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秋篠宮家が招く「皇室・皇統の危機」?2~皇太子しか着られない「禁色」を皇太子でない秋篠宮様が着るという伝統破壊

今回取り上げる内容は、おそらく一般的なニュースにはなっていないと思われます。しかし、あまりにも皇室の伝統を無視した暴挙であり、一種の皇室・皇統の危機を招く愚行と言えるため、急きょ当ブログでも記事にすべきと考えました。

ブログタイトルの通り、宮内庁は国民の知らない所で、秋篠宮様のためにわざわざ皇太子しか着ることができない「禁色」である黄丹の袍を新調することを勝手に決定してしまったのです。この装束は即位の礼と立皇嗣の礼で着用になると思われます。
宮内庁が国民に広くアナウンスしないままシレッとHPに掲載したのが下の資料です。

大嘗祭及び即位の礼における装束の再利用等について(宮内庁資料)
皇 嗣 殿 下 束帯黄丹袍 新調
皇嗣妃殿下 五衣・唐衣・裳 新調


「黄丹袍」は、この画像のように皇太子殿下も過去にお召になっています。

黄丹袍 皇太子殿下

なぜ、この装束を秋篠宮様のために新調することが問題となるのでしょうか。

今回秋篠宮様のためにわざわざ新調するこの「黄丹袍」は、ブログタイトルでも述べた通り「皇太子しか着られない禁色」の装束であります。下記のサイトに詳しく書かれています。

現代にも残る日本の禁色(きんじき)って知ってる?そして、たった二人だけが袖を通せる絶対禁色 武田みはる 2016/11/15

日本の禁色(きんじき)ってご存知ですか?
禁色とは8世紀の律令制において、位によって着る衣服の色(袍の色)が決められ、他の人は着ることが許されなかった色のことを言います。禁色に対して、誰でも着ることが許された色を「ゆるし色」と言われました。

(中略)

そして、どんなにがんばって立身出世しても、絶対に着ることが許されない「絶対禁色」というのがあるのです。それが、天皇の袍の色「黄櫨染」(こうろぜん)と、皇太子の袍の色「黄丹」(おうに)です。

平成生まれの人でなければ、今上天皇が「即位の礼」でお召しになった金茶色の袍の色を覚えているのではないでしょうか?あの色が「黄櫨染」で、21世紀の現代においても、天皇以外は着ることが許されない日本の禁色です。

(中略)

そして、もうひとつの禁色は皇太子の袍の色と決められた「黄丹」(おうに)です。

この鮮やかな赤橙色は、日本の皇太子のみが着ることのできる色で、昇る朝日の色と言われています。聖徳太子が「日昇る処の国」と称した日本の朝日の色なんですね。
合成染料が溢れ、IT技術によってどんな色も表現できる現代においても、たった二人の人だけが袖を通すことができる禁色が残っているんですね。

宮中行事で天皇や皇太子がお召しになる袍の色を、少し気にして見てみるのもいいかもしれませんね。禁色(きんじき)という謎めいた言葉の響きの中に、奥ゆかしい日本の伝統文化が感じ取れるかもしれません。(以上)


今回、次代天皇陛下については黄櫨染の装束が新調されることも決定していますが、現皇太子殿下は確定的皇位継承者であり、間違いなく次代天皇陛下になられる方であるので、装束の新調は当然のことと言えます。

一方で秋篠宮様は、「皇太子」ではありません。「皇嗣」という、中途半端で、皇太子と一宮家当主のまさに「良い所どり」としか言いようのない意味不明な呼称しか得られていません。秋篠宮様ご自身も「自分は皇太子になる教育を受けていないから」と、「皇太子」という称号になることを自ら辞退したという報道もありました。

「皇太子」称号に難色 秋篠宮さま意向で見送り 毎日新聞2017年5月23日 08時00分

天皇陛下の退位が実現し、皇太子さまが即位された場合に皇位継承順位1位となる秋篠宮さまについて「皇太子」の称号が見送られた背景に、秋篠宮さまの意向があったことが明らかになった。
退位を巡る政府の有識者会議は、4月21日に首相に最終報告書を提出した。報告は秋篠宮さまを現在の皇太子さま並みの待遇とし、「皇嗣殿下」などの称号を提案した。
政府関係者によると、有識者会議では、当初は秋篠宮さまの称号を皇太子とする案が有力だった。3月のヒアリングでは専門家から「皇室典範を改正しなくても、秋篠宮さまを皇太子とすることが可能だ」との発言があった。4月4日の会議では委員から「歴史上は次期皇位継承者は兄弟でも皇太子と称されることが大半だった」との意見が出た。

