『秋篠宮さま』の中身~秋篠宮様の肉声編 7

江森氏の著書『秋篠宮さま』の宮様の肉声紹介編は、今回が最終回になります。
この後は、肉声以外で気になった江森氏の見解や、以前ご紹介しようと思いできなかった関連雑誌記事のご紹介などを続けさせていただきたいと思います。

第七章 宮内庁への提言・あとがき

<私の小さいころでも、内舎人(うどねり―天皇家の男子皇族の世話をする男性職員)とか侍従の接し方が、必ずしも適切でない場合もあった。本人たちは一生懸命にやっていても、他人の子と接するわけで、どこかに感覚のズレみたいなものが出てくる。ことなかれということも、あったと思う。
もちろん、彼らは私と遊んだり叱ったりはするが、やっぱり親のそれとは大分、違うような感じがした。
体験に基づいた話では、例えば、私が、動物園に行きたいと侍従なりに話すと、彼らは、動物園のような場所をレジャー施設としか考えていないので、動物園になかなか行かせてくれない。そういう年代の人たちだから仕方がないけれど、今は動物園は児童や生徒の学習の場所と認識されている。
あのころに、もう少し頻繁に動物園などに行っていればよかったと思う。当時の侍従や内舎人たちは学校のテキストを見てることだけがお勉強みたいな感じでとらえていた。そういう意味では、もう少し配慮が必要だったと思う> P176~177


上記の発言や、以前にご紹介した家族に関する秋篠宮様の肉声を見てみると、宮様には相当「親に甘えたい」という感情が見え隠れしているように感じてしまいました。昭和帝やダイアナ妃に対する冷淡な感情とは違い、ご両親である天皇皇后両陛下には「ファザコン・マザコン」とも似たような感情があるように思えます。「授業参観は親に来てほしかった」とか、「職員はやはり親とは違う、しょせん自分は彼らにとって他人の子だし」とか、「両親じゃないとイヤだ」という幼い感情がしょっちゅう見えているのが個人的に気になりました。
しかし、本当に親に甘えたくてもできなかったのは、むしろお兄様である皇太子殿下だったのではないでしょうか。それでも皇太子殿下は弟宮のように「父が~母が~」と甘えたことは一切おっしゃらなかったように思うのです。
本当にご両親に甘えられなかった皇太子殿下が黙って耐え、実際は親に甘やかされて好きなことばかりをして育ってきた弟宮が口を開けば「父が~母が~親が~」ばかりというこの現実…秋篠宮様はどちらかというと親子関係も飄々としているというかドライなイメージがあったので、ここまで甘ったれた男性だとは思ってもみませんでした。
それにしても、秋篠宮様が大人になっても「動物園・水族館好き」でいる異様さは、幼少の頃に動物園などに行かせてもらえなかったことへの反動だったのでしょうか。宮様は「僕にとっては動物園などに行くことも“仕事”のようなものですから」と言っていたようですが、幼少時代についても「動物園は“学びの場”なんだよ!」と言っているのですね…私たち国民は動物園・水族館に行くことは単なる“娯楽”としか捉えることができませんが、宮様にとっては“仕事の場・学びの場”になるのですね。プロの研究者でもないのに、こういう考え方は違和感があります。ただ単に「遊びで行く」となると格好がつかないので、仕事や学習だと言い訳をくっつけて出かけたいだけなのでは?としか思えません。
当ブログでも秋篠宮様の過去の公務を検討する場を設けたいと考えていますが、秋篠宮様はこうやって“娯楽”にすぎない動物園・水族館行きを「公務」にしてしまっているケースが非常に多いのです。これで「自分は一生懸命コウムに励んでおります」と言われても困惑するしかありません。

<私は宮内庁が皇族の希望を制限しているとは思わないが、もっと気配りが必要だ。例えば、会社や学校だと顧客らや学生のニーズというものを考えてどうして売り上げを伸ばすのかなどと考える。宮内庁職員も皇族や国民のニーズにどのように応えていくか、そのあたりをもっと考えてもらいたい> P179

