当主不在の“ブラック宮家” その3~次々に去る職員らと、なぜか頼りにされる3人の側近

今回は、週刊文春2011年9月22日号の記事をご紹介いたします。

深層レポート 紀子さま45歳 秋篠宮家をウラで牛耳る「3人の側近」
10人以上の職員が交代!
なぜ職員が体調を崩し次々に去るのか。書かれざる“人間関係”を明らかにする


「我々に人事権はありません。命じられた場所で働くだけ。だから堪えられない人は夜逃げ同然で去る人もいる」。ある関係者はこう話した。普段は退嬰的な宮内庁がなぜこれほど頻繁に人事を行ったのか。知られざる秋篠宮家職員たちの真実を初めてつまびらかにする。

国道246号線。通称・青山通りを東に走り、豊川稲荷の手前を左に折れると、すぐ左側に見えるのが「巽門」。門番である赤坂護衛署第四警備待機所を通過し、緑豊かな敷地を道なりに150メートルほど進むと、秋篠宮邸の重厚な鉄門に行き着く。
今の季節はツクツクボウシの蝉しぐれが響く赤坂御用地のなかで、宮邸は背の高い木立に囲まれ、周囲からは中の様子を窺い知ることはできない。
秋篠宮邸は平屋建ての公室棟と、二階建の私室棟に分かれており、この公室棟の玄関で、今年も紀子さまの誕生日にあたり、祝賀の記帳が受け付けられた。
参列者の一人が話す。
「玄関を入って左手にある記帳台には、和紙でできた帳簿と硯、筆が備え付けられています。参列者は一人ひとり墨を擦り、氏名を揮筆する。帳簿には政府関係者からメーカーやホテルなどの大手企業の名前まで、ずらりと並んでいました
近頃にわかに注目を浴びている秋篠宮ご一家―。9月11日、紀子さま45歳のお誕生日当日、小誌ではある宮内庁関係者を取材した。この人物いわく、かつて宮家職員が打ち明けた一件が「忘れられない」のだという。
「その人は紀子さまに叱責されたことが強烈な記憶として残っているようでした。『ただ正直、何のことで咎められたのか、憶えていない』という。普段のイメージとは違う迫力に、慄然として、頭の中が真っ白になってしまったと語っていました」

秋篠宮家に仕える職員の人事はこの数年、不安定な状況が続いている。
まず事務方トップである宮務官と、オクと呼ばれるプライベートを一手に取り仕切る侍女長が、この一年以内に二人とも交代している。この二つのポストだけでも、この4年で6人が辞め、他のポストも含めれば10年の間に10人以上が交代している。
だが前出の職員は、「お辞めになる方の気持ちはわかる」とも洩らしたという。
「半ば神経症のようになって宮家から下がる職員もいるようですが、『あそこで働いていれば、日々積もりに積もるものがあるのは当然です』というのです」(前出・宮内庁関係者)
悠仁さまがお生まれになる前と比較すると職員数は増えている。現在は侍女長を支える侍女長補と、料理を担当する技官が一人ずつ増えたほか、運転技官も2名増え、4名になった。
だが、今でも本質的な人手不足は解消されていない。本庁や東宮職の経験者が、秋篠宮家に移るとその仕事量の差に驚くという。

◆気配を消して働く職員たち

「16名しかいない秋篠宮家では、職員は何でも出来るオールラウンダーにならなければなりません。不得意な分野を任され、万が一ミスをすれば目立ってしまう。常に仕事を見られているような雰囲気はあります。さらにこれまで女官などの経験がない者がいきなりオクの仕事を任されるのでは、やはり厳しいものです」(別の宮内庁関係者)
張り詰めた空気の中、職員は物音ひとつたてないように働いている。秋篠宮邸は絨毯敷きで、みな靴を履いたまま仕事をするが、
「底の固いパンプスなどでは靴音が響いてしまう。女性はみな絨毯の上でも音がでないようなローヒールの靴を履いています」(同前)
そして地味な色のスーツを着て、気配を消すようにして働くのだという。

