FC2ブログ

秋篠宮様と眞子様、繰り返す「お気楽親子旅行」

先月、秋篠宮様と眞子様が親子二人でハンガリー私的旅行に出かけたことは記憶に新しいですが、眞子様が婚約したことを受けて「父娘最後の水入らず親子旅か」などと言われていました。
秋篠宮様と眞子様は気が合うのか、以前から度々二人だけで私的旅行に出かけていたことがあります。
今回はその件に関する記事をご紹介したいと思います。

週刊新潮2007年8月9日号

ワイド特集 日本人の矜持
秋篠宮家「マダガスカル」 皇太子家「未定」という夏休み


いつもなら皇族方もそろそろ夏休みに入られる頃だが、今年は例年と少し異なる。天皇皇后両陛下は、中越沖地震の被災地への慰問を優先され、静養なさるのはその後ということになりそうだ。秋篠宮さまは長女の眞子さまを伴ってアフリカ旅行を計画中だが、一方、皇太子家の静養の発表はどういうわけかいつもより遅れている。

先日、天皇皇后両陛下の中越沖地震の被災地への訪問は、8月8日に決定と報じられた。
「両陛下は8月1日から須崎御用邸で静養なさる、と聞いていましたが、災害に遭われた方を考慮されて中止にされたのでしょう。地震のため多くの人が亡くなったり、避難所生活をしているのに、自分たちだけが御用邸でゆっくりと静養することはできない、と考えられたのでしょうね。喜びも悲しみも国民と共有したいという両陛下のお考えからすれば、ある意味で当たり前の判断です」
と話すのは皇室レポーターの高清水有子さん。
「でも、両陛下はご高齢ですから、普段のご公務に加えて、夏の新潟慰問となれば体調が心配です。たまの夏休みにはゆっくりして頂きたいというのが国民としての願いですね」
皇室担当記者によれば、
「9月に入ってから那須御用邸に行かれることになると思いますね」
日頃の公務の疲れを癒していただきたいところだが、皇族の中で特に熱心に公務に励まれているのが秋篠宮さま。この夏、アフリカのマダガスカルへ旅行に行く計画だという。
「8月下旬に、眞子さまを連れて出発すると聞いています。秋篠宮さまは礼宮時代の90年にケニアとマダガスカルを旅行していますが、眞子さまにも若いうちに色々な経験をさせてあげたいとのご意向でマダガスカル行きへの同伴を決めたようです」
というのは皇室ジャーナリストの一人である。
「まだ悠仁さまが小さいですから、紀子さまと佳子さまは留守番ということになります。秋篠宮さまは山階鳥類研究所の総裁を務め、生き物文化誌学会に参加するほどの動物好きです。今回は生物の研究を兼ねての旅行となるようです。でも、この旅行はやはり昨年、悠仁さまが生まれた秋篠宮家に対する労いという意味もあると思います。公務もかなりの量をこなしてらっしゃいますしね」

◆那須の御用邸で

一方、皇太子ご一家の夏休みの日程はどうなっているのだろうか。
「8月8日に両陛下が被災地に行かれた後、公表されると思います。しかし、昨年のように海外で静養ということはまずいない。オランダに行ったことで雅子さまの状態は良くなったと説明されましたが、完全な形での公務復帰をまだ果たしてはいません。しかも、国内にいくつも広大な御用邸があるのに海外に行く必要があるのか、という厳しい声があるのも事実です」
というのは先の皇室担当記者である。
「恐らく皇太子ご一家は、8月11日から20日頃まで那須御用邸で過ごすということになります。日程の発表が遅いのは、やはり両陛下が被災地を慰問に行かれるのを考慮してのことだと思います。皇太子さまにも被災地をお見舞いしたいというお気持ちがあると言いますが、やはり雅子さまの体調を考えると難しいのでしょう。ご一家は那須御用邸で休まれることになるでしょう。那須には雅子さまお気に入りのイタリア料理店もあるし、お取り寄せのできるパン屋さんもあります」
秋篠宮家はマダガスカルへの旅。皇太子家は未だ公表されず。何とも対照的である。
(記事終わり)


上記記事は東宮ご一家と秋篠宮家との余計な「比較」をわざわざ入れていますが、内容は何ということはない、東宮ご一家は被災した国民にきちんとご配慮し、また両陛下のスケジュールも決まらないうちに先にご自分たちの(静養)スケジュールを決めることはできないと、お立場をわきまえていらっしゃることを述べているにすぎません。

それに対して秋篠宮様と眞子様のマダガスカル行きに関しては、以下のことを暴露しているにすぎません。

●秋篠宮様が動物好きだからまたマダガスカルに行きたいと思っている(行きたいと言えば容易に実現してしまう)。
●長女の眞子様に海外など色々なことを経験させてあげたいので長女だけ連れて行く(長女だけ依怙贔屓!)。
●2007年中越地震の被災者のことなど考慮しません(自粛せず好きなところに行きます)。
●両陛下や東宮ご一家の静養スケジュールなど関係ありません(格上の方々よりも先に予定を決めます)。
●悠仁様(男子)を誕生させたねぎらいの意味もあるから海外に行って羽根を伸ばしてもよい(なんだそりゃ)。
●公務もこなしているから海外行きも許される(秋篠宮様の公務は皇太子殿下よりも少ないのが実情なのに?)。
●でも紀子妃と佳子様・悠仁様はお留守番していてください(だからなんでそうなる?)


正直なところ、どこにも秋篠宮様(と眞子様)を擁護する要素などないと思います。それなのに新潮がどことなく東宮ご一家にネガティブで、秋篠宮親子に好意的な感じに記事を書いている意図が理解できません。

前回の秋篠宮様単独「世界一周旅行」記事でも書かれていましたが、「秋篠宮家に男子が誕生したから“ご褒美”“ねぎらい”で秋篠宮様(と眞子様)を海外に行かせてあげる」という発想に非常に違和感があります。
なんでそういう“恩恵”を受けるのがいつも秋篠宮様「だけ」になるのでしょうか??

新潮はこれらの記事を書きながら「なんかおかしいな」と疑問を抱かないんでしょうか。

仮に東宮ご夫妻に男子がお生まれになっていたとしても、「じゃあ東宮ご夫妻に“ご褒美”の海外旅行をさせてあげましょう!」などということは起こらないのではないかと思うのです。
そもそも東宮ご夫妻はそんな“ご褒美”とか“ねぎらい”とかいうくだらない理由だけで、自由にあちこち行けるお立場ではないのですから。海外に行かれるにも無駄のないスケジュールの公務で、とか、王室からご招待を受けて初めて行けるとか、色々と制約が生じるはずです。秋篠宮様のように「動物が見たいから行く!」「過去に行ったことがあって楽しかったからまた行きたい!」「今度は我が子を連れて行きたい!」などのフラフラした理由でお気楽に海外に行くことなどできないのです。

秋篠宮様は、ただの一宮家の当主として常にお気楽にあちこち出かけられるご身分であり、それは昔も今も変わっていないとしか言いようがありません。
現に冒頭で触れた親子ハンガリー旅行だってそういう類のお気楽旅行だったのですし。

ご本人たちは「研究のため」「視察もする」という言い訳で必死に「遊びではありません!」と取り繕ってはいても、実態を見ればそんなものは小細工だということがバレバレなんですよ。

何度も繰り返しますが、秋篠宮様が次代で皇嗣待遇とやらになったとして、このお気楽さを手放せるとはとても思えません。
皇嗣としてのメリットと、一宮家当主としてのメリットの双方の良い所どりを狙っているのが事実ではないでしょうか。
そんな狡くてセコい皇族なんていりません。気楽に生きたければそれこそ皇籍離脱すればいいのです。

男子を誕生させたので秋篠宮様だけ「ご褒美旅行」??

前回のゴキブリ記事より前の記事になりますが「秋篠宮様と海外旅行」と言えば、避けて通れない記事が出たことがありました。
詳細はこれからご紹介する記事をお読みいただければお分かりになると思いますが、おそらく秋篠宮家が一番「調子に乗っていた」時期のお話となるでしょう。

週刊新潮2006年11月16日号

ワイド特集 続・「人生の答」の出し方
「ご褒美旅行」と言われる秋篠宮殿下の「世界一周外遊」


ユーラシア大陸を横断して欧州へ。さらに大西洋を越えて南米に飛び、太平洋を渡り帰国の途へ―。地球をぐるり一回りなさった秋篠宮殿下。その旅にはなんと“ご褒美”の含意があったというのだが…。

秋篠宮殿下は10月30日に日本を発って今月7日に帰国、9日間の旅を終えられた。日程は順にフランスはパリ、南米のパラグアイとチリ、さらにはニュージーランド(以下NZ)を回るというもの。
「皇族が一度に三大州をお訪ねになるのは、過去に例がありません」(皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏)
実に壮大なる“世界一周旅行”だったのである。

ところで今回の外国訪問、真の目的は“パラグアイへ行くこと”にあったという。
「パラグアイ政府から殿下に対し“日本人の移住開始70周年の機会に、是非ともおいでいただきたい”との招待があったのです。その他の国々はあくまで“旅のついでのご訪問”だったと言えますね」(宮内庁記者)
しかし、本来であれば旅のついでの何もない。
「日本からパラグアイへ行くには通常二度の乗り継ぎが必要で、一般的なのは北米を回るルートですが」
と言うのは、パラグアイ大使館関係者。
「北米ルートを選択すれば、途中泊の必要もなく、30時間余りで到着できます」
それが殿下の場合は、世界各国を巡る一大旅行となっていた。何しろ最初にパリで一泊されてパラグアイへ、さらにチリをご訪問後にNZでもご一泊。強行軍の北米ルートに比べ、往復ともに宿泊を挟んだ“贅沢な”旅程が組まれたのだ。

◆博物館とテーマパーク

無論、パリやNZでのご公務はなし。まずはパリ。
「秋晴れの下、パリ日本文化会館に立ち寄られ、さらに国立自然史博物館をご訪問。そこで2時間ほど過ごされた殿下は、古生物学や動物学のギャラリーでさかんに写真を撮っておられたようです」(全国紙特派員)
そしてNZでも、
「南極の環境が再現されたテーマパークをお訪ねになりました。そこでは水面下に潜る乗物から氷の下で泳ぐペンギンを観察したり、水族館内のアクリル製トンネルから、エイや巨大イカを眺めたりすることができます」(現地在留邦人)
殿下はまたとない、ゆったりした時間を満喫されたようなのである。が、
「そこには、特段の配慮が秘められているんですよ」

