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両陛下は女性天皇誕生など望まれていません 後編~改めて「両陛下の仕打ち」を振り返る

前編からの続き)

◆天皇皇后に会えない愛子さま

外務省事情通がいう。
「雅子さまも外務省入省後、オックスフォード大へ在外研修に行っているが、そのときは奥氏は外務省本省にいて接点はない。90年6月に雅子さまは帰国し、北米局北米二課に配属され、半導体の市場開放問題に取り組んで仕事に熱中していた。いっぽう、奥氏は90年8月には再び海外へ飛び、在イラン日本大使館や在アメリカ日本大使館を回っている。まるで接点はないとはいわないが、奥氏は早稲田出身のラガーマン、雅子さまはハーバード大→東大のキャリアで、まるで流れが違う」
むしろ、雅子さまにとっては一昨年11月に急死された高円宮憲仁さまがよき相談相手となっており、皇太子さまを含め、家族づきあいともいえる“交流”があった。雅子さまには大変ショッキングな死だったのだ。

さて、昨年12月の話に戻そう。実はかなり前から、例年12月の第1週目の月曜日には上野の学士院会館で、国際生物学賞授賞式があり、その後美智子皇后1人でもさまざまな用事が入っているとの情報があった。したがって、愛子さまの皇居への参内(誕生日の挨拶)はないとされていた。しかし、11月28日に、突然宮内庁から雅子さまが愛子さまを連れて皇居へ行かれるとの情報があったのだ。
現場のマスコミ人がこういう。
その日(12月1日)は台風並みの雨風で横なぐりの状態にもかかわらず、雅子さまは午前10時25分ごろ笑顔で半蔵門から皇居へ入った。わざわざ濡れるのもいとわず、ニコニコしていた。そして23分後の10時48分、再び半蔵門から出て行かれ、車の中から手を振っていた。ところが、われわれマスコミの間に、『愛子さまは天皇皇后に会っていないのではないか』という憶測が流れた」
その憶測が当たった。
天皇皇后両陛下は10時30分には日本学士院会館に到着。休憩後、11時から第19回国際生物学賞授賞式に出られた。ということは、雅子さまと愛子さまは、天皇皇后両陛下の代わりに、侍従に挨拶をしたということになるのだ。
天皇陛下はその後、13時15分、皇居に戻った。一方、皇后陛下は上野に残り、東京国立博物館・平成館の国際シンポジウム「国際アンデルセン賞の軌跡」に臨席、その後、国際子ども図書館でレセプションにまで臨席。18時すぎに帰途についている。

雅子さまを知る人物がいう。
「秋篠宮のお子様の誕生日には行くというのに、愛子さまには初めから会おうとされない。雅子さまにしてみれば体調が悪いなか、雨にもかかわらず、両陛下がやっと時間をやりくりされて会ってくれると思ったのに、皇居へ出掛けてみれば侍従しかいなかった。ご自分の事ならこの10年間ずっと耐えてきたが、苦労の末産んだわが娘を拒否、無視されたことで、大変なショックを受けたのです。翌12月2日、帯状疱疹と発表されたが、格好がつかなくなった宮内庁は12月4日から8日まで雅子さまを入院させてしまった。おまけに退院の日に雅子さまが首に巻いているストールを『皇后さまのお見舞い』とリークさせたが、実はそのストールはもともと雅子さまが結婚前から持っていたイタリア製のルチアーノ・ソプラーニでした」
そして12月11日、湯浅長官の会見であの信じられない言葉が出た。
「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」

湯浅長官は元自治省事務次官で、本来突飛なことをいう人物ではない。官僚として手堅くやってきた。ある皇室関係者は「湯浅長官がはっきりああいった以上、それは天皇皇后両陛下のお言葉と取って間違いありません」と断言する。別の宮内庁関係者も「宮内庁のトップとしては天皇のことを一番に考え、皇位の継承について対策を考えることは当然のこと。その意味するところは、あくまで男系の男子ということであり、女性天皇ではないということです」と語る。つまり、天皇皇后両陛下はいまの時点で、「女帝」を望まれてはいないということなのである。

◆「異変」を無視した宮内記者へ

12月1日の件について、ある宮内庁職員はこういっている。
「目下の者(雅子妃と愛子さま)の挨拶は、家来(侍従)が受けても構いません」
宮内庁職員とはこんな感覚の人間ばかりなのだ。とても、一般の人たちでは理解できない世界がそこにある。

先の雅子さまを知る人物がいう。
「昨年12月16日の天皇家の写真撮影では、本来やさしい祖父母やいとこ達に囲まれ温かいはずのファミリーが冷たく見えました。愛子さまは積み木を両手に持って肩に力を入れ、笑顔がない。かわいそうなくらい緊張していた。雅子さまもけだるそうにやっとそこにいるという感じだったのです」
このときのことを、小誌04年2月号で触れたところ、宮内庁はいきり立って抗議をしてきたのだ。
小誌は「挨拶が終わると、雅子妃だけが1人で東宮御所に戻られた」と書いた。事実は「雅子妃と愛子さまの2人で…」だった。その後、天皇皇后両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご一家、紀宮さまで食事会が催されたのである。
林田英樹東宮大夫は、「雅子妃1人だけを東宮御所に帰させた事実はない」といって「両陛下に多大のご迷惑をおかけするものだ」といってきた。このころから問題点がすでに上がっていたはずなのに、皇太子さまを守るはずの東宮職はこんな体たらくだったのだ。皇太子さま・雅子さまが東宮職を信用するはずがない。
また、これを何の疑問とも思わなかった、少なくとも予兆も報じてこなかった宮内記者会も悪い。日本を代表するはずの通信社・共同通信のある女性記者は宮内庁から事前に抗議文を見せてもらい、小誌に対して「明らかに間違っているんだから訂正すべきでしょ」とまくし立てて来た。ことの本質がまるでわかっていないのである。

5月10日の皇太子さまの記者会見を受けて『ニューズウィーク』(5月26日号)はこう書いている。
「皇太子の発言で明るみに出た、雅子妃と宮内庁の確執。記者クラブに名を連ねる大手メディアはなぜ、これほどの『異変』を無視し続けたのか。雅子妃の『心の問題』を報じないマスコミが議論を闇に閉じ込めている」

皇太子さまが先の文書を出したからといって、お世継ぎ問題を含む皇室の根本的な問題は何も解決されていない。
皇室関係者がいう。
「皇太子さまと雅子さまは完全に2人の世界に入ってしまって東宮職をまるで信じられなくなっているということ。林田英樹東宮大夫は文部官僚で文化庁長官経験者、小林秀明東宮侍従長は外務省出身で元儀典長で、いずれも現役を引退して天下りポストにいるような人たちばかりだ。曽我剛侍従長は30年以上も皇太子さまのお側にいましたが、01年に亡くなっています。御用掛として雅子さまが信頼していた堤治東大教授も昨年、研究費の不正流用事件で失脚、いまは相談できる医療関係の人間もいません。その堤巨樹は『雅子さまは妊娠中もタバコを辞めなかったんだ』などと、周囲に漏らしていたというのですから、皇太子夫妻が不信感を抱くのも当然でしょう」
この関係者によれば、東宮職の職員からは雅子さまの寝室に関する詳細な話や身体に関するプライベートな情報まで漏れていたという。これでは雅子さまは侍従も女官も信用できない。

◆「平成の小泉信三」が必要だ!

いっぽうで、皇太子さま・雅子さま夫妻がさまざまな意見を取り入れる姿勢を見せることも必要だ。湯浅長官は皇太子さまに4人の参与と会うことを勧めている。その4人とは藤森昭一元宮内庁長官、平岩外四元経団連会長、中森敏次郎元最高裁判事、大西勝也元最高裁判事という面々だ。しかし、いまさらこういった人たちと初対面から関係を築くのは無理がある。
また、天皇皇后両陛下は、皇太子さまがヨーロッパに行っている際、藤森氏、鎌倉節氏、湯浅氏の長官経験者を呼んで「(皇太子夫妻の)力になってほしい」といったとされるが、彼らに皇太子夫妻のホンネを引き出す能力はないだろう。皇太子さまが伝統を守りながらも「新しい時代にふさわしい皇室をつくりたい」と考えている以上、もっと幅広い人選で「平成の小泉信三」を探し出すことが必要だ。
皇太子さまに近い皇室関係者がいう。
「皇太子が『いいブレーンがほしい』と洩らしたことがある。英国留学などで自由奔放に活動されていた時期があった反面、いまの彼の人脈はあまりに狭い。新しい皇室像を求めるならば、もっと積極的に外に出てさまざまな人たちと会う必要がある。失礼ながら雅子妃および小和田家に引っ張られ過ぎている部分も大きい。雅子妃を守るといって頑固一徹なところはいいが、一方でいろいろな考え方を吸収するような大きな力を備えてほしい」

天皇皇后両陛下が平成流の天皇像を打ち出そうと努力されているのは当然だ。皇室の伝統を重視すれば「女性天皇」もすぐには容認されないだろう。しかし、そこをすべて吞み込んだうえで、皇太子さま流の在り方を模索する必要がある。そうすれば、国民は必ず受け入れるだろう。
(記事終わり)



一読して、「これは秋篠宮家シンパたちよりも、むしろ皇族無謬論者(皇族は全員“善”であり間違いを絶対に冒さない方々だと信じ切ってしまっている人)たちに読んでもらいたい記事かもしれない」と感じました。
上記テーミスの記事は、秋篠宮様とご家族のことについて述べる当ブログには直接関係のない内容であったかもしれません。
しかし、雅子様に対する人格否定の動きの正体、そして当時から両陛下と宮内庁は「一心同体」であった事実について触れられており、これは外すことのできない記事だと考えたのです。

