「秋篠宮眞子」に「宮さま」??眞子様婚約会見の奇妙さ

9月3日は北朝鮮の核実験など深刻な問題が起きましたが、ほぼ予定通り眞子様と小室さんの婚約会見が執り行われました。まずはお二人とも婚約おめでとうございます。

下記URLにその婚約会見の全文が2回にわたって掲載されています(産経新聞)。

http://www.sankei.com/life/news/170903/lif1709030037-n1.html(上)
http://www.sankei.com/life/news/170903/lif1709030046-n1.html(下)

上記会見の中で、いくつか気になった箇所があるのですが、最も「これはちょっと…」と感じたのは
小室さんが眞子様を何回も「宮さま」と呼んでいたことです。

宮さまと同様に、心の中に大事にとどめたく存じます
宮さまはイギリスへ、私はアメリカへ1年間留学し
>私から宮さまに『将来結婚しましょう』というように申し上げました
宮さまとたびたびお会いするようになりましてから
>思わず宮さまにお電話をいたしました
宮さまにお電話をおかけしています
宮さまにお幸せになっていただけるよう努めるように
宮さまはそれらのことを感じさせない配慮を常に私にしてくださり

と、これだけ「宮さま」を連発してしまっています。

「宮さま」という字を見ればわかるように、これはあくまでも「〇〇宮」という御称号や宮号をお持ちの皇族方をお呼びする際に使われるのが本来の正しいあり方です。
秋篠宮家の中で「宮さま」とは、秋篠「宮」という宮号を持たれる眞子様のお父様だけです。
眞子様の場合「秋篠宮」は苗字でもなんでもないので、ただ「眞子様」とお呼びするか、「眞子内親王殿下」とお呼びするのが正しいと思います。
それなのに小室さんはあろうことか眞子様を「宮さま」と呼んでしまったのです。

小室さんは眞子様との会見に臨む前、何回も打ち合わせをしてきたと報じられていました。
もし小室さんが眞子様を「宮さま」と呼んだのなら、本当は眞子様ご本人やご両親である秋篠宮ご夫妻、宮内庁職員などが「宮さまは間違いなので、眞子(様)にしてください」と訂正しなければならなかったと思うのです。

ところが。驚くべきことに、ご両親である秋篠宮ご夫妻自身が、ご自分たちの長女のことを「秋篠宮眞子」と呼んでいたことが判明しています。
上記会見の中にも

>両親が『秋篠宮眞子の父です』『母です』と自己紹介をしていた

と眞子様がお話になっていますし、
宮内庁HPに秋篠宮ご夫妻からのメッセージが掲載されていますが、その中身はこのようになっていました。

http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/03/gokekkon/konyaku-gokansou.html

眞子内親王殿下のご婚約内定関係
文仁親王同妃両殿下御感想

本日、天皇陛下のご裁可をいただき,私たちの長女,秋篠宮眞子と小室圭さんとの婚約が内定いたしました。
小室さんと娘は,約5年の歳月をかけて,双方の気持ちを確認しながら結婚に向けての話を進めてきました。内定までの5年は,私たちの時よりも長い期間になり,二人の意思を確認するのには十分な時間であったことと思います。私たちは,その二人の意思を喜んで尊重いたしました。
本日は,あくまで婚約が内定したことの発表であり,今後いくつかの行事を経て結婚ということになります。私たち家族は,その日を迎えることを楽しみにしております。


これは、長年皇族をなさってる方々にしては相当「お粗末」としか言いようがない誤りではないかと思いました。
普通に「私たちの長女、眞子と小室さんとの婚約が…」で良かったのに、なぜわざわざ「秋篠宮眞子」という呼び方をしたのか理解に苦しみます。

