女性宮家は両陛下と秋篠宮家の“悲願”5~女性宮家案に手を付けない安倍政権に“恨み骨髄”な両陛下
今回は女性宮家問題記事のひとつの区切りとして、タイトルからして強烈な印象を与えるものをご紹介いたします。
週刊新潮 2017年12月14日号
特集「皇室会議は茶番! 女性宮家も泡と消えた!!
安倍官邸に御恨み骨髄 天皇陛下が「心残りは韓国……」
31年4月30日。あくまでも儀礼的で、いわば茶番の皇室会議を経て、平成の終焉日が決まった。天皇陛下が望まれてきた女性宮家創設は泡と消え、それを打ち砕いた安倍官邸に御恨み骨髄だという。更に、心残りとして「韓国」の2文字をあげていらっしゃるのだ。
(※「週刊新潮」2017年12月14日号が掲載した本記事について、12月14日に宮内庁から抗議がありました。週刊新潮編集部の見解は文末に掲載します)
去る12月1日、9時45分から宮内庁3階の特別会議室で開かれた皇室会議において、平成が「31年4月30日」で終わることが固まった。
「衆院副議長の赤松(広隆)さんが“退位は3月末がいい”と意見具申した以外は事前報道の通り、『4月30日退位、5月1日新天皇即位』という日程に異論は出なかったようです。あくまでも“儀式”ですからね」
と、政治部デスク。
年初に産経が「元日即位」と報じれば、今年10月に朝日が「4月1日即位」と1面トップで書いたように、退位日についてメディアを巻き込む恰好で、官邸と宮内庁の綱引きが浮かび上がっていた。ともあれ、陛下が昨年8月、映像に「おことば」を託されてから宙ぶらりんだった、退位問題に決着がついたわけだ。
もっとも、この1年4カ月のあいだにも、そしてそれ以前にも、天皇陛下と安倍首相との相克は尽きないのである。そして、侍従職関係者はこんなふうに打ち明ける。
「陛下は、“心残りがあるとしたら……”という言葉を口にされています。具体的には、女性宮家を創設できなかったこと、そしてアジアで訪問していない国があること、ですね」
◆「忖度決議案」
まず、女性宮家から触れることにしよう。
「野田政権時代にうまく行きそうだったのに、2012年12月に安倍政権が発足してダメになったという意識をかなりお持ちになってこられました。女性宮家が固まれば、小泉政権下の05年時点の世論調査で80%が“支持する”と答えていた女性天皇の議論も深まっていくかもしれない。陛下は喜怒哀楽の感情を表に出すことを決してされないのですが、それでも安倍さんには御恨み骨髄、という表現がぴったりくるのではないでしょうか。これだけ陛下の思いを蔑ろにした首相は前代未聞だと言えます」(同)
野田前首相が消費増税や衆院定数の削減に傾倒しなければ、“近いうち”と表明した解散を回避して政権交代をもう少し先延ばしできていれば……。いたずら好きの神様は確かにいて、皇室の命運と安倍官邸とは密接不可分だったことがわかる。
そして「皇室典範のあり方」について長らくかかわってきた人物は踏み込んで、
「女性宮家の問題が“困難”と判断された結果、退位へぐっと舵を切っていかれたように感じています。つまり、頓挫したことにがっかりされたのではないでしょうか。それでも陛下は“一矢報い”ようとなさった。それが、『付帯決議案』に現れています」
先の通常国会で、天皇陛下の退位を実現する特例法案が可決。その中に、安定的な皇位継承策として「女性宮家」創設の検討などを盛り込んだ付帯決議案も議決されていることを指す。
「この付帯決議を盛り込むように国会で動いたのは野田前首相ですが、そういう流れができないかと、側近を通じて陛下は意思表示されています。それくらい女性宮家への思い入れが強かったのです。次代の皇太子さまには愛子さましかいらっしゃらず、仮に女性宮家の議論を喚起しようとしても当事者となってしまうから適当ではない。したがって、この議論は終了したと陛下はもちろん理解されているわけですが、それでも“最後の抵抗”をされたのでしょう」(同)
そして、“昔からある皇室をそのままの形で続けるべし”と考える保守系の人たちに対して、こんな感想を漏らす。
「男系男子にこだわり続けている彼らは、悠仁さまに皇室の未来のほとんどを賭けるようなスタンスを採っています。しかし、それは現実的には難しい。ならば女性天皇や女性宮家などといった対応策を考えるほかないというのは極めて合理的だと思います」(同)
陛下の思いの根底には、そういった“時代のリアリティ”があったと斟酌するのだった。
◆“首相と話してみるかな”
