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物議を醸す秋篠宮様のお誕生日会見 2

明日は当ブログの主人公(?)である秋篠宮様のお誕生日です。皇室ファンの大半は12月1日の敬宮愛子様のお誕生日の方を心待ちにしていると思いますが(私もそうです)、こういうブログをやっている以上は秋篠宮様のお誕生日をスルーすることはできません(笑)。
前回ご紹介した文春の記事の通り、秋篠宮様は2011年の誕生日会見で「天皇の定年制」や「皇族の数の減少容認と一定人数(=自分たちの家族だけ?)を残すことの必要性」と「東宮家との交流の少なさ」など、わざわざ物議を醸すような発言をなさっています。
今回も、その時の誕生日会見を取り上げた雑誌記事をご紹介させていただきます。文春とは切り口が違った内容ですが、やはり非常に偏った内容であることは否めませんでした。

AERA2011年12月12日号

秋篠宮さま「定年制」発言の真意
雅子さまへの「包囲網」


恒例の誕生日会見で秋篠宮さまが、踏み込んだ発言をした。背景には、療養9年目に入る雅子さまをめぐる状況が一段と厳しくなっていることもうかがえる。雅子さまはどうなるのだろうか。
編集部 三橋麻子

四谷から赤坂にかけての一等地に、一周約3キロのうっそうとした森が広がる。赤坂御用地だ。春と秋には園遊会も開かれる広大な敷地内には、皇太子さまご一家が暮らす東宮御所と、秋篠宮さまら4宮家の皇族の邸宅が点在している。赤坂見附寄りに位置する秋篠宮邸は、格別広い庭があることをのぞけば、一般家庭の一戸建てとさして変わらない、こぢんまりとした造りだ。
11月下旬、この秋篠宮邸で、宮内庁記者クラブの記者たちを招き、毎年恒例の誕生日にちなんだ記者会見が開かれた。いつも通り紀子さまと2人で会見に臨んだ秋篠宮さまは、予定の倍以上の1時間半にわたり、メモも見ずに宮内庁記者クラブの記者からの質問に答えた。

◆雅子さまへの言及はなし

まずは、気になる両陛下と皇太子家、秋篠宮家の関係についてのご発言だ。秋篠宮さまは、
「皇太子同妃両殿下のところとの交流については、残念ながらそれほど多くはありません」
とはっきり述べた。
「秋口、皆で集まったときに、子どもたちが集まって非常に和やかというか、にぎやかに一時を過ごしていたことが印象に残っています」
と付け加えたものの、雅子さまについての言及はなかった。
紀子さまも、こう答えた。
「今年は敬宮さま(愛子さま)と子どもたちが一緒になる機会は限られておりました」

以前、天皇陛下が「愛子に会う機会が少ない」と発言されたこともあるように、両陛下と皇太子ご一家は微妙な関係が続いている。先月の天皇陛下の19日に及ぶ入院中も、雅子さまは予定されていたお見舞いを「風邪」でドタキャン。結局一度もお見舞いに訪れなかった。
それに比べて、両陛下と秋篠宮家の絆は深まっているようだ。
両陛下が震災で多忙を極めた今年も葉山御用邸で2回一緒に静養した。昆虫採集が好きな5歳の悠仁さまは、夏の間は、ほぼ毎週、秋篠宮邸から車で10分ほどの皇居を訪れ、両陛下に挨拶してから、虫取りをしていた。時には、陛下も一緒ん虫探しをすることもあったという。初めての男の孫で、現状では、未来の「跡継ぎ」である悠仁さま。陛下も格別の思いをもたれているのかもしれない。

◆皇室の将来で「意見も」

そうしたことも念頭に置くと、秋篠宮さまの言葉からは皇太子家の孤立ぶりが漏れ伝わってくる印象だ。
誕生日会見では、「皇室の将来のあり方について、皇太子さまとどのような話をしたのか」
という質問もでた。
秋篠宮さまは、
「以前に皇族の数が少ないことは国費負担という意味において悪くはない,ということを申しましたが,この考えは今でも変わっておりません。一方,現在の皇室というものをそのまま維持していくためには,やはり一つの集団というか,ある一定の数というのは当然必要になってくるわけです。国費負担の面,一方で,今ご質問にもありました,活動の幅,継承,そういうことを合わせて,それにふさわしい数というのは多分あると思います」
そして、皇族としては異例の、踏み込んだ発言に及んだ。
「制度論については,これは国会の論議に委ねることになるわけで,私が何か言うということではありませんけれども,その過程において,今後の皇室の在り方を考えるときには,何らか,私若しくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあって良いと思っております」
政治への関与が禁じられる皇族において、これだけ踏み込んだ発言を秋篠宮さまがその場の思いつきで口にされたということはありえないだろう。今までは皇族も宮内庁もこうした質問に対し「国会で議論されること」とだけ応じていたのだ。宮内庁記者クラブからの質問項目の大半は、かなり前から秋篠宮さまに伝えられていた。天皇、皇后両陛下とよく話し合われた末の発言だったに違いない。

この誕生日会見の直前には、羽毛田信吾宮内庁長官が10月、野田佳彦首相に「女性宮家の創設の検討」と、「皇位の安定的な継承制度の実現」を求めたことが明らかになっている。秋篠宮さまが言及した「皇室の将来」がそうしたことも具体的に念頭に置いているのは間違いない。
そして、この「女性宮家の創設」は、高齢で体調不良も続く両陛下が、療養で公務もままならない雅子さまをあきらめて、10月に成人した秋篠宮家の孫の眞子さまらに将来を託したことの表れというのが宮内庁の関係者のほぼ一致した見方だ。

◆自負あふれるが

これに関連して、秋篠宮さまは、
微妙な発言もした。
「皇太子殿下との皇室の将来の在り方について(のお話)ですけれども,今年は少し私が怠けていたところもあるかと思います。去年ほどそれについての話はしておりませんが,話合いをしたことはあります。ただ,その内容については,ここでは控えたいと思います」
8月、那須御用邸で、例年より長い3週間の「休養」をしていた皇太子さまを、突然、極秘裏に秋篠宮さまと眞子さまが訪ねたことがあった。こうした際に、話し合いがもたれたのだろうか。

誕生日会見では、さらに注目すべき発言があった。「天皇の定年制」に触れたのだ。「天皇陛下の公務に対して、定年制をもうけたらどうかという意見があるが」という記者の質問に対し、秋篠宮さまは、
定年制というのは,やはり必要になってくると思います。というか,ある一定の年齢を過ぎれば,人間はだんだんいろんなことをすることが難しくなっていきますので,それは一つの考えだと思いますけれども,じゃ,どの年齢でそういうふうにするか。やはりある年齢以降になると,人によって老いていくスピードは変わるわけですね。だから,それをある年齢で区切るのか,どうするのか,そういうところも含めて議論しないといけないのではないかと思います」
「人格否定発言」以来、しっくりいっていない
ように見受けられる皇太子ご一家と天皇、皇后両陛下。雅子さまの療養生活はすでに丸8年たつ。一方で、両陛下の築いた「平成皇室」の後継者として、秋篠宮ご夫妻は日に日に存在感を強めている。秋篠宮さまの一連の発言は、皇室の将来を担う自負にあふれているといっていい。

◆異例の署名運動も

ただ、実は秋篠宮さまの立場は微妙だ。現在の皇位継承順位は、①皇太子さま②秋篠宮さま③悠仁さま、となっている。このまま皇太子さまが将来天皇になれば、秋篠宮さまが皇位継承順位1位となる。
宮内庁関係者によると、それはしかし、秋篠宮さまイコール「皇太子」になるとは限らない。
現在の皇室典範では、皇太子さまの血筋に男の子が生まれれば、その子が秋篠宮さまより、皇位継承順位が上になる。つまり、理論上は「今後、雅子さまが男の子を産む」または「英国のチャールズ皇太子のように、皇太子さまがなんらかの事情で再婚する」ようなことがあれば、そこに生まれる直系の「親王」が後継者となるわけだ。逆に言えば、その可能性が完全に排除されるまでは、皇太子さまが天皇になったとしても、秋篠宮さまが、その次の天皇になるかはわからないのだという。「その可能性が完全に排除された」ことが明らかになるかは、難しいところだろう。

こうした中で、「皇太子さまを廃嫡し、秋篠宮さまを皇太子に」という大胆な運動が巷で起きている。ブログを通じ署名を呼びかけているのは、インドネシアの故スカルノ元大統領夫人で、タレントのデヴィ夫人。雅子さまの宮中祭祀や公務への欠席はこれまでも批判されてきたが、公然とこうした動きが起きたのは異例だ。
「雅子さまは公務や宮中祭祀をしない一方で、愛子さまの校外活動にまで付き添うなど、常軌を逸したお振る舞いが続いています。『適応障害』と言われていますが、皇室に入ってもう18年もたつのに、適応できない。それなのに、『菊のカーテン』を理由に、メディアもきちんと批評していない。驚きあきれて声をあげる決意をしました」
とデヴィ夫人は語る。
「私は皇室を敬愛しているロイヤリストです。雅子さまの『ご病気』は皇室にいる限り治らないでしょう。皇太子さまも、公務も祭祀もしない雅子さまを愛しぬかれるというなら、シンプソン夫人との結婚で王位を捨てた英国王エドワード8世のように、天皇の位をあきらめ、皇太子の位を秋篠宮さまに譲るべきです」

◆読者は「解放派」が6割

何とも思い切った意見だが、世論はどうなのだろう。本誌はアエラネットで読者にアンケートした。男性83人、女性109人から回答が寄せられた。女性のうち、8割は結婚前の雅子さま同様、仕事を持つ人たち。回答数がもっとも多かったのは、雅子さまと同じ40代で、36%を占めた。雅子さまと自分を重ねてきたこの「同世代」を含めて、読者はどうみているのだろうか。
「雅子さま」についての質問では、「いままでも応援していたし、いまも応援している」「病気を克服して再び存在感を出してほしい」「病気をおしてがんばっている」などの「応援派」は計28%。一方、「いままでは応援していたが、最近は少し考え方が変わってきた」「皇室の役割も重要」などの「批判派」は13%。
最も多かったのは「解放派」だった。
「そろそろ皇室の重責から解放してあげたい」「しばらく日本を離れて、外国で静かに暮らしてもいい」「ご一家で皇室から離脱することもやむを得ない」「離婚して皇室を離れるというのも選択肢」の合計で60%に上った。
ちなみに、「『女性宮家』の創設」は賛成45%、反対29%。「『女系・女性天皇を認める』人は52%。皇室の将来については、50%が「不安を持っている」と回答した。
不登校問題が報じられてきた愛子さまは12月1日に誕生日を迎えた。宮内庁によると、最近では一人で登校することが増え、1時限目から学校へ行っているという。マイコプラズマ肺炎と見られる症状で東大病院に入院した際には、いい経験になったと
、と医師らに感謝していたという。自立の気配が感じられる愛子さまだが、雅子さまは依然として、公の場に姿をみせていない。
雅子さまの治療に携わる東宮医師団は、年1回、雅子さまの誕生日である12月9日に、病状を公表してきた。今回、医師団からどのような説明があるのか。注目される。