これはあくまで私の想像ですが…秋篠宮ご夫妻は悠仁様ご誕生後、事あるごとに東宮ご一家に張り合い、自分たちを東宮家と同格かそれ以上の待遇にしてほしいという要望を言い続けてきました。それは当ブログでも検証した通りです。
東宮家の一人子である敬宮愛子内親王殿下は、天皇家のお子にしか授けられない御称号=敬宮をお持ちでいらっしゃいます。その一方で眞子様・佳子様・悠仁様は天皇家のお子ではないので、御称号はありません。そして「秋篠宮」は独立して生計を営むことになった礼宮に授けられた宮号であり、紀子妃はもちろん、眞子様もほかのお子様も、「秋篠宮」を名乗ることは本来はできないのです。
「〇〇宮」という御称号はまさに「天皇家のお子」にだけ授けられるものであるので、この御称号があるかないかで皇室の序列や身分が一目瞭然になるのです。

昭和の時代は天皇家のお子様方はきちんと浩宮様・礼宮様・紀宮様という御称号で呼ばれていました。
しかし敬宮愛子様はどういう理由か、マスコミも宮内庁も「敬宮様」とお呼びしたことはほとんどなく「愛子様」で通してしまっています。
敬宮様と眞子・佳子・悠仁様を同格扱いにしたい“誰か”の狙いをどうしても感じてしまうのです。

秋篠宮ご夫妻が「秋篠宮眞子」呼びを公に向けてコメントしてしまったのも、小室さんに「宮さま」呼びを通させてしまったのも、御称号も宮号も持たない眞子様にも「そういうものがある」という誤解を与え、眞子様も「宮さま」なのだ!という誤った認識を一部の国民に植え付けようという魂胆があったのではないか?と推測するのです。
現に少なくない国民が「眞子様を宮さまと呼ぶことの何がいけないのか?」とか「秋篠宮眞子でもいいんじゃないの?」のような勘違いをしてしまっているようなのです。
秋篠宮家の狙いは、まさにそこにあります。
「宮さま呼びは間違い」「秋篠宮眞子呼びも間違い」という一部の国民からの正しい指摘など無視して、皇室について詳しくない人々に誤った認識を植え付けることが主眼だったのだろうと予想するのです。


もちろん、眞子様が学校生活や社会人生活を送る上で「秋篠宮眞子」という呼び方を便宜上使わざるをえない場面はあったでしょう。
(小室さんは学習院出身ではないので眞子様を「宮さま」と呼んだことはないと思われます。週刊誌では「まあちゃん」と呼んでいると書かれていたように思います)
しかし、公に向けた場で「秋篠宮眞子」「宮さま」と呼ぶことは明らかにおかしいですし、あまりにもけじめが無さすぎで驚愕しています。
敬宮愛子様が天皇家のお子のおしるしである御称号を持たれ、真に「宮さま」と呼ばれることが相当悔しかったとは言え、「ウチの眞子も同じようにしてあげる」という発想はあまりにも滑稽で失笑ものです。
本当に秋篠宮ご夫妻は愚かだなという印象がますます強くなりました。

余談ですが、婚約会見では小室さんは

>奥野総合法律事務所・外国法共同事業にて正規職員として働いている傍ら

と自分を称していましたが、わざわざ「正規職員」という文言を入れなければならなかったほど「非正規のバイト君」と揶揄されていたことを気にしていたんだろうか、と感じました。事務所が気遣って小室さんを正規扱いにしてくれたのでしょうか…

いずれにせよ、私は眞子様と小室さんは、今後の若い夫婦の良いモデルになってほしいと感じています。
眞子様も専業主婦でなくバリバリ働けばいいし、料理が得意そうな小室さんが家事をやってもいいでしょう。家事と育児と仕事を二人でうまく分担する理想の夫婦像をどうか作り上げていってほしいと願います。
くれぐれも女性宮家や税金をあてにするのは無しということで。

番外編:加計学園問題と皇室の闇

礼宮様と川嶋紀子さんの婚約関連ネタはまだあるのですが、今回は一時中断して世間を騒がせている加計学園問題で「皇室に関連すること」を一度記録してまとめておきたいと思いました。

