秋篠宮様の“逆襲”、宮内庁と週刊誌の攻防戦 その9~ご自分のことは棚に上げて…

秋篠宮様が妻の紀子妃のツテを利用して書かせた本『秋篠宮さま』。その著書についての雑誌記事として、まず週刊現代1998年7月18日号を取り上げさせていただきます。

大反響!秋篠宮が“肉声本”で「宮内庁批判」

<どこへ行くにも、下見をしたりとか必ず何人かついてきたりとか、それはやはり窮屈に思ったこともあります。そういう生活を、あなたやってごらんなさいと言われたら、十人中十人が窮屈だと思うでしょう>
<今度、生まれてくるとしたらなにに生まれたいか、ですか?生まれてくるとしたら、動物がいいな。人間でなくて…例えば?ヒツジがいいかもしれない。ヒツジになってひねもすのんびりと草をはんで>

こんな秋篠宮の肉声が満載された本が、大反響を呼んでいる。6月29日に出版された『秋篠宮さま』(毎日新聞社刊)がそれだ。初版5万部を刷ったがまたたく間に2万部の増刷を決定したというから、ベストセラーになる勢いだ。
皇族のなかでも“異端児”といわれた三笠宮寛仁殿下は別格として、皇族でこれほど自分で思ったままをさらけ出したケースはない。
この注目の本を書いたのは、毎日新聞社の企画事業部副部長・江森敬治氏(42歳)。早稲田大学を卒業して、80年に毎日新聞に入社。京都支局などを経て、91年から3年間、宮内庁取材を担当した。
「江森氏の奥さんは秋篠宮妃・紀子様の父親である学習院大の川嶋辰彦教授の教え子なんですよ。奥さんは川嶋家に頻繁に出入りして、紀子様とも非常に仲がよかった。江森氏も川嶋家とは家族ぐるみのつき合いをするようになった。他の宮内庁記者では単独に秋篠宮にインタビューなどできません。江森氏は、殿下の海外旅行に同行したりして、折に触れて話を聞いています」(ある宮内庁記者)

生々しいエピソードが随所に盛りこまれた秋篠宮の肉声を紹介しよう。たとえば、殿下が小学校低学年の頃の父・天皇との思い出だ。
<冬、私がペットにしていたテンジクネズミを、私が池で泳ぐかと思って泳がしました。そうしたら心臓マヒを起こして死んでしまいました。ちょうどその時に父が、そこを通りかかりました。「何をしているんだ」と。「泳がしたら死んじゃった」と私が言ったのです。そうしたら次の瞬間、私は池の中にほうりこまれていました>
どうも勉強は、好きでなかったと殿下は告白する。
<学生時代に両親から『勉強しなさい』とよくいわれましたけれど…(笑う)。勉強が大嫌いでしたから>
89年1月7日の、昭和天皇の崩御にも触れられている。
<いちばん印象に残っているのは、ピーッと鳴った時でした(心臓が停止された時)。最後にお話をしたのは、八八年の十一月でしょうか。十二月の時にはもう話ができなかったですから>
紀子様との結婚生活についても、<家内は、私の酒とたばこを大変、心配しております。アルコールのほうも、今はそんなに、飲まなくなりました>とか、
<料理はしません。(中略)掃除はやりますけれども>と、あっけらかんと語っているのである。