まず最初にテーミスが触れている「皇太子殿下の文書」についてですが、この文書の不自然さについて詳細を知ったのはこれが初めてでした。一読して、「もしかしたらこの文書は皇太子殿下がご自分で書かれたものではなく、両陛下の命令を受けた誰か(宮内庁職員?)によって書かれたものではないのか?」という疑念が頭に浮かびました。
皇太子殿下はご自分のお誕生日会見文章やスピーチ文章も、毎回ご自分できちんと書かれています。ですから文書の書き方の体裁や書式などについてもよくご存じのはずであり、皇太子殿下が実際にご自分で書かれたのであれば、テーミスが指摘するような不自然な書式になるとは思えないのです。
外国メディアは「これは始末書みたいなものだ」と指摘したようですが、それでも皇太子殿下が身内に向けて書かれたという感じもせず、一応皇太子殿下のご了承を得つつも、事態を早急におさめたい両陛下のご意向を受けた「誰か」によって「当たり障りのない適当な文書が作成させられ、事態の収拾と幕引きが図られようとした」という感じに見えて仕方ありません。
これなら、今上陛下が文書についてはスルーされたのに「関係者には苦労をかけた」というお言葉をかけられたというのも合点がいきます。「事態の幕引きを図るためにこういう文書まで(宮内庁に)作らせてしまい、苦労をかけた」という意味であるなら通るように感じるのです。
皇太子殿下は、本当はもっと雅子様の悲しい境遇について国民に訴えたかったのではないかと思います。しかしこの件は両陛下が関わっているので、皇太子殿下も両陛下のお立場のためにご自分がお気持ちを抑えるしかなかったのではないかと感じました。ですから多少の不本意があっても、「人格否定発言の真意とは」という文書を世に出すことを承知するしかなかったのでしょう。

次にテーミスは「綸言汗の如し」という格言を取り上げ、「宮内庁の意思は両陛下のご意思である」ということに言及しています。
皇太子殿下の人格否定発言の後、世間から「雅子様はお可哀相」「皇太子殿下は思い切ったことを言われた、よくぞ言った」という同情と応援の声が上がったのは確実だと思います。私もその「世間」の一人でした。しかし、世間が皇太子ご夫妻寄りになっていく様子を黙って見られなかった方々がいらしたのでしょう。宮内庁を使い、事態の収拾と「本当は皇太子ご夫妻が悪いんですよ!」という風潮を作るためにマスコミ(宮内記者)を動かした…というのが真実なのだと思われます。

今ではすっかり闇に葬られてしまっていますが、上記テーミス記事は「雅子様が病まれてしまった理由」についても言及しようとしています。
私たちが予想した通り、

○男子(お世継ぎ)出産プレッシャーをずっとかけられてきたこと(上記テーミスには詳細は書かれていないが、かなり非人道的なことを言われてきたというお話も…)
○ようやくご誕生された敬宮愛子様を邪険に扱われたこと、あろうことかその中心人物が今の両陛下であったこと(おそらくこの一件が最大の原因では)
○最初はお世継ぎのために海外行きを意図的に制限されていたのに、その次は打って変わって国内公務を山のように詰められて心身ともに疲労困憊させられたこと
○両陛下のご意向を受けた宮内庁職員が東宮家を全く守ろうとしなかったこと
○東宮ご夫妻の良き相談相手だった高円宮殿下の薨去
○過去の流産の悲しみからくる心身の不調


など、実にたくさんの原因が複雑に絡んで雅子様を追い詰めていった…ということがよく分かります。
今のマスコミは雅子様が病まれた理由を極力「矮小化」しようと必死ですが、これも両陛下=宮内庁の意向を受けた宮内記者会の「忖度」なんでしょうね。
というか当時のマスコミにも、奥大使の死を雅子様の悲しみの原因に無理やり持っていこうとする動きがあったと知り驚きました。この頃から「雅子様のご病気の原因は両陛下や宮内庁ではないのだ!」という方向に世論を持っていきたかった企みがあったのですね(その企みは失敗に終わっていることが多いですが)。
テーミスは敬宮様の公園デビューに関しても触れていますが、雅子様はきっと静かな環境でひっそりと敬宮様を公園で遊ばせたかったのだろうと思います。しかし「誰か」からの意図的なリークによりマスコミが集結し、敬宮様の公園遊びの継続を失敗させたかったという不気味な動きを感じます。
そして「敬宮様に関する酷い噂を流したのは“関係者”である」という一文もサラッと入れていますが、これは由々しき問題ではないでしょうか。“関係者”という言い方から「宮内庁や皇室と浅からぬ関係の者である」ということを匂わせているからです。身近にこういう人物がいたという事実も雅子様を追い詰めていったと言えるでしょう。

そして上記テーミス記事の一番の肝はやはり「両陛下が雅子様と敬宮様に意地悪をし、女帝誕生など望んでいないからこそ秋篠宮ご夫妻に「第三子」をお願いした」という部分でしょう。
雅子様と敬宮様が皇居に参内されたのは、紛れもなく両陛下の方から「挨拶にいらっしゃい」という伝達があったからにほかなりません。格下の皇族が、格上の皇族(両陛下)の予定を無視して勝手に参内することなどできるはずがないのです。雅子様も両陛下からの許可が下りたからこそ敬宮様をお連れして参内されたのに、両陛下はご不在だった…ということなのです。
約束を反故にしたのは両陛下の方です。この事実からは目を背けるわけにはいきません。
しかも美智子皇后は陛下を先に帰宅させて、お一人で上野にずっととどまっていらしたという始末。これは雅子様と敬宮様の参内を知っていながら、公務を理由に「意図的に」上野に居続けたということですね。この件も初めて知りびっくりしました。「皇后お一人公務」などそんなによくあることなのでしょうか?

これは単純に「宮内庁の伝達ミス」とか「公務スケジュールの采配ミス」では片づけられない問題でしょう。明らかに両陛下が意図的に約束を反故にしていることが分かるからです。もし仮に宮内庁の失態だったとしたら、あの後両陛下が雅子様と敬宮様に「行き違いがあったようで本当に申し訳なかった」と謝ってもいいはずです。しかし記事を読む限りそういう動きは全くなく、雅子様が帯状疱疹で倒れられたことを不都合に感じた宮内庁=両陛下が慌てて雅子様を入院させ、「このストールは美智子皇后からのお見舞いです!」という真っ赤な嘘まで書かせたという酷い有様。おまけに「格上の方は侍従に代わりに挨拶を受けさせてもいいんだよ!」と開き直ったりとか…開いた口がふさがりません。
そして問題の「秋篠宮ご夫妻に第三子を」発言。雅子様が倒れられてすぐにあのようなことを長官に発言させる両陛下は、本当に「怖い方々」としか思えなくなりました。
ご自分たちが皇太子ご一家を追い詰め苦しめている元凶という事実をごまかし続け、いざ国民から宮内庁らに対する批判が挙がったら「東宮ご夫妻に非がある」と言わんばかりにマスコミを使って皇太子ご一家を苦しめてきましたから。
その一方で「私たちは東宮家を心配しています」というポーズだけは忘れず、ご自分たちの息がかかった側近らを東宮ご夫妻に近づけさせようという動きも怖いなと感じました。一見、東宮ご夫妻を心配して相談相手を派遣させようとしているように見えても、皇太子ご夫妻にとってはスパイを派遣されたような心地しかしないでしょう。両陛下が側近らを呼んで「力になってほしい」とおっしゃったという件も、テーミスのように「皇太子ご夫妻の力に…」ではなく、「自分たち(=両陛下)の力に…」という解釈も可能なわけです。「皇太子夫妻の」という文言はあくまでもテーミス側が補足しているだけですから。

宮内庁もマスコミも両陛下の「ご意向」を受けてしか動かないため、これでは公正・公平な皇室報道など到底無理ですね。
ここ10年以上にわたる偏った皇室報道に毒されてしまい、両陛下(と秋篠宮一家)はひたすら絶賛、東宮ご一家はバッシングばかり…ということを一緒に行ってきた国民は、いい加減その報道の異様さに気付くべきだと思います。
そして「皇族に悪い人なんかいない!いつも正しいことしかしない!」という考えに凝り固まっている「皇室無謬派」の人々にこそ、「東宮ご一家いじめ」の背景にあるものに目を向けて、冷静に皇室を見てほしいと思うのです。
そして、「両陛下は女帝・女系天皇を望まれている“はず”だ!」と言い放つ人々も、それは完全に「真逆の想像」でしかないことを肝に銘じて、真実を見て下さいと言いたいです。

両陛下こそが東宮ご一家いじめの先頭にいらした。
両陛下は敬宮様を可愛く思っていらっしゃらない。
両陛下は女帝など認めていらっしゃらない。
秋篠宮ご夫妻も両陛下に加担して東宮ご一家を追い詰め、自分たちがのし上がれる隙を狙っている。


これが真実だと私は思います。

あと最後に細かいことですが、「新嘗祭には女性皇族は参加しない」という当たり前のことをテーミスが書いていた部分は良かったと思います。東宮ご一家アンチが盛んに「雅子様が祭祀に出ない云々」と無知を晒してバッシングしていましたからこういう細かい部分も正していくことも重要だと思います。

次回以降は、「秋篠宮ご夫妻第三子の性別に関する茶番劇」ともいえる記事と、「男子=悠仁様が誕生されても皇室の危機は解消されていない」という記事をいくつかご紹介させていただきたいと思います。

両陛下は女性天皇誕生など望まれていません 前編~宮内庁は両陛下のご意向でしか動かない

皇太子殿下の「人格否定ご発言」とそこから導き出される平成皇室の問題点に引き続き、新たに取り上げてみたいテーマは「2006年=悠仁様ご誕生を巡る問題点」です。

秋篠宮ご夫妻の間にできた「第三子=悠仁様」のご誕生前後の時代は、雑誌がこぞってそれにまつわる記事を大量に出していた時でもありました。
どうせ「秋篠宮ご夫妻・紀子様おめでとう!」とか「秋篠宮ご一家と川嶋家の素晴らしさ」とか「男子が生まれて皇室は安泰!」とか「それに比べて東宮家は…」のような類の記事ばかりが量産されていたのだろう、という悪いイメージが私の中にはありました。
しかし、一部には「男子誕生」という事実を、冷静に見つめている記事もいくつか見つけることができました。