加計学園と森友問題の詳細については、詳しく解説してくれている良いサイトがたくさんあると思いますのでそちらに譲りたいと思います。当ブログでは皇室に関する部分のみを取り上げ、記録しておきます。

当初、加計学園の一件は森友学園と同様の(それ以上に深刻な)問題点を孕んでいると言われていたにも関わらず報道が少なく多くの国民から不審に思われていましたが、その後朝日新聞がスクープしたことを契機に、徐々に報道量も増えていきました。

しかし、加計学園のニュースは相変わらず重要なことをまだ伏せたままです。

その「重要なこと」とは、加計学園の件は美智子皇后陛下の親戚筋の人と、秋篠宮様が関わっているという問題です。


まず加計学園は当初、「大原謙一郎」氏という人物が理事として名前を連ねていました。
「赤木靖春」氏と「越宗孝昌」氏の間に名前がきちんと入っています。
加計学園理事に名を連ねていた大原謙一郎氏

しかし現在、加計学園の「役員一覧」を見ても大原氏の名前は見当たりません。
ttp://www.kake.ac.jp/disclosure/trustee.html

それではこの「大原謙一郎」氏とは一体どういう人物なのか?
美智子皇后陛下には、正田修氏という実弟がいます。
そして正田修氏は、大原謙一郎氏の実妹と結婚しています。
つまり大原謙一郎氏は、正田修氏の義兄に当たる人ということになります。


そして大原謙一郎氏は、岡山県倉敷市にある大原美術館の理事長を務めていた人でもあります。
2015年(平成27年)2月28日から3月1日にかけて、秋篠宮様と次女の佳子様が「公務」として同美術館及び大原家本邸・大原美術館工芸等を訪れています。

この時にお二人をご案内した白髪の男性が大原謙一郎氏です。
大原謙一郎氏と秋篠宮様、佳子様
(朝日ニュースより)

右の杖をついている長身の男性が、正田修氏のようです。
正田修夫妻と思われる人物
(朝日ニュースより)

※この時期は丁度英国のウィリアム王子が来日している最中でしたが、なぜか秋篠宮様と佳子様にはわざわざこの倉敷公務が割り当てられ(大原美術館側の招待ではなく、宮内庁サイドから秋篠宮様らをそちらに行かせてほしいと依頼したという説も)、秋篠宮様らはウィリアム王子には一度も会えていないようなのです。両陛下と東宮ご一家は2月27日にウィリアム王子と接見しています。なお秋篠宮ご夫妻は2月26~27日は結核予防全国大会で福岡県に行かれており、どのみちウィリアム王子には会えていません。

秋篠宮様は同じ平成27年の6月11日から「全日本愛瓢会総会・展示会」臨席のため「公務」として再び岡山入りしていますが、その瓢箪の作品を展示していた会場が加計学園の国際交流会館だったのです。この時に秋篠宮様は岡山理科大学にも行かれ、加計学園の概要を聴取しています(岡山理科大学は加計学園グループです)。
秋篠宮様加計学園訪問
(宮内庁HPより)

秋篠宮様 加計学園 瓢箪1
秋篠宮様 加計学園 瓢箪2
(NHKニュースより)

秋篠宮様は全日本愛瓢会の名誉総裁を務めている関係で以前から何度も瓢箪公務に出ていらしたので、今回の加計学園視察は「たまたま」だったという見方もできるかもしれません。しかしこの当時は間違いなく大原謙一郎氏が加計学園の理事に名を連ねており、大原氏と会ったわずか3か月後に再び岡山入りして大原氏が理事を務める加計学園の概要まで聞くことを「たまたま」と考えることができるでしょうか?

