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公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊朝日記事

今回は、秋篠宮様の問題会見を取り扱った3つ目の記事として、週刊朝日 2004年12月17日号をご紹介したいと思います。

秋篠宮さま発言 裏に「あの出来事」
39歳誕生日会見 兄・皇太子ご夫妻へ異例の“苦言”


「記者会見という場所において発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして…」
兄の皇太子さまが今年5月に放った「人格否定発言」に対し、“苦言”を呈した秋篠宮文仁さま。その「真意」をめぐり、兄弟間の“確執”さえ取りざたされている。いったいその背景に何があったのだろうか。

まずは、編集部に届いた読者(35歳、女性)からのメールを紹介したい。
「秋篠宮さまの記者会見にショックを受けました。なぜ今更あのような発言をされたのでしょうか?これまで皇太子ご夫妻は苦しみ悲しみの中を歩んでばかりです。ご病気のことは秋篠宮さまは何一つご存知ないのでしょうか」

11月30日に公表された秋篠宮文仁さま39歳の誕生日会見。兄の皇太子さまが5月に発した異例の「人格否定発言」に対し、「(略)」といった“苦言”ともとれるコメントを発したのだった。
冒頭の女性のように、
「なぜいま、あんなことを」
と感じた人は多いのではないだろうか。

が、天皇陛下のご学友で元共同通信記者の橋本明さんは、
「僕はごく自然な流れの中から発せられたものだと受け止めました」

本誌も、皇太子さまと天皇ご一家や側近とのあいだに距離があるのではないかと幾度か指摘してきた。それをもっとも懸念していたのは、天皇ご夫妻、秋篠宮さまといった親きょうだいだったというわけだ。ここで天皇家の人々の言動をおさらいし、その「流れ」を整理してみよう。
今年5月10日、欧州訪問を前にした記者会見で皇太子さまは、静養中の皇太子妃雅子さまをめぐり「人格を否定する動きがあったことも事実」と発言し、「真意」を明かさぬまま約2週間の旅へ。国内ではメディアを挙げての「犯人捜し」が始まる。
真っ先にやり玉に挙がったのが、「秋篠宮さまの第3子を強く希望する」と発言した湯浅利夫宮内庁長官だ。

この騒ぎを受け、天皇ご夫妻は宮内庁を通じ、「心配している国民のため、改めて具体的な説明を」と渡航中の皇太子さまにメッセージを。
しかし皇太子さまは帰国後も沈黙を続け、2週間たってようやく説明文書を出した。しかし「人格を否定する動き」については「今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」としたため、「嫁姑問題」などの憶測を交えた報道がますます過熱。

それに対し、天皇ご夫妻は、こんな意向を示す。
報道の多くが家族の中の問題に関する憶測ならば、一つ一つに釈明することが国のためになるとは思われない。宮内庁がその弁明のために労を費やすことは望まず、今は沈黙を守ってもらって構わない―。

その間、雅子さまの病名は明らかにならず、病状についても憶測は募る。7月になって、「治療の一環」として皇太子さまとテニスをしたり、ご進講を受けたりといった回復も伝えられるようになり、ようやく「適応障害」という病名が発表された。
その後、雅子さまは9月4日に4カ月ぶりに東宮御所から外出、皇太子さまとともに御所の天皇ご夫妻と面会した。湯浅長官も、「今ままでよりも回復の兆候がはっきりしてきたと思う」。24日には愛子さまと楽しげに踊るビデオ映像も公開され、ご一家は静養のため那須の御用地へ。10月20日には皇后美智子さまの古希を祝う内輪の夕食会に出席。祖父母のお見舞いを兼ねて小和田家へ里帰りするなど、「治療の一環」としての私的なお出かけも交じるようになった。
「人格否定発言」が国民の記憶から薄れつつある中での秋篠宮発言だった。

静岡福祉大学教授で元共同通信記者の高橋紘さんは語る。
あれは直接、お兄さまに言えばいいことではなかったでしょうか。皇族は一丸となって陛下を支えていかなくてはならないのに、不協和音があるかのような印象を国民に与えたのは残念です。ただ、秋篠宮さまが言っていることは正論だと僕は思います」
こんな意見もある。首都圏に住む70歳の女性。
「秋篠宮さまはよくおっしゃったと私は思います。最近の皇太子ご夫妻には首を傾げることが多かったので」
彼女が言うには、
「古希を迎えた天皇ご夫妻が新潟地震の被災地を訪ね歩いているのに、同じころ、壮年の皇太子ご夫妻は御料牧場にご静養に行かれましたよね。雅子さまは母方のお祖母さまの弔問にも足を運ばれていましたが、悲しみを被災した人たちと分かち合うという姿勢があったらよかったのに」
11月に入ってからの天皇ご夫妻と皇太子ご夫妻の動きを追ってみると…。
両陛下は11月6日、長岡市と小千谷市と川口町の避難所を訪問。体育館では膝を折り一人ひとりの手を握って励ました。そのころ皇太子ご一家は栃木県の御料牧場で静養中。
そして東京に戻った雅子さまは悲しい出来事に遭遇する。19日未明、実家の小和田家と同じ敷地内に住み、縁の深かった祖母・江頭寿々子さんが亡くなったのだ。その夜のうちに雅子さまは一人で江頭邸を訪れ、寿々子さんと対面した。翌20日午前にはご一家で江頭家を弔問。21日の葬儀にはご夫妻で参列した。この間、皇太子さまの公務日程は空白になっている。付け加えれば、雅子さまは2000年7月に行われた香淳皇后の「斂葬の儀」や葬儀関連行事を「疲れ」を理由に欠席した。
雅子さまが静養に入って1年。体調が上向きになってきたのは喜ばしいことだが、プライベート優先という印象を持つ国民もいるかもしれない。
秋篠宮さまの会見が行われたのは、寿々子さんの葬儀の4日後にあたる25日。ひょっとすると、この“苦言”は天皇ご夫妻の意を汲み、国民へ向けて皇室全体の姿勢を示したものなのかもしれない。

もっとも橋本明さんによれば、秋篠宮さまの今回の発言は“苦言”といえるほどのものではないという。
「秋篠宮さまは皇太子さまを批判しているのではなく、ただ5月の発言に『驚いた』と素直に言っているだけです。また雅子さまについても『早い回復を祈る』としか言っていません」
ただ、「強いていえば」と橋本さんが付け加えたのが、秋篠宮紀子さまの言葉だ。
「雅子さまと紀子さまを比べてしまう国民もいるかもしれない」というのだ。
雅子さまが訴えたとされる皇室での生活に伴う「苦労」があったかとの質問に、秋篠宮さまは、東宮御所と秋篠宮家を比べるのは無理があるとしながらも「どうでしょうね」と、隣の紀子さまにふった。
それを受け、紀子さまは「不安や戸惑いなどもございましたが、その都度人々に支えられ、試行錯誤をしながら経験を積み、一つ一つを務めてまいりました」と語り、両陛下や秋篠宮さまへの感謝を述べたのだ。

◆“苦言”などと騒ぐことではない

文化女子大学教授の渡辺みどりさんも言う。
「弟が兄に“苦言”を呈したなどと騒ぐほどのことでしょうか。秋篠宮さまは結婚も父になったのも皇太子さまより先。先輩として助言するのは当然でしょう」
公務を「かなり受け身」としたくだりも、
「秋篠宮さまは全く選択権がないと言っているわけではないのです。オファーがあった中から自分で意義があると判断したものを受ければいい、としているのですから。『見直しを』などと公に訴えずに、だまって見直せばよいのです。天皇ご夫妻もそうしてきたのです」(高橋紘さん)
陛下は、皇太子時代から「皇室は伝統的に受動的なもの」と言う一方で「ロボットであってはいけない」と、時代に沿った皇室の在り方を美智子さまとともに模索。身障者スポーツ振興に積極的にかかわるなど、昭和天皇の時代にはなかった公務を見いだしてきた。
いまの若い女性皇族がたも、紀子さまが手話を、紀宮清子さまが盲導犬の訓練を学び…といったなかで、新しい公務を開拓している。
「皇室にあっても『受け身の自己実現』はできるのです」
と、渡辺みどりさん。
もとより思慮深い皇太子ご夫妻のことだ。弟宮の言葉をしっかりと受け止め、これからの皇太子、皇太子妃の在り方を考えていくことだろう。
(本誌・高橋淳子)

(記事終わり)

これまで、週刊現代、週刊新潮、週刊朝日の3つの記事のご紹介をしてきました。
次回以降は、秋篠宮様会見の前に行われた美智子皇后陛下のお誕生日会見文や、同年年末の天皇陛下のお誕生日会見、海外行きを制限されていた雅子様の苦悩が表れた会見文の抜粋、そしてこれら会見や雑誌記事を踏まえての私自身の考え方・感じ方などを順次書いていきたいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊新潮記事

2004年の秋篠宮ご夫妻の会見につき、当時の週刊新潮も記事にしていました。
今回はその記事をご紹介したいと思います。

☆参考までに
平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編
平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

週刊新潮 2004年12月9日号
特集「皇太子ご夫妻」を批判された「秋篠宮」発言の大波紋


「5月の発言について,私も少なからず驚いたわけですけれども,陛下も非常に驚かれたと聞いております。(中略)少なくとも記者会見という場所において発言する前に,せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは私としては残念に思います」

雅子妃殿下が静養されてから1年が経とうとしている。そんな中、遂に身内から皇太子ご夫妻に対する批判が飛び出した。「残念に思います」―。秋篠宮殿下の誕生日会見。物議を醸した皇太子殿下の「人格否定」会見について、秋篠宮殿下がこう話された時、その場にいた記者達は思わず顔を見合わせた。この発言が目下、大波紋を投げかけているのだ。

