FC2ブログ

保阪論文「秋篠宮が天皇になる日」をバッサリ切り捨ててくれた田中卓先生

今月24日、尊皇派で女帝・女系天皇支持者であった田中卓先生が亡くなられたと報じられました。

田中卓氏死去(皇学館大名誉教授、同大元学長・日本古代史)
(2018/11/25-11:56)

田中 卓氏(たなか・たかし=皇学館大名誉教授、同大元学長・日本古代史)24日午前2時10分、慢性腎不全のため三重県伊勢市の自宅で死去、94歳。大阪市出身。葬儀は28日午後1時から伊勢市岡本1の17の9の祖霊社で。喪主は妻華子(はなこ)さん。
皇室関係にも詳しく、皇位継承問題については、皇室典範を改正し、皇太子ご夫妻の長女愛子さまの即位に道を開く必要があると主張。昨年3月には、時事通信社の取材に「皇統は直系で継ぐべきだ」と話していた。
(ニュースここまで)

ご高齢に加えて数年前からあまり体調が思わしくなかったようであり心配しておりましたが、次代天皇陛下の即位を見届けること叶わず逝去されたことが本当に残念でなりません。改めてお悔やみ申し上げます。

東宮応援派の我々にもよく知られていた田中先生ですが、例の保阪氏の「秋篠宮が天皇になる日」について、手厳しい批判文を書かれていたこともありました。今回は田中先生への哀悼の意を込めて、その文章を重要箇所の抜粋という形でご紹介したいと思います。

愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか 女性皇太子の誕生より

第四章 皇位継承の危機

>平成21年正月10日の新聞朝刊を見て、私はわが眼を疑った。
『文藝春秋』2月特別号の大広告に、「秋篠宮が天皇になる日」とあるではないか。
近頃は、皇室記事を売り物にして販売部数の増加を図る週刊誌・月刊誌が少なくないから、大抵の広告の見出しには驚かなくなっている私も、これには肝を冷やした。『文藝春秋』は並のオピニオン雑誌としては違って、伝統と権威をもつ文芸・評論誌の王者である。それが「秋篠宮が天皇になる日」と題する論文名を右端巻頭に掲げ、「異例の誕生日会見中止。天皇の体調悪化と怒りの真相は?/家族の悲劇と浮上する皇位継承ナンバー2―」という副題を、二行に割って大々的な広告を打っているのであるから、必ずや皇室内に何らかの大変化が起こり、それをスクープしたのではないか、と憂慮したのは当然であろう。

実はこの執筆者の名前を見直して、“待てよ、慌てることはない”と、やや落ち着きを取りもどした。「保阪正康」とあったからだ。
なぜなら、この人物は、最近では論壇の雄の一人として、マスメディアにもてはやされ、現に『文藝春秋』でも「ノンフィクション作家」の肩書きで読者勧誘の花形として持ち上げられている。しかし私は、もともとこの「ノンフィクション作家」を信用していないのである。
ノンフィクションという英語の日本人の使い方を確かめるため、手近な辞書を引いてみると、「虚構を用いずに事実をもとにして書いた文芸作品、たとえば伝記、紀行、史実などの記録文学」ということだが、この人物の書いた文章の「虚構を用いた作品」にあきれた経験があるからだ。