加計学園の件が取り沙汰された後、大原謙一郎氏の名前がHPの役員一覧から速攻で削除されてしまったことは一体何を表しているのでしょうか。

ちなみに加計学園は獣医学部新設のための土地の無償譲渡が問題となっていますが、紀子妃の実弟である川嶋舟氏は麻布大学獣医学部卒業で獣医師免許を持っています。
これもただの偶然とは思えないものを感じます。

ネットでは加計学園と秋篠宮様の関連がかなり周知されてきていると思いますが、加計学園の理事であった大原氏が美智子皇后陛下の親戚筋であるという点はまだそこまで広く知られているとは言えないと感じています。

テレビでは到底取り上げられることのない、ひとつの「闇」がそこにあります。

秋篠宮様のご希望を「忖度」した?生前退位法案

しばらくの間、礼宮様と川嶋紀子さんの婚約問題について記事を書いていく予定でしたが、本日は臨時記事として、23日付の毎日新聞の記事を取り上げさせていただきたいと思います。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170523-00000013-mai-soci

<退位>「皇太子」称号に難色 秋篠宮さま意向で見送り
5/23(火) 8:00配信

天皇陛下の退位が実現し、皇太子さまが即位された場合に皇位継承順位1位となる秋篠宮さまについて「皇太子」の称号が見送られた背景に、秋篠宮さまの意向があったことが明らかになった。
退位を巡る政府の有識者会議は、4月21日に首相に最終報告書を提出した。報告は秋篠宮さまを現在の皇太子さま並みの待遇とし、「皇嗣殿下」などの称号を提案した。

政府関係者によると、有識者会議では、当初は秋篠宮さまの称号を皇太子とする案が有力だった。3月のヒアリングでは専門家から「皇室典範を改正しなくても、秋篠宮さまを皇太子とすることが可能だ」との発言があった。4月4日の会議では委員から「歴史上は次期皇位継承者は兄弟でも皇太子と称されることが大半だった」との意見が出た。

しかし、報告をとりまとめる前の4月に官邸幹部から有識者会議の関係者に対し、秋篠宮さまの称号を「皇嗣殿下」などとする案が示された。政府関係者によると、秋篠宮さまは周囲に、自身が皇太子として育てられていないことを理由に、皇太子の称号に難色を示したという。

(記事ここまで)

生前退位法案の中で秋篠宮様が「皇太子」でもなく「皇太弟」でもなく「皇嗣殿下」でもなく、呼称は「秋篠宮」のままで予算や職員の面で「皇嗣」扱いとされるという方向に内容が決まったことは報道済みでしたが、まさか秋篠宮様ご自身が「皇太子」等の称号に難色を示していたことはこのニュースで初めて知りました。

「自身が皇太子として育てられていないことを理由」に秋篠宮様がご自身の称号が変わることに難色を示したという部分は、一見すると「秋篠宮様はご自分のお立場をわきまえている・謙虚な判断をされた」と錯覚してしまいそうです。

しかし一方でこの報道は、有識者会議や政府が秋篠宮様のご意向を「忖度」したということの表れでもあります。

秋篠宮様が難色を示したのは、あくまでも「皇太子」という呼称になることだけ。皇位継承権1位を保持すること、予算や職員が大幅に増えることについては難色を示さなかったということでしょうか。この点についてはどんなに国民からの批判があっても、ついに覆ることはありませんでしたから。

「皇太子」という称号には難色を示したのに「皇嗣」と呼ばれることについては何も言わない、というのも、秋篠宮様のお考えに一貫したものは感じられません。

秋篠宮様は「自分は皇太子でないので祭祀など心身の負担が大きい重責は担わないけど、皇位継承順位1位だからそれなりの待遇はほしい。だから予算や職員が増えることには反対しない。秋篠宮という呼称のままでいられれば、一宮家として従来通り自由気ままなお気楽生活が送れる」とお考えになっている?という見方もできてしまいますね。

番外編:川嶋辰彦教授の御所怒鳴り込み

週刊新潮は1996年6月20日号で、秋篠宮様のタイ関連記事で続報?と言える記事を出しています。

『天皇陛下突如の御静養の背景に秋篠宮殿下』というタイトルです。
内容的には秋篠宮様より川嶋教授の方がメインだったので、「番外編」に分類しました。

(引用開始)
>天皇陛下が「前庭神経炎」という聞きなれない病気で、突如、ご静養されることになった。
>ある宮内庁関係者は陛下が一番心を痛めているのは、やはり秋篠宮殿下の一件だと打ち明ける。

