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「前代未聞」?いやいや秋篠宮様は昔から何ひとつ変わっていませんよ!~ブータンにおける秋篠宮様の勝手な振舞い

皆様、ブログの更新がかなり滞っており申し訳ありません。
7月の参院選挙の結果、そしてその直後に出た読売記事「皇位継承順位を維持へ…政府、秋にも議論着手」を見て、色々な思いや考えが頭の中をグルグル回りどこから記事を書いて良いのか悩みました。
現在の皇位継承問題は本当に一筋縄ではいかない深刻な事象を孕んでいると感じます。

そのような中、秋篠宮夫妻と悠仁様のブータン旅行も一通り終わり、帰国の途についたようです。
この旅行はただの私的旅行ではなく、明らかに「ショーライノテンノーは悠仁様!プロモーション活動」であったと言い切れますね。
ただ、その内容は成功とはとても言い切れず、私は「失敗」の部類に入ると感じています。
「失敗」の内容は既に大勢の人々が的確に指摘してくださっていますが、秋篠宮様とブータンに関するある記事が「何だかどこかで見た」ような既視感を覚えたため、今回はその記事を取り上げてみたいと思います。

秋篠宮さま ブータン旅行で前代未聞の事態、周囲から不満噴出 8/23(金) 11:04配信 女性自身より

「あっ、秋篠宮さま!」

成田空港のロビーに居合わせた20代の女性からそんな声が上がると、搭乗口にお一人で向かわれる秋篠宮さまは、にっこりとほほえまれた。

秋篠宮ご夫妻と悠仁さまは8月16日、ブータンへのご旅行に出発された。12歳の悠仁さまにとって初めての海外ご訪問となる。

「御代替わりで秋篠宮さまが皇位継承順位1位、悠仁さまが2位になられました。不測の事態を考慮し、紀子さまが悠仁さまに付き添われ、秋篠宮さまはお一人で別の飛行機に搭乗されたのです」(宮内庁関係者)

ブータンといえば、眞子さまが小室さんとの婚約内定報道直後の'17年6月に公式訪問された国。当時は国を挙げて、眞子さまを祝福してくれていた。

「眞子さまのご訪問のときに歓迎してくれたワンチュク国王一家と、今回も秋篠宮ご夫妻と悠仁さまが面会される予定です。眞子さまのご結婚延期について、何らかの説明をされることになるでしょう」(宮内庁関係者)

東宮家より職員が少なく万全とはいえない環境で、紀子さまは一生懸命ご自身なりに“帝王教育”を模索されてきた。

「悠仁さまは昨年の夏休み、紀子さまに伴われて広島平和記念公園をご訪問。また、お忍びで槍ヶ岳登山にも挑戦されました。その時も紀子さまがご一緒でした。今回のブータンご訪問は悠仁さまにとって貴重な経験になります。紀子さまにとっても念願だったはずです」(皇室ジャーナリスト)

天皇陛下の海外初訪問は中学3年生、オーストラリアへのホームステイだった。秋篠宮さまも同じく中学3年生の夏休みにニュージーランドを訪問されている。

「秋篠宮ご夫妻と悠仁さまにとって、ブータンご訪問が実り多き旅となるよう願っておりますが……」

そう前置きしてから、皇室担当記者が声を潜める。

「同行する新聞やテレビの記者にすら、旅行の日程は直前まで知らされませんでした。出発日である16日に、やっと翌日17日の分だけが知らされたのです。私的なご旅行とはいえ、前代未聞のことです。周囲への根回しがあまりに不十分なのです。現地とのやり取りを仲介しているのは、秋篠宮さまの知人でブータンに詳しい学者。そのため“蚊帳の外”になった外務省や現地の大使館からは、十分な情報が伝達されないことに不満の声が上がっています」

前出の宮内庁関係者はこう憤る。

「2人の“将来の天皇”がいらっしゃる秋篠宮家の職員は、皇嗣職として約20人から51人に増員されました。しかし経験が浅い職員が多く、組織はバラバラなのです。何事もご自分でお決めになりたい秋篠宮さまとは、意思の疎通がうまくいっているとは思えません

(ここまで)


上記記事はほかにもツッコミ所がありますが、宮内庁関係者からの批判部分を見て「ああ同じような話をどこかで聞いたことがあるな~」とすぐに思いました。
そして、前代未聞どころか秋篠宮様の本質は昔から何ひとつ変わっていないと改めて思いました。

当ブログでは過去に秋篠宮様のタイ・海外での勝手なお振舞いについて何度か記事にしましたが、驚くほど「行動形式」が昔も今もソックリなのです。
当ブログでもご紹介した下記記事からそれを読み取ることができます。

