネで注目を集めるなど、辛辣な時評で知られる人気ブログ「きっこの日記」が、6日付で「見て見ぬフリの国民性」と題する文章をアップしたが、すぐに削除していたのだ。内容は、紀子妃の出産を「茶番劇」と評し、親王誕生で沸く皇室報道を含めた日本人の国民性を批判したもの。ブログの主は「公開の順番を間違えて」しまったと理由を追記したが、13日現在この内容の原稿が再アップされた様子はなく、削除の経緯に疑問の声も上がっている。
市民記者によるニュースサイト「オーマイニュース」の編集長・鳥越俊太郎氏は、
「“炎上”は、ある種の言論暴力。こうした言葉の暴力が横行する原因は、ネットの匿名性にあるのではないか。匿名で他人を誹謗中傷するような場をつくった『2ちゃんねる』は、日本人の恥部を見るような気がして恥ずかしい」
と、「2ちゃんねる」への批判発言で炎上しかけた自身の体験からこう語った。
個人ブログへの攻撃的な書き込みは「2ちゃんねる」を経由することが多い。この巨大なネット掲示板をめぐって名誉棄損や脅迫などのトラブルが後を絶たないのは事実だ。“ひろゆき”こと、管理人の西村博之氏にコメントを求めたが、締切日までに返答はなかった。
前出の原氏が語る。
「ネットで目立った意見に反応して面白半分に陰湿に叩くというのは、自閉的な日本の社会を象徴している。タブーの多い皇室という存在が、もしもそういう陰湿さを助長しているようであれば、これは問題。私には差別の構造の頂点に皇室が位置しているという持論があるが、日本の皇室は今、もっと外に開かれるべき時を迎えているのではないか」
(記事終わり)


乙武氏の率直な一言で彼のブログが大炎上を起こした一件は、ご存じの方々も多いと思われます。私も当時この一件を知った時は、乙武氏を攻撃した側に疑問を抱きました。
皇室に“男子”が生まれ、そのことを祝福することに対して、何らかの複雑な感情を抱いた国民も少なくないと思われます。しかし相手が皇族だったので、はっきりと異議を唱えられない国民もきっと多かったはずです。しかしそのような中、乙武氏というそこそこ知名度のある人が、実に率直な感想をブログに挙げてくれました。彼の意見に内心では同調した人もいたはずです。「自分が言いたくても言えないことをよくぞ言ってくれた」と感じた国民もいたのではないでしょうか?

ところが、乙武氏のこの一言を弾圧しようとした連中がいたということですよね。確かに皇室にお子様が生まれたことはおめでたいのかもしれません(いや皇室に限らず、新しい命の誕生はすべておめでたいと言えるのかもしれませんが)。そういう“おめでたい”ことに水をさすな!ケチをつけるな!と言いたい人の気持ちも分からなくはありません。
ですが、一つの物事について様々な感想が出ることは言論の自由が保障されているはずの我が国では自然で健全なことです。それを組織立った圧力・弾圧でひとつの意見だけを抑え込み、自由な感想や意見を持つことを封じ込めるやり方は実に卑怯であるし、恐ろしいことでもあります。しかも弾圧した側はほぼ全員「匿名」という点も卑怯ですね。乙武氏が実名を出して自分のブログで堂々と意見を述べたことに比べると、弾圧した側の行動は褒められたものではありません。

また、きっこ氏も同様の弾圧を受けてブログ記事を削除した経緯があるとのこと、私はこちらの一件は当時は知りませんでしたが、このようなことが度々起これば、悠仁様=男子が皇室に生まれたことについては、もう「お祝い・称賛一辺倒」しかできなくなってしまいます。この2件のブログ炎上事件がきっかけで、悠仁様=男子誕生については否定的な意見は一切言えない空気になりました。

原武史氏が「皇太子夫妻にまったくスポットが当たらず、秋篠宮家ばかりが注目を浴びる状況に、国民は政治的なにおいを感じとり、割り切れなさを感じている」というコメントを述べていますが、これは乙武氏ブログ炎上から12年たった今でもまさに言えることであり、東宮ご一家をスルーして秋篠宮家ばかりクローズアップするテレビや書籍が多いという現実はまだ現在進行形で続いています(特に公共放送であるはずのNHKがひどすぎます)。

それにしても、乙武氏のブログを炎上させた人々の正体は一体何なのでしょうか?
東宮ご一家をバッシングする勢力すべてに言えることですが、あまりにも組織立っており、同じような批判内容を壊れたレコードのように繰り返すため、かなり早い段階から「個々人ではなく特定の意図を持った集団が行っている」という見方がされていました。
この“組織”についてはここでは深入りしないことにしますが、あまりにも不気味なカルト的組織が行っている…というにおいを感じています。
乙武氏に向けられた批判の中に「非国民」「愛国心がない」というものがあったようですが、こうやって「お前は日本を愛していない」「反日・非国民」という方向性で相手を罵倒するやり口が好きな団体がいますよね。

また乙武氏には「偽善者」という批判も向けられたようですが…むしろ皇室に男子が生まれたことについて手放しで盲目的に喜ぶ人たちこそ「偽善者」ではないかと思うのですが。乙武氏は偽りを述べない、正直者としか感じません。

秋篠宮家を支えている集団は、こういう組織なんですよね。悠仁様ご誕生から12年たった今、いっそうそれを強く感じています。

しかし12年前、個々人が気軽に自由に自説を述べることができるツイッターなどのSNSがあったら、悠仁様=男子誕生の一件について、国内外でどのような意見のやり取りが繰り広げられていたのか…とつい想像してしまいます。

やはり「典範改正先送り」をした自民政権の判断は間違いだったのではないか

サンデー毎日は秋篠宮ご夫妻の第三子(悠仁様)誕生直前に下記のような記事を出し、たとえ第三子が男子であった場合でも「手放しでは喜べませんよ?」というまっとうなことを述べていました(拙ブログでもご紹介済みです)。

サンデー毎日2006年9月10日 紀子さま41年ぶり男子皇族誕生でも「手放しで喜べないこれだけの理由」

サンデー毎日はその後、第三子=悠仁様という男子が生まれた後も、典範改正を棚上げしてしまった自民政権の判断に苦言を呈するような記事を書いています。今回はその記事をご紹介します。

サンデー毎日2006年9月24日号

ご出産ワイド

「お世継ぎご誕生」のビッグニュースが流れた9月6日以降、列島各地の熱気は冷める気配がない。慶事を機に出産ブームの兆しが見え始め、経済効果をはじく面々も。一方、皇室典範改正問題は一気にトーンダウン―。悲喜こもごものドラマが生まれているのだ。

◆「安倍新官邸」が先送り 「皇室典範改正」の迷走

今や、はるか昔の話のような気もするが、皇室典範改正をめぐって政争になりかけたのは今年初めてのことだった。
小泉純一郎首相は、女性・女系天皇を認める典範改正案を1月開会の通常国会に提出しようとしていた。
これに対し、自民党を中心に保守議員らが「男系男子」の維持を主張して巻き返しを図ったため、小泉首相が提出を強行した場合、「郵政」並みの大波乱が起きる、とも観測されていた。
それが2月7日の「紀子さまご懐妊」発表で「水を打ったように静まり返った」(宮内庁関係者)。
そして男児が誕生。
「(改正は)少なくとも40年ぐらい先の話でしょ」(麻生太郎外相)などという発言が飛び出すほど、永田町は「先送りモード」だ。
一方で男系維持派は勢いづいている。
下村博文衆議院議員(自民)は9月6日、新しい超党派の議連を結成し、旧宮家の男系男子を皇族に復帰させる典範改正案の検討を明らかにした。「今の皇室典範は危機を迎えることは確か」とも語った。方向は違うが、現状認識は小泉首相と同じなのだ。

では、「安倍新官邸」は、どうするのか。政治評論家の浅川博忠氏が言う。
「触らないでしょうね。小泉さんが改正で突っ走って政権の危機になりかけたのを、官房長官として隣で見てるわけですから。安倍氏の急務は来年の参院選に勝つこと。ここで変に意思表示をして党内に不協和音をもたらすのは得策ではないという判断がある」
改正案提出は先送りし、男系維持派とされる自らの意思表明も封じるのではないかと、というのだ。

だが、前出の宮内庁関係者は「典範改正はいずれ必要。有識者会意義の指摘した皇族的問題は解決されていません」と話す。「皇室典範に関する有識者会議」が昨年11月に出した報告書には、こうある。
「これ(男子による継承)が維持されてきた背景としては、まず、非嫡出子による皇位継承が広く認められていたことが挙げられる」
つまり、側室制度があったがゆえ、というのだ。
また、結婚年齢が若く、子どもの数も多かったことも支えの一つだったという。
側室制度の廃止、そして働く女性の増加と高学歴化、晩婚と少子化―皇室も時代を反映して変化してきた。それを無視したままの「先送り」では、改正議論は迷走するばかりだろう。
(記事終わり)


短い記事ですが、サンデー毎日が危惧することは間違いではないと言い切れると思います。麻生氏に代表されるような「悠仁様が生まれたのだからあと数十年は安泰でしょ?」という、未来を見据えようとしない愚かな発想が明らかに皇室の末永い繁栄と安泰を危ういものにしていると言えます。「悠仁様お一人になってしまわないように女性宮家を作って云々」という意見が代表的ですが、その場しのぎの安易な考えしかできない人たちに皇室の未来を託すことが本当に不安で仕方ありません。
ここで抜本的に「天皇直系の血を引く、東宮家の長子の敬宮愛子様を皇位継承者にすべき」という発想転換ができないまま、「とりあえず悠仁様という男系男子がいるからそこまではギリギリいけるけど、その後は無理だから女帝女系はそこから考えればよい」という考え方自体が腹立たしいですし、結局最終的に女帝女系に方針転換するつもりなら、じゃあなぜ“今、現在”敬宮様が女帝になってはいけないのか?と思うわけです。

当時、典範改正を先送りにした張本人とも言える安倍氏ですが、現在渦中の中にいますね。しかし安倍氏が総理を辞めたところで、後任と目される人々が同じような「敬宮様軽視派」だったら、問題は解決に至りません。そこが何とも歯がゆいです。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~悠仁様誕生当日も続いた「茶番」

「あまりにも白々しい『秋篠宮ご夫妻第3子』をめぐる茶番劇」シリーズも記事数が増えていきましたが、第三子=悠仁様ご誕生の当日もその茶番は続いていました。

今回は、第三子=悠仁様が誕生された2006年9月6日当日の秋篠宮様のご様子を報じ、同時に、典範改正を見送ったことに対して苦言を呈する内容となっている記事をご紹介したいと思います。

週刊朝日 2006年9月22日号

祝!男児ご誕生 ご祝賀ワイド おぎゃー!


親王さまの第一声は「おぎゃー」だったと、金澤一郎・皇室医務主管が発表した。まことにおめでたい「おぎゃー」にまつわるあれこれ。

◆秋篠宮さまはそのとき「純情きらり」を凝視したワケ

新しい親王が愛育病院の手術室で産声を上げた9月6日午前8時27分。その瞬間、手術室と廊下を隔てた向かい側の部屋に待機していた秋篠宮さまは、テレビドラマを見ていたという。
皇室に41年ぶりの男児誕生か、と民放各局が軒並み特別編成を組んでいたこの時間帯に放映されていたドラマとは、NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」である。
「平静心を失わない方だな、とちょっと驚いた次第です」

金澤一郎・皇室医務主管は、「親王さまです」と伝えたときの秋篠宮さまの淡々とした様子を会見でこう述べた。日本中が今か今かと誕生を待ちわびているとき、渦中の当人が騒ぎをよそに、食い入るようにドラマを見ていたのには、ある理由があった。
皇室関係者は、こう解説する。
「NHKにまた情報が漏れていないか、チェックしていたんですよ」
事の発端は今年2月のご懐妊報道にある。秋篠宮さまに紀子さま懐妊の報が届く前に、NHKが第3子ご懐妊を発表した。
紀子さまは、ご自分の口から秋篠宮さまや両陛下に朗報を伝えられなかったことに強いショックを受け、涙を流された。秋篠宮さまはそのことに心を痛め、激しくお怒りでした」(皇室関係者)
自分に知らせが入る前にまた速報が流れやしないか、画面を凝視していたのだ。
今度こそ自分の口で直接、伝えたい。秋篠宮さまの動きは速かった。男児の姿を見届けると、誕生から6分後の8時33分ごろ、札幌に滞在する両陛下にまず電話を入れ、続いて皇太子さまにも直接、電話で報告した。男児誕生の第一報は、日本テレビが8時46分に伝えた。そのころには、秋篠宮さまはすでに受話器を置いていたはずだ。

◆ご夫妻は「どんな子でも」と言ったが 医師団が男児と知った時期

「医師団はだれも正確な情報はありませんでした。2分の1の確率だったということですね。私も知りませんでした」
紀子さまの主治医で帝王切開をした愛育病院の中林正雄院長は、術後の記者会見で、新宮の性別についてこう語った。
男の子か、女の子か。皇室典範改正問題ともからんで、ご懐妊直後からさまざまに憶測を呼んできた性別を、はたして医師団はいつ知ったのか。
金澤一郎皇室医務主管は、「どんな状態の子どもであっても受け入れたい」という秋篠宮ご夫妻の「大変感銘深いお言葉」を披露。ご夫妻の意向を尊重した結果であると強調した。

だが、だれも知らなかったという医師団の説明を額面どおりに受け取る人は少ないだろう。「男の子」説は永田町や宮内庁、マスコミ関係者の間で半ば既成事実としてささやかれていた。
最近では「週刊文春」9月7日号が「秋篠宮が友人に洩らした『第三子は男の子』」と題した記事を掲載した。3カ月ほど前、ごく親しい友人に「次は男の子でしょうか」と問われた秋篠宮さまが、
「ええ、そのようです」
と答えたとする内容だ。

