礼宮様と川嶋紀子さんの婚約 その8~「紀子妃の右手」写真は何が問題になったのか

秋篠宮ご夫妻の結婚において、一番有名になった写真といえばこれですね。

紀子妃の右手

この写真は、両陛下と秋篠宮ご夫妻の四名で結婚の記念撮影を行う際の合い間に、宮内庁嘱託カメラマンであった中山俊明氏がたまたまシャッターを切ったものということです。中山氏は瞬時にシャッターを切ったためこの写真の前後の秋篠宮ご夫妻の会話等は自分では把握していなかったらしく、紀子妃のこの行為が秋篠宮様の髪を直そうとしたものか、秋篠宮様の額の汗を(手袋で)ぬぐおうとしたものかは判別できなかったようです。

中山氏はこの写真撮影と掲載可否の顛末について『紀子妃の右手―「お髪直し」写真事件』という一冊の書籍にまとめています。今回は、その一部をご紹介しつつ、紀子妃のこの行いについて取り上げたいと思います。

秋篠宮ご夫妻の上記の写真は「ほほえましい・仲睦まじいご夫妻、紀子妃の心遣い」のような感じで新聞等に掲載されました。
ところが、この写真については宮内庁総務課・芦澤係長(当時)から「秋篠宮ご夫妻記念撮影、紀子妃やさしい心遣い」の写真は、記念撮影ではないので取り消してほしい、との強い申し入れがあったのです。

中山氏は皇族ご夫妻の気取らない、微笑ましい一瞬をカメラに収めることができたという気持ちでおり、あの写真は良いものであったという自負があったと思います。「世間の反応も上々だった」とも述べています。当然、宮内庁のこの“お達し”に納得いくはずがないでしょう。

宮内庁が上の写真掲載を中止するよう求めたのは、
「宮内庁が意図した記念写真ではない」
ということであったそうです。

つまり、宮内庁嘱託であったカメラマンが公式に撮影したものではなく、あくまでも公式の記念撮影の“合い間”に勝手に撮影されたものであるので、そういう非公式なものを勝手に掲載されては困るという意味合いがあったのだと。掲載できる写真を宮内庁サイドが一方的に決めつけ、宮内庁の意向に沿わない“非公式”な写真を掲載したらその中止を求めることが当然のようにできるという、宮内庁の権威主義的・官僚主義的な態度は現代において問題が大きいのではないかという疑問を提示しています。

しかしそれだけでなく、中山氏の書籍にはもっと「実質的」な理由があったからではないかという可能性についても触れています。
その「実質的理由」と言える箇所を引用します。

>事件の三日後の七月一日、日本共産党の機関紙「赤旗」はそのコラム「潮流」の中で事件の背景を次のように伝えた。
(中略)
>ジャーナリストの亀井淳さんが「おそらく」と推測します。「親密すぎ、皇族として威厳がない、もっとおそれおおくないといけない」
>結婚した二人が親密なら自然と写真も親密さを写し出すものでしょう。逆だったら、また逆に。ところが宮内庁はリアリズムはいけないという。天皇制自体がそもそもの虚構の演出といってしまえばそれまでですが。
(以下略)
(P142~143)

>宮内庁の「お貸し下げ」意識、事実上の事後検閲を厳しく非難するのは、ジャーナリストの亀井淳さん。
>同氏は、「おそらく、結婚したばかりなのに、親密すぎる、うれしそうにはしゃいで皇族としての威厳がない、もっとおそれおおくないといけない、これじゃ芸能人と同じだというのが、取り消したい宮内庁の本音でしょう。二人の結婚自体、右からは喪中にお兄さんより先に婚約、しかもあまりに普通のお嬢さんとの恋愛とは何事か、という批判がありました。また、アイドル並みにジョギングの写真撮影も断らない紀子さんを、苦々しく思っている連中が宮中にはいますからね」とあきれ返っています。
>同時に同氏は、「マスコミも、宮内庁から取材を拒まれないようにと、身をきゅうきゅうとしすぎ。これが宮内庁を増長させてもいる。この際取材を拒否するくらいの姿勢を見せてほしい」といいます。