“時代のリアリティ”については、例えば、秋篠宮さまの誕生日会見にも現れている。記者が「皇位継承のあり方という問題について議論がほとんど進んでいない現実」について伺うと、秋篠宮さまは、
<(略)議論が進んでいない、確かに進んでいないのですけれども、そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね(略)>
と回答なさっている。
「普通なら“そうですか”で終わることなのに、そのような答え方をされたというのは非常に意味ありげですね。陛下を含め皇族方のお考えとしても受け止められると思います」(先の皇室典範にかかわる人物)
陛下とは学習院初等科から高等科まで「ご学友」だった榮木和男さんは、
「去年クラス会をやった際に陛下にお会いしましたが、譲位については何もおっしゃらなかったです。200年もなかったことですから、簡単に口に出すわけにもいかないということでしょう」
とし、こう“合理性”を口にする。
「昭和天皇崩御の時は大変でしたよね。あの前後には国の色んなことが事実上ストップしてしまったでしょう。香淳皇后も亡くなられるまでずいぶん臥せっておられた。今回の生前退位に関しては、おふたりを見送られたご経験から、合理的に考えて決断されたのだと思います。ただ、すべてが思い描いた通りになったわけではないでしょう。安倍政権になってから色々なことが進まなくなったという状況があって、陛下が焦りのようなものを感じておられたのは当然そうだと思います。自分たちが言い出さないと、誰も何もしてくれないということがだんだんわかってこられた。それで、異例かもしれませんが、ああいう形の『お気持ち表明』になったんじゃないでしょうか」
他方、安倍首相のブレーンで“保守系の人たち”にあたる八木秀次麗澤大教授は、「女系女性容認」で固まっていた小泉内閣時代の話を披露する。
「安倍さんが官房長官に就任(05年10月)した際に、女性宮家の問題点について私が安倍さんに説明をさせていただいた経緯があります。“首相が決断している以上、政治家としては反対できない”と安倍さんは当初渋るような態度もありましたが、最後には“よくわかった。首相と話してみるかな”と。それから安倍さんは、女性宮家が女系天皇容認に繋がることもよくわかっておられます。だからこそ、“男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえつつ”(17年1月26日衆議院予算委員会)と発言しているわけです」
◆官邸の“気苦労”
なるほど、もともと安倍首相は、女性宮家や女性天皇に否定的だったわけではない。逆に、明治生まれの祖父以降養ってきた「皇統に対する考え方」を平成の時代に花開かせた、ということでも全くない。八木教授の“説明”に従った結果が、現在の安倍首相の姿勢に繋がっているということになる。
続いて、陛下の「おことば」について、八木教授の話を通じ、安倍首相の心のうちを覗いてみよう。
「憲法は第4条第1項に、天皇は国政に関する権能を有しないと定めています。つまり、天皇は政治的な言動をしてはならない。また、政府としても、天皇の発言を受けて動いてはいけませんし、国会も天皇の発言を受けて法律を制定するようなことがあってはいけないというのが憲法の趣旨です。また、皇室典範も終身在位制をとっており、天皇が生前退位することを想定していません。しかし、事実としては天皇陛下のご発言があって政府が動き、有識者会議が設置され、さらに国会はそのご発言を受けて特例法を制定しました。しかも、内々に陛下のご意思が政府に伝えられたわけではありませんよね」
そして、官邸の重ねている“気苦労”を代弁するのだった。
「政府、内閣法制局はいかに憲法に抵触しない形で特例法を成立させるのかに苦慮していました。だから、(先述の特例法の)〈趣旨〉の第1条に“国民は、(中略)この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること”など、特例を認める説明をしているわけです。また今回の皇室会議において、即位の日付が5月1日で決まったことについても、“平成30年まで”という陛下のご意向を尊重し、官邸は元日で進めようとしていました。しかし、陛下が1月7日予定の『昭和天皇三十年式年祭』をご自身で執り行なわれたい旨が伝えられてきた。その結果、今の日付に落ちついたということなのです」(同)
◆「韓国訪問」をご相談
さて、陛下の心残りのもうひとつ、「アジアで訪問していない国」とは、他ならぬ韓国を指すのだという。