皇室にまたもや激震が走っている。11月30日の報道でご承知の通り、39歳の誕生日を迎えた秋篠宮殿下が記者会見に応じられた。そこで今年5月、皇太子殿下が「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と話されたことについて、前記のように発言。このご批判が関係者に与えた衝撃は凄まじかった。
ここまで言われるのか、と正直、驚いた。これまで秋篠宮さまの誕生日会見は2、3段の小さな扱いでしたが、今回は大きくせざるを得ませんでした。“人格否定”会見を行った皇太子殿下と今もなお静養を続けられる雅子妃殿下に対し、初めて皇室の中から、公式の場で、異を唱える声が出たのですから、当然です」(全国紙社会部デスク)
皇太子殿下への発言はこれだけではなかった。その発言の全容を紹介する前に、まずこの誕生日会見のシステムについて説明しておこう。30日のお誕生日に備え、今回、内々に記者会見が行われたのは11月25日。赤坂御用地内の秋篠宮邸に各メディアの宮内庁担当記者らが集まった。
今年は事前に5つの質問がペーパーにまとめられ、2週間ほど前に宮内庁を通じて秋篠宮殿下に渡されていた。これをもとに殿下が記者達に答えられる形になる。また、これとは別にその場で関連質問が3つ行われ、これには殿下がアドリブで答えられた。5つの質問の概要は次の通り。
① <来年ご結婚15年を迎えられます。振り返っての感想をお聞かせください>
② <皇太子妃殿下は長期静養中で、5月の皇太子殿下の発言をきっかけに、皇室を巡る様々な報道がなされました。一連のことをどのように受け止められたか。皇太子殿下は「東宮御所での生活の成り立ちに伴う苦労があったと思う」と述べられましたが、両殿下はそうした経験がおありでしょうか>
③ (略)
④ <お子様の眞子さま、佳子さまのご成長ぶりについて、お聞かせください>
⑤ <この1年を振り返り、ご公務など、印象に残ったことをお聞かせください>
実はこの会見でメディア側が一番聞きたかったのは、紀宮さまのご婚約内定についてである。なにしろ、お相手の黒田慶樹さん(39)は秋篠宮殿下の学習院初等科からのご学友。お2人の間をとりもつ愛のキューピッド役を果たしたのが殿下だったからだ。
そこで記者達は関連質問でこれを訪ね、紀宮さまと黒田さんがどういうお付き合いで親睦を深められたのか、答を引き出そうとした。が、その前に、予期せぬハプニングが起こったわけだ。
「居合わせた記者達は皆、内心、“アチャー、仰ってしまわれたよ”と当惑したんです。思わず顔を見合わせる者もいました」
と、語るのは取材にあたった宮内庁担当記者。
「補足すると、最初に天皇陛下とのコミュニケーションの大切さを話されたんです。昨年の会見でも、“陛下を支えるために、円滑な意思疎通が重要である”旨、お話になられています。で、これを受け、皇太子殿下の方も今年2月の誕生日会見で、“当然のことです”と賛意を示された。それを前提に、秋篠宮殿下は“ならば、陛下とまず話をするべきなのに、どうして記者会見でいきなりあんなことを言い出したのか”と、苦言を呈したのです」

◆「自分のための公務」を否定

秋篠宮殿下の発言は次のように続いた。
(中略)
皇太子殿下の真意を探るべく、直接、問いただされた事実を明かされたのである。しかも、その答を披露される際の口調は明らかに否定的なトーンだった。
秋篠宮殿下の皇太子殿下に対する苦言はこれだけにとどまらなかった。後の関連質問の中で、記者が、
「皇太子さまが今後、宮内庁と共に、次代と共に変わる公務の在り方について考えていきたいと仰っている。雅子妃殿下のご病状の回復のために、皇室全体としてどういうような方向性が望ましのか、お聞かせください」
と尋ねた。すると、殿下は熟考したうえで、次のように述べられたのだ。
(中略)
明らかに、「皇室外交に取り組みたかったのに、あまり海外に出してもらえなかった」とご不満を抱かれ、それも体調不良の原因の一つとされた雅子妃殿下を意識された内容なのである。
先の担当記者が言う。
「会見は50分ほどだったのですが、最後に雅子妃殿下へのあてこすりで、ダメを押した感じです。弟宮が兄宮夫妻をたしなめたわけで、正直言って“大変なことになったな”という思いで引き揚げてきました

今回の発言を皇室評論家の松崎敏弥氏はこう見る。
「11月6日、両陛下は“被災者と直に触れ合いたい”と言われ、新潟県中越地震の被災地を見舞われました。ところが、その前日に皇太子ご一家の方は栃木の御料牧場にご静養に出かけている。療養目的とはいえ、何もこの時期に行かなくても、と冷めた目で見る国民もいたかもしれない。“兄貴は何を考えているんだろう”という思いが秋篠宮殿下にはあったのでしょう」
この問題で、両陛下や他の皇族と皇太子ご一家の溝が深まるのではないかと危惧するのは、皇室ジャーナリストの河原敏明氏である。
このようなご発言は、皇室では近年にない異例のことです。基本的には、皇室において、肉親同士を批判することはエチケットとして、いけないことと受け止められているからです。今や皇室の中で雅子さまの味方は皇太子1人だけ。お気の毒ですが、これで皇太子と雅子さまはますます孤立した格好になりますね」

◆両陛下の思いを代弁!?

もっとも秋篠宮殿下のご意見は天皇皇后両陛下の意を汲んで、その思いを代弁したものと見る向きもある。なぜなら、秋篠宮殿下ご自身が会見で、「陛下とのコミュニケーションが大切」と主張されているからだ。当然、今回も事前に両陛下と相談したうえで話されたものと受け止めるのが普通である。それゆえ、巷では「陛下はもはや親として、ご自身で皇太子殿下をご指導することもできない状況なのか」といった心配や、「両陛下が公の場で直接、発言されると影響力が大きすぎる。だから、両陛下のうちでもとりわけ美智子皇后が現状を憂慮され、秋篠宮殿下に代弁させたのでは」という穿った見方まで飛び出し、波紋を呼んでいる状況なのである。
「質問を受け取って、時間がありましたから、秋篠宮さまは事前に両陛下に相談はされています。しかし、両陛下は実際に皇太子ご夫妻への批判発言を行うことには反対されている筈」
と、分析するのは宮内庁関係者。
「ようやく、皇太子殿下の“人格否定”発言が沈静化し、紀宮さまの慶事もニュースになった時ですから、問題をぶり返すようなことは言わずとも良いと考えるのは当然です。が、秋篠宮さまが公式にご発言できる機会は、年に一度のこの誕生日会見しかない。事後の影響を熟知され、覚悟の上で、国民に話されたのです。5月の皇太子殿下の会見以降、国民の世論は宮内庁ばかりか両陛下に対する批判も含まれるようになったから、秋篠宮さまとしては両陛下を擁護するお気持ちもあった。国民の中で沸き起こっている皇太子ご夫妻への過剰な同情論を軌道修正するために、本来の皇室のあるべき姿をお話になりたかったのだと思います」

それもこれも裏を返せば、宮内庁が全く機能を果たしていないせいだろう。天皇陛下のクラスメイトで、共同通信社社友の橋本明氏はこう語る。
「皇太子は結婚した途端、親との間が疎遠になり、関係が断絶してしまった。これを弟としても、苦々しく思われていたのでしょう」
開かれた皇室は、一般家庭と同じように、ついに親子の断絶や家庭崩壊の危機まで露呈してしまったということなのか。この秋篠宮殿下のご発言を機に、ご兄弟の間でも新たな確執が生じる危険性すらある。
ちなみに、“かくも長き不在”が続いている雅子妃殿下の公務復帰は未だにそのメドさえたっておらず、早くても来年春から夏にかけてと見られている。戦後、最大の危機を迎えている日本の皇室にとって、何よりの特効薬は、やはり一日も早く雅子妃殿下が公務復帰されることしかないようだ。

(記事終わり)

上記記事についても突っ込みたい部分はたくさんあるのですが…ひとまず、当時の記事を一通りご紹介してから色々なことに言及したいと思います。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊現代記事②

前回に引き続き、週刊現代の記事の後半をご紹介したいと思います。

(参考までに)
平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編
平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

週刊現代2004年12月18日号
内幕スクープ 秋篠宮「兄・皇太子への不満」
皇太子の発言を批判した衝撃会見のウラに天皇一家の危機


(記事続き)
◆紀子妃が好かれる理由

秋篠宮発言を、「皇太子に対する不満」の表れと解説するむきもある。
たとえば、英国のタイムズ紙は、秋篠宮発言を<日本の皇族の確執が噴出>と大きく報じた。
同紙は、「秋篠宮が兄の皇太子を公の場で批判するのは異例だ」と指摘し、観測筋の解釈として、「皇室の中枢で深刻な対立があることをうかがわせる」と伝えた。

また、今回の秋篠宮の発言で、皇太子と雅子妃が皇室のなかでいかに孤立しているかが明らかになったとの見方も紹介している。さらに、
「(秋篠宮には)待遇面での不満はあると思います。たとえば警備上の理由で、東宮殿下(皇太子)が一般道を移動するときは信号はすべて青になります(立場上、同行する人員が多く、公務が多いため)。
一方、秋篠宮さまが移動する場合は一般車と同じで信号が赤なら停まらないければならないことが多い。そのような些細なことでも、歴然とした待遇の違いが、不満の遠因となっている可能性はあるかもしれません」(宮内庁関係者)
ちなみに、皇太子を支える東宮の職員は約70人。一方、秋篠宮を担当する宮内庁職員は、わずか6~7人。立場の違いは、ここでも明らかだ。

皇室ジャーナリストの河原敏明氏もこう言う。
「皇太子さまの5月の発言が大きな話題になったので、秋篠宮さまも刺激されて、ちょっと自分も言っておいたほうがいいな、ぐらいの軽い気持ちで自分をアピールされたのかもしれません。秋篠宮さまは子どものころからヤンチャな方で、大学生になるとヒゲを生やしたり、ロングヘア―にしたりしました。誰に何を言われてもわれ関せずで、思ったこともすぐ口に出して言われるタイプですから」
秋篠宮の奔放ぶりは、よく知られている。
元宮内庁嘱託カメラマンの中山俊明氏はこう語る。
「秋篠宮さまのご結婚直前のことですが、那須の御用邸で(天皇)陛下の取材をしていたとき、秋篠宮さまが甚平姿で通り過ぎたことがありました。われわれと変わらない生活をしているのだな、と思ったことが印象的でした」
秋篠宮は、これまで「浩宮が天皇になるのはいいが、自分にその可能性がなくなったときには皇籍を離脱したい」という発言が報道されたり(宮内庁サイドでは全面否定)、「タイに親しい女性がいる」という記事が報じられたことがある(同前)。
これら報道の事実関係は別として、秋篠宮の奔放な言動は、これまで何度も世間を騒がせてきた。