とは、さる宮内庁関係者。
「この度の外国訪問は当初9月上旬に予定されていたのを、紀子さまのご出産があったため時期をずらして行ったものですが、訪問地の最初にパリが、最後にNZが選ばれたのはなぜなのか。時差調整の容易さを含め、殿下の“心身のご健康”を第一に考える宮内庁の判断があったのです」(同)
皇室ジャーナリストの河原敏明氏はこう解説する。
「今回の旅は、殿下のご希望も反映されているはずです。宮内庁では、殿下が最近、第三子のご誕生に見られるように、とりわけ国のために尽力されていることに鑑み、ご満足いただける旅程を組んだのではないかと思います」
まさに“ご褒美”の意味合いを含んだ世界旅行でもあったのだろう。決して雅子妃のご公務を真似たわけではなかったのである。
(記事終わり)


短い記事ですが、「男子(=悠仁様)誕生に貢献した秋篠宮様に対する、公務を伴わないご褒美旅行」ということがハッキリと書かれています。
まるで東宮ご夫妻に当てつけるようにこういう依怙贔屓のようなことを露骨に行う皇室や宮内庁に対しては、嫌悪感しかありません。

しかし、上記記事で疑問に感じるのは「なぜ“ご褒美”を受けるのが秋篠宮様だけなのか?」という点です。
紀子妃が悠仁様出産後で体調の回復や育児に時間を取られるから、という理由が考えられますが、紀子妃にだけ育児をやらせて亭主だけが一人で呑気にゆったり海外で羽根を伸ばすことが許されたというのも解せません。
本当に“ご褒美”なら、紀子妃も一緒に行かせてもおかしくないはずです。その点で私は、これは単なる“男子誕生のご褒美旅行”だけではないのでは?という素朴な疑問を抱いてしまうのです。
何となく、秋篠宮様のご機嫌を直すため・秋篠宮様を(別の理由で)労うため、という意図を感じてしまうのです。
それが何なのかは分かりませんしうまく言えないのですが、秋篠宮様をなだめなければいけない問題が何か起こったのでは?と感じてしまうのです。記事中の「殿下の心身のご健康を考えて…」という部分も意味深です。
もちろんこれは私個人の感想ですので実際の所は何とも言えませんが…

この時は紀子妃には「ご褒美旅行」はありませんでしたが、その後、秋篠宮ご夫妻の海外「公務」は以前と比較して格段に増加していきました。
雅子様が数年おきにしか海外に行かせてもらえないのと対照的に、秋篠宮ご夫妻は毎年のように海外に出かけ、余裕のあるスケジュールで観光を楽しんでいるようです(もっとも当人たちはいつも「過密スケジュールだ」と言い張っていますが)。
表向きは「公務」「相手国からの招待があったので」「国交樹立〇周年」みたいな大義がくっ付いていますが、実際のところは申し訳程度に要人との面会や式典出席などがあるだけで、残りはほとんど観光に費やされています。
秋篠宮ご夫妻にこれだけ余裕のあるスケジュールが組めるなら、東宮ご夫妻の時もそうできるでしょ?と思いたくなります。しかし、宮内庁からの回答はいつも「このスケジュールは今の雅子様には難しいので海外同行は見送る」というもの。
雅子様に対するスケジュールの配慮など微塵もやる気がないのが窺えます。

それにしても上記新潮記事の最後の一文「決して雅子妃のご公務を真似たわけではなかったのである。」の意味が分かりませんでした。唐突に書かれており意味不明です。雅子様がこんな「世界一周ゆったり旅行」などしたことがありますか?私は記憶にありません。
一体何を指して「雅子様の公務を真似たわけではない」という余計な一文をわざわざ入れるんでしょう。

「頭文字G」のあのイキモノが大事!

9月25日、秋篠宮ご夫妻がチリに旅立ちましたが、ご夫妻は過去の海外行きについても色々と妙な話題や問題を振りまいていました。
ここ最近のブログのテーマはずっと紀子妃がメインになってしまいましたが、今回は久しぶりに秋篠宮家当主様が主役として登場です。これまた久しぶりに「タイ行き」が内容となっています。

週刊新潮 2007年4月19日号

「タイ」を14回も訪問されている「秋篠宮殿下」


日本とタイは1887年に国交を樹立して以来、今年で120周年を迎える。もともと日本の皇室とタイ王室とは関係が深いが、もっぱら両国の友好関係に貢献しているのが秋篠宮殿下である。なにしろ近年では1年おきに現地を訪問し、この3月にも、2人の内親王の卒業式を欠席してまでお出かけになったのだ。これまでタイを訪問された回数は、14回!

3月18日の日曜日、学習院初等科の卒業式が行われ、秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが同校を卒業された。
初等科は1クラス42~43人で、東、中、西の3クラス。佳子さまは中組である。
その日、父兄が見守る中、講堂に卒業生が入場。君が代、校歌を斉唱した後、院長の祝辞があり、東組から順に卒業証書の授与が行われた。
父兄のひとりは話す。
「佳子さまは、中組女子のトップバッターです。“秋篠宮佳子内親王”と呼ばれると、“はい”と元気に返事をして卒業証書を受け取っていらっしゃいました。その様子を、紀子さまは微笑んで眺めておいででした。皇族だからといって特別扱いはされません。紀子さまも、一般の父兄に交じって講堂後ろの椅子に座っていらっしゃいました」
ところが、式には卒業生の両親が揃って出席する姿が目立っていたが、何故か秋篠宮殿下は欠席だった。
22日の木曜日、学習院女子中等科の卒業式が行われ、長女の眞子さまが卒業されたが、この日も出席されたのは紀子さまだけで、殿下の姿はなかった。
振り返ると、眞子さまの学習院初等科の卒業式にはご夫妻揃って出席されたし、佳子さまの学習院幼稚園の卒園式でもご夫妻が揃っていた。異例といえば異例の事態―。

その頃、殿下は単身、タイを訪問中だったのだ。
3月14日には成田を出発して、23日に帰国。どういう目的だったのか。
宮内庁宮務課によれば、
「今回のご旅行の目的は、HCMR秋篠宮研究プロジェクトの調査研究に係る会議へのご出席と現地調査、さらにキングモンクット工科大学名誉教授学位授与式へのご出席があり、またタイ国王、王妃両陛下にもご挨拶になっています」
HCMR秋篠宮研究プロジェクトとは、殿下が提案し、03年に発足した日タイ共同研究で、正式名称は「人と鶏の多面的関係研究プロジェクト」。平たく言えば、どのようにして野生の鶏が家禽になったのかを主要なテーマにして、民族生物学的見地から研究を進めている。同プロジェクトには、日タイ両国の10以上の大学や研究機関が参加し、タイのシリントーン王女が名誉総裁に、殿下が総裁に就任している。
内親王の卒業式を欠席し、タイ訪問を優先したのは、プロジェクトの会議の日程(3月16、17日)や関係者の都合を調整した結果であるという。
さて、どういう旅だったのか。今回のタイ訪問でも、殿下はバンコク市内にある常宿のナイラート・パーク・バンコク(旧ヒルトン・インターナショナル)に7泊した。
殿下が泊まられたのは、最上階の5階にある「プレジデンシャルスイート」(206平方㍍、2ベッドルーム、3バスルーム)。1泊最低でも1000㌦以上するが、警備の関係で4階も一般客は立ち入り禁止になっていた。

◆大好物は「リポ割り」

ホテルスタッフの話。
「殿下は今回、研究目的でいらしてたようで、ホテルにはほとんどいらっしゃいませんでした。朝早くから夜遅くまで、ずっと研究をなさっていたようです。私たちもほとんど顔を合わせることがなかったのですが、とても素敵な方で、フロントなどでお会いしたときにはニッコリと優しく微笑んでくださった。Tシャツにゆったりとしたパンツを穿かれて、とてもリラックスした雰囲気でしたよ」
ホテル内で食事したのは一度きりであったという。
「お食事はほとんど、外でなさっていたようです。一度だけ『ノーブルハウス』というホテル内の中華料理レストランで召し上がっていました。料理はカントン・キュイジーヌ、つまり、前衛的な広東料理というところでしょうか。予算は大体ひとり40㌦から50㌦。殿下は個室で数名の方とお食事をなさっていました」(同)
3月18日から19日には、バンコクから東へ約75㌔を車で移動し、チャチュンサオ県にある野生動物保護区内のゲストハウスに泊まって野外調査を行った。
「とにかく一日中研究に没頭されていたらしい。朝からジャングルに入り、翌日の朝まで、鳥の鳴き声に耳をすませていたとか。訪問中、遊びらしい遊びはされなかったと聞いています」(関係者)
3月20日には、バンコクから北西へ約100㌔にあるパンブリー県で野外調査の後、現地のホテルに宿泊し、翌日は、その100㌔南西のカーンチャナブリー県の農村を調査してからバンコク市内に戻った。移動は車で、かなりの強行軍だったようである。最終日の22日にキングモンクット工科大学ラークラバン校で名誉博士号を授与された。
タイでは、殿下は研究者としても著名だ。
「殿下は、幾度となくタイへ魚類や家禽類の調査で訪問され、その成果をいくつかの学術論文として発表されています。それらのことから、タイにおける水産振興や家禽学への貢献に対し、今回の授与を含め、7つの名誉博士号をお受けになっています」(宮内庁)
で、22日の深夜の便で機中泊し、翌早朝に帰国と相成ったわけなのだ。

それにしても殿下はタイ贔屓である。
03年には、紀子さまと2人の内親王を連れて観光地めぐりの家族旅行。05年には単身で、前出のプロジェクトに関連して鶏の現地調査のために訪問された。
殿下は、タイ産の「メコン・ウイスキー」が大好物である。先の関係者の話。
「殿下が来られたときには、大使公邸で食事会が開かれます。その際、殿下の前には現地で言う『リポ割り』が必ず置かれます。それは、メコン・ウイスキーをリポビタンDで割って飲むというもの。名前こそウイスキーですが、実際は米で作った焼酎みたいなもの。臭いがキツくて日本人には飲みにくいシロモノですが、殿下は若いときに屋台で飲み、“こんなにうまいものはない”とハマったそうです」

◆ナマズから鶏の研究へ

そもそもタイを最初に訪問されたのは85年、学習院大学2年のときで、地誌研究会の調査旅行だった。それ以来、タイの虜になったようである。
翌年に魚類研究のため友人と2人で再訪し、87年にもタイ産ナマズの研究でバンコクを訪れ、英国留学中の89年にはナマズ類の採取と標本作りが目的でタイ国内を旅行された。元々、殿下はナマズの研究で学位を取得しているが、タイに通ううちに鶏にも興味を持たれるようになった。タイ国内には、いまだに野生の鶏が生息しており、研究にはうってつけであるという。
「秋篠宮が鶏を本格的に研究するようになったのは、ご成婚前後の頃です」
と皇室記者は言うが、殿下が紀子さまと結婚されたのは90年6月。それ以後、今回まで夫婦で7回、単身で3回、タイを訪問されている。学生時代から数えると実に14回に及ぶのだ。
特定の国を訪問された回数では、皇族の中でも際立っている。天皇陛下を例に取ると、皇太子時代に23回の海外渡航で37カ国を訪問し、即位以後、06年のシンガポール、マレーシア、タイ訪問までの間に12回、20カ国を訪問されているが、おおむね欧米諸国を満遍なく回られているケースが多い。最多は米国と英国で4回。皇太子殿下も、74年の豪州旅行から06年の雅子妃とのオランダ静養までの間で26回、38カ国を訪問しているが、偏りがあるわけではない。最多はベルギーとスペインで4回。
秋篠宮殿下の場合は、これまで38回渡航し、38カ国を訪問。アジア諸国が多いのが特徴で、インドネシア、マレーシア、シンガポール、インド、スリランカ、モンゴルなど。38回の渡航のうちタイが14回というのは突出しているのである。ちなみに2番目に多いのがオランダで4回。

皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏は話す。
宮家を含め、皇族がひとつの国に通うというのは特異な例ではあります。が、研究対象であるナマズも鶏も、タイに生息している。タイに出向いて研究するしかないということが回数の多い理由だと思いますよ」
天皇陛下はハゼ類を、皇太子殿下は海上交通を研究されていたが、そのために外国訪問するケースは少ない。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は言う。
天皇は公務があるので、私的な研究目的で海外に行くのが難しい。また、天皇が公務で海外に出ているときは、今度は皇太子が代わりを務めることになります。その点、秋篠宮は、皇太子に比べて、より多く研究に時間を取ることができるといえるでしょう」
とはいえ物議を醸したタイ訪問もあった。
96年4月17日から23日にかけての単独訪問で、折しも来日していたクリントン米大統領夫妻を歓迎する宮中晩餐会を欠席。ナマズの研究のためとはいえ、公務よりも私的旅行を優先したことに批判が出たのである。同時に、度重なるタイ訪問に、殿下には懇意にしている現地の女性がいるというゴシップも流れた。当時、本誌はそのことを報じ、宮内庁から「事実無根」と抗議を受けた。
03年の家族旅行の際には、マスコミの取材に顔をしかめられたこともある。現地事情通の話。
「ご家族揃って初めてのタイ訪問ということで、ワイドショーをはじめ、メディアが追っかけ取材をしていました。お土産屋に寄ると、何を買ったかと取材をしたりして、殿下は“こういうのは本当に嫌だ”と物凄く嫌がり、“税金で買っていると言われるので買い物ができない”“ワイドショーがいないところで買い物がしたい”と嘆かれていました

◆ペットボトルのゴキブリ

このときの旅行では、珍騒動もあった。
「殿下のホテルのお部屋に、カサカサ動くゴキブリの入ったペットボトルがありました。こちらのゴキブリは日本のよりもふた回りほど大きい。色は黒で、10㌢ぐらいあります。どこかで捕まえたのではないでしょうかねえ。それを殿下は大事そうにして、周りに“すごいでしょ”と見せびらかしていました。このゴキブリ入りのペットボトルをある日、ルームキーパーが、掃除の際に捨ててしまったのです。まさか、そんなものをわざわざ飼っているなんて思いませんからね。で、大騒ぎでゴミを漁って、結局は、なんとか出てきたのですが。その時は、殿下本人よりも周りが大騒ぎしていました」(先の事情通)
ナマズに鶏―。ユーモラスな生き物に惹かれる殿下の人柄を表すエピソードといえようか。

そんな殿下の人気は、タイでは絶大である。
前出の松崎氏はこう語る。
「タイの土産物屋や露店では、チャールズ皇太子らと一緒に秋篠宮のブロマイドが販売されているほど、日本の皇室の中でも最もポピュラーな存在が秋篠宮です。さらに秋篠宮の結婚式にシリントーン王女が参列するなどタイ王室とも親しい間柄で、日タイ両国の友好に秋篠宮は大きく貢献しています。秋篠宮自身も、自分の皇室外交での役割を自覚して、積極的に取り組んでいるのでしょう」
それだけに、勢いタイ訪問の回数が多くなるというわけか。宮内庁記者は言う。
「秋篠宮のタイ訪問には、日本から報道陣が同行することはなく、現地のマスコミ取材で付いて歩くということもありません。それだけ秋篠宮も一目を気にせず、のびのびとできるのです。タイ訪問は、学問上の目的もありますが、息抜きの意味合いもあるのではないでしょうか」
いずれにせよ、兄の皇太子殿下には許されない「渡航記録」ではあった。


(記事終わり)

上記記事は全体的にあまり中身はないような気がしますが、秋篠宮様の異例ともいえる度重なるタイ訪問や、天皇陛下や皇太子殿下と比べると秋篠宮様は自由気ままに過ごせますよ、という点を再び取り上げている点が重要でしょう。何回も述べますが、このように若い頃から自由に好きに行動できていた秋篠宮様が、「皇嗣」扱いを受けて自由を制限されるような生活に、果たして我慢ができるのか?それとも「皇嗣待遇」とやらは皇位継承権や予算増額などでしっかりキープするが、皇太子殿下に課せられていたような制約の多い生活は一切しないでこれまで通り自由を満喫するつもりなのか?という大いなる疑問が残ります。
「皇嗣」と「ただの一宮家当主」の良い所どりの生活を狙っているならあまりにも国民を馬鹿にした話ではありませんか。

上記記事では、二人の娘たちの晴れ姿を見ることなくタイ行きを優先させたことも書かれています。
秋篠宮様ご本人としては「自分はタイに“仕事”に行くのだ。研究は“仕事”なのだ。世間一般の普通の父親たちだって仕事で海外に出かけることがあり、わが子の晴れ舞台を見られないケースは少なくない。自分もそのような“働く父”なのだ。だから娘たちもきっとわかってくれるだろう」という手前勝手な思い込みをしているかもしれません。現に秋篠宮様は過去に何度も「研究=仕事」という発言を残しています。
しかし、秋篠宮様がいくらご自分の研究を“仕事”と言い張っても、皇族の研究はあくまでも“私的活動の一環”にすぎず、研究を生業としている世間一般の父親(母親)たちとは明らかに異なります。ただの私的活動・趣味が高じているだけなのに、「父ちゃんは仕事で海外に行くんだぞ」という態度を取られても…と困惑してしまいます。

ところで、上記新潮記事で一番目を引くのは、やはり最後のゴキブリ部分でしょう。
大きなゴキブリをペットボトルに入れて大事に保管し、周囲に見せびらかしていた秋篠宮様はハッキリ言って「キモイ」です。
このペットボトルをうっかり処分してしまったルームキーパーの判断は別に間違っていなかったと思います。
これを後になって必死に探させたのは、おそらく秋篠宮様が「あのゴキブリが入ったペットボトル、どこ行ったんだよー!」と大騒ぎしたのが原因だったのではないでしょうか。もし秋篠宮様がまともな方なら、「ああ、あれ捨ててしまったの。いいよ、ゴキブリなんかゴミと間違えられても仕方ないものね」と言って済ませるように思うのです。しかし実際はわざわざゴミを漁らせて、見つけさせた。秋篠宮様が「探してくれ」と大騒ぎしたからにほかならないでしょう。
記事には「殿下本人よりも周りが大騒ぎしていました」と書かれていますが、宮様自らゴミを漁るとは思えず、周囲に探させてご自分は何もしないで誰かがペットボトルを見つけてくれるのを待っていただけだからそう見えただけでは?と感じます。

結局、秋篠宮様はこのゴキブリを日本に持ち帰ったのでしょうか。ゴキブリみたいな害虫、ましてや外国の害虫を、むやみに日本に持ち込んでいいはずがありません。
しかしこういうことも「皇族特権」とやらでパスできてしまうのでしょうか。本当に気持ち悪いです。

眞子様の母方親族について考える 6~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 後編

2回に分けて、週刊文春2006年3月2日号の記事である
『紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」』

をご紹介させていただきました。
この記事を巡って当時の宮内庁および皇室医務主管が「ある対応」をしたのですが、それがまた国民の怒りと疑問を増幅させるような酷いものでした。

以下、宮内庁・皇室医務主管からの「メッセージ」をご紹介します。

「文仁親王(秋篠宮)妃殿下ご懐妊について」

文仁親王(秋篠宮)妃紀子殿下には,ご懐妊のご模様につき拝診したところ,妊娠3ヶ月目との診断であり,これまでのご経過は順調であります。関係の方々のお喜びはいかばかりかと拝察いたします。
さる2月7日,このご慶事が一報道機関のスクープという思いがけない形で明らかになり, 宮内庁としても急遽発表せざるを得なくなったことについては,先に宮内庁長官が談話で遺憾の意を表わしたところです。
天皇皇后両陛下,文仁親王殿下すらが,テレビのテロップを見た人々からの通報でご懐妊をご承知になるという結果になりました。
この日の検査は,ご流産の可能性の方がやや高い中での,ご検査であり、1週間前の診断でそのことを知らされていらした妃殿下は,多大なご不安を持ってこれに臨まれました。しかもご検査終了後,しかるべき方々へのご報告がなされる時間的余裕もないまま,報道がなされたということに,妃殿下が如何に驚かれ動揺を覚えられたかは想像に難くありません。
さらにそれ以来今日まで,懐妊された一女性に向けられたものとは到底思えぬ,こころない報道が毎日のようになされる状態が続いています。
こうした事態によって,妃殿下に無用な精神的ご負担をお与えしていることは,誠に遺憾であります。
妃殿下の,これまでの2回のご懐妊・ご出産は極めて順調でした。従って,今回の3回目のご懐妊も順調であることを願っております。
けれども,今回のご懐妊は,30代後半でのご出産という初めてのご経験ですから,それに向けた様々なお心構えが必要になりますし,ご不安も多いことと拝察いたします。
ですから,順調なご出産をお迎え頂くためには,身体的にも精神的にも安寧で健やかな日々をお送り頂くことがもっとも大切なことであります。
そのような観点から,報道関係者の良識と配慮を期待します。
(平成18年2月24日)


上記宮内庁からのメッセージは、直接、紀子妃の従兄弟の建築詐欺事件に触れているわけではありませんし、もしかしたら当時これ以外の報道についても言いたいことがあったのかもしれません。
しかし、建築詐欺事件を掲載した文春は3月2日号であり(実際に店頭に並んだのは2月23~24日頃だと思われます)、宮内庁が上記「メッセージ」を出したのがそれとほぼ同時か直後の2月24日だという点から、宮内庁が釘を刺している報道はまさに建築詐欺に関する文春記事のことなのでしょう。

宮内庁がこの「メッセージ」を出して以来、紀子妃の従兄弟に関する後追い記事は全く出なくなりました。川嶋氏等を相手に民事裁判を起こした原田(仮名)さん一家がその後どうなったのか、勝訴なり和解なり金銭的な解決がきちんとなされたのか、その後川嶋氏たち詐欺を働いた者たちがどういう人生を歩むことになったのか、詳細は国民に伝わらなくなりました。