「陛下は皇太子時代から現在に至るまで、一度も訪韓されていません。中国へはちょうど四半世紀前に訪問されているのですが……」
と、宮内庁担当記者。先の侍従職関係者も、
「陛下は韓国には一番行きたかったんじゃないでしょうか。それを迎えてくれるような状態だったら良かったんですけど。李王朝に嫁いだ方もいますし、そういう意味で特別な思いがあったでしょう」
とはいえ、12年8月には当時の李明博大統領が「天皇による謝罪要求」をぶちあげている。
ここ1年に限っても、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した日韓合意を反故にした。挙句、11月にトランプ米大統領が訪韓した際には、晩餐会に元慰安婦を出席させ、「独島エビ」が供されたりした。
さすがに真冬のソウルよりも冷え込んだ両国関係にあって訪韓はなかろうというのが衆目の一致するところだが、前出の八木教授は、
「陛下は実際に『韓国訪問』の可能性についてお考えになっていた形跡があります。というのも、陛下よりその件で相談を受けたという方に、ひとり挟む形ですが、実際に聞いているからです。もちろん、ご在位中に訪問されたいという内容でした」
と証言するくらいだから、かなり前向きな姿勢であったと推察されるのだ。
最後に、政府は目下、即位の礼を国事行為として位置づけ、その中に譲位の儀式を入れることにしようか、など議論を進めている。そんな中で、ある官邸関係者はこんな打ち明け話をする。
「最近耳にしたのが、陛下が華やいだ雰囲気で皇居を去りたいお気持ちを持っていらっしゃるということ。具体的には、一般参賀のような形で国民に対してメッセージを発し、そのうえでパレードをしたいと考えておられるようです。その一方で官邸は、粛々と外国の賓客も招かずに静かにやりたいという考えがあって、そこで宮内庁とせめぎ合いをしていると聞いています」
***
【抗議に対する週刊新潮編集部の見解】
本記事のテーマとなっている内容につきましては、官邸関係者や宮内庁関係者、そして霞が関関係者などに対して長期綿密に取材を行なってきました。記事はそのなかで得られた情報を基に構成されたものです。摘示した事実はとりわけ機微に触れる内容であり、むろん情報源について明かすことはできませんが、その中身については真実であると確信しています。
(記事終わり)
上記新潮記事は、女性宮家が両陛下の強いご希望であり、その希望を潰した安倍政権にかなりの“恨み”を持っていること、そして政治的権能を有してはいけないはずの陛下の言動によって官邸(政府)が相当苦慮し続けたこと、を改めて国民の目の前に突き付けてくれています。
私は基本的に安倍政権は評価できないと感じていますし、男系男子固執派である八木秀次氏の考え方もまったく評価しておりません。しかし皮肉なことに、天皇の生前退位の一件に関しては、安倍政権や八木氏の捉え方の方が正しいと言わざるを得ない一面があるのです。
天皇は政治的発言を行ってはいけないし、政府もそれを受けて行動してはならない。それなのに平成の天皇陛下は、それを行ってしまった。だから官邸(政府)が頭を悩ませ、苦労を強いられた。この事実は忘れてはならないと思うのです。
よく天皇万歳の保守派などが、「安倍政権は陛下のおっしゃることをすべて聞け!陛下のご希望に添えない政府は非国民!」と、的外れなことを言っています。しかし、彼らは憲法の天皇に関する条文を知らないのだろうか?という疑問しか湧きません。国民が常に天皇のご希望を100%全力で受け入れていたら、もはやこの国は民主国家ではなくなりますし、主権者は国民であるという前提も崩壊してしまいます。
ところで、上記新潮記事は、女性宮家についてちょっと誤解しているのではないか?と思えました。
上記記事は「両陛下が女性宮家を熱望するのは、女性天皇・女系天皇につなげたいためである」と考えているフシがありますが、これは新潮の勘違いと思われます。
何度も指摘するように、両陛下は女性天皇など望まれていませんし、敬宮愛子様が天皇になることにも反対していました。ですから秋篠宮ご夫妻に第三子=悠仁様を作ることをお許しになったのです。
当然、女性宮家案も小泉総理時代の案ではなく、野田総理時代の「一代限りの継承権を持たない、公務要員としての女性宮家」案です。新潮記事は敬宮様が皇太子になる可能性や女帝になる可能性についても触れていますが、両陛下はまずそのようなことは考えていないはずです。両陛下はあくまでも「悠仁天皇を支える補助機能としての女性宮家」しか望んでいないのです。