マイペースの秋篠宮に対し、熟慮を重ねて発言する慎重な皇太子。兄弟の性格がまるで違うことに加え、妃殿下のキャラクターの違いも、両家のイメージの違いに影響しているという声もある。
「紀子さまは、両陛下に対する気配りが大変お上手なのです。天皇陛下がまだ皇太子だった時代から行われている東宮主催の『法曹テニス』と呼ばれるテニス大会があります。この大会は、法曹関係者をお呼びして、毎年行なわれているもので、東宮(皇太子)に加え、天皇皇后両陛下、秋篠宮さまも参加されます。
参加者の着替えは、東宮御所のなかで行なわれることが通例でした。しかし、今年は雅子さまがご病気のため、両陛下が気をお遣いになって秋篠宮邸で着替えをすることになったのです。
紀子さまは、両陛下がいらっしゃるということで、率先して準備を進め、自ら草むしりをしてお迎えしたのです。このようなお話は、自然と両陛下の耳にも伝わるでしょう。一方、雅子さまはこうした気遣いが非常に苦手な方なのです」(前出・宮内庁関係者)
余談ながら、紀子妃の草むしりは、大変暑い日だったため、わずか10分程度で止めて、後は他人に任せてしまったという。
秋篠宮の記者会見では、秋篠宮から発言を促された紀子妃が、発言せずにコソコソそっと秋篠に耳打ちするシーンがテレビで放映された。
「あのとき、紀子さまの発言は誰にも聞こえませんでしたが、『これを言わないと』という雰囲気で『規模が…』とおっしゃったようです。
それを聴いた秋篠宮さまは、(これまで皇太子に対する批判めいたことを言ったが)東宮御所と自分のところではまるで規模が違うし、自分たちにはわからないご苦労もあるのでしょうと皇太子ご夫妻をフォローしました。
これは紀子さまの見事な機転でした。ああいうシーンを見て、われわれは『紀子さまは、しっかりと秋篠宮さまを支えていらっしゃる』と感じるのです」(前出・宮内庁関係者)

一方の雅子妃。02年にオーストラリア、ニュージーランドの訪問直前の記者会見で、このような発言をした。
「(外国訪問が)私の生活の一部になっていましたことから(中略)正直申しまして私自身その状況(6年間外国訪問がなかった)に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます」
この唐突な発言を新聞報道で知った天皇皇后は、心底驚き、皇太子夫妻の心中を案じていたという。このとき、天皇の心中を察した側近たちが、慌てて記者会見全文を取り寄せたというエピソードも漏れ伝わってきている。

◆英国王室の二の舞になるのか

皇太子は、皇室で「孤立」を深めているのではないか、という指摘もある。
天皇の学習院時代の「ご学友」で、元共同通信記者・橋本明氏はこう語る。
「皇太子殿下は過去10年間、天皇陛下との間が疎遠になってしまったのです」
それは、なぜか。
「皇太子は天皇から面会を打診されても、なかなか御所には行かないんです。愛子さまと両陛下があまり会っていないということは、以前から指摘されてきたことですが、雅子妃も、積極的にコミュニケーションを図ろうとしていない模様です。一方、秋篠宮夫妻は、ことあるごとに御所に佳子さまや眞子さまを連れて行っています。佳子さま、眞子さまは紀宮ともすごく親しいんです。また、秋篠宮夫妻は皇后の養蚕用の桑を取りに行くなどの世話もしているし、天皇御手植えの稲などの収穫の手伝いにも行く。皇太子一家はそういうことに積極的ではないようです」(前出・全国紙宮内庁担当記者)
皇室評論家の稲生雅亮氏は、こう語る。
雅子妃のご病気が一進一退を繰り返されるなかでの、今回の秋篠宮さまの発言は、病気の回復にはまったく逆効果でしょう。ただ、秋篠宮さまがお感じになられたことは、われわれも感じていたことです。皇太子殿下は、なぜ事前に側近や陛下に相談しなかったのか。それが残念です」
雅子妃とは東大法学部時代の友人で、国際ジャーナリスト・拓殖大客員教授の工藤雪枝氏はこう語る。
「一連の皇室報道を見ていると、英国王室で起きた争いが思い起こされます。かつて、チャールズ皇太子とダイアナ妃は、マスメディアを利用して自分たちの主張をアピールしていました。彼らは、直接対話することなく、メディアを通じて間接的に論争していたのです。その結果、英国王室は国民からの信頼を低下させてしまいました。今後、日本の皇室が国民からの尊敬や信頼を失うことになるのではないかと心配しています」
12月23日、天皇は71回目の誕生日を迎える。そのとき天皇はどのような言葉を発するのか、注目していきたい。
(記事終わり)


正直な所、秋篠宮様の会見問題については、どこから突っ込んでいいやら…と頭を抱えてしまいたくなります。
この問題を目にする度に言葉にできない不愉快さやモヤモヤした感情が湧き起こってしまうのです。

2004年の秋篠宮様会見に触れた記事は週刊現代以外にも何誌か存在し、それらも今後順番にご紹介していく予定でおります。
2004年の件に関しては雑誌ごとにその都度個人的な感想を述べるよりも、雑誌や会見の内容を一通りすべてご紹介してから、まとめて批評を加えるという形式の方がいいように考えました。

秋篠宮ご夫妻、宮内庁、両陛下など、それぞれに対し言いたいこと・思うことがあり、少し自分の考えを整理する時間が必要になりそうです。

公の場で格上の東宮ご夫妻を批判した尊大な秋篠宮様~週刊現代記事①

前回、2004年当時の皇太子殿下と、秋篠宮ご夫妻の会見の文章の一部を抜粋させていただきました。

平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編
平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

この会見の内容を巡り、当時の雑誌も「波紋を呼んだ」という記事を書いています。
まず今回ご紹介するのは、週刊現代2004年12月18日号の記事の前半です。
東宮ご一家応援派としては怒りと悲しみを感じますが、同時に秋篠宮ご夫妻の本性や人間性もあぶり出しています。

内幕スクープ 秋篠宮「兄・皇太子への不満」
皇太子の発言を批判した衝撃会見のウラに天皇一家の危機


皇室が揺れている。幼少の頃、「聡明で利かん気」と評された秋篠宮が、今年の誕生日の記者会見で率直に「皇族のあり方」について語った。その内容は、兄・皇太子に対する批判と受け止められ、大きな波紋を呼んでいる。真意はどこにあるのか。本誌の取材で、皇太子の孤立、雅子妃の病状、そして、天皇皇后の心労が浮かび上がった。

◆5月の記者会見は「残念!」

「あれほど痛烈な皇太子批判をした秋篠宮が、皇太子とどのような対面をするのか」
関係者たちが注目するなか、秋篠宮の39回目の誕生日を祝う夕食会が開かれた。
秋篠宮が記者会見で皇太子に苦言を呈したとの衝撃報道があった11月30日の夕方6時30分、雅子妃を除く天皇一家が秋篠宮邸に集まった。天皇、皇后、皇太子、秋篠宮夫妻、紀宮の6人である。
ところが、夕食会は、紀宮と婚約相手の黒田慶樹氏を祝福する話題で盛り上がり、この日、報道された秋篠宮の衝撃発言に関する話題はほとんど出なかったという。
しかし、わだかまりがなかった、ということではなさそうだ。
本来、紀宮の婚約を祝う夕食会は、もっと早い時期に開催されるはずだった。しかし、新潟県中越地震の被災者を心から心配される天皇皇后の意向で、この「婚約を祝う夕食会」は延期されていた。そのため、秋篠宮の誕生日を祝う夕食会が、紀宮の婚約が報道されて以降、初めて天皇一家が一堂に顔を合わす機会になったという。
しかし、なごやかに談笑する天皇一家のなかに、雅子妃の姿はなかった。亡くなった祖母の喪服のためというのが欠席の理由だが、ひょっとしたら、服喪でなくても雅子妃には参加する意志はなかったのかもしれない。
「夜の外出時には、愛子さまの保育係を手配しなければなりません。しかし、雅子さまは服喪される前の時点でも、この保育係の手配をされていた形跡がありません。」(宮内庁幹部)
秋篠宮が皇太子に対する痛烈批判と受け取られかねない苦言を呈したにもかかわらず、それに関する話題が出ず、そもそも苦言の背景となった雅子妃は欠席―。外部からは容易にうかがい知れない天皇家のかかえる問題が、垣間見えた瞬間だった。

秋篠宮が紀子妃とともにビデオ収録の記者会見に臨んだのは、報道が解禁される5日前、11月25日のことだった。
秋篠宮は、皇太子が5月の会見で事前に天皇に相談することなく「雅子のキャリアや人格を否定する動きがあった」と発言したことに触れ、
「私も少なからず驚いたわけですけれども、(天皇)陛下も非常に驚かれたというふうに聞いております」
「あくまで個人のことですが、『自分のための公務は作らない』ということ。したいことはいろいろあるわけですけれども、イコール公務かどうかは別です」

などと述べた。これらの発言は、皇太子に対する苦言と受け止められただけでなく、「皇室外交に取り組むため、海外に行きたい」と希望する雅子妃のことも意識した発言と見られている。

◆「なぜ、陛下に相談できなかったのか」

5月の皇太子の記者会見がいかに衝撃的だったか。ここで少し振り返っておこう。
5月10日に開かれた皇太子の記者会見は、ヨーロッパ諸国訪問を前にして、その抱負を聞くためのものだった。
「皇族に対する記者会見は、数日前に事前収録しておくことが通例です。しかし、出発直前まで雅子妃が同行するのか決まらなかったため、皇室の記者会見としては異例の当日収録・当日報道になったのです」(全国紙宮内庁担当記者)
結局、雅子妃は体調不良のため、この外国訪問には同行できなかった。雅子妃の動向を希望していた皇太子は、かなり残念がっていたという。
今回、秋篠宮が会見で、
「(皇太子発言は)せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは残念に思います」
と語っているように、天皇は皇太子の発言内容を事前に相談されることはなかった。
秋篠宮の発言から推測すれば、皇太子の発言内容はともかく、天皇は、事前の相談がなかったことを最も残念に思っていたのかもしれない。