この肉声は以前詳細にツッコミを入れたので今回は省略しますが、「皇族のニーズ」に答えろといいながら、秋篠宮様は一度も雅子様をかばわれたことがありませんね。「皇太子妃は元外交官で語学にも堪能だし国際感覚も優れているから、もっと海外に行かせてあげることが皇太子妃と国民のニーズに応えることになる」という発言を聞いたことは一切ありません。しょせん、ご自分のニーズだけしか考えていないということでしょうか。

<しかし、皇室に対して無関心な人に無理に関心を持たせるというのは、私の考えと違います。その時、その世代の人が関心があれば関心があるでいいし、関心がないのなら、私は、それはそれで一つの社会現象ではないかと思います。それを無理やりに関心を持たせるようにするというのは、ちょっと自然体ではないような、パフォーマンス的な感じもします。
九六年に、宮内庁記者団が、国民の皇室への関心ということで質問したことに対し、母は、常に国民の関心の対象となっているというよりも、国の大切な折々にこの国に皇室があってよかったと、国民が心から安堵し喜ぶことの出来る皇室でありたい、と答えています。さらに皇室側からどのような努力が必要だろうか、との問いに対しては、国民の関心の有無ということも決して無視してはならないことだけれど、皇室としての努力は、あくまでも自分たちの日々の在り方や仕事により、国民に信頼される皇室の維持のために払わなくてはならないと考える、という意味のことを答えています。関心を得るために努力するのではないというのですね。父と母はずっとこうしてつとめてきたんだと、改めて思いました。
確かに、宮内庁から国民への情報量は限られていると思います。宮内庁の制度でも、報道室というのはありますけれど、広報室というのはない。報道室というのは、取材などがある時に対処すればよいわけですが広報となると、日ごろから活動しなくてはいけない。
私は宮内庁にホームページを作ってもらいたい。ほとんどの省庁にホームページがあるでしょう。昔から伝わっている雅楽とか、舞楽、馬の話でもいいし、そういう文化的なことをホームページを作って出してもいいと思います。
いろいろな皇族が出かける先に一人くらい宮内庁職員を派遣して、その様子を紹介してみるのもいいと思う。宮内庁もアドレスをつけておけば、いろいろな意見だとかが入ってくるのではないでしょうか> P180~181


「国民に関心を持たせるために皇族がパフォーマンス的なことを行ってはならない」…この言葉、私が一番向けたいお相手は、美智子皇后陛下ですね。美智子様の言動からは少しパフォーマンス的なにおいを感じてしまうことがあるためです。そして美智子様を真似してきたとされる紀子妃も、美智子様ほどではありませんがやはりパフォーマンス的においを感じてしまいます。しかし秋篠宮様は、美智子様はそれとは真逆にいる方だと評価しているようで違和感を覚えます。ここでも「父が~母が~」と言っているのですね。秋篠宮様がここまでご両親をリスペクト(?)してご両親に甘えたいと感じているとは思わず、肉声を拾っていてゲンナリしてきたところではあります。
そして「宮内庁HPを作るべき」と提案したのが実は秋篠宮様であったという意外な事実が…。この提案自体は良いことではあると思いますが、そのせいでしょうか、宮内庁HPは一貫して秋篠宮ご一家に関する情報を手厚く掲載しすぎ、ほかの宮家をないがしろにしたり、雅子様が大活躍していた時代の情報を一切掲載させなかったり、逆に秋篠宮ご夫妻が公務をあまりしなくて暇だった時代の情報が掲載されていなかったりと、かなり偏りや不公平感がある内容になっています。
「宮内庁HPは川嶋家サイドの人物が中心に作っている」という噂もあるようですが、それに関しては確固たる証拠がないので私からは何とも言えません。が、雅子様がお倒れになり公務ができなくなり、秋篠宮ご夫妻が公務を張り切り出した時代の情報から詳細に掲載されていることから、色々見えてくるものがあるでしょう。

<我々が普段、地方などに出かける時にその主催者の方たちや、その関連の方たちと接して話をする機会はある。しかし、地域の方たちとの接触の機会は、非常に少ない。今年用事で、奄美大島の方に参りました。マングローブの自生している地域で車を降りてマングローブを鑑賞した。そこに地元の方たちが100人以上いた。警察の人が押さえている状況でもなく、ごく自然な形でそこにおられた方たちと話をする機会があった。比較的ゆったりとした気分でその地域の方と話をすることができ、ふれあい、交流の場を持つというのは良いことだと思った> P182~183

<よく警備について、過剰ではないかと言われたりします。時々、警察官が人のいない壁に向かって立っている時がありますでしょ、そういう無駄は省くべきだと思います。でも、必要なところは警備がきちんとあったほうがいいと思います。どこから何が飛んでくるか分からない時だってありますから。
この前、家内と娘と一緒に上野動物園に行きました。サル山のところでお猿さんを見ていました。若いカップルが通りすぎてから、男性の方が『紀子さんいるよ、紀子さん』と言っているんです。女性のほうが『違うでしょう。雅子さまでしょう。なに間違えているのよ』って。そうしたら、男性が『あ、そうか。やっぱり間違えていた』と慌てていなくなったりとかね(笑う)。
そうかと思うと、まったく気づかずに通りすぎる人。それから通りすぎてから、オヤッ、と思って振り返る人、いろいろです。驚いたのは、ある時私が知り合いの車に乗って移動していたのですが、すれ違った車に乗っていて私のことを分かった人がいるんです。私は助手席に乗っていました。普通だったら、だれも気がつかないはずですけど、パッとすれ違いざまに手を振った人がいたことです> P183~184


この当時、紀子妃が雅子様と間違われたことがある理由が、何となくわかるような気がします。
確か雅子様が入内されてから、紀子妃は髪形を雅子様そっくりのボブヘアに変えたのです。当時の画像を見ると、あまりにも紀子妃が雅子様の髪形をそっくり真似ているので不気味に感じるくらいです。遠目から見たら確かに雅子様に見間違えるかもしれません。
私は結婚前からの雅子様のボブヘアがお似合いで好きだったので、ボブヘアには雅子様のイメージがあります。そして雅子様は結婚後もしばらく同じボブヘアのままでいらっしゃいました。
もし紀子妃に「ボブヘア=雅子様」のイメージを崩したいという思いがあり、自分が雅子様に成り代わりたくてそっくり同じボブヘアに変えたのだとしたら…そういう怖い話でなければいいのですが。

参考までに:雅子様の髪形を真似た?紀子妃

雅子様の髪形の真似?1
雅子様の髪形の真似?2
雅子様の髪形の真似?3
雅子様の髪形の真似?4
雅子様の髪形の真似?5

(あとがきより)
お子さまのご予定はいかがでしょうか、という江森の質問に対し)
<上にまだ、ひとりいますので(当時、皇太子さまは独身だった)…。一般的には兄は結婚が遅いわけではないのですがね…> P186


まるで、秋篠宮様が「結婚できないお兄様に遠慮して子どもを持つことをためらっている」と言いたげで不愉快です。秋篠宮ご夫妻は東宮ご夫妻に遠慮することなく第三子=男子をもうけていることからも、弟宮ご夫妻の辞書に「遠慮」の二文字はないと思います。

(皇太子さまの結婚が決まった時にコメントを求めた際)
<肉親としてあまりにも近すぎる間柄なので> P187


これも、秋篠宮様の冷淡さがうかがえる肉声ですね。「近すぎるから」なんだと言うのか?単に雅子様という素晴らしい伴侶を得られたお兄様に対するやっかみのような感情があったから素直に祝福できなかったのでは?と思ってしまいます。あれだけ「30歳までに結婚できれば上出来w」と皇太子殿下を小馬鹿にしていたのですからね。
秋篠宮様はご両親には並々ならぬ感情があると感じますが、皇太子殿下にだけはそっけないというか冷淡なところを隠し切れない印象があります。

(江森が社会部の宮内庁担当から離れることになった際)
<これでお会いしやすくなりましたね> P187


これもかなりの問題発言ですね。「これからは皇族と記者という関係性がなくなったので、友人同士として遠慮なく懇意にできる」ということの宣言ですから。元マスコミ関係者と仲良くなることの問題性はないのでしょうか。しかも江森氏は、川嶋家サイドの人物でもあります。
秋篠宮様の交友関係はこういう感じのものばかりです。いつも決まった人々とつるんでいる。
「自分には社交性がない」と評している通り、狭い世界でいつも同じ顔触れとしか交流を図れない秋篠宮様の限界が表れています。

(第七章・秋篠宮様の肉声編 終わり)
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