この辺りに両陛下のお考えと新潮の見方にズレがあると思いました。
しかし安倍政権はあくまでも「そんなこと言っても女性宮家は女性皇族の継承権(女帝・女系)につながりかねない」という危惧を持っていたのでしょう。だから女性宮家案を白紙に戻しました。
そして安倍政権が行ったことと言えば、生前退位法案のドサクサに紛れて、同時に秋篠宮様を皇嗣という奇妙な地位に引き上げてしまったという愚策。
もし両陛下が本当に敬宮様を女帝にしたいために女性宮家を望んでいるのなら、「秋篠宮皇嗣案」など話が違うと思われるはずです。ところが両陛下はむしろこの「秋篠宮皇嗣案」をスンナリ受け入れ、この件については安倍政権に不満を漏らしたことがないのです。むしろ両陛下は「秋篠宮皇嗣案」は、敬宮様の立太子の道を阻止するために歓迎しているように思われます。
八木氏や安倍政権は、陛下の生前退位に関しては納得のいく説明をしていました。
しかしこの「秋篠宮皇嗣案」ですべてが台無しになりました。
結局、「敬宮様を女帝にしたくない」という両陛下の思いと、「女帝女系天皇など許さない、男系男子継承を維持すべし」と考える安倍政権の考えが見事に一致した結果が、この「秋篠宮皇嗣案」だったのです。
実の祖父母である両陛下と、時の政府双方から「貴女は皇位継承者の中に入れてないし、眼中にないから」と言われてしまったも同然の敬宮愛子様のお気持ちを考えると本当においたわしいです。あまりにも一人の皇族に対して失礼ではないのでしょうか。しかも敬宮様は東宮家の唯一の内親王であり、天皇直系のお子様なのにです。
韓国訪問希望に関しては、「絶対に行ってはいけない」の一言に尽きます。
複雑で長期にわたる政治的紛争を抱えている国への訪問は議員や官僚でも慎重になるべきであり、天皇や皇族が安易に行ってよい場所ではありません。
両陛下は韓国に行って、何をしたいのでしょうか?謝罪?土下座?半永久的に賠償金を払い続けるという約束?
いや、そんなこと、絶対に天皇や皇族がしていいはずがありません。
何度も言うように天皇や皇族は政治的責任を一切負わないからです。
無責任に韓国訪問して無責任な行動をとられても、天皇や皇族は一切政治的責任を負うことがありません。
そのツケは結局国民が負うことになってしまうのです。
仮に両陛下が「もし自分たちが行けないなら、新天皇皇后が代わりに韓国に行ってほしい」と言い出したら、それも全力で阻止しなければいけません。何かあった時に責めを負うのは新両陛下になることが目に見えてしまいますが、それはあまりにも理不尽です。もちろん、ほかの皇族にも韓国訪問を望んではいけないことです。
(高円宮ご夫妻は皇族として初めて公式に韓国訪問されていますが、それはあくまでも日韓ワールドカップ関連で、サッカー協会名誉総裁として行かざるをえなかっただけであり謝罪行脚などとは同一視してはいけません)。
生前退位といい秋篠宮皇嗣といい、女性宮家といい、韓国訪問希望といい、両陛下は後々まで禍根を残すような言動を繰り返されてきました。
この一連の言動は、決して許されることではなかったと思いますし、「賢帝」がすることではなかったと断言できます。
最後に、上記新潮記事の終わりの箇所(退位の礼に関する部分)について宮内庁は「陛下はそんなこと思っていない」と反論してきましたが、新潮はあくまでも記事の内容には自信を持っていると再反論しています。
私はどちらかというと、新潮の言い分の方が合っているような気がします。
両陛下のこれまでの言動を見る限りでは、大人しく質素に地味に退位できる方々ではないと思われるからです。
「新天皇陛下の即位の礼を簡素化する」というニュースが出たのに退位の礼を華やかにすることが難しくなったので、仕方なく「そんなことは思っていない」と反論せざるをえなかっただけだと思います。
ちなみに宮内庁の反論は下記HPから見ることができます。
「週刊新潮」(平成29年12月14日号)の記事について
反論している箇所が最後の退位礼に関してだけであり、そのほかのことについては反論を行っていないということで色々察することができますね。
今回の記事で「女性宮家悲願シリーズ」はいったん打ち止めにしますが、現在もまだ小室親子に関する記事が雑誌を賑わせており、眞子様問題が収拾する気配はありませんね…。
週刊新潮 2017年12月14日号
特集「皇室会議は茶番! 女性宮家も泡と消えた!!