(P172~173)

ジョギング
↑紀子妃は、婚約当時このようなジョギング映像を撮られても平然としていましたからね…悠仁様がお生まれになったことでこの当時の映像が蒸し返されてしまったようです(本人は「婚約報道が出たからといって毎日の習慣だったことを取りやめることはない。なるべくいつも通り自然体に」という判断だったようですが)

>週刊誌のなかでもっともすばやい動きを見せたのは「週刊朝日」だった。かんじんの朝日新聞が記事を書かないのに、週刊誌のほうは積極的に取材を展開した。
>その記者は、宮内庁担当の朝日記者から宮内庁内部の情報をかなり集めたうえで、僕に電話をしてきたようだった。
(中略)
>「宮内庁内部で、紀子妃の汗をふいた行為が能動的なものだったか、それとも受動的なものだったのか、という話が出ていることをご存じですか?」
とっさには記者の言葉の意味がよくわからなかった。
>「といいますと?」
>「つまりですね。紀子さんは自分の意思で勝手に秋篠宮の額に手を触れたのか。それとも宮の要請にもとづいて汗をふいたのか、と」
>「そういうことなら、それは秋篠宮が『汗が』と言ったから紀子さんがふいたのですよ。彼は汗かきでしてね。あの時もひたいに汗が光っていました。一緒にいた産経のカメラマンが、『汗が』という声をたしかに聞いたと証言しています。でもそれがどうして問題になるのですか?」
>「もし秋篠宮が『汗をふいてくれ』と紀子さんに頼み、それにこたえるかたちで紀子さんがあのアクションを起こしたのなら問題はない。命令を実行しただけですから。しかし紀子妃が勝手にやったとなるとこれはいささか問題のある…
>「冗談でしょ。なにをばかなことを言ってるんですか。本気で宮内庁はそんなことを考えてるんでしょうかね」
>「まさにばかばかしい話で、私自身あきれているのですが」
>二人の若者が愛し合って結ばれた。写真はそのことをはっきりと表現していた。だがそれだけのことだ。
>伝統と格式と前例を重んじる、現代の常識では計り知れない人びとがまだ皇居の中にはうごめいているようだった。
>天皇家の二男、皇太子に次ぐ皇位継承権第二順位の宮の髪の毛に、いま結婚の儀を終えたばかりの新妻が、直接手を触れた。「汗が」と秋篠宮がつぶやいたとすれば、紀子妃の行為はかろうじて許される。しかし、それが紀子妃の“自由意思”だとしたら、皇居内宮殿・竹の間という場所と、みずからの身分をわきまえぬおそれおおい行為である。―とても信じられない話ではあったが、あの世界ならそういう人びとがもしいたとしてもべつに不思議はない。
>嘱託カメラマンに続いて、今度は「紀子妃の責任」が問われようとしていた。紀子さんはごく自然に夫のひたいに手を伸ばして汗をふいた。カメラマンもごく自然にシャッターを押した。新聞各紙は写真を大きく掲載し、読者の大多数が朝刊を開いてほほ笑んだ。
>いったいなにが悪いというのだ。
>「紀子妃の責任」論がもし事実であったとしても、それは絶対に表には出てこない。ひそやかにささやかれるだけのことだ。しかも行為は「能動的」ではなく「受動的」だったのだから、紀子さんに責任はない。役人がやれることは、嘱託個人の責任追及に全力をあげることだ。
>そうしなければ事態がここまできた以上、今度は宮内庁の責任が問われる。

(P187~189)