超音波診断では、出産前には9割方、男女の見当がつくといわれる。
日赤医療センター産科の杉本充弘部長はいう。
「まれにまぎらわしい場合もありますが、超音波の診断をすれば性別はおおよそわかります。まして今回、紀子さまを担当した上妻さん(志郎・東大助教授)は超音波のスペシャリスト。診断の精度は高いはずです」
紀子さまの出産を支えたのは、主治医の中林院長や同病院産婦人科の安達知子部長ら。坂元正一・母子愛育会総合母子保健センター長が顧問役を務めた。
このうち、最も性別情報を知りうる立場にあるのは、超音波を担当する上妻氏だろう。ただし、皇室関係者によれば、上妻氏は、性別が判別できるような診断画面は見ない、といった話が医師団と宮内庁との間であったという。
医療チームの一人を直撃すると、こんな答えが返ってきた。
「会見で中林さんが言ったとおりです。診断しているうちに男か女か見えちゃったなんてアマチュアのやることで、見えないように診断しようとすればできるのがプロ。本当にだれも知らなかったんだよ。過去の週刊誌の報道もウソです」

◆皇室典範改正議論は先送り 安倍晋三氏が見せた“弱腰”

次期首相にいちばん近い男、安倍晋三官房長官は、男子皇族の誕生に胸をなで下ろしたに違いない。
「冷静に慎重に、しっかりと落ち着いた議論を行っていくことが必要ではないか」
皇室典範改正について、安倍氏は6日午前、記者団にそう語った。政府も早々と、次期通常国会での改正見送りを決めた。ある永田町関係者が解説する。
「安倍氏の判断は、皇室典範改正を当分の間、『塩漬け』にするということです。安倍政権で新しい有識者会議をつくって報告書を上書きするという選択肢もあったのだが、(改正に前向きだった)小泉首相との関係もある。今回は波風の立たない『塩漬け』を選択したということでしょう」
「闘う政治家」を標榜する安倍氏らしからぬ判断だが、実は皇室典範改正問題は、安倍氏にとって火傷をしかねない「政変の火種」であった。
そもそもの発端は小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が昨年11月に提出した報告書だ。女性天皇や女系天皇を認め、皇位継承順位は男女を問わない「第一子優先」というもの。小泉首相は今年1月の施政方針演説で、「有識者会議の報告に沿って改正案を提出する」と成立に強い意欲を示し、保守系議員らが猛反発した。その紛糾ぶりは、「無理に進めれば血を見ることになる」(中堅議員)と心配する声があがるほどだった。
だが、「紀子さまご懐妊」が助け舟となった。小泉首相は2月のご懐妊発表を機に改正案提出を見送った。
今回の新宮が女子であれば、安倍政権の下でも再び自民党を二分する激しい論争は避けられなかっただけに、男子誕生で党内には安堵の空気が漂う。

しかし、政治評論家の森田実氏はこう指摘する。
「改正が棚上げになったことで、戦後、男女平等をうたう憲法に沿ったはずの皇室典範で、女性天皇を禁止した問題が棚上げになってしまった」

小泉首相も6日夕、こう語った。
「今の時代において常に男子がお生まれになるとは限りませんから、将来女系の天皇陛下も認めないと、皇位継承というのはなかなか難しくなるのではないか」

保守系議員の中には、旧宮家の皇族復帰で、男系男子による皇位継承を安定させようという動きもある。
それでも、安倍政権では改正議論は先送りされる雲行きだ。その先にあるのは、親王の将来のお妃がさらされる「男児を産まなくてはならない」という重圧なのである。
(記事ここまで)


悠仁様ご誕生時に秋篠宮様が当時のNHK朝ドラ「純情きらり」を見ていたことですが、もしかしたら秋篠宮様が普段から朝ドラの視聴を習慣にしていただけかもしれないですし、たまたま好きな役者さんがそのドラマに出ていたのかもしれないですし、本当のところはよくわからないというのが正直な所ではないでしょうか。たまたま朝ドラを見ていただけなのに、「またNHKで速報が流れるのではないか」という疑いを秋篠宮様は抱いていた…と考えるのは憶測にすぎないかもしれません。

しかし、第三子懐妊リークと速報の経緯の明らかな不自然さから、「あの一件は自分の妻が関与していたのではないか?」という疑惑を、夫である秋篠宮様は果たして1ミリも持っていなかったのでしょうか?冷静に考えれば「あの一件はもしかしたら自分の妻が…」という考えが浮かんでも良さそうなものなのに、秋篠宮様は最後まで「別の誰か」がリークし速報を流させた、と考えていたのでしょうか。
しかし、自分の妻以外に心当たりのある人物がいたとすれば、とっくの昔にその人物を自分たちから遠ざけることも可能だったはずです。ところが秋篠宮ご夫妻がそういうことを行った形跡はありませんでした。
あるいは案外と秋篠宮様は自分の妻の関与を何となく疑っていて、「今回ももしかしたらNHKで?」と思いつつ朝ドラを見ていたのかもしれません。
いずれにせよ、秋篠宮様はとっくに「第三子は男子」ということが分かっていたのだろうと感じます。「平静心を失わない人」とか「淡々としていた」という様子からもそれが分かります。

結局、悠仁様ご誕生の一報を最初に流したのはなぜか日テレだったようですね。NHKが「選ばれなかった」のは、懐妊リークの一件があってNHK周辺に疑いの目が向けられていたので、今回は「遠ざけた」ということなのでしょうか。よく分かりません。
悠仁様が生まれたのが6日の午前8時27分、秋篠宮様が誕生を知ってまず両陛下に電話でお話したのが8時33分頃、そして日テレが誕生の一報を報じたのが8時46分頃。
日テレはまるで秋篠宮様の「行動」が終わるのを見届けてから速報を流したようにも見えます。

さて、秋篠宮ご夫妻が第三子懐妊の際「どんな子でも受け入れる」とおっしゃった逸話は割とよく知られていますが、この言葉の意味は決して「男子でも女子でも関係なく」ということではないと私は思いました。
性別選択・受精卵選別で無理やり“男子”を作ることになるリスクやデメリットについて、秋篠宮ご夫妻は当然医師から話を聞いていらしたと思います。“男子”を選ぶことによって具体的にどのようなリスクが生じる可能性があるか…その医師からの忠告を聞いた後、秋篠宮ご夫妻は第三子の無事な着床を確信した上で、「リスクを抱えた子など生まれるわけがない、我々なら最高の医師団がついてるし大丈夫だ」という自信を持った上で「どんな(リスクを背負った)子でも受け入れます~」と、しおらしく言ってみせただけではないでしょうか。
そして現在、悠仁様は11歳となられましたが、報道規制を敷かれて意図的に「隠された」お子であるとか、進学問題で周囲と軋轢を起こしているとか、不穏なお話ばかりが漏れ聞こえてきます。
果たして秋篠宮ご夫妻は、ありのままの悠仁様をきちんと「受け入れて」いると言えるのでしょうか?過去の自分たちの発言に、嘘や偽りはないと胸を張って言えるのでしょうか?


そして上記記事の最後は、小泉政権から安倍政権へのバトンタッチとともに典範改正議論が凍結されてしまったことに苦言を呈する形で締めくくられています。
男女平等をうたった憲法と抵触する問題、皇室の存続と繁栄を怪しくする問題、そして今後「男子生めプレッシャー」の継続からまともな女性が誰も皇室に嫁いでこなくなるという懸念、これらは当然今もまったく解決されていないことばかりです。
むしろ悠仁様ご誕生で事態はどんどん悪化していきました。


それにしても「女帝・女系天皇」を推し進めるだけで「血を見ることになる」とは、一体どういうことなのか。
天皇制の維持というお話で、なぜそのような物騒なヤク〇の世界のような怖い話が出てくるのか。

男系男子固執派のバックにはどういうカルト集団や圧力団体が控えているのか…と考えてしまいます。
表によく出てくるのは日本会〇ですが、それ以外にももっと闇に隠れた組織が背後にいるのだと感じるのです。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~「手放しで喜べない」と言われてしまった「第三子」

今回は久しぶりに、秋篠宮ご夫妻の間にできた「第三子=悠仁様」の記事についてご紹介させていただきたいと思います。
2006年9月6日の悠仁様のお誕生日直前に出された雑誌記事ですが、現在でも十分通用する、的確な指摘がなされている内容となっています。「たとえ第三子が男子であっても手放しでは喜べない」というものです。


サンデー毎日2006年9月10日

紀子さま41年ぶり男子皇族誕生でも
「手放しで喜べないこれだけの理由」


日本中が見守る秋篠宮妃紀子さま(39)の第3子出産が目前に迫ってきた。今回はとりわけ、その「性別」が国民注視の的になっている。皇室典範の改正論議の行方もその一点にかかっている。男子であれば、実に「41年ぶりの慶事」となるが、手放しでは喜べない事情がある。

もちろん、ご本人が話されたわけではないし、医師が認めたわけでもない。
しかし巷では「紀子さまの第3子は“男の子”」が、既定路線のように語られているという。自民党のある中堅議員は、
「誰が(男の子と)言い出したのか分かりませんが、『皇室典範改正も、これで消えた』といった声が永田町でも広がっています」
とホッとした表情で話し、また、皇室ジャーナリストの河原敏明氏も、
「希望的観測も、中には含まれますが、さまざまな要素を重ね合わせると、男の子であることは、ほぼ確定でしょう
と言うのだ。
そうだとすれば、昨年、侃々諤々の議論が紛糾し、2月のご懐妊発表で“ペンディング”になった、あの「世襲を安定させるためには女系もやむをえない」という結論は、どこへいってしまうのか。昨年11月、小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、「女性天皇」や「女系天皇」を認め、皇位継承順位は「第1子優先」とする最終報告書をまとめているのだ。
横田耕一・流通経済大教授(憲法学)は、皇室典範改正は「振り出しに戻った」とみる。
「男の子ならば、皇位継承者が誕生したわけですから、皇室典範改正の議論は必ずしも急ぐ必要はない。女の子だったとしても、様子見ということになるのではないでしょうか」
さらに横田氏は続ける。
「そもそも改正議論は、雅子さんにも、紀子さんにも、もう今後、子どもは生まれないという前提で進んできたのですから、その前提が崩れた以上、そばらくは(改正の)議論は行われないでしょう。それに、選挙も控えた次期政権がモメること必至の改正にこだわるかどうか」

一方、共同通信の元皇室担当記者で、静岡福祉大の高橋紘教授(現代史)は、「終止符は打たれていない」と言う。
「男子が生まれた場合でも、皇室典範改正が急務であることに何ら変わりはない。男系男子だけによる継承はやがて行き詰ります」と話すのだ。

高橋氏をはじめとする「女性・女系天皇を認め、直系の第1子優先とする」派の意見をかみくだくと、おおよそ次のようなことになる。
生まれてくる男子が20~30年後に適齢期になった際、結婚問題が浮上する。意中の相手と運良く結ばれることになったとしても、皇太子妃となった女性は、雅子さまらが経験したと同じく、皇位継承者を産むことを強く期待される。女の子を授かった場合には弟を望まれ、男の子が生まれたとしても、さらに「もう一人」を望まれ、その息子もまた同じ“強い期待”を皇太子妃とともに背負うことに。

つまり、男系だけに頼る今のままの制度では、永遠に皇位継承は「不安定で、綱渡りである」ということなのだ。
「これまで男系天皇による世襲を続けることができたのは、側室制度があったからです。大正天皇も明治天皇もそうであったように、実際、125代の歴代天皇の約半数が側室から生まれています。しかし、いまの時代に側室を復活させることなどできません」(高橋氏)


◆「秋篠宮家の立場もあいまいに」

京都産業大教授(日本法制文化史)で『皇位継承のあり方』(PHP新書)の著者、所功氏も「改正は早ければ早いほうがいい」と言う。所氏自身は、出産・育児などの負担を考えると、女子よりも男子による継承が望ましいという立場だが、それでも、
「男系男子に限る従来の制度は、側室制度を認めていたから何とか成立しえたことであって、それを否定した戦後の一夫一婦制の下ではきわめて難しい。だから、制度的には男系女子にも、女系の男女子にも『間口』を広げておく皇室典範改正が必要」
と説明する。

男子誕生でも手放しで喜べない理由には次のようなこともある。
『天皇家の財布』(新潮新書)の著書がある成城大学専任講師の森暢平氏はこう話す。
「今の制度のままで、男子の新親王が誕生すると、愛子内親王と新親王の地位が不安定になるうえに、皇太子一家と秋篠宮家との“地位変動”が起こりえます」
どういうことなのか。
「皇室典範の改正議論に決着をつけないと、皇太子のところの愛子内親王に継承させるのか、秋篠宮のところの新親王に継がせるのか(※綴じ目で一行不鮮明)不安定な状況の中で成長しなければなりません。さらに筆頭宮家である秋篠宮も、“事実上の皇太子”として公務などが増えるかもしれません」(森氏)
そうした場合、いったい何が問題になってくるかというと、現在ある天皇家と宮家の「格差」だという。
森氏によると、天皇家の生活費である「内廷費」が年間3億2400万円なのに対し、秋篠宮家が受け取る「皇族費」は、新たに加わる新親王の分を加算しても5490万円にすぎない。
「スタッフの人数も、宮家は東宮御所の数分の一程度であるように、皇位継承1位と2位でありながら、予算や待遇などがまるで違うのです。今のまま決着をつけずに先送りをしてしまうことによって、秋篠宮家という立場も非常にあいまいになってしまうのです」