一方、秋篠宮発言は、一般国民にとっては衝撃的な内容だったが、皇室としては、かなりゆったりとした気持ちで受け止めた模様だ。
「秋篠宮殿下の会見の模様を収めたビデオのコピーは、その日のうちに侍従を介して天皇皇后両陛下に届けられています。ビデオをご覧になって陛下は苦笑されていたそうです」(前出・宮内庁幹部)
宮内庁内部では、今回の秋篠宮発言を「よくおっしゃってくれた」と評価する声が圧倒的だという。
「5月の皇太子発言については、内容が宮内庁への批判だったため、皇太子の側近でさえ支持する者は少なかったのです。そのため、今回の秋篠宮の発言については『自分たちの気持ちを代弁してくれたと』いう思いが宮内庁職員たちのなかにはあるようです。また東宮(皇太子の御所)のなかでも、雅子妃の病状に対して、理解のある声は少ないようです」(前出・全国紙宮内庁担当記者)
余談ながら、天皇の記者会見は、文書を用意して、それを諳(そら)んじて話している。その文書は、固有名詞などの誤りがあってはいけないので、宮内庁が事前に確認をしているという。皇太子は、自分で文書を用意して、それを読み上げるスタイルが多い。秋篠宮は、事前に話す概要を頭に入れておくだけで、文書を用意する事はほとんどない。 雅子妃は文書を持たずに会見するが、発言を速記すると、そのままきれいな文章になるという。

(後半に続く)

平成16年の皇室のご会見を振り返る~秋篠宮ご夫妻の会見編

次に同じ平成16年のお誕生日会見に際し、秋篠宮ご夫妻は下記のような発言をなさっています。
以下、引用させていただきます。

平成16年秋篠宮様お誕生日会見文

(引用開始)
・・・また,確か私は昨年の会見で皆さんから陛下をどのように支えていくかということを聞かれました。それに対して私は,コミュニケーションの大切さということを申しました。円滑な意思疎通が重要であるということですね。それを受けて,皇太子殿下の2月の記者会見の時の,皆さんから皇太子殿下への質問の中に,秋篠宮が陛下との円滑な意思疎通が大切だということを話していたけれども,という内容の質問があったと記憶しております。それに対しては,コミュニケーションをよく図るということは当然のことであるという答えであったと思います。そのことから考えますと先ほど質問がありました5月の発言について,私も少なからず驚いたわけですけれども,陛下も非常に驚かれたと聞いております。私の感想としましては,先ほどお話しましたようなことがあるのでしたら,少なくとも記者会見という場所において発言する前に,せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは私としては残念に思います。
もう一つありましたね。東宮御所での生活の成り立ちに伴う苦労ですね,これは私はどういう意味なのか理解できないところがありまして,前に皇太子殿下本人に尋ねたことがありました。東宮御所の成り立ちに伴う様々な苦労とは,皇太子妃になって,つまり皇室に嫁ぐとふだんの生活においていろいろな人がその周りで働いている,近くで生活している空間においてもいろいろな人が周りにいる,そういう人たちに対する気配りというか,配慮ということであったり,なかなか容易に外出することが難しい,そういうことだそうであります。そういうことを前提として私たちにそのような苦労があったかというと,主に私というよりも家内に関係するのかなと思います。確かに東宮御所という大きい組織に比べれば,私の所はかなり周りにいる人たちの数も少ないので比べるというのは非常に無理があると思いますけれど,それを踏まえた上でどうでしょうね。
(引用終わり)

秋篠宮様の上記発言を受けて、紀子妃は直後に下記のように発言しています。

(引用開始)
結婚してからの生活は,新しく出会う務めや初めて経験する慣習などが多くございました。どのように務めを果たしたらよいか,至らない点をどのように改めたらよいかなど,不安や戸惑いなどもございましたが,その都度人々に支えられ,試行錯誤をしながら経験を積み,一つ一つを務めてまいりました。
両陛下は私たちの考えていることや感じていることを静かにお聞きくださり,私たちの務めや娘たちの成長を温かく見守ってくださいましたことに大変ありがたく思っております。また,宮様が私の考えや気持ち,おかれている状況を的確にとらえて導いてくださったことは生活する上で大きな支えとなりました。

(引用終わり)

そして更にその後、秋篠宮様は湯浅長官の「第三子」発言を受けて次のように言われています。

(引用開始)
昨年,湯浅長官が3人目の子供を強く希望したいということを発言いたしました。その会見後しばらくして長官が私の所に来ました。それについての説明をしに来たわけなんですけれども,その話を聞き,またその時の記録を見ますと,私が昨年の記者会見で3人目の子供について聞かれ,一昨年の会見でそれについてはよく相談しながらと答え,昨年はその前の年の状況と変わらないと答えたということがあって,それを受けての記者から長官へその気持ち,つまり秋篠宮の気持ちに変わりはないかという質問だったと私は解釈しております。
そのことに対して,長官が皇室の繁栄とそれから,これは意外と報道されているところでは抜けているというか,知られていないように思うのですけれども,秋篠宮一家の繁栄を考えた上で3人目を強く希望したい,ということを話しております。宮内庁長官の自分の立場としてということですね。そのような質問があれば宮内庁長官という立場として,それについて話をするのであればそのように言わざるを得ないのではないかと,私はそのように感じております。
(引用終わり)


そして秋篠宮様は会見の最後の方で、公務について次のような発言をしています。

(引用開始)
直接的な答えにならないかもしれません。また,その公務とはどういうものかということも,なかなか難しいことだと思います。私たち皇族は,公的ないろいろな仕事をしていくのは当然なことであると思うのですけれども,あくまでも私個人としては,自分のための公務は作らない。つまり自分がしたいことはいろいろあるわけですけれども,それが公務かどうかはまた別ですね。私は公務というものはかなり受け身的なものではないかなと。こういう行事があるから出席してほしいという依頼を受けて,それでこちらもそれが非常に意義のあることであればそれを受けてその務めをする。私自身はそういうふうに考えて今までずっと来ています。それでよろしいですか。
(引用終わり)


この平成16年の会見を巡り、当時の雑誌も記事にしています。次回、それらをご紹介させていただきます。

平成16年の皇室のご会見を振り返る~皇太子殿下のご会見編

前回申し上げました通り、当ブログでは2004年(平成16年)に起きた「ある出来事」をしばらく取り上げることにいたしました。
この出来事に関する雑誌記事をご紹介する前提として、まず同年に行われた皇太子殿下のご会見と、秋篠宮ご夫妻のご会見の文章を掲載させていただきます。
この会見文には特に私からの解説などは入れず、文章だけをそのまま引用させていただくことにします。
そして雑誌記事を紹介する際にこの会見のURLにすぐに飛べるように設定させていただきたいと思います。

まず、2004年に行われた皇太子殿下のご会見とは「デンマーク・ポルトガル・スペインご訪問に際し(平成16年)」5月に行われた会見のことであり、皇太子殿下が決意を秘めて「雅子様の人格が否定されている」と発言されたものとして知られています。

デンマーク・ポルトガル・スペインご訪問に際し(平成16年)行われた会見

改めてその箇所を引用いたします。

(引用開始)
雅子の長野県での静養のための滞在は,幸い多くの方々のご協力を得て,静かな中で過ごすことができました。この場をお借りして,協力してくださった皆さんに雅子と共に心からお礼を申し上げます。雅子からも皆さんにくれぐれもよろしくと申しておりました。
長野県での滞在は,とても有益なものではあったと思いますが,まだ,雅子には依然として体調に波がある状態です。誕生日の会見の折にもお話しましたが,雅子にはこの10年,自分を一生懸命,皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが,私が見るところ,そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや,そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です。
最近は公務を休ませていただき,以前,公務と育児を両立させようとして苦労していたころには子供にしてあげられなかったようなことを,最近はしてあげることに,そういったことを励みに日々を過ごしております。そういう意味で,少しずつ自信を取り戻しつつあるようにも見えますけれども,公務復帰に当たって必要な本来の充実した気力と体力を取り戻すためには,今後,いろいろな方策や工夫が必要であると思われ,公務復帰までには,当初考えられていたよりは多く時間が掛かるかもしれません。・・・

(引用終わり)

当ブログの今後の予定について

いつも当ブログをご覧いただきまして誠にありがとうございます。

さて、当ブログではこれまで過去の雑誌記事を中心に、秋篠宮様や紀子妃の実態を暴く記事を書かせていただいてきましたが、今後も秋篠宮家に関する疑問を追求するにあたり、どうしても避けて通れない年代が2つあります。

それは「2004年」と「2006年」です。

2004年前後といえば、敬宮愛子様があどけなく可愛らしい2~3歳というお年だった一方で、雅子様のご病状が一番重かった時期でもあります。
そして皇太子殿下が雅子様をお守りするために一つの決意を込めて「ある行動」に出られた年でもありました。

そして2006年といえば、秋篠宮家に第三子=悠仁様がお生まれになった年でもあります。

2004年~2006年頃の雑誌記事は東宮家に対する無理解とバッシングが一番ひどかった時期でもあり、秋篠宮家に対する理不尽な“称賛”の蔓延りが始まった時期でもあるので、東宮応援派の一人としては振り返っていくことに抵抗があるといいますか、精神的に辛いことも多いと感じるのが正直な気持ちです。

しかし冒頭でも述べたように、秋篠宮家への疑惑を追及する当ブログとしても「避けて通れない」時代でもあります。
今後、何回かに分けて「2004年」に起きたことと、「2006年」を境に起きたことに関する雑誌記事をいくつかご紹介していきたいと思います。
内容が重いだけにブログ記述の歩みも遅くなるかもしれませんが何卒ご容赦くださいませ。

もしかしたらたまに「箸休め」として、これまでシリーズとしてお送りしてきた以下のテーマについての記事もちょこちょこ挟んで書けたらいいなと考えております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