◆鎌倉長官に対する強い不満が長々と

宮内庁関係者が驚いたのは、この本に出てくる、秋篠宮の宮内庁に対するストレートな批判である。96年4月、秋篠宮のタイでのナマズの調査旅行の日程と、クリントン米大統領の宮中晩餐会のスケジュールが重なった。その結果、秋篠宮は晩餐会を欠席。マスコミに「重要な公務を欠席した」といった論調で報道されたのは、記憶に新しい。
この点について江森氏は、宮内庁がマスコミに対して、調査旅行の意義などを十分に説明しなかったのが問題だったのではないかと指摘。秋篠宮が、二人の知人に語ったという言葉を紹介している。
<宮内庁が発表した内容に『熟慮の末、宮内庁としては不本意ながらうんぬん』というのを出している。しかし、これはおかしい。
私は、事前に宮内庁長官に相談したが、問題なしとの返事だった。私がタイに行くことに対して異論はなかった。その時、長官に、例えば同じようなケースが今後、起こり得るかもしれないが、その場合に外国とか事前に決まっている日程をやめてまでも、どうしても宮中の行事に出なければいけないのかと尋ねたら、『そんな必要はない』と言われた>
この宮内庁長官とは、元警視総監の鎌倉節氏である。96年1月に前任者の藤森昭一氏からバトンタッチして長官に就任したのだが、鎌倉長官になってから皇族の情報が表に出てこなくなり、宮内庁記者たちの評判は芳しくないのだ。
また、秋篠宮は宮内庁の職員への不信感も隠さない。
<私の小さいころでも、内舎人(天皇家の男子皇族の世話をする男性職員)とか侍従の接し方が、必ずしも適切でない場合もあった>
江森氏によれば、宮内庁の職員は何をするにも、「殿下のため」という大義名分をもちだすという。そして、秋篠宮のこんな思い切ったコメントを紹介している。
<私は宮内庁が皇族の希望を制限しているとは思わないが、もっと気配りが必要だ。例えば、会社や学校だと顧客らや学生のニーズを考えてどうして売り上げを伸ばすのかなどと考える。宮内庁職員も皇族や国民のニーズにどのように応えていくか、そのあたりをもっと考えてもらいたい>

◆宮内庁サイドはどう答える

さて、では、これほど明確に批判されている宮内庁は、この本の出版にクレームはつけなかったのだろうか。
江森氏に代わって、毎日新聞社・第一図書編集部の北村肇部長が「まったくクレームも削除もなかった」とこう説明する。
「6月22日に見本刷りを持って行くまでは、宮内庁は本の中身について知らなかったはずです。宮様が宮内庁批判をしていると取られかねない箇所がありますが、それについても、表向きは宮内庁からのクレームはありませんでした」
宮内庁が、時代錯誤ともいえる秘密主義に陥っているという批判は、宮内庁詰めの記者からも噴出している。
「宮内庁サイドは、雅子妃に気を遣い過ぎているという声がある。雅子妃の“ご懐妊はいつか”などという記事が女性誌などで頻繁に取り上げられていましたが、宮内庁は報道に過剰反応している。今年、秋篠宮の長女が学習院の初等科に入学して、両親揃って入学式にお出になった。最近の皇室では唯一おめでたい話なのに、雅子妃に遠慮してか、入学式にまつわるエピソードなどの情報はほとんど出されていない」(前出・宮内庁記者)

では、この本について当の宮内庁はどう考えているのか。以下、宮内庁報道室との一問一答である。
―「事前にゲラのチェックをしたのでは?
宮様から事前に、本についての相談はありませんでした。ゲラのチェックとかいうことはまったくありません」
―本の中に宮内庁批判と取れる箇所があるが、宮内庁はどう受け止めるのか。
「ああ、158~159ページ(前出・タイ旅行へのマスコミへの説明付則に関する部分)ですね。行事の日程は、宮様のご都合もあることなので、なるべく早い時点でご連絡申し上げています」
―宮内庁批判のことを聞いているんです。
「もう一度、聞いてきます」(と言い、10分もたってやっと回答してきた)
「まだ全部を通して読んでいない段階なので、ご指摘の箇所について宮内庁批判なのかそうでないのか、今の段階では何とも答えられません」
こんな調子だから、秋篠宮に批判されるのだ。そのことに、宮内庁は早く気づくべきだろう。

(記事終わり)

秋篠宮様は当時、宮内庁に相当の不満をお持ちでいたようですね。そして、どこへ行くにも職員やSPがついてくる生活が窮屈で、嫌になるとも。そして生まれ変わるなら「一日のんびり草をはむヒツジ」になりたいと。
私は上記記事を読んで「ふざけるな!!」と叫びたい気持ちになりましたよ。

確かに宮内庁にも旧態依然とした点や融通が利かない側面はあるでしょう。お役所仕事しかできない宮内庁に非がないとは言いません。
※上記記事で名前が出ている鎌倉長官(当時)は、「まず子作りを優先させるべき」という方針で、雅子様が海外に行かれることを阻止した(雅子様宛てに来ていた海外からの招待状を取り上げてほかの皇族を海外に行かせた)という事実もある人物であり、到底擁護することはできません。