<アエラが行ったアンケートの結果の図解>
アエラグラフ
(記事終わり)

秋篠宮様の発言の問題の大きさは前回検討した通りですが、上記アエラ記事もやはり真正面から秋篠宮様の発言を批判することは一切なく「秋篠宮様の存在感」だの「秋篠宮様の自負」だの、アゲる方向性の内容ばかりでウンザリしました。
特に「秋篠宮様の存在感(が増した)」という決まったフレーズを、文春もアエラもどちらも使っていることに違和感を覚えました。まるで「この特定フレーズを使って記事を書くように」という指示がどこからか出ているのか?と思いたくなるほど、口を開けば「秋篠宮様の存在感存在感…」とそればかり。いやその前に、皇族の立場をわきまえずに政治的な問題への発言に踏み込んでいることにまず苦言を呈しなければいけないのでは?と思いたくなりますが、おそらくそういう「批判的な方向」での記事も書けない・書いてはいけないことになっていたのでしょうね。

そしてアエラは、紀子妃が「敬宮様が一緒になる機会は限られていた」と発言したことにも触れています。紀子妃が「敬宮様」ときちんと御称号でお名前を呼んだことは評価してもいいと思いますが、それでもなぜ「ウチの子たちと敬宮様の交流はほとんどなかったのよ~」というような、言わなくてもいいようなことをわざわざ会見の場で言うのか、理解に苦しみます。まるで「ほら、私たち夫婦がこうして東宮家のことについて言及するから、それに関して(東宮家に不利になるような)記事をちゃんと書きなさいね?」」と、記者達に促しているように見えてしまうのです。たとえ交流が少なかったとしてもそれを公の会見でわざわざ言及する必要はないと思うのです(ほかの皇族方はいちいちそのようなネガティブなことをおっしゃったりしませんので)。
このように、ほかの皇族についてネガティブなイメージをわざわざ植え付けようという意図の見える会見をしているのは、両陛下と秋篠宮ご夫妻だけです。それなのにマスコミはそこを全く批判せず、東宮家が悪いという方向性の記事ばかり。

アエラは「雅子様に対する人格否定問題以来、東宮家と両陛下・秋篠宮家は疎遠になったように見える」と言及していますが、深い悲しみと怒り、失望を感じた東宮ご夫妻が、その原因を作った両陛下や秋篠宮ご夫妻と距離を置くのは当然だと思います。「初めての男孫だから」という理由で悠仁様ばかりを可愛がる天皇陛下のお姿など、敬宮様を愛する東宮ご夫妻としては当然見たくなかった光景ではないでしょうか。
東宮ご一家が悲しみに沈む原因を作っておきながら、「なぜ我々と交流しない!」と批判する両陛下と秋篠宮家は、私からは理解できない方々であります。

そしてアエラは、デヴィが始めた不敬な署名運動についてもただ「異例」「大胆」「随分思い切った行動」としか書かず、その署名運動自体を批判するようなことは一切書いていません。これはアエラ自体が「こういう署名運動をされても仕方ない」というスタンスでいるからにほかならないでしょう。
デヴィの署名運動が最後どうなったのか知りたくもないし知る必要もありませんが、噂ではほとんど数が集まらなかったとか。あんな不敬な署名など、本物の保守に目を付けられて危険思想認定されても不思議ではありません。
そもそも本当に皇室を敬愛している人が、唯一皇位継承が確定している“皇太子”殿下を廃嫡しようとか廃太子にしようなどという発想になるでしょうか?デヴィが挙げたエドワード国王とシンプソン夫人の事例など的外れもいいところですし、どんな顔をして「私はロイヤリストです!」などと言えたのでしょうか(笑)。
そもそもデヴィは北朝鮮を愛し、あろうことか今上陛下を「平成天皇」と呼ぶような人ですよ。私はむしろ、東宮ご一家はこの人に嫌われて良かったのではないか…とすら思います。逆に、デヴィと懇意にしている秋篠宮ご夫妻がうさん臭く見えます。
あの署名運動も、皇位を狙う秋篠宮ご夫妻がデヴィにやらせたと見ることもできますね。

さて、アエラは最後に雅子様に関する意味不明なアンケートを行っていますが。
このアンケートの質問の選択肢もかなり恣意的というか、「雅子様を解放してあげた方がいいのではないか?」という結論に無理やりもっていくための質問ばかりが多く設定されていることがすぐに分かります。ただし、この回答を選んだ人々がどういう意図でそう選んだかは明らかではありません。本当に雅子様の心身の状態を案じて「皇室から離れた方が幸せになれるかもしれない」と親身に思った人もいれば、「雅子様は役立たずだから皇室から出て行けば?」という意地の悪い思いの人も当然いたでしょう。こういう質問と回答は、一見雅子様を案じているように見せかけて、本当は雅子様を批判的に見ている場合も非常に多いので要注意です。これは「敬宮様を女性天皇などにしたらお可哀相、重圧で苦しめるつもりか!」と心配を装いながら、実は単に敬宮様の女帝即位が気に入らないというにすぎないというパターンによく似ています。

この記事は珍しく「三橋麻子」という署名入りの記事ですが、何か一つの決まった方向に読者を誘導したいかのような恣意を感じる内容だと思いました。かといって独自の深い考察も見られない、表面だけしか見ていないような薄さも感じました。

ところで、2011年8月に秋篠宮様が成人になる直前の眞子様を連れて、東宮ご一家のご静養先を(アポなしで)突然訪問した真の理由は一体何だったのでしょうね。一説では眞子様の成年のお祝い会の開催を東宮ご夫妻にお願いしようとしたという噂もありますが…。それが本当なら何とも厚かましいというか何というか。自分たちがアポなしで静養先に突撃して東宮ご一家に会えなかったことを逆恨みして「東宮家とは交流ないんですよ」とイヤミを言ったのだとしたら呆れ果てます。

あと三橋さん、敬宮愛子様は一度も「不登校」になったことはありませんよ!もう一度「不登校」の正しい意味を調べてから正確な記事を書くように努力してください。恥ずかしいですよ。

物議を醸す秋篠宮様のお誕生日会見 1

今年も11月30日の秋篠宮様のお誕生日が近づいていますが、過去に当ブログでも取り上げた「火の無い所に煙が立った、マスコミ報道には不満をもっています」発言といい、「皇太子殿下は両陛下に相談してから会見を行うべきだった。自分は東宮家の大変さはあまりよく分かっていない」発言など、秋篠宮様は過去に物議を醸すようなご発言を何度も誕生日会見で行ってきました。
今回ご紹介する「週刊文春2011年12月8日号」記事も、秋篠宮様の46歳のお誕生日会見での発言内容を取り上げた記事ですが「これが典型的な偏向報道か!」と言いたくなるような、非常に偏りのある内容のものとなっています。

「皇太子両殿下との交流はそれほど多くはありません」
秋篠宮衝撃発言 皇太子雅子さま「孤絶」の全深層

「平成皇室」を継げるのか
天皇に定年という制度は必要―。皇太子ご夫妻はどう受け止められたか


明らかに皇太子に向けられたメッセージだろう、と宮内記者はいう。11月30日、46歳を迎えられた秋篠宮が誕生日会見で率直に語った。お言葉。揺れる平成皇室に敢えて、弟宮が投じた“一石”の意図とは何か。そして皇太子はそれにどう応えられるのか―。

会見は実に1時間半に及んだ。予定時間の約30分を大幅に過ぎ、終わる頃には秋篠宮邸の庭の木に傾いた陽が当たり、細長い影を作っていたという。
宮内庁担当記者が話す。
「皇太子はペーパーをご覧になりますが、秋篠宮は事前に宮内庁記者会がお伝えした質問に基づき、フリートークでお答えになる。今回は、3月11日以降、熱心に続けられた東日本大震災関連のご活動についてのお話が半分、あとの半分はご家族との話と皇室の抱える問題についてのご発言となりました。長い会見となったのは発信したいお言葉が沢山あったからなのでしょう。さすがにあのご発言には驚きましたが…」
それは会見の終盤でのことだった。
「そこまでは両陛下とのご交流について、この夏に悠仁さまと一緒に、皇居に昆虫採集によく行かれたというほのぼのとしたエピソードなどを披露されていたのです。そのあと突然、きっぱりと断言された」(同前)

<皇太子両殿下のところとの交流については、残念ながら、それほど多くはありません>

秋篠宮の淀みない口調に、秋篠宮、紀子さまを扇型に囲んだ約25名の宮内庁担当記者たちは息を飲んだという。
「やはり、という気持ちと、そこまではっきり仰るのかという驚きの両方がありました。皇太子ご一家となぜ疎遠なのかは何も語られないままでした」(同前)
11月30日、46歳になられた秋篠宮。それに先駆けて、22日に行われた秋篠宮誕生日会見は、“揺れる平成皇室”の現状を改めて白日のもとに晒した恰好となった。

◆静かに始まった会見が…

会見場は、赤坂御用地にある秋篠宮邸の公室棟。玄関を入ると私室棟のリビングへ続く薄茶色の絨毯敷きの廊下がある。記者たちは靴を履いたまま、その廊下を進み、左側にある部屋で両殿下のお出ましの待つのが慣例だという。
「毎年、誕生日会見には応接間と広間の二部屋の仕切りを取り払い、大きな一部屋にして行われます。そこには一辺が約60センチもあるガラスケースに巨大なカニが展示されており、他にもゴライアスガエルとかいう“世界最大のカエル”の剥製などが陳列されています。『大きい動物が好き』という殿下のお好みを反映してだそうです」(宮内庁関係者)
東日本大震災に関する質問から静かに始まった会見も半ばを過ぎた頃。予定通り、記者が三問目の質問を読み上げた。
「眞子さまが成人を迎えられたのを機会にあらためて殿下に皇統の継承についてお聞きします」
秋篠宮は慎重に言葉を選びながらこのように述べた。

<皇室の制度論については国会の論議に委ねることになる。その過程において、今後の皇室の在り方というものを考える時には、その過程で、私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってもよいというふうに思っております>

この言葉は、いみじくも現在の公室におけるお立場を象徴するものだった。皇室ジャーナリストが開設する。

◆「皇太子」よりも前に「私」を

「発言の主旨は09年の誕生日会見と同じなのです。が、“主語”が変わった。09年のときは『(皇室の在り方については)その当事者になる皇太子ほかの意見を聞くという過程も私は必要なのではないかと思っております』。つまり、当時は『皇太子ほか』が主語でした。今回は『私、もしくは皇太子殿下』と述べられている。つまり、皇太子より前に『私』という言葉を持ってきたのです
さらに09年の際は、「自分のことを言うのはちょとはばかられたものですから、それで『(皇太子)ほか』というふうに言いました」と遠慮がちに語られていた。
「今回の『私』発言が、無意識によるものだとしても、それだけ今、秋篠宮の皇室における存在感が増しているということをご自身がお感じになっているということの現れではないかと思うのです」(同前)
会見の終わりには、関連質問の中で、「天皇陛下の定年制」について問われた秋篠宮は、宮内記者達をさらに驚かせる踏み込んだ発言をされた。

