旅先でも気まぐれ、自由気ままに

今回は慈善奉仕団体であるロータリークラブの会報から、秋篠宮様の人となりについて触れたいと思います。

2007年~2008年度 広島廿日市ロータリークラブ会報
ttp://www.kaitekiteian.com/hhrc/kaihou_pdf/no285.pdf

上記会報には、K料理学園校長を務めていたK氏が秋篠宮様とのエピソードについて述べた内容が掲載されています。

(以下引用)

<秋篠宮殿下と私の料理にまつわるエピソード>

(前略)
演題は秋篠宮殿下と私の料理にまつわるエピソードということで、短い時間ですが、
お話をさせていただきます。 
殿下は三次の湧永製薬株式会社においでになり、遺伝に関する研究をされておられます。

平成5年5月18日と平成8年6月18日の2回、殿下のお食事を担当させていただきました。
殿下は木のぬくもりがお好きなようで、和風が良いとのことでした(お宿は環翠楼でした)。

平成5年5月のお献立で私は広島名物・小イワシを加えてみたところ、
青魚より白身魚に、とのこと。ビックリしました。


また三次ということでアユを、と思っておりましたが、5月でアユが解禁でないため、
ヤマメをお庭で焼き、部屋から殿下に見ていただきながら食事をしていただき、
たいへん喜ばれたようでした。

殿下はお帰りになられますと、最初にお食事をされ、次にお湯に入られます。
その後、浴衣になられます。そのときにはピリ辛の酒肴料理をいただきながら
メコン酒を楽しまれます。 


ギターを弾きながら午前2時ごろまで(関係者の皆さんも)飲まれた後、仕上げに
ウオッカをお飲みになられ、お休みされます。


前もって、殿下は朝食を食べられませんとのことでした。
ところが、関係者(15名ほど)が広間にて朝食をされている所に殿下がおいでになり、
「美味しそうだから、私(殿下)も朝食をいただきます」と言われ、私もビックリしました

2~3人分は余分に作っており、すぐに朝食のご用意ができて良かったとホッとしました
(一つひとつが緊張の連続でした)

平成8年6月18日のときには、アユを野立てして焼きました(殿下は鵜飼にも行かれた
ようでした
)。今回はぜひ殿下の前で料理を、と思って献立を考えてみました。
酔っ払った海老を目の前で茹で、タレをつけていただく料理にしましたが、はたして
その海老の殻を剥いて殿下に差し上げるのか、そのままで良いのか、頭が真っ白になり、
とりあえずそのままお出ししましたところ、殿下から 「殻を取ってください」 と言われ
ホッとしました。

まだまだいろいろとお話がありますが、殿下は気さくでお話上手な方であられ、
いろんな方々にお声をかけておられました。
私の心に残る料理であったと感謝いたしております。
言葉では表せない、殿下のお人柄でした。

本日はありがとうございました。(後略)


(引用終わり)

湧永製薬で秋篠宮様が遺伝子研究??という点にまず引っかかりますが、この点は後ほど別に検証したいと思います。ちなみに湧永製薬は「キヨーレオピン」が有名ですね。

K氏の講演内容、言葉を選んではいますが秋篠宮様に対する複雑な感情が何となく感じ取れるように思います。
プロの料理人がせっかく「この食材がベスト」と考えておもてなし料理を作ったのに「○○は嫌だから△△に変えてほしい」とは秋篠宮様は無粋すぎやしませんか。

そして事前に「朝食はいらない」と伝えていたのに当日朝になっていきなり「自分も食べたい」と言い出して急きょ用意させるとは…秋篠宮様は行く先々で全てがこの調子で、おもてなししてくれる人々を気まぐれで振りまわしているのか?ということが伺えるエピソードですね。

そして遺伝子研究よりもこちらが旅の主目的?と思えるほど、食事して温泉に入って酒を飲んで楽器をかき鳴らして夜遅くまで遊んでいる…本当に楽しそうで羨ましい限りです。「メコン酒」というタイアイテムがこんな所にも(笑)。
秋篠宮様がこの時に宿泊した環翠楼、素敵な旅館ですね。詳しくは下記HPをご覧ください。
ttp://www.kansuiro.co.jp/