当ブログでは、前者の「秋篠宮ご一家バンザイ・皇室はこれで安泰、良かった良かった」的な記事は扱いません。後者の「男子誕生を冷静に見つめるべき」という内容の記事を中心に挙げていきたいと思います。

まず、今回取り上げる「テーミス2004年7月号」は、悠仁様ご誕生よりも前の記事ですが、雅子様が病まれてしまった原因や敬宮愛子様が(両陛下から)大切に思われていないという事実に言及され、そもそも悠仁様ご誕生以前から平成皇室には既に「闇」が存在していたということに触れている内容であり、まず最初にこの記事を取り上げる必要性があると考えました。
長いので前編・後編の2回に分けて書かせていただきたいと思います。

新聞が伝えない「雅子妃騒動」の深層
天皇・皇后は「女帝」を望まれていない
湯浅長官の「秋篠宮に3人目を」発言は天皇陛下の言葉と思っていいというが


◆皇太子さま文書のおかしな点

「まさに宮内庁の思惑通り。これで一件落着ということでしょう。しかし、問題はこれでいっそう深刻化した。お世継ぎ問題にしろ、外国訪問にしろ、根本的な問題はまるで解決されていないからです。これ以上、事なかれ主義、先送りを続けていけば、やがて皇室は消滅する、それほどの危機です
ある皇族関係者はこう警告する。
6月8日、皇太子さまは欧州訪問前の記者会見で「(雅子さまの)キャリアや人格を否定するような動きがあった」と、発言したことに対し、その真意を説明する文書を公表した。しかし、その文書は「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」と、具体的な言及を避けた。
この日、宮内庁の湯浅利夫長官は、東宮御所を訪ね、文書を受け取り、皇太子さまと約40分間話し合ったという。湯浅長官によれば、その後、御所に寄り、天皇皇后両陛下に文書を見せると、天皇陛下は文書については何もいわず、「関係者には苦労をかけた」という言葉があったという。しかし、原因の多くが宮内庁にあるというのに、陛下が宮内庁職員のことを労わったというのはあまりにも都合がよくないか。この文書には、ほかにも疑問点が多い、
皇室ジャーナリストが語る。
「文書はA4判1枚で、湯浅長官の記者会見で配られたが、これが現物だとするとおかしな点がある。まず、文書は『私の、ヨーロッパ3か国への訪問前の記者会見での発言に関して、少し説明したいと思います』でいきなり始まり、タイトルがない。また、最後に日付もなければ、皇太子さまの署名もなかった。文書という限り、一定の様式があるが、誰に対していっているのか、必ずしも明確でない」
外国のメディア関係者はこれを「始末書を書かされた」といった。これはいいすぎだとしても何らかの落とし所を考えた文書だったことはたしかだろう。なぜ、この文書を天皇皇后にところへ持っていってみせる必要があったのか。また、文書にはこうあった。
「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます」
ふつう「…をはじめ」といえば、多くのなかで代表となるものを表し、その後に「…にも」となる。つまり、「社長をはじめ、社員一同…」などといういい方になるはずだ。「天皇皇后両陛下はじめ」の後に来るのは果たして「国民」なのか、「宮内庁職員」なのか、いずれにしても何かが抜けている。
また、文書は「雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています」とあった。しかし、問題の多くは宮内庁に対する“異議申し立て”に始まっており、こんなことで簡単に解決するなら、あえてのあの波紋を広げる会見をやる必要はなかった。
5月10日の皇太子さまの記者会見。それは宮内庁職員にとっては、心臓が止まるほどのショックだった。
宮内庁関係者が証言する。
「皇太子さまの記者会見は午後3時から始まる予定だったが、約30分も遅れた。直前まで皇太子さまと雅子さまのお2人で、記者会見用の原稿を推敲していたのだ。『キャリアや人格を否定する』という強いいい方は、皇太子さまの言葉ではない。皇太子さまが雅子さまを全力で守ろうという強い意思はわかるが、あまりにも雅子さまのペースで事を進めた感は否めない」

◆「綸言汗の如し」の真の意味は

宮内庁関係者は、皇太子さまのあの会見を「綸言汗の如し」と囁き合っている。「綸言」とは天子・天皇の言葉のことで、流れ出た汗が再び体内に戻らないように、一度君主の口から出た言葉は二度と取り消せないということだ。つまり、皇太子さまの記者会見の発言を取り消すことはできないから、発言の真意を文書にして説明しようということだった。
「改めて皇太子殿下から具体的な説明がないと国民も心配してるだろう」
天皇陛下は羽毛田信吾宮内庁次長にこういったとされるが、この言葉こそ宮内庁職員にとっては真の意味での「綸言」だったのである。


皇室に詳しい元新聞記者が説明する。
ワイドショーを見たり、女性週刊誌を読んでいる人たちは『雅子さまがかわいそう』だとか『皇太子は思い切ったことをいった』などと感想を述べているが、あくまで天皇皇后両陛下が中心だということが前提としてある。宮内庁は皇室と国民の橋渡し役であることはたしかだが、まず天皇皇后両陛下のご意向が最優先される。したがって、外国訪問をされる前に、早くお世継ぎを…というのは、宮内庁の方針ではあるが、背後に両陛下のご意向があるのは、ある意味で当然のことなのだ
今回、湯浅宮内庁長官は記者会見で「嫁姑問題などの報道が相次いだことについて、殿下とは」という質問に、「話の端々に出て参りました。事実に基づかない、きちんと取材をしないで報道されたことについて、どう対応したらいいか、私たちは正直、苦慮しています」と答えている。しかし、一連の動きを追っていけば、天皇皇后両陛下と皇太子さま・雅子さまの間に浅からぬ“対立関係”があるのは、明らかだ。それが下世話な嫁姑問題にとどまらず、伝統的な皇室のあり方にまで、影響を与えていることを直視すべきだろう。

そもそも雅子さまがここまで深刻な事態に追い込まれた背景には、どんなことがあったのか。
雅子さまを知る関係者が語る。
「雅子さまは昨年夏ごろから精神的ストレスが高まり、公務を休ませてほしいということを東宮職に申し入れていた。01年12月に愛子さまが誕生されてから雅子さまはできるだけ自分の手で育てようと努力してきた。昨年の5月には“公園デビュー”も果たし、なるべく一般の子どもと同じように遊ばせたいと考えた。それが警備上の理由やマスコミに騒がれるということで取りやめになり、一方で宮内庁は『もっと公務をスケジュールに入れてください』と要望する。その板挟みで、雅子さまは疲労困憊してしまった」

◆「奥大使の死」にショック説!?

雅子さまが倒れる1か月前の11月の公務のスケジュールはびっしりだ。
11月1日、バレーボールワールドカップ。体育館はジャニーズ事務所のタレント目当ての黄色い声援でいっぱい。なぜ皇太子夫妻が観戦しなければいけなかったかと思うくらいで、雅子さまの顔色は生気がなかった。
11月4日、文化勲章受章者茶会。
11月5日、第30回「日本賞」教育番組国際コンクール(NHKホール)。
11月7日~9日、静岡県ご訪問(第3回全国障害者スポーツ大会および地方事情視察)。8日は朝8時に浜松市のホテルを出て袋井市、掛川市など4か所を回り、障害者のソフトボール、フットベースボール、バスケットボール、車椅子バスケットボールなどを観戦。戻ったのは6時ごろで、10時間以上も移動→観戦を続けている。翌9日は浜北市総合体育館で盲人卓球。昼食は町役場にて。このときの雅子さまは笑顔はなく、相当疲れた様子だった。
11月19日、児童養護施設・東京都石神井学園視察。
11月21日、故高円宮憲仁親王喪儀。
両殿下で高円宮邸から豊島岡墓地まで行かれているが、この時も大変疲れた表情を見せていた。
11月22日、第5回「朝日のびのび教育賞」祝賀会(朝日新聞東京本社)。この時、雅子さまが一瞬、貧血を起こし、倒れそうになった。
このあと、11月23日に皇室にとって最も重要な祭儀である新嘗祭神嘉殿の儀があった。女性である雅子さまは当然これには参加されないが、体調を崩された雅子さまを東宮御所に置いて、出ていく皇太子さまはそれこそ後ろ髪を引かれる思いだったのではないか。
翌11月24日第7回アジア・オセアニア国際老年学会議開会式(東京フォーラム)、26日ラトヴィア国立交響楽団演奏会(Bunkamuraオーチャードホール)、27日離任駐日ロシア大使夫妻ご接見、28日離任駐日ノルウェー大使夫妻ご接見、30日学習院OB演奏家など、雅子さまはすべて欠席している。
先の皇族関係者が証言する。
昨年11月には関係者の間から『このままでは雅子さまが潰されてしまう』という話が出ていた。愛子さまについても『笑わない赤ちゃん』(サイレントベビー)といういい方からもっとひどい話までさまざまな噂を流していた関係者がいた。11月29日には、イラクのティクリートで外務省の奥克彦大使が銃撃され殺されたが、この時、雅子さまがちょうど体調を崩し、表に出てこなかった。それで外務省時代につき合いがあったから、彼女はショックで立ち直れないでいる、などという根も葉もない噂も流れていた
奥大使の死については、たしかに皇太子さまも今年2月、オックスフォード大で同時期に学んだことを記者会見で言及していたものだ。天皇皇后両陛下も昨年12月の葬儀の際には予定されていた葉山御用邸でのご静養を取りやめにした経緯もあった。


(後編に続きます)