<私は『定年』という制度はやっぱり、必要になってくると思います。ある一定の年齢を過ぎれば、人間はだんだん歳をとって、いろんなことをすることが難しくなってきます>

<ある年齢で区切るのか、どうするのかというところを含めて議論しなければいけないのではないか>

この発言の可能性を皇室研究家の所功氏が解説する。
「天皇陛下は終身在位を前提としていますから、憲法や皇室典範の改正なくして、天皇陛下の定年制度、つまり定年退位ということはありえません。しかし、国事行為以外の公的行為や宮中祭祀など内容を整理して、皇太子殿下や他の皇族に段々と移譲されることは可能だと思います」
秋篠宮が「天皇の定年制は必要」とまで明言した背景について、前出の皇室ジャーナリストは「穏やかにおっしゃっていますが、現状への強い危機感を、秋篠宮がお持ちだということでしょう。これまでの秋篠宮ではなさならかっただろうご発言です」という。
増していく秋篠宮の存在感―。それは宮内記者たちも意見を同じくするとことだという。

◆象徴的だった秋篠宮のご名代

「11月15日には、天皇の『ご名代』として秋の叙勲と褒章受章者の御接見、南アフリカ共和国国民議会議長夫妻御引見を務められています。これは当日、皇太子が長野で公務に当たられていたためにとりはからわれたのですが、秋篠宮が天皇のご名代になられるのは初めてのこと。非常に象徴的な出来事でした」(前出・宮内庁担当記者)
秋の叙勲と褒章受章者の御接見は、宮中晩餐会などでも使われる豊明殿で行われた。
受章者の一人がこう話す。
秋篠宮殿下は陛下に代わって“おことば”を読み上げられたのですが、その声が小さくて聞きとり辛かったですね。受章者やその家族を含めると、一度に約500人が出席していたので、後ろのほうの人たちには聞こえなかったでしょう。それ以外は難なくこなされていらっしゃいました」
ベテラン宮内庁職員が解説する。
「豊明殿は、宮殿の中でも随一の広さです。32個ものシャンデリアが下がっていて、靴のかかとが沈むほどの毛足の長い絨毯が敷き詰められています。その重厚な設えと陛下のご名代というプレッシャーから、宮殿行事には慣れておられるはずの殿下でも、緊張されたのかもしれません
その二日前、皇太子は天皇のご名代という立場で、山梨県を訪れられていた。だが、その際に乗られたお召列車の車中で、カメラを片手にお手振りをされたことが物議を醸し、その後の長野県行啓では、手をポケットに入れて視察された問題が明るみに出た。

両陛下に近い千代田関係者は、震災後の皇太子、秋篠宮の様子を見て、このように語った。
「24日に退院されたばかりの陛下が、まだ万全とは言えないご体調で、その5日後に早くも公務復帰されました。その公務は『東日本大震災消防殉職者等全国慰霊祭』。いかに陛下が震災被害を心配されているか、ということです。そして、その陛下の思いを一番おわかりになっているのは、秋篠宮さまではないかと思うのです。
震災後、秋篠宮ご夫妻は、東宮職と比しても非常に小規模な宮家職員たちに支えられながら、お見舞いを続けてこられた。被災地の人々の負担にならないよう、宮家の車で移動され、宮城県には日帰りで二度に分けて訪問されています」

奇しくも11月25日、読売新聞が朝刊で「『女性宮家』の創設検討と一面トップで報じたことから、平成皇室の根本的課題である皇位継承問題が再び注目された。
当日、羽毛田信吾宮内庁長官の登庁を待ち構えた宮内記者たちが報道の内容を問い質すと、長官はこう語ったという。
真剣に受け止めていただけたら嬉しい。ただ私はそういう感触を得たことはありません」
別の宮内庁担当記者が語る。
「報道は陛下退院翌日という絶妙のタイミング。国民の関心もにわかに高まった。宮内庁としても下火になっていた議論がもう一度注目されたことは良かったという意味で『嬉しい』と言ったんでしょう」
これに関連する事で、今回、秋篠宮は皇族の“数”について、こう述べている。

<以前に皇族の数が少ないことは、国費負担という意味において悪くはないということを申しましたが、この考えは今でも変わっておりません>

この発言を、ある皇室研究家はこう読み解く。
「秋篠宮は今後、具体的に女性宮家創設の議論が進んだ際に必ず出てくるであろう、さらなる国費負担増に伴う国民感情の反発について、先手を打っておっしゃったのだろうと思います。例えば、女性宮家の範囲を内親王までに限り、女王は降嫁を認める。そうして国費負担増を限定的にするということを意識されているように思えてなりません。つまり、二人の娘である、眞子さま、佳子さまがいずれも皇室に残られることを覚悟してのご発言なのではないでしょうか」
一方の東宮側には、まだ当事者意識が感じられないという。たしかにある中堅の東宮職職員は、女性宮家問題について、記者の一人にこう語るのみだった。
「東宮職には関係ないよ」


◆皇太子の目はますますご家庭に

皇太子ご一家は、11月26、27日と学習院初等科の「初等科祭」を訪れられた。
「二日目はわずか30分差で皇太子殿下、雅子さまが別々に訪れた。ご鑑賞も別々でいらして。剣道部OBとして剣道部の練習をご覧になった皇太子殿下は、10月の運動会の時と同じように、相変わらず小型のデジタルカメラでバシャバシャ写真を撮っていらっしゃいましたよ。お一人でリラックスされているご様子でした」(初等科父兄)
これを聞いた前出の千代田関係者は嘆息しつつ、こう洩らした。
「皇太子ご一家はますます国民ではなくご家庭に、内向きに目が向いているのではないでしょうか」
天皇のお見舞いについても、雅子さまは10日に“ドタキャン”されてから結局一度もお見舞いをされることはなかった。18日、ご名代の報告に訪れられたのも皇太子お一人だった。
「東宮大夫は10日は発熱、18日は『咳が残っているため医師の判断によりご遠慮していただいた』と発表しています。しかし、皇太子殿下がご報告に行った同日に雅子さまは学習院初等科に愛子さまのお付き添いをされている。なぜ“”医師の判断で同じようにお付き添いも遠慮されないのかは説明されない」(同前)
一方、秋篠宮は報告も含め、天皇の入院中、三度も東大病院を訪れている。別の千代田関係者が話す。
「皇太子殿下はご名代の公務のあと、数日間報告にいらっしゃらなかった。秋篠宮殿下はご名代の報告も当日にいらっしゃっています。
私はあらためて思い起こすのです。ある時、皇后陛下が、あちら(東宮家)とは途絶状態なので、とおっしゃった、あの言葉を。そして、今回の秋篠宮殿下のご発言…。
正直なところ、我々もあちら(※記事中では「、」でこの3文字を強調している)のことはまるで分らないのです。何も伝わってこないのだから。いま皇太子ご一家はいわば“孤絶”状況です。お誕生日のお言葉は、現状に危機感をお持ちの秋篠宮殿下から、皇太子殿下へのメッセージだと思います」
弟宮が発したこのメッセージは、皇太子両殿下に届いたのだろうか。

(記事終わり)

上記文春記事が取り上げた秋篠宮様のお誕生日会見全文は、宮内庁HPで読むことができます。

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成23年)


そして秋篠宮様の発言で物議を醸したのが下記の箇所ですね。

>恐らく皇室が今後どういうふうに存在するのか,その在り方と関係すると思います。私は以前に皇族の数が少ないことは国費負担という意味において悪くはない,ということを申しましたが,この考えは今でも変わっておりません。一方,現在の皇室というものをそのまま維持していくためには,やはり一つの集団というか,ある一定の数というのは当然必要になってくるわけです。国費負担の面,一方で,今ご質問にもありました,活動の幅,継承,そういうことを合わせて,それにふさわしい数というのは多分あると思いますけれども,それは私には分かりません。
>いわゆる皇室の制度については,皇室典範があります。制度論については,これは国会の論議に委ねることになるわけで,私が何か言うということではありませんけれども,その過程において,今後の皇室の在り方を考えるときには,何らか,私若しくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあって良いと思っております。
>皇太子殿下との皇室の将来の在り方について(のお話)ですけれども,今年は少し私が怠けていたところもあるかと思います。去年ほどそれについての話はしておりませんが,話合いをしたことはあります。ただ,その内容については,ここでは控えたいと思います。
皇太子同妃両殿下のところとの交流については,残念ながらそれほど多くはありません。ただ,先ほど家内がお話ししたように,秋口でしたか,みんなで集まったときに,子どもたちが集まって,非常に和やかというか,にぎやかというか,一時を過ごしていたということが私には印象に残っております。以上です。
>私は,今おっしゃった定年制というのは,やはり必要になってくると思います。というか,ある一定の年齢を過ぎれば,人間はだんだんいろんなことをすることが難しくなっていきますので,それは一つの考えだと思いますけれども,じゃ,どの年齢でそういうふうにするか。やはりある年齢以降になると,人によって老いていくスピードは変わるわけですね。だから,それをある年齢で区切るのか,どうするのか,そういうところも含めて議論しないといけないのではないかと思います。

まず、秋篠宮様が「東宮家との交流はどれほど多くない」と発言した箇所についてですが、これは別に皇太子ご一家のせいではありませんよね。「交流が少ない」ということが気になるなら、秋篠宮家の方から皇太子ご一家とコンタクトをとる努力をなさればいいだけの話です。しかしおそらく秋篠宮家はそういう努力はしていないのだろうと思われますし、秋篠宮家の方もそこまで東宮家との交流を必要と感じてはいないのが本音だと思います。それをさも「東宮家の方が連絡をくれない」という印象に持っていこうとしている所に卑怯さを感じてしまいます。

次に「私もしくは皇太子殿下の意見を~」のくだりは、秋篠宮様の尊大さがよく表れているなという印象しかありません。文春もこの発言を取り上げてはいますが、「秋篠宮様の存在感が増している象徴!」と、なぜか持ち上げる方向に記事を書いており不愉快極まりないです。なぜ「秋篠宮様はとうとうここまで増長するようになってしまったのか」という方向から記事を書かないのか不思議です。

天皇定年制については、まさに今問題になっている「天皇生前退位法案」の前提となった、秋篠宮様最大級の問題発言だと言えるでしょう。なぜなら、政治的責任を一切負わない皇族ともあろう方が政治的な問題にまで踏み込んで発言なさったからです。そして現実にこの秋篠宮様の発言が、今の生前退位法案に少なからず影響を及ぼしていることは疑いようがないでしょう。
しかし文春はこの政治的発言をまったく問題視しておらず、「秋篠宮様の存在感が増しているから!」の一言で済ませようとしています。実に愚かなことです。

