秋篠宮様の“逆襲”、宮内庁と週刊誌の攻防戦 その6~あくまでも抗った新潮、宮内庁サイドに迎合した文春③

1996年当時はジャーナリズム精神にのっとり立派な一般論を述べていた新潮に対し、ライバルである文春はどういう態度に出たのでしょうか。文春は同年12月に秋篠宮様に関する記事を出しています。

実は新潮記事と文春記事の間(11月30日)に、秋篠宮様のお誕生日記者会見が行われていました。有名な「火のない所に煙が立った」会見です。
文春はこの「火のない所に…」会見を受けて記事を書いています。今回はその記事を2回くらいに分けて引用させていただきたいと思います。

1996年12月12日 週刊文春
「紀子さま同席で語られた秋篠宮『タイの愛人』問題」
前代未聞「火のない所に煙」会見


誕生日記者会見の内容が明らかになったとき、誰もが驚きを禁じえなかった。国民のほとんどが忘れかけていた「女性問題」報道について、秋篠宮殿下が自ら言及されたからである。旧弊にとらわれぬ殿下とはいえ、異例のご発言をされるまでに一体、何があったのか。

何しろ異例の出来事なのだという。秋篠宮文仁殿下(31)が誕生日に際しての記者会見で、自らの「女性問題」を報じた記事に直接反論されたことが、である。会見の席上、殿下はこうおっしゃった。
「私も週刊誌を読みましたが、根も葉もない女性問題について(笑)、いろいろ話が広がっていってしまったわけですね。
そういうことはまったくないことですし、火のない所に煙が立ったというか、非常に想像力豊かな人がそういう記事を書いたんだと思いますけれども、完全に事実と異なる報道がなされたということについては…」

ここでしばし間を置き、語気を強めて、
「不満をもっています」
と語られたのである。
殿下が問題にされているのは、『週刊新潮』の記事。今年4月と6月に同誌が報じた内容について、わざわざ「事実無根」とおっしゃったのだ。
しかし、記事が出てから半年以上も過ぎた年の瀬、“そういえば今年、そんな話もあったな”という程度が世間の感触だろう。いまごろ何故、ご自分から蒸し返すようなお話をされたのだろうか。

コトの発端は、今年4月17日、殿下がクリントン・アメリカ大統領の歓迎宮中晩餐会を欠席し、私的にタイへ旅行されたことにある。タイ訪問の目的は、おなじみナマズの調査。タイ北部の村で、メコンオオナマズの捕獲儀式を見学することになっていた。
そもそも昨年4月に行く予定だったが、阪神淡路大震災で今年に延期されたもの。そこへ、二転三転したクリントン大統領の訪日が、あとから重なるという事情があった。関西空港からバンコクへ、17日午前に出発する予定でいたところ、この日の夜に晩餐会が組み込まれてしまったのである。その経緯については、小誌も『晩餐会欠席の理由はナマズ見物』と報じたのだが…。
「クリントンをとるかナマズ見物をとるか、という論調からして間違っている。アメリカかタイか、なんです」
と語るのは、このご旅行に同行した東京水産大学の多紀保彦名誉教授
「訪問は非公式でも、受け入れるタイ側の歓迎は公式行事です。2年続けてキャンセルできないし、こちらが先約だったわけですから」
殿下はこのときの調査を元に、文化人類学、民族学の見地からメコンオオナマズ捕獲儀式についての論文を書かれたという。それは国立民族学博物館が出している研究報告の次号に載る予定だ。
だが『週刊新潮』4月18日号は、『秋篠宮殿下度重なる「タイ訪問」に流言蜚語』と題した記事の中で、こう書いた。
「殿下には結婚前から親しくしているタイ人女性がいて、その女性に会うためにタイに行くのではないか」
お相手の女性については、「学習院の同窓で、陛下と親しい会社役員」のコメントとして、こう述べている。
「ナマズの研究所のスタッフかアシスタントと聞いています。身分の高い女性で、エキゾチックなタイ美人だそうです」
続いて、こんな匿名コメントまで載っている。
「殿下の女好きは何とかならないかとずっと思っていたんです。今回の旅行だってタイ女性とプライベートビーチに行くんだと聞きましたよ」
記事の内容はかように、何ともショッキングだったのだ。
タイへのご出発は、この記事が出て6日後。当然のように、女性週刊誌やワイドショーが行く先々で待ち受け、物々しい旅となった。