「公務による謝礼」と「仕事しているフリ」が欲しいだけ?秋篠宮家が公務をしたがるワケとは

ここ最近、出雲大社に嫁がれた典子元女王を巡る記事が出たようですね。私はまだ目を通していませんが、内容はほぼ根拠のない噴飯ものの記事であったとか。高円宮家の皆様に関しては、以前から意図的に貶めるようなバッシング記事が書かれることが多いため、今回も何か意図があってわざわざ書かれたものであるのでしょう。高円宮家は東宮ご一家と非常に親しい間柄であるので、どうしても貶めたいと思う連中がいるとしか思えません。
典子元女王はあの若さで千家家に嫁ぐことを早くから決意していたと聞きますし、お父様(高円宮殿下)を失うという悲しみを乗り越えて、優雅に笑って島根に行かれた方ですから、ちょっとやそっとのことで夫婦仲がこじれることはないのではないでしょうか。千家夫妻を貶める記事は書かせた人間の「願望」でしかないと感じます。

また一方で、眞子様の婚約者である小室圭さんの母親の借金を巡る記事も出たようですね。

秋篠宮家はご存知か! 眞子さまの婚約者・小室圭さん母「400万円」借金トラブル

こちらもざっと目を通しただけですが、小室さんの母親の阿漕な態度にびっくりするとともに「秋篠宮家にはどうしてもこういう金銭トラブルの話がついて回る運命なのか…」と考えてしまいました。

そもそも秋篠宮家自体が皇族としての品格や矜持を持ち合わせているとは言えない状況です。
山下晋司氏などを使っていつも声高に「金がない、職員が少ない」と喚き、
その甲斐あって(?)、秋篠宮家は次代で「皇嗣待遇」として破格の皇族費支給と職員配置が行われる結果となりました。
小室家だけを悪く言うのは簡単ですが、そもそも眞子様の母親の紀子妃の出自も良いとは言えず、何度も言うようですが結局は「歴史は繰り返す」のだという思いを新たにした次第です。

眞子様ご自身は本当に小室さんを好きになって結婚したいと思ったのでしょうし、二人で力を合わせて民間人として生きるのであれば外野がとやかく言うことはないと思います。ただ、女性宮家を狙っているとか、小室さん親子が今後も何らかの形で皇室に集ろうという気持ちでいるようであればそれは許されないことです。

さて、典子元女王の結婚、女性宮家、そして秋篠宮家の「公務したがり」の3つが関連している過去記事を見つけました。今回はその記事を番外編としてご紹介したいと思います。

週刊新潮 2014年6月12日

特集「典子女王」婚約で「忙しくなるわ」と洩らした「紀子さま」
「女性皇族」結婚ラッシュの近未来


適齢期を迎えられた女性皇族の“結婚ラッシュ”という近未来を予感させるかのようだった。2005年当時の紀宮さま(黒田清子さん)以来、皇室へ9年ぶりに舞い込んだ高円宮典子さまご婚約という慶事の報。これに接して、紀子さまが洩らしたお言葉の真意とは。

<ミシンは正直である。機会の癖に、ミシンを掛ける女よりも素直に女の気持ちをしゃべってしまう>
向田邦子『隣りの女』における冒頭のフレーズは、何気ない女性の所作のなかに、図らずも真情が露呈されることがあるのを、巧みに言い当てている。
先月27日午後、東京都港区元赤坂にある赤坂御用地内の秋篠宮邸。延べ床面積1800平方㍍を誇るこのお住まいで、職員に見せた紀子さまのお振る舞いは、この一節を思い出させるのに十分だった。
ちょうどこの日午前、高円宮家の次女・典子さま(25)と、出雲大社宮司を代々務める千家家の長男で同神社禰宜の国麿さん(40)のご婚約が発表されていた。そして、その知らせを伝え聞いた紀子さまは、
「これから忙しくなるわ。眞子にも頑張ってもらわなければ…」
と洩らしたのだ。その際、溢れる喜びを隠し切れないご様子だったという。

「この3月、国際基督教大を卒業された眞子さまは、お勉強のできる優秀な方。その後は大学院に進まれるものと思っていましたら、公務専念を選ばれた。これは立派なことですが、その頑張りをもってしても皇族の絶対数が足りないから、忙しくなるのは当然のこと」
と文化学園大学客員教授の渡辺みどり氏が指摘するように、未婚の女性皇族は目下8名。典子さまが結婚される秋以降、公務に専念なさる女性皇族は、眞子さまだけとなるのだ。
眞子さまはすでに単独公務もこなされており、
「先月26日には、千鳥ヶ淵の戦没者拝礼式に皇族代表として出席されています。さらに今年9月から、岐阜で行われる『国際陶磁器フェスティバル美濃』の名誉総裁をお務めになることも決まっている。眞子さまには、ご両親と重ならない形で、公務のフィールドを開拓されている様子が窺えますね」(宮内庁関係者)
この関係者は、紀子さまの“真情”を忖度し、こう続ける。
「ただでさえ少ない未婚の女性皇族が1人減ることで、公務中心に活動される眞子さまへ期待が集まることは必至。いきおい、宮家の存在感を高めることができる。紀子さまが、殊の外お喜びになったのは、そんなお考えがあってのことなのでしょう

ともあれ、女性皇族はあげて、結婚にふさわしいお年頃となっている。ゆえに、ある皇室担当記者は、近い将来の「結婚ラッシュ」を予想するのだ。
「今年の4月から、京都市立芸大・芸術資源研究センターの特別招聘研究員に転じられた寛仁親王の長女・彬子女王はすでに32歳。長らく交際中の方とのご結婚をほのめかされたことが、幾度となくありましたから、要注目です。また、次女・瑤子女王も三十路。勤めていた日本赤十字社をお辞めになり、この1月からは友愛十字会の総裁につかれた。父の寛仁さまが生前、その任におありでしたが、お相手を探すには時間的に余裕のあるポスト。また、典子さまの姉の承子女王は28歳。かねてより活動的な方で、ご結婚もそう遠くないと言われています」
煎じ詰めれば、僅々数年の内に、典子さまを含めて4人の女性皇族が結婚され、皇室から離れられる可能性がある。これに伴って、皇位継承資格者2人を抱える秋篠宮家の注目度は、いや増しに高まっていくわけだ。
そのうえ年末には、眞子さまの妹・佳子さまも成年を迎えられる。
佳子さまは今年の一般参賀を、一般客に扮してお忍びで見学なさっています。これは、様々な公務にお出ましになる前に、声の強弱や目線などを事細かにリハーサルされる紀子妃のご指導の賜物でしょう」(同)
来る新年2日の一般参賀では、成年皇族となった佳子さまが晴れてお披露目となる予定で、皇室関連の話題を秋篠宮家が独占しそうな勢いなのだ。

◆“昼夜逆転”の雅子さま

もうひとつ、紀子さまを喜ばせた出来事にも触れておこう。悠仁さまが通われてるお茶の水女子大附属小学校で、運動会が開催された先月24日のこと。ある皇室ジャーナリストによれば、
「この運動会では、宮家としては初めて取材が設定されました。東宮家では当たり前でも、宮家ではそんなことは前代未聞。運動会という、いわば私的な空間を公開することで、秋篠宮家と東宮家がほぼ同格であると“アピール”できたことに、紀子さまは安堵されたといいます
大いに面目を施した恰好の紀子さまだが、学校側の手際よい取材対応にも、頬を緩ませていらっしゃったのだとか。
「運動会前日に、取材陣を呼んで撮影の予行演習をするなど、下準備も万全だった。何か遺漏があれば、秋篠宮家に批判の矢が飛んできかねない。そういった重要な局面をうまくクリアできたことで、紀子さまはご機嫌だったのでしょう」(同)

かように気力、体力ともに充実なさっている紀子さま。となれば、おのずと思い出されるのが、兄嫁の動静である。療養が10年を超えた雅子さまのご体調は依然、はかばかしくないようで、
「皇太子さまが今月17日~23日の日程で、スイスを公式訪問されることになりましたが、これに雅子さまは同行されません」(前出の記者)
雅子さまは、昨年4月末にオランダを訪問してこちら、前向きに公務へ参加される姿が見られた。8月から11月にかけて、被災地の東北各県をまわられ、病からの快復傾向が取り沙汰されたのだが…。その後はほとんど公務をこなすことはなく、訪蘭前に見られた、昼夜逆転の生活に戻られてしまったという。
「現在、未明になって床につかれ、正午近くにお目覚めになる毎日です。他の人とはかなりずれていますが、雅子さまにとってはこの生活リズムが非常に楽だということ。そんな状況ではむろん、スイス訪問など叶いません。もっともオランダについては、先方から請われてのものだったので、2つの行事にお出ましになるだけで済んだのですが、今度のスイスはそうは行かない。日本との国交樹立150周年といった記念すべき行事が、待ち構えていますからね」(同)
精神科医で京都大学非常勤講師の片田珠美氏が、雅子さまの病状を分析する。
「一度快復の傾向が見られてもまた落ち込んだり、あるいは元の良くない状態に戻ってしまうのは、適応障害の患者さんにありがちなことです。雅子さまは今、『睡眠相後退症候群』ではないでしょうか。これが、社会的に望ましい時刻に眠りにつき、目を覚ますことが慢性的に困難な状態を指します。東宮内で、雅子さまが起きてこられなくても問題ない状況があり、それが昼夜逆転生活を助長していると言えます」
さらに片田氏は、紀子さまの存在そのものが、雅子さまの体調に大きな影響を及ぼしていると断じる。
「雅子さまは男子を授かっていないということに、心残りがおありになるのではないでしょうか。何かと比較されてしまう紀子さまに対して、複雑なお気持ちを抱いていらっしゃるかもしれません」
病の元が拭い去れない性質のものである以上、病状は停滞しかねないのではないか―。片田氏は心配を募らせるのだ。

◆生じかねぬ“身分の差”