文春記事の内容に関しては私が特に解説を加えるまでもなく、ただただ酷すぎで「皇族の親族としてありえない、こんなことは一般家庭でもまず考えられない」の一言です。本当に、なぜこのような詐欺気質の親族がいるような女性が皇室に嫁いできたのか、国民の一人としてあまりにも嘆かわしい。残念ながら公訴時効の点で刑事事件にはできなかったようですが、仮に時効に間に合って原田さん(仮名)が川嶋氏などを刑事で訴えても、何らかの「忖度」が働いて不逮捕もしくは不起訴という結果になっていたかもしれませんね。
せめて民事訴訟の方では原告が勝っていてほしいですが、本当にこの裁判の行方はどうなったのか、気になります。

さて、宮内庁は宮内庁で、あまりにも紀子妃を異様に守っている感じがします。確かに3人目を高齢出産となれば妊婦に対する配慮はあってしかるべきですが、事実上の言論統制に等しいです。同じようにお子様を高齢でご懐妊・ご出産された雅子妃殿下に対して、宮内庁はここまで配慮してくれていたでしょうか?(当時ネット上で乱立していた大量の「雅子様流産祈願スレッド」についても宮内庁は何も対策を講じてはくれませんでした。)しかも雅子様はご病気で療養中の身でもありましたが、宮内庁からここまで「守って」もらえたことなど一度もないように感じます。現に今でも雅子様へのバッシング問題は放置されています。
雅子様は最初のお子様を、朝日新聞の岩井克己記者の早々のリークによって流産されています。その時のマスコミ報道の問題を踏まえて紀子妃に対する配慮になった一面もあるかもしれませんが、何かモヤモヤしたものが晴れないのです。
(岩井克己記者は紀子妃や秋篠宮様とも懇意ですが、雅子様の最初のご懐妊情報を誰から得てリークすることができたのか?という疑問もあるわけですから。)

また宮内庁は「紀子妃の三人目妊娠はマスコミの勝手なスクープにより明らかにされてしまった」と言い訳していますが、このスクープは紀子妃が内診を終えた直後に行われており、三人目妊娠が判明した時紀子妃のそばにマスコミ関係者が待機していなければ不可能なリーク(スクープ)でした。
そのあまりにも早い妊娠リークに、当時少なくない国民が「紀子妃が自ら内診台を降りてすぐにマスコミに話したのではないか?」などの疑問を抱くことになったようです。そう考えたくなるほど、実に素早い「連携プレー」が行われていたということでしょう。あまりにも手際が良すぎたのです。
おそらく、上記宮内庁の「メッセージ」は、そういう国民の声(妊娠リークが早すぎ、紀子妃が自ら懇意のマスコミに洩らしたのではないか?という疑問や、雅子妃殿下に対する同情と秋篠宮ご夫妻の一連の行動への批判など)に対しても「お前ら心無いこと言うなよ?」と釘を刺したかったようにも読めます。

この三人目のお子様が「男子(悠仁様)」だったため、紀子妃や秋篠宮様についてはもちろん、建築詐欺の従兄弟に関しても後追い報道はタブー扱いになってしまいました。
悠仁様ご誕生前後に関する皇室記事については、当時の東宮ご一家の苦悩と悲しみを思い出してしまうので重いテーマですが、当ブログでも避けて通れない案件になると思います。

さて、秋篠宮ご夫妻がチリへご出発されたというニュースがありましたが、秋篠宮ご夫妻(ご一家)と海外行きについてもいくつか興味深い記事が出ております。次回から秋篠宮家の海外公務(旅行)についてもテーマに入れたいと思います。
紀子妃の親族シリーズやブラック宮家シリーズもまだ終わりというわけではなく、折を見て適宜ブログに追加していきたいと考えております。

眞子様の母方親族について考える 5~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 中編

今回は、前回ご紹介した週刊文春2006年3月2日号の続きを引用させていただきます。

紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」


(記事続き)
◆父親は「反省しております」

いずれも既に時効を過ぎているが、その後の代理人弁護士の調査でさらに驚くべき事実が明らかになったのだ。弁護士が再び語る。
「A氏の『設計監理業務』に従い、実際に原田邸の建築を手がけたB氏も実は無許可の建築業者だった。無許可業者が鉄筋コンクリート造り、1500万円以上という『原田邸』レベルの建築工事を請け負うという行為も建設業法で禁止されている犯罪行為。つまり彼らは二重、三重の犯罪を重ねていたのです」
B氏を直撃すると「当時はそう(無許可)でしたが、(違法だという)認識がなく、ある程度までは、無許可でもできると勘違いしていた」とあっさり認めた。

欠陥住宅や、それが原因と見られる子供の入退院に苦しんだ挙げ句、これらA氏、B氏の犯罪行為を知った原田さんは昨年8月、ついに提訴に踏み切った。
NPO「建築Gメンの会」の常任理事で一級建築士の田岡照良氏はこう語る。
「何も分からない無許可業者が工事をやり、それを無許可の建築士が監理しているから指摘もできないという最悪のケース。無許可で契約した建築士も、無許可の業者も、そもそも契約してはいけない人たちなのですから、詐欺ですよ。
それと確認申請を手伝った一級建築士も建築士法違反に問われるべきでしょう。先日の東横イン事件でも、名義貸しをしていた一級建築士が処分されることが決まっていますから」

A氏に自宅で聞いた。
―貴方が手がけた住宅に欠陥が指摘されています。
「人が住めないような建物だとは思っていない」
―無免許なのになぜ契約を結んだのですか。
「当初から無免許であることは説明し、友人の一級建築士に協力してもらう話もしていた」
―貴方の行為は建築士法違反ではないですか。
「あの時点ではそういう判断をしてしまった」
―しかも行政への提出書類で、原田さんの承諾もなく、サインをし、三文判を押している。有印私文書偽造、同行使ではないですか。
「原田さんには、『全てお任せします』と言われていたので……」
―さらに貴方が原田さんに紹介したB氏は建設業者の認可を受けていなかった。
「当初は知らなかった。確認申請の際に分かったが、『いま許可を取る準備をしている』といわれ、そうしてしまった」
―施主のためを思えば、その時点で貴方が業者を替えるべきだったのでは。
「そうかもしれない。悪意があったわけではないが、結果的に浅はかだった」
―無許可の貴方が無許可業者を使って家を建て、問題がいくつも起きています。
「僕の考え方が甘かったのかもしれない」
―原告は貴方が「紀子さまの従兄弟だ」というから、信用したと言っています。
「質問されて『そうです』と答えたことはあったかもしれないが、私からはそのような話はしていない」
小誌とA氏との数時間に及ぶやり取りを見守っていたA氏の父親、つまり紀子さまの叔父は苦渋の表情を浮かべ、こう語ったのだ。
「これほどの問題になっているとは知りませんでした。親の監督不行き届きとしかいいようがありません。申し訳ありません。非常に反省しております…」

原田さんがA氏らを相手取った民事訴訟は現在、第一回口頭弁論を経て、建築調停中だという。A氏が今回の一件で、きちんと自らの非を認め、二度とこのような違法行為を繰り返さないことを切に願う。

(記事ここまで)

★記事写真のキャプションには

「結露でカビだらけ」
「今は取り壊された原田邸」
「パイプも防水処理なし」
「『川嶋』のサインが」

とあり。

この記事を巡る「後日談」もあるのですが、それもあまりにも酷い内容で唖然とします。
その後日談は「後編」でお伝えしたいと思います。
(後編へ続く)

眞子様の母方親族について考える 4~建築詐欺の従兄弟、注文主に訴えられる 前編

今回は前編・(中編)・後編に分けて、紀子妃の従兄弟が建築詐欺を働き民事訴訟を起こされた問題について触れたいと思います。
紀子妃が悠仁様を懐妊した頃に、この事件は週刊誌で報じられました。しかしおそらく、テレビや新聞では一切報道されなかった案件ではないかと思われます。

この建築詐欺問題を掲載したのは、週刊文春2006年3月2日号でした。
今まで、国会図書館でも完全版の入手が難しかった紀子妃親族関連の記事ですが、この記事は奇跡的に完全版を入手することができました。

紀子さまの従兄弟が「違法建築」で告訴された!
被害者は「皇室関係の“建築士”だから信用したのに」


小誌とて、国を挙げての慶事に水を差すつもりは毛頭ない。ただし、紀子さまの「従兄弟」氏がやったことは、明らかな違法行為。被害者の怒りももっともなのである。「従兄弟」氏が二度とこうした過ちを繰り返さぬためにも、あえて川嶋家を悩ます不祥事を明らかにする。

「ご懐妊の兆し」で日本中から祝福を受けた秋篠宮妃紀子さま(39)。天皇ご一家だけでなく、ご実家の川嶋家でも第三子のご出産を心待ちにしているという。その川嶋家を悩ます問題が浮上している。
紀子さまの従兄弟にあたる「建築士」が“違法建築”で訴えられたというのだ。
損害賠償請求を起こされたのは、川嶋A氏(37)。
A氏の実父は、紀子さまの父親で学習院大学教授、川嶋辰彦氏の実弟で、紀子さまとA氏は二つ違いの従兄弟にあたる。「年が近いこともあって、小さいことはよく遊んでいた」(川嶋家関係者)という。
地元の小、中学校を経て、都立高校を卒業後、建築家を目指していたA氏は、関東の国立大学工学部に進学。
「彼は建築デザインを学びたがったようですが、紆余曲折があって、建設工学科に進んだと聞きました。在学中に秋篠宮と紀子さまのご成婚があり、彼と紀子さまが親戚だっていう噂が広まった。ただ自分からその関係をひけらかすことは決してせず、聞かれれば、『そうだよ』って答える程度。急に上品ぶることもなく、大学ではスキー部に所属していて、バイクが似合う男くさい奴でした」(大学時代の同級生)
大学卒業後、A氏は著名建築家の事務所の門を叩き、弟子入り。そこで建築デザインなどを学んだという。
「非常に真面目で、地道に仕事に取り組んでいました。特にデザインの実力は事務所内でも高く評価されていました。紀子さまの親戚であることは知っていましたが、自分から言うことはありませんでした。ただ私が『(秋篠宮ご夫妻の住む)赤坂御用地には行ったことあるの?』と聞くと、『家族で招待されて入ったことはあります。あの玉砂利が敷き詰められた庭を見ると、バイクで走りたくなるんですよね』って話してました」(建築事務所の元同僚)