秋篠宮様の“逆襲”、宮内庁と週刊誌の攻防戦 その1~秋篠宮ご夫妻の不仲レポート①より抜粋

>それにしても、秋篠宮殿下の訪タイは、学習院大学の学生時代の85年8月に初めて訪れて以来、実に9回に及ぶ。しかも、本誌の取材では、これ以外に数回の隠密旅行があるとの証言すらある。訪タイのなかには、新婚旅行を含めて紀子様同伴のこともあるが、多くは単身での訪問。89年には1ヶ月滞在したほか、過去1年間では3度もタイを訪れている。
なぜ、秋篠宮殿下は、繰り返し、繰り返し、タイに出かけるのか。

>タイ人ガイドで、殿下のタイ旅行には必ず案内役として付き添うというソムチャイ・コシタポン氏も、「タイに愛人がいるなど、根も葉もない話だ」と憤りを隠さない。
ソムチャイ氏は、殿下が初めて訪タイした85年にガイドを務めて以来、タイでは必ず行動を共にする。紀子様との結婚式にも招待されたほど、殿下の信頼が厚い人物である。

>タイで殿下の警護にあたる駐タイ日本大使館関係者から聞こえてくるのは、思いきり羽根を伸ばす殿下の行動に対する不満だ。
「殿下のタイでの行動には、警護の者は困惑することが多いようです。スケジュールを突然、変更したいといったり、とにかく行動が突発的で予想が付かないため、大変だとボヤいていましたよ」(全国紙バンコク特派員)
タイの日本大使館関係者から不満が上がるのは、殿下のスケジュール管理をタイ政府が仕切り、日本側の裁量が及ばないからである。
また、殿下のタイご訪問には、毎回必ず日本から殿下と親しい学者たちがピッタリと寄り添って同行する。そして、彼ら同行学者たちは、まるで殿下を囲い込むかのように常に行動を共にする。特に殿下に近しいのは、魚類の系統分類の権威である東京水産大学元教授・多紀保彦氏、タイの政治事情に詳しい大阪外国語大学教授・赤木攻氏。
「多紀さん、赤木さんは、ホテルで宿泊するときも殿下のすぐ隣の部屋を占め、しばしば殿下の部屋に行って、深夜までお酒を飲んだりしている。そうした場でどんなお話をしているのか、殿下がどんな振る舞いをしているのか、日本大使館員にはわからないんです」(前出・特派員)

こうした、日本大使館の目が届かないなかで、89年には秋篠宮殿下はタイ北部の町・ピサヌロークで、短時間とはいえ「行方不明」になり、大使館員たちがパニックに陥ったこともあった。
この殿下の行方不明事件は、表向きはホテル内のディスコを見学にいった、ということにされている。が、一種の社会見学として実際に殿下が出かけていたのは、同町にある「ソープランド」だった。
前出のソムチャイ氏も前もって地元警察に警備を依頼。店に連絡して貸し切り状態にして店内を見せて回ったのだが、日本大使館員たちは、突然、殿下を見失い、大騒ぎになっていた。

(抜粋ここまで)

ブータン旅行はさすがに未成年の息子(悠仁様)を連れていたので、昔ほどは勝手な行動をとることは難しかったかもしれません。しかしそれでもブータンにおける秋篠宮様の行動は、上記の過去の勝手気ままな行動を思い起こすには十分でした。

似ている点は、

●現地でいきなり予定を変えたり、ギリギリまでスケジュールを明らかにしない。
●秋篠宮様の「お取り巻き」を必ず連れて行く。
●仲良しの「お取り巻き」を中心に行動してしまい、宮内庁や大使館などの側近に十分な根回しができていない(意思疎通ができていない)。

でしょうか。
本当にあきれ果てます。皇位継承資格を有する皇族としての自覚が欠けていると言わざるを得ませんね。

なお、ブータンにおける「秋篠宮さまの知人でブータンに詳しい学者」とは、池谷和信氏のことでしょう。ブータン関連ニュースで名前が挙げられています。

悠仁さま、ラバで放牧キャンプに=標高3500メートル体験-ブータン 2019年08月21日09時08分 時事

【ティンプー時事】ブータンを私的旅行中の秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま(12)が滞在2日目の18日、動物のラバに乗り、標高3500メートル地点にある放牧キャンプを訪問された。同行している池谷和信・国立民族学博物館教授が20日、明らかにした。
池谷教授によると、ご夫妻と悠仁さまは18日、同国西部のパロから標高2800~2900メートル地点にあるダムチナ村を訪問後、王室から提供されたラバに乗り、約2時間かけてキャンプに到着。約30分間滞在し、帰りは徒歩で戻った。ラバに乗るのは悠仁さまの希望だったという。
ご夫妻と悠仁さまは20日、4代目に当たるワンチュク前国王と面会。悠仁さまは王室から贈られた伝統衣装の「ゴ」を着て臨んだという。24日まで同国に滞在し、25日帰国する。(以上)


池谷氏と秋篠宮様は、「生き物文化誌学会」で顔見知りとなっています。過去の会合ページから二人の接点が分かります。

生き物文化誌学会 5周年記念(第6回)学術大会 「生き物文化誌とは?生き物文化誌学とは?」

日付: 平成20年6月20日~21日
会場: 東京国際交流館 プラザ平成

パネルディスカッション
鈴木一義(国立科学博物館理工学研究部科学技術史グループ研究主幹)
奥野卓司(関西学院大学社会学部教授)
★池谷和信(生き物文化誌学会常任理事/国立民族学博物館民族社会研究部教授)
★秋篠宮文仁(生き物文化誌学会常任理事/(財)山階鳥類研究所総裁)
司会:湯浅浩史(生き物文化誌学会会長/東京農業大学教授)

ニュースでは池谷氏の肩書きを「国立民族学博物館教授」としていますが、生き物文化誌の方を伏せるのは卑怯だと感じます。それを伏せれば秋篠宮様との接点を隠せると思ったのでしょうか?

色々卑怯な真似をしても、それでも秋篠宮家の人々は「自分達こそ皇位継承者だ!」というアピールに余念がないようですし、秋篠宮家とタッグを組んだと言われる安倍政権も男系男子継承をごり押ししたいようです。そういう政権の支持率が一向に下がらないのですから、この国はもう救いようがない所まで来ていると個人的には思います。

ただ、私は今の政権とそのバックにいる組織・団体の思想に鑑みると、秋篠宮様や悠仁様はケースによっては「傀儡」として悲劇を迎える天皇になるかもしれない、という予感はあります。
いつかそのこともブログに書ければいいのですが。

ところで、上記の過去雑誌記事に名前が出てくる「赤木攻」氏ですが、この人も秋篠宮様のお取り巻きの一人としてよく名前が挙がってきます。
その赤木氏の名前をあるニュースで見かけたのですが、ニュースを読んだ感想は「ああやっぱり秋篠宮様のお取り巻きってこういう人ばっかりなんだな」ということでした。
参考までにお読みください。

明浄学院、「独断で運営」西理事長を解任 西氏「根拠なく不本意」 2019年8月24日 19:20 エキサイトニュース(毎日)

大阪観光大などを経営する学校法人「明浄学院」(大阪府熊取町)は24日、大阪市内で理事会を開き、「学校運営を独断で決定している」などとして西和彦理事長(63)を解任した。法人を巡っては、運営する高校の土地売却の手付金21億円が所在不明になり、校舎の解体工事費など3億円以上が未払いになるなど問題が相次いで発覚している。

法人関係者によると、理事会では理事の1人から解任動議が出され、理事9人中7人が賛成した。後任には副理事長の赤木攻(おさむ)氏(75)が同日付で就任した。
西氏は毎日新聞の取材に応じ、「学校を正常化しようと取り組んできたのに根拠のないことで解任され、不本意だ。21億円の問題はうやむやにせず、告訴するなどして解明すべきだ」と反発した。
西氏は旧アスキー出版の創業者で、法人の資金1億円を仮想通貨(暗号資産)に流用した問題で辞任した元理事長の女性(61)の後任として6月に就任したばかり。西氏は手付金の問題についてもこの女性が関与した疑いがあるとして、第三者委員会を設置して調査し、刑事告訴する方針を示していた。
内部資料などによると、法人は明浄学院高校(大阪市阿倍野区)の土地の半分を売却した資金で校舎の建て替えを計画。2017年7月、大阪市内の不動産会社に約32億円で売却する契約を結び、手付金21億円を受け取ったが、大阪府吹田市の不動産仲介会社に全額を預けたまま所在が分からなくなっている。(以上)


いずれにしろ、側近ときちんと意思疎通を図らない、いつも決まったお取り巻きを海外に連れて行く(その費用の出所も怪しい)、制約の多い生活を嫌いいつも自由気ままに勝手に過ごしたいと思っている、自分たちに都合の良い場面だけマスコミに報道させ不都合なことはとことん隠蔽する、このような一家に天皇の重い立場など絶対に任せられません。
秋篠宮様と悠仁様に皇位を継がせたいと思う連中は、確実に皇室廃止させたい思想の持ち主としか思えません。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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