しかし、報告をとりまとめる前の4月に官邸幹部から有識者会議の関係者に対し、秋篠宮さまの称号を「皇嗣殿下」などとする案が示された。政府関係者によると、秋篠宮さまは周囲に、自身が皇太子として育てられていないことを理由に、皇太子の称号に難色を示したという。(以上)

このように秋篠宮様自ら「皇太子」となることを辞退しているのに、なし崩し的に皇太子しか着られない禁色たる黄丹の袍を着るとは、明らかな伝統・文化破壊ではないでしょうか。

この件は上記宮内庁HP資料の存在を知ったごく一部の人々しか共有していない情報と思われます。
あれだけしつこく「即位の礼・大嘗祭は予算削減、簡素化の方向で」とニュースで報じているメディアが、なぜかこの黄丹の袍の一件については沈黙し、一切報道していません。よほど不都合なことなのか、国民が知らない間にコソコソ勝手に決めてしまい、国民の異議が入らないように姑息な手段に出ようとしています。

「皇太子でない秋篠宮様がよりによって禁色を着用しようとしている」という不都合と、
「自分の装束の新調で血税が使われることには異議を唱えない秋篠宮様の狡さ」という不都合の、双方を隠蔽しようとしているのです。

日本や皇室の文化・伝統について普段口うるさく言っている保守と呼ばれる人たちは、一体どこへ行ってしまったのか。
「秋篠宮は厳密に言えば皇太子ではないので、禁色は身にまとうべきではない」と物申す人が、皇室・宮内庁周辺に誰もいないという事実の恐ろしさ、不気味さ。
大嘗祭の予算削減といい、秋篠宮様に禁色を着せようとする魂胆といい、上皇后だの皇嗣だの訳の分からない新設呼称を安易に決めてしまったことといい、平成の皇室や宮内庁や保守連中が、日本の伝統・文化というものをいかに軽んじ疎かにしてきたかという事実はもはやごまかしようがありません。
「一部の皇族(=両陛下や秋篠宮家)のメリットになれば皇室の伝統も文化もどうでもいい」という本音が垣間見えてしまいました。


ところで、元朝日新聞記者で、紀子妃の実家の川嶋家ともずっと懇意であった岩井克己氏などは、「秋篠宮様が黄丹の袍を着用して立皇嗣の礼を行えば「皇嗣の地位=実質的な皇太子」の地位が“確定”するのだ!」と息巻いているようです。
しかし、果たしてこの岩井氏のような考え方は本当に正しいのでしょうか?

その点について、高森明勅氏がFacebookにて興味深い記事を書いています。以下引用させていただきます。

【皇太子と「皇嗣」の違い】

11月19日、第7回立憲民主党「安定的な皇位継承を考える会」。
元最高裁判事で『皇室法概論』などの著書がある園部逸夫氏のご講演。さすがに周到綿密。
これまでも(私を除き)一流のゲストばかり。だが、レベルがもう一段違う。その包括性と論理性、更に健全なバランス感覚は見事。
例えば「退位か譲位か」について。「私は譲位という言葉を使う。天皇がご自身のご意思を起点として皇位から離れられても、憲法が禁じる国政権能には当たらないし、もし当たっても、憲法が人を象徴とする制度を採用している以上、人道上認められねばならない」と。明快だ。
或いは「皇太子と“皇嗣”(こうし)の違い」。どちらも皇位継承順位第1位にある。
皇室典範は、皇嗣が皇子(その時の天皇の子)である場合にだけ、「皇太子」という称号で呼ぶ事を規定している(8条)。
皇太子なら原則、次の天皇になられる事が確定している。
ところが「皇嗣」の場合はそうではない。必ずしも次の天皇になられるかどうかは確定していない。
具体的には、今の天皇陛下がお生まれになる迄は、昭和天皇のすぐ下の弟宮でいらっしゃった秩父宮が皇嗣の立場にあられた。
しかし、昭和天皇のご長男として今の天皇陛下がお生まれになった瞬間から、陛下は「皇太子」となられ、秩父宮は皇嗣の立場を離れられた。
一般的に言って、「皇子」がお生まれになる可能性がある限り、皇嗣が次の天皇になる事は確定しない。これも実に分かりやすい。
私はこれまで「直系」「傍系」の区別に力点を置いて説明して来た。皇嗣が直系の場合に(天皇の子=皇子なら)「皇太子」又は(天皇の孫=皇孫なら)「皇太孫」の称号を名乗られる、と。
だが、「確定か非確定か」という区別は重大だ。
歴史上、皇太子がその地位を変更された場合、「廃太子」という不名誉な呼ばれ方をした。
しかし元々、次の天皇になることが必ずしも確定していない皇嗣の場合は、その地位に変更があっても、「廃皇嗣」などと呼ばれる理由がない(現に秩父宮の例を見ても、そうした事は無かった)。
皇嗣がそのような立場である事実を考慮すると、政府が再来年に予定していると言う、前代未聞の「立皇嗣(りっこうし)の礼」というのも、奇妙だ。
例によって無知を晒している、と言うべきか。