常に、お世継ぎのプレッシャー(※綴じ目で一行不鮮明)雅子さまにとっては、紀子さまの第3子誕生、とりわけ男子であれば、その喜びもひとしおであろうと想像する。
しかし、皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏は、これもまた、手放しの喜びではないのではないか、とみる。
「たとえ紀子さまに男の子がお生まれになったとしても、雅子さまに第2子が授かるにこしたことはありません。現に、雅子さまご自身も、もう一人、お子さまを願っているという話を雅子さまと近い関係者から聞いています
つまり、今の制度が続くかぎり、第3子の誕生で問題が解決するはずはなく、「もう一人」という声は、半永久的に繰り返されるというわけだ。

前出の河原氏も言う。
「男のお子さまが生まれると、『あと数十年は大丈夫』ということで皇室典範改正も先送りされるかもしれませんが、病気や事故など、いつ何時、何が起きるか分かりません。そうした際、改正に時間がかかることでは困ります。時代の要請に応じてさまざまな資料を集め、改正には早く着手しなければならないでしょう
男子ご誕生でも難題山積に見える皇位継承だが、仮に皇室典範改正が実現し、「女性天皇」が認められたとしても、同じく手放しで喜ぶわけにはいかないのだという。婿選び、あるいはお妃選びがすんなりいくとは限らないからだ。

◆「性別だけでない皇位継承議論を」

そもそも、なぜ皇室典範改正が必要なのか。前出の所氏は「そう難しく考えることではない」と言う。
「皇室は特別な身分・地位ですが、それを担っているのは生身の方々ですから、ストレスもあれば、少子高齢化の影響だって受ける。そういう皇族への思いやりをもって、議論すべきことなのです」
男の子か女の子かという議論が熱を帯びる一方で、抜け落ちていることがあると前出・横田氏は指摘する。
「男系、女系の議論にのみスポットがあたっていますが、何のために皇位を継承するのか、天皇制はどうあるべきか、そもそも、天皇制に固執する必要があるのか、という問題を、本来考えるべきなのです。そういったことが、今この時代に深く議論されることが必要です

事実上、皇室典範改正案には「待った」がかかっているが、紀子さまのご懐妊で消えてしまったわけではない。生まれてくるお子さまが男子であるとも決まっていない。
「今後の議論は、昨年のような有識者会議ではなく、皇室典範に定められている『皇室会議』で皇族と三権の代表のメンバー(10人)が、皇位継承をはじめ、さまざまなことを実質的に検討するべきです」
と前出・所氏は皇室会議の機能充実を説く。
一日千秋の思いで見守るわれわれも、皇位継承の意味を、あらためて考える機会にしたい。

本誌・藤後野里子

(記事終わり)



今目を通しても、「なるほどその通り」と思える内容だと思います。
悠仁様ご誕生直前に、このような前向きな議論を求める記事が出ているとは知りませんでした。当時のイメージ的に「男子が生まれればこれで皇室は安泰!しばらくは典範改正議論も不要になるだろう!」という内容の記事ばかり出ていると思いこんでいたもので…。

上記サンデー記事は複数の人々の意見を載せています。
「これでしばらくは典範改正しなくていい」と言っている横田耕一氏は憲法を専門とする学者ですが、「雅子さん、紀子さん」呼ばわりしている点を見ても、この人には元々皇室(特に女性皇族)に対する敬意がないのでは?という印象があります。記事の最後の方でも「天皇制が本当に必要かどうか(固執する必要があるかどうか)ということまで含めて議論すべき」とも言っていますが、この人は今上陛下の生前退位や公務の定義に関しても冷徹な目で論じていたことがあるようですので、天皇制全体に対して割と冷静な視点を持っていると言えるかもしれません。

一方、高橋紘氏、松崎敏弥氏、河原敏明氏は、上記サンデー記事中に限って言えば、比較的すんなりと理解しうるまともな発言をしていると感じます。

所功氏は「女子よりも男子による継承が望ましいという立場」という箇所はいただけないですが、「典範改正は早ければ早いほどよい」というコメントからも当時は敬宮様の存在を意識していたと見ることができますし、「側室制度がないと男系男子継承を維持するのは困難、男系女子にも女系にも間口を広げた方がよい」という部分は頷けます。「皇族への思いやりを持つべき」という箇所もその通りだと思います。
しかし、この所功氏、今ではすっかり秋篠宮家と両陛下の“代弁者”に成り下がってしまい、あの悪名高い「立皇嗣礼」について最初にメディアで言及したのもこの人だったと記憶しています。「皇族への思いやり」と言いつつ、東宮ご一家には何も配慮がないというのが疑問ですね。

今は亡き松崎氏も、生前は秋篠宮家・両陛下寄りの人だと感じていましたが、2006年当時はそこまで偏りのない意見を述べていたんですね。これも意外に感じました。

一方、森暢平氏はちょっとズレているというか、「秋篠宮家の待遇が今は良くない(東宮家と格差がある)」とか「秋篠宮が“事実上”の皇太子になる可能性がある」など、ちょっと首をひねりたくなることを言っています(というかこの意見、今では山下晋司氏がしょっちゅう口にしていることと同じ内容ですね…)。
しかしこの意見も「このままでは敬宮愛子様は東宮家のお子なのに秋篠宮家よりも立場が下になってしまう可能性がある」ということを示唆していると見ることもできます。そういう“ねじれ現象”が生じることになるがいいのか?という問題提起です。

河原氏も「病気や事故など色々なことを想定すべき」と問題提起していますが、まさに三笠宮家にその悲劇が起きてしまったと言えます。当主の三笠宮殿下よりも、三人の親王たちが先に薨去されることになってしまいました。このような現実を目の当たりにしながら、なぜ男系男子固執派が「男子さえ生まれれば安泰」と能天気に思えるのか不思議で仕方ありません。

ところで、松崎敏弥氏が上記記事中で
「雅子さまに第2子が授かるにこしたことはありません。現に、雅子さまご自身も、もう一人、お子さまを願っているという話を雅子さまと近い関係者から聞いています」
と述べている箇所ですが、私はここで少し恐ろしいことを考えてしまいました。

2006年当時、秋篠宮ご夫妻の間に第三子=男児(悠仁様)が誕生した事実を受けて、「これで東宮ご夫妻は男子生め生めプレッシャーから解放されるのではないか」「男子を生めないという理不尽な批判を、雅子様が受けることもなくなるのではないか」という見方をしていた国民も少なからずいたと思います。私も近い身内がそのようなことを申しておりました(私自身は「雅子様がお可哀相だ」という思いでおり、そこまで頭が回りませんでした)。

ところが現実は、雅子様に対するバッシングが止むどころか、ますます苛烈なものになっていきました。雅子様のみならず、敬宮様や皇太子殿下まで長引く異様なバッシングに晒されてきました。

なぜ、秋篠宮ご夫妻に男子が生まれた後も、東宮ご一家に対するバッシングはなくならなかったのか?
その理由は、上記松崎氏のコメントにヒントがあるように思えます。

要するに「東宮ご夫妻の間に第二子=男子ができたら困るので、バッシングでストレスを与えて第二子など望めない環境にしてやろう」という悪意ある意図が隠されていたのではないでしょうか。

私は、東宮ご夫妻の間に生まれる「お世継ぎ」については、あるひとつの仮説を立てて考えています。
詳細はここでは書きません(書かせていただくとしたらページを改めて別の機会に…)が、その仮説を前提とすると、東宮ご一家に向けられた様々な“悪意”がより深く見えてくるような気がしました。
もちろん、東宮ご一家には全く非がなく、悪いのはそういう暴走する悪意を向ける一味であることは言うまでもありません。

東宮ご夫妻の間に第二子としての男子がお生まれになる可能性はまだ消えていなかったのに、それをどうしても消したかった方々がいたのは否定できないと思います。
この大いなる“闇”が、現在も続いている生前退位問題や秋篠宮皇嗣問題にもつながっていくのだと感じています。


今回の記事で、「第三子出産前」の記事はいったん打ち止めになりますが、第三子誕生「後」も、興味深い記事がたくさん出ていました。
女性宮家悲願記事と併せて、第三子=悠仁様誕生後の雑誌記事も順にご紹介していきたいと思います。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~「帝王切開日=第三子誕生日」を一番最初に報じたのもNHK、そして秋篠宮のポロリ発言

今日は久しぶりに、秋篠宮ご夫妻の第三子を巡る茶番劇記事に戻りたいと思います。しばらくは第三子茶番劇関連記事と、眞子様の女性宮家創設狙い(?)関連情報を交互にご紹介する形にしたいと考えております。

今日ご紹介する週刊文春2006年9月7日は、また秋篠宮家とNHKとの“怪しい関係”を匂わせる記事を書いています。そして秋篠宮様の「うっかりポロリ発言」にも言及しています。

走力取材 紀子さま「ご出産」カウントダウン
秋篠宮が友人に洩らした「第三子は男の子」 殿下のご真意はどこに
早期入院は美智子さまの勧め 「9月6日説」はホント?

いまから三カ月ほど前のことだ。
秋篠宮のごく親しい友人がユーモアを交えて秋篠宮にこう聞いた。
「眞子さま、佳子さまと二人女の子が続きましたから、次は男の子でしょうか」
そのとき、二人きりで周囲に人はいなかった。すると、秋篠宮は微笑みを浮かべながら、はっきりとこう答えられたという。
「ええ、そのようです」


男の子か、女の子か。いつお生まれになるのか―。
8月16日に紀子さまが東京都港区の愛育病院に入院されて以降、多くの国民が固唾を呑んでその日を待っている。
紀子さまは帝王切開によるご出産が予定されているが、その手術予定日については、事前に宮内庁が宮内記者会に伝えることになっている。各社が「9月6日頃」と報じているため誤解されているが、現時点ではこの日程を宮内庁が認めているわけではない。
「“9月6日説”はNHKが8月8日の昼のニュースで、『経過に今後大きな変化がなければ、お子様が十分に成長したと判断される妊娠37週に入った後の来月6日頃に帝王切開による手術で出産される方針が固まりました』と報じたのが最初です」(宮内庁担当記者)
この報道には裏があった。その頃、宮内庁内部では早めに(※綴じ目で一文確認できず)発表することが検討されていたのだ。報道陣が関係者に根掘り葉掘り取材するようでは紀子さまの安静が保たれない。そのために先手を打って発表しよう、ということだったようだ。
「ただ、出産まで紀子さまがどのような経過を辿られるかは未知数ですから、『順調なら来月6日』ということを一カ月も前に発表するのは適当でない、ということで取り止めになった。でも、その情報は洩れてしまったのです」(同前)
たしかに、「37週」というのは医学的に見ても、教科書通りの線だ。前置胎盤の場合、母体は妊娠週数が進むほど出血の危険が高まる。一方、胎児は37週を過ぎれば未成熟のリスクは低くなる。そのため37週が一つに目安となるのだ。日赤医療センター産科部長の杉本充弘氏は話す。
「一般的な帝王切開では、経過が順調ならば37週に入ってから手術日を決める相談をしますが、前置胎盤の場合は大事をとって一(※綴じ目で一文確認できず)とが多い、報道の通り、紀子さまが現時点まで順調に来ているならば、当初の予定通り、6日の線で手術日がそろそろ決まる頃ではないでしょうか」
一方、9月6日以降の候補日についても様々な憶測が飛び交っている。
「気になるのは、両陛下が9月5日から9日まで北海道に行幸啓されること。6日は両陛下がご不在なのです。常に公務を最優先してこられた両陛下が北海道行きを取り止めることはないはずで、宮内庁がそんな日に手術の予定を組むはずがない」(テレビ局関係者)
そこで出てきたのが、9月3日もしくは9日の“大安出産説”。ただし3日には皇太子の地方行啓がある。
別の記者はこう話す。
「天皇ご一家のご予定や大安などの日取りがそこまで勘案されるのでしょうか。日程は宮内庁ではなく医師たちが出産の安全性を最優先して、主導的に決めるはずです。私は両陛下の行幸啓も日取りも今回は無関係だと思います。それに宮内庁が正式に認めていないにしろ、“9月6日説”はこれだけ公然となっている。それを外せば国民も心配します。少なくとも後ろにずれることはないと思います。
こういった様々な憶測をシャットアウトするかのように、病院内外の警備は厳重だ。秋篠宮、眞子さま、佳子さまもそれぞれお見舞いをされているが、その時間は特に警備が厳重になるため、院内でも空気でわかるという。