それと合わせて文春は秋篠宮の「名代」についても言い訳がましい記事を書いています。出席者から「秋篠宮様は声が小さく聞こえ辛かった」という重大な指摘を受けているにも関わらず、「緊張してしまったのだから仕方ないだろう」の一言で許そうとしているのです。その一方で、正式に陛下の名代をされた皇太子殿下に対しては、やれカメラがどうの、ポケットに手を入れてどうのと、些末なことをうるさくつついています。しかし逆に言えば皇太子殿下は名代自体は堂々と何も問題なくこなされ、カメラや手元くらいしか叩ける要素がなかったのでしょうね。こんなことより、秋篠宮様がスピーチ一つもろくにできていないことの方がよほど問題だと思うのですが。
私は当時、この時の秋篠宮様の行為を動画で見たことがあります。スピーチ以外でも終始自信なさげにオドオドしている様子が伝わり、出席者もどことなく戸惑っているような印象を受けました。「スピーチ以外は問題なかった」というのも真実ではないように思います。
※ちなみに「公務先で写真撮影」も「ポケットに手」も、陛下や秋篠宮様もなさっていることです。悠仁様もポケットにしょっちゅう手を入れています。しかし文春は皇太子殿下だけを叩いているのです。

ところで、秋篠宮様の当時の行為は「陛下の名代」ではなく、「皇太子殿下の代行」と言うのが正しいのではないかと思いますがどうなのでしょうか。
とにかく、これまで何度も昭和天皇・今上天皇の名代をなさってきて場数を踏んでいる分堂々としていらっしゃる皇太子殿下と、初めての名代でオドオドしている秋篠宮様の「差」がよく分かるというものです。帝王教育を受けて厳しく生きてこられた方と、自由気ままに生きてこられた方との違いですね。

女性宮家の問題に関してはまさに今も議論されていることですが、私が気になったのは東宮家の職員が「うちには関係ない」と言ったという部分です。
女性宮家は「女王を除いた内親王限定で」という話にいつの間にかなっていますが、内親王殿下である敬宮愛子様には女性宮家の話は「関係ない」というのが東宮家の認識ということになります。これは「女性宮家創設で関係しているのはあくまでも眞子様と佳子様だけで、敬宮様は関係ないし降嫁したかったらすればいい」という感じになってしまっているのだろうか?と思いました。
これを文春は「東宮家は当事者意識がない」と批判的に書いていますが、なぜ東宮家が批判されなければならないのか理解できません。むしろ、なぜ東宮職が「うちには関係ないこと」と言い放ったのか、その理由を深く追及しなければならなかったはずです。
一方で「秋篠宮様は眞子様佳子様のお二人が皇室に残る“覚悟”ができている」と褒め気味に書かれていることにも激しく違和感を覚えます。「覚悟」なんて聞こえのよい言葉を使っていますが、秋篠宮様が言いたいことは結局「皇族は国費負担の面から減ってもいいと思うけど、うちの二人の娘は内親王なんだし皇室に残して女性宮家を作って税金で生活させてほしいです」と要求しているにすぎません。それを「覚悟」だの「当事者意識がある」だの、文春はここまで秋篠宮様アゲのために偏向記事を書くのか…と開いた口がふさがりません。「ものは言いよう」とはこういうことなのだという典型例ですね。

そして、皇太子ご一家に対しては「家庭にしか目が向いていない、国民の方を見ていない」という偏った批判ばかり。それなら、自分たちの娘(眞子様佳子様)の将来しか考えておらず娘たちのために女性宮家を作って国民は国費負担してくれと言い、敬宮様や女王たちの未来など眼中にない秋篠宮様だって「自分の家庭にしか目が向いていない、国民の意見など聞いてくれない」という話になりませんか?

また、「陛下の名代の報告に皇太子殿下だけしかいらっしゃらなかった」というのは当たり前のことです。だって陛下の名代をなさったのは皇太子殿下だけであり、雅子様は(あるいは紀子妃も)関係ないのですから。すぐに報告に行けなかったのも、陛下と皇太子殿下の両者のスケジュールの兼ね合いもあるでしょう。秋篠宮様のようにすぐに報告に行けるほど、皇太子殿下は暇ではないということです。記事には書かれていませんが、日常的な書類決済公務など、皇太子殿下の方が圧倒的に名代としてなさった仕事が多いのですから。秋篠宮様はそれらにはまったく関与していませんし自由な時間が多いのは当たり前です。文春はそういう点にもまったく触れず、偏った情報だけを垂れ流しています。
雅子様のことだけ批判しておきながら、紀子妃のことはスルーしている点も卑怯です。

しかし、まだ入院中の陛下の元を何度も何度も足繁く通う秋篠宮様に、私は怖さを覚えました。まだ病床にいる陛下に対して一体どういう用事があって頻繁に通っていたのでしょうか。こういう行いがなぜどこからも批判されず疑問に思われないのか不思議でなりません。

秋篠宮様は「皇太子ご夫妻よりも自分たちの方が陛下と親しいし信頼を得ている」ということをアピールしたがっているのは確実だと思います。しかし国民から見れば、「目上の皇太子ご夫妻を差し置いて出しゃばりすぎ、出すぎた真似ばかりしている」というふうにしか映らないです。
そして陛下も、秋篠宮様の誕生日会見での一連のご発言―「天皇定年制、皇族の数、東宮家との交流の少なさなど」には賛成なさっているということですよね。秋篠宮様はご自分の誕生会見をする前に両陛下にいちいち相談するようですから、秋篠宮様の発言=陛下のお考え、と解釈して差し支えないと思います。

それにしても秋篠宮様(と紀子様)の会見ではいつも
>お言葉の重複や助詞など,わかりにくい表現の箇所は,若干の修正をしてありますが,ご発言の内容は変更しておりません。
という一文が添えられますが、いつになったらこの一文はなくなるのでしょうか(笑)。文春は記事の冒頭で、ペーパーを見ながら会見なさる皇太子殿下を揶揄して、ペーパーを見ずにフリートークで語る秋篠宮様を褒めるような印象の内容を書いていますが、皇太子殿下はずっと下を見て話されていることはありませんし、きちんと記者たちの顔をご覧になりながらお話されています。そして会見内容も非常に分かりやすく無駄がありません。
一方で秋篠宮ご夫妻は、事前に宮内庁記者から「都合の良い質問」だけを選んで答えるという卑怯な形をとり(だから不都合な質問は最初から除外して会見に臨んでいる)、フリートークなのでグダグダになり宮内庁HPにも毎回上記一文を添えられてしまう始末。しかし秋篠宮様の会見は「驚いた」とか「異例のこと」とは言われるものの、なぜか真正面から批判されるということはめったにないのです。政治的発言や問題発言は、秋篠宮様が圧倒的に多いにも関わらず。

この文春記事一つとってみても、ここ数年の皇室関連の記事があまりにも偏向的であることを多くの国民に分かってほしいと思います。「皇太子ご夫妻にはサゲ気味で、秋篠宮家にはアゲ気味で記事を書く」ということが典型的に表れた内容になっています。

ただ、文春が「秋篠宮様はとにかく大きい動物が好き」ということに触れ、宮様の好みを反映した生き物や剥製を宮邸に置いているということをわざわざ書いた意図は何なのだろうかと考えました。「秋篠宮様は自分の好みや趣味をすぐに反映してもらえる(わがままを言えばすぐに聞いてもらえる)」ということをさりげなく暴露したのであれば面白いのですが。

日本全体を覆う不気味な「忖度」現象~雅子様に対する人格否定問題と同様の事件が…

皇太子妃殿下である雅子様に対する人格否定の動きがあったという問題についてブログ記事を挙げてきましたが、この人格否定問題とかなり重なる部分の多い事件が起きました。
それは横綱・日馬富士による、貴ノ岩への傷害事件です。

この事件は暴力のいきさつや内容、診断書の中身、貴ノ岩の親方である貴乃花と相撲協会の対立など様々な情報が入り乱れており、確定的なことはまだ言えません。
しかし唯一明確に言えることは、「後輩の手本となり品格を伴わなければならない横綱ともあろう力士が、後輩力士に対して殴るなどの暴力をふるった」という事実です。これは日馬富士本人が「殴ったことは間違いない」と認めているためです。日馬富士の暴行は貴ノ岩だけでなく、白鵬や照ノ富士にまで及んでいたという証言もあるようです。

日馬富士の行為は刑事罰に問われる可能性もあることなので、本来なら相撲協会や理事会、マスコミ、識者などが、日馬富士の行いをもっと厳しく問わなければいけないはずです。
ところが相撲協会や理事会は及び腰でとても毅然とした態度をとっているとは言えず、マスコミに至っては日馬富士よりも被害者側の貴ノ岩や貴乃花に非がある、矛盾があると言わんばかりの偏向報道を行う始末。
仮に貴ノ岩の言動に日馬富士を怒らせた原因があったとしても、日馬富士の暴力を容認する理由にはなりません。

私はこの一連の暴力事件の報道を見て、気持ち悪さや不気味さを感じると同時に、「こんなこと前にもあったような気がする」というデジャブに陥りました。
そう、日馬富士の事件は、当ブログで取り上げた「雅子様に対する人格否定問題」と同じ構図なのです。

雅子様に対する人格否定問題で一番問題視しなければいけなかったのは、「雅子様は一体誰からどういう形で人格やキャリアを否定されてきたのか」「雅子様のお心を病ませた元凶は何か」ということであったと今でも思います。しかしこの問題はその点を深く追及されることなく「両陛下に相談もなしにあのようなことを会見でお話した皇太子殿下に非がある」だの、「公務に出られない・海外に行きたがる雅子様が悪い」だの、「秋篠宮様の会見は異例だったがああいうことを言いたくなるお気持ちも理解できる」だの、「公務は受け身・公務は減らせない」だの、問題点が逸らされてばかりで肝心なことは闇に葬られてしまいました。

日馬富士の暴力事件も同じで、一番問題視すべきことは「品格を伴い模範となるべき横綱が、力士に暴力をふるった」という一点に絞られると思います。しかしこの事件も、「殴られるような態度をとった貴ノ岩にも非がある」だの「親方の貴乃花の行動が不可解、なぜ理事会に相談しなかったのか」だの「殴った道具はビール瓶じゃなく素手だ、いやリモコンだ、マイクだ」だの、「診断書の内容にも疑問がある、貴ノ岩は本当は軽いケガなのではないか」だの、「貴ノ岩も(応戦のために)アイスピックを持っていた」だの、一番重視されるべき本質から矛先を逸らしているようにしか見えないのです。
そしてとうとう、「貴ノ岩は仮病じゃないのか?」という暴言まで飛び出たことを知り、ますます雅子様が責められた一件と重なることが多くなりました(雅子様も「仮病」「サボリ」と酷い言葉をぶつけられてきたからです)。