園部氏の立論は、皇室の伝統を最大限尊重しつつ、一方では社会や時代の要請に応え、現代の方々の理解と納得を前提に、柔軟に探って行こうという姿勢で貫かれている。
それでこそ、制度の運用がうまく進み、結果として長く存続できる、と。共感できる部分が多かった。(終わり)


「退位と譲位」の解釈については脇に置くとして(私自身は上記園部氏見解に若干異議があります)、「皇太子と皇嗣」の違いについては、ようやくこういう明快な意見が出てきたという印象です。なぜ今までどこからも上記のようなまっとうな疑問が出てこなかったのか?と思いたくなります。

園部氏と高森氏の意見に従うと、秋篠宮様は「確定的皇位継承者ではない」ということになります。
地位が確定していないのに、国事行為として立皇嗣礼を行うこと自体奇妙であるしおかしいとも述べています。
これを早々に決めてしまった政府や宮内庁が無知を晒していると。


上記見解に従うなら、やはり秋篠宮様が禁色である黄丹袍を着ることはおかしい。
いやその前に、立皇嗣礼を行うこと自体がおかしい。
そもそも立皇嗣礼は、「国事行為」の「儀式」として行われることになるが、国事行為は「形式的・儀礼的」なものでしかなく、そこに「法的拘束力」を認めることなど不可能であるからです。「皇嗣という不確定な地位」に「形式的・儀礼的行為」を重ねたところで、秋篠宮様の地位が「確定」することもなければ、そこに「法的な地位」を認めることもできないというわけです。

岩井克己氏のように、「立皇嗣礼を経れば秋篠宮様の地位は“確定”する!」という見解は間違っているという結論になります。
しかし岩井氏をはじめ秋篠宮様の取り扱いに何も異議を述べない連中は、国民の無関心と無知に乗じて、大きい声で「こうなるんですよ!」と宣言することで「ああそういうものなんだな」と国民を騙し、異議を唱えさせないようにしているのです。


秋篠宮様の大嘗祭異議発言や昨日の陛下のお誕生日会見文を絶賛している国民の多さを目の当たりにすると、本当に皇室は関心を持たれていないし、様々な誤解がそのまままかり通ってしまっているのだな…と愕然とします。
伝統も文化も破壊して、確定的皇位継承者でない「ニセ・エセ皇太子」である秋篠宮様が、自分には予算をかけさせて禁色たる黄丹袍をまとい、意味不明で奇妙な「立皇嗣礼」を敢行させるという未来は、日本全体に不吉な何かをもたらしそうな気がしてなりません。
しかしそういう事実から目を逸らし、「難しいことは分からない、下々が口出すべきことではない」と皇室問題に関心を向けず、そのまま放置してしまった日本国民に何らかの罰が下っても、「時すでに遅し」になると思います。
秋篠宮様の存在こそ「皇室・皇統の危機」を招くと同時に、それに関心を向けない国民が、自ら日本国そのものを危機に陥れているという現実をもっと知るべきだと思います。
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キリアキ管理人

Author:キリアキ管理人
今上陛下の生前退位に伴い、国民の理解や同意が得られないまま「秋篠宮様を“皇嗣”(継承順位1位の皇族)として皇太子に準じる扱いにし、支給される皇族費もこれまでの3倍に増やす」ということも一緒に勝手に決められてしまいました。
この問題に危機感を持ち「あらゆる方面から見ても秋篠宮様は皇嗣にふさわしくない方である」ということを、過去の雑誌記事の引用(原則全文)により検証することを目的としたブログです。2020年に予定されている「秋篠宮立皇嗣の礼」に一石を投じたいです。

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