◆晴れやかなご表情の美智子さま

「病院のいたるところに私服警官がいますね。駐車場に一人、エントランスに一人、受付に二人、一階エレベーター前に一人、紀子さまのいらっしゃる『特室A』のある四階のエレベーター前に一人。それから駐車場には交代要員の警察官が乗っているバンが待機しています。たとえ入院中の妊婦の家族でも、面会の時間以外に病院内に入ろうとすると呼び止められますよ」
そんな厳重態勢のもと、静かに保たれた環境で、紀子さまは読書やDVD鑑賞をされたりして、ゆったりと過ごされているが、専門医がたえず超音波で状態を診ているという。
8月26日には天皇皇后両陛下が紀子さまをお見舞いされ、美智子さまはバラなどの花束が入ったかごをお持ちになった。そのとき、先にお見舞いに訪れていた秋篠宮と眞子さまが、病院内で両陛下を迎えられたという。
皇室関係者は話す。
お見舞いの際の皇后さまは、本当に晴れやかなご表情をされていました。12年ぶりのご出産となる紀子さまが静かな環境で安静にされていることに、ホッと一安心されたのでしょう。実は、大事をとって早期に入院されることをお勧めしたのは両陛下だったのです。特に皇后さまはご自身も流産のご経験がおありですから、紀子さまが『前置胎盤』と診断されてからずっと心配されていました。眞子さまがご帰国された当日に紀子さまがご入院なさったのも、両陛下のお気持ちを秋篠宮ご夫妻がご存じだったからです。皇后さまも『これで安心よ』と周囲に話されていたそうです」
たしかに紀子さまが入院された16日は秋篠宮ご一家にとって大忙しの一日だった。まず朝8時前、眞子さまが成田空港着のルフトハンザ機でホームステイ先のウィーンより帰国された。
「眞子さまは宮邸に戻られてご家族にお会いになった(※綴じ目で一文見えず)れ、午前10時過ぎには賢所仮殿を参拝されました。そして11時頃には御所で両陛下にご挨拶され、その後に合流された秋篠宮殿下と四人でご昼餐をされました。お帰りになったのは午後2時くらいだったそうです」(前出・宮内庁担当記者)
そして午後5時過ぎに紀子さまが入院されたのだ。眞子さまと佳子さまは宮邸で紀子さまを見送られた。
「眞子さまも長旅でお疲れだったでしょうが、そんなご様子を一切見せられなかったそうです。賢所参拝や両陛下へのご挨拶がお済みにならないと、紀子さまも安心して入院できないから、眞子さまはお母様のために頑張られたのでしょう。秋篠宮家ではそういう物の順序やけじめをしっかり教えていらっしゃるのです」(前出・皇室関係者)
お見舞いの翌々日、美智子さまは群馬県草津市を訪れ、「草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル」のコンサートを鑑賞された。モーツァルトの曲などが披露されたのですが、紀子さまへのご心配が和らいだせいか、皇后さまは終始笑顔でした」(皇室ジャーナリスト)
そして、これはあまり知られていないが、同日夜には、お一人で御所に残られていた天皇陛下を、秋篠宮、眞子さま、佳子さまの三人が訪問され、ご夕餐を共にされている。楽しい夏休みのひとときを過ごされたようだ。その日、御所には黒田清子さんもいた。そこでどんな会話がやりとりされたのかはわからないが、前出の皇室ジャーナリストがこんなことを話す。
天皇ご一家の優雅なご様子を見ていると、新宮さまの性別を皆さん実際はご存じなのではないかと、つい考えてしまうのです。自民党幹部や医療関係者、報道陣などの間でも、“男児説”はいまや決まり切ったことのように話されています。秋篠宮と紀子さまは赤ちゃんの性別を医師からお聞きにならない方針だと言われていましたが、実は秋篠宮は第三子は男の子である、と洩らされたという話もあるのです
それが冒頭のエピソードなのだ。小誌はその友人に直接話を聞くことができた。詳細は伏すが、その友人は秋篠宮と話をした日時や場所、状況などをこと細かに覚えていた。
その友人はこう話す。
殿下は笑顔でお話くださいましたが、どういうご真意がおありだったのかは、私にもわかりません。ただ、性別診断ができてもおかしくない時期でしたし、そんな重要なことを適当に仰る方ではありません。どちらにせよ、私は元気なお子様が生まれれば、それが一番だと思っています」
男子誕生を望む周囲からの期待を裏切らないように、あえて秋篠宮はそう受け流されたのかもしれない。いずれにせよ、あと数日ですべてがわかる。新宮さまが無事誕生されるのを祈るばかりだ。
(記事終わり)



まあ、今回も、茶番劇全開といった感じの内容ですね。国民に対してはしつこく言い訳のように「性別は知りたくありません!知らないんです!知らないようにしているんです!」とアピールしてみせても、実はとっくに関係者は全員、第三子の性別を知っていたということです。秋篠宮ご一家、両陛下を始め、皇室・宮内庁・議員・官僚全体で国民を馬鹿にした茶番劇をずっと繰り広げていたわけですよ。
当事者の秋篠宮様自らが友人に対し「第三子の性別は男子」ということを知らせてしまっていることが事実であれば、あれだけ「性別は知りませ~ん」アピールしていたのは一体何だったのかと。やはり秋篠宮様はあまり頭がよろしくないというか、調子に乗って浮かれてしまったのかもしれませんね。聡明とは真逆の方だとつくづく思います。

そして上記記事で重要なのが、「第三子(悠仁様)が帝王切開でお生まれになるのは“9月6日”説を最初に流したのが、例によってNHKであった」という事実。懐妊直後の速報と同様に、今回もまたNHKがどこよりも先んじて帝王切開日を報じたのです。
宮内庁担当記者が「9月6日という情報が“漏れて”しまった」と呑気に答えていますが、こういう大事な情報が容易に「漏れる」状況を怪しく思わないのが何ともはや、です。おそらく、「情報をNHKに流したのはまた“あの方”だろう」ということで、ほかのメディアも関係者も、敢えて深く突っ込まなかったのかもしれませんね。
それだけ秋篠宮家とNHKとの間には、既に太いパイプが出来上がっているのだという“暗黙の了解”があったのだと推察されます。
帝王切開の日=第三子誕生の日、を、前もって国民に知らせておくことにどういうメリットがあるのか?と思わなくはないですが、秋篠宮ご夫妻はなるべく早く「9月6日」が“その日”だということを国民に知らせておき、「国民よ、この日が待ちに待った“皇位継承権を持つ男子”が生まれる日だぞ、有難く心待ちにして祝え」ということが言いたかったのか?と思ってしまいます(これは憶測ですが)。

しかし、両陛下も秋篠宮ご一家も、そしてなぜか黒田清子さんまでもが、秋篠宮ご夫妻の間に生まれる第三子は“男子”であるから明るい晴れやかな表情でいらした―という内容に、私は心底怖いものを感じました。この高貴な方たちは笑顔で「敬宮愛子様が女帝になられる道を全力で阻止した」に等しいのです。「これで敬宮が天皇になれる可能性はなくなった!男系男子継承万歳!」と笑顔で語り合っていたと考えると、ゾッとしませんか。

そして上記記事で「は?」となったのが、

>秋篠宮家ではそういう物の順序やけじめをしっかり教えていらっしゃるのです

の箇所。一体どこが?という感じです。

当ブログでも検証したように、秋篠宮ご夫妻はいつも東宮ご一家への敬意というものを忘れています。本当に物事の順序やけじめがついている方々なら、両陛下だけでなく、格上の東宮ご一家にも様々な配慮をしてしかるべきでしょう。ところが秋篠宮ご夫妻は、東宮ご一家に対しては本当に「頭が高い」としか言いようがありませんし、増長しすぎています。

このように、秋篠宮家はNHKとの太いパイプを持ち、この頃からパイプを思う存分に活用して自分たちに都合の良い情報を流していたことになります。
この一件は、眞子様と小室さんの婚約リークの件や、今上陛下の生前退位希望の一件にも深く関わってくるのです。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~紀子妃「帝王切開予定」報道から見る“第三子男子説”

本日は、
週刊現代2006年8月5日号 と
週刊ポスト2006年8月4日号 の2本を同時にご紹介したいと思います。
この2本の記事はほぼ内容が同じであり、まずは現代の方を全文引用し、続いてポストの方を重複している箇所を省略して引用させていただくことにします。
どちらも「紀子妃は第三子出産にあたり帝王切開を受けることに決めた」という内容です。

週刊現代2006年8月5日号

本誌吉兆スクープどおり
紀子妃 帝王切開出産「第3子は男の子」


◆帝王切開を発表した“理由”

「性別?そんな下劣なことは聞かないでほしい。私自身、知らないし、わからない。(医師団にも)『万一、わかっても僕には知らせるな』と言ってあるほどです。ご両親(秋篠宮夫妻)は『男でも女でもかまわない』とおっしゃっているんですよ。要するに、そういったことで心を乱されたくないというお気持ちなんです。これからが非常に大切な時期だということをしっかり認識して欲しい」
会見を終えて帰宅後、本誌の取材にこう語ったのは、皇室医務主管の金澤一郎東大名誉教授だ。
皇室医務主管とは、宮内庁で医療全般のアドバイスや医師の手配などを担当、今回の紀子妃の出産も統轄する。
7月18日午後2時半、宮内庁で金澤氏と紀子妃の主治医を務める中林正雄・愛育病院院長がそろって会見し、日本中に激震が走った。宮内庁病院で行われた超音波検査による4回目の定期検診(12日)の結果、妊娠8カ月を迎えた紀子妃(39歳)が「部分前置胎盤」と診断されたのだ。出産は帝王切開で行い、9月下旬の出産予定が早まる可能性が高いという。
そもそも本誌は6月17日号で、紀子妃の第3子が男児だという吉兆をスクープした。紀子妃が妊娠6カ月に入った5月末から宮内庁や皇室関係者、永田町で「第3子は男児」という情報が飛びかっていることを伝えたのだ。今回の発表で、あらためてその情報が正しいことが裏づけられたといえるだろう。

本題に入る前に、まずは部分前置胎盤について簡単に説明しておこう。通常、子宮の奥(上部)にある胎盤が胎児の出口となる子宮口を覆ってしなうことを前置胎盤という。子宮口全体ではなく、一部を覆っているのが部分前置胎盤だ。分娩に際して胎児が出にくく、胎盤が急に剥がれて大量出血をともなう恐れがあるため、通常、陣痛が始まる前に帝王切開を行う。
「部分前置胎盤の場合、胎盤が子宮口を覆っている大きさにもよりますが、自然分娩が可能なケースもあります。帝王切開を判断したということは、母子の安全を考慮してのことなのでしょう。また、妊娠5~6カ月で部分前置胎盤の兆候がみられた可能性もあります。ここまで様子を見てきた結果、変化が見られないので、予定より早い出産を選択したのかもしれません」(はらメディカルクリニック・原利夫院長)
実は18日の会見前から、紀子妃の異変に皇室と宮内庁は緊張に包まれていた。7月13日~18日に予定されていた天皇皇后の葉山静養が7日に突然キャンセルされたのだ。その理由は「葉山は混雑する時期で、車での移動がご負担になる」といった不可思議なものだった。
ご静養の中止が、紀子さまの体調変化によるものだったのは間違いありません。両陛下を中心に皇太子ご一家、秋篠宮ご一家、黒田夫妻の天皇家一家が、7月1日、皇居内で『ホタル狩り』を楽しまれました。このころにはすでに、紀子さまの異変は両陛下の耳に入っていたと思われます」(全国紙宮内庁担当記者)
実際、紀子妃の体調は6月末から思わしくなく、たびたび愛育病院を訪れる紀子妃の姿が目撃されている。そうした紀子妃の状態が天皇皇后の耳にも届き、大事をとって葉山静養が中止されたのだという。

◆雅子妃オランダ静養の真相

それにしても関係者が驚いたのが、今回見せた宮内庁の迅速すぎる対応である。ある宮内庁関係者は「宮内庁があえて帝王切開の発表をしたのには驚いた」と漏らす。
「部分前置胎盤の診断からわずか1週間後の発表は異例といえます。わざわざ発表することはないし、黙っていてもわからなかったことですからね」
なぜ迅速だったのか。担当記者たちは、そこに宮内庁と医師団の必死の姿勢が感じ取れるという。
「帝王切開を早々に発表するほど、秋篠宮第3子の誕生に万全を期しているということでしょう。男児誕生となれば、現在の皇室典範では皇位継承順位が3位となるわけですから。つまり、それほど重大な出産だということです。今回の異例の動きは、秋篠宮第3子が男児だということを告白しているようなものです。宮内庁関係者はみな、男児を確信して準備態勢に入ったといいます」(前出・担当記者)

紀子妃の診断結果は永田町にも早々と伝わり、影響を及ぼしはじめている。
「ある閣僚経験者は『皇室の動静は逐一、宮内庁から安倍(晋三)内閣官房長官に伝えられ、安倍は新宮が男児であることも、安全を期して帝王切開することもいち早く把握していた』と話しています」(全国紙政治部記者)
そのうえ、帝王切開にともない、出産が早まることが、9月20日投票の自民党総裁選をも大きく左右しそうだという。産婦人科医によれば、「出産は9月上旬か、8月下旬まで早まる可能性もある」と指摘するのだ。男児誕生の祝賀ムードが、女帝反対論者である安倍長官を総理の座に押し上げるというわけだ。
さらに、今回の発表で“なぜ雅子妃が8月にオランダで静養するのか”という謎も解ける。6月末の海外静養発表には、批判や戸惑いの声も多かったが、発表時にすでに紀子妃の異変が判明してたとすれば、“なるほど”と頷けるのだ。
「皇太子ご一家のオランダ静養は8月中旬から2週間の予定です。もし紀子妃の出産が8月下旬まで早まれば、オランダ静養中の雅子妃は、男児誕生の祝賀ムード一色になっている日本国内の喧噪から逃れられる、なんてことまで囁かれています。もともと2月に紀子妃の妊娠が発表されたときも、実は出産予定日はもう少し前倒しではないかとまで言われており、6月末のオランダ静養発表で、なるほどと思った関係者も多かった。つまり、第3子が男児だとわかっていたからこその雅子妃への配慮なのです」(皇室ジャーナリスト)
部分前置胎盤が超音波検査で診断されたと発表された以上、もはや胎児の性別が確認されていることは疑いの余地がない。あらためて出産に関わる関係者を直撃した。