安倍官邸に御恨み骨髄 天皇陛下が「心残りは韓国……」
31年4月30日。あくまでも儀礼的で、いわば茶番の皇室会議を経て、平成の終焉日が決まった。天皇陛下が望まれてきた女性宮家創設は泡と消え、それを打ち砕いた安倍官邸に御恨み骨髄だという。更に、心残りとして「韓国」の2文字をあげていらっしゃるのだ。
(※「週刊新潮」2017年12月14日号が掲載した本記事について、12月14日に宮内庁から抗議がありました。週刊新潮編集部の見解は文末に掲載します)
去る12月1日、9時45分から宮内庁3階の特別会議室で開かれた皇室会議において、平成が「31年4月30日」で終わることが固まった。
「衆院副議長の赤松(広隆)さんが“退位は3月末がいい”と意見具申した以外は事前報道の通り、『4月30日退位、5月1日新天皇即位』という日程に異論は出なかったようです。あくまでも“儀式”ですからね」
と、政治部デスク。
年初に産経が「元日即位」と報じれば、今年10月に朝日が「4月1日即位」と1面トップで書いたように、退位日についてメディアを巻き込む恰好で、官邸と宮内庁の綱引きが浮かび上がっていた。ともあれ、陛下が昨年8月、映像に「おことば」を託されてから宙ぶらりんだった、退位問題に決着がついたわけだ。
もっとも、この1年4カ月のあいだにも、そしてそれ以前にも、天皇陛下と安倍首相との相克は尽きないのである。そして、侍従職関係者はこんなふうに打ち明ける。
「陛下は、“心残りがあるとしたら……”という言葉を口にされています。具体的には、女性宮家を創設できなかったこと、そしてアジアで訪問していない国があること、ですね」
◆「忖度決議案」
まず、女性宮家から触れることにしよう。
「野田政権時代にうまく行きそうだったのに、2012年12月に安倍政権が発足してダメになったという意識をかなりお持ちになってこられました。女性宮家が固まれば、小泉政権下の05年時点の世論調査で80%が“支持する”と答えていた女性天皇の議論も深まっていくかもしれない。陛下は喜怒哀楽の感情を表に出すことを決してされないのですが、それでも安倍さんには御恨み骨髄、という表現がぴったりくるのではないでしょうか。これだけ陛下の思いを蔑ろにした首相は前代未聞だと言えます」(同)
野田前首相が消費増税や衆院定数の削減に傾倒しなければ、“近いうち”と表明した解散を回避して政権交代をもう少し先延ばしできていれば……。いたずら好きの神様は確かにいて、皇室の命運と安倍官邸とは密接不可分だったことがわかる。
そして「皇室典範のあり方」について長らくかかわってきた人物は踏み込んで、
「女性宮家の問題が“困難”と判断された結果、退位へぐっと舵を切っていかれたように感じています。つまり、頓挫したことにがっかりされたのではないでしょうか。それでも陛下は“一矢報い”ようとなさった。それが、『付帯決議案』に現れています」
先の通常国会で、天皇陛下の退位を実現する特例法案が可決。その中に、安定的な皇位継承策として「女性宮家」創設の検討などを盛り込んだ付帯決議案も議決されていることを指す。
「この付帯決議を盛り込むように国会で動いたのは野田前首相ですが、そういう流れができないかと、側近を通じて陛下は意思表示されています。それくらい女性宮家への思い入れが強かったのです。次代の皇太子さまには愛子さましかいらっしゃらず、仮に女性宮家の議論を喚起しようとしても当事者となってしまうから適当ではない。したがって、この議論は終了したと陛下はもちろん理解されているわけですが、それでも“最後の抵抗”をされたのでしょう」(同)
そして、“昔からある皇室をそのままの形で続けるべし”と考える保守系の人たちに対して、こんな感想を漏らす。
「男系男子にこだわり続けている彼らは、悠仁さまに皇室の未来のほとんどを賭けるようなスタンスを採っています。しかし、それは現実的には難しい。ならば女性天皇や女性宮家などといった対応策を考えるほかないというのは極めて合理的だと思います」(同)
陛下の思いの根底には、そういった“時代のリアリティ”があったと斟酌するのだった。
◆“首相と話してみるかな”
“時代のリアリティ”については、例えば、秋篠宮さまの誕生日会見にも現れている。記者が「皇位継承のあり方という問題について議論がほとんど進んでいない現実」について伺うと、秋篠宮さまは、