2017年現在まで秋篠宮様は日本各地で「公務」「研究」「慰問」「慰霊」と称しては宿泊を伴う旅行を続け、夜はお楽しみの…ということを行っています。この点は秋篠宮様のご活動を検証する際に改めて見ていきたいと思っています。

しかしこういうお気楽旅行も、ただの天皇の次男・ただの一宮家の当主だから可能なことだと思います。皇太子殿下はこのようなお気楽旅行は望めなかったのではないでしょうか。こんな自由で楽しそうな人生を子どもの頃から味わってしまった50過ぎの男性が、今更皇嗣扱いで節制した生活など送れるわけがないと考えてしまうわけです。

皇嗣扱いされ皇位継承順位1位をキープしておきながら「活動は従来通り一宮家として自由気ままにやりたい」というのはあまりにも虫がよすぎやしませんか?

秋篠宮様の度重なる「皇籍離脱」発言③

今日は週刊朝日1989年4月21日号の記事最終部分を挙げたいと思います。

>さて、礼宮さまの周囲は「皇籍離脱発言」報道をどう読んだか。
学習院高等科時代の恩師で、礼宮さまの相談相手の一人と目されている高橋新太郎・学習院女子短大教授は、こういう。

>「彼は、兄との待遇の差にこだわるなんてツマらん男ではないですよ。僕は、皆さんみたいに皇室番をやってみるつもりはないが、その程度の見分けはつく。彼の仲間は個性的というか、世の顰蹙を買いかねない連中が多いんですがね。そうした連中のよさも、きちっととらえる能力を彼は備えている。その礼宮が、兄貴と一緒の待遇じゃなきゃあ皇籍離脱するなんてことをいうわけないじゃありませんか。長男の皇太子が優等生的で、次男の礼宮が多少、利かん気だってことも、世間一般の兄弟は大概そうですよ」

>幼稚園から大学まで一緒だった友人の話は、こうだ。

>「礼宮さまの思考回路をどう引っくり返しても、皇太子さまとの待遇の差を『憲法違反』などという線は絶対に出てきません。そのあたりは、完璧に整理なすっておいでです。記者会見でのお言葉も、直球でストライクをとっていかれるのが皇太子さまなら、カーブっぽいかもしれないが、やはりストライクをお投げになってるのが礼宮さま。言ってらっしゃることは同じだといつも感心してます」

(記事終わり)

最後は秋篠宮様を擁護する人々の発言で締めくくられています。
上記の擁護派は「宮様が待遇への不満など口にするわけない」と思っているようですが、秋篠宮様が「待遇への不満」や「皇籍離脱」を口にした時にその場にいらっしゃったのはご両親である現両陛下でした(記事中に「ご両親と衝突された」と書かれていますから)。
家族間の言い争いで口から出た言葉を、部外者が「そんなこと言うはずないじゃない」と言い切ってしまうのはどうなのかという気がします。家族が相手だから秋篠宮様の本音・本心が出たという見方もできます。

私には到底理解できませんが、一部のご学友等から見れば秋篠宮様は皇族らしからぬアウトロー的魅力があって良い、と映るのかもしれません。
しかし秋篠宮様は腐っても皇族です。皇族は国民の「手本」になっていただかないと困ります。そのために、いくら御手元金とは言っても国民の税金から内廷費や皇族費というものを計上しているのです。それらのお金は皇族が国民の手本となるように品位を保つために使っていただくべきものです。ろくに勉強もせず悪い仲間とつるむ、異性と遊んでばかりいる、TPOをわきまえないファッションをする、外車を乗り回す、何かあると不平不満ばかり口にして周囲を振り回す、そのようなことに国民の血税を無駄に使ってほしくはありません。