◆胎児の性別は確認済み

実際に超音波検査で第3子を検診しているとされる愛育病院産婦人科部長・安達知子氏はこう言う。
「私どもは何もお話しできないことになっておりますので、私から申し上げることはありません」
紀子妃が眞子、佳子内親王を出産した際の主治医で、今回は顧問的な役割の愛育病院センター所長を務める坂元正一氏に聞いた。
―紀子妃の体調はいかがですか。
「わかりません。何もお話しすることはありません」
―紀子妃の状態を把握していないのですか。
「何かあれば、相談に乗るからとは言ってあります」
―第3子は男児だといわれていますが。
「そういう問題は、昔からわかっていても誰にも知らせませんから。把握しているのは(紀子さまは)元気だということぐらいです」
帝王切開という緊急事態を控えて、「男児説」にますます頑なに口を閉ざす医師団。羽毛田信吾・宮内庁長官も、
「医師団に任せているので、何も申し上げることはありません」
の一点張りだった。
だが、紀子妃の体調についての異例の早期発表が、最重要事を抱えた皇室の緊張ぶりと慎重な姿勢をアピールしていることは間違いない。天皇の学友の橋本明氏もこう見通す。
「帝王切開の決定をしたからには、医師団は胎児の性別も確認しているはずです。検査の結果、手術の必要が出てきたというなら、その必要性を両陛下と秋篠宮に説明する際、医師団は性別についても報告しているのが自然ですからね。相当に慎重にすべき、それなりの理由があるのでしょう」
部分前置胎盤や帝王切開の処置に危険性は低いといわれているとはいえ、手術であることに変わりはない。いち早い吉報を待ちわびている国民のためにも、紀子妃には十分な静養を心がけていただきたいものだ。
(記事終わり)


2006年8月4日週刊ポスト

核心リポート
紀子妃帝王切開で囁かれる「8月男児誕生」
その時、オランダ静養中の雅子妃は…
「検査と発表の6日間のズレ」「次子出産のリスク増大」
注目するこれらの事実をつなぎ合わせていくと…


皇族として、初めての帝王切開を選択した紀子妃と秋篠宮、そして天皇家の“決断”は、次第に大きな波紋となって日本中に広がりつつある。全妊婦の15%以上が受ける“施術”とはいえ、出産時、皇族の体にメスを入れるという行為がタブーとされてきた前例を打ち破り、次子出産へのリスクをも伴うこの出産方法を選んだ意味は極めて大きい。この決断からは、「万難を排して“お世継ぎ”を出産する」という「覚悟」が伝わってくる―。

(中略―紀子妃が部分前置胎盤で帝王切開せざるを得ない状態になっている、帝王切開にすれば子宮を傷つけるので第4子は望めないことになるだろう、という内容の記事)

こんな経緯から、
<もし生まれてくる子が女の子だったら第4子も考えなくてはならないが、宮内庁と秋篠宮夫妻は、第4子を産む際のリスクを覚悟で、第3子を最も安全に出産する方法を選んだ。その理由はひとつしか考えられない>
という仮説が、ある程度の確信を持って囁かれているのだ。
宮内庁関係者が語る。
「秋篠宮ご夫妻は、男系を維持したいという皇室全体の意志を背負う形で、第3子懐妊を決意されたわけです。それを“帝王切開で”とはっきりさせたのは、すでに第3子は男子だと判明しているからではないでしょうか」
実際、「すでに性別は判明しているはず」と複数の医学関係者が指摘する。

(中略―東宮ご一家のオランダ静養の件、現代とほぼ同じ内容の憶測記事。引用ここまで)


さて、紀子妃が部分前置胎盤の状態になり、帝王切開で悠仁様を産んだことはご存じの方が多いと思われます。私はよく覚えていないのですが、部分前置胎盤になり帝王切開を受けるという診断を受けた際、紀子妃ご本人が「(このことを)国民に知らせてください」と伝えたという話を聞いたことがあります。しかし、その件はどこかで記事になったものなのか、それともテレビでそう報道されたのか、詳細は存じません。この件を知っている人たちからは「陛下でさえ“国民の皆さん”という言い方をされると思うのに、紀子妃はよりによって“国民”と言い放ったのか…随分偉そうだね」という感想が出ていたようです。

紀子妃が部分前置胎盤になったこと自体は大変だったんだなという気持ちしかありません。出産はいつでも命がけと言われますし、こういうリスクが伴う場合も少なくないでしょう。
しかしマスコミはこの前置胎盤→帝王切開という流れから、「やはり第三子は男子で決まりだ」ということを確信したようですね。第三子が男子であるからこそ、万全を期して帝王切開を選んだ。男子と分かっているのでもう第四子以降を考える必要もなくなった―ということであると。

ここまでくればもう第三子の性別も分かっているはずなのに、それでもまだ秋篠宮ご夫妻の周辺にいる宮内庁・医療関係者は「何も知りません」という白々しい態度をとり続けていたようですが。愛育病院センター所長の坂元正一氏に至っては動揺しすぎて、最初に「紀子妃の体調は知らない」と答えながら、その後すぐに「分かっているのは紀子妃がお元気だということ」と矛盾したことを言っています。なぜそこまで動揺する必要があったのでしょね。
それにしても、両陛下が紀子妃の件を受けてわざわざ静養を中止したこと、しかもまた別の理由で嘘をついてまで中止にしたことは、モヤモヤしますね。どこまでも紀子妃とお腹の子が大事だったのですね。その思いやりの少しでも、雅子様や敬宮様に注いでくださっていたら東宮ご一家も国民も救われたと思うのに…。
そして現在の安倍総理が「女帝反対派」の急先鋒であることもしっかり書かれています。しかし当時は安倍氏が一番「ポスト小泉総理」に近い立場にいるという論調で、国民は誰も異議を唱えませんでした。自分も含めて、国民は政治にもっと関心を示さなければならなかったと今になって思うのです。

ところで、現代もポストもほぼ同時期に出した上記記事の中で、唐突に東宮ご一家のオランダ静養の件について触れています。
この静養については今でも色々誤解している人がいるようですが、オランダ王室から正式に招待を受けたものであり、東宮ご夫妻が一方的に行きたいとわがままを言って実現したものではないのです。他国の王室から正式に「是非いらしてください」と招待を受けて断る方が失礼ですし、そういう招待をしてくれたのもオランダ王室が東宮ご一家の置かれている現状に深く同情したことも大きかったのだと考えます。あくまでも私的な静養旅行という扱いでしたが、静養中、オランダにほかの欧州王室メンバーも続々終結し、立派な王室同士の交流の場が出来上がったのです。まさに理想的な皇室外交となった旅行だったのでした。
この静養旅行は、直接には紀子妃の第三子懐妊や男子の可能性、帝王切開の決定などは関係ないと思われます。ただ、オランダやほかの王室は、懇意にしている東宮ご一家がどういう厳しい状況に置かれているか、それによって雅子様が病まれ、敬宮様が冷遇されているという事実を把握していたと思います。そのために静養に招いたという経緯もあるでしょう。そういう意味で、紀子妃の一件は間接的には静養に招いた理由になっていると言えます。

この東宮ご一家のオランダ静養に関して、陛下は次のようなおことばを残されています。

まず、平成18年(オランダ静養があった年)のお誕生日会見では、
>この度のオランダでの静養については,医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻も喜んでいたので,良かったと思っています。皇太子一家を丁重におもてなしいただいたベアトリックス女王陛下並びにウィレム・アレクサンダー皇太子,同妃両殿下に対し,深く感謝しています。
>最近の愛子の様子については,皇太子妃の誕生日の夕食後,愛子が皇后と秋篠宮妃と相撲の双六すごろくで遊びましたが,とても楽しそうで生き生きとしていたことが印象に残っています。ただ残念なことは,愛子は幼稚園生活を始めたばかりで,風邪を引くことも多く,私どもと会う機会が少ないことです。いずれは会う機会も増えて,うち解けて話をするようになることを楽しみにしています。
>皇太子妃の健康の速やかな回復を念じていますが,身近に接している皇太子の話から良い方向に向かっていると聞き,喜んでいます。健康を第一に考えて生活していくことを願っています。

と、比較的オランダ王室と東宮ご一家に配慮した内容となっています(それでも「敬宮様がよく風邪をひく」ということはわざわざ触れる必要はなかったと感じますが)。

ところが、翌年(平成19年)の欧州ご訪問の際の記者会見では、

>私どもの外国訪問を振り返ってみますと,国賓に対する名代としての答訪という立場から多くの国々を訪問する機会に恵まれたことは,国内の行事も同時に行い,特に皇后は三人の子どもの育児も行いながらのことで,大変なことであったと思いますが,私どもにとっては,多くの経験を得る機会となり,幸せなことであったと思います。それと同時に名代という立場が各国から受け入れられるように,自分自身を厳しく律してきたつもりで,このような理由から,私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません。
>現在,皇太子夫妻は名代の立場で外国を訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた国際交流に携わっていくことができると思います。選択肢が広いだけに,一層的確な判断が求められてくると思われますが,国際交流に関心と意欲を持っていることを聞いていますので,関係者の意見を徴し,二人でよく考えて進めていくことを願っています。


と、一見すると東宮ご一家の私的なオランダ静養に対して嫌味を述べているようにも受け取れる感じにおっしゃっていました。その後、「東宮ご夫妻が名代として海外に行くことはない」と言い切っている点、また東宮ご夫妻にとって望ましい形での外国訪問についても触れているので、今上陛下の意図がよく見えない部分も大きいです。

そして同じ平成19年の陛下のお誕生日会見で、案の定上記おことばの意図について記者から質問を受けていました。それに対する今上陛下のお答えは以下のようでした。

>今年の欧州訪問前の記者会見で,私は皇太子時代の外国訪問に触れ,「名代という立場が各国から受け入れられるように自分自身を厳しく律してきたつもりです。このような理由から,私どもは私的に外国を訪問したことは一度もありません。現在,皇太子夫妻は名代の立場で訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた交流に携わっていくことができると思います。」という話をしましたが,一部に,これを皇太子一家のオランダでの静養に対して苦言を呈したものと解釈されました。これは,私の意図したところと全く違っています。
>国賓に対する昭和天皇の名代としての私どもの答訪は,私どもの二十代のときに始まり,昭和天皇,香淳皇后の欧州と米国ご訪問を除き,昭和の時代は続けられていました。名代としての答訪の場合,相手国は天皇が答訪するものと考えているところを私が訪問するわけですから,自分自身を厳しく律する必要がありました。しかしながら,平成になってからは,名代による答訪は行われなくなったので,皇太子夫妻は,様々な形で外国訪問を含む国際交流にかかわっていくことができるようになったわけです。私は,このようなことを,記者会見で述べたのであって,決して皇太子一家のオランダ静養に苦言を呈したのではありません。なお,私は去年の誕生日の記者会見で,オランダでの静養について質問を受け,医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻もそれを喜んでいたので,良かったと思っている旨答えています。
このように私の意図と全く違ったような解釈が行われるとなると,この度の質問にこれ以上お答えしても,また私の意図と違ったように解釈される心配を払拭(ふっしょく)することができません。したがってこの質問へのこれ以上の答えは控えたく思います。


確かに陛下は平成18年のお誕生日会見で、東宮ご一家のオランダ静養についてどちらかというと好意的な回答をされています。しかし翌年に上記のような意味深なご発言をなさったため、マスコミが「おや?」と感じた点もあったのでしょう。陛下が「自分の意図とは違う解釈をされてしまった」と感じるのも無理はないと思う一方で、「でも東宮ご夫妻には名代での海外行きはさせないという宣言もなさっている」という事実もあります。私はむしろこちらの方が問題視されるべきだったと思います。
昭和時代、当時の皇太子ご夫妻(今の両陛下)は昭和帝の名代として多くの諸外国に行かれていました。しかし平成に入った今、両陛下は今の皇太子ご夫妻には同じようなことはさせる意志がないと言い切っているのです。これは事実上、東宮ご夫妻の海外公務の機会を制限しているに等しくなります。こちらの方が疑問に思われるべきでしょう。

オランダをはじめ欧州王室は、東宮ご夫妻のこういう厳しい環境をよく知っており、だから心を寄せて静養に招待してくれたのです。
欧州王室は同じ頃「エンペラーの次男夫妻に第三子がもうすぐ産まれる、性別は男子だと騒がれている」という現状についてどう感じていたのでしょうか。あまり良い印象は抱いていなかったのは確実だと思われます。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~誕生儀式の準備からバレバレだった「第三子は男児」ということ

今回は、週刊現代2006年6月17日をご紹介したいと思います。
この記事は「皇室にお子様が誕生したときの儀式」という点に着目し、その準備の様子から「秋篠宮ご夫妻の第三子は男児である」ということを導く内容となっています。

インサイドレポート
天皇は知らないが、すでに担当医は確認済み
紀子妃第3子は「男の子」これだけの吉報

4月27日に安産を願う「内着帯式(ないちゃくたいしき)」を済ませた紀子妃。妊娠6カ月に入った今、「第3子の性別は男」、そんな情報が宮内庁や永田町で囁かれ始めた。中断している「皇室典範」改正の動きにも一石を投じ、次世代皇室の左右する第3子の性別は男か、女か―。

◆「100%性別は確認可能」

2月7日に懐妊が明らかになって以来、妊娠6カ月に入った紀子妃(39歳)は順調な経過をたどっている。3月~4月頃にはつわりの症状も出ていたというが、4カ月頃には公務に復帰。5月25日には全国赤十字大会に出席するなど、積極的に職務をこなしている。
そんな中、「秋篠宮家の第3子は男の子である」という情報が宮内庁や皇室関係者、そして永田町で囁かれ始めた。全国紙政治部記者が言う。
「『紀子妃の第3子が男児だ』という話は政界ではずいぶん広まっています。『男の子でよかったねえ』『これで皇室典範を改正しなくてすむ』という話が囁かれ、妙な安心感が漂っています。中には、安倍(晋三官房長官)さんも男の子だと言っている、と話す議員までいます」
さらに、宮内庁でも同じ空気が漂っている。担当デスクが言う。
宮内庁記者クラブでは、男児を確信して動いています。紀子妃はすでに妊娠6カ月。医師団が性別を確認していることは間違いありません。性別をはっきり確認できるこの時期になって、『新宮(新生児のこと)は男児』の声が高まってきていることからも信憑性は高いと思います」
紀子妃は現在、妊娠6カ月。はたして、検診で性別は判明するのだろうか。はらメディカルクリニック院長の原利夫氏はこう言う。
「100%、胎児の性別は確認できます。これは超音波画像を見れば、特に男子の場合にははっきりと性器の存在が確認できるからです。超音波を使って胎児の発育状態を検診する場合、頭の直径と大腿骨の長さを測ります。その大腿骨を測るときに、性器が確認できるのです。画像を写真にする際にも、それが写る可能性がありますね」
紀子妃が検診に訪れる宮内庁病院の分娩室には、雅子妃が愛子内親王を出産する際に設置された、胎児の立体写真が撮れる3Dエコーなど最新鋭の医療機器がそろっている。当時の雅子妃の担当医もこう話す。
「男女の性差がわかるのは、通常だと妊娠5カ月くらいの時期です。超音波を当てて性器の有無をみれば、すぐにわかります。宮内庁病院の施設は全国レベルで見ても、それは充実していますよ」
最新の機器のもとで検診を行う医師なら、すでに性別を確認していることだろう。ところが、秋篠宮夫妻をはじめ、天皇皇后は「性別を事前に知りたくない」と周囲に漏らしているため、医師からその性別が伝えられることはない。元東宮侍従・浜尾実氏はこう話す。
「今回も新宮さまの性別をすでに宮内庁の医師団は知っていると思います。皇太子さまがお生まれになるときもやはり、医師団は事前に性別を知っていましたが、美智子さまご本人や他の皇族には一切伝えませんでした」