そしてこの両者の問題でほかに共通している点は、
「被害者側は言葉少なく沈黙を守っているのに、加害者側や第三者たちが饒舌に語っている」という所です。

雅子様に対する人格否定問題では、皇太子殿下は2004年の会見以来多くを語ることはなさらず、一番の被害者である雅子様はついに今に至るまで言い訳を全くなさっていません。しかし秋篠宮ご夫妻や両陛下、宮内庁、マスコミ、皇室評論家などの“加害者”と目された方々や部外者などは「両陛下も秋篠宮ご夫妻も悪くない、皇太子ご夫妻に落ち度がある」という感じで言い訳に終始していました。
日馬富士の事件でも、被害者の貴ノ岩は多くを語らず、親方の貴乃花も「警察にお任せした(被害届を出した)」「第三者の判断を仰ぐ」ということ以外は多くを語っていません(ほとんどはマスコミがああだこうだと言っているにすぎません)。
しかし日馬富士は一応貴ノ岩サイドに謝罪はしたものの「ビール瓶は使っていない」「馬乗りはしていない」「引退は避けたい」など言い訳に終始し、同じ宴席にいた白鵬や識者などの第三者がやたらと饒舌に、日馬富士をかばうような言動を繰り返しています。

雅子様や貴ノ岩など、圧倒的な被害者の方が悪し様に言われ、雅子様や貴ノ岩を追い込んだ側の人々がかばわれる構図は、非常に似通っていると思いませんか。

この両者が抱える根本的な問題は、「特定権威(権力)に対する忖度」であると言えるでしょう。
雅子様に対する人格否定問題で守りたかったのは、「皇室=両陛下の名誉と宮内庁の立場」。
日馬富士問題で守りたいものは、「横綱の名誉と相撲協会の立場」。

一番守りたいものが「権威・権力」であるから、その旧態依然とした組織に一石を投じようとした皇太子ご夫妻や貴乃花は、“敵”に見えるのだと思われます。

「とにかく言うことを聞いておとなしくしろ」
「そっちが我慢しろ、耐えろ」
「波風立てるようなことはするな」


こういう忖度が蔓延っている世界では「被害者側に落ち度がある」としなければ、すべての前提が崩壊する恐怖があるのでしょう。そしてこういう忖度が蔓延る組織は、たいていは「必死に隠したいと思う重大な問題を何か抱えている」のが常であるとも思うわけです。

「忖度」という言葉が今年の流行語大賞の候補に挙がったそうですが、今の日本全体を覆っている「権威・権力に対する行き過ぎた忖度」には気味の悪さしか感じず、流行語になることは笑えることではありません。
今年「忖度」という言葉が有名になったのは「モリカケ問題」がきっかけでしたが、実はそれよりももっと深刻な忖度があったのは、今上陛下の生前退位(譲位)問題だと思うのです。
今年は元日早々に「秋篠宮様を皇太子待遇に」という胸糞悪い報道があり、今上陛下の生前退位だけを議論するはずが、いつの間にかどさくさ紛れに秋篠宮様を次代の皇嗣扱いにし、支給される予算も今の3倍にするという「国民置き去り」の法案が成立してしまいました。
実はあれこそが「敬宮愛子様でなく秋篠宮様に皇位を継がせたいと願う今上陛下に対する酷い忖度」であったのだと思います。
今上陛下はご自分の生前退位を利用して、ご自分の目が黒いうちにお気に入りの秋篠宮様に皇統を移したかったというのが本当の所だと私は思うのです。

私が当ブログを始めたのも、秋篠宮様優遇法案の内容に納得いかなかったことが理由でした。

日本の不気味な「忖度現象」は、モリカケ問題に限らず(そもそもこの問題も美智子様の親族や秋篠宮様が関わっていることがバレています。詳細は当ブログの記事「番外編:加計学園問題と皇室の闇」をご参照ください)、雅子様に対する人格否定問題の根源を闇に葬ることから始まり、今上陛下の「本当の意図を隠した」生前退位、秋篠宮様の皇嗣待遇へと続いていることが一番の元凶だと言えるのではないでしょうか。

国民の手本とならなければいけない皇室=両陛下が、ご自分たちに不都合なことを次々に隠そうとし、物事の本質から目を逸らさせ、国民が賛成もしていない秋篠宮様の優遇を勝手に決めてしまうなど、「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者に伴う社会的責任と義務)」の精神からかけ離れたことを行われていることが、今の日本を「息が詰まるような不気味な国」にしていると個人的には思うのです。
「両陛下だってあそこまでやっていらっしゃるのだから、我々下々も同じようなことをやってもいいんだ」と考える国民(権威・権力側にいる者たち)が出てくるのも予想できることです。
今の両陛下はまさに平成日本の象徴であられるのです。もちろん良くない意味で。

芸能事務所と芸能人の扱いなど、ほかにも「忖度」現象が見られる問題は多いです。分野は違えど、今になって同じような問題が一気に噴出したのは、膿を出し切る過渡期でもあるのかもしれません。
現皇太子ご夫妻が次代の天皇皇后両陛下になられる頃には、悪い膿がすべて出た後の、風通しが良く明るい日本になっていてほしいと心から願います。

今でもまだ通用する2004年当時の「敬宮様女帝」記事

数回にわたり2004年当時の皇族方の会見と雑誌記事を振り返ってきましたが、そこで最初にご紹介した雑誌である2004年12月18日号の週刊現代に、秋篠宮様の会見記事と同時に「愛子様天皇即位の可能性」について触れていた記事も掲載されていました。
もう13年も前の記事ではあるものの、今でもまだ十分に通用し、多くの国民が切望する内容が含まれていると思われます。今回はその記事を「番外編」としてご紹介させていただきたいと思います。

政府が「女帝」の検討を開始
愛子内親王は天皇になれるか


12月1日の毎日新聞のスクープ、「『女性天皇』政府内で検討」報道が波紋を呼んでいる。
現行の皇室制度について定めた『皇室典範』は、皇位継承者を「男系の男子」として女帝を認めていないが、憲法では男女の別は定めていない。そこで、憲法を改正せずとも、典範の改正案が国会で過半数の賛成を得られれば女帝は可能との立場で、政府は数年後をめどに国会に改正案を提出する方針だというのだ。
こうした動きの背景には、秋篠宮誕生以降約40年間、皇族の男子が生まれておらず、天皇家の存続が困難になるという危機感がある。女子しかいない宮家も同様で、結婚して民間人になれば、そう遠くない将来、宮家もすべて廃絶となるのである。

それを踏まえた上での改正案のポイントは2点。まず第一は、「男系の男子」のみの継承を定めた皇室典範1条を改正して女性皇族の皇位継承を認めること。第二は、女性皇族が民間の男性と結婚した場合は皇籍を離れて民間人になるという12条を改正し、結婚しても皇室に残り宮家を設立できるようにすることだ。
細田官房長官は、「目下のところそういう方針はない」とこの報道を否定している。
しかし、ある自民党代議士は、「皇太子ご夫妻が男子を、という期待から受ける重圧は想像以上のものがあるでしょう」
と、皇太子夫妻のためにも改正の必要があると語る。

改正の動きは実際に起こっていると話すのは、宮内庁職員だ。
「自民党内では愛子様が皇位を継承できるような法改正案が煮詰められていて、小泉政権のうちに行うつもりだと聞いています」

そこで問題となりうるのが、改正にまつわる諸問題だ。
女帝を認めると、まず愛子内親王の天皇即位が可能になるが、仮に愛子内親王の子が皇位を継承した場合、その子が男子であれ女子であれ「男系男子の継承」という天皇家の伝統が途切れる。「男系男子の継承」とは、皇位継承者の父の父、ないしは父の父の父が天皇と、あくまで「父の血筋」でつながっていることを意味する。しかし、愛子内親王の子が天皇になればそれは、母が天皇である、「女系」皇族が初めて皇位を継承することになる。
旧宮家の一人はこう話す。
「男女同権とか、女性差別とかいった議論とまるで次元が違う。『女系天皇』の誕生は天皇家の『血の取り決め』を破壊することになるんです」
湯浅利夫宮内庁長官の「秋篠宮に第3子を」という発言からもわかるように、宮内庁では、男性天皇を望む声が依然として強い。改正のタイミング次第では黒田慶樹氏と婚約した紀宮にも皇籍に留まることが可能になり、男児が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性も出てくる。そのため、紀宮の結婚前に法改正を、という声も宮内庁や旧宮家の間で出始めている。

ただ一方でこんな意見も聞かれる。『フォーブス』のアジア太平洋支局長、ベンジャミン・フルフォード氏は、「まったくの時代遅れな発想だ」とこう語った。
「現行の皇室典範にこだわるのは、世界の流れに逆行して、国際常識からかけ離れたことだと思う。これでは国民の心はどんどん皇室から離れていきますよ。海外のメディアは、雅子様は伝統やしきたりにしばられているのではないか、気の毒だ、という目で見ている。ある程度、自分の好きなことができるような環境をつくることは新しい皇室、皇族のスタイルとして必要だと思いますよ」
これからの本格的な議論が求められている。

(記事終わり)
「改正されれば雅子妃の負担も減るのか」というキャプションあり)

上記記事の通り、小泉政権では、きちんと敬宮愛子様が皇位を継げ、そして女性皇族方も宮家を創設して皇室に残れるようにするという典範改正案が議論されてきました。しかし、秋篠宮ご夫妻に「第三子=悠仁様」ができたことを受けてこの議論は凍結されてしまいました(正しく言えば当時の安倍官房長官に改正案を握りつぶされました)。

現在でも「女性宮家案」が議論に出てくることはありますが、「内親王限定」であり女王方は視野に入っていない点、そしてまったく皇位継承に関わることのない、単なる「公務要員」としてしか考えられていないという点で、2004年当時の考え方とは大幅に異なってしまっています。
一番ひどいのは、今では「敬宮愛子様を女性天皇に」という声がほとんどかき消されてしまい議論の俎上にすら上げられる機会が奪われてしまった点でしょう。
小泉政権時代に典範改正案が無事に成立していれば、敬宮様が天皇になられ、ほかの女性皇族たちも問題なく皇室に残ることができたのです。それなのに愚かな人物たちがこの案を叩き潰し、今頃になって「悠仁様お一人になってしまったら皇室が成り立たなくなる、どうしよう」と大騒ぎしているのです。あまりにもアホ過ぎて笑いも起きません。
そこで「内親王限定の女性宮家を!」という声が出てきたのですが、これがまた見事に「秋篠宮家しか有利にならない案」であることが露骨であり、どなたがこの「虫が良すぎる案」を支持しているのかが丸わかりです。

●皇位はあくまでも男系男子である悠仁様へ
●内親王である眞子様と佳子様には女性宮家を!
●女王方は無関係なので降嫁してください
●敬宮様も内親王なので女性宮家を認めるけど、皇位継承はできません(公務だけ負担してください)
●仮に内親王方が皇室に残っても、悠仁様が天皇になったら、従姉妹にあたる敬宮様よりも、実姉である眞子様佳子様の方が身分が上になってしまう可能性がある(敬宮様の地位を秋篠宮家より下げることが狙い)


という案で一番得をするご家庭はどこでしょうか?なんて、問うまでもないでしょう。
眞子様は小室圭さんと結婚して民間に下ることを決意したかのように見えますが、正直言うと「油断は禁物」ですね。結婚時期までまだかなり間がありますし、今でも女性宮家創設を狙って皇室に残れる道を必死に探っているかもしれませんので。

現在「女性宮家を支持します」「女性宮家賛成」と言う人々が、一体どういう姿勢で「支持・賛成」と言っているのかは厳しく吟味する必要があると思います。「女帝」「女性天皇」「女性皇太子」という文言は消えかかっているのに、やたらと「女性宮家」という文言だけが独り歩きしている現状は憂うべきものです。事の本質を分かっていない人たちも多いと思われます。

ところで、上記週刊現代記事の中で、引っかかる箇所がありました。それは、

>愛子内親王の子が天皇になればそれは、母が天皇である、「女系」皇族が初めて皇位を継承することになる。
>旧宮家の一人はこう話す。
>「男女同権とか、女性差別とかいった議論とまるで次元が違う。『女系天皇』の誕生は天皇家の『血の取り決め』を破壊することになるんです

>改正のタイミング次第では黒田慶樹氏と婚約した紀宮にも皇籍に留まることが可能になり、男児が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性も出てくる。そのため、紀宮の結婚前に法改正を、という声も宮内庁や旧宮家の間で出始めている。

という部分です。

「旧宮家の一人」はおそらく「明治天皇の玄孫連呼の皇室芸人・竹田恒泰氏」である可能性が高いですが、要するに「女系天皇」の是非についても週刊現代は踏み込んでいます。
竹田恒泰と思われる人物の「女系絶対反対=敬宮様のお子様が天皇になることには反対」というネガティブな意見を掲載している一方で、
「黒田氏と清子さんの間に男子が生まれた場合、その子が皇位を継承できる可能性がある」と(旧宮家の者が)述べていることは、明らかにおかしいと思いませんか?