そのA氏がなぜ、被告席に座る事態に陥ったのか。
A氏を訴えたのは杉並区在住の主婦、原田涼子さん(37歳・仮名)。原田さんがA氏との裁判に至るまでの経緯を語ってくれた。
「7年前のことです。マンション住まいだった私たち夫婦は子供ができたことを機に、家を建てようと思ったんです。幸い近くにいい土地も見つかったんで、せっかくだから、建築士さんに自宅をデザインしてもらおうと思って、友人夫婦に『いい建築士がいたら教えて』と頼んだところ、紹介されたのがAさんでした」
99年5月、その友人夫婦の紹介で、原田さんは初めてA氏と会ったという。
友人夫婦のご主人と、Aさんが高校時代の同級生で、気心が知れた仲らしく、ご主人はAさんのことを、こう紹介してくれました。
『腕のいい建築士で、賞も取っている。それに秋篠宮妃紀子さまの親戚で、信用できる』と。けど、まさか皇族の親戚がこんな身近にいるとは思いもよらなかったので、Aさんに直接聞いてみたんです。そしたらAさんは『そうです。従兄弟なんです』と答えたんです。友人夫婦は『腕のいい建築士』だっていうし、そんなお立場の方が悪いことするわけないって信じ込んでしまったんです
原田さんがA氏に対し、
「土台がしっかりしていて、段差がなく、明るく、温かい建物」という希望を出したところ、A氏はコの字型のユニークな建物のデザインを出してきたという。

◆「書いた覚えのないサインが」

「Aさんが『コの字型の方が、太陽の光が奥まで入って、明るく暖かい家になる』と説明してくれたため、私もすっかりそのデザインが気に入り、後は細かい打ち合わせに入っていったんです。私が特に要望したのは、光熱費がかからない、省エネタイプの明るい建物にしてもらいたいということでした。だから断熱材はしっかり入れて欲しい、結露を防ぐペアガラスのサッシにして欲しい…など具体的な希望を出していたんです
そして2000年5月、原田さんは自宅の設計監理業務を、250万円でA氏に委託するという、「設計監理業務委託契約」をA氏との間で取り交わした。
「契約書の受託者欄に書いた彼の肩書きは『川嶋A建築設計室 川嶋A』というもので、彼が作成した仕様書や設計図にもそう記されていたので、当然、彼の事務所が設計してくれたものだと思っていたんです」
そしてその翌月、A氏は施工業者として世田谷区内の建築業者のB氏を連れてきたという。
Aさんが、『この人だったら、建てられます』というので、Bさんに約3800万円で発注し、工事が始まりました。当時、私は育児に手をとられていたこともあって、あまり現場に顔を出すことができなかったんですが、Aさんがこちらの要望を取り入れて、工事を監理してくれるものと信じていたんです」

同年末、A氏らの手による新築住宅はほぼ完成し、原田さんに引き渡されたのだが、これがとんでもない欠陥住宅だったというのだ。
原田さんが続ける。
「暖房が全く効かず、あまりの寒さに凍えそうでした。しかも家のいたるところで結露がひどく、 窓ガラスや壁は水が流れているような状態で、そのうち家中でカビが発生するようになった。このためすぐにAさんやBさんに『なんとかして欲しい』と連絡したところ、『断熱材は工事料金に含まれていないから、別料金で断熱材を入れることになるし、サッシを交換するのも別料金を払ってもらう』といわれたんです。
私は耳を疑いました。あれだけ断熱材はしっかり入れて欲しい、サッシは結露を防ぐペアガラスのサッシにして欲しいと、具体的な要望を出していたにもかかわらず、Aさんは全く聞いていなかったんです。

しかし住み始めた以上、生活のできる家にすることが先決と考え、Aさんの言うことを聞いて、Bさんに550万円の追加料金を払って補修工事をしてもらったんです」

翌01年の夏には逆に冷房が全く効かないばかりか、カビが大繁殖。子供が急性気管支炎にかかったという。
「その後も補修工事をしたにもかかわらず、冷暖房は効かないし、結露もカビも収まらない。子供たちも気管支炎や肺炎で入退院を繰り返すようになって、私たち夫婦も堪忍袋の緒が切れました。もうAやBに任せておけないと、別の業者に調査をお願いしたんです」


その調査の結果、「原田邸」の床下には断熱材が全く施工されていなかったばかりか、結露を防ぐペアガラスがほとんど使用されていなかったことが判明。その他にも建築確認図書に記載されている工法が実施されていない箇所や不良施工がいたるところで発見され、ガス管に釘が打ち付けられ、ガス漏れしている箇所まで見つかったというのだ。
そしてこの間、驚愕の事実が明らかになった。

「あまりに欠陥が見つかるので、私はAさんに『建築確認書類を見せてくれ』と要求したんです。ところがAさんが出してきた『確認済証』の添付書類の中に私が見たことのない『委任状』が含まれていた。それには、私が知らない『C』という一級建築士の名前が書いてあり、その下には、私が決してした覚えのない私の名前のサインが書かれ、三文判が押してあったんです。そこでAさんを問い詰めたところ、初めてAさんが一級どころか、二級や木造の建築士免許すら持ってないことが分かったのです」

つまりA氏は無資格者であるにもかかわらず、原田さんと「設計監理業務委託契約」を結んでいたというのだ。原田さんの代理人弁護士はこう語る。
「無資格者であるA氏が、『設計監理業務』を行うという行為は、建築士法に違反する犯罪。さらに原田さんの了承もなく、勝手に彼女の名前を『委任状』に書き、三文判を押すといった行為は明らかに有印私文書偽造、行使罪に該当します


(中編・後編へ続く)

当主不在の“ブラック宮家” その12~アナウンサーまで左遷させた激怒宮妃

今回は、しばらくお休みしていた「秋篠宮家=パワハラ宮家」シリーズをちょっと復活させたいと思います。
もちろん、紀子妃の親族記事についてもまだ当ブログで書きたいことがありますし、最近めっきり影が薄くなってしまった当主様に関する記事も復活させないといけません(当ブログはあくまでも秋篠宮様を主役にしたいと考えておりますが、奥様があまりにも強烈でそちらの雑誌記事の方が筆が進むというジレンマに陥っています(笑))。秋篠宮ご夫妻が今年9月下旬からまた海外(チリ)に行かれることを契機に、ご夫妻の過去の海外公務のアレコレについても色々取り上げてみたいです。
「記録」することは多いですががんばりたいと思います。

今回ご紹介する記事は、週刊ポスト 2008年10月31日号です。
小室さんとの婚約が決まった眞子様も関係する記事になっています。

紀子妃が激怒!「眞子さまとジャニーズ」TBS舌禍大騒動
「コンサートに行かれた」「誰のファンかわかっている」
宮内庁が異例の抗議。情報番組の“暴走”でプロデューサーと局アナが厳重注意で降板―


平成の天皇家は“開かれた皇室”を体現すべく、日々公務に励まれる。たとえば、秋篠宮家はこの4カ月の間に岩手・宮城内陸地地震の被災地お見舞いをはじめ、1府8件(※文脈から「8県」の誤りでは?)を訪問、国民とのふれあいの時をもっている。その「国民とともにありたい」と願う思いに水を差すような出来事がこの秋、立て続けに起きた。「平成の皇室」を震撼させた事件簿を追った―。

◆小馬鹿にしたような言い回しで進行

昨年4月に学習院女子高等科に進学した眞子さま(16)は、多忙な毎日を過ごす紀子妃にとって、すっかり頼もしい存在になったようだ。
今年からは単独での公務を始め、4月20日には上野動物園で行われた「子ども動物園開園60周年・野間馬贈呈式」に出席。皇族としての自覚を、その成長とともに両親である秋篠宮夫妻から学ぶ日々であろう。
その眞子さまを巡る情報番組の報道に、紀子妃が激怒したという。
問題となったのは、『2時っチャオ!』(TBS系)の9月11日放送分。この日、42回目の誕生日を迎えた紀子妃の「子育て術」を紹介するコーナーが、同番組のなかで大々的に組まれた。巨大なボードを作成し、秋篠宮との馴れ初めからこれまでの歩み、秘話などを、小林豊アナウンサー(43)が軽妙なトークを交え、紹介していくという趣向だ。
例えば、こんな具合。
「(秋篠宮家では)朝起きるとお母様と一緒に『お父様、おはようございます』。まあ、これは普通ですよね。ここから先、続いて『ナマズさん、おはようございます』。もう大変です、動物が多いですから。『カメさん、おはようございます』
「(紀子妃の実家)川嶋家の家訓は“Always Smile”。いいですよね。“Always Smile”。はい、英語です
小林アナの子馬鹿にしたような言い回しに、出演者からは笑いが起きる。
大騒動を巻き起こす発言があったのはコーナーの後半。眞子さま、佳子さま、そして悠仁さまの成長ぶりへと話が向かった時だった。
<眞子さま(16) ジャニーズのファン コンサートにも…>
と書かれたフリップが出され、小林アナがこういったのだ。
「チャオ調べで、(眞子さまは)ジャニーズのファンです。コンサートにも実はいらっしゃったことがあると。これ実際、皇室ジャーナリストの方が行ったよと(話している)」
出演者一同が「へぇ~」と驚くと、さらにこう続けたのだ。
「誰のファンかということもわかっているんですけど、あえていわないほうがいいでしょう、ねっ」

だが、この『チャオ調べ』というのが、実は大きな問題となった。
番組放送から2週間後の9月26日、宮内庁はHPに「TBSテレビ番組『2時っチャオ!』(平成20年9月11日)の放送について」と題して、次のようなコメントを掲載し、広く知れわたることになった。
<眞子内親王殿下がジャニーズのコンサートに行かれた旨の放送がありましたが、このような事実はありませんので、その旨、TBSテレビにお伝えしました。
また、これと同旨の報道が、一昨年の秋にも『週刊新潮』においてなされ、(中略)事実の確認と客観的事実に基づいた記事を掲載されるよう要請しています>
これまで宮内庁がHPの抗議内容を掲載したのは雑誌と書籍に対してのみだった。放送局の番組内容に踏み込むのは今回が初めて。まさに、異例の抗議だった。

◆「野球でいうなら3アウトでチェンジ」

なぜ番組は、こんな騒動を招いたのか。政策サイドの問題点を、ある番組関係者はこう指摘する。
「あのコーナーは少数の若手スタッフが雑誌の過去記事などを漁って作っているものがほとんどで、裏付けを十分に取っているとはいいがたい状況だった。宮内庁から事実誤認の指摘を受け、経緯を確認した番組の上層部は、ショックを受けたそうです。
あの日の放送は偶然、紀子さまご自身がご覧になっていたとか。TBSの宮内庁担当記者に寄せられた宮内庁の怒りは相当なものだったと聞いています
宮内庁関係者によれば、紀子妃が著しく気分を害した理由は次に挙げる2つのことではないかという。ひとつはいうまでもなく、事実関係について。
「たとえばどんなコンサートに行くとしても、必ず警護の者がつく。しかし、高校生というお立場を考えると、あえてそこまでして行くことは考えられない。ましてや、周囲には内緒で友人とこっそり出かけるなどということはまずありえないこと。なぜそういうことを検証もせずに放送するのか、ということです」