そこで本誌は「第3子」の性別を知りうる立場にあり、宮内庁で医療全般のアドバイスや医師の手配などを担当、紀子妃の出産も総轄する皇室医務主管・金澤一郎東大名誉教授に直撃を試みた。「第3子の性別は男とわかったのか」と聞くと金澤氏はこう答えた。
「男の子とわかった、なんてカマをかけているの!?いずれにしろ(性別は)フィフティ・フィフティですよ。そんなに騒ぐことじゃないじゃない!今回は性別を知る人間(医師)を極めて限定しています。私まで報告を上げるな、と言っているくらいで実際知りません。(秋篠宮)ご夫妻は、眞子さま、佳子さまのときも、事前に知りたくないという方針でした。男だの女だの、いま騒ぐ必要はまったくないのです」

実際、天皇皇后が新生児の性別を知るのは出産直後とのこと。出産と性別を報告する特別な役目を負った職員から聞くという。宮内庁職員がこう解説する。
「皇族が出産する場合、宮内庁病院に『御産所参候(ごさんじょさんこう)』という係が待機します。出産の無事と性別を確認し、ただちに天皇皇后や出産を待つ殿下(皇太子や秋篠宮)に報告するのが役目です。
愛子さまがお生まれになった場合は、羽毛田信吾宮内庁次長と角田泰文管理部部長(いずれも当時)が宮内庁病院に待機して、参候者を務めました。参候者が御所に報告をして、そのとき初めて天皇皇后量は以下やその他の皇族の方々が赤ちゃんの性別を知ることになるのです」
首相や官邸も同様だ。宮内庁は組織的にいうと内閣府の外局だが、こと出産など皇族のプライベートに関しては、内閣官房にすらその情報を漏らすことはないという。内閣官房で副長官だった人物が、愛子内親王が誕生したときの様子をこう話す。
「当時、内閣として愛子さま誕生の準備をするというようなことはひとつもありませんでした。慣例に従った産着の用意や行事の段取りは、すべて宮内庁が取り仕切っており、官邸はノータッチです。組織としては内閣府の中に宮内庁があるわけですから、連帯責任のような空気はあります。しかし、昭和天皇のご崩御のような国事行為ではない、新生児や出産の情報などはまったく関りがありません。今回も紀子さまの新生児に関して、いつお生まれになるとか、性別が男かどうかとかそういうことは一切わかりません」

◆男と女で異なる出産後の儀式

天皇皇后ですら出産まで知ることのない「第3子」の性別。しかし、出産前にその情報が外部に漏れる場合もある。
それは、出産後の儀式の準備においてだ。
皇室には独自の儀式や慣習がある。皇室研究家の高橋紘静岡福祉大学教授が出産に伴う儀式についてこう話す。
「皇族にお子さまが生まれる前に行う最初の儀式は妊娠5カ月目に行われる安産を祈願する『内着帯式』です。これは一般で言う帯祝いにあたります。続いて、9カ月目の戌の日に、『着帯の儀』を行います。帯は絹で3.6mもあり、金泥で松鶴が書かれている鳥の子紙に包まれて、蒔絵の箱に収められています」
その間、名前や「お印」(愛子内親王なら「ゴヨウツツジ」。食器などの什器類など持ち物に印としてつける)の候補が決められる。
前出の浜尾氏が言う。
「現段階では、お名前の候補とともに『お印』の候補も国学者や歴史学者によって決められているはずです。お印には男女の区別がありません。植物が選ばれることが多いですね」
これら出産前後の儀式の中でも性別を知る手がかりになるのが、出産後の贈り物の準備だ。
皇族に子どもが誕生すると、天皇から「短刀」が贈られる『御剣を賜うの儀』(賜剣しけんの儀)が行われる。これは、白鞘の守り刀を赤地錦の袋に入れ、新生児の枕元に置く儀式で、女子の場合は、短刀に加え、袴が添えられる。この儀式に備え、宮内庁が袴を用意していれば生まれてくるのは女の子、そうでなければ男の子ということになる。
宮内庁は袴を発注しているのか。眞子内親王(91年)、佳子内親王(94年)、そして愛子内親王(01年)が誕生した際に、袴を調達した老舗呉服屋「高田装束研究所」に真偽を確かめたが、「宮内庁の許可がないとわれわれからお話しすることは一切できないのです」と言う。しかし、呉服屋の関係者に話を聞くことができた。
「『賜剣の儀』で贈られた袴は皇子が数え年5歳になった吉日を選んで行われる『着袴の儀』で初めて身につけるものです。一般でいえば七五三に当たります。その下に着る着物は地色が朱色で『御地赤(おじあか)』といい、総刺繍の豪華なものです。一方、袴も『濃色(のうしょく)』と言う濃い赤色です。赤は女性にとって一番位の高い色であり身を守るという意味もあります。今回も制作するとなれば同じ業者でしょう。しかし、まだ発注があったというお話は聞いていませんが…
紀子妃の出産は9月ごろの予定だから、すでに発注していないと間に合わない。「第3子」には袴を贈らない、つまり男児ということか。
次に短刀はどうだろう。皇室御用達の鞘職人・高山一之氏に取材を申し込んだが、こちらも断られた。しかし関係者はこう証言する。
「愛子さまがお生まれになったとき以外にも、秋篠宮家のお二人のお嬢さま、雅子さまや紀子さまのご成婚の際にも高山氏が『守り刀』の鞘を作っています。
この秋にお生まれになるお子さまの場合は、ご懐妊の発表があってから間もなくして依頼があったそうです。鞘は男女による違いはなく、皇室の伝統にそったデザインで、お印は入りません。毎回、大体4人の職人が数本作り、その中から一番出来のいいものを宮中に納めますので、完成はいつも出産ギリギリです」
刀の発注はもう済んでいるようだ。女児用の袴が発注されていないとなると「第3子」は男児である可能性が高い。

◆頑なに口を閉ざす医師

そしてもう一つ、性別についての情報源となりうるのは担当医たちだ。
実は過去にも3度、眞子内親王、佳子内親王、愛子内親王の出産に際しても性別や出産秘話などが病院から漏洩したといわれる。
雅子さまが流産された際、懐妊をスクープしたのは、朝日新聞でしたが、このときの情報源は医者だと言われています。また、出産直後の眞子さまのスケッチなどがテレビや新聞で公開されたこともありました。分娩室や病院は、厳重警備態勢を敷いていますので、医者、もしくは警備を担当する皇宮警察以外から情報が漏れることはあり得ません」(前出・宮内庁職員)
そこで紀子妃出産を担当する医師たちを直撃した。まず、愛育病院産婦人科部長・安達知子氏に聞いてみた。安達氏は、実際に超音波装置で「第3子」を検診していると思われる担当医であり、性別はすでに把握していると言われている。
―紀子さまのお子さまの発育状態について…。
「何もお話しすることはございません」
―男の子だという噂がありますが?
「今、話せない状況なので」

さらに、眞子、佳子内親王を紀子妃が出産した際の主治医で、今回、陣頭指揮をとる愛育病院のセンター所長、及び日本産婦人科医会会長である坂元正一医師に聞いた。
「性別が男っていう話は…聞いたことがない。いや、嘘じゃなくて、本当に知らないんですよ。知っているけど言えないということじゃなくて。今回、そういう話は一切しないという取り決めがあるんです。通常、性別がわかるのは妊娠5カ月くらいですが、紀子さまは…妊娠5カ月?でも…性別はまだわかってないですよ
医者たちは頑なに口を閉ざしたが、「男児説」を聞いたときの彼らの過剰な反応をどう見るか。羽毛田宮内庁長官はこう話す。
「男子説?聞いたこともないし、知らないですよ。だいたい、そういう話は失礼じゃないですか!非礼ですよ!
ひとつ言えることは男子でも女子でも非常におめでたいということですよ」
出産まで4カ月も前から性別のついての話題が取り沙汰されるのは国民の期待のあらわれ。元気な「第3子」を期待したい。
(記事終わり)


上記現代記事も、紀子妃のお腹の子の性別に関する話に及ぶと、関係者たちが一様にナーバスでイライラ・ピリピリした空気になるリアルな様子について書いていますね。「どうせ第三子は男子なんでしょ?」という国民の白けたムードを何とかごまかしたいという焦りのようなものを周囲の人々からは感じてしまうのです。
特に金澤医師と羽毛田長官の過敏な受け答えは傍から見ると滑稽でしかありません。
「第三子の性別」には本当に触れて欲しくないからこその異様な反応としか言いようがありませんね。


さて、上記現代記事は、皇族のお子さまがお生まれになる際の儀式で用意するものによって男女の違いが分かるという点に着目し、今回の場合は女子に用意する袴がまだ発注されていないので、秋篠宮ご夫妻の第三子は男子であろうという推測をしています。
こういう状況からいくらでも性別を推測できるのに、それでも「お腹の子の性別は知りません、知らないんです、我々が知らないというんだからそれでいいだろう!」という反応を返してくる皇室関係者らの態度は本当に「茶番」の一言しかありません。性別を知らないフリを続けるのもさぞお辛かったでしょうね(棒)。

ところで、私が上記記事で気になった点が一つありました。
それは雅子様の最初のお子が流産という悲しい結果になってしまった一件で、「雅子様ご懐妊のスクープをしたのは朝日新聞だったが、その情報は医師からもたらされた」という箇所です。
確かに、実際に診察する医師が懐妊や性別などの情報を真っ先に知りうるのは当然のことでしょう。しかし、だからといって安易に「懐妊や性別の情報をマスコミにリークしたのは医師である」と断言してしまうのはいかがなものかと思います。
前にも触れましたが、医師には厳しい守秘義務が課せられています。今後の信用問題などに鑑みると、医師が自ら赤ちゃんに関する重要な情報を外部に漏らすとはとても思えません。
雅子様の場合、妊娠4週という紀子妃(妊娠6週)よりも極めて早い段階でご懐妊の情報がリークされてしまい、朝日に記事を抜かれる形となりました。そのために雅子様は精神的にもショックを受けられ、残念な結果になったと言えます。
雅子様の最初のお子さまを死なせた(もっときつく言えば〇した)のは朝日新聞だったと言っても過言ではありません。この時の朝日の行為の罪の重さは、今でも厳しく問われるべきだと思うのです。しかしなぜかこの一件はすぐに鎮静化してしまったような気がしませんか?
雅子様の最初のご懐妊をスクープした岩井克己記者は何の咎めも受ける事なく、長年のうのうと皇室記者をやり続けることができました。
もちろん、宮内庁の誰もこの一件について処分されたという話は聞きません。
雅子様のご懐妊を最初に知り得る医師が咎めを受けたという話ももちろん無し。
重大な問題であったにも関わらず、関係者の誰も責任を負わされて処分を受けた形跡がないのです。
おや?この状況、紀子妃の第三子懐妊リークの時と似通っていませんか?
雅子様のご懐妊を早々にマスコミに洩らして雅子様にショックを与えて誰が一番喜ぶのか?
紀子妃のご懐妊を早々にマスコミに洩らして典範改正議論を潰して誰が一番喜ぶのか?