>かつて半藤一利氏に、『日本のいちばん長い日』という書名の作品があり、これは過去の終戦の日をめぐる24時間を書いたものだから、書名の意味はよく判る。
しかし、「秋篠宮が天皇になる日」というのは何のことか。意味不明で言葉の足りない表現である。例えば「秋篠宮が天皇になる日」『は来ないであろう』とか、逆に『近づいている』とかいうのであれば、日本語として意味が通るが、「天皇になる日」だけで打ち切っては皆目意味が判らない。
この“意味の判らない”というのが曲者で、かえって引きつける所以であることは、文筆関係者などには見え見えであるが、いやしくも皇室記事に関しては、このような手練手管は使うべきではない。むしろ雑誌・筆者の品格を疑わしめるであろう。
元来、「なる」という言葉は“ものが新たに現れる”とか“前の状態から別の状態に移る”という場合に使う自動詞だが、今の場合は、新たに現れる以前の状態として、現在、第一に今上天皇陛下が、御高齢とは申せ御在位されているのである。そのような現状の中で、「秋篠宮が天皇になる日」といえば、今上天皇陛下の御退位を仮想し、さらには皇太子徳仁親王殿下の御存在をも慮外においた書法ではないか。皇太子殿下が、何時の日か、今上天皇陛下の次に即位されることは、現行の『皇室典範』(第2条)によって明確である。それにもかかわらず、「皇位継承の順序を変える」というのであれば、「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるとき」(第3条)に限られている。そしてその何れも、現在の皇太子殿下には、当てはまらない。
つまり、現実とはかけ離れて、皇太子殿下の御存在を無視するか、不慮の事故でも予想しなければ、「秋篠宮が天皇になる日」などという無礼―古風にいえば不敬―な発想は、出てこないはずの文言である。仮に百歩を譲って、皇太子殿下も人間でいらっしゃるから、突発的な「重患」や「事故」に見舞われることがあるかも知れず、ないとは断言できないから、その場合のことを案じて、仮に「秋篠宮が天皇になる日」を予想したのだと弁解するとしても、そのような予想ならば、皇太子殿下に対してだけでなく、秋篠宮文仁親王殿下、悠仁殿下についてもいえることではないか。

>「とある宮内庁関係者」の「いま秋篠宮は両陛下と最も近く意見を交わす存在」という無責任な発言を利用するが、それぞれの御立場からいって、公的な皇太子殿下よりも、御次男で自由な秋篠宮殿下が気楽に振る舞われても、それは当たり前のことである。

「『公務軽減』をめぐって」では、(中略)「皇嗣」に当たられる皇太子殿下が、父天皇の御体調について、十分な配慮をして記者に語られるのは当然ではないか。

「存在感」などという言葉は、基準を異にすれば、まったく個人的判断で客観性はない。(中略)他方、こと皇室情報に関しては、少なくとも保阪氏よりは詳しいと思われる斎藤吉久氏が、自らのメールマガジン「誤解だらけの天皇・皇室」の中で、「皇室祭祀の伝統」に関してではあるが、「高まる皇太子の存在感」を主張している(平成21年正月13日発行)。

>公平に見て、メディアの中に、雅子妃殿下のキャリアや人格を否定するようなスキャンダルまがいの記事があったことは事実で、それに対して皇太子殿下が問題提起をされたことは、むしろ勇気ある発言である。

>また、もし皇太子殿下が事前にその発言内容を天皇陛下に御相談しておられれば、保阪氏は、おそらく「優等生的な回答」で「具体的なことは何も言っていない」「無機質な感」を与えるだけだ、と酷評するにちがいない。いや、それだけではない。その発言内容から派生する責任は、陛下にも波及する恐れがある。皇太子殿下が、御体調の悪い妃殿下を案じ、御自分の責任と判断で発言されたのは、不惑を越えた夫として、当然のことではないか。

皇嗣とは申せ、夫婦間のプライベートな問題で、いつまでも親に寄りかかり、責任を分かち合うのは潔しとしないであろう。記者会見は皇室の公務でも義務でもない。皇室と民間との精神的交流の場にすぎない。むしろ問題があるとすれば、その御発言に対して、その場で、メディアには“妃殿下の人格否定”につながるようなスキャンダル記事を流す不埒な者はおりません、と断言し、反論するだけの自信と気骨のある記者が一人でもいたのかどうか、という点である。私はそれを、保阪氏に尋ねてみたい。

実名を挙げず、「皇室関係者」「宮内庁関係者」「宮内庁担当記者」を持ち出すなら、何とでもいえる。そのような発言をいくら乱発されても、私ども歴史家は、誰も信用しない。いやしくも“ノンフィクション”を名乗る評論家ならば、自分の足で公平に現状を調べあげ、責任を明確にした実証的な記事を提供してもらいたい。

>もともと皇太子御一家は、同年8月10日から22日まで那須御用邸の附属邸に御滞在される予定で、皇太子殿下だけは先に那須を出発して8月17日に東京の東宮御所にお帰りになっている。一週間足らずの御静養の間に、妃殿下とテニスをされ、愛子内親王様と花火を楽しまれたとしても、何が悪いのだ。