現皇太子ご一家が、なぜ国民から支持されるのか。なぜ国民が味方をするのか。
最後に人々から理解され尊敬されるのは、苦悩を背負いながらもそれらを乗り越えようと懸命に生き、ずっと真面目に生きてきた方々なのです。

秋篠宮様も擁護する人たちも、そこを理解するべきです。


結局秋篠宮様は「皇籍離脱したい。皇族やめてやる」と発言しても、周囲が止めてくれる、本気で離脱しろなんて言うわけないと甘えて高をくくっているんですよ。
単に周囲を困らせ構ってほしい時にだけ抜く「伝家の宝刀」的発言にすぎないものでしょう。
有識者会議の最終報告書で「秋篠宮様は皇籍離脱できない待遇にする」という事項が盛り込まれて実は一番内心ホッとしているのは、秋篠宮様ご自身かもしれませんね。
「これで自分は何があっても何を言っても皇室から追い出されることはない」とね。

しかし、皇室から追われることはなくなったとしても、秋篠宮様に対し国民から注がれる視線はいっそう厳しいものになると覚悟なさっていただきたいです。

秋篠宮様の度重なる「皇籍離脱」発言②

昨日に引き続き、週刊朝日1989年4月21日号の記事を引用したいと思います。

記事はその後も秋篠宮様の元来の人となりについて述べています。

>さる皇室ウオッチャーは語る。「正直いって、今回はヤラレタよ。実は、礼宮をめぐって宮中で何か起きてるとは、私らもにらんでたんだ。というのも、昭和天皇崩御の前後、イギリスと日本を往来したが、成田に降り立つとき、いつも暗いんだよ。そして、日本から逃げるようにイギリスに戻っていくのを見て、不思議だったのが、今回の報道で謎が解けた気がする」

>別のウオッチャーが続ける。

>「私も最近、宮内庁筋から、『礼宮は言い出すと聞かない』と聞いたばかり。何か、礼宮絡みで問題が起きてることは間違いない。

>彼は記者会見に金のブレスレットをしてきたり、口ヒゲを生やしたり、ヒゲの殿下(寛仁親王)を意識しているふうがある。あれだけ皇室離れしていれば、本人自身の結婚問題でも、いつ親とぶつかってもおかしくない。ただ、『皇籍離脱』 とはいってないだろうね。天皇が認めるはずないわけだから」

>もう一人、宮さまが留学していたイギリス・ロンドンの声。

>「以前、彼が現地の記者と会見した折、終わり際に、
『こんなにいろいろ聞いても、僕のはどうせベタ記事なのに 』
>とつぶやいていたというんですよ。
>結果はそうかもしれないが、案外ヒネくれた男だなと思った記憶がある。背も高いし、マスクも現代的で、テニスなども天皇家でいちばん強いらしいから、同待遇にというのも、一対一なら、兄貴に負けないという気持ちが彼にあるんだろうな」

>とはいえ、「離脱」については、侍従、侍医、恩師、元クラスメートの間に反論がある。あるというより、取材した限りでは全否定といったほうがいいのだが、その前に、「どこか皇族らしくない」とウオッチャーたちがいう、宮さまの一面にも触れておこう。

>まず公の場で話される内容が皇族には珍しく辛辣だという。成年式を控えての初の記者会見で、警察の警備に触れ、
>「心配りは大変ありがたく思っています。しかし、警備は、万に一つの場合のためと思いますが、いままで二十年間見てきて、それに値するものはない。万に一つのために、ほかの人に迷惑をかけると困ると思うんです」と話された。

>実はこの会見の前、英国留学から帰国したばかりの浩宮さまが記者会見で、日英両国の警備方法を聞かれて、
>「英国でも、米国でも、プロだなという印象を持ちました」と答弁、物議を醸していた。
>礼宮さまは、「浩宮が申すとおりだと思います」と、まずかばわれたうえで、一段と踏み込み、火の粉を肩代わりされたわけだ。警察当局が鼻白んだのはいうまでもない。
 
