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秋篠宮様“皇太子待遇”報道後の、宮様と陛下の「二人きりの怪しい45分会談」~一体何を話し合われたのか?

前回は、拙ブログ立ち上げのきっかけとなった「秋篠宮様を皇太子(皇嗣)待遇へ」という決定の裏側を暴いた記事をご紹介させていただきましたが、今回はまず今上陛下の「生前退位法の恒久化への異様な執着」を裏づける新聞記事をご紹介した後、秋篠宮様の「皇太子(皇嗣)待遇」が報じられた後に、宮様と陛下が「謎の二人きり会談」を持たれていたことを暴露した雑誌記事をご紹介したいと思います。

<陛下>退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」
毎日新聞 2017/5/21(日)

天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」との強い不満を漏らされていたことが明らかになった。陛下の考えは宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた。

陛下は、有識者会議の議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」と語り、制度化を実現するよう求めた。「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」とも話していて、政府方針に不満を示したという。

宮内庁関係者は「陛下はやるせない気持ちになっていた。陛下のやってこられた活動を知らないのか」と話す。

ヒアリングでは、安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は「陛下に対して失礼だ」と話す。

陛下の公務は、象徴天皇制を続けていくために不可欠な国民の理解と共感を得るため、皇后さまとともに試行錯誤しながら「全身全霊」(昨年8月のおことば)で作り上げたものだ。保守系の主張は陛下の公務を不可欠ではないと位置づけた。陛下の生き方を「全否定する内容」(宮内庁幹部)だったため、陛下は強い不満を感じたとみられる。

宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとしたうえで、「陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない」と説明する。

陛下が、昨年8月に退位の意向がにじむおことばを表明したのは、憲法に規定された象徴天皇の意味を深く考え抜いた結果だ。被災地訪問など日々の公務と祈りによって、国民の理解と共感を新たにし続けなければ、天皇であり続けることはできないという強い思いがある。
(以上)



さて、上記新聞記事を一読して、「陛下、だから貴方は保守から批判を受けてしまうんですよ!」と思わず言いたくなってしまいました。
公務・祭祀においては、今上陛下(と美智子様)と、保守をはじめ少なくない国民の間で乖離が起きていることは以前から私も感じておりました。
まず、天皇の行為・活動を論じるにあたり、通常は以下の3つに大きく分けることができます。
●国事行為
●私的活動
●公的活動

です。
そもそも天皇は政治的権能を有してはならず、内閣の助言と承認に従っての国事行為のみしか行えません。
憲法に規定されていない公的行為(公務)についてはどこまで認めていいのか否か、憲法学上の論点の一つとなっています。公的行為の範囲をあまりにも広げ過ぎてしまうと、天皇に国事行為のみを認めた憲法の趣旨とそぐわない結果になりかねず、天皇に公的・政治的意味を持つ行いを事実上認めてしまいかねない危険性を有しているのです。「天皇皇后は公務をやって当たり前」という考え方は間違っています。しかしだからといって「国事行為以外の公的活動を全否定する」というのも極端すぎ、そこをどう考えるかが実は難しい問題となっているのです。
ちなみに祭祀は宗教上の行為ですので、これは公的行為ではなく私的行為に含まれます。祭祀にかかる費用も公金ではなく、天皇家の御手元金に当たる内廷費から支出されています。この私的行為については、憲法学も特に制限は設けていません。あくまでも「私的」なのでそこに制限を設けることはそぐわないとも言えるためです。
保守の人々の「公務は天皇の義務ではないので、負担が大きければ削減すればいい」「天皇は祭祀=祈りだけ行えばよい」という意見は、実は至極まっとうなものなのです。政治的権能を有してはいけない天皇の行為を厳格に突き詰めればこのような結論に至るのです。

ところが驚くべきことに、今上陛下(とそのイエスマンの宮内庁側近たち)が、憲法を理解できていなかったのです。
陛下は「自分のワガママと思われたくないので、生前退位法を恒久化してほしいという希望を出した。しかしまさか自分の希望が曲げられるとは思っていなかった」と、まるでご自分が政治や法律を決定できるお立場にあると言いたげな、とんでもない思い違いをされていたのです。そしてご自分の希望が通らないとなると、明らかに不満を顔に出されるとのこと。これは明らかに今上陛下の態度が間違っていらっしゃるのです。「天皇は政治的権能を有しない」という、憲法の原則中の原則を丸っきり理解できていない。この事実に私は驚愕しました。
ご自分の我儘で生前退位法を作らせたと思われたくないから、一代限りではなく後世も縛ってほしい-。いや、これこそ陛下の一方的で勝手な「我儘」でしょう。なぜご自分のお考えだけで後世の天皇も縛れると思えるのか。そっちの方が理解できません。これでは今上陛下が、立法府を押しのけて法律を作ってしまうようなものです。

しかし、雑誌レベルでなく、大手新聞社がこのような陛下のお考えを明確に報じたことで、前回ご紹介した新潮記事(秋篠宮の皇嗣待遇は陛下のご意向で決定されてしまった)の内容に信憑性が出てきたように思います。

さて次に、秋篠宮様の“皇太子(皇嗣)待遇”が報じられた後に出された雑誌記事をご紹介します。

週間ポスト 2017年2月17日号

平成皇室の最深奥
生前退位議論から除外された“皇太弟問題”への憂慮が募る中―
天皇と秋篠宮 皇太子退出後に「2人きりの45分間」で話し合われたこと


アジア大会と3.11式典を兄弟で分担の意味
女性宮家問題と複雑に絡み合う譲位後の処遇―
生前退位問題は秋篠宮を中心に動きつつある

天皇の「生前退位」もお気持ち表明をきっかけに、秋篠宮の存在感が増している。昨年11月の誕生日には、天皇が退位の意思を表明したことについて「大変良かったことだと思います」と語り、発言を控える皇太子とは対照的だった。
秋篠宮はいまや、生前退位問題の議論の中心になろうとしている。

◆夫妻での公務は秋篠宮家

天皇の公務分担において、秋篠宮夫妻はこれまで以上に重要な役割を任せられることになった。
今年2月19日の冬季アジア札幌大会に皇太子が「天皇のご名代」として出席し、開会宣言を行うのに対して、3月11日に開催される「東日本大震災六周年追悼式」にはこれまで5年間出席してきた天皇・皇后に代わって、秋篠宮夫妻が臨席する。
各国の賓客が招待される冬季アジア札幌大会の開会宣言が重要な公務であるのは間違いない。その一方で、震災で亡くなった多くの犠牲者のために祈りをささげることは天皇家にとってアジア大会に劣らない。“大切な務め”であるはずで、国民の注目度も高い。
皇室評論家の高清水有子氏はこうみる。
「天皇陛下は、東日本大震災直後に異例のお言葉を発せられ、さらに両陛下お揃いで毎年追悼式にご出席になっています。被災地と被災者に対してとても強い思いを抱かれているのです。両陛下がそれほど重要視されている式典だけに、本来であれば皇太子同妃両殿下に引き継がれても不思議ではありません。それがなぜ秋篠宮同妃両殿下なのか。
10年の節目には新天皇が出席されるとのことですが、現状では雅子妃殿下のご病気やご体調への配慮があって、この度のように両殿下での出席が望ましいご公務は、できるだけ秋篠宮殿下と紀子妃殿下がお務めになるほうが安心ということなのでしょうか」
天皇が退位すれば、皇太子が即位し、秋篠宮が皇位継承順位1位、悠仁親王が2位となる。秋篠宮家は文字通り「将来の天皇家」を担う存在だ。

ところが、現在の秋篠宮家はあくまでも宮家の一つであり、政府の有識者会議の議論では天皇の退位後に秋篠宮家が「皇太子家」扱いになるかどうかさえ決まっていない。
政府の有識者会議のヒアリングメンバーの1人、所功・京都産業大学名誉教授が指摘する。
「皇室典範には、天皇の弟を皇太弟とする規定がありません。そうした位置づけや秋篠宮家の予算、住居など待遇をどうするかは、今上陛下の高齢譲位に伴って対応すべき課題です。政府は譲位を可能にする法整備だけでなく、この関連課題の解決に取り組まなければなりません」
「将来の天皇家」となるにもかかわらず、秋篠宮家は立場が曖昧なままなのだ。

◆住居、予算の“兄弟格差”

1月17日、天皇、皇太子、秋篠宮による生前退位について、重要な三者会談が持たれたことは、本誌前号で報じたとおりだ。
この日は三者会談の後、皇后が加わって昼食会が開かれ、皇太子は午後1時半に皇居を出た。ところが、秋篠宮を乗せたゴールドのBMWが半蔵門を出たのはそれから45分後の午後2時15分だった。
宮内庁関係者の話である。
「秋篠宮さまの退出が遅くなったのは、三者会談のあと、秋篠宮家の今後の待遇について陛下と特別のお話し合いがあったのではないかと見られています」
天皇、皇后と皇太子家(皇太子、雅子妃、愛子内親王)は「内廷皇族」と呼ばれ“分家”にあたる秋篠宮家とは予算、職員数などに大きな違いがある。
内廷皇族である皇太子家の生活費は「内廷費」で賄われる。皇室経済法施行法で金額は天皇、皇后を合わせた5人で年間3億2400万円と定められている。
秋篠宮家の生活費は他の皇族と同様「皇族としての品位保持」を名目に「皇族費」から支出される。金額は家族の人数によって計算され、秋篠宮(3050万円)、紀子妃(1525万円)、眞子内親王と佳子内親王(いずれも915万円)、未成年の悠仁親王(305万円)の5人で合計6710万円である(16年度予算)。
住居の環境も違う。皇太子家が生活する「東宮御所」と秋篠宮邸はいずれも赤坂御用地内にあるが、東宮御所(居宅部分約870平方㍍。17部屋)は08年に1年かけて大改修を行ったのに対し、旧秩父宮邸を受け継いだ秋篠宮邸は居宅部分約470平方㍍(8部屋)と倍近い差があり、回収が必要とされている。お世話する宮内庁の職員は皇太子家の約70人に対し、秋篠宮家は約20人だ。
とくに問題視されているもは警備面の違いだ。
皇室ジャーナリストの山下晋司氏が指摘する。
「皇太子ご一家が車で移動される際は、公か私で違いはありますが、公務の場合は白バイや警察車両が前後を固め、交通規制も敷かれます。しかし、秋篠宮ご一家の場合は公務であっても通常は後ろに警察車両が1台つくだけで、交通規制もありません。
そのため、昨年11月に悠仁親王殿下が乗った車が前方不注意で追突事故を起こして『将来の天皇が乗っているのに警備が不十分ではないか』と批判の声が上がりました」

◆女性宮家問題が政争に

だが、天皇と秋篠宮にとって、経済的な面にもまして憂慮されるのは、将来、悠仁親王の代になったときの皇室の姿ではないか。
天皇は即位20年会見(09年)で、皇族の数が減少して将来、皇位の安定的継承が難しくなる可能性があることを憂慮し、「将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されるべきことが重要だと思います」と述べた。昨年8月の生前退位のお気持ち表明でも皇統の安定についての思いをこう語った。
「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」
天皇が「皇室の安定」に言及するとき、念頭にあるのは皇太子と秋篠宮の世代だけでなく、悠仁親王が即位する時代の皇室の姿も含まれているのは間違いないだろう。悠仁親王の姉である秋篠宮家の眞子内親王(25)、佳子内親王(22)と皇太子家の愛子内親王(15)がいずれ結婚して皇族を離れれば、悠仁親王以外に皇族がいなくなる可能性すらある。
秋篠宮は「皇室を維持していくには、一定の数(の皇族)は当然必要」(11年の誕生日会見)と語っている。その問題の渦中に置かれるのが秋篠宮家の2人の内親王だ。
前出の高清水氏がこう指摘する。
「眞子さま、佳子さまからは、『弟宮を支える』という強い覚悟が感じられます。とはいえ、お二人とも妙齢にさしかかり、遠くない将来、ご結婚となれば皇籍を離脱しなければなりません。女性皇族が結婚後の皇室に留まれるようになれば問題はある程度は解決しますが、内親王が皇室に留まるために必要な法律の改正は話題にもなりません。そのため、お二人が『弟を支える』ことを最優先にお考えになった場合、ご結婚が遠ざかってしまうことも考えられます」
実は、秋篠宮家の処遇についての議論が遅々として進まない理由もここにある。
官邸関係者が語る。
「政府としては、まず天皇陛下が退位されるまでの行程を整えることが最優先です。そこに今後の秋篠宮家の処遇問題を絡めてしまうと、否応なく皇室の将来像について広く議論することになってしまう。眞子さまと佳子さまの話題は避けて通れませんし、そうなれば女性宮家の議論が再燃してしまう。政府としては避けたい」
2012年に民主党・野田政権で女性宮家が検討された際、野党・自民党で反対派の急先鋒になったのが安倍首相だった。「女性宮家は女性・女系天皇の容認につながる」と主張し、当時、女性宮家に反対していた保守層から大きな支持を得た。
そうした背景があるため、安倍政権は女性宮家創設には慎重にならざるを得ない。一方、民進党の野田佳彦・幹事長はそれが分かっているからこそ、「女性宮家を議論すべきだ」と政府に迫っている。秋篠宮の処遇問題が、政争の具にもなりかねない状況なのだ。
秋篠宮が天皇と話すべきことは、あまりにも多い。
(終わり)


「公務は夫婦同伴で~」とか「東宮家と秋篠宮家の予算と職員の差が~」とかいう議論は、過去に拙ブログで一蹴させていただいておりますので、ここで再度論じることは致しません。実にくだらない。そもそも秋篠宮様は皇嗣として3倍の皇族費を支給されることも既に勝手に決められてしまったので、もはや秋篠宮家から不満が出ること自体許されないと思いますので。

また、東宮御所と秋篠宮邸の改修についても、結局は秋篠宮邸大改修・増改築に最終的に33億円もかかることが全国紙で報じられているため、「秋篠宮家が割を食っている」という山下や高清水の言い分ももはや通用しません。

女性宮家の件についても、やはり話題の中心は敬宮愛子様でなく、眞子様と佳子様。女性宮家を切望しているのは両陛下と秋篠宮家ということは拙ブログでも度々指摘していますので、これも再度ここで論じることはしません。

上記ポスト記事で問題視したいのは、

●いつも通りの三者会談の後、皇太子殿下だけ先にお帰しした後で、陛下と秋篠宮様が二人だけの怪しい会合を持たれたこと(しかも45分も!)
●秋篠宮は予算が少ない少ないと言いながら、高級外車のBMWを乗り回しているという事実(海外ブランドをがっつり利用しているではないか)!
●皇太子殿下でさえご発言を控えられた陛下の生前退位の問題について、秋篠宮様が立場をわきまえず「良かったと思います」と発言し政治的問題に無遠慮に首を突っ込んでいること。
●やはり、生前退位の有識者会議では秋篠宮家の処遇について議論する予定がなかったこと(それを陛下の鶴の一声で秋篠宮様の待遇まで勝手に決められてしまったという事実)。