しかし、宮内庁サイドにも落ち度があるのは事実だとしても、ご自分の自由気ままで好き勝手な振る舞いを棚に上げて一方的に宮内庁に不満をタラタラ述べる秋篠宮様の態度にはムカッときました。
職員やSPが鬱陶しいから急にスケジュールを変更して勝手に振る舞って周囲を慌てさせても許してくれと?
今上陛下の次男坊という立場で、皇太子殿下に比べてはるかにお気楽な立場なのに「ヒツジになってひねもすのんびりしたいな~」ですと?
皇族というある意味特権階級にいて、周囲が「宮様、宮様」と気遣いしてくれる環境なのに、「宮内庁はもっと皇族であるオレに気遣え、オレのニーズに応えろ」だって?
そしてそういう不満をわざわざ本にして出版してもらうために、妻の紀子妃の実家である川嶋家と懇意にしていた人物に白羽の矢を立ててご自分の肉声をタンマリ国民に聞かせようとしたと?

私は思いました。
「秋篠宮様、本当に皇籍離脱して一般人になればよかったのに」と。

皇太子殿下は、職員やSPが始終ついてくる窮屈な生活にも、全く不満をおっしゃったことなどありません。
弟の秋篠宮様よりもずっと自由が少ない、制約の多い生活をなさってきたにもかかわらず、
「私はイギリスでの留学期間に十分に自由を味わいました」と穏やかにおっしゃっていました。
宮内庁の対応に不平不満を漏らしたことなどもちろんありません。
ご自分や雅子様のご実家のツテを頼って、ご自分の肉声を詰めた本を出版させるようなことも当然なさらない。
常にご自分の言動に慎重に気を配られ、周囲に影響を及ぼすようなことは一切避けていらっしゃる。

秋篠宮様は、愛人の噂を流されたことや、タイへ私的に出かけたことを咎められたことに「どうしてオレばっかり」という感じでたいそう不満を抱いていたようですが、要するに日頃の行いが悪すぎて、周囲から信用されていなかった証拠だとしか思えませんね。
我儘でお気楽で自由気ままで奔放で忍耐力がなくてないものねだりで。
宮内庁やSPだって、いくら職務といえどもこんな方を皇族として守り、気遣い、何をされてもじっと我慢しなければならないのですから、相当ストレスがたまっていたことでしょう。彼らは彼らで、秋篠宮様に相当の不満があったと思います。

秋篠宮様が宮内庁に不満を抱いていた一方で、宮内庁もまた秋篠宮様に不満を抱いていたのは確実だと思われます。

本来なら、立場が上である皇族の方が下々の人間に配慮し労いの言葉をかけたりしてもよいところを、秋篠宮様はそういう気が全くなかったということでしょうか。
オレは窮屈だ、オレにもっと気を遣え、オレのニーズを聞け、では、下々の人間は誰も付いて行きたくなくなります。

そして私が上記雑誌記事で更にカチンときたのは、
「宮内庁が雅子様に気を遣いすぎる」
「眞子様の初等科入学があったのに雅子様に遠慮して情報をあまり出せなかった」

と書かれた部分です。

この頃から、秋篠宮ご夫妻は雅子様に対しても不満を抱いていたということでしょうか。
そしてお得意の「私たちは遠慮している!」アピール。

仮にそういう遠慮をしていたとしても、それをアピールせずに黙っていればよいものを。
まあ私自身は、眞子様の初等科入学が話題にならなかったのは、秋篠宮ご一家に対する国民の関心が薄れていたせいにすぎないと思っていますが。
それを雅子様のせいにしようとする思考が本当に許し難いのです。
「宮内庁は皇族のニーズに応えるべき」と言うなら、ご懐妊の期待によるプレッシャーにさらされていた皇太子妃に対する気遣いこそ、第一にしなければいけないはずではないでしょうか?
秋篠宮ご一家など後回しでよろしいですよ。


しかし、秋篠宮様が肉声本を出したことに対し、意外な方が快く思っていなかったというお話も出ていたようです。
次回はその記事をご紹介したいと思います。
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