さりとて、万事快調に見える秋篠宮家にも、くすぶった燠(おき)のように、悩みの種子がないわけではない。
「紀子さまは『女性宮家』創設問題にかなり注目されていて、職員にその進捗ぶりをしばしばお尋ねになる。このテーマは天皇陛下のご意向そのものでもあり、その委曲を質されるのは異例のこと」
こう話すのは、ある皇宮警察関係者。加えて、そういった紀子さまの行状の背景について、
「眞子さまと佳子さまに、“身分の差”が生じかねないことへの憂慮がある」
と打ち明けるのだ。
現状の皇室典範では、女性皇族が一般男性と結婚した場合、一般国民となると定められている。
「皇室典範が改正されることなく眞子さまが結婚されれば、皇籍を離脱する。その後に女性宮家が創設され、それから佳子さまが結婚されれば、佳子さまは皇族のままでいることになる。つまり、姉妹に身分の差が生じる可能性があり、秋篠宮家は好ましからざることと捉えていらっしゃるのです」(同)

皇室制度に詳しい、京都産業大の所功・名誉教授が、こう苦言を呈す。
「法律というものは、来歴をふまえながら現実と乖離しないように、微調整していくのが常識です。三代先に天皇となられるであろう悠仁さまの近くに、身内の方が皇族としておられることが望ましい。具体的には、少なくとも姉の眞子さまと佳子さま、および従姉の愛子さまが皇室に留まり、女性皇族として公務を分担できるようにしておく必要がありますね」
そうは言っても、眞子さま、佳子さま、そして愛子さまと結婚した男性は皇族になるのか否か、生まれた子供も含めた生活費や身辺警護はどうなるのか、といった問題は尽きない。
茫然とした皇室の近未来。「忙しくなるわ」発言に込められた真意とは裏腹な紀子さまのご懸念は、そう簡単に払拭されるものではないのだ。
(記事終わり)



一読して、紀子妃の「いやらしさ・したたかさ」全開という感じの記事だなと思いました。
紀子妃は、典子元女王が皇室を離れることで、その分の空いた公務が自分たちの家(秋篠宮家)に回ってくるものと思い込んでいたのでしょう。
しかし現状を見ると、典子元女王の公務は、秋篠宮家には回ってきていないように見えてしまいます。秋篠宮家があれから更に多忙を極めるようになったという印象はないですし、典子元女王の公務は姉妹である承子様や絢子様、あるいは従姉妹である彬子様や瑤子様に譲られたと見る方が自然だと思います。紀子妃がなぜ「うちの眞子に公務が回ってくるはず」と考えたのかは分かりませんが、その根拠のない自信が滑稽でもあります。
それどころか眞子様は最近の雑誌記事で「公務も大して多くない、ICUの大学院も“幽霊学生”の状態」で、「実はかなりヒマ」「サボリ」という実態がバラされていたと思います。

紀子妃に限らず、秋篠宮家の方々は決して「仕事がお好き」というわけではないと思います。むしろその逆で、「いかに少ない仕事で多額の謝礼を得るか」「いかに趣味を“仕事”と見せかけて忙しいフリをするか」ということばかりに情熱を注いでいるようにしか見えないのです。特に紀子妃は「公務とは楽して多額の謝礼を得られるものであり、東宮家よりも優位になっているように“見せかける”ためのツール」としか考えていないでしょう。
そもそも紀子妃は、社会人経験がないまま(社会で働いてお金を稼ぐ大変さを経験しないまま)皇室に嫁いできてしまった方です。仕事をする大変さも充実も知らずにここまで来てしまい、金銭感覚も経済感覚もおかしい所があるのは否定できません。

また、秋篠宮様ご自身も、先日のお誕生日会見で「皇太子殿下の公務がいずれ自分に譲られることになる」と自信満々に述べていましたが、このご一家は「ほかの皇族の公務が自分たちの所に来る」ということに過剰な期待を寄せすぎ、それを利用して自分たちの皇室内での地位が更に上がることばかりに鼻息を荒くしている点が非常に不愉快なのです。
公務の質など考慮せず、ただ量が増えて「謝礼が多く入る」「忙しいフリができればよい」「それによってほかの皇族よりも仕事していると見せかけることができる」という意図が透けて見える所に、このご一家のいやらしさが感じ取れます。


女性宮家の件も上記記事で触れていますが、この記事では「女性宮家を切望しているのは陛下と紀子妃」ということが明確に書かれています。そしてただ女性宮家を望むだけでなく、「姉妹で身分が違ってしまったら不都合でしょ?だから眞子も佳子も二人とも皇室に残すことが大事なのよ」という図々しい野望を隠そうともしていません。

東宮アンチ連中が「女性宮家は雅子様が欲しがっている!」というデマを流したこともありますが、雅子様は女性宮家については過去に一度も意見をおっしゃったことはありませんし、噂レベルでも「こうお考えになっている(だろう)」という記事も出てきたことがありません。東宮ご一家は常に沈黙を守っていらっしゃり、決してご自分たちの願いを口にされたりはしないのです。逆に、東宮家の中堅職員が「女性宮家はうちには関係ない話」と話したことがあるという記事が出たくらいですから、女性宮家はあくまでも「眞子様・佳子様」ありきのものであって、敬宮愛子様や女王さま方のお名前はほとんど出てきたことがありません。
女性宮家案は、秋篠宮家だけが勝手に希望し、秋篠宮家の都合だけを考えて捻じ曲げられようとしているのです。

上記記事が出たのは約3年前ですが、小室圭さんという物議を醸す人物が眞子様と国民の前に現れたため、秋篠宮家が当初野望として考えていた女性宮家案は国民からの支持を失いつつあるように思います。小室家に関するきな臭い記事が次々と出すぎてしまい、「小室さんみたいな親子を皇室に関わらせては危険だ」という認識を持った国民は着実に増えていると思われます。今まで秋篠宮家を応援していた人々まで小室さんをボロクソに言って秋篠宮家に反旗を翻しているようですから、その破壊力はすさまじいものがあります(笑)。

しかし、小室さん親子は「川嶋紀子」さんの血が引き寄せた人たち、とどうしても感じてしまうのです。
「類は友を呼ぶ」とでも言うのでしょうか。
私の目には、「秋篠宮家=川嶋家」と「小室家」は、ある意味釣り合った家庭同士としか見えませんね。

雅子様のお誕生日文章で感じたこと―眞子様は雅子様のお優しさに感謝してください。

雅子様、お誕生日おめでとうございます!東宮御所でのワインカラーのお洋服の時も、そして皇居にご挨拶に向かわれる時も、雅子様の笑顔が輝いていてとても嬉しい気持ちで一杯でした。10年以上前、雅子様はお心を痛められて本当にお辛そうでしたが、あの頃よりも表情が生き生きしていて、ああ着実にご快復されているのだな…と感慨深くなりました。

今年の雅子様のお誕生日文章の中には、小室さんと婚約した眞子様へのお祝いのお言葉も入っていました。
私はこの時、雅子様のお優しさにホロリとするとともに、皇太子ご夫妻の行啓にご自分の婚約会見をぶつけてきた眞子様への怒りが少し再燃してしまいました。あれは今でも東宮ご夫妻に失礼極まりない行動だったと個人的には思います。
眞子様は果たしてあの後、小室さんと二人できちんと東宮御所に訪れて婚約したことを東宮ご一家にご報告したのでしょうか?したのであれば良いのですが、眞子様と小室さんが二人だけで東宮御所を訪問される様子がいまいち想像できないのです。

それでも雅子様はきちんと眞子様へのお祝いを述べられましたね。雅子様の器の大きさと懐の深さを改めて尊敬いたします。
両陛下や秋篠宮ご一家や清子さんのように、あからさまに会見や文章で「自分は不愉快に感じています」という態度を示す皇族の方に問題があるんですけどね…
雅子様はご自分の行啓に姪が婚約会見をぶつけてきたこと自体を気になさってはいないのかもしれませんが、眞子様は雅子様のお優しさに感謝すべきだと思いますし、今後は是非とも失礼な態度をとらないように心がけていただきたいと願います。


話題は変わりますが、富岡八幡宮の事件は本当に驚愕しました。あれも「本音では男子しか宮司にしたくない・女子の宮司など認めない」という神社本庁と富岡八幡宮の確執がまずありました。そして今までさんざん放蕩で自堕落な生活を送ってきたにも関わらず、正式に宮司になった姉を逆恨みして犯行に及んだ弟の姿に「男だから」というまさにその一点だけで自分の地位が守られると思うことの愚かさをしみじみ感じます。皇室もまさに「男だから」という理由だけで、直系長子の東宮家の姫君を差し置いて守られようとしている方々がいらっしゃいますからね…。

現在、雑誌記事などの整理に手間取り、なかなか新規にブログ記載に取り掛かれずに大変恐縮です。書きたい記事は色々とあるので近日中に再開できればと思っております。

物議を醸す秋篠宮様のお誕生日会見 4(今年のお誕生日会見)

今年の秋篠宮様のお誕生日から間が空いてしまいましたが、改めてそのお誕生日会見文を振り返ってみたいと思います。

会見全文は下記宮内庁HPから読むことができます。
相変わらず「お言葉の重複や助詞など,わかりにくい表現の箇所は,若干の修正をしてありますが,ご発言の内容は変更しておりません。」の一文が添えられています(笑)。

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成29年)

秋篠宮様の会見は毎回事前に質問事項が用意され、都合の良い質問だけに回答するという形式をとっているとのことです。

まず、今年は宮内記者が「天皇と上皇の二重権威」について秋篠宮様に質問しています。こういう政治的な質問をする記者も記者ですが、それについてご自分の回答を述べてしまう秋篠宮様にも大いに問題があると言えるでしょう。

「天皇と上皇の二重権威の危惧」について、秋篠宮様は以下のように答えています。

>二重権威についてですけれども,権威という言葉には幾つかの意味が含まれているように思います。その人にいわゆる何て言いましょうか,その人に元々付いているものもあるかもしれません。一方で,その権威によって何かこう,例えば人を従わせるとかそういうような意味合いもあるかもしれません。もし,今私がお話をした後者の方であるとするならば,陛下は元々譲位をするときには,それまでされていた国事行為を始め,全ての公的な活動を次の天皇に譲るという気持ちを持っておられました。そのことからも,そういう二重権威という言葉が適当であるとするならばですが,心配する若しくは危惧するという向きがあったとしても,そういうことはあり得ないと私は,それははっきりと言えます。