>問題は、その間にある「8月15日」に、戦没者の冥福を祈り、平和を守る意味の“黙禱”をされたかどうか、ということだが、それを“されなかった”という確証があるのか。“8月15日”といっても、ふつうは、一日中“黙禱”をし続けているわけではない。当日の正午、日本武道館で天皇陛下がささげられる“黙禱”に合わせて行うのであるから、その他の時間帯に、テニスや花火見学をされたとしても、少しも差し支えないはずだ。

先ず保阪氏のなすべきことは、当日の皇太子御一家の時系列を追った御行動を、自分で詳細に調査することだ。そのことなしに、このような対比の文章を故意に掲げるのは、非常識というものだ。

皇太子殿下は優れた歴史学者であられるから、戦争の評価は後世の歴史家に委ねてよい、ということで、この場では、昭和天皇の御苦労を偲ぶお気持ちを述べるだけで終わられたのであろう。

保阪氏は、皇太子殿下が学習院大学から同大学院に進学して、史学、特に中世の交通・流通史を専攻され、さらにオックスフォード大学のマートン・カレッジに留学して、テムズ川の水運について研究され、水運に関する皇族学者として世界に著名なことを知らないらしい。

※八木秀次氏の発言:「タイトルを見て、皇太子さまの廃嫡や皇位継承順位の変更、または秋篠宮さまが次期天皇に向けて強い決意をなさっているとの逸話などが書かれているのかと期待したのに、中身は“皇太子よりも秋篠宮のほうがいい”という議論ばかり。先日、文春の役員とも話をしたのですが、彼も渋い顔で“羊頭狗肉だ”と評していました」 (週刊新潮 2009年1月29日号より)

(上記八木氏の発言についても鋭い指摘)
この八木氏の発言を引き出したのは、さすがに『週刊新潮』の腕前といってよい。
>ここで私は同誌の編集者が八木秀次氏の発言を引き出したことを“さすがに”と評価しておいたが、これには深い意味がある。
八木氏は、もともと皇太子妃雅子殿下に対して、病身を理由に宮中祭祀に不熱心であるとか、現『皇室典範』にいう「男系の男子」生誕の可能性が乏しいので、将来の皇位継承を考えると皇后の資格を欠く等という理由で、批判的な言辞を弄していたが、秋篠宮妃殿下の御懐妊が報ぜられると、逸早く次のような談話を発表した(朝日新聞『アエラ』平成18年2月20日号)。

「最近、尊皇心の強い人に出会うと、皇太子ご一家3人がそろって皇籍を離脱したらいいという意見を聞く。彼らの言い分では、この際、東宮そのものをなくして、皇位継承の中心的存在を秋篠宮家にした上で、旧宮家の皇籍を復活させ、縁談を進めればいい、という考えだ。今回のご懐妊でも秋篠宮殿下の強い責任感を感じる。
このような考えを皇室に抱くことは本来、望ましいことではないと思う。しかし、いまの東宮はそんなことも考えたくなるほどの状態であるのも確かだ。
やはり、雅子さまを皇位継承とは無関係の立場にしたらいい。他の宮家が皇位継承を担い、雅子さまにはご自身のキャリアを生かした活動を存分にしてもらう。」


文中では「尊皇心の強い人」とか「彼ら」の「意見」とあるが、それが八木氏自身の、あるいは彼を含む一派の考え方であることは明らかだ。
この当時の批判は、東宮でも雅子妃殿下に標的がしぼられていたが、その後、「男子」の悠仁親王殿下が御生誕になると、発言はますます過激となり、皇太子殿下の廃嫡を意味するような論調にまで展開する(『正論』平成20年4月号等)。そこへ、平成21年1月の『文藝春秋』の保阪論文の大広告が出たものだから、彼は有頂天になって(中略)「タイトルを見て、皇太子さまの廃嫡や皇位継承順位の変更、…などが書かれているのかと期待したのに…」という言葉を思わず口走ることになったのであろう。さらには、“期待はずれ”の憂さ晴らしのため、「文春の役員」の放言“羊頭狗肉”の内輪話まで誌上で暴露してしまった。『文藝春秋』の失態と困惑は言うまでもないが、この一件は、かえって言論人としての八木氏の信用を失う自縄自縛になること疑いあるまい。