<(略)議論が進んでいない、確かに進んでいないのですけれども、そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね(略)>
と回答なさっている。
「普通なら“そうですか”で終わることなのに、そのような答え方をされたというのは非常に意味ありげですね。陛下を含め皇族方のお考えとしても受け止められると思います」(先の皇室典範にかかわる人物)
陛下とは学習院初等科から高等科まで「ご学友」だった榮木和男さんは、
「去年クラス会をやった際に陛下にお会いしましたが、譲位については何もおっしゃらなかったです。200年もなかったことですから、簡単に口に出すわけにもいかないということでしょう」
とし、こう“合理性”を口にする。
「昭和天皇崩御の時は大変でしたよね。あの前後には国の色んなことが事実上ストップしてしまったでしょう。香淳皇后も亡くなられるまでずいぶん臥せっておられた。今回の生前退位に関しては、おふたりを見送られたご経験から、合理的に考えて決断されたのだと思います。ただ、すべてが思い描いた通りになったわけではないでしょう。安倍政権になってから色々なことが進まなくなったという状況があって、陛下が焦りのようなものを感じておられたのは当然そうだと思います。自分たちが言い出さないと、誰も何もしてくれないということがだんだんわかってこられた。それで、異例かもしれませんが、ああいう形の『お気持ち表明』になったんじゃないでしょうか」
他方、安倍首相のブレーンで“保守系の人たち”にあたる八木秀次麗澤大教授は、「女系女性容認」で固まっていた小泉内閣時代の話を披露する。
「安倍さんが官房長官に就任(05年10月)した際に、女性宮家の問題点について私が安倍さんに説明をさせていただいた経緯があります。“首相が決断している以上、政治家としては反対できない”と安倍さんは当初渋るような態度もありましたが、最後には“よくわかった。首相と話してみるかな”と。それから安倍さんは、女性宮家が女系天皇容認に繋がることもよくわかっておられます。だからこそ、“男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえつつ”(17年1月26日衆議院予算委員会)と発言しているわけです」
◆官邸の“気苦労”
なるほど、もともと安倍首相は、女性宮家や女性天皇に否定的だったわけではない。逆に、明治生まれの祖父以降養ってきた「皇統に対する考え方」を平成の時代に花開かせた、ということでも全くない。八木教授の“説明”に従った結果が、現在の安倍首相の姿勢に繋がっているということになる。
続いて、陛下の「おことば」について、八木教授の話を通じ、安倍首相の心のうちを覗いてみよう。
「憲法は第4条第1項に、天皇は国政に関する権能を有しないと定めています。つまり、天皇は政治的な言動をしてはならない。また、政府としても、天皇の発言を受けて動いてはいけませんし、国会も天皇の発言を受けて法律を制定するようなことがあってはいけないというのが憲法の趣旨です。また、皇室典範も終身在位制をとっており、天皇が生前退位することを想定していません。しかし、事実としては天皇陛下のご発言があって政府が動き、有識者会議が設置され、さらに国会はそのご発言を受けて特例法を制定しました。しかも、内々に陛下のご意思が政府に伝えられたわけではありませんよね」
そして、官邸の重ねている“気苦労”を代弁するのだった。
「政府、内閣法制局はいかに憲法に抵触しない形で特例法を成立させるのかに苦慮していました。だから、(先述の特例法の)〈趣旨〉の第1条に“国民は、(中略)この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること”など、特例を認める説明をしているわけです。また今回の皇室会議において、即位の日付が5月1日で決まったことについても、“平成30年まで”という陛下のご意向を尊重し、官邸は元日で進めようとしていました。しかし、陛下が1月7日予定の『昭和天皇三十年式年祭』をご自身で執り行なわれたい旨が伝えられてきた。その結果、今の日付に落ちついたということなのです」(同)
◆「韓国訪問」をご相談
さて、陛下の心残りのもうひとつ、「アジアで訪問していない国」とは、他ならぬ韓国を指すのだという。