今上陛下が国事行為など公的活動をすべて皇太子殿下=新天皇陛下に譲られるご意向ということは確かに報道されています。そして上皇は国事行為の代行なども行えない立場になられるということも決定してはいます。

しかし、それはあくまでも「形式的」な側面から見ただけであって、問題視すべきなのは「実質的」な側面だと思うのです。
例えば新天皇陛下の即位の礼に関しては、早々に「予算を削減する方向で」というニュースが出てしまっています。しかもこれは今上陛下から発せられたご意向であるというのです。今上陛下は「国民負担の軽減」というもっともらしい理由を言われているようですが、そもそも即位の礼の予算になぜ今上陛下が口出しすることが許されるのでしょうか。
即位の礼は新天皇陛下の即位を国内外に広く知らしめ、象徴天皇をいただく日本国の立場をより確固たるものにするという、国威発揚のための極めて重要な儀式でもあります。その予算からまず減らそうとするその考えに理解できません。
また、即位の礼の予算は削減すると言っている一方で、今上陛下の退位の儀式をわざわざ作ってそれに予算をつぎ込むことや、皇嗣扱いとなる秋篠宮様に支給される皇族費が今の3倍という巨額になること、皇嗣職も大幅に増え、上皇職も人数を減らす意向はない(宮内庁費=人件費の大幅増加)など、ほかのことへの予算はまったく惜しんでいないという現実があります。
つまり、今上陛下(とお気に入りの秋篠宮家)はご自分たちに関係のあることの予算は一向に減らすつもりはないが、ご自分と関係ない即位の礼の予算だけは「国民負担」を大義に削減させようとしているのです。このようなことがまかり通っていいはずがありません。
こうして、上皇となる方が次代新天皇陛下に関する予算にまで口出ししている現状がすでにそこにあるのです。こういうことを目の当たりにして、「天皇と上皇の二重権威など起きない」と言い切る秋篠宮様に、その根拠を聞いてみたいものです。国民が心配しているのは「形式的な二重権威」ではなく「実質的な二重権威」ということなのですから。
予算に限らず、例えば公務に関しても上皇ご夫妻が「自分たちの時代はこうだったから、次代の新天皇皇后にもこうしてほしい、こうするべきだ」のような口出しをしてきて、新両陛下がそれに従わざるを得ないような状況を作り出すことも「実質的な二重権威」になりかねません。国民が不安視するのは、そういう面です。

秋篠宮様は事前に両陛下に相談した上で会見に臨まれるそうですが、おそらく今上陛下からも「こう答えるように」と言われたのかもしれません。
また、宮内記者が秋篠宮様に政治的要素のある「二重権威」について敢えて質問したのは、秋篠宮様がどう回答するかを見たかったという面があるのかもしれません。秋篠宮様は傍から見ても皇太子殿下でなく今上陛下寄りの方ですから、どう言いつくろうのか関心があったとも言えるでしょう。
だから私は秋篠宮様の「権威の二重問題など起きない」という回答には疑問符が付くと考えています。

次に問題視すべきは、「次代で皇嗣となる秋篠宮様が皇太子殿下の公務を引き継ぐかどうか」という点に関する質問と回答です。
その点について秋篠宮様は以下のように回答しています。

>これは今までに例が見られないことでもあり,なかなか抱負といっても,まだ想像がつかないところもかなり多くあります。実際にそういう形になって,そしてそれが始動していく中で様々に試行錯誤をしていくことになるのではないかなと思います。また,皇嗣職の在り方についてですが,これも始まってみないと分からないところがあると思います。その職という一つの組織の在り方ですので,当然そのハードな面とソフトな面とあると思いますけれども,実際にはその規模であったりとか,人員配置であったりとか,そういうことは役所の方ほうもいろいろ考えていることと思います。また,その職の内容については,先ほど言いましたように,どういう職の在り方がふさわしいかというのを追い追い考えていく必要があるとともに,ある程度前もって方針を考えておく必要があるように考えます。

>活動の分担ですね。これは,皇太子殿下とも話合いをしながら進めていかなければいけないと思います。ただ,そういう代替わりがあって,恐らく皇太子殿下の方から私の方へ,譲るというものがかなりあるのではないかと思います。それらのものについては,できる限り私の方で引き受けたいと思っております。一方,私が以前から行っているもの,そしてまた,団体の総裁であったり,名誉総裁をしているものもあります。実際に全体としてその物理的にどこまで可能なのか,このこともよく考えていかないといけないなと思っています。そして,もう一つは私が今しているものを今度は譲る先がないという事情もあります。その辺りも含めて,追い追い皇太子殿下ともご相談をしていきたいと考えております。

最初の回答の「まだ想像がつかない」「試行錯誤しながら」「始まってみないとわからない」という点は、まあ確かに今の段階ではそうだろうなと思える部分があります。
しかし、公務分担に関する回答については、「皇太子殿下から私に譲る公務がかなりある」と言い放つところに不遜なものを感じてしまいます。
皇太子殿下の公務を拝見してきた者として言いたいことは、「今の秋篠宮様に皇太子殿下の公務をそのまま引き継ぐことなど到底無理」ということですね。
皇太子殿下は語学も努力され英語で堂々とスピーチされる方ですし、社交性もありどのような立場の人々とも臆することなく笑顔でお話されています。事前の下調べも雅子様のご協力できちんとなされ、スピーチや会見の文章ももちろんご自身で考えられています。いつも背筋を伸ばし笑顔で、国民を安心させてくださる風格が皇太子殿下には備わっています。

一方で秋篠宮様はどうでしょうか。語学もできずスピーチ文もご自分で考えたかどうか怪しい、社交性もないのでいつも決まった同じメンツのお取り巻きとしか会話が続かない(初めての相手とは向こうから話しかけてくれるのを待っているような状態)、事前に色々な下調べもろくにしないだろうと思われ、そして何よりもいつもオドオドして自信なさげに振舞われるので国民を不安にさせることが多い…という有様です。
秋篠宮様は過去の誕生会見でも触れたように「自分にしかるべき地位がないから、相手国が自分をどう扱っていいのかわからないことがあるのではないか?」みたいなことを投げかけていましたが、いやそれはあなたの地位ではなく、あなたの人柄が原因でしょう?と言いたいのです。
それなのに「皇太子殿下が多くの公務を私に譲ることになるだろう」などという無礼な物言いがよくできるものだと、ある意味身の程知らずさに感心してしまうのです。その自信は一体どこからくるのかと。
当ブログの前回の記事でも「2001年における秋篠宮様の公務分担発言」の雑誌を取り上げましたが、この方はいつも「東宮ご夫妻の公務をウチらが引き受けるよ!」と口だけ言う割には、その中身が伴っていない印象を受けてしまうのです。東宮ご夫妻の公務を軽く見ているとしか思えないのです。

次に、記者が眞子様の婚約と皇族減少について秋篠宮様に質問しています。秋篠宮様は、

>今の制度では,女性の皇族が結婚をすれば,皇籍を離れることになります。一方で,皇室の中で,女性の占める割合が非常に多いわけです。結婚して皇籍を離れるというのは,制度の問題ですので,そのことについて,私が何か,ここで言うことではないと思います。よくその,皇族の数が少なくなると,いろいろ活動に支障が出るのではないか,ということを耳にすることがあります。しかし,それぞれの皇族の活動の中で,もちろんその,共通,共通というのは同じという意味ではなくて,皇族としてのその仕事を,何と言いましょうか,例えば,ある行事に出席する,宮中の行事に出席するとか,その他もろもろあるわけですけれども,それ以外に,かなりの部分で,個人に帰属しているものも多いですね。そのことを考えますと,これは飽くまで,個人に帰属してしまいますので,仮に人数が減少したとしても,そこには,その点に関しては,それほどの影響は出ないのではないかと思います。先ほども申しましたように,これは,今の制度では少なくなっていく,これは,そのとおりなわけですけれど,私は,以前もお話ししたかなと思いますが,やはり現状では,その人数の中で,できる範囲,できる仕事をしていくのが,適当ではないかと思っております。

と回答しています。
この回答について私はいまいち趣旨がよくつかめなかったのですが、
「たとえ眞子様に女性宮家が認められなくても、眞子様には個人として帰属している“仕事”がいくつかある。だから皇族でなくなっても(民間人としても)眞子様自身に帰属している“仕事”については従来通りやらせたいと思うし、従来通りニュースなどで報じてもらうし謝礼も今まで通り受け取れるようにさせたい」
と仰っているように読めてしまいました。
これは、女性宮家は認められないが、降嫁した女性皇族を「公務員化」してこれまで通り公務をやっていただくという、主に「男系男子支持者かつ女性宮家反対派」が考案したウルトラC(?)案に沿っているのではないかという見方もできます。
秋篠宮ご夫妻は、たとえ眞子様に女性宮家創設が間に合わなくても、公務はこれまで通りさせて謝礼を出してあげてほしい、とうことを暗に要求してはいないでしょうか。
こういう読み方をする私がひねくれているのかもしれませんが。
また、秋篠宮様が「自分の公務を譲る先がない」ということも述べているように、「自分がやってきた総裁職などの“仕事”を眞子様などに譲るのはどうか」ということを本音では言いたいのかな、という空気も感じています。

最後に、悠仁様の進学についても少し触れているようですが、秋篠宮様は

>進学先を具体的にここに行きますということは申せませんけれども,本人の特性であったりとか,いろいろなことを考慮しながら,また本人とも相談しながら,決めていくことになると思います。

と言葉少なく語り、一方で紀子妃が

>長男は高学年になり,大事な時期を迎えていると思います。このような中で子どもと保護者と一緒に,学校で進路について話を聞く機会もありました。これからも,長男自身そして私たちも,進学先を含めた進路について丁寧に向き合って,長男が培ってきたものを大事にして,更に考えを深めてまいりたいと思っております。