こうして見ると、秋篠宮様の皇太子(皇嗣)待遇については、やはり秋篠宮様ご自身の希望や意向がガッツリ含まれていると思わざるをえません。皇太子殿下が席を外した後で、陛下と秋篠宮様の二人だけでダラダラと会合を持たれ、お互いの一方的な希望や不満、これから政府に働きかけるべきことなどを広く話し合い、いかにご自分たちが今後の利益(利権)を保持できるか、そればかりをずっと悪だくみしていたのではないか?と考えてしまうのです。
そこには当然、次代天皇陛下の地位をいかに貶めるか…の策謀も含まれていると思えますね。


このように、秋篠宮様は度々皇太子殿下をハブにした上で、ご自分が利するような動きを陛下と共に行ってきたのです。
こんなことが許されていいのでしょうか。
しかし、
「陛下と秋篠宮様は皇太子殿下を先に帰した後でこんな会合を開いている」
という事実がリークされたのは、このお二人の怪しい会合に「思う所」がある人たちがいるという証でもあるように感じます。
誰の目から見ても「なんか嫌な感じで不愉快」ですからね、このお二人のコソコソ会合は。
そして、皇太子殿下がお気の毒、お可哀相という感想を持つことになる。

ちなみに、2017年元日の読売記事では、秋篠宮様の“呼称”についてまでは言及されておらず、あくまでも「皇太子待遇」というざっくりとした内容だけでした。
その後の陛下と秋篠宮様の怪しい話し合いで、秋篠宮様の“呼称”についてどうするか?ということが議題に上がっていたのではないでしょうか。
そして紆余曲折を経て、“皇太子”や“皇太弟”という呼称は見送られたが、“皇嗣”という歴史にも伝統にもない、完全に新設の意味不明な呼称が勝手に決められてしまったのです。
これには当然、秋篠宮様と陛下のご意向が入っていると考えていいでしょうね。


今、小室圭氏の一件を中心に、秋篠宮家への評判はかなり悪化しているという印象を受けます。
しかしそれも、過去にこういう卑怯で小狡いことをしてきた秋篠宮様に対する天罰ではないかと思うのです。
過去に行ってきた悪だくみは、全て自分に返ってくるのですよ?秋篠宮様。誰も同情なんてしません。

秋篠宮様の「皇嗣待遇」は、今上陛下の勝手なご希望により一方的に決められた!?拙ブログの原点となった“事件”に改めて迫る

まずは、北海道地震で被害に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

ここ最近は、小室圭氏に関する秋篠宮家の無責任な態度や、東宮御所正門無断使用・大嘗祭などに関する秋篠宮様ご自身の立場をわきまえない非常識な言動などが相次ぎ、比較的新しい記事の検証を優先させてきました。今回はいったん少し前の記事に戻り、拙ブログを立ち上げる大きな契機となった“事件”について触れられた記事をご紹介させていただきたいと思います。
今回ご紹介する記事は、「そもそも、なぜ秋篠宮様が皇嗣待遇を受けるなどというおかしな結果になってしまったか」という問題の核心に迫った唯一といっていい記事です。当記事は、これまで検証をくわえてきた「陛下・皇太子殿下・秋篠宮様」による三者会談の内容とも密接に関連してくるものであります。

週刊新潮 2017年1月12日号

ワイド特集 年を跨いだ無理難題

陛下を怖れる「安倍官邸」の対策が「秋篠宮さまを皇太子待遇」


<秋篠宮さま「皇太子」待遇>。温めてきたネタで各紙が勝負する元日の紙面。読売新聞の1面に躍ったのはそんな見出しだったが、識者によると、それを実現するためのハードルは決して低くないという。それでもその難題に取り組まんとする背景に見え隠れするのは、天皇陛下を怖れる「安倍官邸」の思惑だ。

読売の記事によると、天皇陛下の退位を実現するための特例法案は、

<皇室典範と皇室経済法や宮内庁法など関連法の特例を一括したものとする。皇位継承順位が1位となる秋篠宮さまを「皇太子」待遇とし、退位した天皇の呼称を「上皇」(太上天皇)とする方向だ>

具体的に検討されているのは、こんな事柄だという。
<皇室経済法に関しては、上皇を置くことに伴う支出を規定するほか、秋篠宮家への支出を皇位継承順位1位に見合う額に引き上げる特例を設ける方向だ>

◆“政権は終わりだ”

秋篠宮家には、秋篠宮さまと悠仁さまという2人の皇位継承者がいる。にもかかわらず、「待遇」の面では予算に関しても人員の側面から見ても、東宮家との間に大きな格差が生じたままであることは、これまで繰り返し議論されてきた問題である。政府は今回の法案に、格差解消に繋がる特例を盛り込むことを検討している―それを伝えたのが、今回の読売の記事だったわけである。
この報道について、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の御厨貴・座長代理は、
「今回のような話は、有識者会議の中では1回も議論されたことがない」
と、困惑顔。
一方、その実現可能性に疑問符を付けるのは、さる皇室評論家だ。
「皇室典範では、皇室にとって重要な事柄に関しては皇室会議を開かなければならない、と決められている。秋篠宮さまを皇太子待遇とすることは、“皇族の身分の変更”に該当しますが、皇室会議の審議事項には“皇族の身分の離脱”はあっても“身分の変更”はない。皇室会議の審議事項にすら入っていないようなことを、特例法で通すのは、法的な整合性がつかない」
もっとも、実現するためのハードルが高いことは官邸も重々承知の上で、
「それでも官邸がこの件を諦めずに検討してきた背景には、天皇陛下に対する“怖れ”があります」
と、政治部デスクは言う。
「退位を巡っては、陛下は一代限りの特例法ではなく、恒久的な法制度を望んでおられる。特例法でいきたい官邸としては、陛下がお言葉を発する機会がある度に、恒久的な制度を望んでおられるのではないか、とビクビクしている。ある官邸の人間は、陛下が恒久的な制度の必要性について切々と述べられるような事態となれば“政権は終わりだ”とまで言っていましたよ
それと秋篠宮さまの待遇問題がどうリンクするのか。
秋篠宮さまの待遇をきちんと検討しなければいけない、というのは陛下もお考えのこと。秋篠宮さまを皇太子待遇とすることを検討するのは、陛下のお考えとも合致する動きで、陛下に対する官邸の“対策”と見ることもできる。その“対策”の裏にあるのは、“だから特例法でご納得いただきたい”という思いに他なりません」(同)
政府は2018年をめどに退位実現を目指している。残されている時間は決して長くはないのだ。
(終わり)


2017年元日の読売新聞で「秋篠宮様を皇太子待遇に」という見出しの記事がデカデカと出た時の憤りは、昨日のことのように思い出されます。お正月から本当に不愉快極まる記事でした。
上記記事でも触れている通り、有識者会議座長代理の御厨氏は「こんなことは議題にすら上がっていない」と困惑し、ほかの皇室評論家も「秋篠宮様の身分の変更は皇室会議でも物理的に無理なこと、こんなことを特例法だけで通せるわけがない」と、その整合性の無さを指摘しています。

しかし、結論として「皇太子」や「皇太弟」という称号自体は見送られたものの、秋篠宮様には「皇嗣」という伝統にない呼び名が与えられ、その身位に合わせて支給される皇族費も従来の3倍になるということが勝手に決められてしまったことは、当ブログでも何度も取り上げてきた通りです。

「秋篠宮様の立場については有識者会議の議題にも上がっていない」と困惑していた御厨氏でさえ、最終的には何も抵抗せずに、国民の知らない所で勝手に秋篠宮様の皇嗣待遇を決めてしまったのです。
もちろん現政権も、国民に対して何も説明がないまま。
マスコミも、誰も「秋篠宮様がいつの間にか皇嗣待遇に決められてしまったのはおかしい」と声を上げることはありませんでした。それどころか「陛下の退位に伴って皇嗣となる秋篠宮様…」という感じで、まるで国民も納得している既成事実のように報道するメディアばかりでした。


なぜこんなことが起きてしまったのか?

上記新潮記事は「秋篠宮様の待遇変更のご希望は陛下が出された」と書いていますが、まさに「誰も逆らえない」陛下がこういう結果を望んだからこそ、総理も有識者会議座長代理もマスコミも、誰も「秋篠宮様皇嗣待遇」に異議を唱えなかった(唱えられなかった)としか言いようがありません。

事の発端となった生前退位法については、官邸(政府)は、最初から「一代限りの特例法」にする心構えでいました。それは生前退位法を恒久法としてしまうと、後世の天皇の立場まで危うく不安定なものにする、皇室の安泰というものが保障されなくなる、というまっとうな理由によるものでした。
ところが今上陛下は、後世の天皇まで生前退位法で縛りをかけ、容易に生前退位できる(させる)ことを執拗にご希望になったのです。
これは、まさに当ブログでも検証した「三者会談」の内容にも合致するのです。
官邸や宮内庁は必死に否定していましたが、三者会談の中では「皇太子殿下を出来る限り早期に退位させる」「そしてその後を悠仁様に継がせる」ということが真剣に話し合われていたということが暴露されました。
今上陛下(と秋篠宮様)はとにかく、皇太子殿下を早期に玉座から引きずり下ろすことを「長年の野望」として胸に抱いてきました。そのために陛下は、ご自分の生前退位を利用しようとしたのです。


陛下はご自分の目が黒いうちに、皇太子殿下の御代が長く続くことを封じ込めたい。
生前退位法を恒久法にさせて、皇太子殿下も早々に退位させるシステムを作りたい。
そして秋篠宮様の立場を明確にし、秋篠宮家へ皇位が移るように確定させておきたい。
自分が崩御した後は、確実に「敬宮様を皇太子・天皇に」という声が国民から多く上がるので、それが起きてしまう前に、敬宮様即位の道を断っておきたい。
秋篠宮様の身位の変更は、東宮家との予算・職員における格差を解消するためにも意味を持ち、紀子妃も納得させられる。
そして秋篠宮様→悠仁様ラインを確実に作り、秋篠宮家のための「男系男子承継」を確定させておきたい。

しかし、悠仁様の後に男系男子継承が続けられる保証はないので、眞子様・佳子様に女性宮家を創設して皇室に残し、その後は女系継承ができるようにしておきたい―。

ということが、今上陛下(と美智子様、秋篠宮家)のかねてからの野望なのです。

今上陛下としては、生前退位法を恒久法とすれば、皇太子殿下も早期に退位させることができると考えました。
ところが官邸(政府)は、前述のとおり、恒久法とすることの危険性を熟知し、それだけはできないと突っぱねた。
しかし今上陛下の我儘とヒステリーは収まらず、常軌を逸した状況となってしまった(それこそ現政権が畏れる=恐れるほど)…。
そこで政府がひり出した案が、「秋篠宮様を皇太子=皇嗣待遇にする」という案。
元々陛下は秋篠宮様に皇位が行くように仕向けたいとお考えなので、敬宮様へ皇位が行かないのであればそれでよいと、その案を受け入れた。現政権も男系男子カルトなので、特に異論はなかった。
そして双方の思惑が一致して、秋篠宮様の待遇が国民の議論もなしに勝手に決められてしまった―。

これが真相なのだと思います。

もはや誰も逆らえない、権力の権化となってしまった今上陛下の我儘だから、民意を問うこともなしになし崩し的に決定されてしまったのです。本当に無念としか言いようがありません。

私は現政権が2016~2017年を境に一気に常軌を逸した方向に舵を切るようになった一因として、この今上陛下の“暴走”があると考えています。
本来なら政治に口出ししてはいけないお立場の天皇が、自分の勝手な希望(皇太子殿下と敬宮様排除&秋篠宮家優遇)を押し通すために違憲とも言える言動を繰り返してきた。総理大臣すら、その我儘に逆らうことを許されなかった。本来なら政治のトップは自分であるはずなのに、なぜ政治的権能を有しないはずの天皇に振り回されなければいけないのかー。現総理大臣には、絶対にこういう忸怩たる思いがあったはずです。
「天皇ですらこういう有様なのだから、我々下々も好き放題にやろう」―もしこういう考えに陥ったのだとしたら?
だからといって現政権を支持したり庇ったりする考えは全くなく、むしろ早く退陣してほしい気持ちで一杯ですが。
日本の民主主義を破壊し、政治を狂わせた元凶の一つに、どうしても(両)陛下の暴走があったと思わざるをえないのです。

そして、おそらくこの「秋篠宮様皇嗣待遇」の一件に、当人である秋篠宮様自身の「ご希望」も当然あっただろうし、そのために陛下に入れ知恵してタッグを組んでいたということが十分に考えられます。
次回はその秋篠宮様の「怪しい動き」について触れた記事をご紹介したいと思います。

物議を醸した「新潮記事」後に出た三者会談関連記事~大役を果たした雅子様、相変わらず立場をわきまえない秋篠宮様

週刊新潮が2013年に「三者会談」の内容について物議を醸す記事を出し、それが官邸と宮内庁により否定された後も、三者会談に関する記事は出続けていました。
今回は、週刊ポスト 2016年4月22日号の内容をご紹介いたします。まだ陛下が「生前退位の意向」を示されていなかった時期の記事です。

天皇、皇太子、秋篠宮による頂上会談で皇室新時代へ

モーニングに身を包んだ天皇はゆったりとした足どりで鳥居をくぐり、陵墓前で玉串を供える。お気持ちを記した御告文を述べた後、深々と頭を下げた。4月3日、奈良県橿原市の神武天皇陵で同天皇崩御2600年に合わせた式年祭が執り行なわれた。天皇皇后両陛下に秋篠宮夫妻も付き従った。

同じ頃、奈良に姿を見せなかった皇太子夫妻は皇居・宮中三殿で大役を果たしていた。歴代天皇や皇族の霊が祀られている皇霊殿で祭祀が行なわれた。皇太子は天皇の名代、さらに雅子妃が皇后の名代として古式装束を纏い拝礼した。

雅子妃の宮中祭祀への参列は2009年に行なわれた昭和天皇崩御20年の式年祭以来で7年ぶりである。皇室ジャーナリスト・神田秀一氏が言う。

「皇霊殿の中には天皇皇后に皇太子と皇太子妃しか立ち入ることが許されない神聖な場所です。これまで雅子さまは祭祀に対して消極的だと伝えられてきた。だが、今回、雅子さまは美智子さまの名代ですから体調不良などの理由で欠席するわけにはいかなかった。ですから雅子妃は相当な覚悟で臨まれたはずです。雅子さまが見事に務められたことに両陛下も安堵していることでしょう」

神武天皇は古事記や日本書紀に登場する初代天皇で、皇統の祖とされる人物。その没後2600年という歴史的な一日に、両陛下、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻が一致して祭祀でそれぞれの役割を果たした。後に詳述するが、そこには天皇のこれまでにない強い思いがあった。