◆帝国ホテルにいた川嶋教授

その騒ぎは、一週間後のご帰国と共にひとまず落ちついたのだが、『週刊新潮』は6月20日号で追い打ちをかけた。『天皇陛下突如御静養の背景に秋篠宮殿下』がその記事。今度の内容は、以下の如くであった―。
6月7日以来、天皇陛下が体調を崩され、静養されることになった。『前庭神経炎』という病名で、原因は不明。ストレスが誘因ではないかという仮定のもと、記事はこう進む。
陛下にとって頭痛の種といえば、皇太子ご夫妻のお世継ぎ問題に、紀宮さまの結婚問題。しかし一番心を痛めているのは、秋篠宮殿下の一件である、と。
記事の核心は、紀子さまの父親である学習院大学の川嶋辰彦教授が、殿下の女性問題を問い質すために御所へ怒鳴り込み、天皇陛下に苦言を呈したというくだり。それは21日午後3時のことだった、と日付・時刻まで特定してみせたのだ。
前回の記事には無反応だった宮内庁だが、ここからの対応は素早く、積極的だった。発売当日の6月13日、鎌倉節長官が定例記者会見の席で、
「事実無根の記事。訂正を求めたい」
と語る。

総務課長と報道室長が新潮社を訪れ、松田宏編集長に面会したのは、その翌日。抗議は、4月18日号の記事にも及んだ。
『週刊新潮』側は翌週、反論記事も掲載した。タイトルはそのものズバリ、『「秋篠宮殿下」記事への宮内庁抗議に答える』。内容は、
「重要な公務を放り出して、私的なナマズ見物など言語道断」
と一刀両断のもと、宮内庁関係者や殿下の知人のコメントで、女性問題の存在、殿下ご夫妻の仲がギクシャクしていることなどを改めて強調した。
しかし、川嶋教授が御所を訪問した日付については、
「4月21日と特定することはできなかった」
とトーンダウン。
宮内庁が納得するはずはない。再び発売の翌日、今度は森幸男次長が新潮社を訪れて副社長に会い、再度の抗議。このとき、川嶋教授が鎌倉長官宛てに送った手紙のコピーも手渡している。手紙のポイントは、三点あった。
まず、4月21日に御所を訪れた事実はないこと。この日午後は帝国ホテルで知人の結婚披露宴に出席していた。
次に、陛下に対し、宮さまの女性問題で苦言を呈したという事実はなく、そのような気持ちを抱いたこともないこと。
第三に、これまでも事実と食い違う報道はあったが、原則としてそのままにしてきた。なぜなら、ひとつの事柄を否定すれば、気づかずにいるほかの事柄を肯定していると受け取られる可能性があるからである。
手紙は、川嶋教授の思慮深さを窺わせる言葉で綴ってあった。
教授の親しい知人も、
「川嶋さんは、『事実でないということは、いつか相手にもわかるはずです』と穏やかに語っておられた。御所へ怒鳴り込むなど、まったくありえないことです」
と証言する。
それでも新潮社から、訂正するとの答えは得られなかった。宮内庁側はその後、7月11日にも回答を求めたが、やはりナシのつぶて。
それから4カ月たった11月18日、『週刊新潮』はようやく、鎌倉長官に宛てて文書を出す。内容は「訂正には応じない」という従来通りのものだが。
「鎌倉長官と新潮社の常務が顔を合わせた際、改めて文書を出すようにとの要請を受け、承諾したため」(松田編集長)という。

