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両陛下は女性天皇誕生など望まれていません 前編~宮内庁は両陛下のご意向でしか動かない

皇太子殿下の「人格否定ご発言」とそこから導き出される平成皇室の問題点に引き続き、新たに取り上げてみたいテーマは「2006年=悠仁様ご誕生を巡る問題点」です。

秋篠宮ご夫妻の間にできた「第三子=悠仁様」のご誕生前後の時代は、雑誌がこぞってそれにまつわる記事を大量に出していた時でもありました。
どうせ「秋篠宮ご夫妻・紀子様おめでとう!」とか「秋篠宮ご一家と川嶋家の素晴らしさ」とか「男子が生まれて皇室は安泰!」とか「それに比べて東宮家は…」のような類の記事ばかりが量産されていたのだろう、という悪いイメージが私の中にはありました。
しかし、一部には「男子誕生」という事実を、冷静に見つめている記事もいくつか見つけることができました。

当ブログでは、前者の「秋篠宮ご一家バンザイ・皇室はこれで安泰、良かった良かった」的な記事は扱いません。後者の「男子誕生を冷静に見つめるべき」という内容の記事を中心に挙げていきたいと思います。

まず、今回取り上げる「テーミス2004年7月号」は、悠仁様ご誕生よりも前の記事ですが、雅子様が病まれてしまった原因や敬宮愛子様が(両陛下から)大切に思われていないという事実に言及され、そもそも悠仁様ご誕生以前から平成皇室には既に「闇」が存在していたということに触れている内容であり、まず最初にこの記事を取り上げる必要性があると考えました。
長いので前編・後編の2回に分けて書かせていただきたいと思います。

新聞が伝えない「雅子妃騒動」の深層
天皇・皇后は「女帝」を望まれていない
湯浅長官の「秋篠宮に3人目を」発言は天皇陛下の言葉と思っていいというが


◆皇太子さま文書のおかしな点

「まさに宮内庁の思惑通り。これで一件落着ということでしょう。しかし、問題はこれでいっそう深刻化した。お世継ぎ問題にしろ、外国訪問にしろ、根本的な問題はまるで解決されていないからです。これ以上、事なかれ主義、先送りを続けていけば、やがて皇室は消滅する、それほどの危機です
ある皇族関係者はこう警告する。
6月8日、皇太子さまは欧州訪問前の記者会見で「(雅子さまの)キャリアや人格を否定するような動きがあった」と、発言したことに対し、その真意を説明する文書を公表した。しかし、その文書は「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」と、具体的な言及を避けた。
この日、宮内庁の湯浅利夫長官は、東宮御所を訪ね、文書を受け取り、皇太子さまと約40分間話し合ったという。湯浅長官によれば、その後、御所に寄り、天皇皇后両陛下に文書を見せると、天皇陛下は文書については何もいわず、「関係者には苦労をかけた」という言葉があったという。しかし、原因の多くが宮内庁にあるというのに、陛下が宮内庁職員のことを労わったというのはあまりにも都合がよくないか。この文書には、ほかにも疑問点が多い、
皇室ジャーナリストが語る。
「文書はA4判1枚で、湯浅長官の記者会見で配られたが、これが現物だとするとおかしな点がある。まず、文書は『私の、ヨーロッパ3か国への訪問前の記者会見での発言に関して、少し説明したいと思います』でいきなり始まり、タイトルがない。また、最後に日付もなければ、皇太子さまの署名もなかった。文書という限り、一定の様式があるが、誰に対していっているのか、必ずしも明確でない」
外国のメディア関係者はこれを「始末書を書かされた」といった。これはいいすぎだとしても何らかの落とし所を考えた文書だったことはたしかだろう。なぜ、この文書を天皇皇后にところへ持っていってみせる必要があったのか。また、文書にはこうあった。
「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます」
ふつう「…をはじめ」といえば、多くのなかで代表となるものを表し、その後に「…にも」となる。つまり、「社長をはじめ、社員一同…」などといういい方になるはずだ。「天皇皇后両陛下はじめ」の後に来るのは果たして「国民」なのか、「宮内庁職員」なのか、いずれにしても何かが抜けている。
また、文書は「雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています」とあった。しかし、問題の多くは宮内庁に対する“異議申し立て”に始まっており、こんなことで簡単に解決するなら、あえてのあの波紋を広げる会見をやる必要はなかった。
5月10日の皇太子さまの記者会見。それは宮内庁職員にとっては、心臓が止まるほどのショックだった。
宮内庁関係者が証言する。
「皇太子さまの記者会見は午後3時から始まる予定だったが、約30分も遅れた。直前まで皇太子さまと雅子さまのお2人で、記者会見用の原稿を推敲していたのだ。『キャリアや人格を否定する』という強いいい方は、皇太子さまの言葉ではない。皇太子さまが雅子さまを全力で守ろうという強い意思はわかるが、あまりにも雅子さまのペースで事を進めた感は否めない」