そしてもうひとつは、どうやら美智子皇后、雅子妃、紀子妃の思わせぶりな比較の仕方ではないかという。
番組は紀子妃と美智子皇后がそれぞれ23歳、24歳で結婚したのに対し、雅子妃は29歳でしかも就職経験後の結婚だったとわざわざボードを掲げて指摘。
小林アナはこう続けた。
「雅子さまは外務省に就職されていますよね。つまりご就職なく、そのまま皇室に入られたという事情が似てらした部分で、(紀子妃と美智子皇后は)お話が合う部分があったのかも」
結婚については、こういう言い方もしている。
「明治以来、天皇家で、弟が兄より先に結婚するっていうのは初めてのことなんです。皇族には他にもいらっしゃるんですが、天皇家では初めて。明治以来ね」
前出の宮内庁関係者はこう苦言を呈する。
「小林アナの発言には、雅子さまと美智子さまの間に微妙な距離感があるとの含みが感じられた。紀子さまにしてみれば、そうした表現に、心を痛められたのでは。今は皇位継承や雅子さまのご病状などをめぐって、非常にデリケートな時期。そんな時期にいささか配慮に欠けるといわざるを得ないことで、異例の抗議となったのではないか」

この“舌禍騒動”に、TBSは揺れた。それは、人事面からも窺える。宮内庁の抗議から4日後、小林アナと担当プロデューサーが、そろって番組から姿を消したのだ。前出の番組関係者が打ち明ける。
「上層部が番組の責任者を呼んだところ、現場の“暴走”が原因で起こったミスだと判明。そもそもこのコーナーは人の名前や年齢を取り違えるなど間違いが多いことがわかり、厳重注意がなされた。その上で、小林アナとコーナーを担当していた社会部出身のプロデューサーを番組から外すことになったと聞いています。紀子妃の一件の後も、この番組は(存命中の)王監督の母を『享年98』と報じ、57歳で亡くなった妻の恭子さんのことも享年98としてしまった人ですからね」
この一件についてTBSに聞くと、
「10月の改編にともなう番組強化の一環」(広報部)
と、“降板”そのものを否定した。
だが、小林アナは自身のブログに、<2時っチャオ降板(中退)>と明記している。
本人を直撃すると、こう説明した。
「降板は会社の方針ですよ。宮内庁との一件がすべてではありません。決定打ではない。野球でいうならスリーアウトチェンジというか…まぁ、細かいミスが重なってしまった。取材が荒かったんだと思います。
(ブログに)降板とか中退と書いたのは、最後まで番組をアシストできなかったから。残念ですね」
一方、皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう指摘する。
「眞子さまが皇族として独り立ちされようとしている大切な時期だからこそ、心を痛めるようなことがあってはならないと、抗議の意を示されたのでは。この騒動からは、紀子さまの皇族としての強い矜持と愛娘を思いやる親心を感じます」
成長した眞子さまの、今後の公務が注目される。

(記事終わり)

紀子妃のパワハラ体質は、宮内庁職員という「身内」だけにとどまらず、外部の民間のアナウンサーや番組スタッフにまで及んでいたのですね。
結局、「2時っチャオ!」はこの「事件」の翌年2009年3月26日に終了し、小林豊アナは現在はラジオやナレーションで細々と仕事をしているようですが、あまり目立った活躍はできていないように見えます。
確かに、TBSの番組作りにも色々と落ち度があったことは否めないと思います。しかし、だからと言って「皇族」という守られた強い立場の方が民間テレビ局の放送内容に激怒し、果ては番組に関わっていたアナウンサーやスタッフを左遷させる結果を招くのは、絶対におかしいと思うのです。
こんなやり方がまかり通ったら、メディアに携わる人間はみな紀子妃の態度に恐怖を感じ自由な言論の委縮を招くことにならないでしょうか?


そして肝心の放送内容ですが、紀子妃が「激怒」した理由を少し分析してみました。

仮に眞子様がジャニーズファンであること、コンサートに行ったことが「事実でなかった」とすると、「嘘を放送するな」と怒る紀子妃の気持ちも理解する余地はあるでしょう。しかし、宮内庁を通じて反論し、果てはアナウンサーたちを左遷させるほど怒るようなことか?という疑問が拭えません。
「ウチの娘がジャニーズのファンなんて、そんな失礼なウソ言うんじゃないよ!ウチの娘はそんな下世話な子じゃありません!」ということが怒りポイントなら、これはジャニーズタレントやジャニーズファンの人々にも失礼なことになるような気がするのです。
私個人は、「眞子様がジャニーズファンであり、コンサートにお忍びで行ったことは事実だった」という気がしています。しかしそれが世間に暴露されると「皇族の特権を利用してコンサートに行けた」という批判を浴びる可能性が高いので「事実無根」で押し通すことにしたかったように見えるのです。
ポストは触れていませんが、現に小林豊アナに「眞子様はジャニーズファンだ」ということを教えた「皇室ジャーナリスト」がいたようですしね。このジャーナリストの存在をスルーしているのが不思議なくらいです。
あまり詳しくないのですが、ジャニーズのコンサートのチケットは入手が難しく、また転売屋が横行して高額チケットになることもしばしばとか。そのような中で仮に眞子様がチケットを入手することができたのなら「一体どうやって入手したのか?皇族だから特別扱い?」と、ファンの気持ちを逆なでするようなことになると思いました。
番組でジャニーズタレントと絡んだ女性芸能人が一部の過激なジャニーズファンから叩かれるという事態も起きているようです。ここで眞子様の件について否定しておかなければ、どんな攻撃を受けるか分からないという思いもあったかもしれません。

しかしそもそも、眞子様がジャニーズのファンであることの何が問題なのでしょうか?上記ポスト記事の冒頭でも「開かれた皇室」について言及されているのです。眞子様はジャニーズのファンなんですよ、と国民が聞いたところで「ふーん、眞子様も女の子だしジャニーズ好きでも不思議ではないよね、普通の女の子と何ら変わりないね」で済んでしまう話です。

それに、もしかしたら母親の紀子妃が、実はジャニーズ(嵐)のファンである可能性が出てきたのです。
2011年3月に東日本大震災が起きた後、紀子妃は気仙沼に慰問に訪れ、そこでジャニーズの「嵐」の楽曲である「果てない空」の歌詞の一部を抜き出したものを気仙沼市役所に渡し、それが壁に貼られているということが一時期ネットで話題になったことがありました。
これがその画像です。↓
紀子書 果てない空

少し暗くて分かりづらいかもしれませんが、最後に「紀子書」と書かれています。
なぜ紀子妃が「嵐」の楽曲を知っているのか?なぜその歌詞を被災者に贈ろうと思ったのか?というナゾが生まれました。紀子妃自身がこの曲がお好きで、「嵐」に興味がなければ、まずこの歌詞を選んで贈るという選択肢は生まれないと思うのです。
それにこれが一般庶民のどこかの「紀子さん」という女性が贈ったものであれば、苗字まで書くと思うのです。
しかし「紀子書」としか書かれていませんでした。
この頃の紀子妃は、「秋篠宮は苗字ではない」という基本をきちんと理解していたようで面白いと感じます。

ところがこの「紀子書」がネットで有名になってしまった後、「みやぎジョネット(みやぎ女性復興支援ネットワーク)」が、
「 ※本ブログ読者の方から、上の写真は秋篠宮妃殿下紀子様のものではないとのご連絡を頂きました。ありがとうございました。
気仙沼市役所に問い合わせましたら、のりこさんとおっしゃる方から被災後に頂いたのだそうです。
誤解を招く表記でしたことをお詫び致します。 2014年1月24日」
という一文を出して、「これは紀子妃が書いたものではなく“のりこさん”という女性が書いたものだ」と、否定してしまったのです。

下記ブログにその件が掲載されています。
ttp://miyagi-jonet.blogspot.jp/2013/08/blog-post_5043.html

これも「眞子様ジャニーズファン激怒否定」の一件と同じく、謎の否定タレコミがあって「紀子妃が書いたものではない!」という結果になってしまいました。
苗字を省いて「紀子」だけで通用してしまうナゾの女性「のりこさん」、気仙沼ではそんなに有名な女性なのでしょうか?
そんなに母娘でジャニーズファンということを知られるのが嫌なのでしょうか?
ここまで来ると滑稽としか言えませんね。

そして上記ポスト記事は、「雅子様は外務省で勤務経験があってから皇室に入られたが、美智子様と紀子妃は勤務経験がないまま皇室に入られた」という事実の指摘が、なぜか紀子妃の気に障ったということも書かれています。
いくら紀子妃が激怒しても、「社会人(勤務)経験がない」という事実は変えられませんが。
それだけでなく、皇室に入ってから税金でダラダラと大学院に籍を置き続けてきたような方ですよ。
もちろん、お兄様である皇太子殿下よりも先に結婚という異例のことをやってしまったのも消せない「真実」です。
自分の履歴に誇りが持てないのでしょうか?何がそんなに気に入らないのか分かりません。

上記ポスト記事はまるで紀子妃が雅子様のことを慮ってTBSのやり方に激怒したと擁護気味に書いていますが、あの方にそこまでの配慮や思いやりはないでしょう。
雅子様を思いやることのできる人が、民間のアナウンサーらを左遷させて人生を台無しにするようなことをするはずがありませんから。
紀子妃は、宮内庁職員やアナウンサーなど国民(庶民)の人生など何とも思っていないし、雅子様のお気持ちもまったく配慮していないのが実情だと感じます。

単純に「私が社会人経験ないという事実を蒸し返されるのが気にくわない、同じような立場だった皇后陛下と組んで雅子妃をいじめていると思われたらどうするのよ!」ということでお怒りになっただけでしょう。
「人は真実を指摘されるとかえって怒る」ということがよく言われますが、紀子妃はまさに「真実を言われて逆ギレした人」にしか見えないのです。

いずれにしろ、民間人の人生まで左右するような皇族の存在はもっと問題視されていいと思います。これは由々しき問題です。

眞子様の母方親族について考える 3~悠仁様出産で蒸し返された紀子妃のルーツ

今回は、テーミス2010年6月号の記事をご紹介したいと思います。
上記記事も完全版を入手することができず、ダイジェストとなってしまい大変申し訳ありません。国会図書館で検索をかけても該当記事がヒットせず残念なことになりました。
悠仁様出産を契機に紀子妃の実家や親族が再び大きく取り上げられ注目された時期があったようですが、その中でも上記テーミス記事は微妙な点にまで踏み込んでおり少し驚きました。

このままでは皇室崩壊だ 雅子さま紀子さま「皇位継承」戦争が始まる

◆紀子さまのルーツに飛ぶ憶測

'89年のご婚約の頃、杉本家に関して『“ロイヤルマッサージ”の正体』という怪文書が飛び交ったことがあった。

そこには、杉本家のルーツに関する心ない噂話なども書かれていたが、悠仁さまの皇位継承問題に絡んで再び蒸し返される可能性もある」(皇室関係者)