>「川嶋教授が一人で御所を訪れたのは、四月二十一日の日曜日。
秋篠宮殿下が、まだタイをご訪問中の時でした。この日は午後三時から、陛下のプライベートな
>アポイントメントが入っており、その相手が川嶋教授だったのです。
もちろんこれまでにも、川嶋教授は何度も御所を訪れて、両陛下とお話や会食をされているのですが、
>この時ばかりはそんな和やかなものではありませんでした。
>有体に申し上げれば、紀子妃殿下の父親として、秋篠宮殿下の女性問題を問い質すため、
御所に怒鳴り込んで来られたようなものですから
教授が帰った後の陛下は、随分と沈んだご様子だったという。


川嶋辰彦教授は言うまでもなく紀子妃の実父です。川嶋教授、かなり無遠慮に御所にしょっちゅう出入りしていた感じですね。娘の紀子妃を不憫に思ったとしても、秋篠宮様が不在の時に御所に怒鳴り込みに行くのはかなりやり過ぎだと思います。
それに雅子様は結婚後めったに小和田夫妻とお会いできていないのにバッシングされてきたのに対し、紀子妃の方は川嶋教授が何度も御所に出入りしていても叩かれたことはありません。こういう点でもマスコミ報道に偏りがありますね。

記事は川嶋教授について触れる形で続きます。

>川嶋教授をよく知る学習院のOBは言う。
>「考え方が西洋的というか、周囲の状況を気にせずに、自分の思った通りのことを言う方ですから、
>相手が誰であっても、その弁舌は全くひるまない。
それはおそらく陛下に対して同じで、何か言いたいことがあって御所に赴いたとしても、
>彼にとって相手が天皇であるという意識はなく、娘のご主人の親御さん、という
>感覚なのだろうと思いますよ


>実際、川嶋教授が秋篠宮殿下ご夫妻に関して、陛下に言わば「苦言」を呈したことは、何も今回が初めてではない。

>「それは遡れば、平成2年に秋篠宮さまと紀子さまがご結婚される前にもありましたし、
長女の眞子さまがお生まれになってからもありました。
>でも、それも結局は、いつも秋篠宮さまのわがままや自分勝手のため、紀子さまが辛い思いをされているためで、
>火種は秋篠宮さまの方にあるんです」と川嶋家に近い事情通はこう語る。

>「四月二十一日の件にしても辰彦さんが心配されて、
>“秋篠宮さまについて、こういう報道があるが、どういうことなのでしょうか”と陛下にお尋ねになったと聞いています。

>いくら皇室に差し上げたお子様とはいえ、それは父親として当然のことでしょう。
>にもかかわらず、秋篠宮さまご本人はまったく気にしていらっしゃらないのか、
>その後もご友人とのお酒の席で “ ああ、ボクにはタイに彼女がいるんだよ ” と公言されたという話も伝わっています。


この記事は川嶋教授の「御所怒鳴り込み」を「娘を思う父親なら仕方ないこと」とまるで擁護する感じですが、もし同じことを小和田氏が行ったらたちまち「小和田は御所に乗り込みあろうことか陛下に盾突いた!不敬だ!」と罵られたことでしょう。
そしてこの記事は川嶋教授の「天皇を天皇と思わない姿勢」をサラッと述べていますが、こういう姿勢こそ右翼に目を付けられそうな感じなのに、川嶋教授が右翼や保守から攻撃を受けたという話も聞いたことがありません。
といいますかそもそもこのような思想を持った人物がいる家庭で育った娘が、よくぞ皇室などに嫁げたものだと今更ながら呆れ果てています。