というのも、近年、皇族の足並みの乱れは国民の目にもはっきりと見てとれたからだ。2012年春頃から月一回のペースで天皇、皇太子、秋篠宮が皇居に集まり、意見交換などをする「三者会談」の場を持ってきた。

「両陛下と東宮一家のコミュニケーション不足を懸念した当時の羽毛田信吾宮内庁長官が発案したものです。皇太子殿下と秋篠宮殿下の間にも幾度も“確執”が伝えられただけに兄弟で話をするいい機会となりました。またこの会談には宮内庁長官や侍従長が同席することもあるようです」(宮内庁関係者)

皇統問題に始まり皇族減少問題、天皇の公務の分担、雅子妃の病気、悠仁親王の帝王学など、皇太子と秋篠宮が中心となる「皇室の未来」についての話し合いを重ねているという。

だが「三者会談」は、これまで思うような成果を挙げていなかった。

「雅子妃殿下の長引く療養生活が東宮家に大きな影を落としたためです。2013年には東宮大夫の定例会見で宮内記者会から“最近の皇太子殿下はなぜ公務が少ないのか。もう少しお働きになったほうがいいのでは”という質問が飛び出るほど、精力的に公務に勤しまれる秋篠宮家に比べて、私的な活動ばかりが目立つ東宮家の存在感は薄かった」(宮内庁担当記者)

会談で話し合われた結論からか、2015年からはそれまで天皇皇后が担ってきたこどもの日と敬老の日に関する公務は皇太子夫妻と秋篠宮夫妻に引き継がれた。

「秋篠宮ご夫妻は敬老の日に先立って予定通りに日本赤十字社総合福祉センターを訪問された。一方の皇太子ご夫妻は雅子妃のご体調の影響からか子育て支援施設『ゆったりーの』訪問の日程が二転三転。結局、こどもの日から1か月以上もずれ込みました。
これには秋篠宮殿下も皇太子殿下に不信感を抱かれたといいます。会談で話し合った結論を簡単に覆されたわけですから……。とはいえ、秋篠宮殿下も兄君に遠慮がありますから、足並みが揃わない日々がずっと続いていました」(前出・宮内庁関係者)

だが今回の神武天皇式年祭では、雅子妃を含めてそれぞれが役割を立派に果たした。

「最近の三者会談では、天皇陛下が神武天皇式年祭への強い思いを口にされたといいます。天皇皇后両陛下が自ら神武天皇陵に参拝する形式は100年前の大正天皇、貞明皇后のやり方にならったものです。
皇室にとって神事は伝統を継承する上でも重要な柱だと陛下はお考えです。だからこそ、陛下は伝統を守るため、100年前のやり方にこだわられ、皇太子殿下、秋篠宮殿下に話をされたと伺っております。両殿下は、陛下の並々ならぬ思いに“覚悟”を決められたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)

この覚悟は雅子妃にも伝わったであろうことは想像に難くない。そして「天皇家」はひとつとなった──。
(終わり)


ポストとセブンは同じ出版社ですが、毎回東宮ご夫妻にだけ辛辣な記事を出してきます。今回も東宮ご夫妻に対する底意地の悪い視線は変わっていません。「雅子様が皇后陛下の名代としての祭祀を立派にお務めした」という事実だけを淡々と伝えてくれればいいだけなのに、どうしても嫌味を書かなければ気が済まないのでしょうか。

上記ポスト記事は2016年時点でもまだ、陛下・皇太子殿下・秋篠宮様による三者会談が続いていることを示唆していますが、新潮が暴いた「皇太子殿下早期退位論」については触れていませんね。そして「三者会談に大きな成果は今のところない」と述べています。

ただ、ポストが具体的に列挙している話し合いの内容

>皇統問題に始まり皇族減少問題、天皇の公務の分担、雅子妃の病気、悠仁親王の帝王学

を見る限り、新潮のような物議を醸す内容も話し合っていたのではないか?という疑惑は拭えません。

また、ポスト記事は、皇太子ご夫妻のこどもの日の公務について、「施設を訪問する時期が遅すぎる、一カ月以上もずれ込んでいる」と批判していますが、両陛下だってご自分たちがまだこどもの日の公務を担われていた頃、かなり遅い時期に施設を訪問されているので「何が問題なのか?」と感じるのです。
例えば平成24年(2012年)を挙げると(宮内庁HPより)、

平成24年6月11日(月)
天皇皇后両陛下 ご訪問(港区立芝浦アイランドこども園・児童高齢者交流プラザ(こどもの日にちなみ))(港区)

と、5月5日のこどもの日から一カ月以上も先に公務を入れているのです。

東宮ご夫妻を「時期が遅い」と批判するなら、両陛下も遅すぎると批判を受けなければフェアではありません。

そしてこの一件に関し「秋篠宮様が皇太子殿下に不信感を抱かれた」とのことですが、一体何様のつもりでしょうか。
そもそも秋篠宮様はただの一宮家の当主にすぎず外廷皇族であり、陛下や皇太子殿下という「天皇家」である「内廷皇族」とは明らかに身分が異なります。端的に言えば秋篠宮様は陛下と皇太子殿下の「臣下」にすぎない身分とも言えるわけです。そんな立場の人がそもそも三者会談に当然のような顔で出席していること自体僭越すぎますし、皇太子殿下を批判するなど論外なのです。皇太子ご夫妻はその後きちんとこどもの日の公務をなされているのだし、秋篠宮様が不信感を抱く筋合いなどありません。
私は秋篠宮様のこういう立場をわきまえない態度が本当に嫌いです。


結局、公務にしても祭祀にしても両陛下を名代できるのは皇太子ご夫妻であり、秋篠宮ご夫妻はそのお立場になく、公務も祭祀も気楽なものですよ。そういうお立場の違いを分かっていないのが秋篠宮ご夫妻であり、その支持者連中なのです。

東宮ご夫妻の謙虚さと思慮深さで、平成皇室は何とか保たれているのです。
もし平成皇室の足並みが乱れているとすれば、それは間違いなく立場をわきまえない秋篠宮ご夫妻の責任です。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 16~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑬週刊現代の中途半端な考察

今回は、週刊現代 2013年7月6日号の記事をご紹介したいと思います。
官邸や宮内庁も巻き込んで物議を醸した週刊新潮の一連の記事について、第三者が考察を加えている内容です。
しかし、一読した限りでは、考察としては中途半端で的外れな部分も多いと感じました。


雅子妃は皇后に不適格だから「天皇の座は浩宮→悠仁に禅譲」報道の真相

「雅子妃に、皇后は務まらない」。美智子皇后の意向で、皇室典範が大きく改定。そして近い将来、悠仁親王が天皇に―。にわかに信じがたい報道が物議を醸している。その裏側で、一体何が起きたのか。

◆美智子皇后の悲しみ

雅子妃の主治医として04年から適応障害の治療にあたっている大野裕医師が、最近の妃殿下の体調について、東宮の侍医にこう報告したという。
体調の波が激しくなっています。頭重感があり疲れやすく、身体のこわばりと睡眠不足を訴えておられる。ただ、それが適応障害からきたものなのか、季節病からきたものなのかは、判断が難しいところです」
オランダ公式訪問を無事にこなし、公務復帰の兆しが見えてきたのではと期待された雅子妃。だが、病状は相変わらず行きつ戻りつで、6月18日に予定されていた皇太子夫妻による宮城県の被災地訪問も延期することが決まった。
訪問延期は、4月、5月に続いて今回が3回目。記者会見した小町恭士東宮大夫が「日程を申し上げる段階にない」と言っているとおり、訪問のめどすら立っていないのが実情だ。
そんな中で飛び出した週刊新潮の記事「『雅子妃』不適格で『悠仁親王』即位への道」(6月20日号)が今、大きな波紋を広げている。

(以下、週刊新潮記事の要約と、官邸・宮内庁の抗議内容についての説明部分・ここは割愛)

この反応の激しさには、ベテランの宮内庁担当記者も驚きを隠さない。
「宮内庁長官に加えて、政府首脳の官房長官にも全否定させるなどという対応は、前代未聞です。
風岡長官は、両陛下は記事内容をご存じないと数度にわたって強調し、『ご欄になられれば大変悲しまれるでしょう』と付け加えています。しかし実際、皇后はこの記事をお読みになり、陛下にもお伝えしている。皇后は、自身へのバッシングが激しかった皇太子妃時代、すべての週刊誌の皇室記事をスクラップし、抗議文賞をご自身で考え、侍従に伝えていました。今でも皇后は皇室報道のチェック機関。今回の抗議の激しさは、事実無根であるとする皇后の激しいお怒りが表れていると見るべきです

宮内庁と同じく、今回の記事は事実ではないとする皇室関係者や識者は多い。皇室典範改正の有識者会議出席者の一人が語る。
天皇が政治には関与できないということは、憲法第4条で定められています。また、他の皇族もそれに準じるものと考えられており、皇族の方々は、そのことを重々承知しておられる。ところが記事によると、2月1日に風岡長官が美智子皇后の“密使”として、この方策を安倍晋三首相に伝えるため、官邸に出向いたとあります。つまりこれは、皇室が宮内庁を利用し、政府に働きかけたということです。そのように皇族が積極的に政治介入することなど、ありえないことなのです」

◆心の底では失望している

両陛下の来し方を見守り続けてきた学友の織田和雄氏も、美智子皇后の人柄を鑑みると違和感を拭えないと語る。
「両陛下は、皇室が国民の支えのもとに成り立っていることをよくご存じです。両陛下が赤坂御所から皇居に移られた93年頃は、不景気な時代でしたが、私は皇居内にテニスコートを作ることをお勧めしました。海外からの賓客とテニスをなさる機会もあるだろうし、そのほうがよいと思ったのです。ところが両陛下は、『こういう折に、大切なお金を使うわけにはいかない』と断固として拒否なさいました。国民に負担や迷惑、混乱を与えることは両陛下のなさりたいことからは最も遠いのではと、拝察します。
こういった視点から考えると、美智子皇后があのような発言をなさるとは、私個人の感想としては信じられません」
また、皇后は、それまでの皇室の乳母制度を覆し、自分の母乳で子どもを育てたほど、子育てに強い思い入れがある。当時の皇后の様子を知る旧華族夫人が明かす。
「とりわけ長男である浩宮さまに関しては、立派な次期天皇になってほしいと、まさに手塩にかけてお育てになっていました。それなのに、妻の雅子妃がダメだからという理由でできるだけ早く悠仁親王に禅譲させようなどという発想を持たれるはずがありません」
これらの見解には説得力があるが、その反面、皇后が雅子妃の現状に「深い憂慮」を抱いていることも確かだという。
今上天皇と共に築き上げてこられた『夫婦揃っての公務』というスタイルを、できれば皇太子ご夫妻にも受け継いでほしいという思いを皇后はもっておられます。それだけに、連続して被災地訪問をドタキャンするなど、公務が万全に果たせない雅子妃の現状を残念に思われているのは事実です」(宮内庁関係者)
皇后が10年前の雅子妃発病から持ち続けてこられた憂慮―それが、今回のような記事が生まれる背景にあるのは間違いない。
最近では、「離婚論」や「廃太子論」が公然とメディアで語られるようになり、雅子妃が責務を果たせていないと考える国民が一定数いるのは、残念ながら事実である。皇室ジャーナリストの神田秀一氏が指摘する。
皇室典範には、女性皇族が夫と共に公務を果さなければならないという規定はありません。ですが、皇太子は『公人として、皇太子として公務を行う場合、皇太子妃と二人揃って行うことが原則』と、かねてから公言していらっしゃる。にもかかわらず、未だにそれが実現できていないのですから、雅子妃だけでなく、皇太子の評価も下がるのは当然だと思います。今の状態のまま皇太子ご夫妻が天皇皇后になったら、皇室はどうなるのだろうと国民は心配しているのです」
元日本テレビ皇室担当記者で、美智子妃と親交がある渡辺みどり氏も、「皇太子の嫁」としての雅子妃をシビアに評価する。
「天皇家という日本一伝統のある旧家の、しかも皇太子の嫁としてご自身がどう振る舞うべきか、雅子妃にはしっかりとお考えいただきたい。私は皇太子妃時代から美智子妃の大変な努力を見てきた。だからこそ、自分で結婚をお受けになった以上、次期皇后としての覚悟を持つべきです」
神田氏や渡辺氏をはじめ、このまま雅子妃の状態が続くのなら、離婚をすすめるという意見も少なくない。

一方で、無理に自分を皇室に合わせる必要はないとの意見もある。家庭問題に詳しいジャーナリスト・石川結貴氏が言う。
「ご成婚前の雅子さまは表情も豊かでしたし、ボディランゲージも使っていて、とても溌剌としていました。それが今では、強張った笑顔で、小さくお手振りをされるだけになった。
雅子妃と同じく20年間夫婦生活を続けている世の奥さんたちは、夫の家族、特に姑との関係に悩んだとしても、もう少しふてぶてしさというか、大胆さがあります。もちろん、一般人と皇太子妃では事情が大きく異なりますが、雅子さまにも、ある種の開き直りが必要なのではないでしょうか。持ち前の女の強さをもっと出していいと思います」


◆何かが動き出している

20年間医師を曲げず、皇室にいまだ馴染めない雅子妃とは対照的に、弟宮の嫁である紀子妃は、美智子皇后を手本に、常に皇族女性として完璧な振る舞いを見せる。
対照的な二人の妃―。宮内庁の中には、外務省OBを中心とする雅子妃派と、秋篠宮家や紀子妃を支持する派閥が存在しているという。こういった内情を踏まえ、前出の宮内庁担当記者が明かす。
「今回の報道では、皇太子が皇位を禅譲する先は、秋篠宮を飛ばして、悠仁親王と報じられました。これによって、皇太子と雅子妃のイメージが悪くなる一方で、秋篠宮については『兄のために共に身を引く弟宮』『慎み深く、皇室の未来を憂える秋篠宮家』というプラスのイメージが植えつけられる。そうした狙いを持つ人々が、報道の裏で動いていたのではないかという見方が、担当記者の間では流れています」
振り返れば、適応障害と公表して10年、雅子妃の病状への明確な説明は一切されず、さまざまな憶測が飛び交い、皇室の未来を巡る議論が絶えず巻き起こってきた。しかし、問題は一向に改善していない。
今回の週刊新潮の報道を受け、皇室に詳しい高崎経済大学教授の八木秀次氏は、記事内容がすべて事実でないにせよ、現状打開に向けて何かが動き出しているのでは、と推測する。
「皇太子はご成婚以降、雅子妃を守るという姿勢を貫いています。妃殿下への強い想いは、夫としての責任感の表れとして評価すべきかもしれない。とはいえ、同時に皇太子というお立場もある。いつまでこの状態を続けるのかと、多くの国民や宮内庁関係者が気を揉んでいる。
今回、このような報道が出てきたのは、今の皇室が抱える問題にフタをし続けることが、さすがに限界になってきたということ。膠着状態に区切りをつけ、具体的にどう手を打つかという段階に来ている。いよいよ次のステージに入ろうとしているのではないかと思います」
批判にさらされたまま現状を放置することは、皇太子にとっても雅子妃にとっても、さらに言えば国民にとっても幸せなことではないだろう。
(終わり)