一国の皇太子妃殿下が待望のお世継ぎをご懐妊された可能性が高い(それこそ男子であったかもしれない)にも関わらず、なぜかこのスクープと流産の結果については非常に大甘な扱いにされているというか、重大視されていないような感じがして不気味なのです。
「早くお世継ぎを産め!海外訪問など後回しだ!皇太子妃の一番大事な仕事は男子を生むことだ!」とさんざん雅子様を追い詰めていたにも拘わらず、いざ雅子様がご懐妊の兆候を見せて流産という結末になっても、誰一人雅子様のことを慮るような行動を見せなかった皇室や宮内庁。何か言葉にできないモヤモヤした気持ち悪さを感じてしまいます。

なお、朝日の岩井記者は後年、このスクープが原因で雅子様が流産されたことについて、「あの件は雅子様もお許しになってくださったと思う」みたいな発言をしていたように記憶していますが、手元に確実な証拠がないため断定はできません。仮にこの発言が真実だとしたら、平成皇室は本当に色々狂っているしおかしなことだらけです。

お話がそれましたが、雅子様(東宮ご夫妻)のお子様を巡る一連の動きに関しては、いつか当ブログでも番外編としてまとめ記事を作りたいような思いでいます。秋篠宮ご一家の過去を検証する当ブログにも決して無関係なことではないと思うためです。
事実を知れば知るほど、平成皇室の暗部を覗き見るような気分になり恐怖を覚えずにはいられません。

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~誰もが「紀子妃のお腹の子は男子」と噂していた

これまでは紀子妃の懐妊とリーク、NHK速報の経緯に焦点を当てた記事をご紹介してきましたが、次の段階として、「秋篠宮ご夫妻の第三子は“男子”である」ということが早い段階から知られており、噂になっていたということに焦点を当てた記事を順次ご紹介していきたいと思います。
意外なことに、紀子妃の出産前からかなり多くの雑誌が「第三子は男児だろう」という方向性で記事を書いていました。発行時期が早い順に、その趣旨の記事をご紹介していきます。

まずは「週刊新潮2006年4月11日号」です。

[特集]なぜか囁かれ始めた
紀子さま「男児ご出産」説


紀子さまが「男児」を出産される―。4月下旬、そんな情報が囁かれ始めた。9月に出産予定のお子様の性別が、5カ月検診で判明したというのである。事実ならまことに喜ばしいが、その根拠はいったい何なのか。皇室典範の改正議論を一発で吹き飛ばした紀子さまのご懐妊。なぜこの時期に「男児説」が流布されているのだろうか。

紀子さま(39)が出産されるのは「男児」―。
そんな情報が、4月下旬、永田町を流れ始めた。
紀子さまご懐妊を最初に報じたのは、2月7日、NHKのスクープである。
秋篠宮ご自身が、まだ紀子さまから、“報告”を受けていない段階での報道だった。
直後にご懐妊の兆候があることを認めた宮内庁は2月24日、正式に、
「紀子さまは妊娠3カ月目で経過は順調。出産は9月下旬の予定」
と、発表した。
以来、2カ月。胎児は、すでに5カ月を迎えたことになる。
「紀子さまの主治医は、愛育病院の中林正雄院長です。紀子さまは、次女の佳子さまご出産の際に主治医だった中林医師に、つわりの段階から相談されており、そのまま中林氏が医師団のチーフとなり、ご出産まで担当されることになっています。ご出産は宮内庁病院になりますが、事実上、愛育病院スタッフによるものとなります」(宮内庁関係者)
東京・港区南麻布にある愛育病院は、皇室からの御下賜金をもとにつくられた「恩賜財団母子愛育会」によって運営されている。これまでも皇族のご出産に度々、利用されている歴史と伝統を有する病院である。
紀子さまは、この病院を特に気に入られており、今回もそのスタッフに全幅の信頼を寄せ、出産をお任せになる方針なのである。

だが、ここへ来て永田町や霞が関、そしてマスコミになぜか、
「お子さまはどうやら“男児”らしい」
という情報が流布され、
女性誌がこれを記事にするという話が乱れ飛んだのだ。
皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏も“男児説”を聞いた一人だ。
「紀子さまが男児を出産されるというのは、宮内庁関係者から漏れてきました」
と、こういう。
「ご懐妊の時、羽毛田信吾長官が事前に男女の発表はしない、と言っていましたし、皇室典範の改正問題にかかわってくる問題でもあるし、男女の情報は封印されています。秋篠宮ご夫妻も、“事前に(男女の性別を)知らせる必要はない”とおっしゃっているので、宮内庁は情報漏れにピリピリしている。しかし、さすがに5カ月検診が過ぎ、ご夫妻が知らなくても、医師自身にはわかるわけです。私が、(情報を受けて)宮内庁病院の関係者に“男の子らしいね”と話を振ったら、“それは表には出ない話になっていますけどね”という反応でした。少なくとも、私は男児で間違いない、と思っています」
だが、妊娠5カ月の段階で、果たして男女に性別は本当にわかるものだろうか。
産婦人科医の星合尚氏(星合産婦人科病院院長)によると、
妊娠5か月近くになるとほぼ確実に性別はわかりますよ。超音波検査で胎児の性器を見るやり方が一般的ですが、性器が骨と重なっている場合などの難しいケースもあるものの、熟練の医師ならほぼ間違いなくわかります。腸管の原始的な格好が男女で違っていて、それで見るという方法なら、妊娠3か月段階の超音波検査でわかるという医師もいます。羊水を注射針で抜いて検査する方法もありますが、若干の危険性を伴うので、今回の場合は考えられないと思います」
しかし、ご夫妻が、
「性別は知りたくない」
との希望を持っている
のに、なぜそんな情報が囁かれているのだろうか。

◆忍従の末に…

皇室全般の医事を統括している宮内庁の金澤一郎医務主管は、流布されているこの情報にお怒りだ。
ご両親が(性別を)自分たちには知らせるな、とおっしゃっているのです。それを他人が知ることなど許されないことです」
そう前置きして、こう語るのである。
「私は(担当医に)私にも知らせるな、と言ってあります。両殿下がそうおっしゃっているのですから、私も両殿下と同じ気持ちですよ。性別を知る可能性があるのは、二人か三人のお医者様だけです。その方たちも、知ろうとして知るのではなく、やむを得ず知ってしまう人たちです。誰かが今の段階で男の子か女の子か言っているのだとしたら、それは当てずっぽうで言っているだけのことです。誰が何を言おうとわかるはずがないのです」
だが、紀子さまのご懐妊は、周知のように皇室典範改正という大問題を、一瞬にして鎮静化させた経緯がある。男系で存続してきた“万世一系”の日本の皇室。それが「第一子優先」という女系天皇容認に道を開く皇室典範の改正には、
「2000年つづいた皇室のあり方を、わずか1年の議論で根本から引っくり返すのか」
という非難が巻き起こり賛否両論が入り乱れる中、官邸主導で一気に法案成立が模索されたものである。
お生まれになるのが男児か否かによって、その議論が
再燃する可能性が秘められているのは事実なのである。
「男児ご出産の情報が流れているのは承知していますが、それはまわりの期待の現れに過ぎません」
というのは、ある皇室ジャーナリストである。
「男の子が生まれれば、今ある有識者会議の報告書に基づいた改正案の内容を変える可能性があるわけで、それを期待している人たちがいることも事実ですからね。しかし、天皇皇后両陛下がご心配されているのは、そういう政治的な勢力にご懐妊が利用されることです。ご自分ではお立場上、何も発言できないのに、ご懐妊が都合よく政治に利用されていく。陛下はそのことを懸念されているのです

しかし、一方で、今回のご懐妊は、男の子を産むことが現典範の上で自分たちの義務であるのだとお考えになった「結果」であることは想像に難くない。
秋篠宮殿下は奔放な振る舞いで何かと世間の批判を受ける一方で、兄である皇太子に何かにつけて“遠慮”を余儀なくされてきた経緯があります。結婚に際しても、兄より早いのはいかがなものか、との声もあったし、皇太子が雅子さまとご結婚されて以後は、(眞子さま、佳子さまに続く)男児出産は雅子さまのプレッシャーになるから、という理由で遠慮され、愛子さまが生まれて以降もそれは続きました。親しい友人に“3人目はまだか?”と聞かれ、“止められているんだ”と答えたこともあるほどです。そんな忍従の生活を強いられたご夫妻に対して、平成15年12月に当時の湯浅利夫宮内庁長官が“皇室の繁栄を考えると(秋篠宮ご夫妻には)3人目を強く希望したい”と会見で語りました。以降、秋篠宮殿下は、逆に皇族としての男児を産む義務というものを強く感じられたのだと思います」(宮内庁関係者)
そんな紆余曲折があるだけに「男児出産説」が、余計に期待をもって流布されているわけである。

◆皇太子ご夫妻の「真意」

皇室評論家の河原敏明氏がいう。
「秋篠宮殿下は、皇室の伝統を守っていこうというお気持ちが強いのです。国家のため、またご自身のためにも、男の子が欲しかったのだと思います。民間であれば、養子をとって家を続けていくこともできますが、皇室には養子制度がありません。秋篠宮家を一代で終わらせないためにもなんとしても殿下は男の子が欲しいと思っていたはずです。第三子が男児であるなら、皇室典範改正がない限り、皇位を継承するわけですから、それは国家のためでもある。そういう思いだったのではないでしょうか」
実は政界にも、この“男児説”を歓迎する向きは少なくない。
政治評論家の有馬晴海氏によれば、
「紀子さまが懐妊されなければ、今頃、皇室典範改正で国会が紛糾していたのは確かです。小泉首相は典範改正を“政局”にしたかった。そこであわよくば続投を目論んでいたのです。来年の参院選に勝って、衆院と共に3分の2の議席を確保できれば憲法改正の発議ができ、歴史に名を残せるわけです。小泉首相にとっては、いま逆に“女児確定”となれば、レームダックに陥った政権の求心力を高めるために典範改正を再び持ち出し、“政局”にすることも可能なのです。だからこそ、反対勢力にとっては、“男児説”が流布されなければならないのです」
永田町の思惑からも、男児説でなければならない理由が存在したわけである。
だが、そんな思惑とは関係なく、男児誕生を誰よりも待ち望まれているのは、誰あろう皇太子ご夫妻、という意外な見方がある。
「皇太子ご夫妻は紀子さまご懐妊を喜んでおられます。それは、お二人が愛子さまを天皇にしたいとは思われていないからなのです」
とは、さる宮内庁OBだ。
「平成14年12月、雅子さまは会見で、“母親として愛子には幸せな人生を歩んで欲しいというのが心からの願いです”とおっしゃられた。また皇太子殿下は今年の誕生日の会見で“親として色々な思いがあります”と語られている。自分たちも苦労しているのだから、将来、愛子さまに自由な立場で幸せになって欲しい、というお気持ちが滲み出ていました。愛子さまが生まれて2年後に雅子さまが静養に入られ、その後、人格否定発言、と進んでいく中で、雅子さまは次第に元気をなくされていきました。それが、2月に紀子さまご懐妊が明らかになって以降、雅子さまはお元気を取り戻されてきた。今回、男児出産を何より望まれておられるのは、実は皇太子ご夫妻なのです」
妊娠5カ月段階で期待をもって流布される「男児ご出産説」。その裏には、さまざまな思いが交錯しているのである。
(記事終わり)


一読して私が感じたことは
「これは何だろう?マスコミも政界も皇室関係者も、そして皇族方も、みんな盛大なる茶番でも演じているのか?」
ということでした。

上記新潮記事に登場してコメントを出している人々は「あくまでも第三子の性別は、一部の医師しか知らないはずだ」という前提で話をしています。
しかし、この「前提」自体が私には嘘っぱちにしか思えないのです。

2006年2月に紀子妃が第三子を妊娠したという一報を聞いた時、私はすぐに「ああ、どういう手段を使ったのかは分からないけど、おそらく“男児”が生まれるように仕込んだんだろうな」「ああ、実際にこの方たち、本当に(男児作成を)“やってしまった”んだ…」ということを考えました。同時に、「雅子様がお気の毒だ。雅子様のお気持ちを考えるといたたまれない」とも感じました。
非常に下世話な勘繰りとお𠮟りを受けそうですが、それが当時の私の率直な感想でしたから、そこは正直に申し上げておきます。
といいますか、おそらく私と同じ感想を抱いた国民は少なくなかったのではないでしょうか?

あの当時、小泉総理が典範改正で「直系長子(第一子)が皇位継承者になる」ということを目指していたことは多くの国民が当然のように知っていることでした。
またその前にも、湯浅長官(当時)による「皇室の繁栄のために秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」という国民の前での堂々たるセクハラ会見も知っていましたし、秋篠宮ご夫妻が揃って平成18年の歌会始で「こふのとり」という文言を入れたお歌を詠んでいる(ちなみにこの年の歌会始のお題は「笑み」であって「こふのとり」ではありません)ことからも、多くの国民が「秋篠宮ご夫妻は意図的に“男児”を作ったのではないか」と直感で思ったのではないでしょうか?

そういう状況の中で、マスコミや政治家、皇室関係者が「え?性別?さー詳しいことは分からないけど、もしかしたら男児じゃないのかなー(棒)。でも本当のところは実際に診ている医師しか知りえないよねー(棒)」としらばっくれたり、秋篠宮ご夫妻が「第三子の性別は知りたくありません!知らせないでください!(棒)」と言っている有様を見ていると、「この人たち、とんだ茶番劇を演じてるな。本当は色々と裏にある真実を知っているくせに、本当に白々しい」としか思えないのです。

そして上記新潮記事でも、相変わらず「秋篠宮ご夫妻が東宮ご夫妻に“遠慮”をして第三子を今まで作れなかった」という内容が書かれています。
当ブログでも既に何度もお伝えしていることですが、秋篠宮ご夫妻は佳子様がお生まれになった後くらいから、既に夫婦仲はうまくいっていませんでした。近所に聞こえるくらいの大きな声で夫婦喧嘩をしているとか、秋篠宮ご夫妻がろくに口も利かずにそれぞれ別行動をとっていることなども記事に書かれています。ですから秋篠宮ご夫妻に第三子ができなかったのは「東宮ご夫妻に遠慮していたから」ではなく、「単に夫婦仲が冷え切っていたから」にほかなりません。
秋篠宮様が「兄貴たちに“遠慮”して子ども作れないんだよ~」と言ったということが事実なら、とんでもなく嫌味で性格の悪いお方だな、としか思いません。3人目の子がなかなかできなかったのは単に貴方の不誠実が原因で夫婦仲が冷え切ってたからでしょうが!(しかしそれは隠蔽したいので「東宮ご夫妻に遠慮していた」という“シナリオ”が作られたとしか思えません)
その上、「皇室の未来のために自分は男子を作る覚悟ができている」と言わんばかりの態度。こういう方がなぜ一部からもてはやされるのかが理解できません。
第三子を作れなかった原因まで東宮ご夫妻に押し付け、その上さらに「兄貴たちは男系男子の伝統を守ろうとしなかったけど、自分たちはちゃんとそこまで考えて“覚悟”を決めて第三子を作ったんだぞ!」と言わんばかりの態度に腸が煮えくり返ります。
しかし秋篠宮ご夫妻がこういう態度をあからさまにすることで、こちらも「やっぱり狙って“男子”を作ったんじゃん」という反論もできてしまうわけですが。