(記事ここまで)

文春の記事でもハッキリと「それまで無反応だった宮内庁が、川嶋教授の件が記事に書かれたとたん素早く積極的に抗議に動いた」と書かれていますね。
宮内庁は「秋篠宮様のため」というよりは、「川嶋教授の(名誉の)ため」に動いていると思われても仕方ない対応方法だと思います。
それでも新潮が「訂正には応じない」という姿勢を貫き続けると、何度も何度も抗議を寄こす宮内庁の対応には異様さを感じるのです。
当ブログでも以前ご紹介したように、1996年当時は秋篠宮様の行状に関する記事があちこちの出版社からたくさん出されていました。
しかしここまで執拗に抗議を受け訂正を求められたのは、新潮の記事だけでした。
新潮だけが川嶋教授の件について記事を書いていたためではないでしょうか。


文春は早々に宮内庁=秋篠宮様・川嶋家サイドにつき、川嶋教授のアリバイ(?)を持ってきたり、川嶋教授の人柄を殊更に持ち上げたりと、傍から見てゴマをすっているというかみっともない態度に終始しているように見えてしまいます。
陛下が御所で川嶋教授の怒鳴り込みを受けたとされる日、教授は帝国ホテルにいたという証言(?)が出てきたようですが、そうすると川嶋教授が御所を訪れたという証言をした宮内庁職員が嘘をついたということになってしまいますが、果たして「嘘」と断定していいものかどうか。
そもそも川嶋教授は、自分の娘(=紀子妃)と秋篠宮様の交際の件で御所に文句を言いに乗り込んだこともあるという逸話も聞いています(その時の服装もポロシャツという軽装で、とても陛下にお会いするのにふさわしい服装ではなかったという具体的な証言もあったように記憶しています)。
「川嶋教授」というと「御所怒鳴り込み」というイメージが湧くほど、この逸話は多くの国民が聞いたことがある話だと思います。

だから川嶋教授がいくら「自分は御所に行ってないし陛下にも会っていない」と言い訳しても、信じがたいというのが本音ですね。

何よりも宮内庁が、肝心の秋篠宮様よりも川嶋教授のために懸命に抗議に動いていること自体、不自然でおかしな話ではありませんか。まるで宮内庁が何かに怯えているように見えてしまうのです。

その点、雅子様のお父上である小和田氏は、テレビや週刊誌、ネットであれだけ悪し様に根も葉もないことを言われても、一切反論を行っていません。川嶋教授のように宮内庁長官に抗議の手紙を渡すこともしなければ、親しい人を使って言い訳することも一切ありません。小和田氏こそ本当につらく厳しい環境に立たされているのに、彼はマスメディアの前には出てきません。ただ黙って現状に堪えています。

「弱い犬ほどよく吠える」―川嶋教授を見ているとこの諺が思い浮かびます。

ところで、秋篠宮様のタイ訪問について「非公式と言っても歓迎行事は公式なんだ」とか「こちらが先約だったんだ」とか「これはアメリカかタイか、という問題だ」という発言をしている多紀保彦名誉教授は、秋篠宮様のお取り巻きの一人として名前がよく挙がる人ですね。要するに秋篠宮様のタイ訪問は「実質上(笑)の公式訪問」であり「日本とタイの架け橋を担う重要な実質的(笑)公務」である、と言いたいのでしょう。
ただの趣味の延長のナマズ捕獲なのに随分壮大なものを思い描いているのですね(笑)。だいたい、仮に愛人の件がなくても、研究者気取りで趣味のものに没頭しているだけの行為を美化しすぎなんですよ。秋篠宮様がタイで羽根を伸ばしすぎて大使館も行動を把握できなくて困っている現状を見ても「このタイ訪問は大事なものなのだ!」なんて言い訳すること自体、噴飯ものです。さすが、ソープランド見学をも「社会勉強のため」と言ってしまうだけのことはありますね。

次回、記事の後半を引用させていただきたいと思います。
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