私は当時、当該秋篠宮ご夫妻の写真を見てすぐに思ったのは
「ああこの二人、もう結婚前から○○関係を持ってたんだろうな」
ということでした(我ながら嫌な子どもだったと思いますが)。微笑ましいとかそれ以前に、妙なリアル感というか生々しさの方が勝っていたように思えました。
中山氏は自分が撮影した写真ですから「良いものだ」という自負は当然あるでしょうし、あの写真を「仲睦まじくて微笑ましい」と感じた国民も確かにいたとは思います。
しかし私のように、あの写真を見て「ああやはりこの二人…」という感想を抱き、眉をひそめたり苦笑したりした国民もきっと多かったと思うのです。

秋篠宮ご夫妻は結婚前、あまり良い噂が立っていたとは言えませんでした。週刊誌に書かれていたことはまだマシな方で、表に出てこない隠蔽された事実も色々あったという話も耳にしています。ネットがない時代に、口コミだけでもの凄い早さで色々なお話が国民の間に広がっていったようですね。
そういう良からぬ噂が秋篠宮ご夫妻にはあったため、宮内庁がナーバスになって「そういう生々しい連想」につながるようなものを一切消したかったと気を揉んでいたとしても不思議ではありません。
また、紀子妃の「令嬢育ちでない、アパート出身の女子学生」であったという点が問題視されていた経緯もありましたし、もし紀子妃が秋篠宮様の汗を「手袋で」拭ったことが事実であれば「なぜハンカチを使わずに手袋などで汗を拭くのか?」という、紀子妃のズボラな感じが良い印象ではなかったということも“写真隠し”の一因となっていたかもしれません。

中山氏をはじめ宮内庁の対応を批判している人々は「宮内庁も横柄な権威主義・官僚主義から変わっていかないと駄目だ」ということを提言していますが、これは場合によっては「皇室や宮内庁の方が庶民出身の紀子妃に合わせて変革していくこと」を要求しているように思えてしまうのです。
紀子妃が嫁いだ世界は、まさにそういう権威主義的な世界なのです。紀子妃がそういう世界と無縁でそういう事情を知らずに嫁いできたからといって、皇室や宮内庁が紀子妃に合わせなければならない理由などどこにもありません。

逆に皇太子妃となった雅子妃殿下は「皇室に学歴主義を持ちこんだ」と叩かれたこともありますし、ご病気で祭祀ができなくなったのに「祭祀をサボっている、皇室の伝統を守っていない」と理不尽なバッシングを受けたこともありました。しかし雅子様をかばうような意見はマスコミ界隈からはほとんど出てこないように思います。
雅子妃には「皇室や宮内庁のしきたり・伝統に合わせろ」と要求するくせに、紀子妃には「皇室や宮内庁の方が変わっていかないと」と言うのは、フェアではないですね。

「東宮家とただの一宮家の秋篠宮家ではお立場も格も違うから」という言い訳も出てきそうですが、秋篠宮家自身が「うちには皇位継承者が二人もいるのだ」ということを盾に、東宮家と同等かそれ以上の待遇を求め続けてきたのです(そしてその要求が生前退位特例法によってほぼ実現しつつある)。そうであるなら、秋篠宮家も東宮家並みの厳しいお振る舞いをするべきではないでしょうか。

しかし恐ろしいことに、「皇太子ご一家にはやたらと厳しいことを要求する一方で秋篠宮ご一家には甘く秋篠宮家の方に周囲が合わせるべきだ」という風潮は、現代でも継続していますしマスコミもそれに追随しているのです。
中山氏と宮内庁が対立していた昔はまだまともだったかもしれないのです。
「紀子妃の右手」事件など可愛いものだと思えるほど、現代ではマスコミも宮内庁も双方とも癒着して酷い腐敗が進んでいるのです。


※なお、この「紀子妃の右手」写真掲載を取り消させたのは美智子皇后陛下であったという説もあるのですが、そうすると中山氏が批判していた「宮内庁の権威主義・官僚主義的な判断」にはまさに皇族=皇后陛下ご自身が関わっていたということになり、それはそれでまた別の問題が浮上してくるように思われます。ここでは詳細は述べませんが…
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