大学の女友だちから贈られた金色のブレスレットをされて評判になったのもこの時の会見だが、昨年三月半ばの大学卒業前の会見では、ビーンボールまがいのきわどいご発言で、宮内庁関係者をヒヤリとさせている。

>「弟宮として、兄宮の結婚の時期についてどのようにお考えですか」と尋ねられ、
「まあ、本人は三十歳までにといってますが、それまでにできれば上出来ではないでしょうか」
「浩宮に意中の人が現れずにいれば、先に結婚しなければしようがないですね」

>とおっしゃられたのだ。会見に出席した記者の一人は、
>「いまどき、皇族に嫁ぐ女性がいるんでしょうかね」
>ともいわれたような気がするというが、記録には、そこまでのやりとりはない。
>しかし、その場の空気は、まあそんなふうだったのだろう。

>もちろん、皇太子さまも、それなりの辛辣さを時に覗かされる。
>大学院を終えられ、いよいよ結婚かとの声が高まってます、と記者会見で迫られた折などは、
>「高まって?『高めて……』でしょう」と笑われた。
>皇太子さまの場合は、辛辣というより、昭和天皇譲りの、どこかとぼけた味がおありのようだ。

>服装や装身具、クルマなどに対するご趣味も、お二人はかなり異なるという。ブレスレットとか、礼宮さまはとかく派手に映るらしいのだ。好きな歌手はパティ・ページとダイナ・ショア、俳優ではチャプリンと、“古典派”の一面もお持ちなのだが。

(引用終わり)

これが事実なら、秋篠宮様は何とも幼いというか、昔から兄上である皇太子殿下に対して強烈なコンプレックスと対抗意識があったように思えます。今でいう「厨二病」というものを発症していたとでも言うのでしょうか。
秋篠宮様は、兄上との序列やお立場の違いも全く叩きこまれず、自由奔放に生きてきても誰からも強く叱責されたこともなく、ご両親からも甘やかされ、お兄様からも可愛がられてきたような方なのに、なぜここまで捻くれたご性格になったのか。
非常に厳しい生活を強いられて感情が抑圧された環境で過ごされたのならまだ理解できるのですが、秋篠宮様はその真逆のお気楽な生活をされてきたようにしか見えません。単に「甘えている」という感想しか出てこないのが正直な所です。

いつも国民から人気があって話題になるのがお兄様である皇太子殿下で、それについて秋篠宮様が嫉妬を感じていたとしても同じ感想です。皇太子殿下は国民から注目されてきたことと引き換えに、弟のような自由気ままな日常は手にできなかった方なのですから。そしてそのような厳しい生活でも、皇太子殿下は不平不満を口にしたこともなければ、感情を露わにして周囲を困惑させたこともありませんでした。
制約の多い人生であるからこそ、皇太子殿下が一途に雅子様を想い続けて皇太子妃に選ばれたこと、会見においてただ一度だけ、雅子様に対する人格を否定する動きがあったことを暴露したことが、いっそう国民の心に沁みいるのです。
「あの皇太子殿下がここまで言われるとは、よほどのことがあるからだ」と。

そしてこの記事では名前が出てきていませんが、おそらくこの頃は川嶋紀子さんとの交際が周囲から問題視されていた時期で、それで秋篠宮様が荒れていたという解釈もできますね。もし川嶋紀子さんとの交際が周囲から祝福されるようなものであったら、秋篠宮様もここまで荒れることはなかったように思います。記事の行間から、お二人の交際が順調とはいえなかったということがうかがえます。
「金のブレスレット」を秋篠宮様に贈ったとされる「大学の女友達」ですが、これは川嶋紀子さんだったのか?それとも、紀子さん意外に別に彼女がいたのか?と少し引っかかりました。