「かつては飯島蘭子さんという侍女長が目を光らせていた。08年頃まで宮家の切り盛りを長いこと任されていました」(同前)
飯島氏は現職時代から、職員に相当厳しかったようだ。元宮家職員が話す。
「たいへんな貫禄の女性でした。アメリカ初の女性国務長官だったマデレーン・オルブライトと雰囲気がそっくり。予算管理が厳しく、職員たちは、しょっちゅう『あるもので済ませてください』とお説教されていた。なんでも頭ごなしにおっしゃるので、話しかけるのも憚れるようなオーラがありました」
だが、彼女さえも去り際には心身のバランスを崩してしまったようだ。
「最後はほとんど出勤できなくなっていたらしいですね。忙しさと人手不足、そして何が理由か存じませんが、殿下との関係にも縺れがあったと聞きました。それでも10年間頑張ってこられたのは、お子さんのことがあったからでしょう。女手ひとつで子供を医学部に入れるまで育てたそうですから」(別の宮内庁関係者)
秋篠宮家のスタッフが安定しなくなったのは、たしかに飯島氏がいなくなった頃からだ。
「“重し”が無くなってしまったのでしょう。もちろん、職員の悩みはケースバイケースですが、飯島氏がいなくなった現在の宮家を陰で牛耳っているのは、宮務官でも侍女長でもなく、常勤職員ですらない。“3人の両殿下の側近”なのです。この3人が職場環境に与えている影響は大きい」(前出・宮内庁関係者)

この“3人の側近”とは、一体どんな人物なのか。
「一人は元宮務官・富士亮氏の妻、富士幸子氏。二人目は御用掛で、外務省のフィリピン大使を務めた松田慶文氏。三人目は、飯島氏の前に侍女長を務めていた犬伏紗知子氏。彼女は悠仁さまがお生まれになったこともあって、非常勤扱いで宮家に戻ってきたのです。急場を手伝うために再び呼ばれたのでしょう」(同前)
3人が秋篠宮家と深くかかわるようになった背景はそれぞれだ。
「富士氏の夫・亮氏は、陛下が皇太子の時代から東宮侍従を務めた人物。農学博士で音楽にも造詣が深く、皇太子と同じくビオラが趣味の朗らかな“名物侍従”でした。秋篠宮家が創設されたときには初代宮務官に起用され、朝日新聞にもインタビューが掲載された“明るい秋篠宮家”の象徴のような人でした。ただ数年の勤務の後、食欲がなくなり、物忘れも多くなったそうです。94年には陛下の侍従を最後に退官。06年にはひっそりと亡くなりました。
奥さまは小柄でテキパキと仕事をこなす方。紀子さまと同じように手話がお出来になります」(富士氏知人)
非常勤だった富士氏は今年3月で退職しているが、いまでも両殿下からのご信頼は篤いという。
富士氏と犬伏氏には同窓という接点がある。
お二人はキリスト教に基づいた一貫教育を行う自由学園女子部のご出身です。学年は違いますが、犬伏氏が侍女長になったのも、お二人の繋がりからだと聞いています。人当たりの良い方ですよ」(同校関係者)
松田氏は、秋篠宮家の外国交際などを任されていた。外務省関係者が話す。
「彼は自治省入省組には珍しく、外務省に出向したんです。外務報道官を務めていた時に、宮内庁との関わりができ、秋篠宮両殿下がフィリピンを訪問された際、主席随員を務めています。両殿下、特に殿下と波長があったようですね
現在のように人事が落ち着かない秋篠宮家においては、両殿下のご相談相手が多いことに越したことはないようにも思えるが、小誌でも報じたとおり、最近では「秋篠宮家では働きたくない」と洩らす、宮内庁職員が多いのも事実だ。

◆職員評をお聞きになる両殿下

「船頭多くして、ということがあります。いま両殿下がご信頼を寄せているのはその3人。でも、最終的な責任は宮務官や侍女長が取らなければならない。また、両殿下が3人から『あの方はどうですか』と、職員についての意見を内々に聞くこともあるのだとか。それが伝わりプレッシャーに思う職員もいるのです」(前出・宮内庁関係者)
これらの指摘を本人たちはどう聞くのだろうか。
松田氏本人が語る。
「私の場合は、現在も秋篠宮付の御用掛で、3月までは月に一度、宮邸に上がり国際情勢のご進講をしておりました。国体などの行事には随行し、その際には職員とのやり取りもありましたが、私はほとんど職員の方とは関わりはありません。犬伏さんが職員に指図することもないはずです」
ほかの2人にも話を聞こうとしたが、犬伏氏は拒否。富士氏の自宅を訪れたが不在だった。
この現状を皇室ジャーナリストが解説する。
「そもそも宮内庁の人事が行き届いていないのです。将来、天皇になる可能性が大きい悠仁さまをお育てになる宮家なのですから、様々なご苦労があるのは当然です。人事異動をする前に、どういった人材が必要か、まずは両殿下によくよくご相談するべきなのです」
職員の不和が、秋篠宮ご一家の負担になるようなことがあってはならない。適正な人事体制を整えるのが宮内庁の急務ではないか。

(記事終わり)

「ここ数年における怒涛の秋篠宮家ブラック記事」の第一弾として上記の記事を挙げましたが、「何でこんなに仕事量が多いのか?そしてなぜ職員が次々に秋篠宮家を去っていくのか?単純に仕事量が多くてきつい、というだけではないのではないか?」という疑問がまず頭に浮かびます。
上記記事でも触れている通り、悠仁様がお生まれになったことでちゃんと職員数も増やしてもらえているのです。

「夜逃げ同然で去る職員もいる」
「あそこで働いていれば日々積もりに積もるものがあるのは当然」
「気配を消して仕事している」
「やり手のベテラン職員すら心身のバランスを崩して辞めてしまった」


これらの文章からも分かる通り、物理的な仕事量の多さだけでここまでの事態になるのはかなり異常でしょう。
そういう物理的な忙しさだけでなく、人間関係的な問題、パワハラ的問題が潜んでいることは間違いないと思います。

「叱られた相手が頭の中が真っ白になるくらいの紀子妃の怒りっぷり」
「常に仕事を見張られているような感覚になる」
「ベテラン侍女長は殿下(どっち?)との間に軋轢があった」
「3人のお気に入りの側近から両殿下が他の職員についての意見を聞くこともある」


どうやら、この辺りに職員が居付かない要因があるような気がします。これがパワハラでなくて一体何なのでしょうか。

しかし、上記記事で名前が出ている3人の側近のように、秋篠宮家とウマが合いうまくやっていける人たちも一定数いるのかと少し驚いています。彼らは「常勤職員ですらない」と書かれているため秋篠宮家に常駐しているわけではなく、必要な時にたまに呼ばれてちょっと話を聞くだけのことしかやっていなかったのかもしれませんね。そうだとしたら彼らの心身の負担は少なくて済みますし、常に秋篠宮家に詰めていなければならない職員に比べたら気楽だと思います。だからそこそこうまくやっていけただけではないでしょうか?
このように「たまにしか秋篠宮家と関わらない」ような側近が秋篠宮ご夫妻と結託して、立場の弱い職員たちを見張っているような状況では、辞めたい・逃げたいという気持ちになるのは当然でしょう。

ちなみに上記記事が出た2011年は、東日本大震災があった年でもあります。
紀子妃は、宮内庁HPのスケジュールにわざわざこのようなことを書かせて「自粛アピール」をしていました。↓

http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/3?quarter=201103
平成23年9月11日(日)
文仁親王妃殿下 東日本大震災発生から半年に当たるため,お誕生日のお祝い行事はお控えになりました。

それなのに、お祝いの記帳は止めてなかったんですね。そういうものなのでしょうか?
しかし平民上がりの一宮妃のために、政府関係者や大企業らがこぞってお誕生日お祝いの記帳に駆け付ける様、何とも皮肉めいています。
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