「陛下は皇太子時代から現在に至るまで、一度も訪韓されていません。中国へはちょうど四半世紀前に訪問されているのですが……」
と、宮内庁担当記者。先の侍従職関係者も、
「陛下は韓国には一番行きたかったんじゃないでしょうか。それを迎えてくれるような状態だったら良かったんですけど。李王朝に嫁いだ方もいますし、そういう意味で特別な思いがあったでしょう」
とはいえ、12年8月には当時の李明博大統領が「天皇による謝罪要求」をぶちあげている。
ここ1年に限っても、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した日韓合意を反故にした。挙句、11月にトランプ米大統領が訪韓した際には、晩餐会に元慰安婦を出席させ、「独島エビ」が供されたりした。
さすがに真冬のソウルよりも冷え込んだ両国関係にあって訪韓はなかろうというのが衆目の一致するところだが、前出の八木教授は、
「陛下は実際に『韓国訪問』の可能性についてお考えになっていた形跡があります。というのも、陛下よりその件で相談を受けたという方に、ひとり挟む形ですが、実際に聞いているからです。もちろん、ご在位中に訪問されたいという内容でした」
と証言するくらいだから、かなり前向きな姿勢であったと推察されるのだ。
最後に、政府は目下、即位の礼を国事行為として位置づけ、その中に譲位の儀式を入れることにしようか、など議論を進めている。そんな中で、ある官邸関係者はこんな打ち明け話をする。
「最近耳にしたのが、陛下が華やいだ雰囲気で皇居を去りたいお気持ちを持っていらっしゃるということ。具体的には、一般参賀のような形で国民に対してメッセージを発し、そのうえでパレードをしたいと考えておられるようです。その一方で官邸は、粛々と外国の賓客も招かずに静かにやりたいという考えがあって、そこで宮内庁とせめぎ合いをしていると聞いています」
***
【抗議に対する週刊新潮編集部の見解】
本記事のテーマとなっている内容につきましては、官邸関係者や宮内庁関係者、そして霞が関関係者などに対して長期綿密に取材を行なってきました。記事はそのなかで得られた情報を基に構成されたものです。摘示した事実はとりわけ機微に触れる内容であり、むろん情報源について明かすことはできませんが、その中身については真実であると確信しています。
(記事終わり)
上記新潮記事は、女性宮家が両陛下の強いご希望であり、その希望を潰した安倍政権にかなりの“恨み”を持っていること、そして政治的権能を有してはいけないはずの陛下の言動によって官邸(政府)が相当苦慮し続けたこと、を改めて国民の目の前に突き付けてくれています。
私は基本的に安倍政権は評価できないと感じていますし、男系男子固執派である八木秀次氏の考え方もまったく評価しておりません。しかし皮肉なことに、天皇の生前退位の一件に関しては、安倍政権や八木氏の捉え方の方が正しいと言わざるを得ない一面があるのです。
天皇は政治的発言を行ってはいけないし、政府もそれを受けて行動してはならない。それなのに平成の天皇陛下は、それを行ってしまった。だから官邸(政府)が頭を悩ませ、苦労を強いられた。この事実は忘れてはならないと思うのです。
よく天皇万歳の保守派などが、「安倍政権は陛下のおっしゃることをすべて聞け!陛下のご希望に添えない政府は非国民!」と、的外れなことを言っています。しかし、彼らは憲法の天皇に関する条文を知らないのだろうか?という疑問しか湧きません。国民が常に天皇のご希望を100%全力で受け入れていたら、もはやこの国は民主国家ではなくなりますし、主権者は国民であるという前提も崩壊してしまいます。
ところで、上記新潮記事は、女性宮家についてちょっと誤解しているのではないか?と思えました。
上記記事は「両陛下が女性宮家を熱望するのは、女性天皇・女系天皇につなげたいためである」と考えているフシがありますが、これは新潮の勘違いと思われます。
何度も指摘するように、両陛下は女性天皇など望まれていませんし、敬宮愛子様が天皇になることにも反対していました。ですから秋篠宮ご夫妻に第三子=悠仁様を作ることをお許しになったのです。
当然、女性宮家案も小泉総理時代の案ではなく、野田総理時代の「一代限りの継承権を持たない、公務要員としての女性宮家」案です。新潮記事は敬宮様が皇太子になる可能性や女帝になる可能性についても触れていますが、両陛下はまずそのようなことは考えていないはずです。両陛下はあくまでも「悠仁天皇を支える補助機能としての女性宮家」しか望んでいないのです。