敬宮様がお生みになるお子は「女系」となり、それは男子であっても女子であっても変わりません(女系男子・女系女子になる)。
このことは清子さんも同じな筈で、清子さんに男子が生まれようが女子が生まれようが、その子も「女系」になるので、この子が皇位継承者になると考えるのはおかしなことではないでしょうか。黒田慶樹さんは旧皇族という身分ではないので、生まれた子が男系になるわけでもありません。
「敬宮様のお子は女系になるのでこの子に皇位を継がせるのはちょっと…」のようなニュアンスを出しておきながら、「清子さんが皇室にとどまって男子を生めばその子が皇位継承する可能性が出てくる」という話になるのはおかしいと思います。
この記事を書いた人がその点の違和感に気付かなかったのだとしたら深刻ですし、もしかしたら「女系」「男系」の意味を本当に理解していない可能性もあります。

今でも「眞子様に女性宮家を作って男子を生んでもらえば…」のような話をする人をチラホラ見かけますが、眞子様の生んだ子も当然「女系」の血筋になるので、そういう話になること自体がおかしいのです。
なぜ、敬宮様の生んだお子は「女系になるからダメ!」とばかり言われるのに、清子さんや眞子様の生んだ子は「男子ならOK」という方向に話が行くのでしょうか?
上記週刊現代の記事でどうしてもこの箇所が納得できませんでした。

しかし、それ以外は現在でも通用する内容になっていると感じます。
悠仁様がお生まれになったからといって、敬宮様の皇位継承の可能性が完全になくなったと断言することはできません。
なぜなら、典範改正して女子でも皇位を継げるようになれば、東宮家の内親王殿下である敬宮様の地位の方が勝るのですから。
悠仁様も継承の可能性を失うわけではありませんが、順位は確実に下がります。
そのことをどうしても受け入れられない「ご一家」がいらっしゃるんでしょうね。

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 3(完結)

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●雅子様の人格を否定し、雅子様をご病気にさせたものへの考察

秋篠宮様の会見は、東宮ご夫妻に理解も配慮もない最低な内容だったと改めて思います。2年も前の雅子様の会見のご発言をわざわざ引っ張り出してきて、雅子様が病まれた原因をさも「海外公務を多くさせてもらえなかったことへのストレス」に集約させたい意図が見え見えで「雅子様は海外に行けないストレスでワガママを言っているだけ」という印象を与えようとしており、心底腹立たしいです。マスコミもその方向で記事を書こうとしています。
雅子様がご病気になったのは明らかに別の所に大きな理由があるのは確実だと思います。
公務がどうの、海外行きの回数がこうの、という単純な問題でないのは明白でしょう。


やはり一番の原因は、「雅子様に男子(親王)を作ることを強要した」「結婚から数年たってようやくお生まれになった敬宮愛子様の存在を否定された」ことに尽きるのではないでしょうか。同時に、「皇室に嫁いだからには、元外交官とかハーバード卒とかそういうキャリアよりも、まず男子をあげることの方が重要なんだ!」くらいのことを言われていても不思議はありません。
そもそも海外公務を制限されたのも「男子をあげるまでは許しません!」という、“制約”があったからだと言われています。
(※この点も時を改めて記事を検証する必要があると思います)
雅子様は皇太子妃殿下である前に、お一人の女性でもあります。女性に「とにかく男子をあげろ!女子(敬宮様)なんて駄目だ!」という言葉をぶつけるのは何と残酷なことだろうかと思うのです。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」発言からもわかるように、宮内庁・皇室自体が「セクハラ・パワハラ」の温床になってしまっていることがうかがえます。もちろん、長官一人でこのような発言を勝手にできるはずがないですから、両陛下のご意向が入っていると考えるのは間違いではないでしょう。
まさに「雅子様のキャリアや人格を否定するような動き」に合致すると思いませんか。こういう根深い問題から目をそらして、やれ公務だの海外行きの回数だのということに原因を矮小化しようとするのは卑怯だとしか言えません。

秋篠宮ご夫妻だってこういう本当の問題点を知らないはずがないと思うのです。それなのにさも知らないフリをして「東宮家の苦労?皇太子妃殿下のご病気?それが何なのかわからない」とシレッと言うことに怖さを覚えました。

●紀子妃への賛美は的外れではないか?

紀子妃が当時の会見の際におっしゃったことは「(東宮ご夫妻は色々お困りのようだけど)私はきちんとうまくやってきました」ということが言いたかったのだろうと解釈されて、相当多くの国民の怒りを買ったとも言われています。確かにそういう解釈の仕方もできるかと思います。
そして当時の現代記事は、紀子妃の「これも言わないと」「あちらとは規模が…」の発言について、なぜか「東宮家に配慮するように、紀子妃が秋篠宮様をフォローした」という解釈をしていますが、とてもそうは思えません。「私たちの家と東宮家とは規模が違う、あちらは職員も多くて恵まれているのに私たちのところは少ないのよ?それでも私はちゃんとやってきたのだから、ということをちゃんと言ってください」ということを秋篠宮様に促しているように捉えてしまいました。
週刊現代が書いていた「両陛下の前で10分だけ草むしり」の事例からも伺えますが、紀子妃には「あざとい」「したたか」「要領がいい」という印象をどうしても抱いてしまうのです。しかし、世の中にはこういう表面だけ良い顔をする女性に対してコロッと騙される人(特に男性や高齢者)が少なくないんだなと、気が滅入りました。
週間朝日で渡辺みどり氏が「秋篠宮ご夫妻の方が先に結婚して“先輩”なのだから、皇太子ご夫妻に先輩として助言するのは当然」のようなコメントを出していましたが、こんなことは論外で取り上げる価値もありません。たとえ先に結婚しようが男児が生まれようが何だろうが、秋篠宮ご夫妻が東宮ご一家よりも身分が下であることは変わらないのです。身分が下の者が格上の方々に対して“助言”とは、一体どういうことなのか。この点を全く考慮しない意見があまりにも多く理解に苦しみます。皇室の序列というものを分かっていない人たちがしたり顔で皇室について語ることが主流になってしまっていることが、非常に嘆かわしいです。

●「新しい公務」よりも「従来の公務を減らさないこと」が重要なのか?「受け身の公務」の大嘘

公務に関してはまた時を改めてきちんと考察する場を設けたいと思いますが、秋篠宮様が「受け身の公務に徹している」というのは嘘だということが言いたいですね。秋篠宮様ほど、ご自分の趣味や好きなことを「公務」「仕事」にしてもらっている皇族もいないと思います。
秋篠宮様が公務について偉そうに語るのは誠に滑稽ですが、問題は天皇陛下の会見のご発言だと思います。
陛下はこの頃から、「今ある公務は減らせない、変えられない、もしそういうことをするならきちんと相手方に納得してもらわないといけない」とおっしゃり、現在皇室が抱えている公務が何らかの理由で利権と雁字搦めになってしまい、そういう“しがらみ”から今更削減などできないということを匂わせてしまっているのです。
そして皇太子殿下のおっしゃった「公務の見直し・時代に即した新しい公務」についても、内心ではそういうものに反対していることが陛下の会見からは伝わってきます。しきりに「皇太子(殿下)の考える新しい公務とやらが何なのか知らない・聞いていない」と言い張り、最初から歓迎していない印象を受けてしまうのです。
「(削減を含めて)公務を見直し、時代に即した公務の形にしていく」という皇太子殿下のご発言だけが難色を示され、「公務は受け身でしょ」という秋篠宮様の発言や、「公務は減らせない」という陛下のご発言の方が好意的に受け止められる…というのは、明らかにおかしいし不自然に思われます。
「公務の削減・縮小は難しい」という姿勢は、今でも両陛下は崩していません。しかしその一方で、おことばを述べる機会を減らしたり、同じおことばを使い回したり…という点で、さりげなく公務を軽減している場合もあるのです。一体、基準は何なのか?と考えると、やはり、利権やしがらみがあるか否か…という点に行き着いてしまうのです。

●マスコミが本当にやるべきこととは―雅子様への理解の不足、秋篠宮様への批判の少なさ

当時の雑誌記事を振り返って、宮内庁やマスコミ、そして両陛下や秋篠宮ご夫妻が、雅子様のご病気に対する理解があまりにも無いことに愕然とします。今でこそメンタルの病気というものがクローズアップされてきてはいますが、それでもまだ理解が十分とは言えない状況です。今は亡き皇室医務官の金沢医師でさえ、雅子様のご病気に対する理解が全くなく、雅子様を批判するようなことを自ら率先して言っていたくらいです。
特に美智子様は、色々なご病気や流産を乗り越えてきた点では雅子様と似ている過去をお持ちなのです。それなのに美智子様はあまり雅子様に寄り添っているように見えません。口では雅子様にお優しい言葉をかけてはいても、宮内庁をかばってみたり、秋篠宮ご夫妻のあの会見を阻止しなかったりと、どことなく冷たい印象を受けてしまいます。
せめて当時のマスコミが、雅子様の置かれているお立場にもっと理解を示し、秋篠宮ご夫妻の会見にもっと苦言を呈する動きを見せていたら…と思うと、無念でなりません。

2004年の一連の出来事は、実は今でも皇室に影を落としていると私は思います。どんなに雅子様に対する「人格否定の動き」を「無かったこと」として闇に葬ろうとしても、雅子様が苦悩されているお姿を覚えている国民からすれば、あの一件を「無かったこと」にすることなど到底無理なのです。
マスコミは今からでも遅くはありません。雅子様が当時どのような形で「人格やキャリアを否定されてきたのか」を、もう一度きちんと検証してほしいと願います。
そしてその主体は誰だったのか、それが今でも東宮ご一家を苦しめているのではないか、ということを追求することも、ジャーナリストたちの重要な仕事ではないのでしょうか?と強く思うのです。
(終わり)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 2

※今回も前回に続き、雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

(前回からの続き)

●そもそも「人格否定」の主体は誰なのか?