と当主様よりも多少多めに語っていますが、当たり障りのない言葉でしかなく、詳細を語っているとは言い難いです。

悠仁様の進学問題については当ブログで取り上げる予定は今のところありませんが、全国の保護者を激怒させるような「超絶裏口入学」を画策しているという記事が何本も出ていることは承知しています。
そういうことを企んでいるからこその記者の質問だったと思いますが、ご夫妻はこういうことについては途端にトーンダウンしていますね。

秋篠宮様のお誕生日会見については、国民からはあまり関心をもって見られていないと感じます。しかしこの会見は秋篠宮様の人となりが如実に表れるものですし毎年ツッコミ所満載なので、もっと多くの人々が目を向けてくれればいいなとも思います。
国民が関心を持たないからこそ、秋篠宮ご一家が好き放題に振舞えるという側面も否定できないと感じるので…。

物議を醸す秋篠宮様のお誕生日会見 3

秋篠宮様のお誕生日と関連して今回取り上げる雑誌記事は、「テーミス 2001年1月号」です。まだ敬宮愛子様がお生まれになっておらず、雅子様の(敬宮様)ご懐妊が判明する直前の記事でもあります。
秋篠宮様の誕生日会見でのご発言というより美智子様のご体調などを取り上げている記事ではありますが、その枠を超えて後半にはとても良い内容が書かれています。

皇后陛下の健康と雅子妃の憂鬱
秋篠宮「公務分担発言」に込められた真意
東宮侍従長以外にも別の宮内庁職員が結核に。女帝も含めて皇室改革が必要だ


◆皇后さまは1時間に4回咳を

35歳の誕生日を迎えられた秋篠宮殿下の記者会見での発言が、皇室関係者及び周辺に思わぬ波紋を広げている。
会見では「この1年間で印象に残ったことは?」との問いに「伊豆諸島の三宅島や北海道の有珠山の噴火や東海地方の豪雨など」の自然災害を挙げた。避難住民のことを慮ってか、「不自由な生活をされている方々のことが大変気になっています」と述べられた。
宮内庁担当記者を驚かせたのは、皇后陛下の健康問題について秋篠宮殿下が率直な感想を述べたことである。
「ふだんは小さな体のトラブルの訴えがないために、周りにいる人間が元気なんだと思い込んでしまう。公務が多く負担が大きいですから、私たち周りの人間が宮内庁の人間も含めてもっと気を配っていかなければならない」
さらに、天皇、皇后両陛下が過密なスケジュールになっていることについては「公務のいくつかは私たちで分担することが可能だと思う」と、自分たちも公務を担っていく意志を述べた。ある皇室記者が、“公務分担発言”について、こう解説する。
「秋篠宮さまは3年前の誕生日の会見でも、同じようなことをいわれていた。何でそういう話になったかというと、記者会との質問のやり取りのなかで、皇后さまの体調不安のことが話題になったから。それで秋篠宮さまはご自分の母親に対する“お気遣い”の気持ちが言葉となって現れたことだった」

しかし、皇室関係者にとっては、この発言はかなりショッキングだった。
天皇、皇后両陛下と交流のある皇室関係者が、次のように語る。
「秋篠宮さまの発言には正直なところ驚いています。まず、あの“公務分担”発言の背景にあるのは、皇后さまのお体が思ったより良くないのではないかという心配です。失語症や帯状ヘルペスなど、これまで様々な病気にかかられたが、それでも公務を全うしなければならないというお立場があった。そうした皇室の悲しみというものをわかってもらえないいらだちが、秋篠宮さまにあったのではないでしょうか」
皇族のなかでも秋篠宮殿下はもっともフランクな人柄の持ち主だとされている。その正直な気持ちが“警告”を発しているとすれば皇室の置かれている立場はまさに危機的な状況にある。

たしかに最近、健康状態がもっとも気遣われているのが、美智子皇后陛下の容体である。10月下旬、拓殖大学の創立100周年記念式典に天皇とともに列席された皇后陛下は、いかにも辛そうに咳をされていたという。
その式典に出席していた皇室ジャーナリストの河原敏明氏がいう。
「私は両陛下からほんの数㍍のところの席に座っていましたが、美智子さまは約1時間の間に4回、ゴホッ、ゴホッと咳込まれる場面がありました。白い手袋をされた手で口を押えていらっしゃいましたが、ちょっとお苦しそうな印象でした。以前に比べてだいぶお痩せになられたご様子で、私としても大変心配になりました」
皇后陛下はこれまでにも何度か病気をされているが、精神的ストレスが原因ではないかと見られるものが少なくなかった。86年子宮筋腫の手術、93年“失語症”の疑い、95年甲状腺に腺腫(腫れもの)、97年帯状ヘルペス(疱疹)、そして2000年9月にも右眼の異状を訴えられて、緑内障の恐れから2回にわたってレーザー手術を受けられている。そして、そのたびごとに公務を優先され、皇室外交や被災地訪問などを果たされてきた。

◆皇太子ご夫妻もX線を受けた

皇后陛下の健康問題について、宮内庁総務課報道室はこう答える。
「5~6月の欧州ご訪問からほどなく、香淳皇后が崩御になり、皇后さまは斂葬を始め、多くの儀式等を勤めてこられました。秋口からお咳がお続きになり、体重も減少なさったため、念のため、宮内庁病院にて健康チェックをお受け頂いています。ご検査はすべてが終わってはいませんが、これまで大方のご検査は済まされ、その結果、重要な課題はほとんどクリアーされており、夏を挟むここ数か月のお疲れの累積は見られるが、基本的によいご健康をこれまで保ってきておられるとのことです。ご体調につき、お訴えが少ないため、ついお疲れに気付かず、お休養をお取りいただかないまま、きてしまったことを大変申し訳なく思っています。皇后さまのご体調がすっかり、ご快復なさることをお祈りしています」
ここで重要なのは、宮内庁も皇后陛下の“健康チェック”に怠りがあったことを認めていることである。「ついお疲れに気付かず」「お休養をお取りいただかないまま、これまできてしまった」では、何のために宮内庁があるのかわからない。皇室の危機管理が甘いといわれても仕方ないだろう。

それだけではない。宮内庁のなかでは信じられないような“事件”が発生した。2000年10月、東宮侍従長が結核にかかっていたことが判明した。
宮内庁関係者がそっと話す。
「東宮侍従長は99年重い病気にかかっていることが判明して、以後、体力が落ちていたところに不運にも結核菌に冒されたといわれる。定年まであと少しということもあり、宮内庁側では体力の続く限り何とか勤めてもらおうということだった。その判断がどうも悪い方向に傾いたようだ」
もちろん、このことがわかった段階で、すぐに天皇、皇后両陛下は宮内庁病院でレントゲン検査を受けられた。結果は異状は見当たらなかったが、もしこれが手遅れだった場合には、それこそ宮内庁自体の存亡を大きく揺さぶる大問題に発展していたことは、間違いない。
いまだに宮内庁は結核にかかっていた人物が東宮侍従長だということを認めていない。しかし、少なくとも東宮職の職員が結核であることを認めたのは、ジャパンタイムズが「天皇陛下がX線検査を受けた」という記事を書いて、それからその理由を説明する段階で初めて明らかになったことだった。それまで宮内庁側は“隠蔽”を図ったといえる。警察の不祥事ではないが、身内に対する処遇のあり方が完全にマイナスに作用した典型的な出来事だった。さらに、本誌が得た情報では別の職員も結核にかかっているという。
宮内庁総務課報道室が答える。
10月には東宮職の職員が結核と診断されたことは事実です。当該職員と閉鎖空間を勤務上、長期間共有した職員については、健康診断を実施したが、全員異状ありませんでした。また、11月に宮殿管理官付の職員が結核と診断され、同様に閉鎖空間を長期間共有した職員について健康診断を実施したが、全員異状ありませんでした」
宮内庁側はあっさりと認めたが短期間のうちに結核患者が次々と出るような環境に危機感というものはなかったのか。とりわけ、心配されたのが両陛下への感染の恐れであることは誰が見ても明らかだ。これについても本誌は宮内庁に糾してみた。
―東宮職の職員が結核にかかっていることが判明し、天皇、皇后両陛下あるいは皇太子ご夫妻など皇室に対してレントゲン検査は行ったのか。また、その結果はどうなったのか。
―「レントゲン検査をお受けいただきました。結果は、異状は認められませんでした」(宮内庁総務部報道室)
―宮内庁病院はどのように皇室の健康管理を行っているのか。たとえば、ガン検査や感染症予防処置などの定期検診はどうか。また、宮内庁職員に対する病気のチェックはどうか。
「両陛下には定期検診、及び必要に応じ適宜、検診をお受けいただいております。また、職員の健康管理については人事院規則及び宮内庁健康安全管理規定に基づき、毎年一般定期健康診断等を実施しています」(同・報道室)
ちなみに東宮侍従長に電話を入れてみたところ、東宮職の職員から「当分の間来られません」との返事が戻ってきた。東宮侍従長の不在は、いまも続いていたのだ。

◆「公務分担」のもう一つの意味

宮内庁の健康管理体制の不安もさることながら、現在“皇室の危機”としてもっとも心配されるのが、皇太子妃のご懐妊問題である。99年暮れの騒動以来、宮内庁では皇太子妃に対しまるでハレモノに触るかのような神経を払っているという。
雅子妃は12月9日に37歳の誕生日を迎えられた。その際の記者会見で懐妊騒動について「非常に早い段階から報道が過熱してしまったことについて、戸惑いを覚えたことも事実でございます。国民の皆さんの期待もあるなかで昨年(99年)の暮れの結果は私も残念に思っております」と語っている。
実は、冒頭の秋篠宮殿下の発言は、皇太子ご夫妻に向けられたものでもあるという見方がある。
秋篠宮殿下と親しい人物が語る。
「秋篠宮が『公務の分担』と発言した気持ちのなかには、皇太子のお子さんの問題を気遣ってのことがある。皇太子夫妻は、国内では積極的に活動されているが、外国にはほとんど出掛けられていないのが実情だ。それで、皇太子夫妻のやる分の公務を、自分たちができることがあればやるというメッセージである。かといって、秋篠宮はご自分の立場というものは十分に理解されているので、出すぎたマネはしない。あくまで両陛下や皇太子ご夫妻の負担を和らげられたら、というお考えだ」

◆皇室典範の改正を恐れるな!