この辺りに両陛下のお考えと新潮の見方にズレがあると思いました。
しかし安倍政権はあくまでも「そんなこと言っても女性宮家は女性皇族の継承権(女帝・女系)につながりかねない」という危惧を持っていたのでしょう。だから女性宮家案を白紙に戻しました。
そして安倍政権が行ったことと言えば、生前退位法案のドサクサに紛れて、同時に秋篠宮様を皇嗣という奇妙な地位に引き上げてしまったという愚策。
もし両陛下が本当に敬宮様を女帝にしたいために女性宮家を望んでいるのなら、「秋篠宮皇嗣案」など話が違うと思われるはずです。ところが両陛下はむしろこの「秋篠宮皇嗣案」をスンナリ受け入れ、この件については安倍政権に不満を漏らしたことがないのです。むしろ両陛下は「秋篠宮皇嗣案」は、敬宮様の立太子の道を阻止するために歓迎しているように思われます。
八木氏や安倍政権は、陛下の生前退位に関しては納得のいく説明をしていました。
しかしこの「秋篠宮皇嗣案」ですべてが台無しになりました。
結局、「敬宮様を女帝にしたくない」という両陛下の思いと、「女帝女系天皇など許さない、男系男子継承を維持すべし」と考える安倍政権の考えが見事に一致した結果が、この「秋篠宮皇嗣案」だったのです。
実の祖父母である両陛下と、時の政府双方から「貴女は皇位継承者の中に入れてないし、眼中にないから」と言われてしまったも同然の敬宮愛子様のお気持ちを考えると本当においたわしいです。あまりにも一人の皇族に対して失礼ではないのでしょうか。しかも敬宮様は東宮家の唯一の内親王であり、天皇直系のお子様なのにです。
韓国訪問希望に関しては、「絶対に行ってはいけない」の一言に尽きます。
複雑で長期にわたる政治的紛争を抱えている国への訪問は議員や官僚でも慎重になるべきであり、天皇や皇族が安易に行ってよい場所ではありません。
両陛下は韓国に行って、何をしたいのでしょうか?謝罪?土下座?半永久的に賠償金を払い続けるという約束?
いや、そんなこと、絶対に天皇や皇族がしていいはずがありません。
何度も言うように天皇や皇族は政治的責任を一切負わないからです。
無責任に韓国訪問して無責任な行動をとられても、天皇や皇族は一切政治的責任を負うことがありません。
そのツケは結局国民が負うことになってしまうのです。
仮に両陛下が「もし自分たちが行けないなら、新天皇皇后が代わりに韓国に行ってほしい」と言い出したら、それも全力で阻止しなければいけません。何かあった時に責めを負うのは新両陛下になることが目に見えてしまいますが、それはあまりにも理不尽です。もちろん、ほかの皇族にも韓国訪問を望んではいけないことです。
(高円宮ご夫妻は皇族として初めて公式に韓国訪問されていますが、それはあくまでも日韓ワールドカップ関連で、サッカー協会名誉総裁として行かざるをえなかっただけであり謝罪行脚などとは同一視してはいけません)。
生前退位といい秋篠宮皇嗣といい、女性宮家といい、韓国訪問希望といい、両陛下は後々まで禍根を残すような言動を繰り返されてきました。
この一連の言動は、決して許されることではなかったと思いますし、「賢帝」がすることではなかったと断言できます。
最後に、上記新潮記事の終わりの箇所(退位の礼に関する部分)について宮内庁は「陛下はそんなこと思っていない」と反論してきましたが、新潮はあくまでも記事の内容には自信を持っていると再反論しています。
私はどちらかというと、新潮の言い分の方が合っているような気がします。
両陛下のこれまでの言動を見る限りでは、大人しく質素に地味に退位できる方々ではないと思われるからです。
「新天皇陛下の即位の礼を簡素化する」というニュースが出たのに退位の礼を華やかにすることが難しくなったので、仕方なく「そんなことは思っていない」と反論せざるをえなかっただけだと思います。
ちなみに宮内庁の反論は下記HPから見ることができます。
「週刊新潮」(平成29年12月14日号)の記事について
反論している箇所が最後の退位礼に関してだけであり、そのほかのことについては反論を行っていないということで色々察することができますね。
今回の記事で「女性宮家悲願シリーズ」はいったん打ち止めにしますが、現在もまだ小室親子に関する記事が雑誌を賑わせており、眞子様問題が収拾する気配はありませんね…。