〇秋篠宮様の人となり
〇秋篠宮家パワハラ・ブラック関連
〇東宮家には一切遠慮しない秋篠宮家
〇秋篠宮ご夫妻の結婚問題と紀子妃の親族について など

番外編:加計学園問題と皇室の闇 その2

5月30日、当ブログでは「番外編」として、加計学園と皇室の関わりについて書かせていただきました。

★番外編:加計学園問題と皇室の闇

その後、加計問題についてまた新たな疑問点が見つかりましたので、こちらに記録させていただきたいと思います。
森友・加計問題については、「大義なき解散」の一件や野党のあまりのグダグダな展開と分裂などで有耶無耶にされつつありますが、この問題はまだ終わったわけではありませんしこのままスルーされてしまうのはどうしても納得いきません。
しかし、加計問題に関しては皇室も関わってしまっていることが分かった以上、これ以上の深い追及はされない可能性が高いです。

今回新たに判明したことは、加計グループの学校である「千葉科学大学」の教員の中に、なんと黒田清子さん(紀宮様)と婚約の噂があった坊城俊成氏がいるという事実です。
千葉科学大学HPにも坊城氏の画像が掲載されています。

千葉科学大学 坊上氏

坊城氏は清子さんと結婚するという噂が出たこともあり、彼自身も一時期マスコミで話題になったことがあります。しかし坊城氏は「寝耳に水でございます」と言ってその後別の女性と結婚することになりました。
清子さんは坊城氏に好意を寄せていたのかもしれず、公開の場で振られて失恋してしまった経緯を考えると清子さんもかなりお気の毒な状況であったとは思います。

坊城氏は1981年から宮中で行われる歌会始の所役を約30年、講師(こうじ)を23回務めており、今でも皇室との縁がなくなったわけではありません。
清子さんの夫にはならなくても皇室とゆかりのある人である坊城氏が、よりによって加計グループの大学の教員に名前を連ねているという事実は一体どう解釈すればいいのでしょうか。
どういうツテで坊城氏まで加計グループに関わることになったのか…
もはや、加計グループというもの自体がそういう「上流(上級)社会」の人々と深く関わるような性質の、コネクションだけで成り立っているものなのかもしれません。

安倍総理の“オトモダチ”や美智子様の親族、秋篠宮様ご自身、清子さんのお婿さん候補と言われたこともある坊城氏…加計問題には、「これ以上深く追及されることはない」と言われる環境がまさに整っていると言えてしまうのです。

“モリカケ”問題ばかりを追求してきた野党に対しては「ほかの議題が進まない、いつまでそればかり追求しているんだ、政治の停滞しか招いていない」という意見もあるようですが、「モリカケ問題については国から真摯な説明が何もない、疑惑は解明されていない」という声が大半の世論調査結果も出ていました。もちろん私も納得するはずがありません。

加計疑惑、前回ご紹介したWWFJ不祥事と同じような結果になるのでしょうか。

WWFJの過去の不祥事~総裁は秋篠宮様

眞子様の婚約者である小室圭さんが、奥野総合法律事務所に勤めているというのは割と知られていますね(当初は「東京都中央区京橋にある法律事務所」と報道されていましたが場所も一致します)。
この法律事務所の所長の奥野善彦弁護士は、2011年から世界自然保護基金ジャパン(WWFJ)の幹事を務めています。
そしてWWFJの名誉総裁は、当ブログの主人公である秋篠宮様です。

この辺りの人間関係から、WWFJを通じて奥野弁護士と懇意である秋篠宮様が、眞子様の婚約者である小室さんを奥野総合法律事務所に入れるように“口利き”したのでは?という憶測がかなり広まっているようです。
もしそれが事実だとしたら小室さんも相当強かな人だという印象ですね。
一部では「ヒモ男」の代名詞として「KK(ケイ・コムロ)」という単語も使われているようで…
小室さんがこれからも「元内親王の夫」という立場を利用して成り上がっていくのかどうか興味深いです。
眞子様のお母様も同じように皇族に近づいて成り上がってきた女性ですし、歴史は繰り返すんですね。
(一説によると「小室さんは既に奥野事務所を辞めている」という噂もあるようですが真相はいかに…?)

さて、そんな物議を醸したWWFJの人間関係ですが、この団体については20年以上前にもスキャンダル記事が書かれていたようです。今回は番外編として、その記事をご紹介したいと思います。

噂の真相 1994年7月号 特集6

秋篠宮が総裁をつとめる自然保護団体の“不敬の内幕”
――WWFJ――、世界自然保護基金日本委員会のセクハラ疑惑など呆れた内情を剥ぐ!

●レポーター 吉沢英樹
 
◆WWFJと皇室の関係

さる5月初め、『AERA』(朝日新聞社)に、「パンダマークが泣いている」というタイトルで内紛に揺れるWWFJの実態をレポートした奇怪な記事が載った。そして、その内容が良識ある関係者の間で、いま、おおいなる顰蹙を買っている。
それどころか、「この記事を目にされた秋篠宮様が、ご立腹されている。へたをすれば、皇室スキャンダルにさえ発展しかねない」(皇室関係者)などという声さえ聞かれるのだ。

WWFJ――正式名称、世界自然保護基金日本委員会。環境庁管轄の財団法人である。関係資料によれば、「世界の自然保護事業に協力し、自然保護思想の普及を図り、もって自然環境の保全による人類の福祉に貢献する」という設立目的が書かれている。本部はスイスにあり、委員会を置いている国はわが国を含め23カ国。全世界の会員総数は500万人を超え、世界最大の民間自然保護団体。うち、わが国の会員数は約3万5000人といわれる。
過去には、このWWFJの理事でもあるタレントの“玉ねぎオバハン”こと黒柳徹子が、「絶滅の危機に瀕しているパンダを守ろう」と21台の自動車や募金を携えて訪中したこともある。最近では、例の捕鯨問題でグリーンピースと一緒になって「クジラは高等生物だから人間のお友だち。食べちゃいかん」とアピール。また、人形の「吉徳」と組んでシマウマやウミガメのぬいぐるみなどを“WWFサファリコレクション”として売り出したところ、「かわいい!」と女子学生などに受け、ちょっとしたブームになったりしたこともある。

そして、このWWFJの総裁を務めているのが他ならぬ皇太子・浩宮の弟である秋篠宮なのだ。
このWWFJ同機、日本赤十字社の名誉総裁、副総裁にも皇后、皇太子など計9名の皇族が名を連ねているのはわりとよく知られた事実。“愛”の団体に皇族が名を貸すのはよくあることではある。
だが、それはあくまで「名誉」総裁、「名誉」副総裁であり、WWFJの秋篠宮総裁のように、名実ともにその地位にあるのは例外といっていい。もちろん、日赤の場合も「名誉」総裁、副総裁に過ぎない。
「だから、WWFJに不祥事があれば、その責任は当然ながら秋篠宮様にまで及ぶ。でも、以前から自然保護に関心の高い殿下のこと、それは覚悟の上でしょう。しかし、余りにその不祥事の内容が悪すぎる。まさにこれ以上のことはないという最悪のケースなんですから……」
あるWWFJ理事は、そう苦渋に顔をゆがめながら、さらにこう続ける。
「WWFJでは、現在、徹底した箝口令を敷いてそのスキャンダルの揉み消しを計っている。殿下の名誉のためだけではありません。こんなことが万一外部に漏れたら、WWFJそのものが潰れかねませんからね」
そして、後は貝のように沈黙してしまったのだ。
だが、ゲリラジャーナリズムを標榜する本誌は取材の結果、そのタブーの内容を知ることがでぎた。
 
◆事務局長にセクハラ疑惑

ズバリ、結論からいえば、WWFJを長年牛耳っていた半田精三元専務理事兼事務局長が複数の女性職員やアルバイトに対し、セクハラを行っていたのだ。
神聖さ!?をなにより重んずる皇室にとって、セクハラなど性に関する問題は最大のタブー。道理で理事が顔をしかめるはずだ。
前出『AERA』も報道しているように、今年4月4日、ついに半田は羽倉信也会長(第一勧業銀行相談役)に退任届けを出したのだ。
「実は、昨年6月2日にこの手の財団法人としては極めてめずらしくWWFJ内に労働組合が結成されたんですが、その直接の動機はこのセクハラ問題といわれます。これを看過できなくなった職員が(44人中25人加盟)半田の辞任を求める団体として、また被害の実態を調査するために結成されたようです」(関係者)
だが、半田はそれでも開き直って、いっこうに辞めようとはしなかった。
「二宮和彦理事が組合との間に立って半田降ろしの調整に骨を折ったが、年が明けても半田は辞めない。で、二宮サンの方がとうとう精根尽きて辞任してしまったんです」(前出関係者)
もちろん、そのシブトサは半田の個人的性格による部分もあるだろうが、むしろ、彼をWWFJに引き入れたのが、同副会長を務め、また天皇家にも連なる(財)畠山記念館の畠山向子常務理事その人である事実が大きいことは間違いないだろう。
「半田サンの息子は通産省の現役キャリアなんだが、彼と向子の義理の娘が結婚しているという緑からです。それに、そもそも秋篠宮殿下を総裁に招き入れたのが彼女の亡夫・清二サン。最初の候補は常陸宮様だったが、『アヤ(秋篠宮)でどうか? それも“名誉”総裁でなく……』という天皇陛下の直々のお言葉で秋篠宮総裁が実現したそうです」(関係者)

畠山記念館は、向子の義父に当たる畠山一清がその財にものをいわせてかき集めた国宝や重要文化財などの美術工芸品の保存や公開を目的として1964年に設立された。
一清はいまや年間売上高3000億円近くを誇るポンプ最大手の荏原製作所の創業者。その一清の二男である向子の亡夫は、荏原製作所二代目社長を務めたという関係。そのせいで、この記念館の理事長をはじめその役員のほとんどは荏原製作所の役員が兼務している。
他には三和銀行や日経新聞社会長とともに安嶋彌東宮大夫の名も。また、評議員には杯恵一宮内庁書陵部主任研究官といった由緒正しい? 人物が名を連ねている。また、いまも畠山家がオーナーを務める荏原製作所は兜町では“天皇銘柄”ともいわれるほどの老舗だ。したがって、半田自身もまた天皇家に連なる人物でもあるのだ。
この半田は、1925(大正14)年秋田県生まれの66歳。陸軍経理学校、そして49年には東京商大(現・一橋大)を卒業。以後、第一通商や大日繊維工業のトップ営業マンを経て、60年に合成ゴムのトップメーカー日本合成ゴムに入社。74年取締役、81年常務、85年には顧問となり、エクセル東海なる会社社長にも就任。WWFJでの肩書は、協和醗酵系の医薬品卸大手であるミヤコ化学顧問。