これまで「(両)陛下への事前相談の上での会見の是非」について述べてきましたが、実はこれら一連の問題の本質はそこではないと思うのです。このようなことよりももっと本質的な問題に目を向ける必要があります。

平成16年のご会見の際、皇太子殿下は、ご自分が発する言葉の重さと、雅子様の身に起きていることを国民に知らせて雅子様をお守りしたいというお気持ちとのバランスを取って、敢えて主語をぼかした形で「雅子(様)の人格・キャリアを否定する“動きがあった”」という表現をされたのだと思います。
一部の雑誌も触れていましたが、この後に「雅子様の人格を否定した奴は一体誰なのか?」という形で“犯人捜し”が行なわれたことは、皇太子殿下が主体を特定されなかった以上、想定の範囲内のことでしょう。当時皇室にあまり深入りする余裕がなかった私は漠然と「やはり宮内庁かなあ?あるいはマスコミかな?」と単純に感じていました。湯浅長官の「秋篠宮ご夫妻に第三子をお願いしたい」という公開セクハラ発言を見ても、宮内庁にはそういう素地があると思わざるを得ません。
そしてその後の秋篠宮ご夫妻の会見で、皇太子殿下への批判(苦言)を含んだ内容が宮内庁職員からウケが良かった(?)ことも週刊現代が触れていましたが、宮内庁自身にも疚しいことがあったからこそ「秋篠宮様よ、よくぞ言ってくれた!」のような恥ずべき言動につながったのではないかと思います。自分たちのやってきたことを棚に上げて秋篠宮様の肩を持つとは何ともお粗末で愚かしい。秋篠宮様の会見に拍手喝采を送る前にやるべきことは、皇太子ご夫妻をここまで追い詰めた環境が作られたことへの反省ではないのか?と強く思うわけです。

しかし実は、秋篠宮様ご自身は会見の中で宮内庁が“犯人”だと決めつけているわけではありません。もちろん宮内庁にも非があることはもちろんなのですが、秋篠宮様はそこは明らかにはしていません。むしろ、雅子様の人格否定を行った主体に触れるよりも「雅子様や東宮家の苦労とは何なのか分からない」とすっとぼけてみせました。

実は「雅子様の人格を否定したのは宮内庁なのだ」という方向に国民を誘導しようとした方は、美智子様であったのです。
美智子様の当時のお誕生日会見は、一見すると雅子様に対して思いやりのお気持ちを見せているように拝見できますが…美智子様は同時に宮内庁のことも庇っているのです。
もう一度言いますが、皇太子殿下は5月の会見では「雅子様の人格を否定した人物」の主体を一切明らかにしていませんでした。「人格否定の“動きがある”」としかおっしゃっていません。これは皇太子殿下による「誰か特定の人の批判につながってはいけない」というお気遣いから来た、絶妙な言い回しだったと感じるのです。
それなのに美智子様はなぜか「誹られたのは宮内庁である」と決めつけているように見えてしまうのです。
皇太子殿下が「誰か特定の人への批判につながってはいけない」とお考えになってあのような言い回しをなさったのに、美智子様は「宮内庁は悪くないわよ」と言ってしまったということです。これは宮内庁を庇っているように見えて、実は「え?やっぱり悪いのは宮内庁なの?」という感じで国民をキョトンとさせてしまうのです。
本当は宮内庁のほかに、もっと悪い人物がいたのかもしれない。雅子様の人格を否定した本当の黒幕は宮内庁とは限らないのではないか…この疑惑から、何と美智子様が自ら目を逸らさせるようなことをなさいました。しかし同時に、それでかえって一層「悪いのは宮内庁だけではないのでは?もしかしたら…」という疑惑を国民に植え付けることにもなりました。
雑誌記事は、秋篠宮ご夫妻の会見の前に行われたこの美智子様の会見を取り上げていませんが、一番取り上げて検証しなければいけなかったのは美智子様のこのご発言だったと思えてなりません。宮内庁職員はこの美智子様の会見を聞いて「よく言ってくださった!」とは思わなかったのでしょうか?宮内庁の本音が聞きたいものです。

一方で、天皇陛下ご自身は意外な方向でお誕生日会見を行われました。
「皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた」
「私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべき」

驚いたことに、実は今上陛下は「皇太子(殿下)の会見は私と美智子(様)に向けられたもの」という余地を認めていらっしゃったのです。
「皇太子殿下の批判はあくまでも宮内庁に向けられたもの」とすり替えを行おうとした美智子様に比べると、陛下はまだ潔いように思われます。
(それでも皇太子ご夫妻に対する冷たさを感じさせる会見には違いないのですが。)

結論を言えば、「雅子様の人格やキャリアを否定した黒幕的存在」とは、私は両陛下ではないかと考えています。もちろん、秋篠宮ご夫妻や宮内庁も人格否定の主体であることは間違いないでしょうが、一番大きな主体はやはり両陛下であったと思わざるをえません。
美智子様はその点が国民にバレることをとにかく恐れ、陛下は半ば「そういう事実はあった」ということを認めつつあるが、それでも事態を大きくしたくないために弁明はなさらなかった…ということなのでしょうか。

●論点をすり替えようとしているマスコミ

雅子様の人格を否定していたのが宮内庁や秋篠宮ご夫妻“だけ”であり、両陛下はそのようなことには加担していないのであれば、雅子様があそこまで病むこともなかったであろうし、皇太子殿下もあのような重いことを(両陛下に相談なく)ご会見でお話しするようなこともなかったであろうと思うのです。

一連の流れを推測すると、

両陛下が雅子様の人格を否定する側にいらしたからこそ、皇太子殿下は両陛下に事前にご相談することなく(誰にも相談できるような環境になく)会見でお話された。
皇太子殿下のご会見は、両陛下からすれば当然「唐突にあのようなことを言うなんて。我々が“犯人”だと思われたらどうするのか、国民はこの状況をどう感じるだろうか」と慌てふためく理由になる。
国民からは「悪いのは宮内庁、マスコミ、いやもしかしたら両陛下や秋篠宮ご夫妻も?」という疑惑が当然持ち上がる。同時に、皇太子ご夫妻への同情や共感が国民の間に広がっていく。
両陛下や秋篠宮ご夫妻の意思を汲んだ宮内庁は、東宮ご夫妻に同情が広がっていること、そして両陛下らに批判が向いていることの“軌道修正”をしなければいけないと焦った。
美智子様は先手を打って「悪いのは宮内庁、でも私は宮内庁をかばうフリをして理解ある皇后になり切ります」というご会見。
秋篠宮ご夫妻も両陛下と同じように雅子様の人格を否定することに加担していたので「兄貴め、余計なことを言いやがって」とばかりに前代未聞の皇太子殿下批判(逆ギレ)会見をすることになった。そしてさりげなく、「皇太子妃殿下が海外に行けないとかなんとか言ってて…」「公務は受け身でないと~」「何に苦労しているのかさっぱり」と、まるで雅子様が悪いような印象操作を行う。
雅子様を否定する側に立っていた(つまり両陛下のイエスマンに成り下がっていた)宮内庁は、当然秋篠宮様の会見の肩を持つに決まっている。
マスコミも薄々「両陛下と秋篠宮ご夫妻が東宮ご夫妻を孤立させているのだろう」と気付きつつも、両陛下を批判する記事は絶対に書けないので「秋篠宮様の行動は異例すぎて前代未聞だが、言いたいこともわかる」というような論調に終始する。
そして最後に陛下が「私と美智子に批判が向けられたことも知っているが、弁明はしないことにした」と会見で仰り、この一件はフェードアウトとなった…。


当時の雑誌記事を見返せば見返すほど、こういう構造が透けて見えてくるのです。

平成16年前後に起きた問題で一番重視すべきだったのは

〇雅子様のご病気の最大の原因は何なのか・雅子様を精神的に追い詰めたのは一体何か
〇雅子様は具体的にどのような形で人格やキャリアを否定され続けてきたのか
〇皇太子ご夫妻を孤立化させようとしているものは何なのか


ということであろうと思うのに、その点に深く踏み込んだメディアは皆無なのではないでしょうか?
むしろメディアは、

〇両陛下に相談もなくあのような会見を行った皇太子殿下に問題がある
〇秋篠宮様の会見には驚いたが言いたいことも理解できる
〇公務に出られない(その理由を明らかにしない)雅子様が悪い
〇海外に行きたがっている雅子様が悪い
〇雅子様が早く回復して公務に出られるようになれば解決することだ

という論点に終始して、一番重要な問題から目を背けているようにしか見えません。

(続きます)

2004年の皇族方の会見、お呼び当時の雑誌記事を振り返って考えたこと 1

※今回は雑誌記事のご紹介ではなく、2004年当時の会見や雑誌記事を目にして私個人が考えたこと・感じたことをまとめている内容ですので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

当ブログでは何回かに分けて、「2004年の出来事」を振り返ってきました。

皇太子殿下 2004年ご会見
秋篠宮ご夫妻 2004年ご会見
両陛下 2004年ご会見 および雅子様 2002年ご会見

秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代①)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊現代②)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊新潮)
秋篠宮ご夫妻の会見についての雑誌記事(週刊朝日)

●2004年当時の率直な感想

2004年当時、私は皇室にそこまで関心を抱く時間的・精神的余裕がなく、皇族方のご発言や行動についてあまり深入りすることはありませんでした。
しかしそのような私でも、皇太子殿下の「雅子の人格を否定する動きがあったのは事実です」というご発言を聞いて、雅子様が過酷な環境に置かれていること、そして皇太子殿下はその状況を見かねてここまで仰るに至ったのだろうと感じ、皇室の中で異変が起きていることが分かりました。もちろん、皇太子殿下の上記ご発言に批判的な気持ちになることはなく、ここまで仰るからにはよほどのことがあったのだろうと、皇太子ご夫妻に同情する気持ちになりました。
しかし先述のように私は当時あまり余裕がなく、「雅子様の人格を否定する動き」とは具体的には何だったのか?ということには深入りできずに時が流れました。

そしてその後の美智子様のお誕生日会見の内容もあまり知ることなく、その次の秋篠宮様のお誕生日会見を迎えることになったわけですが、「秋篠宮ご夫妻が何やら皇太子ご夫妻を批判するようなことを仰った」ということを知った時、皇室に深入りしていなかった私でもさすがに秋篠宮ご夫妻のご発言には呆れ、怒りを感じました。「秋篠宮ご夫妻はしょせん次男夫婦であり、皇太子ご夫妻のような重圧やプレッシャーが何もない。お気楽な立場で皇太子ご夫妻のお立場もよく知らないで、よくもまあこんな批判ができるものだ」と感じたことを強く覚えています。
私は当時週刊誌もワイドショーもほとんど見ませんでしたが、当時、私のように秋篠宮ご夫妻に批判的な気持ちになった国民の方が多かったのではないでしょうか。週刊朝日が記事の冒頭で秋篠宮ご夫妻に怒りを感じた35歳女性の声を取り上げていましたが、あの女性と同じような気持ちになった国民の方が圧倒的に多かったのではないかと感じるのです。

●秋篠宮様ご自身は、両陛下と皇太子殿下への「事前相談」をなさったのか?