また、「秋篠宮ご夫妻に第三子ができて喜んでいるのは意外にも東宮ご夫妻。東宮ご夫妻は愛子様を天皇にしたがっていないから」というのも、とんでもない憶測記事でしかありません。
東宮ご夫妻が大切な我が子である敬宮様の幸せを願うのは、親として当たり前のことだと思うのです。しかしそれを「東宮ご夫妻は愛子様を天皇にする気はない(したくない)」という憶測の言質に利用することは許しがたいことですし、「東宮ご夫妻だってお喜びなのだから、秋篠宮夫妻がとやかく言われる筋合いはない」という言い訳に使われることも腹立たしいです。
東宮ご夫妻は、秋篠宮ご夫妻の第三子に関しては、明確なコメントを何も出されていません。それなのに外野が「ああだろうこうだろう」と勝手に皇太子ご夫妻のお気持ちを推測するのはおかしなことではありませんか。

また、上記記事の

>天皇皇后両陛下がご心配されているのは、そういう政治的な勢力にご懐妊が利用されることです。ご自分ではお立場上、何も発言できないのに、ご懐妊が都合よく政治に利用されていく。陛下はそのことを懸念されているのです

という部分も、何をおっしゃっているんだか!という感じですね。
紀子妃の第三子懐妊までの過程を見て、これは両陛下も一枚噛んだ上で、秋篠宮ご夫妻に「男子=継承者」を作ることを求めていた、ということは分かり切っていることです。ご自分たちが紀子妃の懐妊を政治利用してきたのに、今更「政治利用されるのは心外」とはどの口が言うか、と思うのです。両陛下や秋篠宮ご夫妻は「あくまでも国会が勝手に典範改正審議を止めただけであり、自分たちは何も要求していない」という感じで白を切っているのでしょうが、かなり早い段階での懐妊リークとNHK速報の一連の過程を見て、「自分たちは何も知りません」は通るはずがないのです。

とにかく、紀子妃懐妊までの経緯とリーク・速報、閣僚からの典範改正異議の動きなど、これまでの一連の過程があまりにも怪しすぎ国民からも疑いの目を向けられていたので、「秋篠宮ご夫妻も両陛下も周囲も、第三子の性別を知らないフリをしていないとまずい」という状況だったことだけはヒシヒシと伝わってきますね。本当に噴飯ものの茶番劇です。

ところで上記記事における、「当時の小泉総理が、憲法改正の発議が可能になる議席確保を目指していた」という部分ですが、この姿勢は今の総理である安倍氏に強く当てはまるような気がします。安倍総理は小泉元総理が成し遂げられなかった「憲法改正」を自分が行い、自分こそが「歴史に名を残す総理」になりたいのだと感じます。
しかし、安倍総理は小泉元総理の元で官房長官をしていた当時、紀子妃の第三子妊娠の件を受けてすぐさま典範改正議論を積極的に凍結させたメンバーの一人でもありました。安倍氏の「紀子妃のお腹の中の子の皇位を奪うのか!」はかなり有名なセリフとなりました。そのセリフで誰もが「え?やはり紀子妃のお腹の子は男子なの?何で今の段階でそれが分かるの?」という疑問を抱いたわけです。
(※なお、男女双系承継になれば、紀子妃のお腹の子は男女関係なく継承権を“奪われる”ということにはなりません。ただ、敬宮愛子様より継承順位が下になるというだけです。)

そして今になって、「将来の皇室は悠仁様お一人になってしまう!早急に眞子様と佳子様に女性宮家を作って悠仁様をサポートさせ、皇室の人数を維持しないと!」と大騒ぎしているアホな人たち。
そうなることは悠仁様が生まれる前に早々に典範改正審議をストップさせ、悠仁様ご誕生後も審議を再開させなかった時点で見えていたでしょう?

え?まさか何も考えていなかったとか?

「男系男子による皇位継承こそ伝統!」という嘘っぱちで男児を誕生させたことで、皇室は繁栄するどころか、滅亡の道をたどることになったのですよ。
今になって大騒ぎするのは馬鹿のやることです。
「男系男子でいく」と決めた以上、悠仁様お一人で皇室を支えていけばよろしいのですよ。
そういう末路を男系男子固執派は望んでいたんじゃないんですか?

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~紀子妃懐妊劇の裏にあった皇太子ご夫妻の苦悩③

あまりにも白々しい「秋篠宮ご夫妻第3子」をめぐる茶番劇~紀子妃懐妊劇の裏にあった皇太子ご夫妻の苦悩② より続きです)

週刊文春2006年2月23日号より

◆皇太子が夜お一人で秋篠宮邸へ

折しも帯状疱疹でお倒れになったばかりの雅子さまは、この発言に大きなショックを受けられたという。
だが、この「第三子発言」には前段があった。その一年前、雅子さまが宮内庁上層部に危機感を抱かせるようなご発言をなさっていたのだ。2002年12月、ニュージーランド・オーストラリアご訪問直前の記者会見で、雅子さまはこうおっしゃっている。

<やはり国民の皆さんの期待というものが、いろいろな形での期待があって、その中には子供という期待もございましたし、他方、仕事の面で外国訪問なども国際親善ということでの期待というものもございまして、そういう中で、今自分は何に重点を置いてというか、何が一番大事なんだろうかということは、随分考えることが必要だったように思います>

湯浅長官は雅子さまのこのご発言に驚愕したという。
「『何が一番大事なんだろうか』という言葉を聞いて、湯浅長官は『妃殿下はまだおわかりになっていない』と危機感を募らせたのです。お立場上、何よりお世継ぎのことを考えなくてはいけないのに、まだ外国訪問にこだわっていらっしゃる、と真っ青になっていたと聞きました。お世継ぎこそ天皇皇后のご意思であり、外国訪問など二の次だというのが上層部の考え方だったのです」(皇室関係者)

皇太子ご夫妻と天皇ご一家の間には次第に距離ができるようになっていた。皇太子ご夫妻が御所から足が遠のきがちになる一方で、天皇皇后と秋篠宮ご夫妻とのご交流は顕著になる。
元宮内庁関係者がご両家の違いをこう話す。
「秋篠宮さまも紀子さまも御所によくお食事にいらして、何でも両陛下にご相談になります。皇后陛下は大変リーダーシップがおありになる方ですから、ご相談があれば親身になられますし、頼りにされるのがうれしいご様子でした。秋篠宮さまは昔からお話好きで、皇后さまにべったりだったのを心配されたほどでしたから、紀子さまもお話の輪に入りやすかったのでしょう。秋篠宮ご夫妻は両陛下にかわいがられています。
それに対して、皇太子ご夫妻はもともとあまり外出されず、けして社交的なほうではありません。東宮御所でもお籠りがちでお二人でいらっしゃるのがお好き。たいがいのことはお二人で解決なさるご夫妻ですから、御所を訪れる機会も少なくなっていったのです」
皇太子と秋篠宮はもともとは大変仲の良いご兄弟としてよく知られていた。ところが皇太子がご結婚されてから、秋篠宮ご夫妻とお過ごしになる機会がめっきり減ってしまわれたという。
「雅子さまは外国育ちということですが、意外にシャイでどなたとも打ち解けるタイプではありません。秋篠宮さま、それに紀宮さまとはちょっと性格がお合いにならなかったようですね。
皇太子さまはご交流が途絶えがちになってしまった秋篠宮ご夫妻にお気を使われて、夜のお散歩の途中にお一人で秋篠宮邸にお寄りになり、お酒などのお届け物をされたこともあったといいます」(学習院関係者)

昨年から今年にかけて、天皇ご一家の行事で皇太子ご夫妻の“遅刻”や“欠席”が相次いだ。
9月11日、紀子さまのお誕生日の夕食会にご夫妻が45分遅刻。
12月9日、雅子さまご自身のお誕生日の夕食会も突然の中止。
12月23日、天皇のお誕生日の夕食会に雅子さまが2時間47分の中座。
1月5日、天皇皇后との夕食会を雅子さまが欠席。

「両陛下と秋篠宮ご夫妻、黒田夫妻の親密さがどんどん深まるばかりで、皇太子ご夫妻がますます孤立していくように見えるのが心配でした」(皇室関係者)
雅子さまが皇室という環境に適応されていないご様子は、ご欠席が続いている宮中祭祀にも見て取ることができる。ご結婚当初はご熱心に取り組まれていらしたが、いつしか遠のくようになった。雅子さまのご欠席は(綴じ目で不鮮明)気になるずっと前から目立つようになっていました。すでに何年もお休みですから、東宮の女官や女嬬もお式の段取りがわからなくなっているのではないかと、皇后さまもご心配されているそうです」(元東宮職)

ご成婚時、雅子さまは大きな期待を持って迎えられた。その雅子さまがこれほど苦しまれるとは、誰に想像できただろう。
お世継ぎをめぐって、この12年間、天皇ご一家には様々なドラマがあった。紀子さまのご懐妊はこうしたドラマの最終章となるのだろうか。
(記事終わり)


文春記事の最後の部分は、まあいつものように「両陛下と懇意にしている秋篠宮家、両陛下と疎遠になっている東宮家」というワンパターンの対比で占められています。何度もいいますが、私が東宮ご一家のお立場だったら、やはり両陛下とは距離を置きたいと思ってしまうでしょう。そして弟一家があまりにもいつも両陛下にベッタリなので、かえってこちらが遠慮してしまいたくなります。

独立している家庭が、何でもかんでも両親に相談しなければいけないものなのでしょうか。両陛下は自分たちを頼ってくれる秋篠宮家を気に入られ贔屓にしたいのかもしれませんが、大の大人同士が毎度毎度べったりしているというのもかなり違和感があります。むしろ東宮ご夫妻のようになるべくご自分たちで物事を解決し、両陛下(両親)を頼らないようにする、という方が正常だと考えます。
ここまで両陛下と秋篠宮家の「ベッタリ」が行き過ぎると、「意図的に東宮家をハブってるでしょ?」という不愉快さが残るだけです。東宮家への同情が高まるばかりであり、両陛下と秋篠宮家の印象が良くなるということは絶対にありません。

それにしても、秋篠宮様は幼少の頃から少しマザコン傾向があるのですね。美智子様が長期間留守になされば泣きわめき、授業参観にいらっしゃらなければ寂しいと口にし、そして大人になった今でも両親(両陛下)にベッタリ…
こういう所にも、秋篠宮様が帝王学を受けてこなかった弊害が露呈されているような気がします。
皇太子殿下は両陛下に甘えることも許されず、いつも静かにじっと耐えていらっしゃる方でした。
だからこそ余計に「両陛下と疎遠で孤立している東宮家」という論調が腹立たしいのです。

しかも普通は目下の者が目上の方に気を遣うべきなのに、皇太子殿下の方が弟にお気遣いされて、お土産を持たれて秋篠宮邸に行かれるという有様。「兄貴のところとは交流がないんだよね~」とほざいている弟こそが、手土産を持って東宮御所におうかがいすればいいだろうと思うのです。しかしおそらく、秋篠宮ご夫妻の方はそういうことはなさらないのでしょう。
秋篠宮ご夫妻のこういう不遜な態度が本当に不愉快極まりないのです。

上記文春記事は、まるで秋篠宮ご夫妻の方が社交的であり、東宮ご夫妻はあまり社交的でないという偏った報道をしていますが、実際は逆だと断言できます。東宮ご夫妻は両陛下など頼りにしなくても、ご自分たちだけで物事を解決なさる聡明な方々。そして海外ロイヤルとの交流もきちんと持たれており、どちらも昔からご友人がとても多いことはよく知られていることです。
一方秋篠宮ご夫妻は、海外ロイヤルと言えばせいぜいタイ王室としか懇意でなく、欧州王室と仲が良いというお話は一切聞いたことがありません。秋篠宮様のお取り巻きはいつも同じメンツ、秋篠宮ご夫妻をアゲアゲ称賛するのもいつも決まった“自称ジャーナリスト”。両陛下以外の皇族ともほとんど交流がなく、むしろ内弁慶だという印象しかありません。紀子妃に至っては、学生の頃から同性の学友がいたという話は聞いたことがなく、いつも男子学生とばかり一緒にいたというイメージです。
しかしこういう文春のような偏向報道の内容をそのまま信じてしまう人々も少なくないのでしょうか。

湯浅長官の発言については、あまりにも雅子様に失礼すぎ、コメントする気力も起きません。
しかしやはり「お世継ぎ優先のため雅子様を海外には行かせない」というのは、両陛下=宮内庁上層部の考えだったということの確認にはなるでしょう。

そして記事最後の〆の部分に、文春冒頭で触れられていた雅子様の「中座」の件が再び出ていますが…
「2時間47分の中座」!一体なんでそこまで細かく時間を測っていたのでしょうか。
「2時間以上」とか「3時間弱」という表現ならまだ分かるのですが、「2時間47分」という異様に細かい時間、わざわざ誰かが意図的に中座時間を図って記録していた!?としか言いようがないほど、気味悪さを感じてしまいます。
こういう陰湿・陰険なことをやられたら、雅子様でなくても誰でもメンタルを壊されますよ。
こんな気持ち悪いことをされても、なお「両陛下との集まりには出ろ!」と言われるのは辛すぎますね。

なお、雅子様は療養で祭祀をお出来にならなかった時期がありましたが、体調を回復されて久しぶりに祭祀に出られることになった際も、お式の段取りをきちんと完璧に覚えていらして何も心配することはなかったという後日談があります。
こういうことももっと大々的に報じてほしいものです。

次回からは、紀子妃のお腹の「第三子」は“男子”ではないのか?ということが囁かれ始めたという内容の雑誌記事を順次ご紹介していきたいと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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