さて、本誌はセクハラをもっとも受けていたと思われるある女性職員を割り出し、接触を試みた。
残念ながら、彼女とは話し合いの場を持つことはできなかったものの、実際にセクハラの事実があったのかどうかだけでも答えてくれとの本誌の執拗な問いに対し、彼女は、「組合の許可を得ないわけには、すみませんがお答えするわけにはいかないんです」と、苦渋に満ちたコメントをくれたのだ。事実でないなら、否定するのが当然だと思われるのだが……。
実際、周辺を取材すると本人以外のさまざまな証言を取ることができた。ある元理事はこう語る。
「そういう噂は、確かに聞きました。だいたい、なぜこの2月に彼は専務理事兼事務局長を辞めたのか(同4月までは平理事で残留)。辞める理由なんて、他に何も見当たらないんです。辞めた時、やはりこの噂は本物だったんだと実感しましたね
また、この元理事はこんな意味深な発言も。
「前の日本合成ゴム時代にも、職員に対してそういう噂があったそうですよ。セクハラの程度? そりゃあ、少し触ったくらいでは辞任しないでしょう。それも、複数の被害者がいないとね……
あくまで噂以上は知らないと断りながらも、その対応からどうやら何らか知っていそうな雰囲気なのだ。また、別の内部関係者によれば、
「被害者は職員だけでなく、アルバイトの子が多いようだ。彼女たちは良家のおとなしい子が多いだけに、なかなか被害は表に出にくい。手口は、正式に就職させてやるからとか、給料を上げてやるといって迫って来るケースがあったと聞いています。同乗したタクシーのなかで、逃げられないことをいいことに触られた子もいたようです」とも。
さらに、別の関係者はこうも語る。
「前任の平山真一サンの時から勤めていた秘書が、半田サンが就任するとすぐに理由もハッキリしないまま辞めたことがあります。彼女は生態学の勉強をしたいということで入った、自然保護に実に熱心な子だったんですが……」
実際、こうした噂を噂としては済ませられず、半田に直に問いただした役員もいるという。すると、半田はそのような事実はないと激昂するとともに、呆れたことに、「だいたい、こういったセクハラは申告罪で、半年以内に申し立てがないと逃げきれるんだ。組合がいっている? それは、俺を追放するためのワナだ」と、臆面もなく答えたという。
しかも、申告罪などという“悪知恵”を指南したのは、弁護士でWWFJ常任理事でもある河村貢だというから恐れ入る。
 
◆そうそうたる役員の顔ぶれ

当然ながら、この事実は前出・羽倉会長の耳にも入っているそうだが、羽倉は事の重大さを認識できず聞き流していたともいうから、ますますもって恐れ入る。
だが、それも無理がないかもしれない。このWWFJの役員には、羽倉会長以下、そうそうたる人物が名を連ねている。
佐治敬三(サントリー会長)、森稔(森ビル社長)、江戸英雄(三井不動産相談役)、近藤道生(博報堂会長)、豊田章一郎(トヨタ自動車会長)、那須翔(東京電力会長)、山崎圭(バイエル薬品会長)、鈴木和夫(凸版印刷相談役)、山崎富治(山種証券相談役)、渡辺宏(東京ガス会長)、吉野照蔵(清水建設会長)……。
「鯨岡兵輔、愛知和男両代議士も理事になっていますが、鯨岡サンは『何で田中派出のダーティーな奴が一緒に入っているんだ』と不満タラタラだったですね。河野洋平サンもつい最近まで入っていました」(関係者)
だが、超多忙な彼らはしょせん名を貸しただけの名誉職。もちろん、給料だって彼らには支払われてはいない。「確かに、川那部浩哉京都大教授(動物学)が専務理事、黒田長久(財)山階鳥類研究所所長といった専門家も複数名を連ねているが、要するに、彼らの多くは秋篠宮殿下が総裁に就いていらっしゃるからこそ、そうした由緒正しい? 列に加わっておくのも悪くないという“有閑マダム”もどきばかり。

そして、彼らの名を利用して、現場実働部隊として先頭に立って資金集めをしたのが他ならぬ半田事務局長。これで、力をつけないわけがない」(前出・関係者)
元理事が続ける。
「彼は、小沢一郎のようにその風貌もやり口もとにかくこわもてタイプ。日本合成ゴムで途中入社にも拘らず常務まで上り詰めたのも、その強引ながらも巧みな営業力ゆえといわれます。WWFJでもその営業力はいかんなく発揮され、『秋篠宮殿下が総裁を務められるうちに、募金しないとはいかがなものか』とか、『○○企業なんて、会長が理事にまで就いていらっしゃる』といった“脅し”で企業からカネを集めまくり、その資金調達額を一挙に数倍にしたんです。ちょうど、秋綾宮殿下と紀子様がご成婚され、またバブルが弾ける前でエコロジー・ブームだったのも幸いしてね
半田がWWFJに入った89年度の同団体の個人会員は約5000名、法人会員は100社に過ぎなかったが、94年度は個人約4万人、法人1400社。基金は89年の約1億円から10億円ほどになっており、それだけ見れば、その“実績”は一目瞭然だ。また、前任者が無能だったのも、半田には幸いした。
別の関係者が証言する。
「前任者の平山真一がひどかった。不正経理疑惑はあったし、会員や募金集めの力量もまったくなかった。だから最初は半田サンは期待されて迎えられた。良識派だった羽倉サンの前任、大来佐武郎会長も喜んでね。ところが、半田は確かにそれなりの実績を挙げたものの、やがて畠山女史と組んで権力の独占を図り出した
そんな折、第2次大平内閣では外相を務めるなど、名実共に力を持っていた大来会長が死去。そこで半田は、大来とはその格を比べようもない小粒な羽倉副会長を、イエスマンとして会長に祭り上げ、好き勝手を始めたのだというのだが……。
 
◆セクハラ以外にも疑惑が……

セクハラ疑惑についてはすでに述べたが、その他にもさまざまな不正や専横行為が見られた。例えば、半田の給料は月100万円+タクシー代が使い放題とも。通常、その手の団体の事務局長の月給は、せいぜいこの3分の1ほどが常識だという。もちろん、タクシー使い放題など間題外。
また、WWFJは各国の統括団体であるWWF本部に募金の一定割合を納めないといけないが、半田はこれをごまかして着服していたという説もある。
さらに、自己保身のために、自分にとって都合の悪い、有能で真摯に自然保護に取り組んでいた人材の追放も徹底して行ったようだ。
例えば昨年春、野生動物の不正取引に目を光らせる民間の監視団体の「トラフィック・ジャパン」を強引にWWFJに“吸収合併”して顰蹙を買ったばかりか、“内紛劇”とマスコミに報じられ、あげくいまだ裁判を引きずっているのもそのひとつ。
ある「トラフィック・ジャパン」の関係者は、こう怒りの声を露にする。
「マスコミでは、『トラフィック・ジャパン』委員長だった小原秀雄サンとWWFJとの縄張り争いだと取り上げたが、とんでもない。半田は、企業からの募金をたくさん集めるためには、野生動物の監視を精力的に行っていた『トラフィック・ジャパン』が目の上のタンコブだったんだよ。それで、WWFJ常任理事で切れ者弁護士である河村貢と組んで、小原一派を追放。いまでは『トラフィック・ジャパン』をWWFJ同様、自然保護団体とはおよそ思えないふぬけた組識にすることに成功したんだ」
その手口とは、世界にある他の16のトラフィックはすべてWWF傘下にあるから、わが国の「トラフィック・ジャパン」も素直にWWFJの一部門になれというもの。もっとも、これは真っ赤なウソだったのだが。
女子栄養大教授で生粋の動物学者である小原は、この半田の意向に猛反発。主要国のトラフィックに手紙で訴えたが、半田はこの際、栄養大教授の肩書で出したことが名誉毀損、業務妨害に当たる不法行為だとして女子栄養大学長宛に手紙を出すなどして嫌がらせを行う。加えて、小原は出張と偽ってカネを着服しているといった怪情報を流し、小原欠席のもとで解任の決を取るといった手段を選ばぬ手口で、結局、WWFJの理事でもあった小原迫い出しに成功するのだ。
また、小原の側近で「トラフィック・ジャパン」事務局長だった徳永嗣臣は“吸収合併”に伴う配置転換を拒否して抵抗を試みたものの、その追い出しにも成功。
もっとも、こちらは半田たちが海外の関係者に「徳永が勝手な行動をしている」と手紙を出した点を突っ込まれ、逆に徳永にWWFJを相手に名誉毀損による損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こされたのだが、その後、提訴は取り下げられた。
こうして、本当に自然保護を考えている“うるさ方”を一人ひとり追放し、代わりに古巣の日本合成ゴムから自分の息のかかった者を次々に連れて来て職員にするあり様。例えば、現在広報室長を務める宗貞淑もその一人で、半田は海外出張の度に彼女を同行。
「社内では、彼女は半田の愛人ではないかという声さえ聞かれます。もっとも、同じ重役仲間だった二宮和彦サンは極めてまともな方だった。となれば、お役御免でやっぱり追放ですし」(別の元理事)
何でも、二宮の叔父・石山礼水産大学名誉教授は日本魚類学会の創始者で、また昭和天皇の著書の編集にも関わったというから、そんな関係者まで追い出すとは、半田の力の強さがうかがい知れる。もっとも、半田は退任した。が、半田が残したツケは、あまりに大きい。そして、また、この問題は何ら解決していないのだ。
 