私がこの手の記事に毎度疑問を抱くのは、「いつも美智子様寄りの内容になる」という点です。
上記現代記事も神田や渡辺みどりといういつものメンツを使って、結局「東宮ご夫妻が悪い、美智子様がお気の毒」というスタンスの記事になってしまっています。
国民が気にしているのは「宮内庁は本当に官邸を巻き込んで典範を改正し、皇太子殿下を排除して悠仁様に皇位を渡そうと企んでいたのか?そしてその一件には両陛下のご意向が深く関与しているのか?」という点です。
それなのにそこは曖昧にしたままで、「両陛下はそんな方々ではないし、官邸も宮内庁もそんな動きはしていない」という言い訳に終始している。なぜ誰もストレートに明確に「東宮ご夫妻を排除しようなどとは一切考えていない」と断言できないのか。国民はその明確な一言が欲しいのであって、両陛下の人柄についての言い訳などではないのです。そこがとにかくズレているのです。
上記現代記事も東宮ご夫妻を庇うことなく、「そういう噂を立てられる東宮ご夫妻に非がある」と言わんばかり。

上記記事では御所におけるテニスコートの建設を両陛下が断ったということが美談にされていますが、その前に両陛下は数十億という大金をかけて今お住まいの御所を新築させているのです。テニスコートの費用なんてそのほんの一部にしかすぎません。そのわずかな「節約」を、さも不景気な国民のことを考えて遠慮しました~というアピールは本当に虫唾が走ります。
こういう態度は今も変わらず、上皇ご夫妻が住む仮住まいに5億もかけ、当初の予定であった8億から少しだけ「お値引」しました!ということを大々的に報道させて、さも両陛下は節約に励んでいますというアピールに余念がありません。しかし、8億が5億に減っただけですよ?一年半くらいしか住まない仮住まいに5億もかけますか??もはや修繕レベルではなく新築レベルでしょう??しかもそれだけでなく、両陛下は本住まいの東宮御所も数億以上のレベルで改修(倉庫新築も含む)させる予定ですよ。結局は上皇ご夫妻のお住まい関係だけで十数億の血税が吹っ飛ぶ予定なのです。
陛下の生前退位さえなければ、こんな無駄な費用がかかることもなかったのです。
そういう意味で、陛下の生前退位につながる三者会談というものは、もっと疑惑の目で見られるべきものなのです。


しかし、上記現代記事は、美智子様の「やんごとなき方ではありえない実態」というものをさりげなく暴露していますね。

>皇后は、自身へのバッシングが激しかった皇太子妃時代、すべての週刊誌の皇室記事をスクラップし、抗議文賞をご自身で考え、侍従に伝えていました。今でも皇后は皇室報道のチェック機関。今回の抗議の激しさは、事実無根であるとする皇后の激しいお怒りが表れていると見るべきです

という箇所です。
美智子様が今でもせっせと宮内庁HPの「反論コーナー」にくだらない反論文を掲載させている所を見ると、上記の箇所は真実なんだろうなとしか思えませんね。
私も当初は「いくらなんでも皇后様ともあろう方が、雑誌記事やワイドショーを見るのが好きなんてありえないでしょ…」と思っていましたが、今では「美智子様はこういう方なんだ」ということがはっきりと分かってきました。
やんごとなき方なら下世話な雑誌記事などスルーすればいいのに、それをいちいち気にしてスクラップまでして反論させる…こういう所が、美智子様は所詮民間から来た成金お嬢さんに過ぎないんだなということが分かってしまいます。
雅子様や華子様、百合子様、信子様、久子様など、真の名家出身のお妃方はマスコミ記事にいちいち反論などしていませんよね。
なお上記現代記事は「美智子様が皇太子殿下をお育てになった」と書いていますが、実際に帝王教育を授けた浜尾氏の存在の方が皇太子殿下にとっては大きかったと思われます。

それから有識者会議出席者の一人が「天皇や皇族が政治介入するなんてありえない」と言い切っていますが、これも認識の誤りだと思います。
両陛下と秋篠宮ご夫妻は、政治介入しまくりですよ。秋篠宮ご夫妻第三子問題で皇室典範改正潰しを成功させましたし、女性宮家に関しても眞子・佳子様メインで無理やり話を進めようとしていたではありませんか。
また、秋篠宮様も自身の誕生日会見で「天皇の定年制」や「皇族減少問題」について言及しています。これは明らかな証拠が残っているので今更ごまかしようがありません。
国民を巻き込んで大騒ぎになっている陛下の生前退位なんか、陛下の政治介入の最たる例ではないですか。陛下がメッセージを発しなければ特例法など制定されませんでしたから。

当時、「政治介入などありえない」と発言したこの有識者とやらは、今の状況をどう見ているのでしょうか。

また、上記記事は「美智子様はそんな方ではない!」と言い訳しておきながら、「美智子様が雅子様を憂慮しているのも事実」と書いています。結局憂慮してるんかい!と突っ込みたくなりますが、こっちが真実なのでしょうね。
そしてここでも「夫婦揃っての公務スタイル」におかしなこだわりを見せていますが、美智子様にとっては「夫婦一緒」の公務を何とかして正当化しないといけない事情があるのでしょうね。そうしないとご自分が出歩けなくなりますし、香淳皇后様や雅子様のように「必ずしもご夫婦一緒とは限らない」という本来の正しい公務スタイルを守れない美智子様の方が間違っている、ということを認めることになってしまいますから。出たがりの美智子様は、どうしてもご自分のやり方の方が正しいということにしたいのですよ。
ちなみに神田は

>皇室典範には、女性皇族が夫と共に公務を果さなければならないという規定はありません

ということを認めておきながら、「でも皇太子殿下が自ら夫婦一緒の公務が原則だと言ってたし!」と言い出し、あくまでも皇太子ご夫妻が悪いというスタンスを崩していません。私は神田が言及している皇太子殿下のおことばがどこで発されたものなのか知らないのですが、皇太子殿下は本当に「夫婦一緒が原則」などとおっしゃったことがあるのでしょうか?私は記憶にありませんし、こんなことは初耳です。
渡辺みどりは論外なのでスルーします。

あともうひとつ上記記事で気になったのは

>宮内庁の中には、外務省OBを中心とする雅子妃派と、秋篠宮家や紀子妃を支持する派閥が存在している

という箇所です。昨今の皇室報道を見れば、宮内庁内部で色々な派閥があるということは嫌でも分かります。明らかにただの一宮家である秋篠宮家を支持している連中は確実にいますね。何が狙いなのかは分かりませんが、秋篠宮家についたら何かおいしい思いができるのでしょうか(いわゆる“利権”というヤツです)。その点、東宮ご一家を支持する人々は「まとも」であり「普通」ですね。
こういう利権狙いの秋篠宮家支持の連中が、

>皇太子が皇位を禅譲する先は、秋篠宮を飛ばして、悠仁親王と報じられました。これによって、皇太子と雅子妃のイメージが悪くなる一方で、秋篠宮については『兄のために共に身を引く弟宮』『慎み深く、皇室の未来を憂える秋篠宮家』というプラスのイメージが植えつけられる

ということを狙った?と書かれていますが、狙いは外れてむしろ逆効果になりましたね。
新潮問題の一件で、秋篠宮家はますます「皇位狙いの謀反宮家」として嫌われたのではないでしょうか?まともな読者なら、新潮記事で「秋篠宮家は慎み深い!」なんて思いませんよ。そして皇太子ご夫妻には同情こそすれ、イメージが悪くなるなんてことも絶対にありえません。
シナリオを書いた連中の頭の悪さや認識のズレは救いようがないと思います。


結局、この現代記事の考察は中途半端で何も解明していませんね。
むしろ、官邸と宮内庁は反論したが「皇太子ご夫妻を排除する動きは何かしらあったのではないか」という疑惑がいっそう明らかにされただけです。
これまで誰一人としてはっきりと「皇太子ご夫妻を排除するなんてありえない!」と言い切ってくれない所に闇を感じずにはいられません。

次回以降、当ブログではこの「疑惑の三者会談の内容」が2017年~現在まで亡霊のように影響を及ぼしていることを示す記事をご紹介していく予定です。
また、一連の新潮記事に対して、高森明勅氏が真っ向から反論を唱えてくれた記事も見つかっていますので、それもおいおいご紹介していけたらいいなと考えております。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 15~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑫田中卓氏も疑問を投げかける、宮内庁の腰抜けな姿勢

これまで、新潮2013年6月20日号・27日号と続けて記事をご紹介させていただき、前者については官邸と宮内庁が連名で抗議文を出したということもお伝えいたしました。

後者についても、宮内庁だけが単独で抗議文を出していますが、なぜか官邸は加わっていません。
宮内庁の二度目の抗議文の内容は下記のようになっています。

抗議文(PDF)
※後述する田中卓氏の文章に詳細が出てきます。

週刊新潮記事(平成25年6月27日号)への宮内庁の見解と対応

本日(平成25年6月20日)発売の週刊新潮に,「『雅子妃』不適格は暗黙の了解『千代田』の迷宮」との記事が掲載されておりますことについて,宮内庁としての見解と対応を申し上げたいと思います。
週刊新潮については,既に平成25年6月13日発売の前号の「『雅子妃』不適格で『悠仁親王』即位への道」との記事に対し,全くの事実無根であるとして,内閣官房と宮内庁の連名により,文書にて厳重に抗議するとともに,速やかに訂正記事を掲載することにより,記載のような事実がなかったことを明らかにするよう求めているところであります。

今回の記事では,前号の記事を改めて引用しつつ,新たに「官邸と宮内庁の軋轢」と題し,安倍総理の宮内庁不信に繋がった過去の事情として,次のように紹介されています。
「2008年の麻生政権時代に,麻生さんが〝皇族の減少〟問題に対応するため,戦後,皇籍を離脱した旧宮家の皇籍復帰を官邸内で検討させたことがあります。すると,この動きを察知した宮内庁から外部に,〝麻生総理が陛下への内奏の際,旧宮家の復帰を提案したところ,陛下は良い返事をされなかった〟という情報が流れた。これが安倍さんの耳に入り,私も聞かされましたが,本当かどうか信じられなかった」こう語るのは,皇室問題に通暁した,さる有識者だ。「そこで〝ヒゲの殿下〟の呼称で親しまれた故・寬仁親王殿下に〝陛下のご真意を確かめていただけませんか〟とお願いにあがった。殿下は確認に出向いてくれ,1週間後,宮務官から答えが来ました。内容は〝そもそも,その時期に麻生総理の陛下に対する内奏は行われていない〟というもの。つまり,話が全て嘘だということが分かったんです。宮内庁は旧皇族の復帰を望まないのでしょう。」
この記事にあるような,内奏に関する情報が宮内庁から外部に流されたとか,流された情報は全て嘘であり,宮内庁が虚偽の情報を発信したなどの事実は一切なく,全くの事実無根であります。
この記事については,週刊新潮編集部より事前(6月18日付)に文書にて取材申請があり,当該事実は一切ないことを文書にて明確に回答していたにもかかわらず,このような記事が前号に引き続きそのまま公表されたことに,強い憤りを感じます。
少しその内容について個別に申し上げますと,最初に「『雅子さま』想定内のキャンセルに10秒絶句『陛下』の胸中」との見出しで,宮内庁が官邸に皇室典範の改正を要請したとの前号の内容が改めて掲載されるとともに,「その根本にあるのは,両陛下が『雅子妃は皇后に不適格』と断を下されたという現実だ」との記述がありますが,前号の内容については,内閣官房及び宮内庁が連名で厳重に抗議するとともに,速やかに訂正記事を掲載するよう求めているところであり,全くの事実無根であると改めて申し上げておきます。
また,「侍従長に問題官僚で揉める官邸と宮内庁の軋轢の根本」との見出しで,先ほど紹介した2008年の麻生政権時代のくだりが出てまいりますが,情報の真偽を確認するくだりでは,故寬仁親王殿下付きの宮務官から,「そもそも,その時期に麻生総理の陛下に対する内奏は行われていない」との回答があったとの記述がありますが,実際に確認したところでは,当該宮務官は当時そのような回答を行った事実は全く記憶にないとのことであります。
また,陛下への内奏の際のやり取りについては,外部には一切明らかにされないのが通例であり,記録としては,陛下への内奏が行われたという事実のみしかわかりませんが,麻生総理から陛下への内奏は,認証官任命式に伴うものなども含めれば,約1年の在任期間中に計13回ございます。
さらに,前号の記事を引用するくだりでは,「2月1日,風岡典之宮内庁長官が官邸の安倍総理を訪ね,「女性宮家」の創設が両陛下のご意向であることを説明。さらに同日夜,両陛下が皇居に総理夫妻を招かれ,その晩餐の席でも皇統の安定的継承の問題が話題に上った」と記述されておりますが,全くの事実無根であると改めて申し上げておきます。

以上申し上げましたように,皇室制度や皇位継承のあり方という極めて重要な事柄について,このように憶測等に基づく,全く事実と異なる記事を掲載することは,国民に重大な誤解を与えかねないものであり,大変遺憾に思っております。
このため,この週刊新潮の記事に対しては,前号の記事に引き続き,宮内庁として,文書にて厳重に抗議するとともに,速やかに訂正記事を掲載することにより,記載のような事実がなかったことを明らかにするよう求めることとしております。
(以上)


まあ、とにかく「事実無根!」のオンパレードですが、宮内庁は記事全体を否定しているわけではないんですよね。否定して抗議する部分とスルーする部分を分けて抗議文を作っているわけです。自分たちや両陛下、官邸が関わる部分はしっかり否定するくせに、東宮ご一家などに関する記事については何一つ触れていません。これで明確な反論・抗議と言えるのでしょうか?宮内庁=両陛下の自己保身にしか見えないのです。

ところで、宮内庁の二度目の抗議についても、田中卓氏は疑問を呈しています。その内容をご紹介したいと思います。

愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか

第9章 『週刊新潮』の怪スクープ事件


(略)

一方、「宮内庁」は、この『週刊新潮』の特集記事に対して、6月20日付で、以下の「申し入れ」をしている(ホームページによる)。

この記事では、前号の記事を改めて引用しつつ、新たに「官邸と宮内庁の軋轢」と題し、安倍総理の宮内庁不信に繋がった過去の事情として2008年の麻生政権時代に、「麻生総理が陛下への内奏の際、旧宮家の復帰を提案したところ、陛下は良い返事をされなかった」という情報が、宮内庁から外部に流されたこと、また、当該情報は全て嘘であり、旧皇族の復帰を望まない宮内庁が虚偽の情報を発信したこと、などが記述されているが、このような事実は一切なく、全くの事実無根である。
貴編集部の事前の取材に対して、当該事実は一切ないことを文書にて明確に回答していたにもかかわらず、このような記事がそのまま公表されたことに強く抗議する。
皇室制度や皇位継承のあり方という極めて重要な事柄について、このように憶測等に基づく、全く事実と異なる記事を掲載することは、国民に重大な誤解を与えかねないものであり、大変遺憾である。
以上、厳重に抗議をするとともに速やかに訂正記事を掲載することにより、記載のような事実がなかったことを明らかにするよう求める。