上記週刊朝日記事は所々秋篠宮様の言動を好意的に解釈している節があるのですが、私にはあまり理解できませんでした。

ページを改めて記事の最後の部分を引用させていただきます。

秋篠宮様の度重なる「皇籍離脱」発言①

4月21日に公開された生前退位に関する有識者会議の最終報告書18~19頁には、下記のようなことが記されています。

「皇室典範上、皇太子については、皇籍離脱と摂政となる順位等について特例が定められている(皇室典範第11条、第19条等)。文仁親王殿下には、皇位継承順位第一位というお立場の重要性等に鑑み、皇太子と同様の特例が適用されることが適当である。」

これは要するに秋篠宮様も皇嗣と呼ばれるようになった後は「皇籍離脱ができないようにする」ということですね。
しかし、秋篠宮様は過去に何度も「皇族やめてやる」「皇籍離脱したい」ということを度々口にされていたようなのです。
有名なのは紀子妃との結婚について周囲から反対の声が根強かった時「紀子ちゃんと結婚できないなら皇族やめてやる!」と騒いだという逸話。

ところが秋篠宮様、これ以外にも「皇族やめる」発言をしていたらしいのです。
そのことを記事にしたのが、週刊朝日1989年4月21日号でした。
以下、引用していきます。

『えっ、礼宮さまが「皇籍離脱」だって…』

>お小さいころからいたずら好きで、長じては口ヒゲを生やされるなど、話題にこと欠かない天皇家の次男坊・礼宮さま(23)が、兄・浩宮さま(29)との待遇の違いに不満高じ、なんと皇籍からの離脱を口にされているという。

>「皇籍離脱」といえば、以前、三笠宮家の長男・寛仁親王殿下(43)の騒ぎがあったが、「聡明で利かん気」(元侍医)な礼宮さまの覚悟となれば、話は別。何事か、天皇家に起きているのだろうか。

>礼宮さまの皇籍離脱発言を伝えたのは、「週刊ポスト」の4月7日号である。そのサワリを紹介すると―。

>礼宮さまの“反抗”は、一年半前、昭和天皇が腸のバイパス手術を受けられたころから激しさを増した。
皇太子即位が秒読みとなった兄・浩宮さまとの待遇の違いにショックを受け、ご両親と衝突された。
>そして、国民は法の下の平等であるはずの憲法に待遇格差は違反している、と礼宮さまがなじるほどに緊迫。ついには、
「浩宮が天皇になるのはいいが、自分にその可能性がなくなった時には皇籍を離脱したい」
とさえ口にされたというのである。

(引用終わり)

呆れますね。「兄上との待遇の違いは憲法違反」発言、こうして改めて活字になっているのを見るとあまりの愚かさに脱力してしまいます。
秋篠宮様は一応、学習院大学法学部政治学科を卒業されています。ですから憲法の講義を必ず受けているはずだと思います。
天皇や皇族の存在自体が憲法第14条の平等原則や他の人権規定の例外的位置づけであること(天皇や皇族には選挙権や職業選択の自由がないこと等)、そして憲法の人権規定はあくまでも「公的機関 VS 民間」の場合に適用されるのであって、そもそも民間人でない秋篠宮が、皇室内部における「身分・序列の違い」を憲法違反だと騒ぐこと自体的外れすぎますし、憲法や皇室制度というものにまったく理解がないことの表れだと思います。

これが秋篠宮様独特のユーモアで冗談めかして発言したのならまだしも、緊迫した状況だったということで秋篠宮様がかなり本気で「憲法違反だ!」と喚いていたことが見てとれます。傍から見ていると非常に恥ずかしい光景なんですが…
しかし、立太子礼を控えた浩宮様との待遇の違いに今更ながらショックを受けて喚き散らすとは、秋篠宮様は今まで皇族としてどういう自覚を持ってきたのでしょうか。

私はこの点は、現天皇皇后両陛下の育児方法に多少の原因があったと思えてなりません。

ご両親である現両陛下が、

●浩宮様と礼宮様のお立場が根本から違うこと(兄弟間に明確な序列がある)、
●浩宮様は次の皇太子、未来の天皇として厳しい帝王学にも耐えていること、
●礼宮様は皇太子や天皇にならない代わりに自由を許された立場にあること、
●将来は弟(臣下)として、天皇としての苦悩も多くなるであろう浩宮様のことを支えてほしいということ、