◆法人からの資金集めにも問題点

例えば、一時“実績”とされた、企業からの資金集めもそのひとつ。
WWFJはここ3年間、1口20万円で資金を法人から集め、毎年2億円台を確保して来たが、今年は法人側が「5口を2口に減らしたい」(商社)、「3口分すべてやめたい」(海運会社)と苦しい台所事情に追い込まれている。
もちろん、これは長引く不況の影響が大きい。だが、世界的には個人会員が主役で、WWFJのような企業におんぶにダッコなのは世界のWWFのなかにあって特異な存在。
個人主体なら、不況の影響は法人ほど受けないといわれる。それに、そもそも献金企業の多くは、理事に名を連ねている多くのトップの企業がそうであるように、土地転がしや排気ガス噴出などを通して環境破壊を行っている張本人。これではたとえ資金は集まっても、いつまでたっても国民の意識も高まらない。
なかでも理事にトップが名を連ねるバイエル薬品に至っては、まさか動物実験をやっていないとでも言うのだろうか。これでは、まさにブラックジョークではないか。「秋篠宮殿下はこうした企業中心のあり方には以前からご不満だった」(関係者)とも。
さらにいえば、半田をリクルートし、共に専横を極めながら、いまだ副会長の座に平然と居座っている畠山女史の悪弊も、ここに来てハッキリ出ている。
「半田さんの後任で事務局長の座に就いたのが、あろうことか、よりによって清水建設の営業部長というんだから、開いたロが塞がらないよ」(社会部記者)
実は、WWFJの、それも常務理事に最近まで名を連ねていた一人が、清水建設会長の吉野照蔵。そう、竹内藤男前茨城県知事に県庁舎などの受注を狙って1000万円のワイロを贈ったとして、竹内同様、いまや被告の身である、あの人物。
「どういう縁かは知りませんが、吉野サンと向子サンはひじょうに親しく、その縁で吉野サンが常務理事に就いたといわれます。だから、向子サンは吉野サンが逮捕された時、公然と検察批判をしていましたよ。今回、性懲りもなく清水建設営業部長がリクルートされたのも、元はといえば彼女の吉野サンに対する“思いやり人事”とさえいわれます。実は羽倉会長はこれには反対で、自分の第一勧銀から誰か引っ張って来るつもりでいた。しかし会長さえ向子サンには逆らえないというか、まあ、要するにブツからないようにナアナアでやっているわけです」(前出・関係者)

そうしたなか、いまや畠山女史は「WWFJの女帝」と陰では囁かれているという。
別の関係者が語る。
「長良川河口堰の建設問題について、WWFJは工事中止を建設相に申し入れているが、畠山女史はこれに疑問を抱いているようだ。『あの問題には、アカがたくさん支援しているようね』とかいってね。とても副会長の地位などつとまる器ではない。亡夫の清二氏はリッパな方だったんですがね。思えば、ただその妻というだけで、清二氏亡き後に彼女が現在の地位に就いたのが“悪夢”の始まりです」
だが、『AERA』の記事には、セクハラ疑惑についてはまったく触れられていないばかりか、半田が追い出した関係者についてはあくまで同等責任たる“内紛”という表現を用いている。さらには、半田の、「WWFJの方針に反するような言動を小原氏がとり、組織を私物化していたから。自然保護運動家は自己顕示欲が強く、すぐに内部告発や紛争を起こし、それをマスメディアが面白おかしく取り上げる。そうしたことが環境団体のイメージを傷つけ、日本のNGOが育たない原因になっている」とのコメントを一方的に掲載し、結果的には、ヨイショしているあり様。
そのため、「半田は一部マスコミが取材に動いているのを察して、機先を制して、自分に有利な記事を出してもらったのではないか」といった見方も。

だが、組合はすでに被害者からのヒアリングを済ませており、こうした状況のなか、場合によっては、近くセクハラ疑惑が弾けるともいわれている。
いずれにしろ、宮内庁職員によれば、天皇さえ『噂の真相』に目を通しているというから、この掲載誌が出ればWWFJはマスコミの渦中で大騒ぎになることも考えられる。
そうなれば、秋篠宮が総裁を辞任することは明白で、後は沈没船からネズミが逃げ出すように、現在の理事が軒並み右にならえするのも確実だ。その結果、イメージ悪化で、さらに寄付をする企業は激減し、WWFJ自体の消滅ということも、けっしてあり得ないことではないだろう。その行方が大いに注目される。〈敬称略〉

(記事終わり)

上記記事を一読した後、「どことなく、現代の加計疑惑にもつながるような問題だな」ということを感じました。
スキャンダルを起こしたのは秋篠宮様ではなくて、宮様が総裁を務める組織の上位メンバーであった男です。
しかし上記記事でも触れている通り、本来であればスキャンダルにまみれた組織の総裁を務める秋篠宮様が「無傷」でいられるはずがないのです。
加計疑惑もそうですが、皇族を中心にした巨大なコネクションで形成された組織は、皆その「皇族」の存在を盾にして好き放題に振舞うことが非常に多いと感じずにはいられません。
皇族が関わっているからマスコミでも問題視されないし、肝心の疑惑はずっと伏せられたままになってしまう。
上記WWFJも秋篠宮様を中心に見事に巨大なコネクションを作り上げ、そのコネを盾に上位の者たちが好き勝手に振る舞っている。
20年以上も前の事件なのに現代と何も変わっていないどころか、むしろ事態は悪化しているのではないかと思います。
加計疑惑も美智子様の親族と秋篠宮様の関わりが取り沙汰されていますが(当ブログでも過去に検証しています)、そのままスルーされて過去の問題にされる恐れが大きいです。

結局、上記WWFJ問題は有耶無耶にされ、秋篠宮様も総裁を辞することなく現在に至るというわけですね。
当時は秋篠宮様はただのお飾りの「名誉総裁」ではなく、「総裁」であったと上記記事は明確に書いています。
ところが現在、WWFJのHPを見る限り、秋篠宮様は「総裁」ではなく「名誉総裁」になっているのです。


https://www.wwf.or.jp/aboutwwf/japan/board.html
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)役員等名簿

名誉総裁
秋篠宮文仁親王殿下


上記セクハラ事件を契機に、総裁として組織の責任を宮様に負わせるわけにはいかないと、ただのお飾りの“名誉”総裁に立場を変えたということでしょうか?

※当ブログでもまた後ほど取り上げたいと思いますが、「総裁なのに何も責任をとらない秋篠宮様」といえば、イルカ漁を巡り様々な物議を醸したJAZA(日本動物園水族館協会)の一件もありましたね。こういう点でも歴史は繰り返す、です。

それにしても、秋篠宮様の周囲には本当にロクな人間が集まらないのだなとつくづく思います。
秋篠宮様に群がる人々はいつも「皇族と懇意にすれば好き勝手やれる」とか「皇族の名前を利用して〇〇してやろう」という考えの連中ばかりな気がします。
そして秋篠宮様ご本人も、自分がそういう悪い連中に利用されているだけと気が付いていない節があります。
結局どんな問題が起きようと、皇族である自分は何も責任を取らなくて済むし、尻尾を切られるトカゲは周囲の民間人だけなので、秋篠宮様は何も考えていないし人間関係にも恐ろしく無頓着で冷酷な感じがします。
「僕の立場が守られるのであれば後はなんでもいい」と言うか…。WWFJでもJAZAでも、秋篠宮様だけは一人無傷で済まされました。
「噂の真相」の読みは外れ、結局WWFJも秋篠宮「名誉総裁」も、今に至るまで健在ですね。
WWFJ、JAZA、加計など、皇族が関われば組織は安泰なのでしょうか(JAZAは内部崩壊が進みつつあるようですが)。
日本はコネ社会だと言われますが、このままでは「皇室の存在そのものがコネ社会の諸悪の根源」と言われて皇室廃止論者が増えるのではないかと危惧します。
しかし、次代の新天皇陛下となられる皇太子殿下はその悪しき習慣と無縁に生きられる覚悟をお持ちのように見えるのです。
正田家もその姻戚も関係なく、孤高で気高い、正当な道を歩まれる陛下となられるように私は感じます。
皇太子殿下も10年以上、いわれなきバッシングに晒されてきた方でした。
「公務の見直しを進めたい」と発言されたことにも見られるように、もし皇太子殿下がそういう悪しきコネクションと関わりを一切持たずに、利権で雁字搦めになった公務を見直す・削減するというお覚悟をお持ちでいらしたなら、そういうコネや利権にありついていたい連中にとっては皇太子殿下は邪魔な存在に映るでしょう。
そして秋篠宮様は、そういう点で皇太子殿下とは「真逆の方」なのだと思います。だから一部の人々から持ち上げられている。


皇太子ご一家バッシングの根はそういうコネ・利権問題も関わっているのではないかと個人的には考えます。
だから次代の天皇ご一家(徳仁様、雅子様、敬宮様)は国民が一丸となってお守りすべきなのです。

航空会社にも一般乗客にも迷惑かけまくり宮家~鍵束不当運搬事件

秋篠宮家の海外旅行に関する記事ご紹介は、今回で一応区切りを付けたいと思います。しかし、後でほかにも関連記事が見つかった場合には時を改めて適宜ご紹介させていただきたいと考えております。

今回ご紹介する記事は、サンデー毎日・2014年8月31日号です。比較的新しい記事なので記憶に新しいと思いますが、これも記録としてこちらに残しておきたいと思います。

残暑お見舞いワイド 晩夏の特別警報

秋篠宮ご夫妻 アフリカ訪問
宮内庁が前代未聞の大失態


秋篠宮ご夫妻が6月にアフリカ訪問のため成田空港から旅立つ際、ご夫妻の荷物を詰めた数十個のスーツケースの鍵の束を、お付きの者が忘れるという前代未聞の事態が起きた。気が付いた事務官が空港へ車を飛ばしたのだが…。緊迫した場面を再現する。

「大変です。スーツケースの鍵を忘れています」
ご夫妻が成田空港第1ターミナルに着いた6月27日午後5時40分ごろ、東京・赤坂御用地の宮家から、空港に同行した宮内庁職員の携帯電話に切羽詰まった声が届いた。ご夫妻の荷物はスーツケースが40~50個にもなる。そのうち、紀子さまのスーツケース数十個分の鍵の束を宮家に忘れたまま出発してしまったというのだ。宮内庁職員が叫ぶように、こう返答した。
「すぐに車で届けて」
ご夫妻は6月27日から7月8日までの日程で、アフリカ・ザンビアとタンザニアへ公式訪問した。日本とザンビアの外交関係樹立50周年にちなんだもので、記念レセプションや政府主催の晩さん会に出席するほか、国立公園視察などが予定されていた。宮家関係者が説明する。
今回は全部で12日と長期間です。現地ではチャーター機に乗り換えて、博物館や国立公園などを訪れる過密なスケジュールでした。それだけ、お荷物の量も多くなりました」
ご夫妻は6月27日、午後6時10分発の全日空911便で出発。午後10時前に香港に着き、同11時45分発のキャセイパシフィック(CX)便に乗り換えて南アフリカ・ヨハネスブルクに飛び、さらに南アフリカ航空でザンビアの首都ルサカに向かう日程だった。