◆「綸言汗の如し」の真の意味は

宮内庁関係者は、皇太子さまのあの会見を「綸言汗の如し」と囁き合っている。「綸言」とは天子・天皇の言葉のことで、流れ出た汗が再び体内に戻らないように、一度君主の口から出た言葉は二度と取り消せないということだ。つまり、皇太子さまの記者会見の発言を取り消すことはできないから、発言の真意を文書にして説明しようということだった。
「改めて皇太子殿下から具体的な説明がないと国民も心配してるだろう」
天皇陛下は羽毛田信吾宮内庁次長にこういったとされるが、この言葉こそ宮内庁職員にとっては真の意味での「綸言」だったのである。


皇室に詳しい元新聞記者が説明する。
ワイドショーを見たり、女性週刊誌を読んでいる人たちは『雅子さまがかわいそう』だとか『皇太子は思い切ったことをいった』などと感想を述べているが、あくまで天皇皇后両陛下が中心だということが前提としてある。宮内庁は皇室と国民の橋渡し役であることはたしかだが、まず天皇皇后両陛下のご意向が最優先される。したがって、外国訪問をされる前に、早くお世継ぎを…というのは、宮内庁の方針ではあるが、背後に両陛下のご意向があるのは、ある意味で当然のことなのだ
今回、湯浅宮内庁長官は記者会見で「嫁姑問題などの報道が相次いだことについて、殿下とは」という質問に、「話の端々に出て参りました。事実に基づかない、きちんと取材をしないで報道されたことについて、どう対応したらいいか、私たちは正直、苦慮しています」と答えている。しかし、一連の動きを追っていけば、天皇皇后両陛下と皇太子さま・雅子さまの間に浅からぬ“対立関係”があるのは、明らかだ。それが下世話な嫁姑問題にとどまらず、伝統的な皇室のあり方にまで、影響を与えていることを直視すべきだろう。

そもそも雅子さまがここまで深刻な事態に追い込まれた背景には、どんなことがあったのか。
雅子さまを知る関係者が語る。
「雅子さまは昨年夏ごろから精神的ストレスが高まり、公務を休ませてほしいということを東宮職に申し入れていた。01年12月に愛子さまが誕生されてから雅子さまはできるだけ自分の手で育てようと努力してきた。昨年の5月には“公園デビュー”も果たし、なるべく一般の子どもと同じように遊ばせたいと考えた。それが警備上の理由やマスコミに騒がれるということで取りやめになり、一方で宮内庁は『もっと公務をスケジュールに入れてください』と要望する。その板挟みで、雅子さまは疲労困憊してしまった」

◆「奥大使の死」にショック説!?

雅子さまが倒れる1か月前の11月の公務のスケジュールはびっしりだ。
11月1日、バレーボールワールドカップ。体育館はジャニーズ事務所のタレント目当ての黄色い声援でいっぱい。なぜ皇太子夫妻が観戦しなければいけなかったかと思うくらいで、雅子さまの顔色は生気がなかった。
11月4日、文化勲章受章者茶会。
11月5日、第30回「日本賞」教育番組国際コンクール(NHKホール)。
11月7日~9日、静岡県ご訪問(第3回全国障害者スポーツ大会および地方事情視察)。8日は朝8時に浜松市のホテルを出て袋井市、掛川市など4か所を回り、障害者のソフトボール、フットベースボール、バスケットボール、車椅子バスケットボールなどを観戦。戻ったのは6時ごろで、10時間以上も移動→観戦を続けている。翌9日は浜北市総合体育館で盲人卓球。昼食は町役場にて。このときの雅子さまは笑顔はなく、相当疲れた様子だった。
11月19日、児童養護施設・東京都石神井学園視察。
11月21日、故高円宮憲仁親王喪儀。
両殿下で高円宮邸から豊島岡墓地まで行かれているが、この時も大変疲れた表情を見せていた。
11月22日、第5回「朝日のびのび教育賞」祝賀会(朝日新聞東京本社)。この時、雅子さまが一瞬、貧血を起こし、倒れそうになった。
このあと、11月23日に皇室にとって最も重要な祭儀である新嘗祭神嘉殿の儀があった。女性である雅子さまは当然これには参加されないが、体調を崩された雅子さまを東宮御所に置いて、出ていく皇太子さまはそれこそ後ろ髪を引かれる思いだったのではないか。
翌11月24日第7回アジア・オセアニア国際老年学会議開会式(東京フォーラム)、26日ラトヴィア国立交響楽団演奏会(Bunkamuraオーチャードホール)、27日離任駐日ロシア大使夫妻ご接見、28日離任駐日ノルウェー大使夫妻ご接見、30日学習院OB演奏家など、雅子さまはすべて欠席している。
先の皇族関係者が証言する。
昨年11月には関係者の間から『このままでは雅子さまが潰されてしまう』という話が出ていた。愛子さまについても『笑わない赤ちゃん』(サイレントベビー)といういい方からもっとひどい話までさまざまな噂を流していた関係者がいた。11月29日には、イラクのティクリートで外務省の奥克彦大使が銃撃され殺されたが、この時、雅子さまがちょうど体調を崩し、表に出てこなかった。それで外務省時代につき合いがあったから、彼女はショックで立ち直れないでいる、などという根も葉もない噂も流れていた
奥大使の死については、たしかに皇太子さまも今年2月、オックスフォード大で同時期に学んだことを記者会見で言及していたものだ。天皇皇后両陛下も昨年12月の葬儀の際には予定されていた葉山御用邸でのご静養を取りやめにした経緯もあった。


(後編に続きます)
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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