を、秋篠宮様が幼い頃から根気よく言い聞かせることが必要だったと思うのです。

しかし現両陛下は民間家庭の「兄弟間平等」という概念を皇室にも持ち込んでしまい、浩宮様とのお立場の違いをまったく教えてこなかったのではないでしょうか。

しかし秋篠宮様の

「浩宮が天皇になるのはいいが、自分にその可能性がなくなった時には皇籍を離脱したい」

という過去の発言が、約30年弱の時を経て

「皇嗣(殿下)=皇位継承順位1位(有識者会議の解釈?)=皇太子とほぼ同待遇=天皇になる可能性も出てきた(?)」

ということで「皇籍離脱できなくなる」

という展開を見せるとは何たる皮肉
なのでしょうか。

記事の続きはページを改めて書かせていただきたく思います。

噂の真相記事続き~秋篠宮様はやはりこういう方

秋篠宮様のタイ愛人問題にかなり迫っていた「噂の真相 1996年7月号」ですが、記事の最後は秋篠宮様の人となり全体についてまとめています。

>たしかに秋篠宮は皇族としてはけっして優等生とはいえないだろう。
大学時代にはまったく勉強せず、成績はほとんど最下位

>そのため、大学側は秋篠宮と同じ学年に落第生を一人も出せなかったという逸話もあるほどだ。

>服装や生活も皇室らしからぬ派手なもの。若いときから髭をたくわえ、ブランドものを身につけ、外車を乗り回す。
>皇太子家でさえ私有車は雅子妃が嫁入りの際に持ってきたカローラだけなのに、
秋篠宮はワーゲンにベンツまで所有している。

>天皇制の根幹をなす宮中儀式などもおざなりで、なんとブレスレットをつけて儀式に出席し、顰蹙を買ったこともある。

>また、紀子妃との結婚も「若すぎる」という周囲の反対の声を強引に押し切って強行したものだった。
>この時、秋篠宮が周囲に「結婚を認めてくれないなら、皇族をやめる」とダダをこねたのは有名な話だ。

>しかもこの時は、昭和天皇の喪があけないうちに婚約の儀をすませるという、前代未聞の荒ワザもやってのけている。
>そして、今回の宮中晩餐会を欠席してのタイ行き強行、前述した女性問題・・・。

秋篠宮の派手な消費生活に我々の血税が使われているということは納得しがたいし、
その行動が自らの公的立場をまったく自覚していないものであることもたしかだろう。


(記事終わり)

今の時代では考えられないような「秋篠宮の実像」を追及した記事といえます。
敬宮愛子様はグッチのキッズラインの4万円程度のバッグをお持ちになっただけでバッシングされました。
しかしまず秋篠宮様の方が「ブランド品」や「外車(ワーゲンやベンツ)」を先にお持ちでいらしたのです。しかも数万円程度では済まない、随分高い買い物をしていたようですね。
敬宮愛子様のバッグの報道が出た時、果たして秋篠宮様の過去の「ブランド品・外車好き」の一件は蒸し返されたりしたでしょうか?

それに秋篠宮はこの頃私的行動を優先して公務を欠席したり、宮中儀式でもTPOに反した格好をするなどという事実があったのですから、東宮家アンチ・秋篠宮家シンパが言うような
「公務をきちんとしているからこういう贅沢も許される!」という言い訳や擁護も全く通用しません。

秋篠宮様の成績が良くなかった件も割と有名ですが、これも後ほど上げる予定であるブログ記事と関連してきます。

「皇族やめる」という発言、紀子妃との婚約の件も、後ほどブログに順次掲載する予定です。

秋篠宮様のこのようなお振る舞いに血税が使われることへの怒りで記事は締めくくられていますが、
今でもこの話が通用してしまうのが恐ろしい所です。しかも金額は更に増やされる予定なのですから。


なお、「噂の真相」は2004年4月号を最後に休刊となっています。
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