午後6時前、事務官は鍵を届けに宮邸を車で飛び出した。だが、東京都港区の赤坂御用地から成田空港までは、どんなに急いでも1時間はかかる。当然、ご夫妻が乗り込む全日空機には間に合わない。空港にいた宮内庁職員はご夫妻を見送った後、電話で連絡を取りながら善後策を話し合った。
出発したご夫妻には、スーツケースの鍵の束を宮家に忘れてきたことは知らされていなかった。
両殿下のお耳に入れずに何とかしようと、宮内庁の方々は声を潜めながら電話でやり取りをしていました」(空港関係者)
「両殿下が香港で乗り換える間に、鍵を届けるしかない。アフリカに着かれてから『鍵を忘れたのでスーツケースが開きません』ではすまされない」
香港での待機時間は約2時間。宮内庁職員らは日本航空や全日空に頼み込み、成田から香港に着く航空便を調べた。その結果、CX505便が浮上した。航空会社は乗客の荷物を運ぶ託送はしていないが、打診を受けたCX側は「皇族のお荷物のことなので仕方なく了承した」(前出・成田空港関係者)という。
CX便の出発は通常なら午後6時半だが、この日は出発準備などの関係で30分遅れていた。これが幸いした。CX側は宮内庁職員に対して「午後6時50分までに第2ターミナル3階、国際線出発ロビーのチェックインカウンターに持ってきてもらえれば」の条件付きで引き受けた。
「まずはよかった」
香港に送り届けるめどがついた宮内庁は安堵した。あとは鍵の束が着くのを待つだけだった。

ところが、その鍵の束がなかなか届かない。約束の時間を過ぎ、午後7時になっていた。
「これ以上、待てません」
CX側は、宮内庁職員に告げた。

「もう少し、もう少し待ってください。あと数分で着くはずですから」
CXのチェックインカウンター付近で青ざめた宮内庁職員の悲痛な声が響く。国際線を利用するため、たまたま、その場面に居合わせた男性は振り返る。
異様な光景でした。すべての乗客の搭乗が済み、静かになったカウンターで、必死に何事かを懇願する人たちがいました
鍵の束が入った紙袋がカウンターに着いたのは午後7時10分ごろ。CX職員がその袋を抱えて駆け出し、数百メートル離れた駐機場の飛行機に持ち込んだ。CX便は十数分の遅れで空港を出発。その間、乗客に遅延の正確な理由はアナウンスされなかったという。空港関係者は肩をすくめる。
「託送は社内間で急ぎの物を届ける時に使います。お客様の忘れ物を送るということは、どこの航空会社もしていません。しかも、今回は秋篠宮ご夫妻の一行は全日空便で出発されたのに、鍵はCX便で届けられた。ありえないことです

もともと30分の遅れがあったCX便は、鍵の束の到着を待ってさらに十数分遅延。結局、40分以上遅れて出発した。香港では、待ち構えていた外務省の香港総領事館員に鍵の束が入った紙袋が渡され、無事にご夫妻一行に届いた。事なきを得たわけだが、空港関係者は厳しく指摘する。
「CX側は善意でしたことでしょうが、全体で40分以上遅れました。その理由を『秋篠宮ご夫妻のスーツケースの鍵の到着を待っていた』と正直に言えるはずもありません。結果的に一番迷惑を被ったのは、何も知らされないまま機内で待っていたお客様なんです」
宮家関係者も、ため息交じりに話す。
「外国を訪問される際には、スーツケースの鍵はスペアの分も入れて2組持ちます。紛失の恐れもあるためですが、今回は出発前のあわただしい準備の中で鍵を分けなかった。一緒にしたまま宮家に置いて出てしまったのです
さらにこう付け加えた。
「ご訪問中、鍵を忘れ、それがCX便で届けられたことは両殿下には伏せられました。伝えられたのは帰国されて、かなりたってからです。それに宮内庁側からCX側へ謝意が伝えられたのは8月になっていました。飛行機の出発時間まで遅らせてもらったのに、その不誠実な態度には首をかしげざるを得ません」
前代未聞の宮内庁の大失態。事後の対応も含め、後味の悪さが残った。
(記事終わり)


上記記事は一貫して「宮内庁(秋篠宮家)職員」の不手際や対応の悪さを主張しており「秋篠宮ご夫妻に非はなかった」と言いたいように読めます。しかし、上記の事件で「秋篠宮ご夫妻には全く落ち度がない」と言い切ることはできないのではないでしょうか。

まず、スーツケースの鍵はスペアを含めて2組あるのが普通ですが、急に決まった旅行ではなく何カ月も前から予定されていたものなのに、なぜもっと早い段階であらかじめ鍵を分けて別々にきちんと保管しておかなかったのか疑問です。紀子妃が職員にたびたびパワハラや恫喝を繰り返していたことは有名ですが、なぜ紀子妃はこういう場合に限って「鍵はちゃんと分けておきなさいよ!」と職員に厳しく指導をしなかったのか。出発ギリギリまで準備をしない(させない)タイプなのか、それとも旅行でとっかえひっかえする大量の衣服が出来上がるまで荷造りできなかったとか?紀子妃は旅行の度に服を新調させることが多いようなので、そういう点でもグズグズしていたような気がします。
これも想像ですが、もしかしたら紀子妃はスーツケースとその中身に関しては「他人(職員)にあまり触らせたくない方」?という可能性もあります。
もし秋篠宮家の職員がご一家の荷物をすべて管理していたなら、紀子妃だけでなく秋篠宮様の鍵も忘れてしまった可能性が高いと思うのです。しかし実際は秋篠宮様のケースの鍵はきちんと持ち出され、紀子妃の分だけ忘れられた…この点で、紀子妃はスーツケースをご自分で管理していたのでは?という疑問が起きるのです。

数十個ものスーツケースの鍵を事前にきちんと分けず、束ごとゴッソリ忘れてきたという点もありえないことですが、それにとどまらず鍵束“だけ”を運搬させるために航空会社と一般乗客まで大迷惑を被ることになりました。
上記記事でも触れているように、荷物の託送というものはあくまでも航空会社“内部”で急ぎのものを便宜上送るために利用されるものであり、乗客の荷物を後から別に運んだりとかで利用されることはまずありえないし、それが他の航空会社同士であれば猶更行わないとのこと。違法なものの密輸などにも利用される危険性があり、少し考えれば「やってはいけないこと」であることは分かりそうなものです。
ところが秋篠宮家は、「皇族」という地位と特権を利用して前代未聞のことをCXにやらせてしまったのです。
しかもそのゴタゴタで飛行機の出発が遅れたのに、乗客には一切説明がなかったとのこと。

乗客らの貴重な時間を奪っても構わないというのが秋篠宮家の家訓なのでしょうか?

しかし、上記記事を目にするだけで、秋篠宮家の職員がいかに普段から紀子妃を恐れているかがわかるというものです。
「あくまでもご夫妻に気付かれないようにコッソリ鍵束を運ぶ」
「青ざめた顔でCXに待ってくれるよう必死に懇願する」
など、「紀子妃にこの件がバレたらただでは済まされない」という恐怖心が伝わってくるではありませんか。
「そんなに紀子妃が怖いなら事前にちゃんと準備しとけばいいだけでは?」と思いたくなりますが、そこら辺の疑問がまさに最初の「スーツケースの扱い・管理者」の疑問につながっていくわけです。

しかし宮内庁は、上記「事件」をサンデー毎日にすっぱ抜かれるまで、国民に公表せずに隠していました。
以下はすっぱ抜かれた後の宮内庁の態度に関する当時の新聞記事です。

宮内庁:秋篠宮ご夫妻のアフリカ訪問で鍵忘れる
毎日新聞 2014年08月25日 20時16分

宮内庁の山本信一郎次長は25日の定例記者会見で、秋篠宮ご夫妻の6月のアフリカ訪問の際、 スーツケースの鍵束を同庁職員が忘れ、航空機で出発した後に別会社の後発便で届けてもらったとして「ご迷惑をかけ申し訳なく思っている」と陳謝した。
この問題は「サンデー毎日」(8月31日号)が報じた。同庁などによると、ご夫妻は6月27日に全日空便で成田空港を出発。 乗り換えのため香港に立ち寄った。だが、職員が鍵の束を忘れ、後発のキャセイパシフィック(CX)便に託して香港まで届けたという。
山本次長は「あってはならないこと。CX側には感謝している。今後は基本を徹底してやっていきたい」と述べた。【真鍋光之】


不都合な事実を雑誌で暴露されて初めて陳謝し「CXには感謝してるよ」という上から目線の偉そうな態度で会見に臨むとは呆れ返りますね。

この事件はもっと重大視してもよかったはずなのにネットで検索してもあまり引っかからず、またいわゆる「秋篠宮支持派」も、当時からこの件に関してはスルー気味だったように感じます。
「秋篠宮家に不都合なことなのでスルーするに限る」と判断したのか、それとも
「こんなことはそれほど重大視しなくても構わない」と考えたからなのか、そこは不明ですが。

とにかく秋篠宮家のなさることは、たとえどんなに前代未聞のあり得ない事柄であっても、それほど大騒ぎされないのはあまりにも不自然に感じますし許されないことです。
一般国民にもリアルに迷惑をかけているのにそれに対する真摯な謝罪も何もない。
もちろんこの件に関しては、秋篠宮様もご自分のお誕生日会見で触れることは一切ありませんでした。


秋篠宮家が、普段から国民をどういう目で見ているのかこれでよくわかるでしょう。
このような一家を「皇族だから」「皇嗣()一家だから」という理由で甘やかす義理はありません。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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