記事は秋篠宮ご夫妻の不仲に言及していきます。

>記者会見では笑いながら“夫婦喧嘩はしょっちゅうします”と話されていたお二人ですが、
>本当は紀子さまの方が、かなり我慢されているんですよ」
>たしかに、これでは陛下のご心痛も増すばかりだろう。だが、仲には事態をさらに深刻に受け止めているムキもある。
>さるベテラン皇室記者が語るには、
>「このままでは秋篠宮ご夫妻の仲が、ますますギクシャクしていくのではないか、
>という話は宮内庁職員や他の宮家でも、かなり以前から語られていることです。
>巷間、言われているような秋篠宮殿下の浮気が原因かどうかはわかりませんが、
>とにかくあのお宅は、家の前を通ると、殿下が紀子さまに向かって、外に漏れるぐらいの大声で 
>“ お前は何も分かってない。もう出て行け ” という怒鳴り声が聞こえるほどだそうです。


紀子さまもたびたびお里帰りをされていますが、
>このままでは英国王室の二の舞になりかねない、という声すら出ています」


外にまで漏れるほど大声で喧嘩するとは、かなり恥ずかしい皇族ですよね…。
秋篠宮様の「お前は何も分かっていない」というセリフにはどういう意味が込められているのでしょうね。
確かに紀子妃は民間人、しかもそれほど裕福でない家庭で育った普通の娘さんでしたから、皇室や皇族のことを何も分かっていないのはむしろ当然だったかもしれません。
この件は前後のやりとりを見ないと何とも言えませんけどね。
そして紀子妃は秋篠宮様と喧嘩をすると、里帰りしていたのですね。
雅子様は皇室で色々な苦悩を抱えても、お里帰りは滅多にされませんでしたが。
こういう点でも紀子妃はかなり自由で恵まれていたのではないかと思われます。


そして記事の最後は、皇太子殿下に帝王教育を授けた濱尾実元侍従の言葉で締めくくられています。

>元東宮侍従で教育評論家の浜尾実氏も、
>「今回の陛下のご病気に関しては、詳しい症状などは分かりませんが、
>もしご公務のお忙しさに加えて、ご心労ということがあったとすれば、
>それは秋篠宮さまのご行状がひとつの要因であるということは否定できません」
>とこう話す。

>「お小さい頃から、皇太子さまと秋篠宮さまはご性格も違って、
>皇太子さまが転んで涙を浮かべて耐えているのに対して、
>秋篠宮さまはまさに天真爛漫といいましょうか、滑っては泣き、転んでは泣きという方でした。
>そんなお二人を皇后陛下は同じようにお育てになりましたが、やはりそこは
将来のお立場から考えても、秋篠宮さまの方がずっとご自由であったのは事実です。
>しかし、いつまでも天真爛漫というわけにはいきません。
>この前の晩餐会の件もそうですが、あれなどは許されないことですよ。
>私としては秋篠宮さまは、どうもご公務より遊んでいらっしゃることの方が多いように思えます。

>時には、皇籍離脱を口にして、やんちゃぶりを発揮してきた次男坊殿下だが陛下のご静養をどう見ておられるのだろう。


(引用終わり)

濱尾侍従は、当初は秋篠宮様にも帝王学を授けようと試みたようですが、秋篠宮様にまったく素質がなくて断念したということを聞いたことがあります。このことは上記コメントからも何となく想像できます。
「公務よりも遊んでいらっしゃることの方が多い!」とは、何とも手厳しい(笑)。今では秋篠宮様はなぜか「公務をしっかりなさっている」と称賛されることが多いですが、宮内庁HPの日程を見ればそこまで大したことをなさっていないことが分かります。
★いつか、宮内庁HPの日程を手掛かりに秋篠宮様の公務を検証するページも設けてみたいと考えています。

で、肝心の陛下の突然のご静養の原因ですが…
確かに秋篠宮様の行状が間接的な原因になっているのは事実だと思うのですが、私は直接的な原因は、川嶋教授の御所怒鳴り込みだったのではないかと思ってしまうのです。

一体陛下はどれだけ怖い思いをされたのでしょうか?
改めて、陛下に対して平気で盾突ける川嶋教授はどれだけ無遠慮な人なんだと思いましたね。
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