※保阪氏のコメント:「今回の記事の趣旨は簡単で、決して秋篠宮に天皇を譲るべきだとか、そうしたことを主張するものではありません。ちょうど「大正天皇の次男で、昭和天皇の弟にあたる」秩父宮の伝記を書いているところだったので、文春のデスクに“皇太子の弟”論をやりたいと持ちかけましてね。それって面白いんじゃないのということで、記事にすることになった。だから、あくまで“次男の物語”を書いたつもりなんですよ」
「前々から予定していた原稿ですので、(年末に公にされた)天皇のご病気とは関係がありませんし、何か宮内庁で具体的な動きがあるから、というものではないのです。メディアや一般読者の方からも問い合わせがあって、“どんな背景があって書いたのか。これは皇太子への批判なのか”と聞かれましたけれど、まさかそのようなことを申し上げる立場ではない。私の“次男論”に編集部が追加取材をしたまで。渡辺さんにも編集部が取材してくれました。あのタイトルもつけてもらったものなんです」(週刊新潮 2009年1月29日号より)


(上記保阪氏のコメントについても辛辣な意見)
>あれだけの皇太子殿下批判の刺激的な長論文を書きながら、何ともアッケラカンとした返事だ。要するに彼は、原稿売りこみが得意で、皇家の“次男の物語”で世間を騒がせた、罪深い人物にすぎない。皇室問題を憂い、国家の大事を真剣に論ずるような品格とは縁遠い作家というべきだろう。


(田中先生の悲痛な意見)
>この西尾・保阪論に対して、旧皇族を自称する竹田恒泰氏は別として、現在の論壇はほとんど黙して語らずで、資料を挙げての本格的な反論もなく、事勿れの姿勢に終始しているように思われる。
この姿は、情けないというより、むしろ恐ろしい事態ではあるまいか。半ば病床にある私が、微力を傾けて拙文を綴るのは、この現状を見るに見かねてのことである。
>今は、嘘も百回繰り返せば事実と思われる情報氾濫の世の中だ。主要な論壇が、西尾・保阪・八木氏等の論調によって支配され、皇室に対する一方的な批判を大声で唱えても戒める者もなく、誤った歴史観と皇室を売りものにするメジャーが一世を風靡すれば、皇統の護持、必ずしも安泰とはいい得ない。まさに変―革命―の至るや知るべからず、である。


(抜粋以上)

もはや私からの補足など必要ないでしょう。このように古代史・尊皇派の権威である田中先生から、保阪氏や八木氏(や西尾氏)に対して手厳しいまっとうな批判がなされたことは重要であったと思います。
田中先生の指摘で特に重要なのは、最後の悲痛な叫びの部分です。
八木・保阪・西尾などに代表されるおかしな言論人たちが皇太子ご夫妻を口汚く罵っても、それをきちんと戒めたり反論したりする人物が誰も出てこない現状に対する嘆き、違和感、恐怖。田中先生のみならず、まともな国民は、十数年にわたる理不尽な東宮ご一家バッシングがずっと放置され、反論も諫めもされない状況に恐ろしさを感じてきました。今ではその背景が見えてきましたが、当初は私もこの状況を非常に不気味に感じたものです。
田中先生はその現状を看過できず、体調がすぐれない中、筆をとってこうして一冊の御本を出してくださったのです。


『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか 女性皇太子の誕生より』は、本当に一人でも多くの人々に是非読んでほしい本の一つです。田中先生の鋭い指摘が冴えていてとても読みやすい一冊となっています。今回は部分的な抜粋に留めましたが、是非一冊全文をお読みいただきたいです。

東宮ご一家バッシングが起きてもう十数年経過しますが、この間、バッシングに関与してきた人々が次々に鬼籍に入りました。
三宅久之氏、津川雅彦氏、武藤まき子氏、金澤一郎医務主管、橋本明氏、松崎敏弥氏、佐々淳行氏、そして勝谷誠彦氏。男系男子派の渡部昇一氏も。
既にこの世にいない彼らには今更何か言うつもりはありません。
一方、尊皇派の立場から東宮ご一家を積極的に守ってくれた田中先生のような方も天に召されたことは非常に悲しいです。

明日は当ブログの主人公様のお誕生日ですが、どうせ当たり障りのない内容に終始するつまらない会見になりそうですね。
sidetitleプロフィールsidetitle

キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR