眞子様の婚約発表

本日、眞子様の婚約ニュースが流れました。まずはおめでとうございます。
せっかくおめでたいお話なのに「女性宮家がー!皇族減少がー!」としか言えない議員たち、そういうこと言うのやめませんか?黒田清子さんから色々とお話を聞いた上で眞子様はご決断されたとのことですから、降嫁して民間人になる覚悟を決められたことをまずは評価しませんか。
それに相手の男性(Kさん)もいきなり女性宮家の話をされても困惑するだけでしょう。「もしかしたら自分も皇族になってしまうのか?」なんてかえって彼の不安を煽るだけではないでしょうか。

しかし解せないのは、宮内庁が正式に発表するよりも前になぜかNHKがこの一件を先に報じたらしいこと。
陛下の生前退位の一件も秋篠宮様とNHKのH記者が関係していましたし、秋篠宮家とNHKの親密さ(?)はどう解釈すればよろしいのでしょう?
公共放送が特定皇族とつながりが深いのは問題ではないでしょうか。


さて、眞子様の婚約をお祝いしておいて何ですが、残念ながらこの秋篠宮様ブログは中止する予定はございません。
眞子様の婚約と、秋篠宮様が皇嗣扱いとなり莫大な予算をもらえることになる件は、あくまで別物ですから。
眞子様は皇室を離れて民間人となっても、秋篠宮様はこれからも永久に皇族のままなのです。

いつの間に生物「博士」に??-秋篠宮様のハリボテ学歴 その4

国立総合研究大学院大学から謎の博士号を取得した後、秋篠宮様は今度はタイの複数の大学から名誉博士号を授与されています。

秋篠宮様のWikipediaより。

●1995年(平成7年)9月、タイ・カセートサート大学から名誉博士号(水産生物学)、ブーラパー大学から名誉博士号(理学)授与。
●1999年(平成11年)、タイ・コンケン大学から名誉博士号(水産学)授与。
●2001年(平成13年)8月、タイ・シーナカリンウィロート大学から名誉博士号(理学)、チュラーロンコーン大学から名誉博士号(理学)授与。
●2003年(平成15年)8月、タイ・ウボンラーチャタニー大学から名誉博士号授与。
●2007年(平成19年)3月、タイ・キングモンクット工科大学から名誉博士号(水産学)授与。
●2011年(平成23年)3月、タイ・カセートサート大学から名誉博士号、チェンマイ大学から名誉博士号授与。
●2012年(平成24年)11月、タイ・タンマサート大学ランシット校から名誉博士号(農業技術)授与。


見事にタイの大学ばかりですね(笑)。こちらでは家禽類ではなくて水産学での名誉博士号が多いです。「国内では家禽類(ニワトリ)、タイでは水産学(ナマズ含む?)」という区別をしているようにも見えます。
これらの情報は宮内庁HPには掲載されていません。
「秋篠宮様がタイに足繁く通っていた理由」は愛人がいたからか、研究と博士号のためなのかあるいは両方なのか…いずれにしても秋篠宮様は皇族なのですから、一つの特定国にここまでこだわるのはやはりおかしいと思います。

秋篠宮様がここまで異様に博士号取得にこだわられたこと、文系学部卒なのになぜかニワトリだのナマズだの生物を対象にしたことは傍から見ていて滑稽でもあります。

おそらく秋篠宮様は単純に「動物・生き物」を見るのがお好きなのでしょう。しかし、生物を自然科学的観点から専門的に研究するような頭脳は持ち合わせていない。だけどこのままでは「秋篠宮様はお勉強ができない、頭が良くない、女性にだらしない」という悪いイメージが付いて回ってしまう。

そこで周囲が苦肉の策で編み出したのが「大好きな生き物関連でハクを付けてイメージアップさせるためにその道の権威の協力を得た上での“ハリボテ”博士号の取得」という結論だったのではないかと思うのです。元々動物を見ることがお好きなら、それ関連で「研究したフリ」を続けることはあまり苦にはならなかったのではないでしょうか。
そして秋篠宮様を博士にして恩を売れば、自分たちも「おいしい思い」ができるようになる、という思惑もあっただろうと推測します。
イメージを回復したい秋篠宮様と、見返りを期待したい人々の思惑が合致した結果がこれだと思います。

秋篠宮様のこのハリボテ博士号や学歴は、現在まで秋篠宮様の公務にも影響しています。公務の件についてはまた別途検証したいと考えています。
秋篠宮様のハリボテ学歴と公務で色々な利権関係が形成されていることが分かります。


余談ですが、秋篠宮様は以前はナマズ研究が有名でしたが、実はナマズを「食べる」こともお好きだったとか。2008年に閉店してしまったようですが新大久保にあった「なまず家」というナマズ料理専門店がお好きでよく通っていらしたという噂も。
胃袋でもナマズを研究するなんて、よほどお好きだったんですねえ。でもそちらでは国内で博士号を取れなかったようで…

いつの間に生物「博士」に??-秋篠宮様のハリボテ学歴 その3

週刊文春1996年10月17日号にも、秋篠宮様の博士号取得に疑問を呈するような記事が書かれていました。以下引用いたします。

『秋篠宮ニワトリ研究博士論文の「水準」』

>ナマズではなく、家鶏の起源に関する研究で博士号授与に驚かれたむきも多いに違いない。クリントン大統領歓迎晩餐会欠席など、このところ何かと風当たりの強かった秋篠宮だが、これで一挙に汚名返上となるか。

>九月三十日。激しい雨の中、マスコミをシャットアウトして神奈川県葉山町にある国立総合研究大学院大学(総研大)の講義室で博士号の授与式が行われた。
集まった“新博士”は19名。その中に、秋篠宮(30)の姿があった。
お付きは警備の側衛だけで、完全なお忍び。
後ろに儲けられた一般関係者席では、学生の父母らに混じって、紀子さまが満足そうにその様子を眺めていた。

>「授与式の後に行われた茶話会にも殿下は出席され、若い女子学生との記念撮影にもきさくに応じていらっしゃいました」(総研大総務課長・馬場剛氏)

>ナマズ見物のためにクリントン大統領の歓迎晩餐会を欠席して批判されたり、女性問題が取り沙汰されたりと、このところ“御難”続きの秋篠宮だが、総研大の理学博士号取得に、この日ばかりは晴々とした気持ちだったにちがいない。

>まずはめでたい限りだが、一方で秋篠宮の順風満帆すぎる研究者としての門出に、手厳しい意見があるのも事実。遺伝学の研究者が指摘する。

>「秋篠宮さまを指導してきた五條堀教授といえば進化遺伝学のボス的存在。さらに、秋篠宮さまの過去三本の論文には、アメリカのシティ・オブ・ホープ研究所の大野乾先生が共同研究者として加わっている。大野先生は米国科学アカデミーの会員でノーベル賞候補とも言われる世界的権威。
無名の学者ではそんな先生と共同研究なんてなかなかできません。実際、秋篠宮さまがどこまでご自分で研究されたのか疑問です

>実際、ある宮内庁関係者は胸の内を語る。

>「昭和天皇にも学位の話はありましたが、『私の研究は趣味ですから』と常におっしゃり、 学問に対して謙虚な姿勢を持っていらっしゃった。しかも公務に差し支えないようにと いうことで、ご研究の範囲も相模湾とか、那須の御用邸に限られていたほどです。 それが皇族の伝統なのに、どうして突然、博士号なんだ、という感じはやっぱりしますね」


(記事終わり)

新潮と文春がほぼ同時期に同じような記事を書いていることは興味深いです。
そして双方とも、

●秋篠宮様がご自分の力だけで博士号が取得できたわけではないと推測できること
●研究成果は著名な共同研究者の力が大半を占めていたと思われること
●皇族なのになぜそこまで学位にこだわるのかということへの疑問


などが述べられています。
当時、マスコミをシャットアウトして完全お忍び状態で博士号の授与式に出席したのは「堂々と公開できるような話ではない」ということの表れだったのか、それとも「学位取得は完全にプライベートなことなので報道する必要がないと思った」からなのか…。

しかし、進化遺伝学のボス的存在と言われていた国立遺伝学研究所の五條堀孝教授が国立総合研究大学院大学の教授を併任していたからという理由だけでなぜ彼に白羽の矢が立ったのかまでは新潮も文春も追及していません。秋篠宮様が研究の対象をそれまでの「ナマズ」から「ニワトリなどの家禽類」に変更したのもこの辺りに理由がありそうに思うのですが。
(秋篠宮様は昭和61年から財団法人山階鳥類研究所総裁に就任されています。「鳥」関連でこの研究所も秋篠宮様に手を貸していた可能性は高そうです。)

五條堀孝教授はその後今上陛下とも「ハゼ」の遺伝子研究を共同して行うなど、皇室とのコネクションを強めているようです。

いつの間に生物「博士」に??-秋篠宮様のハリボテ学歴 その2

まずは週刊新潮1996年10月17日号の記事をご紹介します。

『秋篠宮に博士号をおくった変な大学』

>秋篠宮殿下といえばナマズ研究で有名だが、先月三十日、ニワトリの起源に関する研究で理学博士号を授与された。

なぜナマズがニワトリに変わってしまったのか。しかも学位をおくった「国立総合研究大学院大学」は名前もほとんど知られていない存在。なんとも唐突な印象。

>殿下は一昨年、タイのカセサート大学から魚類生物学の名誉博士号をおくられているのだが、自ら学位の取得には積極的だったようだ。

>母校の学習院大学や東大に提出せずに、神奈川県葉山町にある国立総合研究大学院大学という耳慣れない大学に学位の申請をしたのは不可解である。

>研究を手伝った国立遺伝学研究所の五條堀教授が、総研大の教授を併任していたこともあるのだろうが、そもそも総研大とはどういう大学なのか。

>同大の高畑尚之・教育研究交流センター長が説明する。

>「文部省はもちろん政財界から高度教育の必要性が叫ばれ、日本で初めて設立された大学院大学が総研大です。葉山の本部キャンパスは入学式や学位授与式を行う事務中枢があるだけで、学生はいません」

>「昭和天皇の考え方として、天皇や皇族は一般の学者と競合しない分野で研究するというものがあったんです。つまり、自分の学説を発表すれば他の人の学説と論争になる可能性がある。ですから、昭和天皇は海洋生物のヒドロゾアを敢えて選んだのです。生物学者は何度か学位をと申し入れましたが、名誉博士号をもらうことはあっても、博士号はお受けにならなかった。天皇陛下も皇太子時代に学位の話がありましたが、“いやあ、いいよ”と、ご遠慮なさいました」と、あるベテラン皇室記者は話す。

>昭和天皇も、ハゼの研究をされている天皇陛下も、またオリエント古代史に詳しい三笠宮殿下も博士論文に値する業績を残されているが、学位論文は提出されていない。

>「殿下の場合は研究環境があまりにも恵まれています。協力者や相談相手がまわりにたくさんいますし、標本にしても材料にしても欲しいと言えばどんどん持ってくるでしょう。しかし、皇族はあくまで公務優先で学問は趣味ですからね」(先のベテラン記者)

>そして、実際に家禽の専門家からこんな声もあがっているのである。
家禽学会のなかに殿下とまったく同じ研究をしていたライバルの学者がいたのです。もちろんこの世界は先手必勝ですし、早く発表して印刷物にした方が勝ちなのは分かっています。もたもたして自説を発表しなかったその学者にも非があるんです。でも、ひとりで研究している一介の学者と殿下では相手になりません

>あらぬ誤解を受けることになれば、皇室全体に与える影響は少なくない。


(記事終わり)

国立総合研究大学院大学は今でこそ下記のような立派なHPまで設けている施設ですが、1988年に設置された新しい施設であり当時は「歴史も実績もない無名の教育機関」という目で見られていても不思議ではなかったかもしれません。日本で初めての博士課程専門の国立大学院大学であり次世代の研究者を養成することを目的としているようです。

国立総合研究大学院大学公式HP
ttps://www.soken.ac.jp/

国立総合研究大学院大学は当初は東京工業大学長津田キャンパス内に設置されていました。
しかし平成6年(1994年)、神奈川県の斡旋により葉山町に本部を設置することが決まったとのことです。本部用地は三井不動産からの寄附により取得したようです。
葉山町といえば天皇家の御用邸があることで有名です。
平成7年(1996年)に本部が移転し、秋篠宮様は同年9月30日にこの本部で博士号を授与されています。

上記新潮記事には「本部には事務中枢があるだけであり学生はいない」と書かれていますが、その後葉山町キャンパスにはどんどん大学の施設が増えていき大規模な機関となっていきました(上記公式HPの「沿革」を見るとよく分かります)。

秋篠宮様に博士号を授与した当時は「変な大学」「無名」と言われていた国立総合研究大学院大学、現在ではそこまで馬鹿にできる機関ではなくなっている感じがします。

しかし「秋篠宮様への博士号付与」と「大学本部の移転と規模の拡大」のタイミングが合致するのは何か都合が良すぎると感じるのは気のせいでしょうか?

なお、文春も全く同時期に同じような内容の記事を出しています。それは次のページで引用させていただきます。

いつの間に生物「博士」に??-秋篠宮様のハリボテ学歴 その1

秋篠宮様が「ナマズ」に関心があり研究(?)をしていたことは有名ですね。「ナマズ殿下」と呼ばれていたこともありました(今も一定世代以上の国民にはその愛称で十分通じます)。

しかし、秋篠宮様は元々「学習院大学法学部政治学科」ご卒業なのです。それがいつの間にかナマズなどの生物研究者扱いとなり、いつの間にか「理系学者」のような感じで報道されるようになりました。

宮内庁HPの秋篠宮様ご略歴・ご学歴のページには下記のように掲載されています。

昭和63年 学習院大学法学部政治学科ご卒業
昭和63年~平成2年 英国オックスフォード大学大学院動物学科にてご修学
平成8年 理学博士(国立総合研究大学院大学)


政治学科卒業から動物学科、そして理学博士という飛躍は訳がわからないことになっています。

ちなみに今上陛下の弟君である常陸宮様のご学歴は下記のように掲載されています。

昭和33年 学習院大学理学部化学科ご卒業
昭和44年~平成13年1月 (財)癌研究会癌研究所客員研究員

こちらは違和感がありません。

しかし、美智子様は昭和62年10月15日の会見で、秋篠宮様の研究についてこう述べられています。

>礼宮は、大学の政治学科で勉強しておりますが、これと並行して御所で生物学や動物学、博物館学など自然科学10科目ほどをそれぞれ専門の教授の下でこの3年間学び続けてきました。
(『新天皇家の自画像 記者会見全記録』薗部英一編より)


また秋篠宮様は政治学科所属の頃から財団法人進化生物学研究所(旧東京農業大学育種学研究所)で家禽類研究に従事し、昭和61年から財団法人山階鳥類研究所総裁に就任しているとのこと。秋篠宮様が昭和60年に「自然文化研究会」というサークルを作っていたことは有名ですが、このサークルが純粋な研究サークルでなく「恋人を見つけるための合コン的サークル」であったこともバレています(川嶋紀子さんもここに所属していた)。このサークル活動が高じて生物研究に従事するようになったというには少し無理があると思います。

それに「そんなに生物に関心があるなら最初から生物学を学べる大学や学部に行くか、転部すればいいのに」と国民は思うわけですが、秋篠宮様は学力が足りなくて(噂の真相過去記事でも「大学時代はまったく勉強せず成績はほとんど最下位、同じ学年からは落第生を一人も出せなかった」と書かれてしまっていたほど)希望の学部に行けず「それなら外部から複数の専門家を呼び付けて学んだり、皇族の地位を利用して研究所に従事すればよい」と判断したということでしょうか?随分手間と費用をかけた「家庭教師」だな、と思います。
まあ何事にも興味を持って「学びたい」と思うこと自体は悪くありません。皇族の多くはそれぞれ興味ある分野をお持ちになって研究を続けている方が多くいらっしゃいますから。

しかしそれを「博士号」だの何だのと学歴に結び付けようとするのは何かが違うと思ってしまいます。

秋篠宮様の「学歴」や「博士号」については過去の雑誌も疑問を呈するような記事を書いていました。ページを改めて記事を紹介したいと思います。

旅先でも気まぐれ、自由気ままに

今回は慈善奉仕団体であるロータリークラブの会報から、秋篠宮様の人となりについて触れたいと思います。

2007年~2008年度 広島廿日市ロータリークラブ会報
ttp://www.kaitekiteian.com/hhrc/kaihou_pdf/no285.pdf

上記会報には、K料理学園校長を務めていたK氏が秋篠宮様とのエピソードについて述べた内容が掲載されています。

(以下引用)

<秋篠宮殿下と私の料理にまつわるエピソード>

(前略)
演題は秋篠宮殿下と私の料理にまつわるエピソードということで、短い時間ですが、
お話をさせていただきます。 
殿下は三次の湧永製薬株式会社においでになり、遺伝に関する研究をされておられます。

平成5年5月18日と平成8年6月18日の2回、殿下のお食事を担当させていただきました。
殿下は木のぬくもりがお好きなようで、和風が良いとのことでした(お宿は環翠楼でした)。

平成5年5月のお献立で私は広島名物・小イワシを加えてみたところ、
青魚より白身魚に、とのこと。ビックリしました。


また三次ということでアユを、と思っておりましたが、5月でアユが解禁でないため、
ヤマメをお庭で焼き、部屋から殿下に見ていただきながら食事をしていただき、
たいへん喜ばれたようでした。

殿下はお帰りになられますと、最初にお食事をされ、次にお湯に入られます。
その後、浴衣になられます。そのときにはピリ辛の酒肴料理をいただきながら
メコン酒を楽しまれます。 


ギターを弾きながら午前2時ごろまで(関係者の皆さんも)飲まれた後、仕上げに
ウオッカをお飲みになられ、お休みされます。


前もって、殿下は朝食を食べられませんとのことでした。
ところが、関係者(15名ほど)が広間にて朝食をされている所に殿下がおいでになり、
「美味しそうだから、私(殿下)も朝食をいただきます」と言われ、私もビックリしました

2~3人分は余分に作っており、すぐに朝食のご用意ができて良かったとホッとしました
(一つひとつが緊張の連続でした)

平成8年6月18日のときには、アユを野立てして焼きました(殿下は鵜飼にも行かれた
ようでした
)。今回はぜひ殿下の前で料理を、と思って献立を考えてみました。
酔っ払った海老を目の前で茹で、タレをつけていただく料理にしましたが、はたして
その海老の殻を剥いて殿下に差し上げるのか、そのままで良いのか、頭が真っ白になり、
とりあえずそのままお出ししましたところ、殿下から 「殻を取ってください」 と言われ
ホッとしました。

まだまだいろいろとお話がありますが、殿下は気さくでお話上手な方であられ、
いろんな方々にお声をかけておられました。
私の心に残る料理であったと感謝いたしております。
言葉では表せない、殿下のお人柄でした。

本日はありがとうございました。(後略)


(引用終わり)

湧永製薬で秋篠宮様が遺伝子研究??という点にまず引っかかりますが、この点は後ほど別に検証したいと思います。ちなみに湧永製薬は「キヨーレオピン」が有名ですね。

K氏の講演内容、言葉を選んではいますが秋篠宮様に対する複雑な感情が何となく感じ取れるように思います。
プロの料理人がせっかく「この食材がベスト」と考えておもてなし料理を作ったのに「○○は嫌だから△△に変えてほしい」とは秋篠宮様は無粋すぎやしませんか。

そして事前に「朝食はいらない」と伝えていたのに当日朝になっていきなり「自分も食べたい」と言い出して急きょ用意させるとは…秋篠宮様は行く先々で全てがこの調子で、おもてなししてくれる人々を気まぐれで振りまわしているのか?ということが伺えるエピソードですね。

そして遺伝子研究よりもこちらが旅の主目的?と思えるほど、食事して温泉に入って酒を飲んで楽器をかき鳴らして夜遅くまで遊んでいる…本当に楽しそうで羨ましい限りです。「メコン酒」というタイアイテムがこんな所にも(笑)。
秋篠宮様がこの時に宿泊した環翠楼、素敵な旅館ですね。詳しくは下記HPをご覧ください。
ttp://www.kansuiro.co.jp/

2017年現在まで秋篠宮様は日本各地で「公務」「研究」「慰問」「慰霊」と称しては宿泊を伴う旅行を続け、夜はお楽しみの…ということを行っています。この点は秋篠宮様のご活動を検証する際に改めて見ていきたいと思っています。

しかしこういうお気楽旅行も、ただの天皇の次男・ただの一宮家の当主だから可能なことだと思います。皇太子殿下はこのようなお気楽旅行は望めなかったのではないでしょうか。こんな自由で楽しそうな人生を子どもの頃から味わってしまった50過ぎの男性が、今更皇嗣扱いで節制した生活など送れるわけがないと考えてしまうわけです。

皇嗣扱いされ皇位継承順位1位をキープしておきながら「活動は従来通り一宮家として自由気ままにやりたい」というのはあまりにも虫がよすぎやしませんか?

「皇嗣殿下」呼びはなくなったものの…

12日は天皇退位特例法案の全文が報道されました。法案は19日に国会に提出されるとのこと。

秋篠宮様を「皇太子」「皇太弟」と呼ぶことは早々と却下となり「皇嗣殿下」という呼称も法案に盛り込むことは断念したようですが、「特例法の3分の1は皇嗣に関することじゃないか?」と鼻白んでしまうほどのお粗末な内容でした。もはや「退位特例法」ではなく「皇嗣特例法」とでも名称変えれば?と思いたくなりました。

「皇嗣殿下という呼称を明文化することはできなかった」という点で少しはこちらの抗議が効いた?と思いたいのですが、予算が3倍に大幅増加する件や皇嗣職の件など、ほかの取り扱いは最終報告書とほとんど変化がありません。
ですから引き続き「秋篠宮様は皇嗣扱いされていい方ではない」という点を検証し続けること、政府や関係者に意見を送り続けることが重要だと思っています。
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