しかし2017年の今になって当時の雑誌記事を詳細に振り返ってみると、確かに秋篠宮様の会見での発言に苦言を呈するような内容も含まれてはいるものの、「しかし秋篠宮様の仰っていることも理解できる」と結論付けられているパターンが多い点に驚き呆れました。

当時の雑誌は、皇太子殿下が天皇陛下(もしくは両陛下)のご意向を聞かないまま「人格否定発言」を行ってしまったことについて「なぜ(両)陛下に相談のないままあのようなことを仰ったのか?」ということを問題視していました。
しかし上記の件が問題視されるなら、秋篠宮様が皇太子殿下に何も相談なく皇太子殿下を公の会見の場で批判したことは良いのか?という疑問が湧くわけです。「両陛下には事前に相談しなければいけない。しかし、皇太子ご夫妻には相談せずに勝手に会見で話しても良い」という理屈は通らないと思うのです。理由は一つ、秋篠宮様にとっては両陛下だけでなく、皇太子ご夫妻も「目上の方々」であるからです。しかしどの雑誌も、なぜかその点についてはまったく問題視していませんでした。
秋篠宮様が「事前に相談すべき相手」とは両陛下のことだけであって、自分よりお立場が上の皇太子ご夫妻は含まれていないのか?という疑問に答えている雑誌はありませんでした。

また、秋篠宮様のあの会見こそ、そもそも両陛下に相談してから行ったものなのか?という疑問も当然湧いてきます。
もし仮に秋篠宮様が両陛下に事前に相談もなくあの皇太子殿下批判会見を行ったのであれば「自分のことは棚に上げて何言ってるんだ」という批判が成り立ちます。
また、もし秋篠宮様が両陛下に事前に相談した上であの会見を行った場合、両陛下が「いや、公の場で皇太子の批判はしてはいけない。私たちは反対する」と仰っていたのに秋篠宮様があの会見を強行したのなら、秋篠宮様も両陛下の賛同を得ないまま勝手にあの会見を行ったことになるでしょう(※週刊現代に「陛下はあの秋篠宮様の会見をご覧になり、苦笑された」という一文がありましたが、もしかしたら陛下はあの秋篠宮様の会見を事前に了承していなかった可能性も少しはあるように感じます)。
もし両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出したのであれば、秋篠宮様の皇太子殿下批判は、両陛下のお墨付きということになります。

複数の雑誌が「あの秋篠宮様のご発言は、両陛下の意図を汲んだもの(両陛下のお気持ちを代弁したもの)」という見方をしていましたが、マスコミは三番目の視点―両陛下が「公の場で皇太子を批判するのはやむを得ない」と秋篠宮様に「GOサイン」を出した―に立っているからにほかなりません。秋篠宮様ご自身が「両陛下に相談してから会見に臨むべきだった」と皇太子殿下を批判するくらいですから、秋篠宮様が事前に両陛下に相談した上であの誕生日会見を行ったと見るのが自然ですしね。

そうすると、秋篠宮様のみならず両陛下も「公の場で皇太子殿下(と雅子様)を批判することに賛同した」という結果になりますが、マスコミはなぜかこのような異例の恥ずかしいことを許した両陛下については全く批判的なことを書いていません。「両陛下はなぜあのようなことを許したのか」と苦言を呈する記事がもっと出てもよかったはずなのに、両陛下への批判はタブーなのか出てきませんでした。
「秋篠宮様の仰ることもよくわかる」だの「秋篠宮様は両陛下のお気持ちを代弁しただけ」だの、両陛下と秋篠宮様のお振舞いを擁護するような方向に話を持っていこうとしている印象を受けました。
皇太子殿下はあくまでも「人格否定」をした人物(主語)を明らかにしないで会見を行いましたが、秋篠宮様は明確に皇太子殿下に向けて批判を行っています。この点でも、秋篠宮様の方がよりいっそう批判を受けるべきだと思うのです。

●そもそも「両陛下への事前相談」とやらは本当にしなければいけないことなのか?

しかしそもそも、皇太子ご夫妻も秋篠宮ご夫妻も既に両陛下とは別にご家庭を設けている、自立した大人たちです。確かに皇太子ご一家は両陛下と同じ内廷皇族であり、同じ「天皇家」ではあります。しかし、いつまでも「何かなさる度にその都度両陛下にご相談するのが筋」ということが果たして当てはまるのかどうか。
(※この点は天皇陛下が「東宮家は独立した一つの職」とお誕生日会見で仰っていました。)
一方で秋篠宮ご一家は、内廷皇族とは生計を別にする、完全に独立した家庭という扱いです。そのような方々が「両陛下のご意見を聞くべき」「すべて両陛下に相談すべき」としゃしゃり出てくるのも、何か違うような気がしてなりません。「秋篠宮家」という完全に独立した宮家を有している「外廷皇族」である方々がズカズカと天皇家=内廷皇族の中に入り込んで、「兄貴はちゃんと天皇皇后の意見を聞くべき!事前に相談しなきゃだめだぞ!」のように言ってくるのは僭越すぎますし、余計なお世話としか言いようがありません。外廷皇族の次男夫婦が首を突っ込んでくる場面ではないのです。私はどうしても秋篠宮ご夫妻の言動には違和感を覚えずにはいられません。しかし、やはりどの雑誌もこの点については触れていませんでした。

秋篠宮家や川嶋家と懇意の江森氏が『秋篠宮さま』という本の中で秋篠宮様の肉声を掲載していましたが、その時から私は秋篠宮様が意外にも「ご両親にベッタリ」な言動が多いことに違和感を抱いていました。両陛下も秋篠宮様も、お互いに「子離れ・親離れ」ができていないという印象があるのです。その点、皇太子殿下はしっかりとご両親から自立して、ご自分の判断で雅子様を守っていこうという姿勢が見られました。
「ご両親にベッタリ」な秋篠宮様を「両陛下と仲睦まじい」と見て、一方でしっかりと自立した皇太子殿下を「ご両親とうまくいっていない」と見る国民もいるのかもしれません。しかし私自身は、秋篠宮様と両陛下の関係性が必ずしも健全なものには見えないのです。
(続きます)

平成16年の皇室のご会見を振り返る~両陛下のご会見編、そして雅子様の平成14年ご会見

前回記事から少し間が空いてしまい申し訳ございません。

これまで、平成16年の皇太子殿下と秋篠宮ご夫妻の会見内容を巡る雑誌記事を3誌ほどご紹介させていただきましたが、秋篠宮ご夫妻の会見の前に、実は美智子皇后陛下のお誕生日会見がありました。そして秋篠宮ご夫妻の会見の後には、天皇陛下のお誕生日会見がありました。
今回はその二つのご会見を改めて振り返るとともに、平成14年に行われた皇太子ご夫妻のご会見のうち、雅子様が話された箇所も併せて抜粋させていただきたいと思います。

皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。宮内庁の人々にも心労をかけました。庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,力となってくれることを望んでいます。宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。
(引用終わり)


天皇陛下お誕生日に際し(平成16年)

(引用開始)
一昨年のニュージーランド,オーストラリア訪問のころは,非常に元気で,喜ばしいことに思っていましたが,その後公務と育児の両立に苦しんでいるということで心配していました。疲れやすく,昨年の5月ごろからこちらへの訪問がほとんどなくなり,公務を少なくするようになった時も,何よりも体の回復が大切だと考えていました。
このような状態の中で,今年5月皇太子の発言がありました。私としても初めて聞く内容で大変驚き,「動き」という重い言葉を伴った発言であったため,国民への説明を求めましたが,その説明により,皇太子妃が公務と育児の両立だけではない,様々な問題を抱えていたことが明らかにされました。私も皇后も,相談を受ければいつでも力になりたいと思いつつ,東宮職という独立した一つの職を持っている皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが,これらの様々な問題に,気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念なことでした。
質問にある私の意思表示のもう1回は,皇太子の発言が,私ども2人に向けられたものとして取り上げられた時でした。事実に基づかない様々な言論に接するのは苦しいことでしたが,家族内のことがほとんどであり,私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,皇室として避けるべきと判断し,その旨宮内庁に伝えました。
皇太子の発言の内容については,その後,何回か皇太子からも話を聞いたのですが,まだ私に十分に理解しきれぬところがあり,こうした段階での細かい言及は控えたいと思います。
2人の公務についても,5月の発言以来,様々に論じられてきました。秋篠宮の「公務は受け身のもの」という発言と皇太子の「時代に即した新しい公務」とは,必ずしも対極的なものとは思いません。新たな公務も,そこに個人の希望や関心がなくては本当の意義を持ち得ないし,また,同時に,与えられた公務を真摯に果たしていく中から,新たに生まれてくる公務もあることを,私どもは結婚後の長い年月の間に,経験してきたからです。
皇太子が希望する新しい公務がどのようなものであるか,まだわかりませんが,それを始めるに当たっては,皇太子妃の体調も十分に考慮した上で,その継続性や従来の公務との関係もよく勘案していくよう願っています。従来の公務を縮小する場合には,時期的な問題や要請した側への配慮を検討し,無責任でない形で行わなければなりません。「時代に即した公務」が具体的にどのようなものを指すかを示し,少なくともその方向性を指示して,周囲の協力を得ていくことが大切だと思います。2人が今持つ希望を率直に伝えてくれることによって,それが実現に向かい,2人の生活に安定と明るさがもたらされることを願っています。
(引用終わり)


ニュージーランド・オーストラリアご訪問に際し(平成14年)

(引用開始)
…今回公式の訪問としては8年ぶりということになりまして,ニュージーランドとオーストラリアを訪問させていただくことができることになり,大変うれしくまた楽しみにしております。中東の諸国を訪問いたしました折のことは今でもとても懐かしく本当にいい経験をさせていただいて,その時の思い出は今でも皇太子さまとよく話題にしたりしておりますけれども,その後8年間ということで,そのうち最近の2年間は私の妊娠そして出産,子育てということで最近の2年は過ぎておりますけれども,それ以前の6年間,正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます。今回,昨年子供の愛子が誕生いたしまして,今年,関係者の尽力によりまして,ニュージーランドとオーストラリアという2か国を訪問させていただくことができることになりましたことを本当に有り難いことと思っております。
(引用終わり)


この3つの会見についても、ここで私の個人的なコメントを付けることは控えたいと思います。

次回は、これら皇族方のご会見内容や雑誌記事の内容を踏まえた上で、私個人が考えたこと・感じたことを述べさせていただきたいと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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