皇太子ご夫妻のこの1年の動きを見ても那須の御用邸などでの「ご静養」が多い。ある皇室ウォッチャーがいう。
「皇太子ご夫妻はこのところ、世田谷区の美術館に行ったり、江戸川区の臨海水族館に行ったり、どう見ても『公務』とはほど遠い『見学』のような行動が多すぎる。また、秋に富山県で開催された卓球競技ではなんと飛び入りでご夫妻がラケットを振って周囲を驚かせた。というのも、宮内庁担当記者によれば『2000年前半には何度かご懐妊の“兆候”が見られた』という情報があっただけに、もう雅子さまは、ご懐妊問題に踏ん切りをつけたのではという見方が出たのも確か。雅子さまの本心は、この際もっと海外などへ出て、皇室外交を展開したいのではないか。そうであるなら、もっと思い切ってやらせてあげるのもいい
いずれにせよ、皇太子ご夫妻が次の皇室の時代を担うことは、もう時間の問題となっている。それにしては皇太子殿下が日本国民、あるいは海外に対して何かメッセージを伝えるという機会はほとんどない。現在の天皇陛下の皇太子時代に比べると、その差は格段にあるといえるだろう。このままでは、皇室の世代交代はやがてやってきても、「次の時代」に向けてのアピールはなかなかできずに足踏みをしてしまう可能性もある。したがって皇太子ご夫妻のご懐妊問題は決して「遠い未来」の問題ではないのだ。

先の皇室ウォッチャーがいう。
「美智子皇后はどちらかというと、子どもがいる紀子さま(秋篠宮妃)のほうと交流が深いのではないか。子どもを通して『家族の団らん』という幸せがある。しかし、それができない雅子さまとは何か“氷柱”が立つような神経になってしまうのではないか。そうなると、雅子さまのほうも『私の気持ちは誰もわかってくれない』ということになって、そうした気持ちが皇太子殿下に向けられることにつながる」
たしかに、皇太子ご夫妻のこの問題についてもっとも心を痛めているのは美智子皇后である。2000年初めの宮中での歌会始で、流産直後の雅子妃に対しこんな歌を詠まれている。

「癒えたし日を新生となし 生くる友に時よ穏しく流れゆけかし」

また、10月20日の66歳の誕生日を迎えた記者会見では
「たとえ他に何人の子どもがあったとしても悲しいものであり、初めての解任でそれを味わった東宮妃の気持ちには、外からは計り知れぬものがあったと思います。体を大切にし、明るく日々を過ごして欲しい」と自己体験を込めた慰めの言葉を送られている。
しかし、雅子妃のほうが逆にプレッシャーを感じたかもしれない。

ジャーナリストで天皇陛下と級友の関係にあった橋本明氏は、語る。
「私はいまの皇室の沈滞したムードを変えるのは、女帝論以外にないと思う。昔なら嫁がせた娘に子どもができなければ、娘の親がもらい受けにいっただろうが、さすがにいまの世の中ではそれは通用しない。それに皇太子ご夫妻は本当にお互い愛し合っているのでしょう。それならば、早く確実に皇室典範を改正し、皇室の血筋を確実に保つ方策を回りはが講じなくてはいけない。政治が決断すべきときだ。もし、森総理がこれを決断して、女帝問題に道筋をつければ、一気に名宰相になれる」
宮内庁のトップである鎌倉節長官は「いずれ時期が来たら検討する」といっているが、それでは遅い。幸い中曽根康弘元総理など実力政治家の間から「女帝論」に関する発言が活発になってきた。
皇室自らが“危機”のサインを発している以上、もう皇位継承を「男系の男子」にこだわる必要はない。「皇室の痛み」を理解できないような宮内庁にすべてを任せていては、天皇制自体を失うハメになる。
(記事終わり)


全体的に「両陛下、とくに美智子様が心配」という内容に終始している記事ですね。
私が驚いたのは、東宮職に結核患者が何人も出たことがあるという事実です。この記事を読んで初めて「そういう問題があったのか」と知りました。
冒頭でも触れたように、上記テーミス記事はまだ敬宮愛子様がご誕生されておらず、雅子様の流産という悲しいお話やご懐妊への期待などが高まっていた時代のものです。そういうデリケートな時期であったのに、東宮ご夫妻にお仕えする職員の中に結核患者が出ていたとは非常に問題視されるべきことでしょう。ご懐妊の兆しがある雅子様に罹患したらどうなるのか…と想像するだけで怖くなりました。宮内庁は「両陛下への健康診断」ばかりを重視していますが、東宮職から患者が出ている以上、一番健康に気を遣うべき方は東宮ご夫妻ではないのでしょうか。こういう一点を見ても、宮内庁は当時からあまり東宮ご夫妻を大事にしていない印象を受けてしまうのです。

テーミスは美智子様のご病気について多くのページを割いていますが、咳が出ているのにわざわざ私立大学の創立記念式典に出席する必要があったのでしょうか。もちろん宮内庁の体調管理が悪いことが一番大きいですが、美智子様が「どうしても出たい」と出席を強行なさった側面もあるのではないかと思うのです。これはあくまでも私の予想ですが。

そして肝心の秋篠宮様の「公務分担発言」ですが…
確かに素直な見方をすれば、秋篠宮様は皇太子ご夫妻の公務を自分たちも肩代わりできるよ、ということを提案してくれたように読むこともできます。
しかし一方で、秋篠宮ご夫妻はこの頃から皇太子ご夫妻にとって代わりたかったのか?という疑問も頭をかすめてしまうのです。
東宮家アンチの連中は、東宮ご夫妻をバッシングする一つの要素としていつも「秋篠宮ご夫妻は東宮ご夫妻の公務を代わりになさっていてお忙しい、それに比べて東宮ご夫妻は何も公務をしていない」というワンパターンのフレーズを使っています。もしかしたら彼らは、この時の秋篠宮様の発言をベースにして「秋篠宮ご夫妻は東宮ご夫妻の代わりに公務を負担している」と勘違いしているのではないでしょうか。
秋篠宮様は簡単に「公務分担」をおっしゃいましたが、東宮家が担う公務と、秋篠宮家のようにただの一宮家が担う公務には大きな違いがあります。外廷皇族であるにすぎない秋篠宮家が、内廷皇族ある両陛下や東宮家の公務を容易に「肩代わり」などできるはずがありません。そもそも秋篠宮様はご自分も認めているように「皇太子になる教育(帝王教育)を一切受けたことがない」のですから、そういう意味でも、陛下や皇太子殿下がなさる公務を秋篠宮様が容易に代行できるはずがないのです。
秋篠宮様は会見で「公務分担」と言いましたが、実際に分担できているとはとても言えない状態なのではないでしょうか?この辺りを東宮家アンチも偏向マスコミも理解できていないのではないかと思います。

テーミス記事の後半は、敬宮様ご誕生前の時期ですが、女帝論にまで踏み込んでなかなか良いことを書いていると思います。
特に今は亡きあの橋本明氏が、「この当時はこんなことを言っていたのか…」と少しびっくりするほど、まっとうな内容を述べています。また、中曽根元総理などからも積極的に女帝についての意見が出ていたことも意外に思いました。

敬宮愛子様がお生まれになる前や、敬宮様がまだお小さい頃(悠仁様ご誕生前)は、タブーなく女性天皇についての話題を挙げることができたんですね。それが今ではうって変わって、「敬宮様を女性天皇に!」という話題は政治でもマスコミでもまったく挙げられなくなりました。悠仁様が誕生したことが一つの転機になったとはいえ、なぜこうも女帝論がタブー視されなければならない時代になったのか、本当に不気味で仕方ありません。もっと自由に「悠仁様がいるいないに関係なく女帝についても議論した方が良い」という意見が出ても良さそうなのに、まるで報道規制が敷かれているかのようにそういう声が封殺されています。

現在の日本という国で最大級に規制されている問題はまさに「敬宮様女性天皇論」であると、私は思うのです。

敬宮愛子様のお誕生日ニュースを拝見して改めて考えたこと

敬宮愛子内親王殿下、お誕生日おめでとうございます!はにかむような笑顔が可愛らしく、明るく輝いていてこちらも嬉しい気持ちになりました。
敬宮様のお誕生日ニュースでは、「英語で海外の王族と歓談されたこともある」と報じられていました。そしてスポーツや音楽、勉強などに一生懸命に気高く取り組まれる過去の映像も同時に出され、改めて「やはり敬宮様こそが未来の皇太子、女性天皇になるべき方ではないか」という思いを強くしました。

昨日の秋篠宮様のお誕生日会見については、また当ブログでも取り上げて検討する予定でおります。ニュースの一部を見た限りでは、また政治的なことに踏み込んだ発言や不遜な意見などがあったとか…。
誕生日会見は秋篠宮様の人となりが如実に表れる貴重(?)な場面だと思いますが、「この方を皇嗣扱いするのは本当に納得いかないし不安が大きすぎる」というのが正直な感想です。

今日は敬宮様のお誕生日と同時に今上陛下の生前退位日と新天皇陛下即位の日について決める皇室会議もありました。秋篠宮様のお誕生日、そして敬宮様のお誕生日と続きこの会議が行われたわけですが、ほとんどの国民が「何で秋篠宮様が皇嗣になるんだろう、敬宮様の方が立派なのに「女子」という理由だけで皇位を継げないなんて…」と感じたのではないでしょうか。

「秋篠宮様が皇嗣になることはもう決定事項だから」といわんばかりな報道に嫌気がさしていますが、秋篠宮様は皇太子になれるわけではないですし、確定的皇位継承者と決まったわけでもありません。だから望みはまだ捨てることなくいきたいと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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