川嶋教授と杉本家の長女、和代さんが結婚し、紀子さまは長女として産声を上げた。'90年6月29日、秋篠宮さま(当時は礼宮さま)との結婚時、紀子さまのご実家は東京都豊島区目白にあった家賃3万3千円の学習院職員寮だった。

“3LDKのプリンセス”の誕生に国民は注目し、テレビがない川嶋家の浮世離れしたライフスタイルと、紀子さまのおっとりした喋り方の相関関係を好意的に受け止めたが、こんな証言もある。

「当時、紀子さまは人気アイドルやテレビ番組をほとんど知らなかったようです。 世間ずれしてない紀子さまにとって、“有名人”といえば皇族方だった」 (学習院大学関係者)

紀子さまは、学生時代から手話やハンセン病患者のための募金活動などに熱心に取り組まれた。

「秋篠宮さまは清楚な紀子さまにすっかり魅了されて、“自然文化研究会”にお誘いになったと思うし、川嶋教授も入会の後押しをしたといわれている。

川嶋教授は数年前、ゼミの学生を連れて被差別部落で現地学習したり、あまり評判のよくない人物が“皇室とのパイプ役”を期待して近づいてきたり、誤解を与える言動もある。 

紀子さまは運命の大転換で将来皇后になり、天皇の生母になられる方、影響がなければいいと気を揉んでいる」 (学習院関係者)

(記事ここまで)

重要な部分は抜粋されていると思いますが、やはり完全な記事を目にしたいと思わせる内容ですね。
基本的に、職業や出自で偏見を持つことは良くないというのが私個人の考えです。しかしその一方で、皇室という特別な場所に嫁いでくる女性は、その場にふさわしい家柄や身分があると考えるのが自然ではないかという気持ちもあります。皇室というものが一種の「権威」であるし、国民からの敬愛を受けるという意味ではやはり皇室は良い意味で特殊な世界であってほしいと願います。皇室という場所を「成り上がり・のし上がり」を実現するために利用してほしくはないですし、ゴシップとは無縁で世俗的なこととは一線を画する場所であってほしいと思うのです。そういう世界にふさわしくない人でも簡単に嫁げるようなことになれば、もはや皇室の意義はなくなるでしょう。
「人間は皆平等だ」という考えを究極的に突き詰めれば、最終目的はやはり「皇室の解体・天皇制の廃止」に行きつくことになるのだろうと思います。しかし今の日本国民で、そこまで厳密的に平等というものを考える人はどれくらいいるでしょうか。世論調査の結果を見ても、天皇制廃止や皇室解体を望んでいる人はごく少数派にとどまっています。

紀子妃も、自分の家柄や立場をわきまえて普通に民間の男性と恋愛し、結婚し、家庭を築いていたら、誰にも文句を言われることはなかったでしょう。しかし「皇室に嫁いでくる」という観点で見ると「やはり川嶋家はちょっと違うのではないか、ふさわしくないのではないか」と眉をひそめる国民が出てくるのは致し方ないことではないでしょうか。

紀子妃の母方の祖父である杉本嘉助氏が上記テーミス記事が触れているように「ロイヤルマッサージ」と揶揄されていた件は、何となく耳にしたことがありますが今となっては詳細は分かりません。
マッサージという職業は目の不自由な人が生活していくための重要な仕事でもありますから、マッサージ師という資格自体を軽んじる意図は全くありません。指圧・按摩・整体・カイロプラクティックなど、手技療法と言われるものは色々種類があり、実際にその療法で体が楽になった人も少なくないと思います。

また川嶋辰彦氏が学習院大教授として学生と一緒に部落研究を行っていたという件も、「経済学者である川嶋教授がどういう意図で部落研究を始めたのか」という素朴な疑問があります。川嶋教授はほかにも海外の民俗研究をしていたという情報もあり、何かつながりや目的があってのことかもしれませんが…

「出自や職業で人を差別してはいけない」という考えと、「皇室に嫁いでくる以上、それなりの家系の人を望むのは当然だ」という考えは、私個人は両立しうるものと思っています。紀子妃の実家の噂が今でも尾を引いているのはまさに川嶋家や杉本家の家系が皇室にふさわしくないと考える国民が少なくないからでしょう。しかし一方で「紀子妃のような庶民的な女性が皇室に嫁いだお陰で、皇室が身近なものに感じられるようになった」という意見もあるでしょう。人それぞれ感じ方は異なって当然です。

この「家柄・出自」の問題は一筋縄では解決しない、根の深い問題をはらんでいると常に感じています。

ただ川嶋家の場合、問題視されたのは出自や職業という点だけでなく、朝日などのマスコミと長い間懇意にしていることなど別の要素も大きかったですね。「ただの一般の庶民の家庭とは何か違うものを感じる」というこの違和感はマスコミとの関係性も大きいでしょう。また上記テーミス記事も触れているように「あまり評判のよくない人物が“皇室とのパイプ役”を期待して近づいて」くるなど、マスコミに限らず交友関係そのものに色々問題が多すぎるのです(池口恵観などもその一例でしょう)。
こういう怪しい人間関係を続けている親族を持つ女性は、やはり皇室にはふさわしくないという結論に行きつくしかないように思います。

眞子様の母方親族について考える 2~マルキスト疑惑の池上惇教授

今回は「眞子様の母方親族シリーズ」として、紀子妃の実父である川嶋辰彦氏の従兄弟である池上惇氏について取り上げたいと思います。
週刊新潮1989年12月28日号から引用させていただくものですが、残念ながら今回も完全版を国会図書館でも入手することができず、ダイジェスト版の掲載となってしまいました。大変申し訳ございません。
省略部分が多く読みにくくなっておりますが、何卒ご容赦くださいますよう宜しくお願い申し上げます。

宮内庁が二の足を踏んだ「川嶋家」親族の「この人」

礼宮殿下と紀子さんの婚約が発表された当初には、どの新聞にも、池上教授の名は載らなかった。三代も四代もさかのぼる川嶋家の系図が掲載されたにもかかわらず、辰彦氏の母方の池上家については、ごく簡単にしか紹介されていなかったのだ。
それを初めて載せたのは、九月十二日の朝日新聞。川島家系図のなかに母方の池上惇教授の名前も書き込み、いかに華麗な学者ファミリーかをより明らかにしてくれた。
どうやら、このあたりから、巷間では「皇室とマルキスト」なんて変な組合せの話題が次第に広がり始めたのである。
(中略)
一応、宮内庁に問い合わせてみると、
「そんな話は初耳です。私はまったく知りませんでした。紀子さんの父親の従兄弟なら、結構近い親戚です。宮内庁の上のほうの幹部は知っていたのかもしれませんが、そういう微妙な問題にはお答えできませんよ」(菅原武成報道専門官)
「その件については何も知りませんし、何も言うことはありません」(前田健治総務課長)
何も知らない、という姿勢を堅持する構えでいるのだが、宮内庁のさるOB氏は言う。
「それが本当だとしたら、こんな驚くことはありませんよ。戦前だったら絶対にあり得ない事だし、戦後になってからでも、今上陛下の皇太子時代に、お妃探しをした頃は問題になりましたからね。ある有力候補と言われたお嬢さんが、小学生のとき、小林多喜二の「蟹工船」を読んで感想文を書いたことがあったと分って、候補からはずされているんです。思想問題も決しておろそかにはしていません」
そのOB氏の話の続き。
「紀子さんとのご婚約でも、宮内庁は慎重な役所ですから、十分親戚の方についても調査したはず。普通なら二の足を踏みますよ。疑いがあるだけでも、避けたいところでしょう。ただ、礼宮様の場合は事情が事情で、どうしようもなかったのだろうという気がする。候補を探して、調査して選んだわけじゃなく、先に礼宮様が選んでしまい、彼女じゃなきゃ嫌だ、と宮様がおっしゃった。初めに婚約ありきで、後から調査したんです。それで多分、目をつぶるしかなかったのでしょう。気にはなっても、いっさい考えないことにした、ということかな……

(記事ここまで)

まず、冒頭で名前が挙がっている「池上(惇)教授」とは、上記新潮の記事から、「辰彦氏の母方の親族」「辰彦氏の従兄弟」であることが分かります。Wikipediaにも池上惇教授のページが設けられていますが、サラッと「池上四郎元大阪市長・文仁親王妃紀子の親戚。」と書いてあるだけで、後は略歴と著作くらいしか項目がありませんでした。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E6%83%87)
池上教授は過去の著作を見ると主に資本主義に関することを研究していることがわかりますが、上記記事で「マルキスト」と指摘されているように、池上教授はマルクス経済学の立場から財政学を教えていたという疑惑があったことがうかがえます。そして、マルキストは往々にして共産主義と親和性があるもの。こういう点から、池上教授が「共産主義者」だと疑われ、そういう人が親族にいる川嶋紀子さんを皇室に迎え入れるのはいかがなものか、と眉をひそめられたことがあったのは事実だったのではないでしょうか。共産主義は天皇制・皇室に反対していますし、拒絶反応が出るのも致し方ないと思います。
そもそも池上教授のみならず、川嶋辰彦氏自身が「人の身分に上下はない・人は皆平等だ」という考えを持っていた人のようですので、身分制度の典型である皇室に娘を嫁がせたこと自体が非常に異様で不自然だと感じます。
「人の身分に上下はない」という教えを親から受けて育った女性が、一体どういう目的をもって身分制度の残る皇室に嫁いできたのか?
この疑問は、紀子妃が序列を無視して東宮家と自分たちを同等・同格だと思い込んでいるような振舞いを現在も続けている以上、見過ごすことのできない問題だと考えます。


そして、上記記事でもやはり礼宮(秋篠宮)様と川嶋紀子さんの結婚の問題点について触れていますね。
普通は何人かお妃候補を先に挙げておいて親族の調査を丹念に行って婚約者を決めるというのに、秋篠宮様の場合は先に「川嶋紀子さん」という身近にいた女子大生を結婚相手と決めてしまい、身辺調査もおざなりにせざるをえなかったと。
川嶋紀子さんほど、身辺調査もそこそこに早々に皇族の婚約者と決められてしまった人もいないと思われます。
こうして見るとやはり、川嶋紀子さんを秋篠宮様の婚約者と早々に決めてしまった背景には一体何があったのか?なぜ身辺調査もろくにせずに焦って婚約を決めてしまわなければいけなかったのか?という疑問が何度も頭をもたげてくるのです。
このお二人の婚約当時ネットがあったら、親族についてネットで調べられて「こんな人がいるんだけど、紀子さんって大丈夫なの?」のように炎上していたのではないかと予想しますね。
川嶋紀子さんは小室圭さんのように民間人にとどまるのではなく、皇室に入ってきて「妃殿下」「紀子様」と呼ばれる立場になる女性なのですから、炎上は小室さんレベルのものではなかったはずです。

眞子様の母方親族について考える 1~北朝鮮シンパ&クーデター未遂の怪僧と接点を持った川嶋夫妻

眞子様と小室さんの婚約ですが、ネットでは小室さんの素性に対する罵詈雑言が酷いことになっていますね。また、一部の雑誌でも小室さんの家庭をネガティブに報じる記事も散見されました(当ブログはあくまでも秋篠宮様とその妻紀子妃の昔から現在に至る実態について記録することを主眼としているので、小室さんの件についてはここでは深入りしません)。
しかし、小室さんの結婚相手となる眞子様のお母様も、小室さんなど比較にならないほど怪しい素性をお持ちでいらっしゃいます。秋篠宮(礼宮)様と川嶋紀子さんが婚約した当時ネットがあったら、紀子さんこそ色々と言われてきたに違いないだろうと思うのです。小室さんはネット時代特有の“洗礼”を受けてしまいましたが、小室さん(の家庭)だけ色々叩かれるのはフェアではないので、当ブログではしばらく眞子様のお母様の親族についてスポットを当ててみたいと思います。

まず最初は、紀子妃の実父母である川嶋夫妻の10年くらい前の行動についてです。
週刊文春2008年11月13日号からご紹介させていただきたいと思います。

紀子さまの父 川嶋辰彦教授が「炎の行者 池口恵観法主」に救いを求めた!
 