この第二回目の内容は、第一回目の抗議文と同じく、『週刊新潮』の内容が「全くの事実無根」の記事であると言明し、「抗議するとともに、速やかに訂正記事を掲載すること」を要求しているが、文末の文章などは前回とまったく同一の定型文の感があり、事実無根という虚偽に対する宮内庁側の怒りの気概が読者に感じられない。腰の弱い形だけの抗議という印象をもつのは私だけであろうか。
宮内庁としては、なるべく事を荒だてないで解決しようとする慎重な気持ちがあるのだろうが、それも事によりけりである。皇室制度や皇位継承順の是非だけではなく、皇族の方々が名指しで辱められているのに対しての、宮内庁、内閣官房連名の抗議である。それも一度ならず二度までも抗議そのものを虚仮にされて「大変遺憾」の「申し入れ」程度で済むであろうか。それを問い詰める怒りの気概が感じられないのは不可解である。

さらに不審に思うのは、二回目の抗議が「宮内庁」だけで「内閣官房」が削られているのはなぜか。『週刊新潮』の再度の内容(6月20日号)には「官邸と宮内庁の軋轢」として、「安倍総理の宮内庁不信」の記事が明記されている。当事者とされる「安倍総理」が先頭に立って証言、いや抗議すべきであるのに、逆に抗議の主体から「内閣官房」が姿を消したのは、国民の大いなる疑惑を誘うであろう。

私ならば、第一に、第一回の抗議文の場合でも「速やかな訂正」ではなく、“次号の誌上で”と、回答期日を指定するであろう。それがないために、いまだにズルズルと回答せず、むしろ回答要求に応じない姿勢を示しているのだ。
さらにいえば、期限切れの場合は、宮内庁でも内閣官房でも、新潮社に対して出頭を求めて然るべく、それも断るなら、政府の責任者が出向いて対決の論争をするくらの覚悟を示す必要がある。念のため申し添えると、その対決は、特にマスコミの記者を第三者として立ち会わせるべきであろう。ことはそれくらいの重大性をもっている。黒か白か決まれば、何れかの責任者はもちろん、切腹(現在では辞職)は当然といえよう。それが国家公務員、あるいは言論の自由を唱えるマスコミの責任者の出処進退というものだ。そうではあるまいか。(6月28日)

◆極めて重大な両陛下のご意向

“二度あることは三度ある”という。
『週刊新潮』(7月4日号)は、次回の三度目(6月27日号)に、「満身創痍宮中祭祀『美智子皇后』ご心配を吐露した陛下侍従」と題して、今度は、高橋美佐男侍従次長の実名と写真を示して、「皇后さまの『ご心中』を代わって吐露した。そこからは、宮中祭祀についての切なるお悩みが伝わってくるのだ」(リード)という2ページ組の記事を掲載している。
二回にわたる宮内庁(一回目は内閣官房も連名)の「事実無根」の抗議に対して、事実の検証についての是非には少しも言及せず、完全に黙殺の形で、今度は宮内庁の「侍従職のナンバー2に当たる」侍従次長を当て馬にして、6月20日の宮内庁「定例レク」で、皇太子妃の雅子殿下が宮中三殿での祭祀に、直近の10年間に2回しか出席されていないことになると、「侍従次長はこの日、そうした“時系列”にあらためて触れながらも、皇后さまのご心中をひとしきり披瀝していった」という。そして「陛下の側近として、このような『所感』を口にしたのだ。(中略)遠回しながら侍従職、ひいては宮内庁の意向が垣間見える言葉だ」と指摘する。
そのため、「現場では『これは形を変えた東宮批判では』といった声も記者から漏れていました」という「宮内庁担当記者」の発言を紹介している。そして皇室ジャーナリストの山下晋司・渡辺みどり・神田秀一氏等を動員して、侍従次官の発言を裏づける同調の所感を述べさせ、宮中祭祀の重要性を雅子妃殿下に「お言伝て」される意味の皇后陛下の御心中を、侍従次官が代弁したように、結論づけている。
これが事実とすれば、『週刊新潮』が6月20日号(第一回)で載せた「ついに『雅子妃に皇后は無理』の断を下した美智子さまの憂慮」を裏うちする有力な一証となる。
同誌はこれを以て宮内庁当局への反論回答したつもりであろう。正面からの堂々たる反論でなく、婉曲な回り道の弁解だ。問題は、皇后陛下の「ご心中」と「ご発言」の信憑性にあるが、それは間接話法で、他者に責任を転嫁して巧みに逃げている。論壇誌としては最も卑怯なやり方である。
しかし、これに鉄槌を下されたのは他ならぬ、皇后陛下御自身である。それが6月30日付の『産経新聞』(大阪本社の「皇室ウィークリー」十三版)に載っているので、これを紹介して、この問題に一区切りをつけることにする。

27日の風岡長官の定例会見では、週刊誌報道をめぐり、病気療養中の皇太子妃雅子さまへの皇后さまのお気持ちが明かされた。
週刊新潮6月20日号には、
「皇后さまが『皇太子妃には将来、皇后の仕事はつとまらないでしょう』と漏らされた」など掲載されたが、風岡長官は「皇后陛下は、皇太子妃殿下が記事で傷ついておられるのではないかと大変心配なさっている。記事にあるようなことはなかったことを、必要があればお伝えしたいというご意向はお持ちだとうかがっている」と述べた。

この皇后陛下の『週刊新潮』の「記事にあるようなことはなかったことを、必要があればお伝えしたい」という「ご意向」は、極めて重大である。しかもそれは、直接に風岡宮内庁長官が「うかがっている」と証言されているのだから、それがもし誤解であれば、職を賭けた長官の責任であるだけでなく、塁は皇后陛下にも及び重大な発言と申さねばならない。
この事態に及んでも『週刊新潮』は、政府の抗議に対して黙殺し、記事の訂正を拒否するのであるか。また一方、政府も文書だけの抗議でお茶をにごすつもりなのか。是非を明確にするため、厳正な対処をとってもらいたい。
事は日本国体の命脈にかかわる精神的危機である。諸般の情勢から見れば、事態は切迫している。時は待たないのである。
(終わり)


田中氏の疑問はもっともであり、私も宮内庁・官邸の腰が引けているように思えてなりません。
皇位継承問題や皇族に対する侮辱など日本の根幹を揺るがす重大事項が起きているのに、なぜ宮内庁も官邸も本気を出そうとしないのか。
特に官邸は、二度目の抗議については「もう俺たちは知らんから宮内庁の方で適当に抗議しておけよ?」という投げやりな態度が透けて見えるのです。自分たちも当事者のくせに、これは一体どういうことなのか。
私にはどうしても、両陛下のご意向が存在するからだとしか思えないのです。
田中氏の文章によると、美智子様はこの後、産経新聞にてちょろっと反論めいたことをおっしゃったようですね。
しかしその内容も「ん?」と首を傾げざるを得ない内容ですね。

>皇后陛下は、皇太子妃殿下が記事で傷ついておられるのではないかと大変心配なさっている。
>記事にあるようなことはなかったことを、必要があればお伝えしたいというご意向はお持ちだ


美智子様はどうしてもっとストレートに「私はあのようなことは申しておりません!雅子妃は記事にひどく書かれるような人ではありません!」と強く出られないのでしょうか。
「雅子妃が傷付いているのではないかしら~」というメッセージは、一件雅子様のお気持ちを思いやっているように見せかけて、実は新潮記事の内容が事実ではないということまでには言及されていないからです。
また美智子様は、「必要があれば」雅子様に記事のようなことはなかった旨を雅子様に伝えたい、と仰っているとのことですが、「雅子様から請われなければ説明には出向かない」ということの裏返しではないのか?と感じてしまうのです。
「必要があれば説明に出向きますよ?」と美智子様がおっしゃったところで、身分が下の雅子様が「それでは説明にいらしてください」などと、美智子様に言えるわけがありませんから。
美智子様は「雅子様が説明を必要と言えるわけがない」ことを見越した上で、敢えて“必要があれば”説明しますよ、という姿勢でいらっしゃるのです。これはあまりにも美智子様(と風岡長官)は卑怯なのではありませんか。

結局、この新潮・宮内庁・官邸の一連のゴタゴタは、「両陛下をお守りするため」に右往左往した結果でこうなった、という印象しか持てませんでした。

私がこのシリーズをここまで長々とブログに書かせていただいたのは、この深刻な一件が、今上陛下の生前退位と秋篠宮様の皇嗣待遇に繋がる契機となったとしか思えないためです。
この「新潮問題」は、実はまだ終わっていないのです。むしろ今でも、そして今後も、皇室に影を落とす重大な問題として禍根を残したままなのです。

だからこの新潮問題を長々とご紹介する必要がありました。

次回は、この一連の新潮問題について、他雑誌はどう見ているのか、その分析は果たして十分なのか否か、検討したいと思います。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 14~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑪皇太子ご一家に心から同情いたします…

西日本の豪雨被害の深刻さと現政権のあまりの対応の酷さに何も言葉が出ない日々です。そのような中、渦中の眞子様は一人ブラジルへの長期旅行に行かれ、小室氏は宮内庁から「彼はまだ“フィアンセ”ではない!だって納采の儀を済ませていないのだから!」と文句を垂れる始末。眞子様の婚約騒動についてはもういい加減にしてくれ、国民はそれどころじゃないしさっさと駆け落ちでも何でもして民間でヒッソリ生きてくれという感じです。

さて、拙ブログでもそろそろ「新潮シリーズ」に区切りを付ける段階に来ておりますが、今回の記事は東宮ご一家に関する内容です。新潮が何を言いたいのかさっぱり分からず、むしろ東宮ご一家に対する同情が湧いてきます。


週刊新潮 2013年6月27日号

特集 「雅子妃」不適格は暗黙の了解 「千代田」の迷宮

□国民が同情する寂しき皇太子の「雅子が来たら」

<人は苦悩した時に、何かを求めて旅に出る>―。かつて皇太子さまがお訪ねになったトルコの諺だ。翻って、今回、スペインの地で“巡礼の旅”の道を歩まれた皇太子さま。またお一人でのお務めとなったが、強行軍のはざまで何か得られたものはあったのだろうか。当地で殿下が漏らされた言葉の真意を探ると…。

日本スペイン交流400周年の記念行事ご出席などのため、6月10日から7日間の日程で、彼の地を訪れた皇太子殿下。雅子妃のいない寂しきご公務に国民の同情が集まる中、マドリードにサラマンカ、セビリアやコリア・デル・リオなど5都市を回る過密スケジュールをこなされた。そのなかで、“巡礼の道”の終着点として世界的に有名な聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラもご訪問。巡礼者が使うホタテ貝と瓢箪の付いた杖を手に、街中の巡礼道を散策された。感慨に浸る殿下が、この地で漏らされたお言葉は次のようなものだった。
「雅子がここに来たら、どう思っただろうか。一緒に想い出を作ることができればいいなと思いましたが」

◆近いうちにもう一度?

帰国後の16日にも、宮内庁を通じて、ご感想が発表された。その中では、
<今回の訪問に雅子が同行することができなかったことは残念でしたが、本人もスペイン国よりの御招待を大変ありがたく思っております>と述べられている。
皇太子ご夫妻について、宮内庁関係者はこう語る。
「雅子妃はオランダからの帰国後、疲れと満足感が相半ばする状態でした。ただ、殿下にすれば、思ったより、体調が落ち込んでいないぞと思われたらしく、とても喜んでおられました。実は、東宮職が殿下に“近いうちにもう一度くらい、海外公務をご用意できるほど、雅子さまのご体調は、随分良くなりましたね”と具申すると、殿下も嬉しそうに頷いておられたのです
そして、殿下の御言葉の裏側はどうかと言えば、
「“残念”とのご感想は、確かに本心でしょう。スペインでのお言葉と併せて考えれば、殿下の胸にあるのは、“雅子と年内にもう一度、海外に行きたい。それが実現できれば、どれほど楽しい想い出を作れるだろうか”という思いでしょう。しかし一方では、キャンセルしている被災地訪問をそのままにはできず、“外遊を行う前には、それをこなさなければならない”というプレッシャーも当然、感じられている。こうした考えが入り交じった、複雑な感情が胸中に去来しているものと思われます」
結局、今後のご夫妻そろってのご公務については、時々刻々、変化する雅子妃のご体調次第ということか。
「同情を禁じ得ませんが、ご自身が強く雅子妃をお支えになって、国民の方にも目を向けていただかないと」
と苦言を呈するのは、ある皇室関係者だ。
「そうでないかぎり、“雅子妃には皇后は務まらない”という暗黙の了解を覆すことはできませんよ」
トルコには、冒頭で紹介したもの以外に次のような諺もある。<人は旅をしても、何も変わらない>。
これを覆してほしいと願う国民は多いはずだが…。
(終わり)

□「雅子さま」ご関心は臨海学校 「愛子さま水着」を撮らせない!

駿河湾から爽やかな風が吹き、のどかな時間が過ぎる浜辺の光景も、今夏ばかりは一変しそうだ。愛子さまは7月26日から、静岡・沼津の臨海学校に参加される。むろん、その姿を楽しみに、皇太子ご夫妻もお出ましになるという。それだけでも結構な騒ぎだが、「愛子さまの水着姿は撮らせない」と雅子妃はお考えのようで、報道陣とひと悶着ありそうなのだ。

愛子さまが参加されるのは、学習院が所有する沼津遊泳場で1913年から行われる伝統行事のひとつ「沼津海浜教育」である。遊泳場の敷地面積は3000平方㍍を誇る。
「スケジュールは4泊5日で、児童たちの心身鍛錬の場となります。教師や応援でやってくる卒業生らと同じ釜の飯を食い、文字通り、裸の付き合いをするそうです」(学習院関係者)
ハイライトは、4日目に予定される遠泳である。
「男子は“あかふん”こと赤い下帯の、女子は紺の“スクール水着”の上から赤い紐を腰に巻いたスタイルで隊列を組み、1㌔前後を泳ぎます。天皇陛下や皇太子さまはもちろん、近年では佳子さまも経験されました。参加する初等科6年生は今月から、この格好でプールの授業を受けています。遠泳は保護者も見学可能で、これまで愛子さまの学校行事にはほとんどご出席されたことから、皇太子ご夫妻はいらっしゃるでしょう」(同)

◆皇室と国民との溝

この、愛子さまの晴れ舞台に、宮内庁は報道陣をシャットアウトするのだとか。
下田・須崎の御用地で愛子さまがウェット・スーツを着て泳いでいる姿を、昨年ある雑誌が掲載し、宮内庁は激しく抗議しました。今月上旬、奈良への修学旅行でも、取材は設定されなかった。雅子さまと愛子さまは、写真を撮られることがお好きではなく、その意を受けて、宮内庁も撮影を許可しないつもりなのです」
とは、渋面の宮内庁担当記者である。これに、元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏は、
「かねて、皇族に関する入学式や運動会、卒業式など、大きな行事の際には、取材を受け入れていました」
と振り返り、
「国民が皇族の成長をお子様の頃から見守ることで、将来に亘って、その皇族に親しみと敬意を持ってもらうという効果がある。その意味では、臨海学校は取材設定が必要な行事だと思います」
と古巣の対応に違和感を抱くのだ。その一方で、海上警備はどういったものになるか。さる皇室関係者によれば、
ボートなどから愛子さまを撮影しようとするメディアに備え、海保の巡視船が出ます。また溺れた時に備え、手漕ぎのゴムボートを静岡県警が手配するでしょう」
雅子妃がいらっしゃるとなれば、警備態勢は厳重なものとならざるを得ない。
「例えば、雅子さま目当ての追っかけオバさんたちが目の色を変えて集まってくるから、お側からの密着警備が必須となります。皇宮警察からは5人ほど増員し、雅子さまにピタリと付き従う。さらにその周囲を県警の警官で固めるので、仰々しさが際立ちますし、行事に支障をきたす可能性も否定できませんね」(同)
我が子が可愛くない親など、いるはずがない。しかし、こういった“公より私”への傾倒ぶりは、「将来、皇后の仕事が務まらないのではないか」という両陛下の雅子妃への「ご憂慮」に、つまりは行き当たる。この夏、沼津で起こる喧騒は、このご憂慮をいっそう強めるに違いない。
(終わり)


新潮はまるで「東宮ご一家の対応の仕方が悪いから国民との乖離が生まれる、だから雅子様は皇后がつとまらないんだ!」という、何ともメチャクチャな理論で無理やりシリーズ記事を締めようとしています。
しかし上記2つの記事を目にして、東宮ご一家に対して呆れや怒りを感じる国民が果たしてどれくらいいるのでしょうか。国民からはむしろ、「東宮ご一家、本当にお気の毒だ。こうやっていつもマスコミや皇室ジャーナリストとやらに監視されて、その言動を逐一チェックされて、挙げ句の果てには“だから〇〇なんだ、だから駄目なんだ”といつも一方的に批判されて…」という同情しか生まれないように感じるのですが。

皇太子殿下の「雅子がここにいたら…。二人で一緒に来たかった」というお言葉は非常に切なく、そのお気持ちは察するに余りあります。上記記事でも触れているように、雅子様はオランダから帰国された後も東宮職が「もう一回くらい海外公務を設定できるかも」と期待できるほどの余力を残しておられたことが窺えます。
ところが、これが気に入らなかった方々がいたのでしょうね。私の嫌な予想では、おそらく東宮職が前向きに雅子様の再度の海外公務を検討し始めた矢先に、それを阻止する動きがあったのではないかと思うのです。「雅子妃を再び海外に行かせてなるものか!」と、それはすごい勢いで邪魔しようとした連中がいたのだと予想するのです。だから雅子様がお元気になられては困るとばかりに、ご病気を悪化させるべくわざとプレッシャーをかけてきた人々がいたのではないかと。雅子様が被災地ご訪問を度々キャンセルになられたと新潮も書いていますが、結果的に雅子様は海外どころか、被災地へも行けないほど再び体調悪化に追い込まれたというのが真相のような気がします。

この件に限らず、雅子様がお元気になられたりご活躍が目覚ましくなってきたりすると、必ずそれを邪魔するような動きが東宮ご一家周辺で起きているように思えるのです。しかしこれはある程度の期間、皇室関連ニュースを見続けていないとなかなか気付かないことかもしれません。

もうひとつの記事は、娘を持つ親なら全員、雅子様のお気持ちが痛いほど理解できるのではないでしょうか。我が子の水着姿を写真や動画に撮られたくないのは当然のことですし、誰が好き好んで我が子をロリコンの餌食にしたいなどと思うでしょうか。最近では小学校の運動会の入場にも制限が課されている場合が多いですし、水着姿を撮られないようにプールに高い塀を設置する学校も多いと聞きます(実際、先日の大阪地震では、その目隠しの塀の崩壊で一人の少女が犠牲になってしまいました)。
それなのに宮内庁担当記者や山下晋司はまるで「敬宮愛子様の水着姿を撮影されたくないと願う雅子様の方が悪い!」という口調で文句垂れていますが、とんでもないことです。敬宮様の水着姿を国民に晒せ!と要求しているようなものです。東宮ご一家をバッシングするためなら、こういう一般常識や倫理観もおかしくなっていくのですね。
それどころかマスコミは、「雅子様を追っかけしているオバサンたちが邪魔だしうざいんだよな~」と言いたげに、批判の矛先を別の人々に向けて「自分たちは悪くない!」という態度で開き直っています。偏向報道しかしないマスコミなんかよりは、東宮ご一家に対する愛に溢れている追っかけの人々の方がずっと良いに決まっています。

それでも新潮は無理やり「東宮ご一家は私情ばかり優先する」「東宮ご一家と国民との乖離」「雅子様は皇后失格」というおかしな結論に持っていこうとしていますが、これに引っかかるアホな読者がどれくらいいるというのか。
新潮の意図が分からなくなりました。一体何をしたいのか。本当に自分たちの記事で東宮ご一家の味方がいなくなると信じているのか。それとも東宮家バッシングに見せかけて、何か重大な問題を国民に提起しようとしているのか…。

新潮は6月20日号の記事によって官邸と宮内庁の双方から抗議を受けましたが、上記27日号についても宮内庁から再び抗議を受けいます。次回はその一件につき、田中卓氏の再批判を交えつつご紹介したいと思います。更に続けて、週刊現代の考察もご紹介し、一連の「新潮シリーズ」に区切りを付ける予定でおります。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 13~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑩これは新潮流の紀子妃に対する皮肉か?

西日本における大雨による水害の規模の大きさに言葉を失い、復興までの道のりなどを考えて気が遠くなっております。
犠牲者の皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
しかしそのような事態もお構いなしに、やれ小室圭氏の留学に〇〇円かかっているだの、上皇ご夫妻の仮住まいに数億かけるだの(ご本人たちはこれでも“節約”しましたアピールに余念がないようですが)、両陛下や秋篠宮家周辺ではいつも大金が動く話題ばかりですね。この方々が本当に国民に寄り添っているとはどうしても思えないのです。
そのような怒りを抱えつつ、滞り気味になっている拙ブログも前に進めないといけません。
今回の記事は紀子妃に関するものですが、ちょっと評価に悩む内容になっております。


週刊新潮 2013年6月27日号

特集 「雅子妃」不適格は暗黙の了解 「千代田」の迷宮

□見えてきた「悠仁親王」即位で「紀子さま」国母への気負い


ご家族に皇位継承権者がお二人という厳然たる重みに加え、悠仁さまの即位が早まる見通しとあっては、将来の国母たる紀子妃の心裡など、到底推し量れるものではない。が、ご自身はつとめて気負いを押し隠し、虎視眈々と“その日”への備えを進めておられるという。

1990年のご成婚以降、紀子妃はひたすら皇后さまのお振舞いに傾倒してこられた。
「皇后陛下の『皇室は国民のために公務を果す』というお考えを受け継ぎ、宮家では実際に侍女長から『皇后さまのなさりようをお手本にするように』との指示が飛んでいたくらいです」(宮内庁OB職員)
ややもすれば皇室への「過剰適応」とも映りかねないお姿は、それでも着に両陛下との距離を縮めてきたのだ。
「妃殿下が皇后陛下から教わった事柄のうち、最も大切に実践されていることの一つが『お気持ちをそのまま口にしない』というものです。日々のご公務や皇族方についてのご感想など、みなしまっておきましょう、と。これを遵守されているからこそ、『秋篠宮妃がいてくれてよかった』といったお言葉が、両陛下から漏れることがあるのです」(宮内庁関係者)
対して秋篠宮さまはこれまで、皇太子さまの人格否定発言に苦言を呈し、また陛下の定年についても言及なさってきたのだが、
「そんな殿下を、両陛下の信頼を得た妃殿下が巧みにコントロールしているかのように見受けられます」(同)
行く先さえ覚束ない兄嫁とは対照的に、「百点満点のお妃」を演じようとするお姿の、一端が窺えるのだ。

◆やはり頸椎を

皇后さまとは、ご体調の面でも“共通点”がおありで、
「紀子さまもまた、2007年12月に左手から肩への痛みを訴え、『頸椎椎間板症による神経根症および左手根管症候群』と診断されました。手の症状は赤ちゃんを抱く母親にしばしば起こるもので、悠仁さまの育児が原因とみられていました」(宮内庁担当記者)
当時、医師からは安静を言い渡されたのだが、ただでさえ人手不足の秋篠宮家ではそれもままならず、
「連日お仕事に追われ、小走りに近いスピードで宮邸内を行き来され、周囲はただ気を揉んでいました。妃殿下は悠仁さまご懐妊の間も、変わらず飛び回られていましたね」(前出OB)
隙を見せないお振舞いは、決して付け焼刃ではなく、結果、以下のような“差配”が無理なくこなせるようになられたというわけだ。さる皇室ウォッチャーの話。
「3月24日、秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さまは伊勢神宮へ向かされるために東京駅から新幹線に乗車されました。東宮家だと、発車時刻直前のこともあるのですが、ご一家はちゃんと10分前には乗り込まれ、通路側の席に座られた紀子さまは、窓側に座った悠仁さまに、ホームに向かって手を振るよう促されたのです。後ろには窓側に秋篠宮さまで通路側に佳子さま。実に抜かりないと感じました」
逸るお気持ちを抑えつつ、すっかり国母のお振舞いなのだ。

(終わり)


新潮は一見紀子妃をアゲているように見えますが、言葉の端々に皮肉やイヤミがこめられているようにも感じます。

「虎視眈々」
「過剰適応」
「美智子様のお振舞いに傾倒」
「秋篠宮様を巧みにコントロール」
「百点満点のお妃を演じる」
「実に抜かりない」
「すっかり国母のお振舞い」


こういうワードの羅列を見ると、新潮は決して紀子妃を褒めている感じではないな、と思うのです。

それにしても「国母」という文言は、紀子妃が悠仁様という男児を出産してから急に使われるようになった、気持ち悪い言葉だと思うのです。現皇太子殿下を出産された美智子様だって「国母」などと呼ばれたことはないし、真の「国母」と言えば香淳皇后陛下であった、と感じる人も多いようです。そして大半の国民にとっての「国母」は、スノボの元選手の彼だと思います…。
「ショウライノテンノウ」をあげた紀子妃にだけ執拗に使われるこの「国母」という言葉、一体誰がいつ最初に使い始めたのでしょうか。

そして上記新潮記事は「紀子妃はずっと美智子様をお手本にしてきた」ことにも触れていますが、改めて紀子妃という方は「ミニ美智子様」「劣化版美智子様」なんだなあという印象ですね。
同じお立場の常陸宮妃華子様をお手本とせず、当初からずっと皇后陛下である美智子様の真似…これはあまりにも華子様に失礼でしょう。そして紀子妃が、当初から「私は未来の皇后になる!」という野望を抱いていたという証左にもなりうるように思えます。だからこそ正統な未来の皇后陛下である雅子様に筋違いなライバル心をずっと持ち続けていたのでしょう。
しかしこういう紀子妃の不遜な態度も、すべて美智子様をお手本にしてきたのであれば納得しますね。
美智子様も当初から香淳皇后様に盾突くような態度をとってきたといいますから。
本当にそっくりですよ、美智子様と紀子妃は。「自分が一番大事」という点では怖いほど共通しています。


次回は皇太子殿下と雅子様に関する記事をご紹介し、新潮の一連のシリーズを終わらせたいと思います。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 12~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑨官邸と宮内庁、狸と狐の化かし合い?

何やらまた小室圭氏に動きがあったようですが、もはや何とコメントしていいのか分からないほど呆れ返っています(ニュースを引用するのも億劫です…)。
高円宮家の絢子様の、順序を踏んだまっとうなご婚約があったばかりなのに一体秋篠宮家と小室家は何を国民にアピールしたいのか。あれで国民の理解や共感を得られると本気で思っているとしたらただのアホです。

さて新潮によると、皇位継承を巡る問題で宮内庁と官邸が何やら「談合」をしたことになっているようですが、どちらも「曲者」同士である宮内庁と官邸の関係性についても触れています。今回はその記事をご紹介したいと思います。


週刊新潮 2013年6月27日号

特集 「雅子妃」不適格は暗黙の了解 「千代田」の迷宮

□侍従長に問題官僚で揉める官邸と宮内庁の軋轢の根本


皇后陛下の皇太子ご夫妻へのメッセージは、安倍内閣への切実な訴えでもあるという。両陛下のご意向として「女性宮家」創設が要請されたが、霧消したまま、現政権下では議論再開の見通しさえ立っていないからだ。両陛下が安倍内閣との距離を感じられるのも無理からぬ中、さらに官邸と宮内庁の軋轢を想起せしめる事態が起こった。「千代田」を巡る人事である。

<政府は14日、外務省の河相周夫事務次官(60)の後任に斎木昭隆外務審議官(60)を起用する方針を固めた。河相氏は川島裕侍従長(71)の後任候補とする>(6月15日付、産経新聞)
大手紙が伝えた人事情報。これが関係者の間で大きな波紋を広げている。
「河相さんは、民主党政権時代の昨年9月に外務省のトップに就いた人です。それだけでも、安倍総理から疎まれていたが、TPPの日米事前協議でもうまく話が進められず、逆鱗に触れました。3月に官邸に呼ばれた際には、総理から“一体、あなたは何をやっているんだ”と凄い剣幕で怒鳴りつけられる一幕もあった。以来、安倍さんは事あるごとに“早く次官を代えろ”と怒りを露わにしてきた」
とはさる官邸関係者だ。外務省幹部もこう明かす。
「河相さんは、その腹黒さから“外務省のレッサーパンダ”という異名を取っていました。鈴木宗男元代議士が外務省に影響力を持っていた時には、“宗男先生”と擦り寄り、その失脚後は中川昭一元財務相に鞍替えして、“しょーちゃん”と接近していった。しかし政権が民主党に移ると、今度は外務省出身で後輩の山口壮元外務副大臣を伝手に、野田総理に食い込み、時間の椅子を手に入れた。『義理・人情・恥』を欠く“三欠く官僚”とも呼ばれています。安倍さんは、なりふりかまわぬ猟官活動で出世した河相さんを嫌悪し、早く外交の場から厄介払いしたかった。普通、外務次官は2年務めますから、これは明らかに更迭です」
問題官僚の悪評はむろん、宮内庁にも届いている。
“安倍総理は、なんで、こんな人物を、陛下の最側近である侍従長として押し付けてくるのか”と、宮内庁では幹部たちが当惑しています。まだ調整段階とも聞きますので、できれば拒絶したいのですが、最終的に総理が強硬にこの人事を進めれば、受け容れざるを得ない」(宮内庁関係者)

◆「悲劇的な状況」

宮内庁軽視とも受け取られかねない人事というのが衆目の一致するところだ。官邸と宮内庁の不協和音が聞こえてきそうだが、その根本には、安倍総理の宮内庁不信があるという。
「2008年の麻生政権時代に、麻生さんが“皇族の減少”問題に対応するため、戦後、皇籍を離脱した旧宮家の皇籍復帰を官邸内で検討させたことがあります。すると、この動きを察知した宮内庁から外部に“麻生総理が陛下への内奏の際、旧宮家の復帰を提案したところ、陛下は良い返事をされなかった”という情報が流れた。これが安倍さんの耳に入り、私も聞かされましたが、本当かどうか信じられなかった」
こう語るのは、皇室問題に通暁した、さる有識者だ。
「そこで“ヒゲの殿下”の呼称で親しまれた故・寛仁親王殿下に“陛下のご真意を確かめていただけませんか”とお願いにあがった。1週間後、宮務官から答えが来ました。内容は、“そもそも、その時期に麻生総理の陛下に対する内奏は行われていない”というもの。つまり、話が全て嘘だということが分かったんです。宮内庁は、旧皇族の復帰を望まないのでしょう。これを安倍さんに報告すると驚かれていました。それを機に安倍さんの中では“宮内庁は信用できない”という不信感が構成された」

これに対し、宮内庁は、「そのような事実は一切ない」と否定するが、
「これは私が経験した話だから、間違いない。この頃、虚偽情報の発信が他にもいくつかあった」
(先の有識者)
2月1日、風岡典之宮内庁長官が官邸の安倍総理を訪ね、「女性宮家」の創設が両陛下のご意向であることを説明。さらに同日夜、両陛下が皇居に総理夫妻を招かれ、その晩餐の席でも皇統の安定的継承の問題が話題に上ったことは先週号でもお伝えした。
「それにもかかわらず、この1週間後に、安倍総理は、テレビ番組で、“女性宮家は、皇統の安定的な継承においては、役割を得ない”とまで言って、切り捨てています。それだけ女系天皇容認につながる危険を秘めた女性宮家に反対ということ。皇室への崇敬の念が人一倍強い安倍総理が強硬姿勢を崩さない根底には、やはり宮内庁への警戒心がある」(宮内庁担当記者)
もっとも、皇統の危機を憂慮されている両陛下にすれば、問題解決に向けた動きが何ら見られない現状はもどかしいかぎりだろう。
御所の関係者が嘆く。
「安倍内閣と皇室の間で広がる距離に、陛下は不安を覚えられています。お側に仕える幹部は“悲劇的な状況だ”と呻いていました」
(終わり)


正直、宮内庁も官邸も「どっちもどっち」としか言えませんね。両方とも信用できないし、狸と狐が化かし合っているようにしか見えない。
そして一番疑問に感じるのが、新潮は今回の記事で「官邸は宮内庁に不信感を持ち、宮内庁も官邸に反発している」という両者の仲違いを書いておきながら、皇位継承問題については「皇太子殿下を早期に退位させて悠仁様を早々に即位させる」という点では談合して意見が一致しているのか??という点です。
新潮は前号の内容については「自信を持っている→だから誤りを認めないし訂正もしない」と突っぱねています。宮内庁と官邸は仲が悪いはずなのに、皇位継承問題でこっそり談合していたというのは何か矛盾を感じるように思えます。

しかし、実は矛盾でも何でもないんですよね。

安倍総理を中心とする官邸は、とにかく女帝誕生を心底嫌がっている。
だから少しでも女性皇族の皇位継承につながりかねない女性宮家にも大反対。
皇族の減少については「旧皇族」とやらの復活で何とかなるだろうと目論んでいる。
男系男子での皇位継承を維持できることだけが重要で、実は皇族にそこまでの敬意は持っていない。
東宮家を大事にすると、いつかは敬宮様のお血筋で「女系」天皇にも道を開きかねない。
だから東宮家を軽んじて秋篠宮家に皇統が移っても男系男子が続きさえすれば別にどうでもいい。


両陛下の意向を受けている宮内庁も、とにかく絶対に敬宮様を女帝にはしたくない。
何とかして秋篠宮系統に皇統を移し、悠仁様の即位までは決定事項にしたい。
しかし、両陛下が贔屓している眞子様と佳子様には、女性宮家創設で皇室に残ってもらいたい。
そして眞子様と佳子様(とその子孫)にも、皇位継承の可能性を残しておきたい。
自分たちと懇意でない三笠宮家と高円宮家の女王方は降嫁してくれて構わない。
敬宮様はどちらでもいいが、眞子佳子様よりも身分を下にして、女帝になる芽をとにかく摘んでおきたい。
自分たちに近い血筋の可愛い身内だけが皇室に残れればよいので、今更懇意ではない旧皇族たちを復帰させることには反対。



このように、官邸と宮内庁は

「敬宮愛子様を絶対に天皇にはしたくない」

というメインの点では一致しているんですよ。


この部分では強固につながっているから、一件仲違いしているように見えても、それは「女性宮家創設」か「旧皇族の復帰」かのサイドメニューで意見が一致していないだけのことなのです。

官邸も宮内庁も、両者ともに勝手な言い分をぶつけ合っているだけで、敬宮様を天皇にしたいと願う国民の気持ちは置いてけぼりです。
こんな両者がやれ人事だのアポイントだのでいがみ合っているように見せかけていることは実にくだらないし腹立たしい。
単に官邸は「宮内庁が政治に口出しするな!政治に関してはウチが主導だ!」という思いだし、宮内庁も「こっちには両陛下がいるんだぞ!両陛下のご意向に従え!」という、互いの立場と権威の見せつけ合いでしかありません。

よく「両陛下が女性宮家をお望みなのは、敬宮様に皇位を継がせたいからだ。両陛下は女帝賛成派だ」
という盛大な誤解をしている人が多いですが、両陛下が望まれている女性宮家は、あくまでも「可愛い初孫様」である眞子様をメインに考えているのであって、敬宮様はほとんど眼中にありません。

実際、女性宮家に関する過去の報道や記事を見ても、敬宮様よりも眞子様の存在をクローズアップしている内容のものばかりです。東宮家の中堅職員が「女性宮家はうちには関係ない話だよ」とぼやいたということも記事になっています。
そして両陛下の前提は「悠仁様までは皇位継承が決まっている」ということであり、仮に悠仁様に万一のことがあってもその後は眞子様か佳子様の系統で、というその場しのぎのお考えなのであり、やはりそこに敬宮様が入る隙はないのです。

こういった大いなる誤解を抱いたまま「早急に女性宮家を!」と叫ぶ人々には、立ち止まって思考していただきたいものです。
だって本当に敬宮様が女帝になるべきと思うのなら、わざわざ女性宮家など作らなくても、先に敬宮様を皇太子にして東宮とすればいい話です。でもそういう話は一切出てこない点でおかしいと思いませんか?
まさか「敬宮家」というものを作らなければいけないと誤解している人が多いのでしょうか?
皇太子殿下が「浩宮家」というものを作らずに「皇太子=東宮」となられたことを考えればお分かりになるでしょう。
敬宮様を本当に天皇にする気があるなら、「皇太子=東宮」となれば済むことです。
でも一向に「敬宮様を皇太子にすべき」という話は出てきませんね。

現状では残念ながら、安倍総理がいる官邸と、両陛下のご意向しか聞かない宮内庁がいる限り、「敬宮様を皇太子・天皇にすべき」という声は抑えられたままでしょう。どちらも国民の方なんて向いていないんですから。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 11~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑧美智子様と雅子様の公務欠席に関する新潮の一貫性のなさ

官邸と宮内庁から連名で抗議があったにも関わらず、新潮が「記事には自信がある(から謝罪も訂正もしない)」という姿勢を貫き、更に雅子様を侮辱するような記事を書き続けたという件につき、順を追ってその新しい記事の内容をご紹介させていただきます。
まず最初に雅子様と美智子様の公務欠席について比較するような記事をご紹介しますが、どうも内容に一貫性がないと感じられて仕方ありません。


週刊新潮 2013年6月27日号

特集 「雅子妃」不適格は暗黙の了解 「千代田」の迷宮


「皇太子妃の長期療養」と「皇族の減少」問題に揺れる皇室。「女性宮家」創設も潰え、両陛下のご心痛は増すばかりだ。あまつさえ安倍内閣では、皇室問題は置き去りにされがちな現状も憂慮されているという。「雅子妃・皇后不適格」が影を落とす「千代田」の迷宮―。

□「雅子さま」想定内のキャンセルに10秒絶句「陛下」の胸中

短くて長い10秒が流れた。その間、皇居でさえずる小鳥たちでさえ、息を潜めているようだった。皇太子ご夫妻の公務ドタキャンは、いつものことで想定内だったが、これを伝え聞いた天皇陛下のご反応は、居合わせた者にとってまったく想定外だった。あろうことか、思わず、絶句されたというのだから―。

6月上旬のある日、天皇陛下は侍従のひとりから、次のような報告を受けられていた。
「雅子妃殿下のご体調がすぐれません。東宮ご夫妻は、6月18日に予定されております被災地、宮城県への訪問延期を希望されております」
これは、5月上旬に福島県を訪問なさった秋篠宮ご夫妻、7月上・下旬に岩手・福島両県をご訪問予定の天皇皇后両陛下と、足並みを揃えたご公務である。それゆえ、非常に重要なものだった。
また皇太子ご夫妻は、ご成婚20年を迎え、9日に発表された「感想」のなかで、
<東日本大震災を始めとする様々な災害による被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております>
と綴られており、被災地訪問は、おふたりたっての希望と受け止められていたのだが…。
そんな矢先の延期報告に、陛下は絶句されたのだ。そして10秒後に陛下は、
「そうですか」
とだけ、お答えになったという。

「皇太子ご夫妻の被災地訪問が延期されたのは、4、5月に続き、これで3度目なのです」
と解説するのは、さる警察庁関係者である。
「東宮家が新幹線で移動する場合、グリーン車を1両借り切ります。キャンセルともなれば、一般乗客に少なからず影響があるでしょう。また、地元自治体や県警は受け入れ、警備体制を再調整しなければならない。復興途上にある被災地の苦悩を思えば、度重なる延期などできるはずないのですが…」

◆「お元気ではないか」

<宮内庁では目下、(中略)現行の皇室典範を改正し、天皇の退位すなわち譲位を可能とする。さらには皇位継承権のある皇族が即位を辞退することも認める。そんな案が動いています>
具体的に目指すところは、
<次代はいったん皇太子さまに託し、ある時点でご退位頂き、その後すみやかに皇位を秋篠宮家に継承する。それも弟宮ではなく悠仁さまに継いで頂く、という心積もりなのです>
小誌は先週号で、宮内庁が官邸に要請した皇位継承を巡る「極秘プラン」を報じた。その根本にあるのは、両陛下が「雅子妃は皇后に不適格」と断を下されたという現実だ。さる宮内庁関係者は眉を顰める。
「16日、スペインから帰国された皇太子さまを、雅子さまは東宮御所玄関でお出迎えになりました。これがテレビのニュース番組で報じられたのです」
確かにこの日のストレート・ニュースは、雅子妃の満面の笑みを、お茶の間に届けていた。
「あの映像を見れば、雅子妃はお元気ではないかと誰もが感じるでしょう。それなのに被災地訪問は延期された。かの地に思いを致すことが少しでもできるなら、また国民にどう受け止められるかお考えになれば、お出ましを慎まれるはずなのに…。そういったメンタリティを見るにつけ、『雅子妃にはやはり皇后は無理』と、陛下は改めて確信されたことでしょう」(同)
それにしても、陛下が絶句された真意は何なのか。先の警察庁関係者は、こんな“分析”をする。
「陛下は“喜怒哀楽”のなかで、怒りの感情だけは一切お出しになりません。それは、受けてこられた帝王教育ゆえのことです」
沈黙の10秒は、あるいは陛下が湧きあがる怒気と諦念の感情を打ち消されるのに必要な時間だったのかもしれない。


□体調不良を訴えた「美智子皇后」の送ったメッセージ

かねて持病に苛まれながらも、日頃はその素振りすら見せなかった皇后さまが、6月10日「体力低下」を理由に急きょ一部のご公務を取り止められた。実は、堪えきれず口にされた痛みとは、進捗しない「2つの状況」へ向けた“メッセージ”だったというのだ。

皇后さまは2005年から頚椎症を患われ、11年7月には「頸椎症性神経根症」と診断された。さる4月にも首から左肩や上腕にかけ、数日間にわたって激しい痛みに襲われ、今回も症状が再発。さらには腰痛も併発されたため、
「11日から予定されていた葉山でのご静養を見合わせ、御所で休まれることになりました。その後は16日、『香淳皇后例祭の儀』に陛下とともにお出ましになり、翌日は皇居外でのご公務を2件こなされるなど、ご体調は快復されつつあります」(宮内庁担当記者)
宮内庁の山本信一郎次長も17日の会見で、
<腰の変形による脚の筋力低下がみられる>
そう明かしたものの、
<大きくご予定の変更をお願いする状況ではない>
それは取りも直さず、皇后さまの強いご意向でもあるのだが、
「お痛みが激しい日と、お感じにならない日の落差が極めて大きいのが現状です」
とは、侍従職関係者だ。

「そうした中でご公務や、肉体的負担の大きい宮中祭祀をこなされれば、それだけ症状が悪化するという、まさに悪循環に陥っているわけです」
皇室ジャーナリストの山下晋司氏も、さきの「例祭の儀」について、
「このご体調でお出になられたと聞いて驚きました」
というのだ。
洋装で椅子に座り、拝礼して退出すればよい他の宮家皇族とは違い、皇后陛下は殿上で十二単をお召になり、御髪は大垂髪にせねばなりません。頸椎や腰への負担は相当なものだったでしょう。いかに祭祀に重きを置かれているかが、よく窺えるのです」

◆東宮と官邸へ

振り返れば、皇后さまにとって雅子妃が皇室に入られてからの20年は、そのまま“ご体調との戦い”の日々だったといえよう。
その始まりは1993年10月。ちょうど59歳のお誕生日を迎えられた朝、宮中で突然倒れられ、ストレスが原因の「失声症」と診断される。その後は帯状疱疹や腸壁からの出血、下腿筋膜炎などに悩まされ、また09年2月にはテニスの最中に転倒され、左膝の後十字靭帯を損傷。正座をされる宮中祭祀は困難なため、一時は参列を控えられてきた。
「最近では、真横から話しかけられれば問題ないのですが、正面からの声が聞き取りづらくなっていらっしゃいます。頭痛やめまいを覚えられる時もあり、しばしばお薬をのんで休まれていることがあります」(前出・侍従職関係者)
まさに満身創痍の20年だったのだ。
「御所で階段の上り下りをなさる時、手すりに摑まらないと歩行が難しく、陛下がお傍にいらっしゃる時は、手を差し出されたり、肩をお貸しになっています。ですが、頸椎が痛んでも、公の場ではよほど激しい時以外は痛み止めの注射で堪えていらっしゃいます。皇后陛下は一貫して、ご体調を崩された状態は人に見せないようになさっています。でなければ、国民に迷惑を掛けてしまうというお考えなのです」(同)
今回の病状発表は、耐えに耐えた上でのやむなき措置だったに違いないのだが、
「こうしたご不調の“発信”こそが、結果として皇太子ご夫妻、ならびに女性宮家問題への取り組みを示さない現政権へのメッセージとなっているのです」
と見るのは、宮内庁幹部である。
「陛下のみならず、皇后さまもまた、永遠に健康は続かない。そんな示唆とともに、次世代を担われるご夫妻になお一層のご自覚を促すことになります。同時に、『皇室の先細り』という懸念が一向に解消されない中、“残された時間は限られている。一刻も早く道筋を”という、官邸へ向けた強い訴えでもあるわけです」
ただお苦しみになるだけでなく、皇后さまは絶えず複眼的なアプローチをなさっているというのである。
(終わり)



新潮はまず雅子様の被災地訪問中止を「ドタキャン」という侮辱した言葉で責め、それについて美智子様のみならず陛下も「絶句」して怒りを示した、という趣旨の記事を書いた後で、まるで比較するように美智子様の公務に対する姿勢を評価するような趣旨の記事を続けています。しかし、そこに一貫性を感じることはできませんでした。

雅子様が、予定していた被災地訪問をキャンセルされたのに皇太子殿下へのお出迎えは「元気そう」に「笑顔」でなされた…という点がいけないように書かれていますが、雅子様のご体調にはそれこそ波があると言われています。丹念に準備してから行われ、様々な人々と多く接することが必要になり精神的・体力的に負担が大きくなる被災地訪問と、お身内である皇太子殿下を短時間だけお迎出えになることを同じように考えるのがおかしいと思いませんか。雅子様が被災地訪問を何度も延期されているのも、体調が悪化したり戻らなかったりという波があったと考えるのが自然でしょう。

それに陛下が「10秒絶句」(これも誰かが時間をわざわざ測っていたんでしょうか?と思わざるを得ない気持ち悪い書き方ですね)されたのも、陛下の真意が分からない限り何とも言えませんよね。新潮の言う通り雅子様に「怒り」を感じたのか、それとも「そこまで症状が悪いのか」と心配されて言葉が出なかったのか、様々な可能性があると思うのです。
ただ、陛下が「帝王学の賜物で怒りなどの感情を表には出されない」という部分は、真実ではないと思います。国民からは穏やかな好々爺というイメージがあるかもしれませんが、陛下は意外と短気ですぐに感情を表に出される方だという証言も側近から多く出されています。

一方新潮は、美智子様のご病気・ケガや公務欠席には随分寛容ですね。
上記新潮記事が出された2013年は、皇太子ご夫妻のご成婚20周年記念の年でもありました。今年2018年6月9日には皇太子ご夫妻は銀婚式を迎えられていますが、今から5年前の皇太子ご夫妻のご成婚20周年記念日の翌日に美智子様は体調を崩され公務を欠席されているとのこと。新潮はその件については一切叩いていませんね。
美智子様だって体調が悪ければ公務を休まれているのです。雅子様が体調不良で公務を休まれることの何がいけないのでしょうか。
新潮は「美智子様の体の痛みは激しい日とそうでない日で落差がある」と書いていますが、まさに同じことが雅子様にも言えるのではありませんか?雅子様も体調に波があり落差が激しいため、当初予定されていた公務に出られなくなる時もあれば、お元気な時は少しだけ行動される時もあるというだけにすぎません。
「体の痛みがよほど激しくなければ動けるが、耐えられない時はさすがに休まれる」という美智子様と同じではありませんか。


それに新潮は「美智子様はまさに満身創痍の20年だった」と言いますが、その原因はもちろん皇太子ご夫妻にあるはずもなく、記事の中にはしっかりと「テニスで遊んでいたら転んで膝をケガした」と書かれていますね。
公務中に転んでケガをされたならともかく、テニスで転んだなら完全に自業自得ではないでしょうか。
まさに「自己責任」でケガをしただけなのに、それすらも「公務を休まない」という美談に使うとは呆れ返りますね。


また美智子様は「国民を心配させないために体調不良を人前で出すことはない」とも書かれていますが、後になって「実は〇〇という病気になっていました」とか「〇〇のような症状が出ている」というニュースをわざわざ流している辺りで病気を伏せているとは思えないのですが…。
それに、「体調不良を国民に見せたくない、心配かけたくない」という気持ちはまさに雅子様の方に強くおありで、だからこそ周囲に迷惑をかけないために無理に公務に出られることをやめているのではないか?と感じます。
本当に周囲に心配かけさせたくないなら「満身創痍なんです!だけど公務に出ているんです!」という態度をとるのはおかしいでしょう。冷たいようですが、「具合悪いなら休んでいてください」と一言で済んでしまう話なのに、美智子様がご自分の希望で出かけたいと思っていらっしゃるなら、周囲はもうどうしようもないですよね。

おまけにそういう「満身創痍に耐えての公務」を、東宮ご夫妻の自覚を促すためとか、政府に遠回しにご希望を要求するためとか、そういう目的を隠してこれ見よがしに行うことは「鬱陶しい」の一言しかありません。

前号の「美智子様は雅子様に皇后失格の烙印を押した」という内容の記事といい、新潮は美智子様を国民にどう思わせたくて、上記のような記事を書いているのか疑問ですね。
少なくとも私の中では美智子様に対するイメージが良くなることはありません。

陛下・皇太子殿下・秋篠宮 三者会談の目的は何か? 10~真相はいかに?官邸・宮内庁を巻き込んだ新潮記事の重大性⑦官邸・宮内庁からの抗議をスルー?して新たな火種を投下した新潮

週刊新潮・2013年6月20日号特集
「雅子妃」不適格で「悠仁親王」即位への道


上記記事に対し「事実無根」と揃って抗議文を出した官邸と宮内庁でしたが、その後新潮はいかなる態度をとったのでしょうか。

驚くことに、新潮は記事の内容について謝罪も訂正もせず、次の週には「続報」とも言えるような新たなシリーズ記事を出してきたのです。
それが下記の記事です(今回はタイトル部分だけご紹介します)。

週刊新潮 2013年6月27日号

特集 「雅子妃」不適格は暗黙の了解 「千代田」の迷宮

「皇太子妃の長期療養」と「皇族の減少」問題に揺れる皇室。「女性宮家」創設も潰え、両陛下のご心痛は増すばかりだ。あまつさえ安倍内閣では、皇室問題は置き去りにされがちな現状も憂慮されているという。「雅子妃・皇后不適格」が影を落とす「千代田」の迷宮―。

□「雅子さま」想定内のキャンセルに10秒絶句「陛下」の胸中
□体調不良を訴えた「美智子皇后」の送ったメッセージ
□侍従長に問題官僚で揉める官邸と宮内庁の軋轢の根本
□見えてきた「悠仁親王」即位で「紀子さま」国母への気負い
□国民が同情する寂しき皇太子の「雅子が来たら」
□「雅子さま」ご関心は臨海学校 「愛子さま水着」を撮らせない!


まあ、タイトルからして何かくだらなそうな臭いが漂ってきていますが、当ブログでも取り上げないわけにはいかなくなりました。

ちなみに新潮は、官邸と宮内庁からの抗議についてはスルーしており誌面では何も答えていないようです。
しかし、同時期に発売になった週刊文春において、新潮が“不遜な態度”をとっていることが暴露されていたようです。


この辺りの顛末については、「敬宮愛子様を女性天皇にすべき」という考え方の第一人者である、皇學館大学名誉教授の田中卓氏が簡潔にまとめています。
そのまとめ文章を抜粋させていただきます。

『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか 女性皇太子の誕生』
(幻冬舎新書)より

第9章 『週刊新潮』の怪スクープ事件

◆週刊新潮の虚偽の誤報に抗議した宮内庁

公私の所用に忙殺されていた矢先、『週刊新潮』(平成25年6月20日号、6月13日発売)に驚くべき記事が出た。「『雅子妃』不適格で『悠仁親王』即位への道」と題し、巻頭7ページの特報である。
論旨の詳細はすでに大方の読者、周知の通りと思われるので繰り返さないが、主旨は以下の如くである。
(1) 宮内庁で皇室典範改正に向けた具体的な検討が進んでいる。
(2) その背景には雅子妃殿下の御病気によって、将来、皇太子殿下が御即位された場合、天皇・皇后としての公務を行われることが可能なのかという懸念がある。
(3) その場合に備えて、宮内庁では以下の改正案を考えている。
(イ) 天皇の退位、譲位を可能にする。
(ロ) 皇位継承者が、それを辞退することを可能にする。
(4) 以上二点を骨子にして、宮内庁では、風岡長官が密使として今年2月1日に首相官邸を訪れ、その旨を伝え、双方でそれぞれの事務方が研究・検討に入っている。

かように国体・皇室の重大事が、密かに宮内庁・内閣官房で研究・検討に入っているということ自体、重大問題であるが、さらに同誌によれば、具体的には、「天皇陛下には最後まで天皇としての重責を全うしていただく」。後継の「皇太子さまには比較的早い段階で退位し、皇位を次の方に譲っていただく」「譲位のお相手は(中略)秋篠宮さまではなく、そのご長男の悠仁親王だというのです」と、「警察庁幹部」が声を潜めて明かしたと記す。
そしてこの「シナリオは一見、余りに突飛だ。しかし、今上陛下、皇太子、秋篠宮両殿下の三者の間では、すでにこの件は了承済みなのだという」とまで明記している。
このように見てくれば、前述の皇室典範の改正案(3)が、それを可能ならしめるための方策であることがよく判る。要するに、妃殿下の御体調不良を理由として皇太子殿下を退け、早期に男子の悠仁親王に皇統を移す手の込んだ継統策である。これが事実ならば、週刊誌としては超スクープだ。先般の女性宮家創設案が不成立に終わった以上、政府として、それに代わる皇統継承の安定策を急務としていることは当然理解されるから、何らかの種々の試案が検討されていたとしても、そのこと自体を責めるつもりはない。
しかし、現行の皇室典範は、“皇室の家法”として枢密院で秘かに審議された旧典範と異なり、今は一法律とされているのであるから、改正に際してもその手続きを経るのが当然である。それ故、小泉内閣の際にも「有識者会議」を設けて、審議内容が公表され、野田内閣の場合でも、有識者12名の公開ヒアリングが行われたのであった。
ところが今回の場合は、政府内部の試案検討中に、スクープの形で国民に公表され、しかもこの試案が今上陛下、皇太子・秋篠宮両殿下の三者の間ではすでに了解済みということまで報道されていることに、私どもは先ず驚いたのである。
それだけではない。この報道に対して、新聞記者からの質問をうけた政府は、即日(6月13日)、「内閣官房」と「宮内庁」でそれぞれ記者会見を行うとともに、連名で、抗議文を、「『週刊新潮』編集部編集長酒井逸史殿」宛に、すでに申し入れているという事実を発表した。文面は以下の通りである。

この記事では、「風岡宮内庁長官が安倍総理に対し、『天皇の生前退位及び譲位』並びに『皇位継承の辞退容認』を可能とするような皇室典範改正の要請を行い、それを受けて内閣官房で秘かに検討が進められている」旨の記述が見られ、また、「そうした宮内庁の要請内容については、天皇・皇后両陛下と皇太子・秋篠宮両殿下の間にでは、すでに納得されている」旨の記述が見られるが、このような事実は一切なく、この記事はまったくの事実無根である。
貴編集部の事前の取材に対して、当該事実は一切ないことを文書にて明確に回答していたにもかかわらず、このような記事がそのまま公表されたことに強く抗議する。
皇室制度や皇位継承のあり方という極めて重要な事柄について、このように憶測等に基づく、まったく事実と異なる記事を記載することは、国民に重大な誤解を与えかねないものであり、大変遺憾である。
以上、厳重に抗議をするとともに、速やかに訂正記事を掲載することにより、記載のような事実がなかったことを明らかにするよう求める。

そして宮内庁は「週刊新潮記事(平成25年6月20日号)への宮内庁の見解と対応」の一文までを同日付のホームページに掲載しているが、内容は抗議文とほぼ同じである。つまり、『週刊新潮』のスクープの内容は「事実無根である」から「速やかに訂正記事を掲載」せよ、という抗議である。しかもこれを「内閣官房」と「宮内庁」が連名で公表したのであるから、前代未聞の珍事といわざるを得ない。これには二度吃驚である。
「事実無根」となれば一部の記事の誤報ではすまない。全面的な虚偽ということになる。
『週刊新潮』は、果たしてどのように答えるか。私どもは固唾をのんで見守った。ところが結果は意外な展開となった。(6月22日)

◆二度も虚仮にされた宮内庁はこのまま黙しているのか

次回の『週刊新潮』(6月27日号)は6月20日発売された。ところが、問題の記事は「『雅子妃』不適格は暗黙の了解『千代田』の迷宮」と題して、7ページに及ぶ「特集」で、
(略)
以上の六項目の柱をたてて、徹底徹尾「雅子妃殿下」を中心とする批難悪口である。
そして、前述の宮内庁の抗議文については一言もふれることなく、完全に無視している。
同日発売の『週刊文春』(6月27日号)は、「雅子さまもお見舞い 美智子様がお心を痛めた『中傷記事』」と題して1ページだけの報告記事を載せているが、その末尾部分に以下の文章を掲げているから、参考としよう。

週刊新潮編集部は本件について、「『記事は機密性の高い水面下の動きに言及』したものです。内容には自信を持っております。」とコメント。訂正要求には応じない構えだ。


何という無礼不遜な態度であろうか。内閣官房・宮内庁連名の公式抗議文には、一言の釈明も回答もなく、他誌の質問にはコメントを発して、政府の訂正要求には応ぜずして徹底抗戦する姿勢である。・・・
(抜粋ここまで)


新潮は昔から「記事の内容には(絶対の)自信を持っている(だから訂正しない)」という言い回しが好きで、今回も同じような態度で臨んだというわけですね。
私はいつも「この新潮の絶対的自信はどこから来るんだろうか?」と疑問に感じていましたが、新潮は皇室に関するスクープを独自に入手できる特別なルートやコネが何かしらあるのではなかろうか、と思ってしまうのです。
「内容が100%事実無根というわけではないから、謝罪もしないし訂正もしないんだよ」という新潮のポリシー(?)が見えてくるのです。

次回以降、何回かに分けて、新潮の新シリーズ(?)記事の内容についてご紹介したいと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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