京都で極秘裏に会った二人は三日間何を語り合ったのか?

池口氏は、清原や長淵剛と交流がある高野山真言宗の大僧正。
川嶋氏と池口氏を引き合わせたのは京都の山林王といわれる人と新潟のパチンコ会社社長。池口氏は、川嶋氏の体調がおもわしくなく、3日間加持祈祷をしたら食事ができるまでに回復したと自慢げだった」(信者談)

NPO日本トレッキング協会関係者も川嶋氏が体調不良のため会長を引退すると聞いていると言う。(協会側は否定)

池口氏は以前から川嶋氏との出会いを望んでいた。通常は10分の加持なのに川嶋氏には毎日一時間半から2時間、加持をしたとのことで気合が入っていると思った」(信者)

「弘法大師は嵯峨天皇はに認められ大きくなった。わたしも川嶋先生と仲良くして皇室に近づきたいと池口氏は熱く語った」(信者)

山林王は言う。「二人を引き合わせたことに意味はない。名刺交換しただけ。川嶋氏の具合が悪いという話ははじめて聞いた」

池口氏本人は「30分か1時間ほど、ホテル喫茶店で話した。先生は密教に興味をもち現場をみたいとおっしゃった。ああいう人を加持したいと弟子に話したのが尾ひれがついた。」
ところが文春取材ののち、池口氏が弟子に箝口令をしいた。

その件をただすと、「山林王にひきあわされたあと、またどうかと話があり川嶋氏にあった。30~40分話した。加持はしていない。皇室関係の方なので迷惑かけたらいけないと思った」

「皇室関係の知り合いがいないので川嶋氏とまた会いたい。皇室会議にも出られているんでしょう? 悠仁親王が天皇になられれば川嶋先生には大きな影響力がある。だからお近づきになりたい。今後二人でゆっくり話しができたらと思う 」

池口の思惑はともかく、川嶋教授の健康は心配される。
学生によれば、「先生は病気のため体調をくずされ、ときどき休講になる。たまにむせる感じ。文化祭も体調不良で休まれた」
自宅に電話すると女性の声で「お答えを差し控えさせていただきます」とのこと。

(記事ここまで)

大変申し訳ありませんが、今回はダイジェストでしか記事をご紹介することができませんでした。記事の完全版を入手したかったのはやまやまですが、国会図書館の検索では、なぜか上記記事がヒットしませんでした。「炎の行者」「川嶋辰彦」「池口恵観」などあらゆる方法で検索を試みたものの、上記記事だけ検索結果に出てこなかったのです。国会図書館では上記記事の完全版のコピーが入手できないようにされているのでしょうか。国会図書館でまさかそのようなことがあるのか…と疑問に思うのですが、残念なことに今の段階ではダイジェスト版しか引用することができませんでした。何卒お許しください。

「池口恵観」という僧侶の名前はご存知の方が多いと思われます。朝鮮総連落札の件で一気に名前が広まった人物でした。
以下、Wikipediaより池口恵観の略歴について引用させていただきます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E5%8F%A3%E6%81%B5%E8%A6%B3

単立烏帽子山最福寺法主。
高野山真言宗・鹿児島高野山・最福寺住職。
高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨。

1961年(昭和36年)、三無事件※に関わり逮捕される。
1967年(昭和42年)、宗教法人「波切り不動最福寺」を設立。
北朝鮮の初代指導者である金日成主席を尊敬する意味から金日成主席観世音菩薩が鎮座している。

池口は北朝鮮をたびたび訪問し、朝鮮労働党や北朝鮮外務省の高官やよど号ハイジャック犯と会談をしているほか、2012年に開催された金日成生誕100年祭にも出席している。池口は数多くの北朝鮮への貢献により、同国から勲章も授与されている。
池口は頻繁な訪朝の理由に、「日本が歴史的に韓国と北朝鮮に対して大きな犠牲を抱かせ、韓半島の多くの国民が日本に恨みを持って亡くなったことに対し、素直に謝罪し慰霊したかった」ことを挙げ、「真の懺悔と謝罪があってこそ相互友好関係が生じる」との考えから、韓国と北朝鮮を毎年定期的に訪問して慰霊祭と平和祈願祭を開くことを思案している。また、まずは日本が北朝鮮に対して、いわゆる「過去の植民地統治に関する戦後補償」と謝罪をして、それから日朝国交正常化をするべきだと主張している。
朝鮮労働党中央委員会総書記・金正日が死去した際には、「朝鮮の大いなる指導者、金正日総書記閣下が地方指導に向かう途上で亡くなられたのは、とても痛ましく悲しい」「朝鮮半島の平和と繁栄、日朝国交正常化を金日成主席と共に見守ってほしい」と哀悼の意を示した。
また、2013年(平成25年)3月には最福寺が在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)中央本部(東京都千代田区)の土地・建物を45億1,900万円で落札したが、池口はこれが北朝鮮政府高官(最高人民会議幹部)からの要請に基づくものであり、落札後には同土地・建物を朝鮮総連に貸与する予定であることを明らかにしている。
同年5月9日、落札代金を融資してくれる企業と交渉が成立した発表したが、直前になり購入を断念した。
5月10日午後、最福寺別院の江の島大師で記者会見を開き一連の経緯を説明した。会見では「融資に関して何らかの圧力があった」と述べた。

関わりのある人物
〇安倍晋三
〇家田荘子、小池一夫、コンノケンイチ、金本知憲、新井貴浩
〇許永中
〇指定暴力団住吉会会長・福田晴瞭、指定暴力団山口組若頭・高山清司、同舎弟・英五郎ら
〇田母神俊雄
〇よど号ハイジャック犯 など

三無事件とは(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%84%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6)

1961年(昭和36年)12月12日に日本で発覚したクーデター未遂事件。
三無(さんゆう)とは無税・無失業・無戦争の三つの無の主張である。彼らは老子の「無は有に転じる」という格言から、「さんむ」ではなく「さんゆう」と読んでいた。
川南工業社長の川南豊作を首謀者として旧陸軍出身者らが日本政府の要人の暗殺を計画し、未遂に終わり警視庁により逮捕された。
1961年12月12日から1962年2月3日まで警視庁等が32箇所を捜索、川南豊作ら22人が逮捕され、12人が起訴された。捜査の過程で日本刀8振、ライフル銃2丁、防毒マスクなどが押収された。川南が支出した資金は1328万7297円が確認され、装備品の他、旅費や活動費に使われていた。
12人が起訴された裁判では破壊活動防止法違反(政治目的殺人陰謀罪)が初めて適用され、8人に有罪判決が下された。検察は予備罪も成立すると主張したが、二審は「実行行為着手前の行為が予備罪として処罰されるためには、当該基本的構成要件に属する犯罪類型の種類、規模等に照らし、当該構成要件実現(実行の着手もふくめて)のための客観的な危険性という観点からみて、実質的に重要な意義を持ち、客観的に相当の危険性の認められる程度の準備が整えられた場合たることを要する」と判示し、これを退けた。二審有罪上告中に川南が死亡して公訴棄却となったほかは、上告棄却により7人の有罪が確定した。

事件に関わった鮫島正純(事件後母方の姓に改姓)は池口恵観のことである。
事件への関与を認めた池口は検察側証人として出廷し、事件発覚の二ヶ月前の10月はじめに川南の紹介で衆議院議員・馬場元治の秘書になり、国会議事堂内の電源・通信機器の配置や警備員の数の調査を依頼されたこと、200人で国会を襲撃するに際しては議員秘書の池口が国会内部から突入のタイミングの合図を送る役割だった、と証言している。池口本人は関与の度合いが薄いとして不起訴、釈放されている。
(以上)


北朝鮮にシンパシーを感じているだけでなく、過去にはクーデター未遂にまで関与していたという点で非常に危うい人物だということがお分かりただけると思います。
このような北朝鮮べったりの危険思想の人物が、今では皇族の親族や総理大臣から支持される「怪僧」となっているのですからこの世は本当に理解しがたいことが多いと感じます。
眞子様と小室さんの婚約会見とまさに同じ日に北朝鮮で核実験が行われたことで、私はまずこの池口と川嶋夫妻の関わりについて思い出しました。

上記文春の記事は、池口恵観の方が積極的に川嶋夫妻とお近づきになりたいという強い思いを抱いていることが分かりますが、いくら体調に不安があったとは言え北朝鮮とコネクションがある僧侶と懇意になってしまうのは皇族の身内としていかがかと思うのです。しかも池口と川嶋夫妻の仲介役として、新潟のパチンコ(これは北朝鮮の娯楽です)会社社長や京都の山林王なども登場しています。
北朝鮮シンパの僧侶が一体どういう理由で「皇族とお近づきになりたい、特に“将来の天皇”候補である悠仁様の祖父母とお知り合いになりたい」と考えたのか。「孫が天皇になれば川嶋夫妻には大きな影響力が生まれる」と考えていたようですが、川嶋夫妻と知り合って池口は一体何をしようと企んでいたのでしょうか。北朝鮮と皇室、この2つを結び付ける意図は何か、そして仮にも大阿闍梨という高僧が「皇族の身内と親しくなりたい、川嶋夫妻の影響力を利用したい」という発想になるのは一体何なのか。
池口の企みが文春によって暴露されると、池口は周辺に箝口令をしいて「皇室の方に迷惑をかけたらいけないと思った」とトーンダウン。文春もこの続報を載せることはありませんでした。そして国会図書館でもヒットしない記事…

予想以上に、川嶋夫妻と池口との関わりが表に出たことがまずかったとしか思えない状況です。

ちなみに当時の文春の広告の画像は残されていました。
炎の行者に救いを求めた 広告
sidetitleプロフィールsidetitle

キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR